29.王宮裁判
ユリシー嬢およびラースの退場によってパーティは再開され、その後はつつがなく進行されたが、オレは先に広間を退出し王宮へと戻った。
王立アカデミアでの『乙星』騒動は終わったとはいえ本命はここからだ。
《魅了》の加護を持つ魔石を確保し、ドルロイド公爵家に囚われている魔法使いとその妹を助け出さねばならない。できれば穏便に。
――と思っていたのだが。
謁見室へと入ると王座の前にはすでにドルロイド公爵が縛られて転がされていた。
その隣にはやはり縛られたラース。
さらにその隣、五メートル四方の檻の中にユリシー嬢。檻の中心から動けないように足には鎖が繋がれている。
三人は青ざめて震えていたが瞳の奥にはまだ自らの境遇に納得できていない反発の色が燃えていた。
「おぉ、遅かったのう」
「父上、これは……」
「魔石はここじゃ。魔法使いはそこ」
オレの質問に答えず父上は傍に控えるドメニク殿を指さした。ドメニク殿の手には魔力を防ぐ特殊な魔法陣の描かれた木箱があり、背後にはローブを着た男女がなんとも言えない顔で立っていた。面影が似ているのでたしかに兄妹のようだ。
あまりにも手際がよすぎて意味がわからない。
ふたたび父上を見ると、髭の向こう側で皺っぽい唇が笑った。
「お前が首尾よくやったと知らせが届いたので、兵を差し向けた」
「冗談ではなかったのですか」
「善は急げじゃ。ちゃんと逮捕状も事前に作っておいたしな。証拠隠滅・逃亡のおそれあり早急に捕縛すべしと書いたぞ」
「事情を知らぬ者を驚かせるのは……」
「少数精鋭で、馬車で乗りつけたのじゃ。誰かが見ておったとしても王家の使者くらいにしか思わんよ」
ぐっと親指を立てられる。父上だから何も言えないけど、ええぇ……。
「取調べももうすんでおる。お前の考えたとおりじゃ。しかしこやつらは互いに罪をなすりつけるばかりでのぉ……」
「私はラースにそそのかされたのです!! こんなやつは廃嫡にいたします、どうか私は!!」
「何を言うのですか父上! ノーデン伯に魔石を買うよう勧めたのは父上でしょう!? 魔石を盗ませたのも《魅了》の加護を刻ませたのも父上!! むしろオレが父上にそそのかされたのだ!」
「私は何も知りません……!! 騙されていたのです。国王陛下、お慈悲を!!」
「さっきからこの調子じゃ。よーしよいか、判決を下すぞ」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる三人にやれやれと父上が首を振る。
「お前たちは三名とも永久蟄居じゃ。被害は出ておらぬにしろ第一級禁呪を生成し保持していたのじゃからな。死刑にならぬだけありがたいと思ってもらわねばならん」
「そんな……!!」
「ドルロイド公爵家は伯爵に身分を降格のうえ、当主の座は弟に譲れ。所領、財産の半分は国が没収とする。ただし手元に残すものはそちらで選び、先祖伝来の領地と宝物は今後もドルロイド家のものとしてよい。……よいか、これは相当に温情を与えた判決で――」
「は、はくしゃく……!!」
「オレが、伯爵だと……!?」
ドルロイド父子は驚愕に目を見開いたまま、父上が言い聞かせるのも耳に入らない様子で固まっている。
これまで公爵という座にどれだけ胡坐をかいて優越感に浸ってきたのかがわかる反応だ。彼らにとっては先祖から受け継いだ土地や宝物を守れる喜びよりも己が地位から転落することのほうがはるかに重要らしい。
さすがの父上も眉を寄せ、苛立たしげに王座の肘掛けを叩いた。
「馬鹿者。伯爵位を継ぐのはそなたの弟じゃ。そなたらは身分剥奪に決まっておろうが」
「身分剥奪ううううう!?!?」
「そんな、ありえませぬ!! 我々は先々代王から血を分けた王族で……!!」
「……不満があるとでも?」
ぎろりと眼光鋭く父上が二人を睨みつけた。騒いでいた二人は途端に静かになる。
「お前たちが思う以上にこちらは苛立っておる。ラース」
呼ばれてラースはびくりと身体を震わせた。意地で口をつぐみ無言の反抗をしているものの、目はめちゃくちゃ泳いでいる。
視線の合わないラースをそれでもひたと見据えながら、父上はおごそかに言った。
「おぬし、家を買ったらしいな」
「……!!」
「エリザベス嬢を学園追放に追い込み、王家との婚約が破棄されたら迎えにいくつもりだったな?」
なんだと?
本当なのかと問いかけて慌てて口をつぐむ。
父上の目は据わっていた。感情を消した目に静かな怒りが立ちのぼっている。好々爺を演じている父上の、オレですらはじめて見るガチギレの表情だった。
確認するまでもなく、調べはついているのだ。
「のう、ラースよ。……わしや王妃からエリザベス嬢を奪うつもりだったのか?」
父上、本音が出ちゃってる。そこはわしの息子って言ってくれ。
そんなラースに父上は凍てつくような笑顔を浮かべた。
「父親とともにそこで暮らしてはどうかな? すでに二人分の家具も整えられ、使用人の選定も進んでいるとか。休学中は暇だったようだな」
「…………」
ラースは陸に打ちあげられた魚のように口をぱくぱくとさせていたが結局は何も言えずに閉じた。
ドルロイド公爵も茫然自失の状態だ。
二人を再起不能に追い込んだ父上は、次はユリシー嬢を見た。
「国王陛下、どうぞ信じてくださいませ。私はラース様に言われたとおりの事を行っただけでございます。逆らえばどうなるかわからず、怖くて……」
ユリシー嬢は目に涙をためて胸の前で手を組み、うるうると瞳を輝かせていた。まだ自分の奇跡の力を信じているのだ。
罪をなすりつける発言にラースから睨みつけられても、さくっと無視して父上を見つめている。檻の中にいるにもかかわらずなんとも図太い。
「そうか、エリザベス嬢の嫌がらせを様々に捏造したのも、ラースに脅されて仕方なくということか」
「左様でございます」
「たしかに貴族社会には馴染まぬ身、嘘を見分けることも難しかったろう」
いやにユリシー嬢の肩を持つ父上は明らかに黒いオーラが立ちのぼっている。しかしユリシー嬢はそれに気づかず、風向きのよくなってきた流れに涙をひっこめた。
嫌な予感がバシバシにしているにも関わらず彼女の目はすでに期待に満ちている。
「実はな、そなたの罪を知ってなお、そなたに寄り添いたいと……そなたを行儀見習いとして受け入れたいと言う家があるのじゃ」
「まぁ……!!」
「マーシャル侯爵家からの申入れじゃが。この話、受けるか?」
「侯爵様!! はい! お受けいたします!」
あぁ、やっぱり、と思った途端に威勢のよい承諾が聞こえて目を見開く。
ちなみにドミニク殿もオレの斜め前で吹きだしていた。寝耳に水といった顔でむせているのを魔法使い兄妹がおろおろと眺めている。
ドミニク殿の家名はマーシャル。当主であるドミニク殿が知らなかったのだから、この申入れの主は――。
「やっぱりボクのもとへ来てくれるんだね♡ 嬉しいよ♡」
「ぎゃあっ!!! あ、あんたっ、じゃない、ラファエル様!?!?」
ドメニク殿の巨体の背後から、ラファエルがひょっこりと姿を現した。
いないと思っていたところに不意打ちをくらって、ユリシー嬢は例によって外面も何もない悲鳴をあげている。
ラファエルはそんな彼女の反応にころころと笑い声を響かせてから、すっと目を細めて口角をつりあげた。
「うん、ボクの名前、ラファエル・フェイス・マーシャルだよ。最初に名乗ったろ? ヴィンセント殿下しか見てないからそんなことになるんだよ」
「そんな……」
「まさか国王陛下に嘘はつかないよね?」
縋るものを探して視線をさまよわせはじめたユリシー嬢に鋭い声が飛ぶ。
逃げ道を塞がれ、ユリシー嬢は顔を引きつらせながら檻の床に崩れ落ちた。無言で宙を眺める姿は壊れてしまった人形のよう。……ラファエルお前、何を言って口説いていたんだ本当に。
両手の指の先をすりすりと重ね合わせ当のラファエルは満足げに微笑んだ。隣のドメニク殿は頭を抱えているが、たぶんこれはユリシー嬢を受け入れることではなく息子の豹変ぶりに対してだ。
ユリシー嬢を手元に置くにあたり、父親の前でも猫はかぶれないという判断をしたのだ。
ラファエル、本気すぎるだろ。
「そうそう、メリーフィールド男爵家には君を抱えておくだけの余裕はないみたいでね。縁を切って王宮の地下牢にでも入れてほしいとのことだったよ」
「地下牢か。周囲は重罪人ばかり、ネズミやナメクジもわくが、彼女がどうしてもと言うなら用意させよう」
「……!!」
父上のアシストによりユリシー嬢、陥落。
こうして魂の抜けた三人それぞれの処遇は決まった。
魔法を使ったラファエルは軽々と檻ごと運んで持って帰ったが、中のユリシー嬢に向ける目は完全に「かわいいペット」を見る目だった。