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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう

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11.国王夫妻

 シナリオは進んでいる。

 ハロルドと二人で『乙星』を確認したところ、現在は第十章中の第五章。平民出身であるということで同学年の高位貴族令嬢から嫌がらせを受け、しかし持ち前の明るさと素直さで主人公が味方を獲得していく展開だ。

 その中でも特に主人公を心配し世話を焼いてくれるのが、王太子の側近候補である数人の貴族子息である。

 裏表のない主人公は礼をしたいと言って彼らを家に招待する。彼らは互いを牽制し火花を飛ばしあうのだが、そこは作者によりさりげなく描写されているだけで主人公はあくまで友達だと思っていて気づかない。

 結局、彼らを通じて王太子と出会った主人公は、王太子を相手に生まれてはじめての恋に落ちるのである。


「……」


 側近たちの姿に自らの報われぬアプローチを思い出して若干心を痛めつつ本を閉じる。

 タイミングよく、部屋のドアがノックされた。

 取次に出て戻ってきたハロルドが、いつもの無表情で告げた。


「夕食のお時間です。本日は両陛下がいらっしゃるそうですよ」

「……行く」


 というか行かざるをえまい。

 父上も母上も公務で忙しい身だ。夜も舞踏会やサロンへの出席でいないことがしばしば。話したいと思った日の夜に会えるというのは僥倖と言わなくてはならない――のだが。


「母上もか……」


 息子が言うのもなんだが、あの夫妻は二人そろうと収拾がつかなくなる。それがわかっているから家令(スチュアート)もそれぞれ予定を入れて忙しくさせているのだろう。今夜はたまの水入らずというわけだ。

 事態の重要性を考えれば諸手をあげて喜びたいところだが……できれば数日あけて心の準備がしたかったなー、うん。 


 

 服を着替えて食堂へ向かうと、すでに食卓にはディナーが用意され、給仕が待っていた。

 父上も母上もいまついたところらしく従者に促されおもむろに椅子に腰かけている。父上はテーブルの上座、母上はその斜め前で、反対側がオレの席だ。


「父上、母上、御息災でなによりです」


 一礼してオレも、銀食器の並べられた前へと座る。

 父上と母上は動きやすいシルクのシャツとドレスで、同じ色の絹糸でアラベスクの縫い取りがされていた。……ペアルックかよ。


「久しぶりじゃな、ヴィンセント」

「近頃あまり会うことがなく、どうしているかと案じていたのです」


 年老いてきたとはいえ肌艶のよい顔に闊達な笑みを浮かべ、父上は鷹揚に頷いた。母上も一分の隙もなく着こなしたドレスに包まれて背筋をのばし、オレを見ている。

 表情は柔らかい。しかし何があろうとその笑みは崩れないだろうと思わせる王者の風格を、両親は持っていた。

 その二人の口が揃って開く。


「「で、エリザベス嬢との仲はどう」だ?」


「……」


 オレは何も言えずに俯いた。

 途端に王者の相貌は崩れ、あぁ、とこれも同時に二人の唇からため息が漏れる。


 この二人、息子のことは王国の跡継ぎ、王国の駒としか思っていないくせに、義娘となる予定のエリザベスは非常にかわいがった。

 もちろん原因はオレである。

 家庭教師に反抗を繰り返し王家など継がぬと舌を出していた一人息子が会った途端に心を入れ替えたのだから最初からエリザベスに対する心象はすこぶるよく、しかも当時のオレは純真でアホだったので母上に頼んでエリザベスに送る恋詩(ラブレター)の添削をしてもらったりした。返事がくれば父上に自慢した。そしてその都度、エリザベスがどれほどよき令嬢なのかを語って聞かせた。超黒歴史だ。

 そうしたオレの布教活動を経て、国王夫妻は表には出さないが立派なエリザベスファンに成長した。まったくこの親にしてこの子ありなのか、この子にしてこの親ありなのか。

 とにかく自業自得ではあるのだが、オレの両親に対する苦手意識はそこらへんの思春期の男を軽く超えている。

 己の過ちに気づいてから、両親の多忙をいいことに、また、王宮内にどちらかがいるときでも勉強を理由に、オレはあまり両親と顔を合わせなかった。


「左様であったか……アカデミアでともにすごす時間が増えれば、仲が進展するかと思ったのだがなぁ」

「ヴィンセント、あなたエリザベス嬢にお手紙は送っているのですか? 花は添えておりまして? 香水は?」

「……」


 何も言っていないのに勝手に話を進められる。死んだ魚の目になったオレに給仕はおそるおそるとパンを差し出した。

 すぐにスープが運ばれてくる。国王夫妻は、アイボリー色のシルク地を気にする様子もなく優雅にスプーンを扱った。……合間に息子への口撃を忘れることなく。


「婚約者の座に胡坐をかいていては愛想を尽かされるかもしれぬ。お忍びデートなぞ考えてみよ、城下町にサーカスが来ておるようじゃ。立場が許せばわしが王妃を誘いたいくらいじゃぞ」

「あら、とてもいい考えですわ、あなた。それでね、何か贈り物をなさいまし。これをぼくの代わりと思って部屋に置いてほしい、と」

「……」


 たしかにセレーナ嬢の小説を読みお忍びデートに燃えあがっていたところだが、いまはそれどころではない。

 息子を置き去りにしてデートプランの考案に熱中する――そのうえ肉汁の一滴たりとも跳ねさせたりはしない両親を眺めながら、オレは内心で安堵の息をついた。

 話題にならないところをみると、王立アカデミアでの『乙星』騒動は二人の耳には届いていないらしい。

 母上などエリザベスの周囲に怪しい動きがあると知れば学園に乗り込んでもおかしくない。そういう謎の行動力はある人である。いつぞや家令が遠い目をしながら「トラブルを避けるためには余計なことを考えないよう忙しくさせておくことです」と言っていた。


 二人は、端から見れば落ち着き払って穏やかに、その実かなりの熱を込めながら息子の未来の妻が喜びそうな城下町スポットについて語り合っている。

 悠々とチェスをしながらなんでもない顔で暗殺を命じられるのが王だ、とも言うが。


「ではそのようにいたしましょう。父上、このあと、城下に出る許可と、日程について相談したく思います」

「うむ。よいぞ」


 果たして緊張は声に出ていなかっただろうか。

 やや鼓動を速めた心臓にそしらぬ顔をしつつ、オレは食事の手を動かした。

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