16.黒幕の名は
さめざめと涙を流すウォルターにノーデン伯はソファから立ちあがり、肩に手をかけた。使用人のために膝を折る姿はまさに慈悲の徳、どの家にもそれぞれの特色があるものだ。
「ウォルター、ふがいない主人ですまなかった」
ノーデン伯、本心だと思いますがそれトドメを刺してます。エドワードと同じタイプの空気の読めなさだ。
案の定、ウォルター青年は喉を詰まらせ額を床にこすりつけた。
「旦那様……!! めっそうもございません。オレが浅はかだったのです。すべてはオレが悪いのです……!!」
「……で、事情を聞かせてもらえるだろうか……」
若干引き気味の顔でドメニク殿が告げる。
ドメニク殿、おたくの息子さんも相当ですよ。……そういえばうちの両親も相当かもしれない。
どの家にもそれぞれの特色があるものだ(大切なことなので二回言いました)。
***
ひとしきり謝罪合戦をくりひろげたあと、ウォルターは動機を語りはじめた。
いわく、二か月ほど前のある日。
彼は、屋敷に訪問したとある貴族にこう告げられた。
ノーデン伯は魔石の呪いにかかり、本人も気づかぬうちに精気を吸いとられている――このままでは徐々に衰弱し、最悪の場合は死に至る。
呪いを解くには魔石を魔法使いの資格を持つ者へ届けねばならぬ。
その役を買って出る、主人のために我が身を差し出す覚悟のある勇気ある若者が必要なのだ、と。
元より騎士の家に魔石があることを不思議に思っていたウォルターは、この囁きを鵜呑みにした。
主人は魔石の力に魅入られ、憑り殺されようとしている。主人の命に逆らうことになったとしても、そのために主人の機嫌を損ね、自身が危うくなったとしても、主人を救わねば――。
そして与えられた眠り薬を用いてノーデン伯を眠らせ、その隙に魔石をすり替えた。
魔石はウォルターを唆した貴族の従者に渡したという。
従者は、強力な呪いを解くには半年はかかる、と言ったらしい。呪いを解けば魔石を返すとも。
……まぁ、やっぱりそんなとこだろうな。
ウォルター青年を一目見てわかった。彼は、ハロルドと同じ顔、同じ目をしていた。……主人のためなら命を投げ打つ人間の目。
ちらりと見れば、ノーデン伯はぐっと唇をひきしめて話を聞いていた。
さてここからが本題だ。
ウォルターを唆し、魔石を奪ったその貴族というのが――、
「ドルロイド公爵様です」
ウォルターの告げた名に誰しもが一瞬、言葉を失った。
ここでそのような大きな名前が出てくるとは思っていなかったのだ。公爵家と言えば、マーシャル侯爵家やノーデン伯爵家よりも上の階位。
そもそも我が国に公爵家は三家しかない。エリザベスの実家であるラ・モンリーヴル公爵家、ユタ公爵家、ドルロイド公爵家だ。ドルロイド家は先々代国王の弟君の立てた家で、家としては新しい。しかし貴族の中で最上位にあたる。
「相手がやや悪いですな……」
数秒の間ののち、吐きだすように言ったドメニク殿の言は正しかった。
そりゃウォルターも信じて行動する。……というかウォルターが行動しなかった場合、ノーデン家はドルロイド公爵家の不興を買うことになる。そしてそれはまー面倒くさいことになるだろうという想像もつく。
ドルロイド家当主は数回しか会ったことはないが、自分たちはほぼ王族だと言ってオレのことを甥っ子扱いするので苦手だ。何親等離れてると思ってんだよ。
たしかオレくらいの歳の息子もいたはずだ。
あの家が今回の騒動の糸を引いているとしたら、なんとなく納得はできる。
オレと同じ気持ちなのか、ドメニク殿とノーデン伯も微妙な顔つきで宙を眺めていた。
「事情はわかったが、当の魔石はすでにメリーフィールド家だ。公爵家が主導したという証拠はない」
「そうですな。私は魔石に魔法陣を刻み、加護を与えた者を探しましょう」
それしかないな、と頷く。
決定的な証拠品が出ればよいのだが、そうでなければ証言を重ねていくしかない。ウォルターの証言だけではまだ弱かった。
せめて魔石に第一級禁呪の加護を与えたのがドルロイド公爵の依頼だと示さねば、何らかの罰を与えるまではいかないだろう。
「さて、ノーデン伯よ。今回の件の処罰だが――」
「私は如何様な処罰もお受けいたします。ですから旦那様へのお咎めはなにとぞご容赦を!」
「これは私の不手際です、殿下。責任は私にございます」
口を開けば暑苦しい主従が食い気味に取りすがってきた。
二人とも自分を罰せよと――相手は見逃せ、と言っている。
チワワのような目でうるうると見つめられながら、オレは内心ため息をついた。
「……処罰の件だが、いったん不問とする。ノーデン伯もウォルター君も、これまでどおりすごしてくれ。いいか、《これまでどおり》だぞ。少しでも不審な行動があればドルロイド公爵に伝わるかもしれん。何も気づいていないふりをしろ。沙汰はこの件が解決してから遣わす」
「それは……!!」
ノーデン伯が目を見開いた。ウォルターはまわりくどい言い方にいまいちピンときていないようでまだ必死な顔をしている。
実質お咎めなしってことなんだけど。そこはノーデン伯が説明してくれるだろう。
「ノーデン伯、ウォルターが自責の念で出奔したりしないように注意してくれ」
「はい、必ずや」
頭をたれるノーデン伯に倣い、ウォルターもまた跪いた。
小さいが収穫はあった。これからやるべきことも見えた。
オレはドルロイド公爵に関する情報収集、ドメニク殿は魔石の加護をかけた魔法使いの捜索。
……また父上や母上にお尋ねしないといけないだろうか。なんせ親戚だしなぁ……。
遠い目になりかけたオレに、何かを勘違いしたらしいドメニク殿がしみじみといたわりの目を向けてくれた。
「私はあんな口車に乗せられたりはしません」
帰りの馬車の中、突然放たれたハロルドの言葉に顔をあげた。
この男は余計なことはほとんどしゃべらない。自分から話題を始めるということも少ない。
いったい何の話だと思いめぐらせて、ウォルターを指しているのだと気づいた。ウォルターを見てハロルドのようだと思ったことまでバレていたらしい。こいつ、いつの間に読心術を身につけたんだ。こわい。いや、前からか。それもこわい。
「……わかってるよ」
そうでなければ常に傍に置き、すべてを見せたりはしない。
オレが愚かな真似をしたときにそれを諫める役目。だからこそハロルドは氷の目を持っているのだ。
というかハロルドの場合、国内貴族の中でも有数の交友関係を持つアバカロフ伯爵家出身なので、魔法使いを探しだして魔石の鑑定や呪いの解除などをすることはたやすい。口車に乗せられてもオレの名に傷がつかないように秘密裏にやってのける。
そういうことを言ってるのではないということはわかっているが。
「わかってる」
もう一度繰り返せば、ハロルドはそれ以上何も言わなかった。