2020-11-28

スズメバチコロニーシステムとしての死

 スズメバチ一年間のサイクルを繰り返す。つまり女王が生まれ女王が巣を作り、滅びる。これを繰り返すのである

 いやしかし滅びるってなんなんすかという話であって、勿論字義通りスズメバチの巣は最終的に滅びるんですけど、その時に一体何が起こってるのかについてはあんまりよく知らない人もたくさんいると思うわけです。実際のところ、スズメバチの巣が滅ぶ際には色々常識を超えた現象が起こっています


巣が設置されて発展するまで

 女王蜂が巣を作り始めるのは四月とか春の時期で、まあ色々とその時にも障害がありますそもそもきちんと巣を作ってコロニー形成できる女王複数いる女王の内の数%程度に過ぎないという説もあるくらいで、巣作りが失敗する理由としては、例えば純粋病気とか栄養不足のほか、天敵に狙われてしま場合など色々あります原理的にコロニー形成したスズメバチには殆ど天敵はいないのですが、つまりは翻って言うならば、彼(女)らの天敵になり得る存在スズメバチ自身です。

 面白い生き物がいまして、これをチャイスズメバチと言います

 チャイスズメバチ女王基本的自分で巣を作らずに、他の巣を作ろうとしているスズメバチ女王を襲い、巣を乗っ取ることによって勢力を持つのです。チャイスズメバチキチン質の硬い表皮(カブトムシなどと同質)を持っており、よほどのことが無ければ他種のスズメバチの毒針はチャイスズメバチの表皮を貫通しません。勿論その他の噛みつき攻撃などにも耐性があるので、少数の例外はあれどチャイスズメバチ女王はなんなく他の女王から作りかけの巣を乗っ取り、あげく成長した働き蜂をフェロモン支配してその後の巣の運営の為に馬車馬のごとくコキ使ったりするのです。怖いですね。

 いずれにせよ色々な障害のために巣作りが失敗することもあるのですが、上手く発展の軌道に乗る巣も当然存在しています。で、そういう巣は爆発的に発展して人間の目の敵になったりするんですけれど、上手くいけばその巣は十月頃まで発展します。逆に言えば、十月が彼らの滅びの始まりとなるのです。


滅び/女王殺し

 秋から冬にかけて純粋スズメバチの食物がなくなるので巣は滅びへと向かいます。その過程では女王殺しが行われる場合もあります

 女王は年老いてくると新しい女王に据え替えられる場合もあり、その際に働き蜂から追放され、悪ければアレされます。この女王殺しが起こる条件には色々あるようなのですが、一説には遺伝子多様性の確保のために女王殺しが行われるそうです。つまり複数女王血統からなるコロニーでは女王殺しが行われないのに対し、単一女王血統のみからなるコロニーにおいては女王殺しが起こりやすいのだそうなのです。どうやら、単一女王のみが働き蜂を産み育てることで、遺伝子多様性崩壊するのを恐れる傾向が、働き蜂にはあるのですね。子の心親知らずというか。逆に言えば、遺伝子多様性担保されている場合にはある程度円満コロニー運営されます

 いずれにせよ冬に掛けていかなるスズメバチの巣も滅びへと向かいます基本的には、その際に生き残るのは新しい女王蜂のみです。この新女王蜂は木の虚とか比較的越冬しやす場所で来春までの時を過ごします。翻って言うならば、そのような女王としての素質を持っていない働き蜂は皆滅ぶことになるということです。

 ここで疑問を持つ方もいるかもしれません。つまり女王蜂と同じように働き蜂も越冬すればええやんけという話です。何なら女王が木の虚とか堆肥とかそのテの越冬しやす場所で年を越せるのであれば、コロニー内の風通しの少ない場所で働き蜂らもある程度なら越冬できるはずなのです。しかし、そこがこのシステムのミソで、要するに新女王を除いて全ては滅びるようになっています


死というシステム

 スズメバチ社会昆虫なので、一度コロニー形成してしまえば基本的に大型の猛禽クマなどの肉食動物を除いて天敵が存在しなくなります。例えばオニヤンマやシオヤアブ、雀などの鳥類一時的スズメバチを打倒できるとしても、数百匹の群れを成すスズメバチに対抗できる動物はさほど多くありません。つまり、繰り返すように基本的スズメバチにとって天敵は存在しないのです。

 となれば、何故スズメバチ個体数はそれほど増加せずに、ある一定の値を保ち続けているのだろう――そういった疑問を持つ方もいるかもしれません。勿論、季節のサイクルにおいてスズメバチ生存が難しくなることは先述の通りなのですが、女王蜂が越冬できる事実から言って、他の働き蜂が皆滅びる運命しかないと断じてしまうことには些か違和感を持つ方もいるかもしれません。女王が生き残れるのであれば、全体とは言わずとも一部であれば来春まで越冬する働き蜂もいるんじゃねえのという話です。

 とは言え、それは現実には殆ど起こりません。全く起こらないというわけではないのですが、まずもって起こらないのです。

 それは、スズメバチの一生のサイクルには死というシステムが組み込まれてあるからです。

 次に話すのは周知の事実ですが、基本的に子孫を成すのは女王だけで、一般の働き蜂は子孫を成すことができません。当然交尾のための行動も行わないのです。何故ならば、彼女たちは女王の分泌するフェロモンによって生殖能力制限されているからなのです。女王の持つ権能はそれほどまでに及びます

 しかし、女王もまた定命のものです。時を経れば経るほどに、その肉体的な能力は弱体化します。つまり、その際には女王の出すフェロモンの分泌能力にも翳りが生まれるのです。

 女王の出すフェロモンには色々な種類があって、まずは先述の生殖能力制限する目的のものそれから、働き蜂らを統制するためのフェロモンです。彼女らが何故馬車馬のようにあくせく文句も言わず働いているかと言えば、女王の出すフェロモン彼女らを統制しているからに他ならないのです。では、そのフェロモンを出す能力に翳りが生まれるとどうなるのでしょう?

 そう、スズメバチの巣には内乱が起こります。巣の内部にいる働き蜂は、万民万民に対する闘争状態さながらに攻撃を開始します。その攻撃対象は、女王、幼虫、蛹、全てに及び、そこに見境などありません。彼女らは暴走し、一切を食い尽くし、全てを破壊していきます。新女王蜂だけが先見性を持ち、その内乱から脱出し次の巣を作るという使命を持って行動することができるのです。つまりスズメバチの巣においては、仮に気候条件が彼らの味方をしようとも、女王フェロモン効果が薄れるにつれて必ずや内乱が起こるようになっているのです。そのため、彼らは気候条件の云々によらず、必ず滅びる運命にあるということなのです。


まとめ

 そんなこんなで、彼らは新女王を除いて滅びます。その血統レースは一時中断し、新女王が次のコロニー制作に低確率成功するまでは、その成否は保留されることになるのです。

 スズメバチ基本的世界最強のハチであり、さしたる天敵さえも持っていません。それにも関わらず彼らがその個体数を爆発的に増加させないのには、そのような理由があったのです。言わば、彼らの生命サイクルには、内乱と死が含まれているのです。その死が彼らのシステムに含まれていることによって、その個体数は増加せずに済んでいると言えるかもしれません。


 以下の文章私見となるのですが、あるいはこれは自然生態系というシステム破綻を来さないために設けた、一つの安全装置のような気がします。ある種の強大過ぎる種類が個体数を増やしすぎないという、生態系必要機能のコア部分が、スズメバチの生態というシステムには凝縮されているように思えるのです。

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