27.クライマックスはパーティで(前)
ついにその日が来た。
王立アカデミアの成人パーティは、一回生の終わり頃の時期に、生徒たちの十六歳の成人を祝うために行われる。
規模が大きくなりすぎるために親族の参加は許可されていないが、二回生・三回生も訪れ生徒全員が出席する。入学・卒業に次いで華やかなパーティである。
そのうえ今年の成人パーティにはもう一つの期待があった。
『乙星』のクライマックスとなるシーンの実現である。
この場で王太子は嫌がらせを繰り返した婚約者を捨て、主人公を正式な婚約者と宣言する。
磨きあげられた大理石が覆う白亜の広間に豪奢なシャンデリアが煌めく。その場に集うのは、今日という晴れ舞台のために手に入る限りでもっとも高価な衣装をまとう子息令嬢たち。
彼らの顔には隠しきれぬ興奮が浮かんでいた。普段ならば心の奥に押し殺さねばならないそれは、非日常の今日に限ってはじわじわと表に滲みだしてしまう。
広間に集まった在校生たちは、円を描くように立っている。
その中心、周囲からの注目を浴びている場所には、オレとユリシー嬢、そして相対するようにエリザベスがいた。
ダンスのためにとった空間。そこに進み出たオレが、ユリシー嬢とエリザベスの名を呼んだからだ。
ちらりと周囲を見まわして、オレは思わずため息をつきそうになった。
複雑な表情で小鼻を膨らませているルークスや輪の最前列で身を乗りだすように目を輝かせているエドワードはともかくとして、他にも多くの生徒たちが心躍らせながら事の成り行きを見守っているのが見てとれた。
表立っては動かなかった者たちも、やはり《魅了》の影響を受けていたのか。
それともただの好奇心を隠すことすらできないのか。
人波の背後にちらりとラースがいるのも見えた。いったい何が起きているのかという顔を作り、隣の学友と話している。演技上手なことだ。
その点では、視線の真ん中に立たされたエリザベスのほうがよほど感情を表に出さなかった。
オレとユリシー嬢が寄り添っているのを見て不穏なものを感じとったようだが、それでも怒りというよりは困惑のほうが大きい。
オレはといえば、冷たい表情を顔に貼りつかせつつ、身の内では心臓が壊れるのではないかと思うほど早鐘を打っていた。
エリザベスこれは違う違う違うんだユリシー嬢にこちらへ来るように言ったのはオレだけど。腕を組んできたのは向こうだから! オレからじゃないから!!
あまりにもいたたまれない思いにさっさとシナリオを進行させる。
息を一つ吸うと、腹に力を入れた。
そして、広間に響き渡る声であの台詞を――この場にいる誰もが予想していた台詞を、告げた。
「傲慢で悪辣な行いには我慢ができぬ。エリザベス・ラ・モンリーヴル公爵令嬢。君との婚約は破棄させてもらう!」
よかった、噛まなかった!!!!
台詞自体を口にすることがつらすぎて脳内イメトレしかできなかったが、なんとかなった。
おそるおそるエリザベスを見ればエリザベスはやはりまだ状況が理解できないという顔をしてる。
怒っては、いない。もちろん悲しみも彼女の
「……意味がわかりませんわ」
「わかるはずだ。君がユリシーにしてきたことの数々を認めれば」
「何もしておりません」
知っている。
が、奇しくもエリザベスが素で発したであろうその返答は、小説の中の台詞と似通っていた。生徒たちは固唾を飲んで見守っている。
エリザベスは身じろぎをしたあと、もう一度オレを見つめた。
さぁ、エリザベス、君ならオレの欲しい台詞を言ってくれるはずだ。
「わたくしの一存では判断できかねる
オレの期待どおり、エリザベスは父上の名を出した。
国を想い家同士の結びつきを重視する彼女ならそう言うと予想していた。
「陛下の了解はとってある。今日この場でこのように発表することも含めてな」
その瞬間、揺るがなかったエリザベスの表情が凍りついた。
目を大きく見開き、よろけそうになって震えているのが見てとれる。
エリザベスがオレから視線を外しユリシー嬢を見た。
「……!!」
エリザベスの頬に血がのぼり、瞳に怒りが燃えあがる。
はじめて見る、正真正銘の怒りをたたえたエリザベスの顔だった。
唇をまっすぐに引き結び、眉をひそめることもなく、顔を真っすぐにあげて。ただ瞳の奥だけが熱く輝いていた。
美しく気高い怒りだった。
その表情で、ユリシー嬢が何をしたかなどすぐに察しがついた。
「
あらかじめ生成していた魔力を放つ。
広間に反射し全生徒に届くそれは、身体の自由を縛るものだ――《魔返し》の加護を持つオレとエリザベス以外は。
崩れ落ちそうになるエリザベスのもとへ駆け寄ると、身体を支えた。
「つらい役目を、すまなかった、リザ」
「……ヴィンス殿下」
愛称を呼び返されてほっとする。
エリザベスはしばらく放心したように身を任せていたが、ハッと気づいた顔になるとオレの腕から離れた。
「殿下、申し訳ありません。ありがとうございました」
距離をとろうとするエリザベスの手を握って引きとめる。
この場にいるすべての人間に、オレはエリザベスを手放す気など微塵もないということをわからせねばならない。
歓喜の表情を浮かべて固まっているラースには、特にな。
「では、いまから皆の自由を返すが――」
用意していた台詞を言いながら、オレはこの後のシナリオを確認した。
『乙星』のシナリオではなくオレのシナリオだ。
世間ではオレのことを完璧な王太子とかなんとか言っているらしいがそんなわけはない。
エリザベスに出会う前のオレがクソガキだったことでもわかるように、素のオレは性格が悪い。それを、エリザベスにふさわしくあるために隠しているだけ。その点でいえば『乙星』の好きな相手のために必死に自分を磨く王太子の気持ちはとてもよくわかる。
主人公に目がくらんで立場をわきまえず婚約者を捨てたあの王太子も、きっとこう言うさ。
恋路を邪魔する者にはそれ相応の報いを受けてもらう、と。