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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう

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26.めいそう期間

 物語に夢中な生徒たちの目を覚まさせ、ユリシー嬢の心を折り、ラースの関与を自白させる。そのすべてを満たす舞台は、王立アカデミアの成人パーティだ。


 ドメニク殿とラファエルと別れたあと、オレはハロルドを伴って父上の元へ赴き、状況の報告と成人パーティを罠として使いたい旨を伝えた。

 父上は面白そうに笑ってからあっさりと了承をくれる。


「よいぞ。若者が多く集まればたまにはガス抜きも必要じゃろう」

「ありがとうございます」

「しかしなぁ、エリザベスは傷つかんのか?」


 わざとらしく心配げな顔を作った父上が言う。

 答えを知ったうえで尋ねているのだ。オレは内心で毒づきながら首を振った。


「エリザベスはぼくが別の女と騒ぎ立てても傷つきません。国の将来を案じ、ふがいない自分に怒りはするでしょうが」

「ほほう」

「この程度でエリザベスが嫉妬してくれるなら、ぼくはこんなに長く片想いは……」


 思わず本音を漏らしそうになってハッと顔をあげた。父上はにやにやと笑っている。

 やはり答えはわかっていたのだ。

 エリザベスは国を第一に考える。騙すような真似をしてもそれが国のためだと理解すればすぐに許してくれるはずだ。どちらかというとそのあっさり加減に傷つくのはオレ。


「青春じゃのお! わしも何やら若くなった気がしてくるわ」


 父上は明るく笑い、ついで白髪の混じってきた髭をこすりながら言った。


「そなたが首尾よくラースの関与を暴いたなら、ドルロイド公爵家に兵でも出すか」

「……」


 ノーコメント。

 まさかこんなところで父上とのつながりを感じるとは思わなかった。

 ほら、出番だぞ、ハロルド。

 ちらりと背後に視線を向けるがハロルドは表情を変えることなく父上を見つめている。真面目に話を聞いています、という顔だ。


「冗談じゃ」

「わかっております」


 何も反応がないことを訝しんだ父上が言うのに頷く。

 息子がすでに使ったネタで反応に困っているとはわからないらしい。

 つまらなそうに眉を寄せてから、父上は座っていた椅子から身を起こした。


「話が終わりならわしは寝る。あ、くれぐれもママには言わんようにな。本気で兵を出そうとするからのう」

「……はい」


 近頃いったい父上と母上のあいだには何があったんだという疑問が膨らんでいっているのだが、オレは心に蓋をした。



***



 あと一か月のりきればこの騒動ともおさらば。

 とは言うものの、一か月はそれなりに長い。

 オレは成人パーティでどのようにしてラースをひっかけるかを考えつつ日々を過ごしていた。


 ユリシー嬢が疑問を抱かないように週に一度くらいは顔を合わせ二人で会話をする機会を作ったが、それ以外の日はまたラファエルに張りついてもらった。

 しかし、いつの間にかエドワードは姿を見せなくなり、ルークスもいなくなった。ラファエルだけが相かわらず熱心にユリシー嬢を口説いている。エドワードとルークスという盾がなくなったためにユリシー嬢はラファエルの愛の囁きを間近で浴びつづけ、常に船酔いのような顔色になっていた。自らまいた種とはいえ不憫である。

 あれほど互いを――というかラファエルを牽制していたのにどうしたのか。


 不思議に思っていたある日、当のエドワードはなぜかユリシー嬢ではなくオレの前に姿を現した。


 

「王太子殿下!」


 ハロルドとともに馬車へ向かっていたところを呼び止められる。

 張りのよい声の主は振り向かなくともわかる。エドワードだ。

 足を止めて待っているとエドワードはきびきびとした態度で歩み寄ってきた。息は切らしていないものの頬は赤く、思い詰めたような目をしている。


「どうした、エドワード君」


 さすがのオレも用件がわからない。

 尋ねるとエドワードはぐっと唇をひきしめて拳を握った。

 それから突然、ガバッと腰を直角に折って頭を下げる。


「うわっ」

「ユリシー嬢を……お願いいたします……!!」


 思わず引いてしまった身体を必死の声が追いかけてきた。

 そ、そういうことか。人の好いエドワードは、わざわざ恋敵を激励しにきたのだ。


「『星の乙女』は王太子殿下と結ばれる身の上。異存のあるはずもございません。私どもは身を引きます」

「それは、ユリシー嬢が言ったのか?」

「はい、殿下と心を通じ合わせたため、私どもの気持ちには応えられないと……ラファエルだけは抗っておりますが」

「なるほどな……」


 それで近頃ユリシー嬢の周囲にはラファエルしかいなかったわけだ。エドワード、ルークス、身を引いたつもりでユリシー嬢を追い詰めてるぞ。


「ルークスも納得したのか?」

「当初はラファエルと同じく己の想いを通そうとしておりましたが、何が最もユリシー嬢のためになるのか、考えを改めたようです。ともに『乙星』を読みなおしたかいがありました」


 エドワードとルークスが肩を寄せ合って『乙星』を読んでいる姿を想像しオレはむせそうになった。

 さすが『乙星』ガチ勢エドワードである。

 セレーナ嬢を紹介したら話が弾むのではないかという考えがちらっとよぎったが、頭の中のセレーナ嬢が顔面蒼白でぷるぷる震えだしたのでやめた。


「わかった。心遣い感謝する。とはいえぼくも王太子、気軽にユリシー嬢に近づける身分ではない」

「はい」


 眉を下げ、切なさを顔いっぱいで表すエドワード。しかしその表情は、続くオレの台詞でぱぁっと明るくなった。


「父上に許可をとり、今年の成人パーティは普段とは違った催しにすることにした」

「それは……!!」

「つらいかもしれないが、それまでは君たちもぼくに代わってユリシー嬢を守ってやってくれ」


 そのほうが《魅了》の効果が弱まるからな。

 そんな内心を知らないエドワードは、輝いた顔をよりいっそう紅潮させ、貴婦人の警護を任された騎士よろしく胸に手を当てた。


「はい!! お任せください!!」


 よし、これでユリシー嬢にも成人パーティでイベントが起きることは伝わるだろう。

 できればラースにまで伝わってくれよ、と心の中で願う。


 

 そのオレの願いは届いたようだった。

 週末、セレーナ嬢から『今週分のオレとエリザベスのイチャイチャ小説』と一緒に、ラースは一週間予定を前倒して来週から登校してくるそうだという情報がもたらされた。

 オレが完全にユリシー嬢の魅力に憑りつかれたと思ってくれたのだろう。

 わざわざ一週間前倒す理由はわかりきっている。そのほうが一週間多くエリザベスと同じ空間にいられるからだ。

 ラースとは王宮での親戚づきあい以外ほとんど顔を合わせたことはないが、エリザベスを中心として考えれば何を考えているかはたいてい想像がつく。


 ちなみに同じ日に、ラファエルから


『エドワード君に余計なこと言ったでしょー!

 せっかくユリシーちゃんといい感じだったのにー!』


 という不敬極まりない手紙も届いた。

 ハロルドが読みあげたあと破って暖炉にくべていたが、それよりラファエルの「いい感じ」の基準が気になったオレであった。

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