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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう

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21.単純な動機(後)

「!!!!」


 それは……知らなかった。ラ・モンリーヴル公爵家に、ドルロイド公爵家から婚約の打診があったとは。


「……けれど、……わたくしが嫌がりまして……」

「リザ、それハ、いつダ?」


 声がひっくり返った。


「ヴィンス殿下との婚約が決まるよりも前です」

「そうか……」


 いつも笑顔を絶やさぬ顔を曇らせ、それでもエリザベスは語ってくれる。

 オレはといえば、頷くものの、それ以上言葉が出てこない。

 あれ? 一応、笑顔は浮かべたままにしてあるけど、ここは笑っていていいところなのだろうか。怒る場面ではないのはわかる。オレと婚約する以前なのだからな。あー、泣く? 泣きたいかも。泣いてもいい???


 エリザベスが、オレと出会うより前に、オレ以外の男と出会っていた。

 年齢的にも家柄的にもエリザベスは生まれたときからオレの婚約者と決まっていたと思い込んでいた。他の道はなかったと信じていたのだ。

 エリザベスが他の男の妻になる未来がありえたという事実と、そうはならずにオレと婚約しているという安堵感で、泣きそうだ。

 オレって本当にエリザベスのことが好きなんだな。


「……断ってくれてよかった」


 そう告げても、エリザベスの表情はこわばったままだった。


「わたくしが幼すぎたゆえの我儘でございます。申し訳ないことをしたと思っております」

「しかし断ってくれなければ、ぼくはリザと婚約できなかった」


 その仮定を口にするだけで胸が締めつけられる。口元は笑みを保ったまま、眉が寄るのを抑えきれなかった。

 情けない顔になっているだろう。でも本心だ。


「ありがとうございます、ヴィンス殿下」


 礼を口にするエリザベスの顔もまた、必死に感情を抑えているようだった。目が潤んでいる。

 真面目なエリザベスのことだ、自分から断った求婚にずっと罪悪感を覚えていたのだろう。

 しかし、エリザベスは自分の我儘ゆえと言うが、オレが出会った頃にはいまと変わらぬ天使であった彼女だ、どう考えても生まれたときから天使。拒絶したのであれば相手がよほど酷かったとしか思えない。


「……差し支えなければ、ラース殿の何が悪かったのか、聞いてもいいか?」


 二の轍を踏まないようにしたいので。


 オレの問いにエリザベスは少し迷った顔をしたあと、しかしもう隠し事はしないと誓ったためか、口を開いた。


「顔合わせの場で、我が家のパティシエが作ったデザートをひっくり返されまして。……わたくし、泣いてしまったのです。そのせいでラース様もご機嫌を損ねられ、ドレスをつかまれ、髪を引かれまして……」

「そんな、酷いことを……」

「わたくし、思わずラース様の頬を平手打ちにしました」

「よくやった」

「え?」

「あ、いや、どんな理由があれ暴力はよくないな、お互いに」


 きょとんと首をかしげるエリザベスにもっともらしい顔をして頷いてみせる。

 ラースが平手打ちされたと聞いてオレの心は少し落ち着きを取り戻した。

 オレも全力でひっぱたかれたいなんて思ってはいない。変態と思われて婚約破棄されたら困る。


「はい、絶対に許されない行為です。子ども同士の喧嘩ということでお咎めはありませんでしたが、婚約は破談となりました」


 ま、当然だろう。思うに、乗り気だったのはドルロイド家のほうで、エリザベス側はそれほどでもなかった。喧嘩は断りのいいきっかけだったというところだな。


「二度とそのような醜態はさらさぬよう、わたくしは精進を重ねてきたつもりです。どうか、呆れないでくださいませ」

「呆れるものか。子どもの喧嘩だと、皆そう言ったのだろう? ぼくはリザが素敵な女性だと知っているよ」


 俯き恐縮するエリザベスに優しく言い聞かせると、ようやく顔をあげたエリザベスは頬を赤くしてにこりと微笑んだ。

 かわいい……。

 顔が崩れすぎないように調整しながらオレも微笑みを返す。


 それにしてもこれで、『乙星』騒動の背後にあるものが見えてきたような気がする。

 ドルロイド家にとってエリザベスは《息子を平手打ちしたうえに王家に婚約者を乗り換えた令嬢》なのだ。

 どれだけ逆恨みだよと思うがあのプライドの高い公爵なら根に持ちつづけてもおかしくない。なんせ三代前の兄弟関係を持ちだして王族のような顔をする男である。


「そのような昔のこと、気にせずともよいだろうに……」


 はぁ、とため息をつきつつナイフとフォークを手にとった。食べきる前に冷めてしまった鴨は新しいものにとりかえられて湯気を立てている。


「いえ、それが……」


 ドルロイド公爵に対して言ったつもりだったが、『乙星』騒動を知らないエリザベスは自分のことを言われたと思ったようだ。給仕の邪魔にならぬよう配慮しながら小さく呟いた。

 続いた言葉は、気を取り直しかけていたオレの心をふたたび打ち砕くのに十分な威力だった。


「ラース様からは、いまだに謝罪のお手紙が届くのです。お父様がわたくしの代わりにお返事を書いてくださっているのですが……」


 困惑の表情を浮かべるエリザベス。対照的に、オレはすべてを察した。

 なぜ父上がエリザベスを呼びだしてまで直接オレと話をさせようとしたか。人づてにこの話を聞けば、オレはエリザベスの肖像を抱えて眠れない夜をすごしただろう。


 それ、ラース惚れてるやつじゃん。

 エリザベスまったく気づいてないけどな。

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