【WEB再録】臆病者はいじらしい愛にのたうつ【寂乱】
H歴が終わって復縁するも上手くいかない二人。やることなすこと空回ってばかりの乱数が、それでも全力で恋をする話。
※色々捏造注意
2019年10月14日に発行した本のWEB再録になります。
通販が早くに終わってしまったのと頒布したイベントのタイミング的にお手に取って頂くのが難しかった為、再録いたしました。(当時の文章のままですので誤字脱字もそのままとなっております…)
当時お手に取って頂いた方はありがとうございました!!
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年内にアカウントを削除する件について、頂いているお言葉大切に読んでおります。
ありがとうございます。そして個別に返信できず申し訳ありません。
ただアカウント削除の意向は変えられないので、ご了承いただけますと幸いです。
今まで小説をお読み頂いた全ての方に心より感謝申し上げます。ありがとうございました!
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ライオンだ。呟けば「ライオンだね」と隣から返事が聞こえた。見たままの反応と感想。面白味が一つもない返事と空間。柵の向こう側にいるライオンはテレビで見るよりも小汚くて猛獣と呼ばれるような迫力も無ければ想像してたよりずっと小さかった。しかも僕がじっと睨むように見つめてもライオンは動かず、退屈そうに地面に伏せて虚ろな眼で遠くを見るだけだった。
「これなら寂雷の方が強いんじゃない?」
「強い?」
「ライオンに勝てそう」
今にも眠りそうなやる気のないライオンに視線を向けたまま言ってみる。戦ったら間違いなく寂雷が勝つ。戦うといってもどう戦うのか何のために何が目的で戦うのかも分からないけど、たかがライオン如きが寂雷に勝つなんて不可能だろう。
「さすがにライオンが襲いかかって来たら勝てるかどうか……分からないな」
「一応悩むんだ?」
普通悩まねえよ。心の中でツッコミを入れて盛大な溜息を吐く。でもその瞬間気付く。ここは素直に溜息を吐いていい場所じゃなかった。ついでに言うとこんなつまらない顔をしていい場所でもない。間違えた。しくじった。一瞬で我に返り咄嗟にわざとらしい咳払いをして誤魔化した。
「ねえ、あっちも見に行ってみようよ」
腕を引きながら恐らく順路になっているであろう方向を指さす。表情は笑顔。溜息を吐いたとは思えない、ライオンを見て小汚いと冷めた目をしていたとは思えない、元気で明るい顔。動物園に来ることを楽しみにしていた子供のような顔。デートに浮かれている恋人のような顔。そんな顔を完璧に作り出す。そして完璧に相手を騙す。それでこそ僕だ。さすが僕だ。誰も褒めてくれないから僕が自分を褒めてあげる。なんて、こうするのは当然のことであり褒められるようなことではないから、誰も褒めてくれないと嘆くことも自分を褒めてやるのも馬鹿げた行為にしかならない。
くだらないな。何もかも全部、あまりのくだらなさに反吐が出る。でも僕は笑う。そうすることが当然で、こうしなきゃいけないから僕は楽しくなくても笑うし楽しいと思ってる振りをする。いつまでこんな生活が続くのか、いつまで続けなきゃいけないのか、そんなことを考えるのは無意味だし、とてもくだらない。だから考えない。考えることはずっと前にやめた。僕は僕の目的を達成する為に生きている。今こうして人気の少ない動物園にわざわざ来ているのも、つまんないなあと思いながら楽しそうな顔で動物を見てるのも、隣または背後で歩く人間と仲の良い関係を築いているのも、全部未来の僕のためだ。どれもこれも計画を上手く進める為のものでしかない。
「乱数君」
「ん?」
「大丈夫かい?」
見下ろしてくる視線。身長に差があるから見下ろされるのは仕方ないけれど、まじまじと窺うように見つめられた時の威圧感は凄まじい。本人にその気が無くても重苦しい圧力に潰されそうになる、と思うのは僕がこいつを騙してる自覚があるからか。どうでもいいけど僕がわざわざ見上げてやらなきゃいけないのも癪だ。何でこいつ相手にこんなことを……毎回そう思うけど、僕はそんなこと微塵も思っていないような顔をして「大丈夫って?」と笑顔で見上げるしかない。
「随分と疲れているように見えるけど」
「そう? 僕はこの通り元気だよ!」
掴んでいる腕をぶんぶんと振ってみる。元気いっぱいの子供の振り。でも僕にされるがまま腕を揺らす寂雷は訝しげな目で僕を見下ろすことをやめない。舌打ちしたくなるのを我慢して僕は笑う。笑うしかない。
神宮寺寂雷。こいつはとても面倒くさい奴だった。過去の職業柄か疑い深く冗談が通じない。不良の一郎とヤクザの左馬刻も少々癖が強く面倒でやりづらい部分はあるがここまで難しくない。あの二人はこれほど言葉が通じない奴じゃない。悪く言えば単純で良く言えば素直。その手のタイプを動かすのは簡単で、おかげで一郎と左馬刻とは適度な信頼関係を築けているだろう。だから問題はこいつだ。こいつはあまりにもマイペースな上に人の気持ちを読むのが下手だ。いや、下手というよりも本能的に感じ取ることが出来ない。理屈でしか考えられないのだ。それなのに無駄に頭は良いので人間の感情の動きや行動原理を理解した上で人と接する、謂わば上から目線でモノを見るタイプで、だからこそやりづらい。同じタイプの人間と接するのは難しい。分かってる、これは同族嫌悪みたいなものだ。勿論こいつは無自覚でそれをやってのけるけど、僕は意志を持ってこいつをどうにか上手く扱おうとしている。
「ねえ見て、汚いシマウマ!」
「……あまり大きな声で汚いと言うものではないよ」
「聞かせてるんだよ」
「?」
「だってあんな汚れて可哀想じゃん」
ホースで水ぶっかけて綺麗にしてあげたい。思ってもないことを無邪気な子供のように言ってみる。こんな言葉に寂雷は驚いたような顔をして、でも少し目尻を下げて笑う。この反応は正解、即ち僕の対応も正解。すべて計画通り。さすが僕だ。
「君は面白いことを言うね」
「それって褒めてる? バカにしてる?」
「褒めているわけではないが、バカにしてるつもりも無いよ」
「えー、なにそれ」
クスクスと笑ってシマウマを見る。白と黒のコントラストが美しいはずなのに目の前にいるシマウマは薄茶色に汚れている。これが本来の色なのか泥遊びでもした後なのか分からないけれど、ただ初めて見る本物のシマウマがこれだなんて残念だ。とか、どうでもいいことを考えながら隣にいる寂雷を横目で盗み見る。寂雷は退屈そうな目でシマウマを見ていて、こいつもさして今この瞬間を楽しんでいないことが分かる。奇遇だね、僕も全く同じ気持ちだよ。そう言ってやりたいが普段の僕のキャラを考えたら言うべきではないし、そもそもそれは言っちゃいけない言葉だし、素の表情や態度をこいつに見せるわけにはいかなくて、やっぱり僕は掴んでいる腕を寄せるように引いて「草食動物って正面から見ると変な顔してるよね!」と笑ってくだらないことを言うしかない。
こいつを懐柔するには時間がかかるだろう。出会った時から、むしろ出会う前から分かっていたこと。書面上で情報を得た時から『これは絶対面倒な奴だ』と思っていた。その考えは見事当たっていて様々なパターンで寂雷に接して来たがどこか信頼するに足らず、何をやっても何を言っても壁一枚隔てているような上から目線の物言いを変えることは出来ず、結果こいつにとって興味をひかれる対象になるしかないと僕は判断した。それで、これだ。子供のようなバカな発言、それも寂雷が考えもしなかったことを言ったり、予想外の行動をする。腕を引いて密着して、ねえねえこれはあれはそれは、と無邪気に振る舞ってみせる。だけど程合いは見誤らない。子供のような振る舞いをしてるくせに子供じゃない思考、意表を突くような言動を度々してみせれば簡単に寂雷は落ちてきた。今まで周りにいなかったタイプなのだろう、興味を引いて引いて、そして完璧に落としたのはつい最近のこと。些か仲良くなりすぎたかもしれない。告白なんてものをされるくらい僕は寂雷に好かれ、僕もそれに対して快い返事をして見事神宮寺寂雷という人間を懐柔することに成功した。
今日も所謂デートというもので、二人の距離を縮めるべく僕達は大して楽しくもない動物園に来ていた。ちなみに発端は僕。動物園行ったことないんだよね、でも人が多くてゆっくり見れないのはやだなあ、せっかく二人で行くなら誰にも邪魔されないような静かな動物園に行ってみたいなあ。と気紛れのように言ったことを寂雷は叶えてくれたのだ。その結果大して楽しくもない寂れた動物園に来たわけだが、寂雷はともかく僕は楽しそうな顔をしなければいけない。そしてこいつを油断させて僕に絶対的な信頼を寄せるよう仕向けて僕の思い通りに動いてくれるよう育てないと。
「ねえ寂雷」
ぐいっと思い切り腕を引いて大きな身体を引き寄せる。あまりにも身長の差がありすぎる。僕と話すときは見下ろすんじゃなくて屈めよ、いつも見下してきて何様だよ、とか、心の中で悪態を吐くけど表情は笑顔。そして僅かに目を見開いて上体を屈ませる寂雷の耳元にキスをする。そうすると寂雷の目はもっと大きく開いた。
「動物園って、すっごく楽しいね!」
「……それはよかった」
「連れてきてくれてありがとう。大好きだよ、寂雷」
満面の笑みで愛しさ満点に告げる。バカみたいなほど大袈裟でくだらない作り物の表情と言葉に我ながら笑いたくなるけど寂雷は笑わないから僕も笑わない。それどころか少し照れたような顔すら見せる寂雷に僕は嬉しそうに口を緩ませてみせる。そして手を引く。早く次行こう、あっちはキリンがいるって、ナマケモノも見てみたい、ウサギに餌をあげられるんだって。大人が全力で子供の真似をする。こんなつまらない真似をして、生きる。僕は僕の目的を果たすまでこんなことを続けなければいけない。好きでもない相手に媚びを売って騙し続けなければいけない。楽しくもないのに笑って、幸せだと宣って、周りにいる連中と良好な関係を築かなければいけない。いつまでこんなことをやるのか。全てが終わるまで? でも終わりはくるのか。じゃあ一生? 永遠なんてものは絶対にない。じゃあ目下一ヶ月、半年、一年、三年、十年、そこまで僕は生きているだろうか。そもそもこの世界が続いているだろうか。人類滅亡、地球滅亡? それもまた悪くない。むしろそうなってくれた方がいっそ平和だ。もう何も考えなくて済む。ラップバトルとかチームのあれこれを考えることも、好きでもない男に笑顔を振りまき好きだの大好きだの愛を囁くことも、昨夜延々と僕に説教をしてきた女共と話すことも、何も無くなる。
「それって最高に幸せだよね」
「何か言ったかい?」
「うん? あぁ、僕は今とっても幸せだなあって」
ぶんぶんと手を振って笑う。全然幸せじゃないのに幸せだと言う、この言葉を寂雷は信じるのだろうか。いや信じてもらわなきゃ困る。僕の言うことなすこと全て真実だと思ってくれなきゃ困る。でもまあ信じたところで待ち受けているものは裏切りしかないけれど。
――あぁ、早くこんな世界どうにかなればいいのに。