プロローグ 2

 フリーマーケット当日の朝、俺は目覚まし時計のたけびに従ってベッドを抜け出した。

 後ろがみ引かれるとはまさにこのことだ。温かいどこを後にして自分だけ起きるのもシャクだったが、心地よさそうに朝寝をむさぼるシャミセンの寝顔を見ていると毛布の中から引っ張り出すのが気の毒に思えてならず、俺はどくに一人で階下へ降りていった。

 台所をのぞくと、

「あっ、キョンくん。おあよーう。ヒャミはーぁ?」

 妹が焼いたパンを口に詰め込みながらいてきた。

 俺は冷蔵庫を開けて麦茶のボトルを出し、コップについで一息で飲み干してから、

「寝てる」

「キョンくんのパンも焼く? あ、目玉焼きあるよ。みずやの中ー」

たのむ」

 と俺は言い残し、洗面台に行く。戻ってくると、妹は食パンをトースターにっ込み、ハムエッグのった皿を電子レンジに入れているところだった。特にかいがいしいというわけではなく、ただこの手の操作をするのが面白いと思っているだけである。

 ちなみに明日付で小学六年生十一歳となる予定の妹の本日の予定は、ミヨキチの家にお呼ばれして夜まで帰ってこないというものになっていた。今もさっそく妹なりにおめかししたよそ行きの格好で、とうてい同い年同学年と思えない姿形をした友人がむかえに来るのを待っている。

 ところでそのミヨキチだが、三日ほど前、道でバッタリ顔を合わせたときにはおどろいたね、少ししか目をはなしていなかったはずなのに、わずかの期間でますます美人ぶりな成長にみがきがかかって俺の妹と並んで歩いていたらこれがもう五人姉妹の長女と末っ子にしか見えない。いったい何を食わせたらここまでちがう具合になるのであろう。

 いや本当に、ミヨキチが妹だったら俺の部屋に勝手に来て無断で物を持っていったりしないだろうし、朝はもう少し上品な起こし方をしてくれるだろうし、さわたおされてげるシャミセンをドタドタと追いかけることもなさそうだし、なぜ俺はミヨキチの兄として生まれなかったのか考えれば考えるほど──



まんの彼女の話はけっこうです」

 古泉は目の前に落ちてきた桜の花弁をつまみ上げつつ、いやにキッパリと言った。

よしむらさんを妹に持つ者は幸いかもしれません。違う方向から見ると、あなたの妹さんにもじゆうぶんな素質があるという意見も出るでしょう。しかしながら、今は別人に関してもっとしようさいをお伝えいただけますか? とりあえず、自宅を出てから集合場所に辿り着くまでの話をね」

 あんまりな言いぐさだな。お前はミヨキチの実物をの当たりにしていないかられいたんでいられるんだ。

 まあいい。高校一年生春期きゆう最後の日の俺的かいろくをそんなに聞きたいのなら、先を急いでやるさ。しかし古泉、そこにはお前も登場人物として出てくるんだぜ。何があったかなんてわかってるはずじゃないか。

「自分のことに興味はありませんね」

 古泉は指先で花びらをもてあそびながら、

「僕の関心対象はそこにはない。いて言うなら、あなたの目を通した自分の姿がどう映っているのか気になるくらいですが、やはりまつなことに過ぎません」

 うすピンクの花をはじいて捨てた。

「続きを」



 いつものように、俺は自転車に乗って駅前に飛ばしたさ。

 SOS団集合ルールその一、最後に来た者が全員におごるというしばりはいまだに生きていて、俺は俺以外の者に奢られたことはまだない。たまにはきようおうされる側、特にハルヒにそうされたいというおもわくが俺のあししつげきれいするのもいつものことだが、どういうわけかねらったようにハルヒは俺のほんの少し前にとうちやくするようで、あいつ、どっかにかくれて俺の様子をかんしてるんじゃないだろうな。

 というようなことを思いつつ、駅前線路沿いでちゆうりんじようの空きスペースを探していた俺の背中に、声がかけられた。

「やぁ、キョン」

「うわ」

 それは不意打ちに近かった。なんせすぐ背後から声がしたんだ。ぼんやりと自転車を押していた俺が、いつしゆん両の足裏を地面から飛び上がらせてしまったのも、無理はないだろう。

 反射的にり返り、声の主を見て取った俺は、思い出すより先に口を開いていた。

「なんだ、か」

「なんだとは、とんだごあいさつだ。ずいぶん久しぶりなのに」

 佐々木も自転車のハンドルに手をかけて立っている。その顔には言葉と裏腹に、どこかやわらかい皮肉に包まれたしよういていた。

「キョン、そう言えばこの前、どうから電話があったよ。なにやら三年時のクラス一同で同窓会をしたがっていた。彼は直接的に言わなかったが言外のニュアンスや数々のぼうしようかんがみるに、どうやら当時の女子の誰かに未練たらたらのこいごころいだいているみたいだな。僕が察するところによれば、須藤がしゆうちやくしている相手は女子校に進路を取ったおかもとさんではないかな。覚えてるかい? くせっ毛の可愛かわいい新体操部の。今年の夏休みにどうだろうと言い出すので、いいんじゃないかと答えておいた。実際のところ、僕はどうでもいいんだが、キミはどうだ?」

 やると言うんだったらそりゃ行くさ。けっこう親しくしていたのに、卒業式以来見ていないヤツが何人かいるしな。いまいち顔の思い出せない岡本のとなりの席は須藤にゆずるが。

 佐々木は形容しがたい独特のみでくちびるをくつろげ、

「そう言うと思った。だがね、キョン。その中学校の卒業式以来になってるヤツの中に、当然僕も入っているんだろうね? 実際、キミと会うのはそろって卒業証書を拝領したあの日以来、一年以上ぶりだ」

 片手をハンドルから離した佐々木は、時間の経過を表すように手のひらを回転させた。

「キョンは北高だったな。どうだい? かいな高校生活をつつがなく送れているかい?」

 愉快かどうかは評価の分かれるところだが、少なくとも今の俺は不愉快じゃないな。おもしろいと思ってさえいる。俺が過ごしてきたここ一年の北高不思議ライフを話し出すと長くなるぜ。

「何よりだよ。僕には話すことがあまりない。決して面白くないわけじゃないけど、僕の行った高校には物理法則をるがすような出来事はなかったからね」

 いいことだ。そんなもんがどの高校にもあったりしたら、面白がる以前に全国的にパニックだろう。

 俺は元同級生の顔をためつすがめつして、中学生時代と変わっている部分を探しながら、

「お前は市外の私立に行ったんだったよな。有名進学校の」

 佐々木はまた笑みのしきさいを変えた。

「キミが僕のプロフィールを完全にぼうきやくしていなくてホッとした。そうだよ。おかげで授業についていくのに必死なんだ。今日も、」

 と、駅の方へ揃えた指先を向け、

じゆくに行かねばならない。電車に乗ってだ。まったく、勉強のために勉強しているという気分だよ。春休みという実感もなかった。そして明日になったらさらに遠く、電車通学が待っている。満員電車ほど慣れないし慣れたくもないものはないね」

 北高行き急こうばいハイキングといい勝負だな。

「健康的でいいじゃないか。僕は市立がよかった。須藤がうらやましい」

 何がおかしいのか、佐々木はくっくっと真似まねのできない笑い声をらし、

「ところでキョン、このローカル私鉄駅に何の用向きだ? 乗車する列車の方向が同じならば、積もる話もあるし、同席するにいなやはないが」

 俺はうでけいかくにんする。しまった。集合時刻三分前だ。

「すまんが佐々木、ツレと待ち合わせてるんだ。時間にやかましいヤツでな、おくれたら何をしでかすかわからない」

「ツレ? 高校の? へえ、そうかい。じゃあ、急いで自転車を置いてこなくてはね。ああ、ご心配なく。僕は毎朝止めているので有料駐輪場とつきぎめけいやくしてるんだ。それがどこかと言うと、」

 佐々木はすぐそばの自転車置き場スペースに自分のチャリをっ込み、じようすると俺の顔をのぞき込むようにして、

「ここだ。キョン、キミがお連れさんの待ち合わせ場所に行くまで付き合わさせてもらいたい。キミの友人なら僕の友人も同然さ。ぜひ尊顔を拝ませていただきたいものだね」

 拝んでもやくはないだろうが、佐々木がそうしたいなら構いはしない。しようかいしたところで佐々木の人生に何らプラスされるものはないだろうと思いつつ、朝比奈さんの愛くるしさを教えてやることは自分のがらでもないのにほこらしい。

 俺が駐輪場の空きスペースを探したり、自転車を止めて小銭をはらったりする間、佐々木はショルダーバッグをげて付き従った。歩きがてら中学時代のやまばなしなんかをかせていたが、SOS団ようたしの駅前集合地点が見えてきたあたりで、

「キョン、キミは変わってないな」

 つぶやくように言う。

「そうか?」

「ああ。安心したよ」

 なぜ佐々木に安心されねばならん。見た感じ、お前も全然変わってねえぞ。

「だとしたら、僕はまるで成長していないことになるね。身体測定を信じるのであれば、肉体的数値はそこそこ変化しているはずなんだが」

 俺だってちったあ背がびたんだぜ。

「失敬、そういう意味ではなかったんだ。見た目は変えようと思えば変えられる。たとえばかみを伸ばしたり切ったりするだけでもかなり印象は変化するものさ。簡単に変わらないのは中身だよ。良くも悪くもね。人間の意識が物質に宿るものだとしたら、構成物質をよほどちがうものにしない限り考え方や物の見方もそう異ならないんだろう」

 みようなつかしくなってきた。思い出した。そうだ、佐々木は中学時代からこういう小難しいしやべりをするヤツだった。

「あるいは」

 と、佐々木は歩きながら続ける。

「考え方が一変するような聖パウロ的、またはコペルニクス的転回がない限り──だね。世界の変容はイコール、価値観の変容なんだ。それがすべてだと言ってもいい。なぜなら、人間はおのれの認識能力をえた事象を決して正しく理解することはできないのだからね。僕たちの目は赤外線を見るようにはできていないが、へびは熱映像視野を持つ。僕たちの耳は一定以上の周波数になると音として感じないが、犬たちにはちよう高音波が聞こえる。どちらも人には見ることも聞くこともできないけど、赤外線や犬笛の音は存在しないんじゃない。ただ感知できないだけなのだと思いたまえ」

 マジで北高に来ればよかったかもな、佐々木。お前と話の合いそうなろうが一人いるぜ。ちょうどいい、今向かっているなかとうたつ地点で待っているはずだから、この機に知り合いになっておくか?

 俺が提案しかけた時、いつしか俺を除くSOS団全員の姿はもう間近にせまっていた。



「まったく、たいした方をともなって来てくれたものです」

 古泉はところどころ非難をしやくさせたような色をにじませる声で、

「ある意味、僕とはよい話相手になりそうな人物です。しかし実質、僕など足元にもおよびません。立場が違いすぎます。僕は自分の限界を知っているので、僕がせんぼうと達観を感じざるを得ない人間は少数とは言えません。加えますと、あなたもその一人です」

 お世辞を言っても俺はデルフォイのみたいにしんたくを告げたりはしないぞ。

「解っています。不可こうりよくほどおそろしいものはない。目に見えて耳にも聞こえ、なのにあらがうこともできない力にはね」

 それにだ、佐々木がたいしたヤツであるのは中三をともに過ごした俺には解るが、古泉が知っていたとは意外だぜ。

「意外でもなんでもありません。あなたについて『機関』が調査したということはすでにご存じでしょう。もちろん生い立ちからほぼすべてを洗わせてもらいました。その結果、あなたはへん的な意味でのいつぱんじんであるという結論が出たわけです」

 ありがたいね。お前の組織の保証書付きか、俺は。

「お望みならば発行しますよ。いえ、これはじようだんです。冗談にならないのは、あなたが中学三年時に佐々木さんと同じクラスになっていて、親しい友人関係だったというれきを知ったときの僕の心境です」

 なぜだ。

 古泉は詩を朗読するような口調で、

「あなたのご友人である佐々木さんもまた、一般人でありながら見方によってはそうでない人間である可能性があったからです。りゆうのようないをしながら波動としての仕事もする、まるで光のように」



 不可抗力だったのかどうかは知らん。ぐうぜんという単語は聞ききた。ましてや光が持つ二重性についてなど一生えんにしていたい。

 ともかく、俺と佐々木は駅前に歩を進め、二人して立ち止まったところはいつもの場所だった。

 見慣れた場所、見慣れた四人のメンツ。内訳は三人が私服で一人が制服。

 そして、毎度ながら発せられる団長のありがたいお言葉。

こくとはいい度胸ね。あんだけ言っているのに最後どころか時間オーバーするなんて、春だからってなまけてんじゃないの? キョン、もっと一秒一秒を大切にしなさい。あんたの時間はあんただけのものじゃないのよ。待たされるあたしたちの時間と等価なの。だから、おくれてきたぶんはばつきんに加算するわ。過ぎ去った時間は何物にも代えられないけど、せめてあたしたちをほがらかな気分にするならちょっぴりだけどなぐさめになるからね」

 ハルヒは一気に喋り終え、大きく深呼吸してから、そしてな目を俺のとなりに向けた。

「それ、誰?」

「ああ、こいつは俺の……」

 と、俺がしようかいを言いかけたちゆうで、

「親友」

 佐々木が勝手に解答を出した。

「は?」

 と、目を見開いているハルヒに、小さく頭をらしてしやくし、

「といっても中学時代の、それも三年のときだけどね。そのせいかな、はくじようなことに一年間もおとなしだった。これはおたがい様だが、でもね、一年ぶりの再会だったとしても、ほとんどあいさつきで会話を始められる知り合いというのは、じゆうぶん親友にあたいすると思うんだよ。僕にとってはキョン、キミがそうなのさ」

 親しかった友人という意味ではそうかもしれない。俺はよくこいつとつるんでいたし、学校が引けてからも顔を合わしている回数はクラスメイトの誰よりも多かったように思う。思うのだが──。

 なんとなく居心地が悪いのはどうしたことだ。言っておくが俺は誰にも後ろ指を指されるようなことをしたおくもなく、事実もない。なのに佐々木が俺を親友だと言うのを隣で聞いていると、そしてハルヒのみような表情を見ていると、五分後にらいが来るのがわかっていながらかさを持たずに外出してしまった三分後みたいな気がしているのは、これは何故なぜだろう。

 思い出してみると、朝比奈さんの軽いビックリまなこがまばたき回数のひんを増やしていたり、古泉が考え深げな表情であごに指を当てていたような気もする。制服でポツンと立っている長門の無表情は不変のようだったが、なんせ俺はハルヒの顔しか見てなかった。

 横で動く気配がし、佐々木が半歩前に出てくちびるげんげつ形にするみとともに片手を差し出していた。ハルヒに、あくしゆを求めるように。

「佐々木です。あなたが涼宮さんですね。お名前はかねがね」

 ハルヒのひとみがちらりと俺を向き、俺は何かのちがいで指名手配を受けたえんざいしやのように、

「お前の悪行をこいつに言ったことはないぜ。佐々木、なんでお前はハルヒを知ってる?」

「そりゃ同じ市街地に住んでいるんだし、目立つ人たちのうわさはちょくちょく耳にする。我々の中学から北高に進んだ生徒は、キョン、何もキミだけではない」

 国木田とかか。

「彼もだったね。元気かい? 多分、今でもひようひようとしていると思う。もっと学力に応じた高校に行けたのに、わざわざ県立を専願で受けた変わり者だ」

 佐々木は同窓生へのコメントを早々に打ち切り、ハルヒに向き直った。

「北高ではキョンが世話になっているようですね。改めてよろしく」

 ばした手をどうだにせず、ゆるやかにほほんでいる。

 佐々木のおうべいあいさつに、ハルヒはチョコレートと間違えていしを口に入れたような顔をしていたが、やがてその手をにぎり返し、

「よろしく」

 握った手をることもなく、しげしげと佐々木の瞳を見つめ、

「自己紹介の必要はなさそうね」

「そうですね」

 佐々木はニコニコとハルヒを見つめ返し、アマガエルが生まれて初めて出したような声で短く笑った。

「そちらの方々は?」

 ハルヒの手を名残なごりしそうに手放しつつ、佐々木は左右に視線を振った。

 団員紹介は長の務めだと思ったのか、ハルヒがばやに、

「そっちの可愛かわいいのがみくるちゃんで、あっちのセーラー制服が有希。こっちが古泉くん」

 それぞれ指さし点呼された面々は、

「あっあっ、朝比奈みくるです」

 朝比奈系と題して売り出したらたちまち予約さつとうになりそうな春物スタイルで身を固めたゆいいつの上級生は、ポーチを両手で握りしめたまま、あわてたように会釈した。

「古泉です」

 あらかわさんに入り修行中みたいないんぎんさで頭を下げる副団長。

「…………」

 学校にいるときとまるで変わらない制服姿の長門はピクリとも動かない。

 三者三様の返事を聞いても、佐々木はめんどうになったのか団長以外には握手を求めず、

「初めまして」

 ただおもしろそうにながめていた。

 朝比奈さんは少しおろおろと、古泉はいつものしようを取りもどし、長門は深海からみ上げたばかりの海水のような目で、佐々木に観察する視線を浴びせている。

 佐々木は三人の顔と名前を記憶するようなたたずまいでいたが、くるりと俺を振り返り、

「それではキョン、僕はそろそろ電車の時間なので失礼するよ。またれんらくする。じゃあね」

 さっと手を振ると、もう一度ハルヒに微笑みかけ、改札口へすたすた歩いて行った。

 やけにあっさりしたものだ。なんとなく俺はボサッとして、佐々木の後ろ姿が消えるまで見送ることにした。

 久しぶりに会ったにしては、ロクに話もしなかったな。この調子だと今度会うのも一年後になるかもしれん。

 数秒間のちんもくの後、ハルヒが、

「ちょっと風変わりね」

 お前が風変わりに思うんだったら相当なもんだ。

 ハルヒは改札口から目を戻し、

「あの、あんたの友達。ずっとあんな感じだったの?」

「ああ。全然変わってなかったな。見かけも中身も」

「ふうん?」

 ハルヒは何か思い出しかけていることを耳から転げ出そうとするかのように首をかしげたが、早々とあきらめたふうに頭の角度を修正し、ぴょんとねて体の向きも変えた。

「ま、いいわ。それよりキョンのおごりのきつてんに行きましょ。ちゃんと余分にお金持ってきたでしょうね。フリマでり出し物があったらじゃんじゃん買わないと」

 電器屋のけいこうとう売り場のようながおを作り、ハルヒは先頭を切って歩き出した。

 やれやれ。荷物持ちくらいならしてやらんでもないが、自分の欲しい物は自前の金銭であがなってくれよな。文芸部の部費に手をつけないよう、長門のためにも見張っておかなければ。



「その後のことは、」

 と、俺は古泉に言った。

「お前も知っての通りだ。茶店に行って俺がかんじようはらって、フリーマーケットに出向いてハルヒがいらんもんをどっさり買い込んで、海の見える洒落しやれた店で昼飯食って帰ってきた。ついでにさかなかの家に寄ったな」

 お前が老夫婦の出店でこうにゆうしたばんを終始かかえて歩いていたため、荷物持ちの役割が俺の両うでたくされちまったことを忘れたとは言わせんぞ。かくして俺は二束三文で売られていたガラクタ──デザートローズの原石とか──を大量に持たされることとなり、会場内をウロウロすることになったんだからな。ほほましかったのは、朝比奈さんが小学生の作ったようなまんきようのぞいて「わぁ、とてもプリミティブなオモチャですね。でもとてもれい……」とかかんたんの声を上げていたシーンと、どこかの部族のじゆじゆつかぶるようなお面をじっと見つめる長門の姿くらいか。

「どっかお前のおくちがうとこがあるか?」

「幸いなことに、ないようですね」

 古泉はモニタの裏側を熱心に観察しながら、

「客観的な出来事としては、あなたの解説通りです。ただ、主観的な見地から眺めると、あなたと僕のかいしやくはかなりのを生むようですね」

 観察する目を俺に向けた。気に入らん目つきだ。

「では、ここで問題です。さきほど、僕は最近になってへい空間の発生率が増加していると言いました。正確に言えば涼宮さんの高校入学前後の数値にほぼ等しい。去年から今年にかけて減少けいこうにあった僕のアルバイトしゆつげき回数が一気に元に戻ったのは春休みしゆうりよう直後です。それは何故なぜなのでしょうか」

 俺はそわそわと、

「何が言いたい」

「言いたくはないのですが、言語化しなければ伝わらないことだってあるのですよ。無言のやり取りで意思のつうがすんなりいくほうがまれです。因果関係ですよ。この場合、因の部分に入るのは春休み最後の日という一文です。果には閉鎖空間と《神人》という単語が刻み込まれています。さて、これは何を意味するのか。それがあなたへの僕の出題です」

「…………」

 俺は長門的沈黙で身を包んだ。後頭部がチリチリする。

 古泉はじようもんだいの地層から掘り出した原初的な仮面のような、笑い顔だとてきされないとそうは理解できないようなしようで、

「涼宮さんが新学期開始と同時に閉鎖空間を発生させ始めたことから、何らかの問題点は春休み最終日にあったと断言できます。その日に何があったかを考えると、いつもながらのSOS団活動でことさら重要視するハプニングはなかった。フリーマーケットを大いに楽しんだだけです。いつもと違っていたこと、ルーティーンにかいにゆうしてきたゆいいつのイレギュラー要素……。それが何だったか、もうとっくにおわかりのはずです」

 佐々木か。

「しかし何でだ。待ち合わせの場所にたまたま俺が中学の同級生といつしよに来ただけだぞ。どうしてハルヒの精神的ストレスの要因なんぞになるんだ?」

 古泉はおどろいたように口を閉ざし、観察よりもかんしようする目で俺をぎようし、まるでシャミセンが妹の拾ってきたセミのがらを初めて見たような顔をつくり、たっぷり十秒はそうしていた。

 そろそろ顔の前で手をってやろうかと考え始めた俺に向かって、じんちく無害なハンサムづらをしたちよう能力者モドキは、しみじみと首を振り、

「なぜならば」

 おおぎような動作で身体からだごと俺を向いて、

「あなたの親友をしようする佐々木さんなる方が、おそらく十人中八人が一見して目をかれる、実にりよく的な女性だったからですよ」

 暗君のぎやくを決意したれいてつかんしんのような声で言った。



 二年前の──ちょうどいまごろさかのぼる。

 中三になり立ての春、高校進学をあやぶんだおふくろによって学習じゆくにたたき込まれた。

 その同じクラスに佐々木もいて、学校でも同じ教室にいるようなやつは佐々木だけだったし、ついでにたまたま席が近かった。それでどちらからともなく話しかけたんだった、確か。よく覚えていないが、「よう、お前もここに来てるのか」ってなもんだ。

 きっかけはそんな感じで、それで中学の教室でもたまに話すようになった。

 大して注意も払っていなかったが、佐々木の僕といういちにんしようかたくるしい男しゃべりは、まさしく男子生徒相手にしか使われないことにすぐに気づいた。女友達の輪にいるとき、佐々木はつうに女言葉で話していたからだ。

 何かわけがあるんだろう。ひょっとして、男相手に男みたいな話し言葉を使うことは、そいつに自分を女だと見て欲しくなかったのかとか、ようするにわたしをれんあい対象として見るなと言う意思表示なのか、と。気の回しすぎかな。

 もちろん俺はどうでもよかった。だから何のツッコミも入れなかったさ。だいたい他人の口調に文句をつけるほど国語力には自信がない。

 俺の名前について、佐々木はおもしろがった。

「キョンなんて、すごいユニークなあだ名だね。どうしてそんなことになったんだい?」

 俺はしぶしぶけなエピソードと、妹のこうを話してやった。

「へぇ。キミの下の名は何というんだ?」

 口頭で読みだけ教えると、佐々木は首と目をそれぞれ別の方角にかたむけて、

「それがキョンになるのか? いったいどんな漢字で……あ、言わないでくれたまえ。推理してみたい」

 しばらく面白そうにだまっていた佐々木は、くくくと笑いながら、

「多分、こんな字を書くんだろう」

 ノートにさらさらとシャーペンを走らせた。かび上がった文字を見て、俺はかんたんの気分を味わうことになった。佐々木は正確に俺の名前を書いていたのだ。

「由来を聞いていいかい? この、どことなく高貴で、そうだいなイメージを思わせる名前の理由」

 まだ俺がちびっ子の時にたずねたとき、おやから返ってきた言葉をそのまま教えてやった。

「いいね」

 佐々木が言うと本当にこれがいい名前であるように思われてくる。

「でも、キョンってほうが僕は好きかな。ひびきがいい。僕もそう呼んでいいかい? それとも別のめいしようを考案しようか。どうやらキミはそのニックネームがあまり気に入っていないようだからね」

 どうして俺が気に入っていないとわかる?

「だって、キミはそう呼ばれたときより、普通に名字で呼ばれたほうが反応速度が速いからね。コンマ二秒くらい」

 俺を名字で呼ぶのは、その誰かが俺に何か真面まじな話があるときくらいだからだよ。授業中に次の問題を当てられるときとか、親しいとも言えない──特に女子に──呼ばれたときとか……。それにしてコンマ二秒? そんなちがいをよく解るもんだ。

「見聞きした情報が脳に伝達されてアクションを開始できる時間がそれくらいだよ。キミは名字で呼ばれた場合はしゆんに反応する。キョンの時は無意識だろうけど、それだけおくれる。キミの深層心理はあまり喜んでいないんだろうなって思ったのさ」

 思えば無意識だの深層心理だの、その手の用語を教授されたのはこの時が最初だったように思われる。

 学習塾の授業は週に三日、火、木、土曜にあり、いずれも夕方が開始時間になっていた。

 学校が休みの土曜を除き、毎週火曜と木曜には、俺は佐々木と連れだって向かうのがほどなく習慣化されていった。塾のありはここらでは一番大きな駅の近くで、中学校から徒歩で行くにはかなりうんざりするきよとうせねばならず、またバスはえんな路線を走っているためこれまた結構な時間がかかる。手っ取り早いのは学校から駅までの直線距離を自転車で走ることだ。これなら十五分とかからない。

 俺の家は中学から目的地までのルートの直線上にあり、いったん帰宅してから自転車を引き出して学習塾へとぎ出すのが論理的に一番の方策で、どうせだからと荷台に佐々木を乗せて走るのもいつもの習慣だった。佐々木によるとバス代が浮いて非常に助かるとのことである。

 学習塾でも同じ教室だが、毎時間にわたって鹿話をするほど余計な時間があるわけではなかった。おたがい、周囲のふんに乗せられて真面目に勉強している。そのせいか中二のころにはゆるやかなカーブをえがいて下降していた成績も下げ止まりのけいこうを見せているのはありがたいことで、持ち帰る答案用紙の点数が遠大なカウントダウンを刻んでいたことにごうやして有無を言わさず学習塾にほうり込んだ母親もじやつかん胸をなで下ろしていることだろう。

 これで「もっと勉強しないと佐々木さんと同じ大学に行けないわよ」というくちぐせが直ってくれればますますいいのだが。なぜ俺がこいつと進路を同じくしないといけないのか理解しかねた。

 学習塾が終わると、いつも世界はすっかり夜の支配下に置かれていた。夜空に浮かぶデキモノのような天然衛星を見上げながら俺は自転車を押して歩き、少し遅れて佐々木がついてくる。帰りはバスを利用する佐々木に付き合ってりの停留所まで。

「じゃあ、キョン。また明日、学校で」

 やって来たバスの乗降口に足をかけ、そう言う佐々木に手をって、俺は一路、自宅を目指すのだった…………。


 はい、回想終わり。



「まさか、それほどまでとは」

 古泉はけんに中指を当て、

「まるで本当にじやな中学生同士のたわいもないれんあい模様の一ページのようではありませんか」

 そう言うがな。つっても俺と佐々木の間にはそんなさわやかな男女づきあいはなかったぜ。いや、爽やかじゃないようなことだってさらっさらになかったさ。

「ええ、そうでしょうとも。あなたはそう思っていて、きっとそれは正しいんです。ですが、周りの人間はどうでしょうか。あなたたちの姿をどう思っていたのでしょうね」

 なんだかイヤな予感がしてきた。そういえば、国木田や中河はみようかんちがいをしているようだったな……。

「僕でも勘違いを起こすでしょうね、話を聞いているだけでそう思えます。もちろん僕だけがこんなことを思っているのではありませんよ。ひょっとしたら朝比奈さんや長門さんも同じことを考えるかもしれません。まあ、あのお二人は少しはあなたに関する情報をお持ちでしょうからゆうですませるとしても、全然すみそうにない方を僕は一名ほど知っています」

「……誰だ」

 古泉はしようあく的にゆがめた。その目に宿るのは俺を非難するような色である。

「ここまで言って解らないようなら、あなたの頭を切開して脳に直接その名を書き込まなければならないでしょう」

 解ってるよ、そんくらい。

「まさかとは思うが」

 頭の上に毛虫の大群がっているようなかいな感覚を覚える。

「ハルヒが佐々木を見て、それも親友だとかしようしたのを聞いて、それでナニヤラもやもやしてるって言うのか? 得意の無意識とやらか」

へい空間、《神人》。あなたも知っての通りの現象ですが、ここしばらくのそれらは、以前とはやや状態が異なるんです。閉鎖空間はそのままですが、《神人》の行動が不気味なほど大人しい。出現はしたものの、積極的なかい行動への従事はなりをひそめ、手持ちぶさたに立っていることが多いんですよ。時折、役どころを思い出したように建築物をこづく程度です」

 あの青白いきよじんが理性的なのは悪いことじゃないだろ。

「我々『機関』からすればどちらでも同じです。《神人》をしようめつさせなければ閉鎖空間も解放されませんから」

 古泉のちゆうしやくはまだ続く。

「結論から言って《神人》、ひいては涼宮さんの無意識は、どこかまどっているようなのです。まるで自分が何を考えているのか、何を考えればいいのか、それすらわかっていない。混迷の道をさまよう、なやめる無意識ですよ」

 フロイト先生も草葉のかげで苦笑いだろう。まさか自分の研究成果がハルヒのぶんせきに、こうもひんぱんに使われるだろうとは思ってもみなかっただろうからな。

「僕としては、涼宮さんが佐々木さんにしつを覚えているということにしてしまえば、話は早いように思うのですがね」

 さすがに反論してやるぜ。誰のためでもなく、ハルヒのためにだ。

「あいつは恋愛感情を精神病の一種だと言うような女だぞ」

「おたずねしますが、あなたには涼宮さんが男女間の恋愛についてすべてを語ることのできるような、心理学にひいでたかたに見えるのですか?」

 ぜんぜん。

「僕もです。涼宮さんは解っているようで解っていない。逆でもいいですが、とにかく彼女の精神は同年代の女子生徒に比べて特別に老成してはいません。そこだけ見ればごくつうの一少女ですよ。ただ、ひねくれたポーズをつけたがっているだけなのです」

 お前が言うな。俺かられば、古泉だってじゆうぶん不足なしにヒネクレ者に見えるぜ。

「そうですか?」

 古代の仮面を取り外したほほみを見せると、演劇的にほおひとでして、

しようじんが足りないようですね。あなたにかくも簡単に看破されるとは」

 古泉は両手を広げ、首までった。

「分析するに、涼宮さんはあなたの過去の友人が存在し、それが自分の知らない人間であるという、これまでありそうでなかった事実の発見をして、説明しがたい感覚を得たのだと思います。ジェラシーなどという単純な言葉ではかいしやく不能な、もっと生来的、根源的な感覚ですよ。意表をつかれたと言いえましょうか。あなたにも旧友の一人や二人はいるでしょう。そこまでは涼宮さんも解っている。女友達がいてもおかしくはない。しかし、佐々木さんが自分をあなたの親友だと言い放ったことは、これは誰にとっても予想外ですよ。彼女の存在を知っていた僕にもね」

「よく……いや、さっぱり解んねえな」

「涼宮さんの中学時代はほとんどりつか、もしくは孤独状態でしたから、親友というひびきに心打たれるものがあったのかもしれません」

「あいつは望んでそうなってたんだろ。孤高ってやつだ」

「そうであってもです。たとえば、僕にあなたがたの知らない異性の友人がいて、とつぜん目の前に現れたりしたらどうですか?」

「いたのか?」

 俺はやや身を乗り出す。こいつこそかげでこっそり彼女を作っていても不思議ではない。

 古泉は苦笑し、

「たとえが悪かったですね。僕ではだめだ。では、朝比奈さんの過去に親しくしている男性がいて、その彼が彼女に対してれ馴れしい態度を取っていたとしたら?」

 腹が立つとも。だがな、

「ありえんだろう。朝比奈さんや長門は遊びや観光目的でこの世にいるわけじゃない」

 もうちょっと遊んだほうがいいくらいに思うね。それに朝比奈さんの過去ってのは、俺たちからすりゃ未来だぜ。

「仮定ですよ。もしそうだったら、あなたがどう思うかという。想像ですが、言葉で言い表せないみような感覚を得るのではないかと。嫉妬でもなくこんわくでもなく。第一に朝比奈さんはその異性を特に意識しているわけではなさそうだし、表面的にはいつもと同じで、本当にどうとも思っていないらしい。だったら、下手にかんぐるのもバカバカしいことです。ゆえにそんな感覚など意識下から消して忘れてしまうのが一番です。この説話の中の朝比奈さんをあなた、あなたを涼宮さんに入れえて考えてみてください」

 中庭の対面で小規模なかんせいが上がった。どっかの同好会に入会を決意した一年がいたらしい。

 古泉はふとそちらを見上げ、

「しかし通常の意識外にある部分はそう簡単にだませない。よって無意識のフラストレーションがへい空間とちゆうはんな《神人》を生むわけです。原因が明確なようでそう簡単でもないため、わかりやすい対処方法も見あたりません。実はなくもないのですが──」

 古泉の目がますます細くなる。

「キョン! 古泉くーん!」

 朝比奈さんと身体からだをぴったりくっつかせたハルヒが、中庭のいしだたみみ割らん勢いでずかずかと歩いてくる。

「わわっ、わわわ」

 はばに1.5倍ほどの差があるため、あしをもつれさせる朝比奈さんを、らえたもののようにロックして、ハルヒは委細かまわずスッタカととつしんけいぞく

 レミングばりに新一年生を引き連れてもどってくるかと思っていたが、あにはからんや、手ぶらだ。チャイナとメイドのツープラトンで一ぴきれなかったのか。今年の一年は常識にまみれたヤツばかりと見える。

 ハルヒは予告編をリピートしているモニタ前で止まると、朝比奈さんをきしめたまま、

おもしろそうな入団希望者、誰か来た? 有希んとこには?」

 長門がかすかに首を横に振る気配を感じつつ、俺はつくづくと思う。

「あちこち足を運んでみたけど、ダメねダメダメ。みくるちゃんの美味おいしいお茶が飲み放題よってさそってニヤケづらでうなずくヤツは入団試験の第一段階で不合格にしたわ。女子に寄っていったらみんなげちゃうし、今年は不作かもね」

 コスプレ研究会とちがわれたんだろ。

「でも一人くらいはね、誰か適格者がいるんじゃないかと思うから、これからよっ! これから。キョン! あんたの中学のこうはいで面白いのいない? それから、あたしの中学には絶対いなかったから東中出身は全員不許可よ。言うの忘れてたけどねっ!」

 そう大声を張り上げているハルヒの顔は──。

 やっぱり、どの角度から見ても三重連星のようにかがやかくゆうごうじみたがおだった。

 これ以上まばゆくなりようがないくらいの。



 その日、俺たちは結局何一つ成果を上げられず、のこのこと部室にてつしゆうした。

 朝比奈さんは心からホッとしたように居住まいを正すと、メイドしようのままでさっそくヤカンをコンロにかけてお茶をう態勢に入り、俺と古泉はテーブルやケーブルの片づけプラス設置し直しに全力をくす。

 長門は長門で文芸部のり紙を鼻をかみ終えたティッシュのようにゴミ箱に投じると、宝物をしまうような手つきで会誌の見本をたなに収容し、機械的に部室のかたすみに席を構えてハードカバーを広げた。はなれてはいたものの、俺と古泉がダベっていた話を聞いていなかったとは思えないが、一年前とまったく背格好の変わらない宇宙人製アンドロイドはクールフェイスとミュートモードにしたくちびるを不変のものとしていて、俺を意味なくあんさせてくれる。

 ハルヒは団長席に着くとさんかくすいせんたんに指を乗せ、カタカタとらしながら、

きのいい一年はいなかったわねえ。やっぱりそうさくはんを広げるべきかしら。運動部のほうにいつざいが行ってるのかも。待ってても来ないものね。あみを投げる回数と海域は多くて広いほうがいいわ」

 チャイナドレスからハミ出たあしを組み、新たなるイタズラを考案中のガキ大将みたいな表情をしている。わくわくって感じだ。

 俺的には当てずっぽうで底引き網を投じるより、ピンポイントでねらいを定めて一本釣りのほうが良質の魚をられるように思うが、わざわざ自ら進言してハルヒの新入団員かんゆうそくしん計画に荷担するつもりはない。

「大魚をのがすつもりもないわよ。去年みたいに全部のクラブを見て回ろうかと思ってるの。ほかの部に横取りされる前に押さえておきたいもんね。これだけいるんだし、一人くらいはおいしいヤツがいるはずよ」

 どんな味がする下級生をお望みだ? 焼いてえるヤツならいいんだが。

「みくるちゃん以上にかわゆいとか、有希以上にいいだとか、古泉くん以上に礼節が行き届いているとか、そういうの」

 そりゃかなりの高ハードルだな。だいたいハルヒがまだまともな理由で連れてきたのは朝比奈さんオンリーと言える。自分の眼鏡めがねにかなったえキャラだったって理由のどこがまともなんだという話だが、長門はたまたま乗っ取った文芸部室に付属していただけだし、古泉などただ転校生ってかたきがハルヒのきんせんれただけだ。今年も五月あたりに転校してきた生徒を問答無用で引っ張り込むつもりじゃないだろうな。

「転校生わくは古泉くんでまってるからもういいわ。ゆうしゆうな副団長だし、るいキャラはいらないの。もっと面白いのじゃないとダメ。SOS団は少数せいえい主義だから」

 ハルヒはパソコンを立ち上げると、ほおづえをついてマウスをカチカチさせながら、

「うかつだったわ」

 お前がこつものなのは今に始まったことではない。

「去年のうちから学区内の中学を回って、有能そうなのを青田買いすればよかった。よその高校に団員に相応ふさわしいのが行っちゃったとしたらしすぎるもの。SOS団第三支部を他校に立ち上げよっか? それとSOS団予備部をここいらの中学校に」

 ハルヒのもうそうはとめどなく羽ばたくようだった。俺はためいきつきつき、

「そんなに人数増やしてどうすんだ。アメフトチームでも作るのか?」

「あたしのSOS団はね、もっと世の中に拡張されなければならないの。パソコンのおくする箱だってどんどん大容量になるでしょ? 目標は世界よ。グローバルに生きなきゃ、国際化の進んだこの地球ではやっていけないわ」

 情報化の次は国際化か。俺はこぢんまりとした人生が好きなんだよ。何の資格もない高校生の身の上だ。身の程知らずなまでに世界へと打って出るつもりはない。

 いっそ、将来どっかで私立の学校を設立し理事長の地位についてSOS学園と命名すればいい。生徒は全員、強制的にSOS団団員だ。うーん、考えるだにおそろしい。

「ははん、バッカねえ。法人化なんか論外よ」とハルヒは笑い飛ばし、「あたしたちは営利目的でやってるんじゃないんだからね!」

 これも進歩といえるのかもな。口ではたいげんそういているが、去年のハルヒなら部活説明会に強行参加し、SOS団宣伝ビラを大量印刷して誰彼構わず押しつけて回っただろう。あつ的な生徒会長が目を光らせているせいか、今年はレジスタンス的な地下工作に頭が行っているようだ。

 SOS団の支部を増やすことには乗り気でも、本部人員を安易に増やすつもりはないらしい。どちらかと言えば、不思議現象の情報を持ち寄ってもらいたいと思っている気配である。宇宙人によるアダプテーション経験者とか、ふと気づいたら過去にもどっていた巻き込まれ型タイムリーパーとか、日夜異空間で悪と戦う異能力者現在進行形とか、そんな話を聞きたいにちがいない。

 それはかつて俺も聞きたいと思っていた物語だ。

 そして、今の俺には不必要なものだった。

 古泉のつめ解きに付き合いながら、朝比奈さん特製せんちやのどうるおしながら、長門の背筋のびた読書姿を目のはしとらえながら、俺は思う。

 SOS団に正規の団員はこれ以上増えないだろう、と。

 鶴屋さんのようなめいもんができたり、阪中のような団外関係者が増えたり、他の部をコンピ研よろしくぎゆうったりするような事態があったとしても、誰か新人がこの部室を定宿とする総勢五名からなるメンツに分け入って、そのまま定着するなんてことはなさそうだ、と。

 ただの予感さ。理由なんかない。それこそ天国在住のドクターフロイトかユング博士にでも聞かないと解らないような俺の無意識がそう感じさせていた。



 結果として、その俺の予感は文字通りに半分当たりで、半分は外れることになる。しかし、この時の俺には知るよしもなかった、とじようとうを言っておく。

 まさか、あんなにややこしいことが発生するとは誰にも予想外だっただろう。古泉にも、たぶん長門にも、ひょっとしたら朝比奈さん(大)にまでも。

 下手人の名は明らかだ。他の誰でもない。

 涼宮ハルヒが、それをしたんだ──。

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