12.魔石を追え(前)
「エリザベス嬢との楽しい学園生活はもうしばらくお預けかのう」
食事が終わり、人払いをした部屋に入るなりそう問われ、すべて見抜かれていたかと舌を巻いた。
従者を下がらせた時点でお忍びデートが口実なのは気づかれていると察したが、食卓で話題にしなかったのは父上の配慮ということだ。
「お聞きおよびでしたか」
「ま、わしにも情報くらいは入ってくる。小説に振りまわされとるそうじゃな」
父上の表情はからかいを含んでいるだけで緊迫したものではない。そういえばこの人が表情をこわばらせたところなど一度も見たことがないな、と思い出した。
頷き、これまでの事情を説明していくのを、父上は革張りの椅子に沈み込むようにして聞いた。口の端には微笑が浮かんでいる。それはユリシー嬢に《魅了》の加護がかかっていると告げたときに一瞬だけ深くなった。
「――というわけで、ドメニク殿に魔石の調査をお願いしたく」
「わかった。ラファエルから話は伝わっているじゃろう。わしからも一声かけておこう」
「この件、お任せいただけますか?」
「そうじゃのう……加護の件についてはドメニクの指示を仰げ。関わった人間を洗いだして処罰せねばならぬからな。それ以外はおぬしに任せよう」
「ありがとうございます」
許可を得たオレは深々と頭を下げる。学園内の処置については任せるということだ。
国王直属の諜報部隊はいるにはいるが、王立アカデミアに入り込めるかというと話は別だ。生徒としては厳しいだろうし、教師や職員として入るとしても行動範囲はかなり制限される。オレたちのような者のほうが動きやすいだろうと思った。
ま、それとともに父上の思惑はもう一つ。
許可を与えるというよりは、挑戦だ。王太子たるもの、この程度は自力で収めてみよ、という。
「エリザベス嬢が関わっているのなら余計にな。他の者の言うことなど聞くまい」
「それは、そうですね」
「そうじゃ、一つだけ、よくよく留意せよ」
ふと真剣な表情になった父上がオレを見上げる。鋭い視線は、一歩間違えれば大きな混乱が起きると無言の圧を投げかけている。
ひるむことなくその視線を受けとめ、オレはしっかりと父上の青い目を見返した。
「ママには内緒じゃぞ」
「……御意」
やはり、父上が故意に情報を止めていたのは、母上の耳に入らないようにするためか。
そこのところの重要性については、オレは父上と見解を一にしていると思う。
視線を合わせたまま重々しく頷き返すオレを見て、父上もまた頷いた。
***
「こちらが調査結果になります」
翌週末、魔法学の家庭教師としてオレの部屋を訪れたドメニク殿に数枚の書類を差し出され、オレは一瞬呆けてしまった。
ドメニク殿の姿を忘れていたわけではないが、このところラファエルと話すことが多くなっていたため、ギャップがすごい。あらためて親子だと思うと妙に感心してしまったのだ。
隆々とした腕で差し出された資料は小さな紙きれのように見える。……ドメニク殿はラファエルと正反対の見た目で、一応魔法使いのローブは着ているものの筋肉の鎧をまとった見事な体躯はところどころはみ出て、おまけに顔は太い眉毛とロワイヤルスタイルの髭を備えている。軍人と言われたほうがしっくりくる姿だった。
マーシャル家の食卓はどんな風景なのだろうかと昨夜のディナーを思い出してつい想像してしまった。が、我に返り書類を受けとる。
「ご苦労でした」
紙に目を落とすと、資料は売買記録を抜粋したものだった。
ラファエルの言うような
原石を大手加工業者が購入し、研磨して形を整え、とある貴族に売った、とある。
その貴族の名は。
「ザッカリー・ノーデン伯爵……」
エドワードの父親だ。
「さよう」
ドメニク殿は苦虫をかみつぶしたような顔で応えた。
記録されているのはノーデン伯爵が魔石を購入したところまで。当然だがその後に魔法陣を描いたとか加護を発動させたとかいった記録はない。正式な手続きにのっとって申請すれば確実に却下されるのだから当然のことだ。
「いま魔石に加護を付与した者を調査しております。ラファエルから話を聞きましたが、あれを扱える工房は少ない。裏取引があったにしても尻尾くらいはつかめるでしょう」
「えぇ、頼みます。……にしても、ザッカリー殿か……」
はぁ、と額に手をあてため息をつく。
たしかに当主は歴代の騎士団長であり武闘派の家系であるノーデン伯爵家が大枚をはたいて魔石を購入すること自体がおかしい。そこだけ見ればノーデン家が何か企んでいると思えなくもない。
しかしそんな証拠の残る魔石にわざわざ第一級禁呪の加護をかけ、おまけに最初にひっかかったのがノーデン家の長男というのは穴だらけすぎないだろうか。嫌疑を逃れるために身内から被害者を出すというのも常套手段ではあるが……。
考え込んでいると、ドメニク殿も顔を曇らせてため息をついた。
「ザッカリー伯とは息子の年が近いこともあり言葉を交わすこともあります。最近は御子息がとある令嬢に入れあげているとお悩みのようでした。あれが演技とは思いづらいですが……」
「ぼくも同じです。どちらかといえばザッカリー殿は嵌められたと考えるほうが自然だ」
第一騎士団長を務めるノーデン家にはここまで大掛かりなことをしてオレの周囲を混乱させたとて、なんの利益もないのだ。エドワードが舞いあがっていることを勘定に入れればマイナスですらあると言える。
それに。
「伯は騎士団長としてぼくとエリザベスの顔合わせに立ち会っておられた。それに幼い頃のぼくに剣術の手ほどきもされていました。……つまり……」
「あぁ、殿下がラ・モンリーヴル公爵令嬢にベタ惚れ骨抜き首ったけなのを知っていらっしゃるのですね」
「……そうです」
言ってしまってからハッとした顔で口元を押さえるドメニク殿に、肯定だけを返す。
父母ではない家臣にあたる家柄の者にまでここまで言われているのかと思うとものすごーく遺憾ではあるが、こうなってくるとオレの黒歴史はけっこう役に立つかもしれない。
「では殿下と婚約者様の仲を裂くことが目的のような計画は立てませんねぇ。しかしせっかく《魅了》まで使っておいて、自家の長男と男爵令嬢をくっつけたところで意味はない」
「それどころかエドワードの恋敵たちは侯爵家です。こじれて困るのはノーデン家のほうだ」
「やはりもう少し裏があるかと」
たくましい腕を組んで太い首をかしげ、ドメニク殿は口髭を撫でた。
「では、殿下、こういった案はいかがでしょうか――」