第五章 1

α─8


 翌日、火曜日。

 レアなことに意味もなく定時より早くめた目のおかげで、俺は学校前の心臓破り坂をのんびりと歩いていた。日々変わらない登校風景にさほど目新しさはないが、一年生らしき生徒どもが真面まじに坂を上っているのを見ると去年の自分のかげがよぎる。そうやってのびのび登校できんのも今のうちだぜ。来月にでもなりゃウンザリし始めることこの上なしだからな。

 ふわあ、とアクビしながら、俺はやはり無意味に立ち止まった。

 なんであろう。何のへんてつもない一日の始まりだが、みような感じがする。

 佐々木とは先日のさんくさはちわせ以来で、あれっきり連絡がない。ないといっても、土曜に会ったばかりだからそう急がれても困るのだが、それがまずおかしみを感じさせる気の源泉だろう。そのうち何かけてくるにはちがいないのに、いつになるかわからないというのはむずがゆいものだ。特に周防九曜と名無しの未来人ろうは、ゆうかい女橘京子よりも何をしでかしてくれるかあやしい。そういや全員しようかいシーンだろうに、未来人男が顔見せをいやがったのも気がかりだ。佐々木の口ぶりではあいつがまたこの時代に来ているのは確かだが、しばらくは何もするつもりがないんだろうか。どうも未来人の考えることは朝比奈さん(大)といい、回りくどいことが多いな。前回は橘京子の起こした誘拐そうどうぼうかんしていただけのあの野郎だったが、するってことは今度は九曜の当番回かね。

「ふむ」

 俺は生徒会長の口調を真似まねてみた。考えていても前進せんな。まずは教室まで歩け。そこで団長のつらでも拝むとしよう。俺の学校生活はそうせんと始まらん。いつしかそういう身体からだになっちまった。

 俺が登山を再開すると同時に、ポンとかたたたかれた。

「おはようございます」

 だれかと思ったら古泉だ。

 下校はともかく登校時にいつしよになるなんざ、ひょっとしたら初めてじゃねえか?

「よう」

 投げやりに返した俺の横に並びつつ、コールドスリープからのせいに成功した宇宙船船員が目的地であるわくせい表面を目にしたようなしよう顔で、

「何やらしやくぜんとしてなさげな顔をしていますが、どうかしましたか」

 どうもこうも朝っぱらから簡易登山をいられている最中の俺は今も昔もこんな顔さ。それよりお前がしように晴れやかな表情してんのはどういうこった。ハルヒのじようちよ不安定の余波を一番こうむっているのはお前だろう。

「それなんですが」

 絵にいたようなハンサム男は、れるまえがみはじき、

「多発していたへい空間の発生がぱったりみましてね。僕としてもあんしているところですよ。涼宮さんは新団員に関する様々なことがらを考えるあまり、無意識によるストレスしようどうはつを一時的に忘れてしまったようです」

 俺はやれやれと首をる。ハルヒよ、お前はなんて単純なヤツなんだ。

「単純なようでいて複雑ですよ。コントロールがききませんからね。なにしろかじにぎっている本人である涼宮さんにもできないものを、ただの乗客である僕などには不可能です。SOS団に入部希望者があんなに来るとは、僕も予想外でした」

 十一人の新入生たちが気の毒だね。何もハルヒのオモチャになるために入学したわけではないだろうに、ハルヒにとっては絶好の気晴らしだ。

「いつまでもその気が晴れていてくれればよいのですが、って一週間でしょうね。昨日、部室をおとずれた人数のうち、今日も門を叩くような人材が何人いるか見物ですよ」

 けでもするか。俺は……そうだな、半減して六人だ。そのペースだとちょうど今週末には誰も来なくなる。

とうな数字ですね。では僕は五人以下で」

 いいだろう。負けたほうがジュースおごりな。

 校門を通りけ、しようこう口が見えてきたあたりで考えていたことを思い出した。

「ところで古泉、あいつらをほうっておいていいのか。九曜とか、橘京子とか、まだ名を聞いていない未来人とか」

「そして佐々木さんとか──ですね」

 古泉は五月さつきれのように微笑ほほえみ、

「今のところは、まだ。僕の見立てでは彼は動き出してもいません。けつたくがうまくいっている様子も見あたりませんから、落ち着きを持って観察している段階ですよ」

 ばこの前で別れる際、古泉は俺の向かう先を指差し、

「彼等の中でキーとなりそうな人物は未来人だと思われます。橘京子は『機関』が何とかしますし、新種の宇宙人はのんびりと地球観光をしていてくれたらいいわけですが、しかし相手が未来となるとうかつに動けません。橘京子ほど目的が明確でなく、宇宙人ほど不明でないのがいかにもちゆうはんで読みにくい。僕よりもあなたが知るほうが早いかもしれませんよ」

 立ち話もなんですのででは放課後に、と言い残し、こく無欠席を信条とするらしい古泉はいそいそ自分のうわき方面へかつしていく。

 俺は自分の下駄箱前に辿たどり着くと、いつさい躊躇ためらいを捨ててふたを開いた。

 入っていたのは俺のぎたなうわぐつのみで、未来からの通信文などどこにもかいだった。

 今なら不条理お使い指令に従ってもいい気分だったのに、気がかないな、朝比奈さん(大)。今度現れるときも「久しぶり」が彼女の第一声になるんだろうか。



 その日の授業中、ハルヒはロープでつないでおかないと宙にい上がりかねないほどソワソワとしたげんしていた。気になって仕方がないらしいのは俺も共有する思いさ。古泉とのバクチの対象だからな。さて団員希望の一年生は何人来るか、昨日の一方通行な演説を聞かされて翌日も足を運ぼうなどと考えるイカしたヤツがどれだけいるのか。

 俺がちょっと気にしているのは、クリーニングから返って来たばかりのような、パリッとしたセーラー服を肩からずり落ちそうなほどダブつかせていた女子生徒で、昨日のあの反応を見た限り、あのだけはやって来そうな予感がする。スマイルマークのかみめしかとくちようのない、朝比奈さんとはちがう意味で幼げな少女は、あのくつのような部室でも平常心を揺るぎなくけんろうなものとさせていた。そう感じるのは俺がそいつしか顔を覚えていないからかもしれない。ほかにどんな一年がいたっけな。総じて顔が思い出せなくなっているのは、個性的なえのヤツがいなかったという証左でもあろう。

 校則には割とルーズな高校だが、一年からとつな格好をしている例も少ないし、たまに気持ち悪いほど真っ赤なソックスを穿いているのとか、さっそく制服を改造してはんな服装をしているのも見かけるが、それも生徒会長の風紀しゆくせい部隊が乗り出すまでの短い期間でのことだ。ハルヒはその程度の突飛さには目もくれないし、自分でもそうしようなどとまるで思考下のようなので気にはすまいが、半端にグレ気分を味わいたいようなお調子者に対しては鼻息一つできよするに違いない。

 ハルヒのお眼鏡めがねかなうのは、その手のしゃらくさいパフォーマンス的なベイツ型たいではなく、本質的なき抜けぶりなのである。それもどちらかと言えば内面だったり、属性であったりする。例外が朝比奈さんだったが、結局あの方もただ者でなかったわけで、まさしくハルヒの本質を見抜く力はかみわざに近い。新学期が始まってあいつも新入生のクラスを一通りのぞき込んだろうから、今のところハルヒの心眼をキラリと光らせるにいたった一年生はいなかったということで、ようするにハルヒによるがいしやはゼロであり、非常にまろやかな口当たりの安心を俺に運んでくれていた。

 ハルヒが実行しようとしている入団試験、それに合格者が出たとしても、そいつはつうに普通の普通人であることが決定的だ。いうならば俺のお仲間であって、しかもこうはいであり、そして俺はようやくにしてハルヒから回される数々のパシリ役を丸投げできるメンバーを得るのである。

 と言いつつ、あまり期待はしてないというのが本音だが。

 ちなみに数学の小テストは、おかげさまと言うべきだろう、バッチリで終えることができた。ハルヒの山張りはことごとく的中し、試験関係で久々にここよい気分をまんきつしたのが団長じきじきさずかったによるものだというのもごうはらだが、過程にケチをつけても今さらだな。人間に火の有効利用法を教えたプロメテウスがさんな晩年を送ったという故事をなぞらないよう、ハルヒには重々気を付けてもらいたい。

 もっとも、ハルヒをくさりしばりつけてじっとさせておくなんて、どんな神々にだって不可能だとは思うがね。



 いったいどういう風のき回しか、放課後を告げるチャイムが鳴りひびいた後も、ハルヒはダッシュで部室に直行することなく教室に居座っていた。そう当番のじやにならないよう、きようたくじんって俺を呼び寄せる。

 何だよ、明日にテスト類は予定されていないが、き打ちテストの情報でもつかんだのか。

「新入生が部室にそろうのを待ってんの」

 ハルヒはニヤリとしたがおで、

「真打ちはおくれて来るものよ。もしくは結局来なかったりね。最初からあたしが部室にいて、一年生たちがポツポツ来るのを待ってるのも手間がかかってアレじゃない。だったら最後にどーんと登場して、団長らしく堂々と重役出勤するくらいがちょうどいいってわけ。ついでにあたしより遅れて来るような人間は落第だから」

 そんなものお前のさじ加減一つじゃねえか。何分後に登場つかまつるつもりだ。その際に流す入場テーマ曲は『吹けよ風、呼べよあらし』でいいか?

「そんなところにまでこだわらなくていいけど、あんたにしてはいいアイデアじゃないの。ぬかったわね、部室からラジカセ持って来てればよかったわ」

 休み時間に口走らなくてよかった。ハルヒの後ろをラジカセかついでついて歩く自分の有様を想像しただけで泣けてくる。ショーマンシッププロレスラーの悪徳セコンドじゃあるまいし、俺はいいようにあやつられるふくめんレスラーか。

 俺がげんなりしていると、ハルヒは教室の時計を見上げて、

「三十分くらい遅れていけばじゆうぶんでしょ。待たせるのも試練の一つよ。団員が団長を待たせるのは相応のりようけいが必要な罪だけどね。聞いてんのキョン? これ、あんたのことなんだからねっ」

 だからいつもいつもばつきん刑を甘んじて言いわたされているだろう。俺のづかいの半分は実にお前や朝比奈さんたちのぶくろに消えてんだぜ。

「当然のむくいよ。時は金なりなのよ。五分もあれば百年分の歴史をさかのぼって考察を加えることだってできるんだから、安いものでしょ」

 思いついたように、ハルヒはかばんから世界史の教科書を出してきて、

「あんた、社会のせんたく科目何にするつもり? あたしは世界史にするって決めてるから、あんたもそうしなさい。こういうのは早めに決めちゃうほうがいいからね。いいわよ、世界史。なんたって覚える単語が日本史なんかより美的感覚にすぐれているのがいいわ。武家しよはつよりウェストファリア条約のほうが詩的に聞こえるじゃん」

 日本人にあるまじきことをいいつつ、

「時間をつぶすついでに一年で習ったところのおさらいをしてあげるわ。なによ、そんな顔することないでしょ。講習料は団員特権でめんじよにしといてあげるからね」

 たのんでもいない講習を受けさせようとするほうがどうかしているので、俺の顔つきもそれなりの反応になるってもんだ。しぶしぶという副詞は今が使い時だろう。なので俺はあくまでしぶしぶと教科書を取り出し、ハルヒがまくし立てるページを開いて、古代メソポタミアへと脳内時間を移動させるはめになった。

「覚えるだけなんだから簡単よ。それから年号は特に気にしなくていいわ。時系列だけ頭に入れて、この歴史上の人物がこの時何を思ってこんなことしてたのかなって考えるところまでいけば上出来ね。たとえばピラミッドなんてワケのわかんない建物、昔の人はよほどヒマだったか、子孫のためにお客を呼べる観光資源を作っておこうとしてたにちがいないわ」

 まあ、どこにでも勝手に何やら言い出して周囲にを言わせず実行してしまう勢いだけはカリスマ的な仕切りろうがいただろうしな。現在の歴史で言えば、いま俺の目の前にもいる。

「あたしはあんな邪魔になるものを作ったりしないわよ。でもそうね、卒業までにはSOS団ねんを校内のどこかに立てたいわ。今のうちにデザイン考えておかないと。何の石がいいかしら。やっぱ大理石? かげいしもいいわね」

 よほどSOS団の名を歴史に残したいと見える。案外ピラミッドもそれじゃないか? 昔のエジプト人はその時を生きているというあかしを後世に残すべく、せっせと石運びに従事していたんじゃないかと。

「それよ、キョン」

 ハルヒは目をベンチャラのうまい教え子に向ける色に染め、

「そういう考え方が歴史には必要なの。め込み式の勉強よりはるかに頭が有意義になるわ。それがおくするきっかけの一つにもなるのよ。あんたも解ってきたじゃない。あたしのおかげでね」

 はいはい。お前は教え上手だよ。認めてやる。学年末の定期試験でも大いに役立ってくれたさ。ハルヒが臨時家庭教師を務めているという、あのハカセくんはさぞかしゆうしゆうなお子さんであることだろう。うっかりタイムマシンを開発してしまうくらいのな。

 かのハカセ少年が今でもクサガメを大切に飼っていることを俺は疑いもせず、またハルヒに注進することもなかった。カメになんという名を付けているのか知りたくはあったが、ハルヒを通じて聞くことでもないね。いずれどっかで聞くこともあるだろう。

 SOS団きっての不勉強生であるところの俺に対し、ハルヒは団長としてのげんと部下を思うきようしんこつぜんとして目覚めたのか、担任おか以上の熱意で勉学の道をみ外させないよう心しているようだった。こういう場合に教育熱心なだけの体育教師は役に立たんからな。

 しかし世界史の時間外補習を、掃除中の教室で、しかもきようだんで向かい合わせに立ちっぱなしで受けている俺という今の立場もかなりみようなスタディスタイルなんじゃないか? まくしたてるハルヒの言葉を一方的にきようじゆするまま、ただ教科書にっている固有名詞に赤線マーカーを引いているだけとあっては、なおのこと言われるまま以外の何でもなく、いかにおのれが無力であるかをこんせつていねいに知らされているという事実をそのまま事実として飲み込むしかないってこった。

 ヘタに優秀なヤツがアクティブにおそいかかってきたとき、あわれな無能者はだくだくとクジラの腹に海水ごと飲み込まれなくてはならず、そのうち俺はハルヒの胃の中でじわじわかされていくんじゃないかね。

 今のところ俺はハルヒの胃腸を経てヤツの身体からだの一部になんぞなりたくないので、確たる自分を現出すべく、己がために世界史知識をつめこむ作業に付き合わされるのだった。

「試験に出る地名とか人物名なんかほとんど定型だから、それだけ記憶しておきなさい。覚えのある名前を半分かんで書いたって高規模の確率でなんとかなるから。一番いいのは歴史を好きになることだけど、あんたには期待してないわ。どうせあんたは勉強にまつわるほとんどのことを覚える能力がけつじよしているみたいだしね。今度、有希に頼んでみたら? おもしろい歴史小説をすいせんしてくれるかもよ」

 あいつの蔵書に歴史物なんてあったかな。神話みたいなものはあったような気がするが。

「とっかかりはそんなのでいいのよ。興味をもったことをもっと知りたいと思うのが人の世の常だからね。何でもいいから胸を張って、自分はこのジャンルのマニアだと言い切れるくらいの知識を持つのが先決なの。いい? この時期が人生で最大の重要期間なのよ。なぜって、この時分に熱心に取り組んで得た知識は、いつまでも覚えているものだから。って昔の人が言ってたわ。それが進路を決定することだってよくあるわけ。人間ののうさいぼうが一番活性化しているのは、十代の半ばなのよ。いま色々と興味の対象を取得してないと、あとあとこうかいするわよ」

 ハルヒはまるで十年後から来たみたいな大人的意見を述べつつ、俺に世界史談義をかいちんし、それは授業というよりトリビアルな豆知識的エピソードであったが、世界史きようのベルトコンベア式授業の流れよりはよほど面白くて、かつ脳みそに刻まれるものだったのは、やはりハルヒには無知なものに知識をあたえる才能があるのかもしれなかった。

 とことん司令官向きの性質をしていることだ。団長の職はダテではない。その求心力は歴代総理大臣のだれよりもまさっていることだろう。ただしあまり民主的かつ文治主義的ではなさそうではあるが。

 こうしてきようたくに立ちっぱなしのままハルヒ講義を聴き続けること三十分、我らの団長が赤ペンを置いたのはそろそろ本命の時が来たとにんしきするだけの時間経過があってのことだった。とうに教室のそうしゆうりようし、残されているのは俺とハルヒのみになっている。

「これでじゆうぶんでしょ」

 ハルヒは教科書をかばんにしまい、

「一年たちも部室に集まっているころよ。さ、キョン。どどーんと登場して、今日もやって来るような熱意とやる気に満ちた連中の顔を確認しに行きましょ。あたしの勘じゃあね、たぶん六人くらいはだつらくせずに残っているはずよ。昨日の試験第一だんは、けっこう甘くしたからね。五人以下ってことはないわね」

 それが本当なら古泉の負けだが、はたしてそう上手うまくいくものかね。半減で上出来、それ以下なら今年の一年生の中でも物好きな連中はさらに少ないというぼうしようの一つだ。でだ、俺の見た限り、SOS団に冷やかしないし興味本位以外の目的で部室に来たような一年生は、確実にほとんどゼロに近いぜ。いっそゼロになっていればまつな雑事からも解放されて、だんの日常風景が回帰してくれるのだが……。

 ハルヒにせっつかれて教室を出て、また引っ張られるようにして部室に来た俺が目にしたのは、無関心そうに読書にはげむ長門、メイドではなく制服姿で紙コップにお茶を注ぐ朝比奈さん、一人でトランプカードを並べ一人神経すいじやくに興じる古泉と──。

 正確に六人の新一年生たちのちがいな姿だった。

 男子三名、女子三名。

 古泉とのかけには勝ったがきんじやくやくとはいかない。マジかよ。まさかこれほど気骨のある、またはSOS団にしゆうちやくしんのある入団希望者がいるとは、これはひとすじなわではいかないようだ。

 というのも、団長が心ゆくまで満足そうに胸を張り、すいそうがく部のトロンボーン練習の音に負けないくらいの大声で、

「いいわ。あたし誤解してた。てっきり十分の一くらいになってるかとしてたけど、そんなことはなかったわ。今年の一年は見所アリアリだったのね。ではっ」

 ハルヒは俺に自分の鞄を投げつけ、団長机にさっさと移動すると、

「これよりSOS団入団試験、第二段階を開始します!」

 と、宣告するや、机の中から試験官バージョンのわんしようを取り出してり回した。

「ペーパーテストよ、ペーパーテスト。ううん、そんなにきんちようしなくていいわ。適性試験というか、アンケートみたいなものだから。これが直接的に合否に関係することはないから。でも、参考にはさせてもらうわよ。それからこの個人情報はあたしが責任をもって管理します。教師や生徒会にれたりは絶対しないので安心してちょうだい。ほかの団員にも見せないからね」

 ハルヒのひとみは海底火山のように熱を帯びていた。こいつの行動パターンは、まるで間欠泉だ。

「だからキョン、古泉くんとみくるちゃんもいったん部屋を出て行ってね。あ、有希はいてもいいわ。さ、早く動きなさい。一年たちはとうかんかくでテーブルに座ること。あら、が足りないわね。キョン、借りてきて」

 おおせのままにせざるをえない。いっさいのかんげんを受け付けないからこそ暴君は暴君と呼ばれるのである。文芸部の部室を思うがままにすること一年弱にして、すっかり我が家と同じ意義を持つ空間にしているハルヒであった。卒業後も領有権を主張しないよう、生徒会長のがんばりに期待したい。

 かくして俺と古泉、朝比奈さんはろうに出され、ざされた部室のとびらをそれぞれまちまちな表情で見つめるのみだった。長門が残されたのは存在自体が誰のじやにもならないと判断されたからだろう。ハルヒはまだ長門を部室の備品の一つだと思ってやがるのか。

「お水、入れてきますね」

 朝比奈さんはヤカンを大切そうにかかえて、パタパタとうわきを鳴らしつつ階段へと消えていった。その小間使い的動作のすべてを見送った後、俺はせめてもの時間かせぎとして自分の鞄を部室にほうり込み、昨日と同じ行動に出た。すなわち、きんりんの部活からパイプ椅子をたいしてくれるようたのみにである。こんなこったら昨日借りたやつをそのままガメておけばよかったぜ。

 とりあえずコンピ研を目指そうかと足をみ出しかけたとき、古泉が軽快に片手を挙げて、

「椅子ならすでに取り寄せています。あなたと涼宮さんが来るまでけっこうな時間がありましたからね。あらかじめ、周辺を回ってかき集めてきました。そこに置いてありますが、目に入らなかったようですね」

 からかうような口調を無視して冷静に見回せば、なるほど、用意のいいことに旧館通路のかべぎわたたんだパイプ椅子が五つほど連座している。

「古泉、だったら追い出される前に言えよ。な時間を過ごすところだったぜ」

「あながち無駄とも言えませんが」

 古泉はひょいと俺の横に顔を接近させ、

「放課後が始まって半時ほど僕たちは待ったのですよ。その間、あなたと涼宮さんは何でもって時間を使用していたのですか? 私的意見ながら、興味がありますね」

 そんな火星と地球が何万年ぶりかに公転どうを重ねたみたいなものめずらしそうな顔をしても無駄だ。なーんもねえよ。ハルヒのやることに表面的でしかない意味があったことなんてないだろうに。

 俺はせきばらいを一つ落とし、

「あいつはおくれてくるのがある種のステイタスの持ちようだと思っているみたいでね。わざと一年生達が集まってくるのを待ってたんだよ。俺はその思いつきに付き合わされていただけだ」

「その割には、いつもの駅前集合で彼女が遅れてくる割合は非常に小さな数字にとどまりますがね。まるであなたを待つことに心血を注いでいるようなはくを感じますよ。他のだれを待たせようと、あなただけは待たせまいとしているようにも思えます」

 意地でも張ってんだろ。俺がハルヒに先んじることができたのは、お前たち三人が欠席を表明した、あの時くらいだからな。おまけに結局おごるのは俺になっちまった。あいつは金輪際俺に金をかけるつもりはないらしいな。

「そうとも言えないのではないでしょうか。二人きりならば、いかな涼宮さんでもあなたに奢られっぱなしにはならないでしょう。最低でもワリカンで通すはずですよ。昔の彼女ならいざ知らず、今の涼宮さんなら確実です。一度ためしてみてはいかがです?」

 試すったってどうやるんだ。

「簡単ですよ。タイミングを見計らって涼宮さんに電話でもかけ、今度の日曜ヒマならともに出かけないかとささやくだけでじゆうぶんです。もちろん僕や朝比奈さんや長門さんは無視していただいてもかまいません。たった二人で、どこへなりとも行けばいいではありませんか」

 俺はしばし考えて、

「お前、それ、俺にハルヒをデートにさそえと言ってんのか? 気は確かか?」

「おや、僕はデートなどと軽々しく口にした覚えはありませんが、あなたがそう感じるのでしたら、それはそれで結構ですよ。いいではありませんか。たまには団長の人となりをさらに知るべく、ともに映画でも観に行ってはいかがでしょう。いえいえ、いっそのことSOS団をはなれて二人の高校生男女として、いつぱん的な休日活動にまいしんしてみては? 新たな発見があるかもしれません」

 むかつくことに、古泉の俺を見る目は、親鳥が巣立ち間際のひなどりを見るような色をしており、俺は当然のごとく反発する。

「そんなことを俺がやり始めたら、それはヤバいけいこうだ。逆にてきしてくれ。俺は地球の自転が止まったとしてもそんなことしそうにない。したら俺の頭はおかしくなってるだろうから、自分では気づいていないだろうよ。そん時こそお前の出番だ。俺を正気にもどすよう、全力をくして欲しいもんだな」

「お望みとあらばね。ただし、僕の望みとは真っ向から対立するようにも思いますが……」

 古泉が人の悪そうながおでさらに何か言いかけたとき、

「キョン! まだなのーっ!」

 ハルヒのどうごえが室内からひびき、俺と古泉は一卵性そうせいのようなそろったパントマイムでかたをすくめて、廊下に出されていたパイプ椅子に向かった。

 部室扉前を離れようとした間際、聞こえてきたのはどうしたプリンタが印字した紙をき出すガシャーコガシャーコという音だった。何を印刷してやがるんだ。


 すぐにわかった。


・Q1「SOS団入団を志望する動機を教えなさい」

・Q2「あなたが入団した場合、どのようなこうけんができますか?」

・Q3「宇宙人、未来人、異世界人、ちよう能力者のどれが一番だと思うか」

・Q4「その理由は?」

・Q5「今までにした不思議体験を教えなさい」

・Q6「好きな四文字熟語は?」

・Q7「何でもできるとしたら、何をする?」

・Q8「最後の質問。あなたの意気込みを聞かせなさい」

・追記「何かすっごくおもしろそうなものを持ってきてくれたら加点します。探しといてください」


 そろそろインクの切れかけたプリンタがコピー用紙に青息いきえがき出している文字は、確かにそのように見えた。ペーパーテストねえ。

 俺と古泉がパイプ椅子のはんにゆうを終え、一年生全員に席が行きわたって準備ばんたん、ハルヒは入団希望者たちの前にプリントを配り回ると、

「制限時間は三十分。文字制限はなし。なんなら裏まで書いちゃっていいわ。カンニングは発覚だい落第だから、ちゃんと自分の頭で考えること」

 そして指し棒をスチャッとばし、

「始め!」

 あわてて言いなりになる一年生たちを見守る役はハルヒ以外では長門のみで、俺と古泉は再びていよく部屋から出された。余分に印刷された入団試験問題とやらを一枚かっぱらうのがせいぜいであった。最後にハルヒは、

「これ、ドアにっといて」

 反論を許さない口調で俺に『KEEP OUT!』と乱雑に書いた画用紙を押しつけ、バタンととびらを閉めた。しかたなくびようで警告文を貼った後、またもやろうで棒立ち状態に置かれた俺は、手にした紙切れを古泉にきつけ、

「これのどこが試験問題だ?」

「そうですね」

 古泉は紙面に目を落とし、あごでながら、

「試験というよりはアンケートのたぐいですね。質問内容自体はそう難しくはありません。回答も容易です。得点をかせぐために頭をなやます必要はないのですから」

 興味深そうにプリントをはじき、

「これは思考実験ですよ。けんしやがどのような思考をめぐらせ、どのような回答を寄せるのか。涼宮さんはそれを測っているのです。答えの内容で回答者のさくレベルが解る。一種の心理テストです。もちろん彼女自身は真面まじなテストのつもりなのかもしれませんが」

 真面目だと思うぜ。けっこう時間をかけて問題をぎんしていたみたいだからな。

 俺は古泉から紙切れをうばい返し、

「しかし、こんな問いに何て答えりゃハルヒのお気にすんだ? 俺には答えようがないぞ。だいたい好きな四文字熟語なんぞ聞いて何をぶんせきするつもりだ」

「それよりも僕はQ3が気になりますね。あなたはどれですか?」

 ──宇宙人、未来人、異世界人、超能力者のどれが一番だと思うか。

ちゆうしよう的すぎるだろ」

 俺は古泉のさぐりを入れてくるようなうすしようから顔をそむけるように、

「何がどう一番だっつー話だよ。ぜんぜんちがうもん同士じゃねえか。せめてどれが一番役に立つと思うか、ならまだ答えようだってあるけどな」

「ほう、どれです。ぜひ聞きたいですね」

 そいつはじようきようにもよるので一様に言い切ることはできないな。つうに考えたらぶっちぎりで長門だが、長門はともかく宇宙人全体が何考えてんのか解らんし、時間移動を自由自在にできたらきよまんの富が築けるだろうし、古泉のような場所と期間限定じゃなく解りやすい予知とかとうとかテレポートなら相当便利だろうし、現在の所では一長一短だな。間違いないのは異世界人に特別な利便性を感じないってところか。

 俺がひまつぶしにハルヒ作・入団試験問題をながめていると、泉のようせいのような朝比奈さんがヤカンを重そうに持ってもどってきた。

「あ、入室禁止ですかぁ?」

「そのようです」

 俺は朝比奈さんのわずらわせるヤカンを奪い取り、そのまま手にしているのも廊下に立たされたおろか者のように思えたため、かべぎわゆかに置いた。

「みなさんにお茶あげようと思ったのに、かしている時間あるかな……?」

 朝比奈さんは部室のドアを見つめ、新一年生たちを案じるぜいである。なんといとおしい。いつでもれ立てのお茶にこだわる上級生をいつまでも見つめ続けていたかったが、三十分もここでしようをやってんのも退たいくつであり、どうしようかと思っていると、

「学食に行きませんか。食堂はもう閉まっているでしょうが、はんのコーヒーくらいならおごらせてもらいますよ」

 古泉がさそい水をかけてきて、俺と朝比奈さんをうなずかせた。こいつにしてはマシな提案だ。特にセリフの後半部分がりよく的だ。

 古泉は俺にライトなウインクを見せ、

「あなたとのかけに負けたこともありますしね」

 そういやそうだったな。

 部室とうを出た俺たち三人はまず学食のがいへきに設置されている自販機に行き、それぞれ紙コップに入った飲み物を手に入れると、テラスの丸テーブルにそろって着いた。

 春の代名詞と言うべき桜色の花びらより青々とした緑の色がくなりつつある。思えば去年のいまごろ、俺は自分がこんなところでこんな人々と席を囲むなど想像もしていなかったな。

 俺が甘ったるいホットオーレをみしめるように飲んでいると、

「キョンくん、入団試験ってどんなのでした?」

 紅茶のカップを手を温めるようにたずさえた朝比奈さんの問いに、俺はポケットにつっこんでいたコピー用紙を差し出した。

「こんなのでした。まったく、ハルヒの求める人材がなんだかさっぱりですよ」

「ふうん?」

 熱心に字を追う朝比奈さんは、まるで九九の七の段を暗記しようと試みる童女のようだった。俺がほんわかとしていると、

めずらしいですね」

 古泉がゆうかたむけると紙コップがマイセンに見えてくる。

「いえ、この三名の取り合わせがです。三十分間とは言え、だれにもじやのされない時間を得ることができたのはこうじんです」

 さらに優美に微笑ほほえみ、

「そう思いませんか」

 思うだけなら思うさ。時間移動さわぎで長門と朝比奈さんは何度も同じ時を過ごしているし、こと時間がらみでは古泉はやく以下のあつかいだ。ちよう能力者の出番が格別あったわけでもなく、せいぜいカマドウマ事件でいつしゆんかつやくした程度ではゆうそうさに欠けるぜ。ゆうかいそうどうで『機関』とやらが上手うまく立ち回ってくれたことには感謝するが。

 ここでこれからハルヒのアレコレにまつわる何らかのコンセンサスを未来人たる朝比奈さんと得ようとしているのかと思いきや、古泉はとりとめのない世間話を始めやがった。何ということのない会話に、朝比奈さんも紅茶をチビチビ飲みながら相づちを打っている。

 ハルヒの不可思議能力にも、世界がどうかしたとかも、敵勢力が何かしてそうだとかも、そんなことをまるでおくびに出さず、とりとめのない学校生活の話だった。おもしろいクラスメイトや教師のたまに受けるギャグ、今度買ってくる予定のボードゲームなど、まさしくだんしようというべきものだろう、これは。

 朝比奈さんも時にはコロコロと笑い、あるいは興味深げに首をコックリさせたりして、そこだけ見れば単に上級生が下級生のやまばなしに付き合っているようにしか見えず、現に俺たちのやっていることは時間つぶしなのであるから、これこそ正しい時間の使い方なのかもしれなかった。

 未来人だの超能力者だの──。

 んなもん関係ない。ただのこうにん部活動をともにする一員同士として、これがあるべき姿なのかもな。

 へいぼんであるがゆえの尊い時間ってやつさ。この瞬間だけはあらゆる障害から解放されている。新手の宇宙人や未来人にわずらわされることもなく、ハルヒの次なる思いつきにおびやかされることもない。長門がいないのは残念だったが、ハルヒを一人でほうっておくのも何だしさ、それもたかだか三十分だ。

 やっぱり俺は思うのだ。SOS団が六人以上になっているところを想像できやしない──と。長門や古泉や朝比奈さん以外の人員が加わったり、ましてや減ったりしているところなど思いえがきようがない。

 ばんぶつてんする、とか言ったのは昔の誰だっけな。なんとなく今は異を唱えたい気分だ。決して変化しないものだってこの世にはあるもんさ。たとえば過去のおくがそうだ。あの時俺がいてハルヒたちがいたという思い出は、アルバムに保存した写真を見なくたっていつまでも残存しているのだ。

 朝比奈さんの楽しそうながおを脳内ストッカーに放り込む作業をしながら、ややしんみりとしてしまうのもやむをえない。三年生が卒業するまで、あと一年もないからな。

 しかし、今のこの時間も、らいえいごう消えることのない時間的一ページとして、俺や朝比奈さんたちの中に残り続けるだろう。

 そうなるべきなのだ、と俺は深く思いつつ、ヌルくなったホットオーレを一息に飲み干した。古泉におごられても有りがたみのない、特に美味うまくもない味がする。

 が、それもまた一興さ。

 そう感じるゆうが今の俺にはあったのだ。



 半時を十分ほどオーバーしたのち、部室にもどった俺たちが見たものは、回収した答案用紙をペラペラめくってごまんえつの団長と、とうめい人間よりも透明的存在と化して本を読む長門の姿二人きりだった。

「一年どもは?」

 俺がたずね、ハルヒが答えた。

「帰したわ。ペーパーテストはこれで終わり、合否にかかわらず明日も来るように言っておいたから、やる気のあるのは残るでしょ」

「合否ってのは、どうやって決めるんだ?」

 ハルヒはまとめた紙束を机の上でとんとんとそろえて、

「こんなテストで団員をそつけつするつもりはないわよ。正しい答えがある問題でもないしね。なんか面白い文章を書いてくれるのがいたら参考にはするけど」

 ただ単に試験を受けさせたかっただけらしい。団長の道楽に付き合うのは団員の任務としてなつとくしてもいいが、団員未満にさせるとはハタめいわくな。

「バカね。あたしだってちゃんと考えてるわ。これはね、試験を受けること自体が試験なの。にんたい力をためしてるのよ。やる気をなくしたヤツは明日は来ないでしょ?」

 ふるいにかけてるってことか。ずいぶんあみの目のあらそうなザルだな。

「みなさんにお茶をれようと思ったんですけど」と朝比奈さんは一年生たちに同情的だ。「もう帰っちゃったんですかぁ。残念です」

 二度と朝比奈茶を飲む機会のない入団希望者たちを考えると、可哀かわいそうにもなってくるというものだ。

 さっそく湯をかしにかかった朝比奈さんを目に留めていると、

「キョン、あんたは無試験で団員に取り立ててあげたんだから、もっと感謝しなさいよ」

 ハルヒはの上であぐらをかいて、

「うかうかしてたら、あっという間に下の者にかれちゃうんだからね。入団試験の最終問題にパスした人材がいたら、きっとすっごくゆうしゆうちがいないわ。最終は面接にするつもりだけど」

 あかえんぴつを手にしたハルヒは答案用紙をチェックしつつ時折書き込みを入れつつ、

「なんならあんたも今からする? 団長面接。答えによってはしようしんを考えてあげてもいいし、就職試験の練習にもなるわよ」

 少なくともまともなぎようへの就職活動にはつながりそうにないな。仮にハルヒが社長で、じきじきに面接をしたとして、通常の受け答えが決定打になるなどあり得ない。こいつの団長面接なるしきたたき込まれたあげく、将来の身の上を持ちくずすことになれば目も当てられんだろう。

えんりよする」

「そ」

 ハルヒは気分を害した様子ゼロで、うきうきと答案用紙に向かっていた。実際、それは俺から見ても楽しそうな作業だ。なので、

「ハルヒ、俺にも見せろ。こわっぱどもがどんな返答を書いたか興味がある」

「それはダメ」

 にべもない返事だった。

「守秘義務に反するわ。個人情報でもあるし、やたらと見せるわけにはいかないの。これはあたしが決めることだから、あんたに見せても意味がないってわけ」

 よくかがやくデカいひとみで俺をにらみ、

「特に興味本位のヤツにはね。団員の選定は団長の仕事よ」

 俺はあげかけたこしを下ろす。やれやれ。新団員の決定権は団長のみにあって俺たちにはを言わせないつもりのようだ。なし崩し的に選ばれた俺と長門以外、つまり朝比奈さんと古泉は確かにハルヒのおすみきだったさ。

 しかしまあ、今日来ていた六人中、何人がハルヒのいう最終試験に辿たどり着くのかね。

「ん?」

 俺はきゆうに湯を注ぐ朝比奈さんの後ろ姿を見ながら、不意に思いついた。昨日やって来たのが十一人、今日が半減弱で六人だが、顔ぶれは同じだったのだろうか。ひょっとしたら今日初めて来た一年生もいたかもしれん。入団希望者が足並みを揃えて同じ日の同時刻に来るとは限らないから、そうだとしたらだつらくしやの割合は五十パーセント以上になる。

 連想がもれていたおくに接続した。

 あれ? あの女の子はさっきいたか? 昨日、俺の目がゆいいつ留まった感ある女子生徒。ハルヒにすぐさま退室をようせいされたおかげで、ペーパーテストまで進んだ六人の顔をゆっくりながめる間がなかった。

 何か気になる。

 古泉がUNOを持ち出して、シャッフルし始め、俺にかくにんすることなくカードを配る姿を眺めていても答えが出なかった。やがて朝比奈さんが各員にほうじゆんほうこう立ち上るお茶の満たされた湯飲みを配り終え、手持ちぶさたな三人でゲームを開始してからも、俺の頭の奥めいた部分がみように重い。わかりきっている解答がどうしても出てこない試験しゆうりよう三十秒前のような感覚は何であろう。

 さりげなく長門に目を向けてみた。

 読書を続ける文芸部部長は、椅子から一ミリもはなれず不動たるノーリアクションのままである。試験の最中もこうしていただろうと容易に想像できる青銅像ぶりは変わらず、だが長門が無変化で無言の体勢を崩していないということは、何の問題も起きていないということでもある。最悪でも入団希望一年生の中にてんがい領域とかいうずかしいネーミングをされた九曜モドキはいないってことだ。

「…………」

 ページをめくった長門は、八分きゆうの間の後、誤植しよを見つけたように指を止め、ミリメートル単位の動きで目を上げた。

 みずきしたばかりの石板のような目が俺を見つめ、何事もなかったように本の上にもどる。

 たったそれだけで、俺はあんを得た。長門が部室で読書にぼつとうしている限り、世界をマンドラゴラでダシを取ったスープにほうり込むようなことにはならんだろう。ハルヒは答案のてんさくに夢中になっていて、俺と古泉と朝比奈さんはともにゲームで退たいくつしのぎにかまけられている。

 本気でも面白半分でもSOS団なんてものに入団を希望する新一年生たちには悪いが、しばらくハルヒを楽しませてやってくれ。

 できれば明日、三人ほどは来てもらいたい。げんすい率をこうりよに入れると順当な人数だが、一気に減ってはハルヒもおもしろくなかろう。せめて今週末までって欲しいぜ。

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