酒は飲んでも呑まれるな


「大丈夫?だから程々にって言ったのに」

 居酒屋を出るなりネオンは家に来るよう気を使ってくれたが、流石に奢ってもらった上に泊めてもらうなんて図々しいからと、占いに続いてやんわり断った。しかし、それでも人のいいネオンは私の手を離そうとしない。

「なら、せめてホテルまで送る」
「いいよ、車待たせてるんでしょ。泊まる場所はここから近いし大丈夫だよ」
「本当に?」
「心配しすぎ。飲みすぎただけで意識はちゃんとあるし、この通り全然歩けるから」
「なら、ホテルに着いたらちゃんと連絡して。待ってるから」
「ん、わかった。今日は本当にありがとう」

 ネオンは渋々握っていた手を離すと、迎えにきてもらう車に乗って行ってしまった。彼女の後ろ姿を見送ると、振り返す手が止まる。おまけに止めどない溜め息が溢れた。ホテルに向かって足を進めていくと、飲み屋が建ち並ぶ通路に再び入っていく。酔いが回ってきたのか、歩けば歩くほど目の前がぼうっとしてまっすぐ立っていられない。

「やばい、まわってきたかも」

さっきまで平気だったのに。
しかし、こんな道のど真ん中で倒れるわけにはいかない。朦朧とする意識に鞭打ち、道脇にずれて休む事にする。建物の境目にある仄暗い細道に入り込めば、空気を肺いっぱいに吸い込んだ。そのまま壁にズルズルともたれ座り込む様子は、まるで悲劇のヒロインのようで笑えてくる。

「ふ……ぅ……っ、……」

家を飛び出してヤケ酒なんて、何をやってるんだろう。こんな酔い潰れるまで飲んでも事態はいい方に転ぶわけないのに。

酔いが極限に達し、緩んだ涙腺が決壊した。止まらない涙を何度も拭う。しゃくり上げすぎたのか、また吐き気が胸に迫り上がってきて、名前はうっと呻きながら口元を抑えた。

馬鹿みたい。みっともない。

朦朧とした意識の中で涙を流していると、視界に靴の先をこちらに向けて立っている人影があった。おい、と低く落ち着いた声がかけられるも、嗚咽を漏らすだけで呼びかけに答えない様子に痺れを切らし、更にその足は近づいて来る。

「聞こえるか?しっかりしろ」

誰だろう。こんな見ず知らずの酔っ払いに声をかけるなんて勇者は。もしかしてあの浮気野郎が、飛び出して行った私を追いかけてきたのか。嫌だ。あそこに戻されるなら外で野宿したほうがマシだ。

「なによ……もう別れたんだから、ほっといてよ」
「は?」

何を言ってるんだこいつ。そんなニュアンスの含んだ反応が返ってくるも、それはすぐに納得したようなものに変わる。

「ああ……そういうことか」

 顔がぼやけてよくわからない相手は、目の前に静かにしゃがみ込むと私の顎を掴み上げて、頬を軽く叩く。てっきり別れた彼が追いかけてきたのかと錯覚していたものだから、私はその手をためらいもせずに勢いよく振り払った。

「目覚ませ。ワタシはお前の男じゃないね」
「そうですか。そりゃもう別れた相手だし……貴方は私の男ではないもんね!」
「……面倒くさい女ね」
「あなたに言われたくない」
「家は?住所を言え。送てやる」
「ないから」

 名前の返答に、相手の声色が変わった気がした。

「は?ない?」
「だから、帰る場所なんてないの。もうあそこには戻りたくないの!いいから放っておいて!」

ぷいっと顔を逸らすと、心底面倒な酔っ払いを相手するかのような仕草で前髪を掻き上げる彼の顔には、心底面倒だ。といった感情が滲んでいた。

「だからて、こんな所で寝るな。風邪引く」
「いいの、今からホテルに泊まるんだから」
「返事が支離滅裂ね」
「支離滅裂な事してるのはあなたですから。結婚目前にして他の女に孕ませるなんていい度胸してるじゃないの。死ねばいいのに」
「はぁ、あのな。だからお前の男じゃ……おい、起きろ。寝るな」

彼の呼びかけも虚しく、名前はまるで糸が切れた人形みたいに眠りにつく。肩を叩いていた手が離れると、男は深いため息のあとに人混みの中へときえてしまった。

- XRIA -