α─8
翌日、火曜日。
レアなことに意味もなく定時より早く醒めた目のおかげで、俺は学校前の心臓破り坂をのんびりと歩いていた。日々変わらない登校風景にさほど目新しさはないが、一年生らしき生徒どもが生(真面(目(に坂を上っているのを見ると去年の自分の影(がよぎる。そうやってのびのび登校できんのも今のうちだぜ。来月にでもなりゃウンザリし始めることこの上なしだからな。
ふわあ、とアクビしながら、俺はやはり無意味に立ち止まった。
なんであろう。何の変(哲(もない一日の始まりだが、妙(な感じがする。
佐々木とは先日の胡(散(臭(い鉢(合(わせ以来で、あれっきり連絡がない。ないといっても、土曜に会ったばかりだからそう急がれても困るのだが、それがまずおかしみを感じさせる気の源泉だろう。そのうち何か仕(掛(けてくるには違(いないのに、いつになるか解(らないというのはむず痒(いものだ。特に周防九曜と名無しの未来人野(郎(は、誘(拐(女橘京子よりも何をしでかしてくれるか怪(しい。そういや全員紹(介(シーンだろうに、未来人男が顔見せをいやがったのも気がかりだ。佐々木の口ぶりではあいつがまたこの時代に来ているのは確かだが、しばらくは何もするつもりがないんだろうか。どうも未来人の考えることは朝比奈さん(大)といい、回りくどいことが多いな。前回は橘京子の起こした誘拐騒(動(を傍(観(していただけのあの野郎だったが、するってことは今度は九曜の当番回かね。
「ふむ」
俺は生徒会長の口調を真似(てみた。考えていても前進せんな。まずは教室まで歩け。そこで団長の面(でも拝むとしよう。俺の学校生活はそうせんと始まらん。いつしかそういう身体(になっちまった。
俺が登山を再開すると同時に、ポンと肩(が叩(かれた。
「おはようございます」
誰(かと思ったら古泉だ。
下校はともかく登校時に一(緒(になるなんざ、ひょっとしたら初めてじゃねえか?
「よう」
投げやりに返した俺の横に並びつつ、コールドスリープからの蘇(生(に成功した宇宙船船員が目的地である惑(星(表面を目にしたような微(笑(顔で、
「何やら釈(然(としてなさげな顔をしていますが、どうかしましたか」
どうもこうも朝っぱらから簡易登山を強(いられている最中の俺は今も昔もこんな顔さ。それよりお前が無(性(に晴れやかな表情してんのはどういうこった。ハルヒの情(緒(不安定の余波を一番こうむっているのはお前だろう。
「それなんですが」
絵に描(いたようなハンサム男は、揺(れる前(髪(を弾(き、
「多発していた閉(鎖(空間の発生がぱったり止(みましてね。僕としても安(堵(しているところですよ。涼宮さんは新団員に関する様々な事(柄(を考えるあまり、無意識によるストレス衝(動(の発(露(を一時的に忘れてしまったようです」
俺はやれやれと首を振(る。ハルヒよ、お前はなんて単純なヤツなんだ。
「単純なようでいて複雑ですよ。コントロールがききませんからね。なにしろ舵(を握(っている本人である涼宮さんにもできないものを、ただの乗客である僕などには不可能です。SOS団に入部希望者があんなに来るとは、僕も予想外でした」
十一人の新入生たちが気の毒だね。何もハルヒのオモチャになるために入学したわけではないだろうに、ハルヒにとっては絶好の気晴らしだ。
「いつまでもその気が晴れていてくれればよいのですが、保(って一週間でしょうね。昨日、部室を訪(れた人数のうち、今日も門を叩くような人材が何人いるか見物ですよ」
賭(けでもするか。俺は……そうだな、半減して六人だ。そのペースだとちょうど今週末には誰も来なくなる。
「妥(当(な数字ですね。では僕は五人以下で」
いいだろう。負けたほうがジュース奢(りな。
校門を通り抜(け、昇(降(口が見えてきたあたりで考えていたことを思い出した。
「ところで古泉、あいつらを放(っておいていいのか。九曜とか、橘京子とか、まだ名を聞いていない未来人とか」
「そして佐々木さんとか──ですね」
古泉は五月(晴(れのように微笑(み、
「今のところは、まだ。僕の見立てでは彼等(は動き出してもいません。結(託(がうまくいっている様子も見あたりませんから、落ち着きを持って観察している段階ですよ」
下(駄(箱(の前で別れる際、古泉は俺の向かう先を指差し、
「彼等の中でキーとなりそうな人物は未来人だと思われます。橘京子は『機関』が何とかしますし、新種の宇宙人はのんびりと地球観光をしていてくれたらいいわけですが、しかし相手が未来となるとうかつに動けません。橘京子ほど目的が明確でなく、宇宙人ほど不明でないのがいかにも中(途(半(端(で読みにくい。僕よりもあなたが知るほうが早いかもしれませんよ」
立ち話もなんですのででは放課後に、と言い残し、無(遅(刻(無欠席を信条とするらしい古泉はいそいそ自分の上(履(き方面へ闊(歩(していく。
俺は自分の下駄箱前に辿(り着くと、一(切(の躊躇(いを捨てて蓋(を開いた。
入っていたのは俺の小(汚(い上(靴(のみで、未来からの通信文などどこにも皆(無(だった。
今なら不条理お使い指令に従ってもいい気分だったのに、気が利(かないな、朝比奈さん(大)。今度現れるときも「久しぶり」が彼女の第一声になるんだろうか。
その日の授業中、ハルヒはロープで繫(いでおかないと宙に舞(い上がりかねないほどソワソワとした機(嫌(を維(持(していた。気になって仕方がないらしいのは俺も共有する思いさ。古泉とのバクチの対象だからな。さて団員希望の一年生は何人来るか、昨日の一方通行な演説を聞かされて翌日も足を運ぼうなどと考えるイカしたヤツがどれだけいるのか。
俺がちょっと気にしているのは、クリーニングから返って来たばかりのような、パリッとしたセーラー服を肩からずり落ちそうなほどダブつかせていた女子生徒で、昨日のあの反応を見た限り、あの娘(だけはやって来そうな予感がする。スマイルマークの髪(留(めしか特(徴(のない、朝比奈さんとは違(う意味で幼げな少女は、あの魔(窟(のような部室でも平常心を揺るぎなく堅(牢(なものとさせていた。そう感じるのは俺がそいつしか顔を覚えていないからかもしれない。他(にどんな一年がいたっけな。総じて顔が思い出せなくなっているのは、個性的な見(栄(えのヤツがいなかったという証左でもあろう。
校則には割とルーズな高校だが、一年から突(飛(な格好をしている例も少ないし、たまに気持ち悪いほど真っ赤なソックスを穿(いているのとか、さっそく制服を改造して違(反(な服装をしているのも見かけるが、それも生徒会長麾(下(の風紀粛(正(部隊が乗り出すまでの短い期間でのことだ。ハルヒはその程度の突飛さには目もくれないし、自分でもそうしようなどとまるで思考下のようなので気にはすまいが、半端にグレ気分を味わいたいようなお調子者に対しては鼻息一つで拒(否(するに違いない。
ハルヒのお眼鏡(に適(うのは、その手のしゃらくさいパフォーマンス的なベイツ型擬(態(ではなく、本質的な突(き抜けぶりなのである。それもどちらかと言えば内面だったり、属性であったりする。例外が朝比奈さんだったが、結局あの方もただ者でなかったわけで、まさしくハルヒの本質を見抜く力は神(業(に近い。新学期が始まってあいつも新入生のクラスを一通り覗(き込んだろうから、今のところハルヒの心眼をキラリと光らせるにいたった一年生はいなかったということで、ようするにハルヒによる拉(致(被(害(者(はゼロであり、非常にまろやかな口当たりの安心を俺に運んでくれていた。
ハルヒが実行しようとしている入団試験、それに合格者が出たとしても、そいつは普(通(に普通の普通人であることが決定的だ。いうならば俺のお仲間であって、しかも後(輩(であり、そして俺はようやくにしてハルヒから回される数々のパシリ役を丸投げできるメンバーを得るのである。
と言いつつ、あまり期待はしてないというのが本音だが。
ちなみに数学の小テストは、おかげさまと言うべきだろう、バッチリで終えることができた。ハルヒの山張りはことごとく的中し、試験関係で久々に心(地(よい気分を満(喫(したのが団長直(々(に授(かった知(恵(によるものだというのも業(腹(だが、過程にケチをつけても今さらだな。人間に火の有効利用法を教えたプロメテウスが悲(惨(な晩年を送ったという故事をなぞらないよう、ハルヒには重々気を付けてもらいたい。
もっとも、ハルヒを鎖(で縛(りつけてじっとさせておくなんて、どんな神々にだって不可能だとは思うがね。
いったいどういう風の吹(き回しか、放課後を告げるチャイムが鳴り響(いた後も、ハルヒはダッシュで部室に直行することなく教室に居座っていた。掃(除(当番の邪(魔(にならないよう、教(卓(に陣(取(って俺を呼び寄せる。
何だよ、明日にテスト類は予定されていないが、抜(き打ちテストの情報でもつかんだのか。
「新入生が部室に揃(うのを待ってんの」
ハルヒはニヤリとした笑(顔(で、
「真打ちは遅(れて来るものよ。もしくは結局来なかったりね。最初からあたしが部室にいて、一年生たちがポツポツ来るのを待ってるのも手間がかかってアレじゃない。だったら最後にどーんと登場して、団長らしく堂々と重役出勤するくらいがちょうどいいってわけ。ついでにあたしより遅れて来るような人間は落第だから」
そんなものお前のさじ加減一つじゃねえか。何分後に登場つかまつるつもりだ。その際に流す入場テーマ曲は『吹けよ風、呼べよ嵐(』でいいか?
「そんなところにまでこだわらなくていいけど、あんたにしてはいいアイデアじゃないの。ぬかったわね、部室からラジカセ持って来てればよかったわ」
休み時間に口走らなくてよかった。ハルヒの後ろをラジカセ担(いでついて歩く自分の有様を想像しただけで泣けてくる。ショーマンシッププロレスラーの悪徳セコンドじゃあるまいし、俺はいいように操(られる覆(面(レスラーか。
俺がげんなりしていると、ハルヒは教室の時計を見上げて、
「三十分くらい遅れていけば充(分(でしょ。待たせるのも試練の一つよ。団員が団長を待たせるのは相応の量(刑(が必要な罪だけどね。聞いてんのキョン? これ、あんたのことなんだからねっ」
だからいつもいつも罰(金(刑を甘んじて言い渡(されているだろう。俺の小(遣(いの半分は実にお前や朝比奈さんたちの胃(袋(に消えてんだぜ。
「当然の報(いよ。時は金なりなのよ。五分もあれば百年分の歴史を遡(って考察を加えることだってできるんだから、安いものでしょ」
思いついたように、ハルヒは鞄(から世界史の教科書を出してきて、
「あんた、社会の選(択(科目何にするつもり? あたしは世界史にするって決めてるから、あんたもそうしなさい。こういうのは早めに決めちゃうほうがいいからね。いいわよ、世界史。なんたって覚える単語が日本史なんかより美的感覚に優(れているのがいいわ。武家諸(法(度(よりウェストファリア条約のほうが詩的に聞こえるじゃん」
日本人にあるまじきことをいいつつ、
「時間を潰(すついでに一年で習ったところのおさらいをしてあげるわ。なによ、そんな顔することないでしょ。講習料は団員特権で免(除(にしといてあげるからね」
頼(んでもいない講習を受けさせようとするほうがどうかしているので、俺の顔つきもそれなりの反応になるってもんだ。しぶしぶという副詞は今が使い時だろう。なので俺はあくまでしぶしぶと教科書を取り出し、ハルヒがまくし立てるページを開いて、古代メソポタミアへと脳内時間を移動させるはめになった。
「覚えるだけなんだから簡単よ。それから年号は特に気にしなくていいわ。時系列だけ頭に入れて、この歴史上の人物がこの時何を思ってこんなことしてたのかなって考えるところまでいけば上出来ね。たとえばピラミッドなんてワケの解(んない建物、昔の人はよほどヒマだったか、子孫のためにお客を呼べる観光資源を作っておこうとしてたに違(いないわ」
まあ、どこにでも勝手に何やら言い出して周囲に有(無(を言わせず実行してしまう勢いだけはカリスマ的な仕切り野(郎(がいただろうしな。現在の歴史で言えば、いま俺の目の前にもいる。
「あたしはあんな邪魔になるものを作ったりしないわよ。でもそうね、卒業までにはSOS団記(念(碑(を校内のどこかに立てたいわ。今のうちにデザイン考えておかないと。何の石がいいかしら。やっぱ大理石? 御(影(石(もいいわね」
よほどSOS団の名を歴史に残したいと見える。案外ピラミッドもそれじゃないか? 昔のエジプト人はその時を生きているという証(を後世に残すべく、せっせと石運びに従事していたんじゃないかと。
「それよ、キョン」
ハルヒは目をベンチャラのうまい教え子に向ける色に染め、
「そういう考え方が歴史には必要なの。詰(め込み式の勉強より遥(かに頭が有意義になるわ。それが記(憶(するきっかけの一つにもなるのよ。あんたも解ってきたじゃない。あたしのおかげでね」
はいはい。お前は教え上手だよ。認めてやる。学年末の定期試験でも大いに役立ってくれたさ。ハルヒが臨時家庭教師を務めているという、あのハカセくんはさぞかし優(秀(なお子さんであることだろう。うっかりタイムマシンを開発してしまうくらいのな。
かのハカセ少年が今でもクサガメを大切に飼っていることを俺は疑いもせず、またハルヒに御(注進することもなかった。カメになんという名を付けているのか知りたくはあったが、ハルヒを通じて聞くことでもないね。いずれどっかで聞くこともあるだろう。
SOS団きっての不勉強生であるところの俺に対し、ハルヒは団長としての威(厳(と部下を思う義(俠(心(に忽(然(として目覚めたのか、担任岡(部(以上の熱意で勉学の道を踏(み外させないよう心しているようだった。こういう場合に教育熱心なだけの体育教師は役に立たんからな。
しかし世界史の時間外補習を、掃除中の教室で、しかも教(壇(で向かい合わせに立ちっぱなしで受けている俺という今の立場もかなり微(妙(なスタディスタイルなんじゃないか? まくしたてるハルヒの言葉を一方的に享(受(するまま、ただ教科書に載(っている固有名詞に赤線マーカーを引いているだけとあっては、なおのこと言われるまま以外の何でもなく、いかに己(が無力であるかを懇(切(丁(寧(に知らされているという事実をそのまま事実として飲み込むしかないってこった。
ヘタに優秀なヤツがアクティブに襲(いかかってきたとき、哀(れな無能者は唯(々(諾(々(とクジラの腹に海水ごと飲み込まれなくてはならず、そのうち俺はハルヒの胃の中でじわじわ溶(かされていくんじゃないかね。
今のところ俺はハルヒの胃腸を経てヤツの身体(の一部になんぞなりたくないので、確たる自分を現出すべく、己がために世界史知識をつめこむ作業に付き合わされるのだった。
「試験に出る地名とか人物名なんかほとんど定型だから、それだけ記憶しておきなさい。覚えのある名前を半分勘(で書いたって高規模の確率でなんとかなるから。一番いいのは歴史を好きになることだけど、あんたには期待してないわ。どうせあんたは勉強にまつわるほとんどのことを覚える能力が欠(如(しているみたいだしね。今度、有希に頼んでみたら? 面(白(い歴史小説を推(薦(してくれるかもよ」
あいつの蔵書に歴史物なんてあったかな。神話みたいなものはあったような気がするが。
「とっかかりはそんなのでいいのよ。興味をもったことをもっと知りたいと思うのが人の世の常だからね。何でもいいから胸を張って、自分はこのジャンルのマニアだと言い切れるくらいの知識を持つのが先決なの。いい? この時期が人生で最大の重要期間なのよ。なぜって、この時分に熱心に取り組んで得た知識は、いつまでも覚えているものだから。って昔の人が言ってたわ。それが進路を決定することだってよくあるわけ。人間の脳(細(胞(が一番活性化しているのは、十代の半ばなのよ。いま色々と興味の対象を取得してないと、あとあと後(悔(するわよ」
ハルヒはまるで十年後から来たみたいな大人的意見を述べつつ、俺に世界史談義を開(陳(し、それは授業というよりトリビアルな豆知識的エピソードであったが、世界史教(諭(のベルトコンベア式授業の流れよりはよほど面白くて、かつ脳みそに刻まれるものだったのは、やはりハルヒには無知なものに知識を与(える才能があるのかもしれなかった。
とことん司令官向きの性質をしていることだ。団長の職はダテではない。その求心力は歴代総理大臣の誰(よりも勝(っていることだろう。ただしあまり民主的かつ文治主義的ではなさそうではあるが。
こうして教(卓(に立ちっぱなしのままハルヒ講義を聴き続けること三十分、我らの団長が赤ペンを置いたのはそろそろ本命の時が来たと認(識(するだけの時間経過があってのことだった。とうに教室の掃(除(は終(了(し、残されているのは俺とハルヒのみになっている。
「これで充(分(でしょ」
ハルヒは教科書を鞄(にしまい、
「一年たちも部室に集まっている頃(よ。さ、キョン。どどーんと登場して、今日もやって来るような熱意とやる気に満ちた連中の顔を確認しに行きましょ。あたしの勘じゃあね、たぶん六人くらいは脱(落(せずに残っているはずよ。昨日の試験第一弾(は、けっこう甘くしたからね。五人以下ってことはないわね」
それが本当なら古泉の負けだが、はたしてそう上手(くいくものかね。半減で上出来、それ以下なら今年の一年生の中でも物好きな連中はさらに少ないという傍(証(の一つだ。でだ、俺の見た限り、SOS団に冷やかしないし興味本位以外の目的で部室に来たような一年生は、確実にほとんどゼロに近いぜ。いっそゼロになっていれば些(末(な雑事からも解放されて、普(段(の日常風景が回帰してくれるのだが……。
ハルヒにせっつかれて教室を出て、また引っ張られるようにして部室に来た俺が目にしたのは、無関心そうに読書に励(む長門、メイドではなく制服姿で紙コップにお茶を注ぐ朝比奈さん、一人でトランプカードを並べ一人神経衰(弱(に興じる古泉と──。
正確に六人の新一年生たちの場(違(いな姿だった。
男子三名、女子三名。
古泉との賭(には勝ったが欣(喜(雀(躍(とはいかない。マジかよ。まさかこれほど気骨のある、またはSOS団に執(着(心(のある入団希望者がいるとは、これは一(筋(縄(ではいかないようだ。
というのも、団長が心ゆくまで満足そうに胸を張り、吹(奏(楽(部のトロンボーン練習の音に負けないくらいの大声で、
「いいわ。あたし誤解してた。てっきり十分の一くらいになってるかと危(惧(してたけど、そんなことはなかったわ。今年の一年は見所アリアリだったのね。ではっ」
ハルヒは俺に自分の鞄を投げつけ、団長机にさっさと移動すると、
「これよりSOS団入団試験、第二段階を開始します!」
と、宣告するや、机の中から試験官バージョンの腕(章(を取り出して振(り回した。
「ペーパーテストよ、ペーパーテスト。ううん、そんなに緊(張(しなくていいわ。適性試験というか、アンケートみたいなものだから。これが直接的に合否に関係することはないから。でも、参考にはさせてもらうわよ。それからこの個人情報はあたしが責任をもって管理します。教師や生徒会に漏(れたりは絶対しないので安心してちょうだい。他(の団員にも見せないからね」
ハルヒの瞳(は海底火山のように熱を帯びていた。こいつの行動パターンは、まるで間欠泉だ。
「だからキョン、古泉くんとみくるちゃんもいったん部屋を出て行ってね。あ、有希はいてもいいわ。さ、早く動きなさい。一年たちは等(間(隔(でテーブルに座ること。あら、椅(子(が足りないわね。キョン、借りてきて」
仰(せのままにせざるをえない。いっさいの諫(言(を受け付けないからこそ暴君は暴君と呼ばれるのである。文芸部の部室を思うがままにすること一年弱にして、すっかり我が家と同じ意義を持つ空間にしているハルヒであった。卒業後も領有権を主張しないよう、生徒会長のがんばりに期待したい。
かくして俺と古泉、朝比奈さんは廊(下(に出され、閉(ざされた部室の扉(をそれぞれまちまちな表情で見つめるのみだった。長門が残されたのは存在自体が誰の邪(魔(にもならないと判断されたからだろう。ハルヒはまだ長門を部室の備品の一つだと思ってやがるのか。
「お水、入れてきますね」
朝比奈さんはヤカンを大切そうに抱(えて、パタパタと上(履(きを鳴らしつつ階段へと消えていった。その小間使い的動作のすべてを見送った後、俺はせめてもの時間稼(ぎとして自分の鞄を部室に放(り込み、昨日と同じ行動に出た。すなわち、近(隣(の部活からパイプ椅子を貸(与(してくれるよう頼(みにである。こんなこったら昨日借りたやつをそのままガメておけばよかったぜ。
とりあえずコンピ研を目指そうかと足を踏(み出しかけたとき、古泉が軽快に片手を挙げて、
「椅子ならすでに取り寄せています。あなたと涼宮さんが来るまでけっこうな時間がありましたからね。あらかじめ、周辺を回ってかき集めてきました。そこに置いてありますが、目に入らなかったようですね」
からかうような口調を無視して冷静に見回せば、なるほど、用意のいいことに旧館通路の壁(際(に畳(んだパイプ椅子が五つほど連座している。
「古泉、だったら追い出される前に言えよ。無(駄(な時間を過ごすところだったぜ」
「あながち無駄とも言えませんが」
古泉はひょいと俺の横に顔を接近させ、
「放課後が始まって半時ほど僕たちは待ったのですよ。その間、あなたと涼宮さんは何でもって時間を使用していたのですか? 私的意見ながら、興味がありますね」
そんな火星と地球が何万年ぶりかに公転軌(道(を重ねたみたいな物(珍(しそうな顔をしても無駄だ。なーんもねえよ。ハルヒのやることに表面的でしかない意味があったことなんてないだろうに。
俺は咳(払(いを一つ落とし、
「あいつは遅(れてくるのがある種のステイタスの持ちようだと思っているみたいでね。わざと一年生達が集まってくるのを待ってたんだよ。俺はその思いつきに付き合わされていただけだ」
「その割には、いつもの駅前集合で彼女が遅れてくる割合は非常に小さな数字に留(まりますがね。まるであなたを待つことに心血を注いでいるような気(迫(を感じますよ。他の誰(を待たせようと、あなただけは待たせまいとしているようにも思えます」
意地でも張ってんだろ。俺がハルヒに先んじることができたのは、お前たち三人が欠席を表明した、あの時くらいだからな。おまけに結局奢(るのは俺になっちまった。あいつは金輪際俺に金をかけるつもりはないらしいな。
「そうとも言えないのではないでしょうか。二人きりならば、いかな涼宮さんでもあなたに奢られっぱなしにはならないでしょう。最低でもワリカンで通すはずですよ。昔の彼女ならいざ知らず、今の涼宮さんなら確実です。一度試(してみてはいかがです?」
試すったってどうやるんだ。
「簡単ですよ。タイミングを見計らって涼宮さんに電話でもかけ、今度の日曜ヒマならともに出かけないかと囁(くだけで充(分(です。もちろん僕や朝比奈さんや長門さんは無視していただいてもかまいません。たった二人で、どこへなりとも行けばいいではありませんか」
俺はしばし考えて、
「お前、それ、俺にハルヒをデートに誘(えと言ってんのか? 気は確かか?」
「おや、僕はデートなどと軽々しく口にした覚えはありませんが、あなたがそう感じるのでしたら、それはそれで結構ですよ。いいではありませんか。たまには団長の人となりをさらに知るべく、ともに映画でも観に行ってはいかがでしょう。いえいえ、いっそのことSOS団を離(れて二人の高校生男女として、一(般(的な休日活動に邁(進(してみては? 新たな発見があるかもしれません」
むかつくことに、古泉の俺を見る目は、親鳥が巣立ち間際の雛(鳥(を見るような色をしており、俺は当然のごとく反発する。
「そんなことを俺がやり始めたら、それはヤバい傾(向(だ。逆に指(摘(してくれ。俺は地球の自転が止まったとしてもそんなことしそうにない。したら俺の頭はおかしくなってるだろうから、自分では気づいていないだろうよ。そん時こそお前の出番だ。俺を正気に戻(すよう、全力を尽(くして欲しいもんだな」
「お望みとあらばね。ただし、僕の望みとは真っ向から対立するようにも思いますが……」
古泉が人の悪そうな笑(顔(でさらに何か言いかけたとき、
「キョン! 椅(子(まだなのーっ!」
ハルヒの胴(間(声(が室内から響(き、俺と古泉は一卵性双(生(児(のような揃(ったパントマイムで肩(をすくめて、廊下に出されていたパイプ椅子に向かった。
部室扉前を離れようとした間際、聞こえてきたのは稼(働(したプリンタが印字した紙を吐(き出すガシャーコガシャーコという音だった。何を印刷してやがるんだ。
すぐに解(った。
・Q1「SOS団入団を志望する動機を教えなさい」
・Q2「あなたが入団した場合、どのような貢(献(ができますか?」
・Q3「宇宙人、未来人、異世界人、超(能力者のどれが一番だと思うか」
・Q4「その理由は?」
・Q5「今までにした不思議体験を教えなさい」
・Q6「好きな四文字熟語は?」
・Q7「何でもできるとしたら、何をする?」
・Q8「最後の質問。あなたの意気込みを聞かせなさい」
・追記「何かすっごく面(白(そうなものを持ってきてくれたら加点します。探しといてください」
そろそろインクの切れかけたプリンタがコピー用紙に青息吐(息(で描(き出している文字は、確かにそのように見えた。ペーパーテストねえ。
俺と古泉がパイプ椅子の搬(入(を終え、一年生全員に席が行き渡(って準備万(端(、ハルヒは入団希望者たちの前にプリントを配り回ると、
「制限時間は三十分。文字制限はなし。なんなら裏まで書いちゃっていいわ。カンニングは発覚次(第(落第だから、ちゃんと自分の頭で考えること」
そして指し棒をスチャッと伸(ばし、
「始め!」
あわてて言いなりになる一年生たちを見守る役はハルヒ以外では長門のみで、俺と古泉は再び体(よく部屋から出された。余分に印刷された入団試験問題とやらを一枚かっぱらうのがせいぜいであった。最後にハルヒは、
「これ、ドアに貼(っといて」
反論を許さない口調で俺に『KEEP OUT!』と乱雑に書いた画用紙を押しつけ、バタンと扉(を閉めた。しかたなく画(鋲(で警告文を貼った後、またもや廊(下(で棒立ち状態に置かれた俺は、手にした紙切れを古泉に突(きつけ、
「これのどこが試験問題だ?」
「そうですね」
古泉は紙面に目を落とし、顎(を撫(でながら、
「試験というよりはアンケートの類(ですね。質問内容自体はそう難しくはありません。回答も容易です。得点を稼(ぐために頭を悩(ます必要はないのですから」
興味深そうにプリントを弾(き、
「これは思考実験ですよ。被(験(者(がどのような思考を巡(らせ、どのような回答を寄せるのか。涼宮さんはそれを測っているのです。答えの内容で回答者の思(索(レベルが解る。一種の心理テストです。もちろん彼女自身は真面(目(なテストのつもりなのかもしれませんが」
真面目だと思うぜ。けっこう時間をかけて問題を吟(味(していたみたいだからな。
俺は古泉から紙切れを奪(い返し、
「しかし、こんな問いに何て答えりゃハルヒのお気に召(すんだ? 俺には答えようがないぞ。だいたい好きな四文字熟語なんぞ聞いて何を分(析(するつもりだ」
「それよりも僕はQ3が気になりますね。あなたはどれですか?」
──宇宙人、未来人、異世界人、超能力者のどれが一番だと思うか。
「抽(象(的すぎるだろ」
俺は古泉の探(りを入れてくるような薄(い微(笑(から顔を背(けるように、
「何がどう一番だっつー話だよ。ぜんぜん違(うもん同士じゃねえか。せめてどれが一番役に立つと思うか、ならまだ答えようだってあるけどな」
「ほう、どれです。ぜひ聞きたいですね」
そいつは状(況(にもよるので一様に言い切ることはできないな。普(通(に考えたらぶっちぎりで長門だが、長門はともかく宇宙人全体が何考えてんのか解らんし、時間移動を自由自在にできたら巨(万(の富が築けるだろうし、古泉のような場所と期間限定じゃなく解りやすい予知とか透(視(とかテレポートなら相当便利だろうし、現在の所では一長一短だな。間違いないのは異世界人に特別な利便性を感じないってところか。
俺が暇(つぶしにハルヒ作・入団試験問題を眺(めていると、泉の妖(精(のような朝比奈さんがヤカンを重そうに持って戻(ってきた。
「あ、入室禁止ですかぁ?」
「そのようです」
俺は朝比奈さんの御(手(を煩(わせるヤカンを奪い取り、そのまま手にしているのも廊下に立たされた愚(か者のように思えたため、壁(際(の床(に置いた。
「みなさんにお茶あげようと思ったのに、沸(かしている時間あるかな……?」
朝比奈さんは部室のドアを見つめ、新一年生たちを案じる風(情(である。なんと愛(おしい。いつでも淹(れ立てのお茶にこだわる上級生をいつまでも見つめ続けていたかったが、三十分もここで歩(哨(をやってんのも退(屈(であり、どうしようかと思っていると、
「学食に行きませんか。食堂はもう閉まっているでしょうが、自(販(機(のコーヒーくらいなら奢(らせてもらいますよ」
古泉が誘(い水をかけてきて、俺と朝比奈さんをうなずかせた。こいつにしてはマシな提案だ。特にセリフの後半部分が魅(力(的だ。
古泉は俺にライトなウインクを見せ、
「あなたとの賭(に負けたこともありますしね」
そういやそうだったな。
部室棟(を出た俺たち三人はまず学食の外(壁(に設置されている自販機に行き、それぞれ紙コップに入った飲み物を手に入れると、テラスの丸テーブルに揃(って着いた。
春の代名詞と言うべき桜色の花びらより青々とした緑の色が濃(くなりつつある。思えば去年の今(頃(、俺は自分がこんなところでこんな人々と席を囲むなど想像もしていなかったな。
俺が甘ったるいホットオーレを嚙(みしめるように飲んでいると、
「キョンくん、入団試験ってどんなのでした?」
紅茶のカップを手を温めるように携(えた朝比奈さんの問いに、俺はポケットにつっこんでいたコピー用紙を差し出した。
「こんなのでした。まったく、ハルヒの求める人材がなんだかさっぱりですよ」
「ふうん?」
熱心に字を追う朝比奈さんは、まるで九九の七の段を暗記しようと試みる童女のようだった。俺がほんわかとしていると、
「珍(しいですね」
古泉が優(雅(に傾(けると紙コップがマイセンに見えてくる。
「いえ、この三名の取り合わせがです。三十分間とは言え、誰(にも邪(魔(のされない時間を得ることができたのは幸(甚(です」
さらに優美に微笑(み、
「そう思いませんか」
思うだけなら思うさ。時間移動騒(ぎで長門と朝比奈さんは何度も同じ時を過ごしているし、こと時間絡(みでは古泉は端(役(以下の扱(いだ。超(能力者の出番が格別あったわけでもなく、せいぜいカマドウマ事件で一(瞬(活(躍(した程度では勇(壮(さに欠けるぜ。誘(拐(騒(動(で『機関』とやらが上手(く立ち回ってくれたことには感謝するが。
ここでこれからハルヒのアレコレにまつわる何らかのコンセンサスを未来人たる朝比奈さんと得ようとしているのかと思いきや、古泉はとりとめのない世間話を始めやがった。何ということのない会話に、朝比奈さんも紅茶をチビチビ飲みながら相づちを打っている。
ハルヒの不可思議能力にも、世界がどうかしたとかも、敵勢力が何かしてそうだとかも、そんなことをまるでおくびに出さず、とりとめのない学校生活の話だった。面(白(いクラスメイトや教師のたまに受けるギャグ、今度買ってくる予定のボードゲームなど、まさしく談(笑(というべきものだろう、これは。
朝比奈さんも時にはコロコロと笑い、あるいは興味深げに首をコックリさせたりして、そこだけ見れば単に上級生が下級生の四(方(山(話(に付き合っているようにしか見えず、現に俺たちのやっていることは時間つぶしなのであるから、これこそ正しい時間の使い方なのかもしれなかった。
未来人だの超能力者だの──。
んなもん関係ない。ただの未(公(認(部活動をともにする一員同士として、これがあるべき姿なのかもな。
平(凡(であるがゆえの尊い時間ってやつさ。この瞬間だけはあらゆる障害から解放されている。新手の宇宙人や未来人に煩(わされることもなく、ハルヒの次なる思いつきに脅(かされることもない。長門がいないのは残念だったが、ハルヒを一人で放(っておくのも何だしさ、それもたかだか三十分だ。
やっぱり俺は思うのだ。SOS団が六人以上になっているところを想像できやしない──と。長門や古泉や朝比奈さん以外の人員が加わったり、ましてや減ったりしているところなど思い描(きようがない。
万(物(は流(転(する、とか言ったのは昔の誰だっけな。なんとなく今は異を唱えたい気分だ。決して変化しないものだってこの世にはあるもんさ。たとえば過去の記(憶(がそうだ。あの時俺がいてハルヒたちがいたという思い出は、アルバムに保存した写真を見なくたっていつまでも残存しているのだ。
朝比奈さんの楽しそうな笑(顔(を脳内ストッカーに放り込む作業をしながら、ややしんみりとしてしまうのもやむをえない。三年生が卒業するまで、あと一年もないからな。
しかし、今のこの時間も、未(来(永(劫(消えることのない時間的一ページとして、俺や朝比奈さんたちの中に残り続けるだろう。
そうなるべきなのだ、と俺は深く思いつつ、ヌルくなったホットオーレを一息に飲み干した。古泉に奢(られても有り難(みのない、特に美味(くもない味がする。
が、それもまた一興さ。
そう感じる余(裕(が今の俺にはあったのだ。
半時を十分ほどオーバーしたのち、部室に戻(った俺たちが見たものは、回収した答案用紙をペラペラ捲(ってご満(悦(の団長と、透(明(人間よりも透明的存在と化して本を読む長門の姿二人きりだった。
「一年どもは?」
俺が尋(ね、ハルヒが答えた。
「帰したわ。ペーパーテストはこれで終わり、合否にかかわらず明日も来るように言っておいたから、やる気のあるのは残るでしょ」
「合否ってのは、どうやって決めるんだ?」
ハルヒはまとめた紙束を机の上でとんとんと揃(えて、
「こんなテストで団員を即(決(するつもりはないわよ。正しい答えがある問題でもないしね。なんか面白い文章を書いてくれるのがいたら参考にはするけど」
ただ単に試験を受けさせたかっただけらしい。団長の道楽に付き合うのは団員の任務として納(得(してもいいが、団員未満にさせるとはハタ迷(惑(な。
「バカね。あたしだってちゃんと考えてるわ。これはね、試験を受けること自体が試験なの。忍(耐(力を試(してるのよ。やる気をなくしたヤツは明日は来ないでしょ?」
ふるいにかけてるってことか。ずいぶん網(の目の粗(そうなザルだな。
「みなさんにお茶を淹(れようと思ったんですけど」と朝比奈さんは一年生たちに同情的だ。「もう帰っちゃったんですかぁ。残念です」
二度と朝比奈茶を飲む機会のない入団希望者たちを考えると、可哀(相(にもなってくるというものだ。
さっそく湯を沸(かしにかかった朝比奈さんを目に留めていると、
「キョン、あんたは無試験で団員に取り立ててあげたんだから、もっと感謝しなさいよ」
ハルヒは椅(子(の上であぐらをかいて、
「うかうかしてたら、あっという間に下の者に抜(かれちゃうんだからね。入団試験の最終問題にパスした人材がいたら、きっとすっごく優(秀(に違(いないわ。最終は面接にするつもりだけど」
赤(鉛(筆(を手にしたハルヒは答案用紙をチェックしつつ時折書き込みを入れつつ、
「なんならあんたも今からする? 団長面接。答えによっては昇(進(を考えてあげてもいいし、就職試験の練習にもなるわよ」
少なくともまともな企(業(への就職活動には繫(がりそうにないな。仮にハルヒが社長で、直(々(に面接をしたとして、通常の受け答えが決定打になるなどあり得ない。こいつの団長面接なる儀(式(を叩(き込まれたあげく、将来の身の上を持ち崩(すことになれば目も当てられんだろう。
「遠(慮(する」
「そ」
ハルヒは気分を害した様子ゼロで、うきうきと答案用紙に向かっていた。実際、それは俺から見ても楽しそうな作業だ。なので、
「ハルヒ、俺にも見せろ。こわっぱどもがどんな返答を書いたか興味がある」
「それはダメ」
にべもない返事だった。
「守秘義務に反するわ。個人情報でもあるし、やたらと見せるわけにはいかないの。これはあたしが決めることだから、あんたに見せても意味がないってわけ」
よく輝(くデカい瞳(で俺を睨(み、
「特に興味本位のヤツにはね。団員の選定は団長の仕事よ」
俺はあげかけた腰(を下ろす。やれやれ。新団員の決定権は団長のみにあって俺たちには有(無(を言わせないつもりのようだ。なし崩し的に選ばれた俺と長門以外、つまり朝比奈さんと古泉は確かにハルヒのお墨(付(きだったさ。
しかしまあ、今日来ていた六人中、何人がハルヒのいう最終試験に辿(り着くのかね。
「ん?」
俺は急(須(に湯を注ぐ朝比奈さんの後ろ姿を見ながら、不意に思いついた。昨日やって来たのが十一人、今日が半減弱で六人だが、顔ぶれは同じだったのだろうか。ひょっとしたら今日初めて来た一年生もいたかもしれん。入団希望者が足並みを揃えて同じ日の同時刻に来るとは限らないから、そうだとしたら脱(落(者(の割合は五十パーセント以上になる。
連想が埋(もれていた記(憶(に接続した。
あれ? あの女の子はさっきいたか? 昨日、俺の目が唯(一(留まった既(視(感ある女子生徒。ハルヒにすぐさま退室を要(請(されたおかげで、ペーパーテストまで進んだ六人の顔をゆっくり眺(める間がなかった。
何か気になる。
古泉がUNOを持ち出して、シャッフルし始め、俺に確(認(することなくカードを配る姿を眺めていても答えが出なかった。やがて朝比奈さんが各員に豊(潤(な芳(香(立ち上るお茶の満たされた湯飲みを配り終え、手持ちぶさたな三人でゲームを開始してからも、俺の頭の奥めいた部分が妙(に重い。解(りきっている解答がどうしても出てこない試験終(了(三十秒前のような感覚は何であろう。
さりげなく長門に目を向けてみた。
読書を続ける文芸部部長は、椅子から一ミリも離(れず不動たるノーリアクションのままである。試験の最中もこうしていただろうと容易に想像できる青銅像ぶりは変わらず、だが長門が無変化で無言の体勢を崩していないということは、何の問題も起きていないということでもある。最悪でも入団希望一年生の中に天(蓋(領域とかいう恥(ずかしいネーミングをされた九曜モドキはいないってことだ。
「…………」
ページをめくった長門は、八分休(符(の間の後、誤植箇(所(を見つけたように指を止め、ミリメートル単位の動きで目を上げた。
水(拭(きしたばかりの石板のような目が俺を見つめ、何事もなかったように本の上に戻(る。
たったそれだけで、俺は安(堵(を得た。長門が部室で読書に没(頭(している限り、世界をマンドラゴラでダシを取ったスープに放(り込むようなことにはならんだろう。ハルヒは答案の添(削(に夢中になっていて、俺と古泉と朝比奈さんはともにゲームで退(屈(しのぎにかまけられている。
本気でも面白半分でもSOS団なんてものに入団を希望する新一年生たちには悪いが、しばらくハルヒを楽しませてやってくれ。
できれば明日、三人ほどは来てもらいたい。減(衰(率を考(慮(に入れると順当な人数だが、一気に減ってはハルヒも面(白(くなかろう。せめて今週末まで保(って欲しいぜ。