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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう

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10.ユリシーの加護

 空き教室に結界を張って外界との接触を遮断したのち、ラファエルはこともなげに頷いた。


「ユリシーちゃん? うん、《魅了》の加護が三重くらいにかかってるね。部屋に大きな魔石があってね。本人はただのお守りだと思ってるみたいだけど、加護の魔力源はあれだよ」


 ぽかんと開きそうになる口を慌てて閉じる。背後を見るとハロルドはいつもの無表情だったが、空気からラファエルに対して不快感を抱いていることが伝わってきた。

 どこまでいってもうちとけない連中だ。


「お前、ユリシー嬢の部屋に入ったのか?」


 ハロルドの代わりに……というか、オレもどうかと思うことを単刀直入に口にする。

 ラファエルは肩をすくめて首を振った。


「週末に遊びにいかせてもらったんだよ。部屋はユリシーちゃんのほうから誘ってくれたんであってボクの下心をゴリ押ししたわけじゃない」

「あったのか下心が」

「そりゃ女の子の家にあがるんだからねぇ」

「というかなんだその軟派な呼び方は」

「異国風の敬称だよ。響きがかわいいだろう♪」


 さすがは希代の女好き。調査を頼んだとともにユリシー嬢に近づく許可を出したら、家まであがりこんできたとは。

 にこにこと笑っているラファエルには毒気がないが、趣味と実益を兼ねているからこその調査結果だ。ハロルドには到底できない情報収集の仕方である。


「で、魔石があったって……? しかも、《魅了》の加護だと?」


 加護にはいくつか種類があるが、一部の加護は効果が強すぎるため禁呪扱いになっている。人の心すら操る加護はもはや加護などという生易しい言葉では呼べず、呪いになるということだ。《魅了》はそのうちでも第一級の禁呪である。

 痛んできた頭を押さえて話題を戻すと、変わり者の魔法使い子息は指先を擦り合わせながらうっとりとした目つきになった。


「そう、片手には収まらないほど大きな、つるっと丸い艶やかな凝魔晶(クリスタル)に、《魅了》の加護だ……♡」

「そんなに大きな結晶なら人の記憶に残るな」

「購入者を追跡できるかもしれませんね」

「まったく、君たちはそんな無粋な連想しかできないのかい? 手に入れた人間もさることながら、誰が魔法陣を刻み、誰が呪文を唱えたのか……想像するだけでわくわくするよ」

「わかりました、加工業者および魔法使いも捜査しましょう」


 顔に思いっきり「わかっていない」と書いてあるものの、ラファエルは黙った。一応これがオレからの依頼で、ユリシー嬢の身辺調査だということはわきまえているのだ。

 紫の毛先をいじり唇を尖らせながら地面を蹴る姿を見ると、……ユリシー嬢もまさかこいつが間者とは思うまいし、油断してくれるだろうなという気がする。実際にはこういう何も考えていないようなふりをしてしっかり考えている奴が一番怖いのだが。


「《魅了》の効果で周囲の人間は彼女に夢中になる。特に例の小説のせいでユリシーちゃんに対して好奇心や好意を持つ者はイチコロだね。やー、ただのお伽話が魔法にこんな相乗効果をもたらすというのはなかなか勉強になるね」

「それは触れるとより強い効果を発揮するか?」

「もちろん! 対象が近ければ近いほど、触れる箇所や回数が多ければ多いほど《魅了》はより強く作用するよ」


 グッと親指を立ててウィンクしてくるラファエル。

 聞けば聞くほど恐ろしい加護だ。第一級禁呪となっているのも頷ける。


「女性に対してはどうなんだ?」


 オレの婚約者であるためエリザベスには《魔返し》がかかっているが、他の令嬢たちには当然そんなものはかかっていない。エドワードや、見てはいないがルークスのように、ユリシー嬢に参ってしまっては困る。

 そう思って尋ねると、ラファエルはそっと視線を逸らした。

 この男にしては珍しく、遠慮している顔つきだった。


「もちろん、あまり本人と関わりのない、『乙星』好きの女性なら効果はあるだろうね」


 微妙に歯切れが悪い。オレの尋ねたいことはわかっているだろうにと思っていたら、ラファエルはばつが悪そうに頬を掻いた。


「まーなんというか、ユリシーちゃんは君の婚約者のお友達から好かれてはいなさそうだから……」

「好かれていなければ加護が効かないのか」

「というか、少しだけ効くのが逆効果で、反発されて余計に嫌われる」

「なるほど」


 その反応には覚えがあるな、と背後に佇むハロルドを見た。ハロルドは自分にはまったく関係がないという顔をして正面を見つめている。どうやらトラウマは克服したらしい。枕を一つ駄目にしたと申告があったが。


「お前もラファエルに《魔返し》をかけてもらったらどうだ。威力は弱いがユリシー嬢に対抗できるかもしれん」

「そうだねぇ、《魅了》の加護にのみ特化した《魔返し》ならボクでもかけられるかな」


 ハロルドの返事を待たずにラファエルが呪文を唱えはじめる。オレの傍に侍り、先日のようにユリシー嬢の盾となるべき役割なのだから否と言うわけがない、ということだ。

 長い呪文を歌うように呟きながら、ラファエルは両の掌を合わせた。その狭間から光が漏れだし、ハロルドを包み込む。定期的に《魔返し》のかけなおしをされているオレにも、それに同行しているハロルドにも覚えのある光景。

 一歩前へ踏みだすと、ハロルドはラファエルに向かってうなだれた。その頭上に手をかざし、一際低く、囁くように。


「――この者に破魔の力を。……っと、こんなもんだね~」


 ふっと光が消えた途端にへらりと表情を緩めるラファエル。ハロルドは変わったところはないが、魔法はきちんと発動していたからかかったはずだ。

 ハロルドはほうっと息をつき、オレの背後へとひき下がった。


「ご苦労だったな。入手ルートや加工業者の特定はドメニク殿の協力を仰ごう。また何かあれば教えてくれ」


 あらためて情報を整理し、ややこしいことになってきたと思いながら礼を告げる。

 ドメニク・マーシャル侯爵はラファエルの父御だ。オレの師匠にして、王宮内での魔法関連のトップ。怪しい魔石の動きがあるなら耳に入れておかなければ。

 父上にも状況を説明しなければならないだろうな……正直、父上にも母上にもできればあまり会いたくないが。

 確実に訪れる試練の時を予想して眉を寄せていると、ラファエルがこてんと首をかしげた。


「まだ話は終わってないよ?」

「なんだ」

「ユリシーちゃんの家に行ったのはボクだけじゃなくて。エドワードもいたよ」

「は?」

「次回はルークス様もお呼びしますってさ。男を集めて競わせるなんてやることがエグいよねー」

「はあああああああ????」

「エドワードなんてボクの顔を見た途端に火花バチバチで、『なんでこんなところにいるんだ!!』って」


 お互い様だよねぇとくすくす笑い声を立てるラファエルに言葉を返すだけの余裕は、オレにもハロルドにもなかった。

 そういえば『乙星』にそんなシーンがあったかもしれないと、考えることを拒否する脳裏にうっすらと文字列の断片がよぎっていった。

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