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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう

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13.エリザベスとの邂逅

 ドメニク殿と話をつけてハロルドを呼び寄せたオレは、庭に出て『乙星』を読んでいた。

 滑稽なポーズをとる動物たちのトピアリーに囲まれたベンチは日射しと心地よい風を受け、ときおり母上のペットの孔雀たちが通りすぎる。考え事をするには絶好の場所だ。部屋にはエリザベスの肖像が飾ってあるため、その前で『乙星』を熟読するのはためらわれた――いや、エリザベスのせいにするのはよくないな。

 正直に言うと、セレーナ嬢を許しはしたものの小説を読むとエリザベスに似た悪役令嬢がひどい扱いを受けていることに苛立ち、そのページを糊付けしたくなるからだ……。

 ちなみに同じ理由で、セレーナ嬢から週に一度送られてくるオレとエリザベスのラブラブ小説も自室では読めない。頭を抱えて悶絶しているところをエリザベス本人の肖像に見られるほど恥ずかしいことはない。

 ハロルドには肖像を裏向けてはどうかと言われたが、エリザベスに壁を見せろと言うのかあいつは。


 というわけで最近のオレはこの場所で読み物をすることが多かった。本から顔をあげればお辞儀をするカメレオンや逆立ちをするウサギが視界に飛び込んできて高ぶった感情もあっという間に萎える。植物の緑は目にも優しいしな。


 しかししばらくして、オレはこのちょっとした思いつきを後悔することになった。


 

「ごきげんよう、ヴィンセント殿下」


 最初にその声が聞こえたとき、完全に幻聴だと判断したオレは反応を返さなかった。

 だってありえるわけがないと思ったのだ、王宮内でエリザベスの声が聞こえるなんて。『乙星』を読みながら心のどこかでエリザベスのことを考えていたらしいと己の恋心を不憫に思った。会いたい気持ちがいきすぎて幻聴を聞くなどハロルドに何を言われるか。

 けれどまったく同じ声が、今度は少し大きな声で、同じ台詞を繰り返した。


「ごきげんよう、ヴィンセント殿下!」

「エエエエエリザべス!?」


 がばっと上半身を起こし、その反動のまま立ちあがった。

 ベンチのある広場からは径が四方にのびている。そのうちの一つ、オレの正面の石畳に、エリザベスが父親であるラ・モンリーヴル公爵とともに立っていた。


「殿下、お久しゅうございます」

「お久しぶりです、ラ・モンリーヴル公爵」


 視線が合った公爵が礼をするのに会釈を返す。エリザベスもまたスカートの裾をつまんで頭を下げた。なんとかとりつくろって父娘に挨拶をした瞬間、エリザベスの視線がオレの手元に落ちた。

 はっとして持っていた本をクッションの下に突っ込む。


「どうしたんだ、エリザベス。王宮に来るとは珍しい」


 声がひっくり返らなかったのが奇跡だ。

 なんだろう、そうではないのに浮気現場を押さえられたような気まずさだ。何か弁解したいのに、うまい言葉が出てこない。学園で起きていることがこのあとどのような展開を迎えるのか知りたくて、などと言えば公爵殿には不審に思われるだろうし、エリザベスにはオレまで妄想と現実の区別がついていないと疑われてしまう。

 内心慌てるオレの前で、エリザベスは少しだけ顔を伏せたがすぐに笑顔になった。


「はい、お父様の御公務に同行させていただきました。……殿下にお会いできないかと思いまして」

「ぼくに……?」

「お手紙を出してお知らせするには時間が足りず、不躾な訪問で申し訳ありません」

「いや、いいんだ。それだけ早くぼくに会いたいと思ってくれたんだろう?」


 普段のエリザベスが礼儀を重んじることは知っている。オレから誘わなければなかなか王宮にも来てくれないほど線引きのしっかりした性格だ。

 オレの言葉にエリザベスの笑顔がいっそう輝く。


「ヴィンセント殿下に、これをお渡ししたかったのです」


 そう言ってエリザベスは革の小袋を取りだした。手のひらに収まるくらいの小さなものだ。

 両手で包んで差し出してくれるエリザベスから小袋を受けとる。直前に会っていたドメニク殿を思い出して華奢な指先がガラス細工のように感じられた。強く握ったら壊しそうで怖い。

 小袋はほんの少し重みを持っていた。


「開けても?」

「もちろんですわ。ご覧になってくださいな」


 中には綿が詰まっている。その綿の真ん中に、うっすらと紫がかった硝子のウサギがいた。耳をぴんとのばして逆立ちをしている。……流行っているのか、このモチーフ?


「かわいらしいと思われませんか。屋敷に商人が来ていて、つい買ってしまいました。わたくしの分は、これを」


 弾んだ声で言ったエリザベスはもう一つの革袋を掲げ、そっと口を開いた。綿のベッドには流れるような空色の硝子のウサギ。

 ――もしかして、これは。


「これをヴィンセント殿下と思って、部屋に飾ろうと思います。……お許しいただけますか?」


 うわあああああ先手を取られました母上えええええええ!!!!!

 しかも、お互いの瞳の色の小物という、とびきりロマンチックな贈り物だ。

 がくりと崩れ落ちそうになる膝を叱咤して身体を支えると、特訓を重ねたとびきりの笑顔でエリザベスに微笑む。


「もちろんだよ。ありがとう、ぼくもこのかわいらしいウサギを君だと思おう……エリザベス」


 リザ、と呼びたかったが義父になる人の前で勇気が出ず、内心涙目のオレを、笑顔のラ・モンリーヴル公爵と無表情のハロルドが眺めていた。

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