編集長★一直線!2

 ハルヒは別人に送られた果たし状を横からもぎ取って戦いの場にやって来たケンカっ早いストリートファイターのように、

「さあ、悪徳会長! どっからでもかかってきなさい。手加減なしのレフェリーストップなし、ロープブレイクなしのナシナシルールでいいわよね!?」

 たけだかに声を放って、窓を背に立つ生徒会長にビシっと指をきつけた。

 一方、会長はめいわくそうな顔をかくそうともせず、

「涼宮くん。キミがどんなかくとうしゆにしているのかは知らないが、私はむざむざ敵が用意した土俵に上がるつもりはない。キミの言うそのルールはばんきよくだ。美しくない。だいたい、生徒会としては、いかなる理由があろうと学内でのとうを許可することはできん。わきまえたまえ」

 ハルヒは会長の顔からよそ見することなく、

「じゃあ何で勝負する気よ。マージヤンにする? すごうでの代打ちを連れてきてもあたしならかまわないわよ。それかパソコンでゲーム対戦はどう? ちょうどいいのを提供してあげるわ」

「麻雀もゲームもなしだ」

 会長はわざとらしく眼鏡を外してハンカチでみがき、またかけ直しながら、

「勝負など最初からするつもりはない。キミたちの遊びに付き合っているヒマなどあるものか」

 ハルヒが勇ましく踏み出そうと足を上げたところを、俺が肩をつかんで止めた。

「待てよハルヒ。お前、俺たちがここにいることを誰から聞いたんだ」

 たずねる俺に、とうそうき出しの眼光が向いた。

「みくるちゃんに聞いたのよ。みくるちゃんは鶴屋さんから聞いたって言ってたわ。あんたが生徒会長に何かで呼ばれたらしいって聞いてピンと来たの。有希と古泉くんも部室にいなかったしね。ははーん、これはついに生徒会が動き出したんだなってすぐに解ったわ。きっとあたしじゃ負けると思ったから、弱いとこからめる気なのね。きような小悪党が使いそうな手よ」

 小悪党呼ばわりにも会長は動じなかった。うっとうしそうにハルヒをながめた長身の二年生は、またもや古泉に文句を言いたげな目をやり、

「古泉くん。キミから説明してやりたまえ。私が長門くんを呼んだ理由を」

「承知しました、会長」

 のんびりしようしていた説明好き古泉が、得たりとばかりに口を開きかけたが、

「説明なんかいらないわ」

 ハルヒはあっさり断った。

「どうせ文芸部をつぶそうとしてイチャモンつけてきたんでしょ。有希が部員でなくなれば部室も使えなくなるもんね。有希は素直ないいだから簡単に言いくるめられると思ったんでしょうけど、それが気に入んない。SOS団がざわりなのなら、こそこそ裏から工作しないで正面から言いに来ればいいのよ!」

 自分のセリフに自分でげつこうするハルヒ。それにしてもやたらとかんのいいところはさすがだった。これでは古泉も解説しようがなくてガッカリだろうと思ってたら、

「説明の手間が省けて助かりました。そういうことなんですよ」

 古泉はあんを装ったようながおくずさずに、

「ですが、話はまだちゆうだったのです。おそらく会長さんにもまだ言い足りないことがあるでしょう。いくら何でも、まったくのゆうもなく正式な部である文芸部を休部に追い込むのは無理があります。生徒会にそこまで強権があるとは思えないのですが、いかがでしょう、会長」

 結局解説しやがった。白々しい三文しばを見ている気分だぜと思って見ていると、会長はますます芝居じみた優等生顔を作った。

「無論、我々生徒会としてもさわぎにはしたくないところだ。文芸部が文芸部としてまともに活動しているのであれば、そもそも何一つ文句などないのだからな。問題視されているのは、何一つ活動していないというところにある」

「部活動強制停止以外に代案があるということでしょうか」と、すかさず応じる古泉。

「代案ではなく、条件だ」

 会長はめんどうくさそうに、

「文芸部として何か一つでもいい、さつきゆうに活動をしたまえ。そうすれば無期限休部のしつこうは一時とうけつしてもよい。部室の存続も認めよう」

 ハルヒは上げていた片足を下ろした。ただし、まだせんとう態勢をした顔と声で、

「やけに物わかりがいいわね。ついでにSOS団も認めてくんない? 同好会をすっとばして研究会あつかいにしてよ。そうしたら部費も配分されるんだったわよね?」

 生徒手帳にはそう書いてあったな。しかしまだ同好会にもなっていない団を二階級特進させるほど会長もヤキが回っていないようで、

「そのような団など私は知らん。正式に存在しない団を部活にんていすることも、とぼしい予算の中から割り当てを生んでやることもできん」

 ゆっくりうでを組む会長は、にらんでくるハルヒの視線をつうに受け止めた。きよせいを張っているわけではないしように、会長は冷やあせ一つかいていない。このゆうはどこから来るんだ?

「私の前であまり団団言わないでもらいたいものだ。いま話題にしているのは文芸部だ。キミたちが無許可でどんな団を結成していようが知るものか。知りたくもないのに私の耳に届けられたのは、それが文芸部の問題にからんでいるからだ。これ以上、私をかいにしないでいただこう」

 だったらほうっておいてくれりゃいいのに、どんな回りくどい手を使ってもハルヒが生徒会室にとつげきするのは時間の問題だった。今日中には飛び込んでいたにちがいない。きっと俺のネクタイをつかんで引きずって行きながらな。

「文芸部の活動だが、当然、何でもいいというわけにはいかん。部室で読書会を開いたり、課題図書の感想文を書く──そんな小学生のような真似まねをしても認められん。私が認めないからだ」

「何をしろっての?」

 ハルヒは眼光をそのままにして、少し首をかしげる。

「キョン、文芸部って本読む以外に何をするところなの? あんた知ってる?」

「知らん」

 とは、俺の正直な胸の内。そういうことは長門に聞いたほうがいいだろうな。

「条件はただ一つ」

 会長は俺たちの会話を無視するように言った。

「機関誌を作ることだ。歴代文芸部はたとえ部員不足になやまされていたとしても毎年一冊は発行していた、と記録に残っている。目に見える活動として一番わかりやすいだろう。文芸部というのは読んで字のごとく、文で芸をする部だ。読んでいるだけでは話にならん」

 すると長門はこの一年まったく部員らしいことをしていなかったことになる。読んでるだけだったからな。……この長門は。

 思わず頭をっていた。旧式パソコンの前で困ったような顔をしていた眼鏡めがねの文芸部員のことをこんなところで思い出したくはない。夜見る夢の中に出てくるだけでじゆうぶんだ。

「不服かね」

 俺の仕草をかんちがいしたのか、会長は自分のほうがよっぽど不服そうな顔をした。

「これが最低限のじようであることを忘れるな。本来なら文化祭時で告知するのが筋だったのだ。ここまで待ってやった私に少しは恩義を感じて欲しい。もっとも、私以外の者ならキミたちを永遠に放っておいたかもしれん」

 俺や長門はともかく、ハルヒだけは放っておいて欲しかったぜ。

「そうはいかない。私は学内改革を選挙公約に唱えて生徒会長選を勝ちいたのだ。知っての通り、それまでの生徒会は生徒会とは名ばかりで、そこに生徒の自主性が入る余地はほとんどなかった。職員室で作られた予定に従い、言われたことをにするだけの空気組織だ」

 会長はたんたんと熱弁を振るう。

「そんな立場からのだつきやくを私は目指す。生徒が望むなら学食のメニューを増やすことでもこうばいの内容をじゆうじつさせることでも、どんなまつなことでも議題にかけ、学校サイドにかけあって実現の道を歩ませようと思っている」

 生徒のためにがんばってくれるのは俺もありがたいが、なら一生徒の願いを聞く手始めに『同好会』や『研究部』の他に『団』ってのを認めるところから初めてはどうだろうか。

「私は真面目な改革をうたもんにしている。そのような不真面目な団を公式に認可すれば、私の名声も地に落ちるだろう。認められるものか」

 俺の要望をきやつして会長は、

「期限は一週間。一週間後の今日に製本をすませた文芸部会誌を二百部用意してもらおう。さもなければかんこく通り文芸部は休部、部室は明けわたしだ。文句はいっさい受け付けない」

 それにしても会誌とはね。文集みたいなものか。

「いいわよ」

 ハルヒは簡単にじゆだくした。それはお前じゃなくて長門が言うべきセリフだぞ。

 むろん長門は何も言わず、言いそうにもなかったからハルヒが代わりに言うのもいいのだが、この場の長門のちんもくはいつものダンマリとは毛色が違うように思われる。

「…………」

 長門はずっと喜緑さんと向き合って、たがいにまったく目をそらしていなかった。長門は無表情、喜緑さんはうすしようで。

 何だか解らんが幸いなことなのだろう、ハルヒはそこにいるのがSOS団の初にしてゆいいつらい人であった喜緑さんであることにまったく気づいていないようだ。会長をめ付けるのにいそがしすぎて書記にまでは気が回っていないらしい。顔を覚えていないのかもしれん。カマドウマを見てないしな。

 ハルヒはあたえられた命題の解読にかかっている数学者のような顔で、

「会誌、会誌ね。それって同人誌みたいなものでいいの? 小説とかエッセイとかコラムとかポエムとかが書いてあるようなやつよね」

「内容に対しては関知しない」と会長。「印刷室も自由に使いたまえ。何を書こうがキミたちの自由だ。ただし、第二の条件がある。作成した会誌は渡りろうにテーブルを設置し、その上に置いておけ。無料配布であるのは言うまでもないが、ただ置くだけだ。客寄せや手渡しは許可しない。バニーガールなどもってのほかだ。あくまで無人で放置し、それで三日のうちに全部数がけないときはペナルティを科す」

「どんなペナルティ?」

 バツゲームには目のないハルヒがひとみかがやかせて身を乗り出す。

 会長はわずらわしそうに、

「その時になったら、おって通達する。だがかくしておいてもらいたい。ボランティア活動の供給元はいくらでもある。何度も言うが、これでも譲歩しているほうだ」

 一方的なお家断絶は悲劇的あつれきを発生させるおそれあり、と会長は考えたらしい。赤穂あこうはんの歴史をひもとかなくてもそんくらいはだれでも容易に推測する。ましてや相手はハルヒだった。会長の首一つで満足するとはとうてい思えない。ヘタすりゃ学校そのものが消し飛ぶ。

 これがきようか譲歩かは後世の判断に任せるが、ともかくかい手段として生徒会側が提示したのが「機関誌の発行」だ。

 機関誌と言っても古泉の背後関係とはまさしく無関係で、ようするに会誌だ。文芸部発行の。というからには文で芸をする部活動的産物を求められているようなのだが、いったいそれはどのようなものなのか。いったい誰が何を書くのか。いや、それよりハルヒがみよううれしそうになっているのをどう見るべきなんだ?

おもしろそうじゃないの」

 新たな遊びを覚えた子供のようなみをハルヒは見せつけた。

「機関誌でも会誌でも同人誌でもいいわ。作んなきゃダメって言うんならやってやるわよ。有希のためだし。文芸部がなくなるのも困るもんね。あの部室はもうあたしのもので、あたしは自分のものを取られるのが何よりもきらいだから」

 ハルヒのうでは俺ではなく、長門のえりくびびた。

「さ、そうと決まればさっそく打ち合わせに入るわよ。有希、奥付の発行人のところはあなたの名前をクレジットするわ。もちろんほかのことは全部あたしがやってあげるから心配しないで。まずは機関誌とやらの作り方を調べに行きましょう!」

 ハルヒは長門の後ろ襟をつかむと、

「…………」

 無言でたたずんでいた長門をまるで風船か何かのように軽々と引き寄せ、ドカンと音を立ててドアを開くと、そのままライフルだんの初速じみた勢いで走り出す。

 俺がり返ったときには宙にいた長門のつまさきだけが見えたが、それもいつしゆんで姿を消して、生徒会室に風のように飛び込んで来たハルヒは、勢力を増した台風となって去っていった。

さわがしい女だ」

 もっともな感想を言った会長が首を振りつつ、かたわらのテーブルに目をやった。

「喜緑くん、キミももういい。退席してくれたまえ」

「はい、会長」

 喜緑さんはなおにうなずき、議事録を閉じてすうっと立ち上がる。しよだなにノートをもどすと会長に軽くしやくして歩き出した。

 俺とすれちがざま、彼女はペコリと頭を下げた。そのまま目を合わさずにハルヒが開け放していったドアから出て行く。最後にふわりとひるがえったかみから、やけにいいかおりがした。思わずクラリとくるような。

 俺が長門と喜緑さんの関係性について思いをはせていると、会長が鼻を鳴らして言った。

「古泉、ドアを閉めろ」

 その口調が先程までとえらく様変わりしているように感じて、俺は会長に目を戻した。

 古泉がドアを閉め、じようまでするのを確認した会長は、手近なパイプを引き寄せると乱暴にこしを下ろし、テーブルの上に足を投げ出した。

 何だ?

 しかしおどろくのはまだ早かった。会長は顔をしかめながら制服のポケットをさぐり、タバコとライターを出したかと思ったら、ひょいと口にくわえて火をつけ、えんをくゆらせ始めたではないか。

 どう考えても生徒会長がしていいこうではなかろう。俺が消防士の放火現場を見つけたような気分になっていると、

「これでいいんだな、古泉」

 会長はタバコをくわえたまま眼鏡めがねを外し、ポケットにう代わりにけいたい灰皿を出してきて、

「ちと予定が変わったが、お前の言うとおりにしてやった。俺にアホな真似まねをさせやがって、まったくめんどうくせえ。こっちの身になれってんだ。くそな声でしやべり通すのもつかれんだぜ」

 けむりいてタバコの灰を灰皿に落とし、会長はそれまで保っていたクールな表情をひようへんさせた。

「何が生徒会長だ。そんなもんになりたくなかったっつーの。いいめいわくだ。しかもやることと言ったらあの頭のニギヤカな女の相手かよ。なんちゅう下らん仕事だ」

 一瞬にしてすっかりヤサぐれた会長は、マズそうにふかしていたタバコを灰皿のふちに押しつけて火を消すと、新たなタバコをひねり出して俺に向けてきた。

「お前もやるか」

えんりよしておきます」

 俺は首を振り、振ったついでに古泉の微笑ほほえみ横顔に視線をした。

「この会長はお前の仲間か」

 だろうとは思っていた。妙なアイコンタクトしてやがったし、文芸部について話があるなら古泉など通さず長門を直接呼び出せばいいことだ。よく考えるまでもなく、俺まで連れてくる理由など生徒会側にはないはずである。

 古泉は俺の視線を受け止め、ひけらかすようながおで答える。

「仲間と言えば仲間ですが、あらかわさんやもりさんのような仲間とは意味合いが異なりますね。彼は『機関』に直接所属しているわけではありません」

 古泉は二本目のタバコの煙をてんじようきかけている会長をいちべつし、

「我々の学内協力者です。ある程度の理由を話して、条件付きで協力してもらっているんですよ。僕や森さんたちがないじんだとすると、彼はがいじんです」

 なにじんでもいいが、しかし何で生徒会長をこんなのがやってんだ?

「それは僕がけっこうな苦労をした結果と言えます。その気のなかった彼を立候補させ、前生徒会がすいせんした最有力候補と票田を争い、多数派工作に明けくれて選挙戦を有利に働かせ、ようやく会長にかつぎ上げることに成功したのですからね。なかなか手間のかかる仕事でしたよ」

 あきれる話だ。

「彼をしゆよく会長選挙で当選させるのに、ちょっとした政党が衆院選の解散総選挙の対策費にかけたぶんと同じくらいの費用が必要でした」

 呆れを通りして気力のける話だ。

「その古泉の話によるとだな」

 会長はげんに煙を吐きつつ、

「涼宮とかいうバカ女が変なことを思いつく前にだ、あらかじめそれっぽいのが生徒会長になっておく必要があったんだとよ。つうこって、俺は生徒会長っぽい顔をしているってだけでこの役をさせられてるんだ。こんなバカげた話があるか。ダテ眼鏡までかけさせやがって」

 もう呆れる以前の話になってきた。

「涼宮さんが思いえがく生徒会長像を総合的に検討したところ、この高校で一番ぴったりだったのが彼だったんですよ。この際、資質は問いません。重要なのはルックスとふんなんです」

 古泉の説明に不覚にもなつとくしかけてしまった。

 眼鏡をかけた長身のハンサムで、意味もなく尊大そうな上級生。生徒会長という立場をかさに弱小文化系部にイチャモンをつけてくるハルヒ的悪者のポジションにいる役回り。

 いかにもハルヒが待ち望んでいたような、手っ取り早い悪役だ。

 だが、ハルヒの思い通りの生徒会長を生み出すのにそんだけ苦労したということは、ハルヒもそんなに万能ではないってことだよな。あいつが本当に全知全能の神様なら、何だって労することもなくやってのけるだろう。お前が苦労して工作したということは、まさしくそうじゃねえか。

「しかし僕たちがふんとうした結果、涼宮さんの望み通りの会長を生み出したのですから、やはり彼女の願望はオールマイティに実現するということでいいのではないでしょうかね。結果的にその通りになっていますから」

 ああ言えばこう言うやつだ。古泉に口でまさるのは鶴屋さんくらいだろう。

 会長はイライラとタバコをもみ消し、

「とにかく古泉。来年は貴様が立候補して生徒会長になれ。涼宮とかが立候補するような事態を防ぎたいと言うなら、今度は自分でやっちまえ」

「さあ、どうしましょうね。僕は割といそがしい身体からだですし、このごろでは涼宮さんが生徒会長でも問題ないような気がしているんですが」

 大問題だろうよ。ハルヒが自ら学校せいふくに乗り出したらどうする。なんだか俺たちまで面倒事に巻き込まれそうな予感があるぞ。北高生徒総SOS団化を計画するかもしれん。あいつのことだ、生徒会長にとって生徒全員は自分の部下であるなどと思い込みかねない。学校のすべてが異空間になりそうだ。

 まあ、まともな投票をする限りハルヒが生徒会長の座につくとは思えないからそれはいい。俺はまだ北高生たちの常識や良識といったものを信じている。古泉が変な真似をしなければ、たとえどんな選挙活動をしようとハルヒが全校生徒のトップに君臨することはないだろう。

 俺はためいきをつきながら、

「つまり古泉、これもお前のシナリオなんだな。文芸部つぶしを生徒会がはかった──と見せかけて、またあいつのひまつぶしのタネをまいたというわけだ」

「まさしくタネだけですけどね」

 古泉はただよってきたけむりを息で飛ばして、

「ここからどうなるのかは未知数です。期日までに会誌が出来上がればよし、もし仕上がらなかったり、条件を満たされなければ……」

 ひょいとかたをすくめる。

「その時はその時で、別の遊びを考えましょう。あなたもブレーンの一人にむかえますよ」

 オブザーバーとしてなら参加してもいいが、自分が背負しよい込むことになる問題を自分で出題する立場などゴメンだな。だいたいそんなことをして何の得になる。

「俺が生徒会長をやっているのはだな、」と不良会長。「これはこれでうまがあるからだ。まずはないしん点。古泉が俺の説得に使った理由でそれが最大のりよくだ。大学受験を有利にしてやるとお前は言った。忘れてんじゃねえだろうな」

「もちろん覚えていますよ。当然、そのように取りはからいます」

 会長はあやしい者に職務質問するような目を古泉に向け、ふん、と鼻から息をき出し、

「だといいがなぁ。やりたくもない生徒会長などめんどうなだけだが、この数ヶ月で多少わかったこともある。今までの生徒会は本当に下らん連中ぞろいだった。あってもなくてもいいほどだったぜ。ってことは、これからいくらでもいじりようがあるってことだ」

 ここで初めて会長はみを作った。少々あくどさを感じるものだったが、冷静仮面よりはよほど人間的な表情だ。

「生徒の自主性を重んじる、ってのはいいお題目だ。かいしやくによってどうとでも取れるからな。特に予算には興味がげきされる。これはこれでなかなかオイシい目にありつけそうだ」

 とんだ会長がいたものだ。さすがハルヒの眼鏡めがねにかないそうなのを連れてきただけのことはある。確かに悪党だ。

「少しばかりの職権乱用は認めますが」と古泉もしれっと、「あまり調子に乗らないでくださいよ。いくら我々がフォローするといっても限界がありますからね」

「解っているさ。教師どもに気取られるようなヘマは打たねえし、しつこう部員の人心しようあくも終わっている。うるさいこと言う前生徒会の残党も適当な理由をつけていつそうしてやったしな。俺にたてく連中はもういねえよ」

 この会長が好きになりかけてきた。ロクでもないことを言いつつ、何やらみような求心力を感じる。この男ならついていってもだいじょうぶかという気にもなるのだが……。

 不意に鶴屋さんの顔が警告音とともにのうかび上がった。ろうで出会った彼女のセリフは今や明快だ。あのえいびんな第六感を持つ人は、今期の生徒会やこの会長にひそむ裏面があることをさとっている。生徒会のスパイ──そりゃ俺じゃなくて古泉でしたよ、鶴屋さん。スパイどころか黒幕でした。

 この会長が私腹を肥やそうが悪行ざんまいしようが別にかまわないが、万が一ハルヒがそれに気づいたりしたらそくにリコールをくわだてて次期会長に鶴屋さんをすいせんするかもしれない。そして鶴屋さんも大笑いしながら共にとつしんするような気がする。そうなれば自動的に俺も古泉もハルヒサイドにつくことになり、会長はしつきやくだ。

 やっぱりかげながらかつやくいのらせてもらうだけにするよ、会長さん。俺たちの見えないところで何なりとやっておいてくれ。

 まあ俺が言わずともそうするつもりだろうし、ちょくちょくハルヒにちょっかいをかけてくる役を演じるのだろうが、つつく角度だけはちがえないで欲しいものだ。



 古泉と肩を並べて生徒会室を出て、部室にもどる校内を歩きながら、俺はたずねておかねばならないことを思い出した。

「会長にお前の息がかかっていることはよく解った。それで書記のほうはどうなんだ? あの喜緑さんは、彼女もお前の協力者か?」

「違います」

 古泉は何でもなさそうに、

「喜緑さんはいつのまにか書記のポストにいていました。本当に気づいたらそこにいたので、それまでまったく気づかなかったくらいですよ。現生徒会の初期段階では別の生徒が書記に任命されていたような気もするんですけどね。後から調べてみたところ、すべての文書記録には最初から彼女が書記であったかのようにさいされていました。おくもです。会長をふくめてだれひと疑問を持っていません。かいざんされたのだとしても常識外の改竄です」

 常識外ならもっとおどろきを持って話したらどうだ。

「その程度で驚いていては、もっと驚くべきことが起こったしゆんかんに心停止するかもしれませんね」

 ゆうゆうと歩きながら古泉は廊下の窓へと顔を向け、

「喜緑江美里さんは長門さんのお仲間ですよ。まず間違いなくね」

 そうだろうなとは思ったさ。カマドウマの時にらいに来た喜緑さん、あれはあまりに都合がよすぎた。それだけなら長門が全部根回ししてくれたんだとなつとくしてもよかったが、今回の様子からしてさっきの出会いはぐうぜんじゃなかろう。どのくらいの仲間なのかが気がかりなんだ。

「朝倉りようのこともありますしね。しかしその点はそう心配することもないでしょう。喜緑さんと長門さんは割合に近い関係にあるようです。少なくとも敵対はしていません」

 なぜわかる。仲がよさそうには見えなかったぜ。悪くもなさそうだが。

「我々『機関』の情報収集能力を少しは評価してもらいたいですね。多いとは言えませんが、『機関』は長門さんと同様のTFEI何人かとせつしよくし、意思のつうはかっています。彼らは決して協力的ではないものの、会話の断片から推論を働かせることができます。どうやら喜緑さんは情報統合思念体の内でも長門さんとは別の流派からけんされているらしい。しかし朝倉涼子と違い、こうげき的でないことも解っています」

 こんなことを世間話のように言う古泉も聞いている俺もどうかという気はするが、今に始まったことでもないから俺も古泉も気にしたりはしない。

 にしても宇宙人にも色々あるのは知ってたが、それが喜緑さんだったとはな。生徒会室でいかり心頭化していた長門をいさめたような気配からして、おん便びんな一派なんだろう。

「たぶんね。彼女をじように意識する必要はないと判断しています。僕が思うに、喜緑さんは長門さんのお目付役ですよ。いつからなのかは知りませんが、今はそのような役割に落ち着いているようです」

 古泉は遠足で山を登っている最中のような声で言い、俺もそれ以上ついきゆうしなかった。長門に関しては俺の中にも思い出がいろいろある。それは出来れば秘めておきたいことのほうが多い。いくらSOS団の一員とはいえ、古泉に何度も説明してやるものでもないさ。一人で思い出すだけなら何度でも記憶を再生してやるんだが。

 なんとなくだまりこくって俺は部室とうへの歩みを早め、古泉も口を閉ざしてついてくる。

 ばやにヘンテコな情報をインプットすると、どうしても後から聞いたほうが残存する。

 だから、忘れていたわけじゃないんだ。

 長門をかっさらうようにして飛び出していったハルヒが中にいるだろうってことを。

 ただちょっとぼんやり考え事をしていただけさ。アウトローな生徒会長とか喜緑さんのこととか。

 文芸部のドアを開けた俺は、ハルヒのいつかつによって白昼夢から戻された。

おそいわよ、キョン! 古泉くんもっ。何してたの? もう、時間は限られているのよ! 手早く取りかからないとダメじゃないの!」

 非常にうれしそうなのは今に限ったことではなく、何でもいいからゴール地点のある目標を目指すと決めたハルヒは必ずこんな顔をするのである。

「文芸部が作ったっていう会誌を必死になって探しちゃったわ。有希に聞いても知らないって言うしさ」

 その長門はテーブルのすみっこでポツンと席に着いている。じいっと見つめているのは、コンピュータ研が置いていったノートパソコンの画面だった。

「あのぅ……」

 困っている顔の朝比奈さんがメイドしようでもじもじと立っている。

「本を作るんですか? あたしたちがですか? その、どんなのを書けばいいんでしょうか……」

 これも忘れていたわけじゃないんだ。生徒会長に言われた文芸部の会誌作りをハルヒは丸飲みした。それは長門のためである。長門はゆいいつの文芸部員で、実はそれ以外のメンツは部外者にもかかわらず部室をせんゆうしている学内非合法組織のメンバーであり、しかしそんな団の団長がオーケーしてしまったからには会誌作りはSOS団の連帯責任となり、つまり責任のいつたんは確実に俺の頭上から降り注ぎ、会誌というのは誰かが何かを書かねば成立しないものである以上、その誰かとは俺を含めた団員以外にいなかった。

「さあ、これを引いてちょうだい」

 折りたたんだ紙切れが四つ、ハルヒのてのひらの上に乗せられていた。教室でせきえするときのような紙のクジ。いったいこのクジで何を決めるのかといぶかりながらも俺はその一つを指でつまんだ。たんにニヤリとするハルヒ。

 古泉がおもしろそうに、朝比奈さんはビクビクと紙切れを手に取り、ハルヒは最後のクジを長門にわたすと、

「そこに書いてあるものを書いてちょうだい。それを会誌にせるから。そうと決まったからには早く席について! しつぴつに入ってちょうだい!」

 俺はイヤな予感に頭頂部をつらぬかれながら、ノートの切れはしで作られた紙のクジを開いていく。ハルヒの文字がけ作りされたばかりの魚のようにおどっていた。

れんあい小説」

 口に出して読み上げてみた。そしてすぐさまなやみに入る。恋愛小説だって? 俺が? そんなものを書くのか?

「そうよ」

 と、ハルヒが人の弱みに付け込む策略家のようなみで、

「公明正大なクジ引きで決まったことよ。文句はいっさい受け付けないわ。さあ、何してんのよ、キョン。さっさとパソコンの前に移動しなさいよ」

 見ると、テーブルには人数分のノートパソコンが置かれて起動状態にあった。用意がいいのは手間がかからなくていいのだが、書けと言われてほいさっさと書けるか。

 自分が手にしている紙切れをピンのけたしゆりゆうだんのように思いつつ、

「古泉、お前は何だった?」

 できればこうかんして欲しいと思ったあげくの救いを求める問いかけだったのだが、

「ミステリー……とありますね」

 古泉はもとのさわやかスマイルで答え、特に困った顔をしていない。例によって困り顔の朝比奈さんが、

「あたしは、童話です。童話っていうのは子供向けの、ええときをよくするためのお話でいいんでしょうか?」

 俺に聞かれても答えようがない。しかしミステリーに童話か。恋愛小説とどっちがマシだ?

 俺は長門に目を向ける。静かに紙切れを開いていた長門は、俺の視線に気づくとヒラリと手首を返してハルヒの元気文字を見せてくれた。そこには「げんそうホラー」とある。

 幻想ホラーとミステリーのちがいがよくわからないが、

「少なくとも恋愛小説でなくてホッとしました。それはちょっと、僕には書けそうにありませんから」

 古泉は俺の神経を逆なでするようなことを言い、あからさまにあんしているようだった。どうして安心できるのかコツを知りたい。

「簡単ですよ。僕の場合、去年の夏か今年の冬におこなったミステリゲームを、あたかも本当の事件であったかのようにノベライズすればいいのです。もともとあれは僕のシナリオでしたから」

 すずしい顔で古泉はテーブルに向かい、ゆうの顔つきでノートパソコンを操作し始める。長門はえきしように目を落としたままピクリともしていない。幻想ホラーとは何かと思案しているのかもしれないし、喜緑さんのことを考えているのかもしれなかった。

 何の説明もなかったのだろう、朝比奈さんは目の中にハテナマークを散らしておろおろするばかりであり、それは俺もそうだった。よく考えてみよう。紙切れのクジは四つだった。SOS団は総勢五人である。

「ハルヒ」

 俺は、しようガスを吸い込んだ仁王像のように立っている団長に、

「お前は何を書くんだ?」

「そりゃ、何かは書くわよ」

 ハルヒは団長机に座ると、置いてあったわんしようを取り上げた。

「でもね、あたしにはもっと大切な仕事があんの。いい? 本を作るには色々な作業があるらしいの。かんとくする人がいるわけよ。あたしがそれをやってあげようっていうの」

 すちゃっと腕章を装着したハルヒは、ごうぜんと胸を反らして言い放った。

「今日から一週間、あたしは団長であることを一時ふういんするわ。ここは文芸部なんだから、違う役職のほうがふさわしいからね」

 さんぜんかがやく新しい腕章がすべてを物語っていた。

 こうしてハルヒは勝手に自分を編集長に自選し、ほうに暮れる俺と朝比奈さんを無視してかいえんを上げた。

「さあみんな! キリキリ働きなさい! 四の五の言わずにとにかく書くの。おもしろいものをね」

 ハルヒは団長席にふんぞり返って、あわれな団員たちをへいげいした。

「もちろん、あたしが面白いと思うものじゃなきゃダメよ」



 というわけで──。

 その日から一週間、文芸部の部室にじようちゆうする俺たちは、やにわに文芸部的な活動にいそしむことになった。

 けなさのさいせんたんを走っているのは朝比奈さんだった。童話に決まったのは彼女らしくていいのだが、いきなり書けと言われてすんなり書けるようならだれだって簡単に童話作家になれる。

 それでも朝比奈さんは努力家だった。図書室から借り出してきた本をテーブルに山積みにしてしんけんな顔で読みつつ、ところどころにポストイットをり付けつつ、せっせとえんぴつを動かしている。

 いっぽうのハルヒはまん研究部から資料として借りてきた同人誌をながめてニヤニヤしているか、団長机のデスクトップパソコンでネットをさまよっているかがメインの仕事になっていた。

 朝比奈さんは着々とげん稿こうを提出し、ハルヒは着々とぼつにし続ける。

「うーん」

 ハルヒはもっともらしくうなりながら、へろへろになった朝比奈さんが出してきた何度目かの原稿を読み終え、

「だいぶマシになってきたけど、やっぱりインパクトに欠けるわねえ。そうだわ、みくるちゃん、さしをつけてみなさいよ。絵本みたいな感じにするわけ。パッと見てえもよくなるし、文章だけじゃ出せない味も出てくるわ」

「絵ですかあ」

 さらなる無理難題に朝比奈さんは泣きそうである。しかしハルヒ編集長が一度言い出したことをくつがえすのはなみたいていのことではなく、朝比奈さんは今度はこしこしと絵をくはめにおちいった。

 これまたな朝比奈さんは、美術部に出かけてデッサンのレクチャーを受けたり、漫研まで出向いて四コマの書き方を学んだりと、何もそこまでせんでもと言いたくなるほどのがんばりを見せ、当然お茶を入れる余裕もないため、しばらく俺は自分か古泉の入れた味もそっけもない緑茶をもくもく飲みつつ、ただ時間をに過ごしていた。

 よりにもよってれんあい小説はないだろうよ。ねこの観察日記ならネタがいくらでもあるんだが。

 快調に筆が進んでいるのは古泉のみで、長門ですらたまにキーを押すくらい。ゲーム対戦の高速タッチタイピングがうそのようだが、どうやら頭にある情報を言葉に置きえるのはあまり得意ではないらしい。無口なのはそのあたりに理由の一片があったのかと思い始め、それでも長門の書くげんそうホラーとやらに興味を引かれてディスプレイをのぞき込むと、

「…………」

 長門はすっとノートパソコンを横に向け、俺の目からディスプレイを守って無表情に見上げてきた。

 いいじゃないか、少しくらい。

「だめ」

 長門はポツリと言い、俺が覗こうするたびにパソコンの角度をぜつみようなタイミングでさっと変える。何度ためしても無理だった。ちょっと面白くなりかけていた俺は、しばらく長門の後ろで反復よこびをしてみたが、反射神経で長門にまさることはできず、ついに、

「…………」

 無言の視線を直角にしてくる長門にあっさりげき退たいされるに至った。俺は自分の席にもどり、一文字も書けていないワープロソフトの白い画面をかんする作業に移り──。

 まあ、ここんとこ部室でり広げられるのは、そんな感じの数日間だ。



 いささかまりになってきたので、ややフライング気味になるが、ここで気分てんかんもかねて朝比奈さんの童話絵本を先取りしてしようかいしておこう。

 編集長ハルヒによって没の連続にあい、絵をつけることを命じられ、なやみ続けた朝比奈さんの作品は、言葉選びに四苦八苦する様を見かねた俺の助言に加え、ついには編集長自らの手で加筆修正されて完成した。

 まあ、とりあえずらんいただこう。



—————————————————————————————————————


 そんなに昔のことじゃないんですけど、今よりは前にあったお話です。

 とある小さな国の森のおく深くに、いつけんの山小屋がありました。

 そこではしらゆきひめが七人のこびとさんといっしょに住んでいました。

 その白雪姫は追い出されたんじゃなくて、自分でお城を家出して来たのです。お城の生活はあんまりおもしろくなかったみたいです。小さな国でしたが彼女もお姫様なので、ゆくゆくは政略結婚の道具にされるのが決まってました。そんなのイヤですよね。白雪姫もそうだったんです。

 だけど森の暮らしもだんだんきてきます。

 こびとさんたちのおかげで衣食住に困ることはありませんでしたし、森の動物たちとはすっかり仲良しになりましたが、お城はお城であれでよかったのかな、と思うようになりました。

 わがまま言って飛び出してきたけど、お城にいたのはいい人ばかりでした。政略結婚もしかたがないのです。ぐんゆうかつきよするその時代、小国が生き延びるには強いところにひとじちを送って同盟を結んでおかないといけません。



 同じころ、森の近くにある海で泳いでいた人魚が、難破した船から投げ出された王子様を助けていました。

 人魚は王子様を岸まで運びますが、気絶した王子様はずっとねむり続けています。何をしても起きません。困った人魚はしらゆきひめのところにつれて行くことにしました。

 白雪姫とは彼女が森に来たときから友達づきあいをしていました。人魚は白雪姫から「おもしろいものを見つけたら持ってくるように」と言われていたことを思い出したのです。

 人魚は人のいいじよさんにビレを足に変えてもらうと、意識を失った王子様をこびとさんの小屋まで背負っていきました。

 人魚のつれてきた王子様を見ても、白雪姫はあまり喜びませんでした。彼女の思う面白いものとはちょっとちがっていたからです。眠り続けたままの王子様は面白いことをしてくれませんし……。

 それでも最初のうちは看病することが面白かったのですが、白雪姫はやっぱりだんだんつまらなくなってきます。だって全然目を覚ましません。がおを見ているのもきちゃいました。

 強くたたいたら起きるかしら、と考え始めていたとき、白雪姫のもとにお城から急使が来ました。

 その使者は言いました。となりだいていこくがとつぜん大軍を動員して国境を越え、お城を包囲してしまった、このままでは遠からずかんらくする、いやもう陥落したころだろう、と。

 大変です。



 それを聞いたしらゆきひめは、いつまで待っても起きない王子様の看病を人魚に任せると、七人のこびとさんをつれて森を出ました。まず向かったところは険しい山です。そこには世捨て人となった軍師さんが一人で住んでました。本当なら三回訪ねないと仲間になってくれないのですが、白雪姫はこびとさんたちに命じて軍師さんをつかまえさせ、さんぽうちように任命しました。軍師さんは苦笑いしてましたが、「まぁ、いいでしょう」と言って白雪姫に忠誠をちかいます。

 こうして合計九人となった白雪姫一行は、山を下りるやいなていこくぐんがまだ来ていない町や村をめぐって義勇兵をつのりました。大帝国の軍勢をやっつけるには全然足りない数しか集まりませんでしたけど、白雪姫は反帝国の旗印をかかげてお城を目指します。げいげきに来た帝国軍を次々打ち負かし、各地で連戦連勝してついにお城をだつかいてつ退たいした帝国軍を追撃してかいめつさせると、そこからぎやくしんこうしてあっというまに帝国をほろぼし、自分の国の領土にしてしまいました。びっくりです。

 それだけで終わらなかったんです。白雪姫と軍師さんと七人のこびとさんたちは、大軍を結成して大陸全土をけめぐり、いろんな戦略やいんぼうをつかって大陸を統一してしまいました。戦国の時代が終わり、平和な天下たいへいの世がおとずれました。



 もうすることがなくなったしらゆきひめは、あとのことを軍師さんに任せて森に帰ることにしました。政略結婚の心配はなくなりましたけど、お城にもどっても退たいくつな毎日です。それなら森で自由に遊ぶほうがよかったのです。

 七人のこびとさんと小屋に戻った白雪姫は、王子様がまだねむり続けているのを見てびっくりします。すっかり忘れていたのです。

 あ、その間、人魚はちゃんと王子様の看病をしてましたよ。

 白雪姫は森のくまさんがおいに持ってきていたリンゴをにぎると、それで王子様の頭をたたきました。

「いつまでてるのよ、さっさと起きなさい」

 王子様が目を覚ましたのは、それから三日後のことだったそうです。

 その後のみなさんがどうなったのか、まだだれも知りません。

 でも、きっと、みんな幸せになったと思います。そうだったらいいなと思います。


—————————————————————————————————————



 ……何というか、朝比奈さんらしいと言うか、昔話をごちゃごちゃにして戦記物を混ぜ込んだようなぐうだが、必死な感じだけは我が事のように伝わってくる。これだけやってくれたらもうじゆうぶんだ。どの辺にハルヒの手が入っているかは想像に任せよう。

 さて、朝比奈さんの心配はいいとして、問題は俺にあたえられた課題がいまだ手つかずなところである。だいたい俺に小説を書けってのが最初からして無理筋で、しかも恋愛がテーマときた日には、これはもう無理を通りして見知らぬがいねんの世界だ。どうしたものだろうね。

 その一方で、意外にもハルヒは割に編集長らしい活動に従事していた。

 俺たち四人分の原稿ではページ数が不足する、バラエティにも欠けると言い出したハルヒは、とうとうライターを外注しゆうする手段に出たのである。

 まっ先にじきとなったのは谷口と国木田で、続いて鶴屋さんとコンピュータ研部長がハルヒの設定したりをかかえる身分となった。

 ハルヒ的にはその全員が準団員みたいなものになっているらしいが、文芸部とはまったくの無関係だろうに。

 しかし俺に同情するヒマはなく、むしろ俺が書かされる負担が消えてくれたらそのほうがいい。ハルヒが俺の文章的とうぼうのがしてくれるとは思えないが。

 悪ぶった生徒会長の設定した期限がこくこくとせまる中、谷口の上げる、「何で俺がおもしろ日常エッセイなんかを書かんといかんのだ!」というえんの声と、「まあまあ谷口。僕の科目別役立ち学習コラム十二本よりマシじゃないか」という国木田のゆうちような声を耳にき刺しながら朝のホームルームを待っていたある日。

 俺よりおくれて登校してきたハルヒは、おはようも言わずにコピー用紙を突きつけた。

「何だよ」

「昨日、帰りぎわに有希が出してきたげん稿こうよ」

 ハルヒは外れた歯のものみがいつしよに飲み込んだような顔をして、

「もらってから家でもじっくり読んでみたんだけど、なんだか変な小説なのよ。幻想的だしホラーと言えばホラーだけど、評価に困っちゃうわ。分量もショートショートくらいしかないしね。ちょっと、あんた読んでみてよ」

 言われずとも長門の書く文章ならいくらでも読んでみたいさ。

 俺はハルヒからコピー用紙を受け取ると、印字された文章を目で追い始めた。




『無題1』   長門有希


 自分はゆうれいだ、と言う少女に出会ったのは××××ほど前のことだった。

 私が彼女に名を問うと、彼女は「名前はありません」と答えた。「名前がないから、幽霊なのです。あなたも同じでしょう」そう言って少女は笑った。

 そうだった。私も幽霊だったのだ。幽霊と会話できる存在がいるとしたら、その存在も幽霊なのである。今の私のように。

「それでは行きましょう」

 彼女が言うので、私もついていく。少女の足取りは軽く、まるで生きているように見えた。どこへ行くのかとたずねた私に、少女は足を止めてり向いた。

「どこへでも行くことはできます。あなたの行きたい場所はどこですか?」

 私はしばらく考え込んだ。私はどこに行こうとしていたのだろう。ここはどこだろう。なぜ私はここにいるのだろう。

 ただ立ちつくす私は、少女の暗いひとみを見つめるしかなかった。

「××××へ行こうと思っていたのではないですか?」

 解答を出したのは少女だった。その言葉を聞いてようやく、私は自分の役割を知った。そうだ。私はそこに行こうとしていたのだ。どうして忘れていたのだろう。こんなに重要なことがらを、私が生きて存在するその意義を。

 忘れてはいけないことだったはずなのに。

「では、もういいですね」

 少女はうれしそうに微笑ほほえんだ。私はうなずいて、彼女に感謝の言葉を述べた。

「さようなら」

 少女は消えて、私は残された。彼女は彼女の場所へともどったのだろう。私が私の場所へ戻ろうとしているように。

 空から白いものが落ちてきた。たくさんの、小さな、不安定な、水のけつしよう。それらは地表に落ちて消えゆく。

 時空にあふれているせきの一つだった。この世界には奇蹟がありふれている。私はずっと立ち止まっていた。時間の経過は意味をなさなくなっていた。

 綿を連ねるような奇蹟は後から後から降り続く。

 これを私の名前としよう。

 そう思い、思ったことで私は幽霊でなくなった。



「はうむ……?」

 そこまで読んで顔を上げた。

 朝のホームルーム前、級友どもがちゃくちゃくとやってくるいつもの風景が教室内に広がっている。これもいつもならハルヒは俺の真後ろの席で窓の外をながめているか、シャーペンで俺の背中をつっついたりしているのだが、この時のハルヒは首をばして俺の手元をのぞき込み、困ったような、それでいて考え込むような顔で俺が持つコピー用紙の文字を目で追っていた。

 まあ、俺もハルヒと似たり寄ったりの顔をしていることだろう。

 そうなるだけのものが書いてあったからな。朝一番に読まされるには、少々難解すぎるような気がするぜ。

 確か、長門が引いたクジには『げんそうホラー』とあったはずだ。

 俺は長門の小説から上げた目を、横にあったハルヒの横顔に向けた。

「おいハルヒ、俺は幻想にもホラーにも明るくないが、最近の幻想ホラーとはこういうものなのか?」

「あたしもよく知らないわ」

 ハルヒはあごに手をかけて、判断に困るものを書いてきた作家を前にした編集者のように首をかしげた。

「幻想的だとは思うけど、ちっともホラーじゃないわよね。でも、うーん。有希らしいと言えばそんな感じ? ひょっとしたら、有希はそういうのがこわいのかもしんないしさ」

 長門がきようを感じる対象なんかがあるとしたら、俺にしてみりゃ最大さいきようの恐怖となるだろう。さすがにそんなもんには出てきて欲しくないな。たとえ小説の中であろうと。

「ところで、お前」

 俺はハルヒのこんわく顔をしんせんな思いで眺めつつ、

「幻想ホラーが何かも知らんのに、そんなもんを書かせようとしたのか。少しは考えてジャンルを決定しろよ」

「考えたわよ。少しね」

 ハルヒは俺の手から一枚目のコピー用紙を取り上げて、

「ただのホラーじゃおもしろくないと思ったから幻想をつけたの。クジに書いたあのジャンルだってじゆくりよした結果よ。ミステリーと童話とれんあい小説──ときたら、あとはホラーでしょ」

 SFがけてるぜ。それにそのジャンル選定に三秒以上考えたとは思えんな。適当に思いついた順に書きなぐっただけだろう。

 ハルヒは小さく笑い、

「できるだけミスキャストで変なのを書かせようと思っただけよ。SFなら有希が得意そうだし、それじゃつまんないでしょ?」

 思わずギクリとし、俺は見えざる手で胸をなで下ろした。それがSFになるのかどうかはともかく、長門なら宇宙的なものをさらりと書いてしまうかもしれない。なんせ宇宙人だ。もしやハルヒが気づいているのかと思ったのだが、長門の蔵書内にSFが数多くふくまれていることはハルヒにも自明だから、こいつが長門の得意分野を知っていても不思議はない。

 いや待てよ。だったらミステリだって似たようなもののはずだが。

「うん、できればみくるちゃんかあんたにミステリー書いて欲しかったわ。どんなとつぴようもないものを出してくるのか興味があったから。SFだと突拍子なさすぎても何だって許されるところがあるもん、だからよ。断腸の思いでけずったわけ」

 それはへんけんだろうと言い返したいところだったが、今さらクジ引きの内容や結果にイチャモンをつけても時間はリセットされない。目下のところ俺の義務となっている『恋愛小説』なるしつぴつ命令が解除されることもないだろうし、ついでに言えば、ミステリーも童話も幻想ホラーも俺には書けそうになく、かといって恋愛小説ならマシというわけでもない。ただ、SFならばちょっとは経験則がいかせたかもな。もっとも、俺の実体験をそのままハルヒ編集長に教えてやろうとは思わないが。

 ハルヒは長門の幻想ホラーSSシヨート・シヨートをひらひらさせながら、

「ま、古泉くんにミステリーが当たってよかったわ。やっぱ、最低一個くらいはまともに読めるものがないと会誌になりそうにないしさ。をてらってばかりいると読者にげられちゃうもんね」

 こいつ、文芸部会誌をこのまま定期刊行化させるつもりじゃねえだろうな。今回のこれはあくまで生徒会長のいんぼうをくじくためのきんきゆうだ。思い出させてやる必要があるかもしれない。SOS団は文芸部をどうこんしているのではなく、文芸部に寄生しているだけなんだぜ。

「わかってるわよ、それくらい。あんたに教わることなんか学校の内外を問わず何一つ思いつかないくらいよ。なぜならあたしは団長で、あんたは団員その一だからね」

 ハルヒはじろりと俺に視線を浴びせ、

「そんなことはいいのよ。有希の小説には続きがあるの。二枚目も読んでちょうだい」

 俺は自分の手に残っていたコピー用紙に目を落とし、長門の手書きかと思うくらいにれいみんちようたいで印字された文章を読み始めた。




『無題2』   長門有希


 その時まで、私は一人ではなかった。多くの私がいる。集合の中に私もいた。

 氷のように共にいた仲間たちは、そのうち水のように広がり、ついには蒸気のように拡散した。

 その蒸気のいちりゆうが私だった。

 私はどこにでも行くことが出来た。様々な場所に行き、様々なものを見た。しかし私は学ばない。見るだけのこう、それだけが私に許された機能だ。

 長い間、私はそうしていた。時間は無意味。いつわりの世界ではすべての現象は意味を持たない。

 しかし、やがて私は意味を見つけた。存在の証明。

 物質と物質は引きつけ合う。それは正しいこと。私が引き寄せられたのも、それがカタチを持っていたからだ。

 光とやみじゆんと常識。私は出会い、それぞれと交わった。私にその機能はないが、そうしてもよいかもしれないことだった。

 仮に許されるなら、私はそうするだろう。

 待ち続ける私に、せきは降りかかるだろうか。

 ほんのちっぽけな奇蹟。



 二枚目はこれで終わっていた。

「ううむむ……」

 俺は首をひねりつつ、何度となく読み返す。ホラーでもなければげんそうホラーともいいがたく、どうも小説ですらないような気もするが、あえてどちらかと言えば私小説っぽい。あるいは何かの感想か、単に思いついた言葉を並べ立てただけのようにも思える。

 長門の小説か……。

 読みながら、俺は別のことを考えていた。どうやっても忘れることなどできそうにない、あの去年の十二月のこと。そして、あの中身がちがってしまった長門のことをだ。あの時、文芸部にいた長門なら、ひょっとしたら小説を書いていたのかもしれない。旧式のパソコンで、たった一人の部室の中で……。

 俺のちんもくと、思案顔をどう思ったのか、ハルヒは二枚目のコピー用紙を俺の指から取り上げ、

「それが最後、三枚目よ。読めば読むほどわからない話だわ。ぜひあんたの感想を聞きたいところ」




『無題3』   長門有希


 その部屋には黒いかんおけが置いてあった。ほかには何もない。

 暗い部屋の真ん中にある棺桶の上に、一人の男が座っていた。

「こんにちは」

 彼は私に言う。笑っていた。

 こんにちは。

 私も彼に言う。私の表情はわからない。

 私が立ち続けていると、男の後ろに白い布がりた。闇の中、その布はあわい光に包まれていた。

おくれてしまいました」

 白い布が言った。それは、白く大きな布をかぶった人間だった。目にあたるところが丸く切り取られ、黒いひとみが私を見ている。

 中にいるのは少女のようだった。声で解った。

 男が低い声で笑った。

「発表会はまだ始まっていません」

 男は棺桶の上から動かない。

「まだ、時間はあります」

 発表会。

 私は思い出そうとする。私はここで何を発表するのだろう。あせる。思い出せない。

「時間はあるのです」

 男は言う。私に微笑ほほえんでいる。白い少女のオバケは楽しそうに舞っていた。

「待ちましょう。あなたが思い出すまで」

 少女は言う。私は黒い棺桶を見つめた。

 一つだけ、私は目的を覚えていた。

 私の居場所は棺桶の中だった。

 私はそこから出て、再びそこにもどるために帰ってきたのだ。棺桶には男がこしけている。彼が立ち退かないと、私はそこに入れない。

 しかし私には発表することがない。発表会に参加する資格がないのだ。

 男は低い声で歌い始めた。白い布のまいに合わせるように。

 彼が立ち退かないと、私はそこに入れない。



「……んー。こりゃ、困りもんだな」

 三枚目を机に落として俺はハルヒに同情した。

 さすが長門、わけのわからないものを書いてくる。幻想ホラーというお題を完全に無視しているようにも思えるし、これでは小説と言うよりはほとんどポエムだろう。

「ただのポエムにも見えないけどね」

 ハルヒは三枚のコピー用紙を重ねて、自分のかばんにしまい込みながら、

「ねえキョン。あたしね、有希がこれを考えもなしに書いたとは思えないのよ。きっと、これには有希の内面が反映されてんじゃないかと思うわけ。ゆうれいとか棺桶とかって、何のあんだと思う?」

「俺に解るわけがないだろ」

 そう答える俺だったが、実はなんとなくレベルで読みとれているような気がしていた。この小説に出てくる『私』が長門だってのは異論がないと思う。他の登場人物は『幽霊の少女』と『男』と『オバケ少女』だが、幽霊とオバケは同一人物くさく、これまたなんとなくだが、男は古泉っぽくて少女は朝比奈さんのような感じがする。とりあえず手近にいる人間を作中人物のモデルにしたのかもしれない。俺とハルヒが出ていないが、だからと言って出演志願をするほど、俺は自意識じようではなかった。

「いいんじゃねえか」

 俺は窓の外をながめ、無人のテニスコートを見下ろしながら、

「長門が気ままに書いた小説だろ。小説から作者の内面を読みとろうとするなんざ、めんどうなだけさ。そんな問題は現国の試験だけで間に合っている」

「まぁね」

 ハルヒも窓の外を見ていた。季節はずれの雪でも降らせないかと、雲を観察しているような目だったが、やがて俺に向き直って春の花のようながおとなった。

「有希のぶんはこれでオッケーにするわ。どこをどうリテイクしたらいいか見当つかないもんね。古泉くんは順調に書いてくれているみたいだし、みくるちゃんの絵本もメドがつきそう」

 その笑顔が団長から編集長のものへと変化する。

「んで? あんたのは? まだプロローグももらってないけど、いつ完成するわけ?」

 忘れていることを期待していた俺がちがっていたようだ。

「言っとくけど」

 ハルヒは不気味なほどニコニコと、

「あんたが書くのはちゃんとした小説よ。もちろんれんあいものじゃないとぼつよ、没。ホラーでもミステリでも童話でもなくてね。変にゴマかそうたってそうはいかないわよ」

 俺は救いを求めて教室を見回した。

 実はまだ一文字も書いていない。当たり前だ。どのつらげて恋愛小説なんかを書かねばならんのか。その疑問は現在、インフルエンザウイルスに対するていこう力以上に俺の体内をけめぐっている最中であり、同じく一文字も書いていないだろう仲間の谷口と国木田をえんぐんしようへいしようとして、さっきからこちらを眺めつつこそこそ密談していた我が友人二人組がそろって目をらし、どうやらこのままでは友軍ともどもハルヒにげきされそうだと十字を切りそうになったとき、やっと始業のチャイムが鳴ってくれた。

 こうして目先の重責は一時かいされ、されただけでげおおせたわけではないのだが、ともかく俺は数十分の時間かせぎに成功した。

 しかしお前、恋愛小説って。

 一限目の授業をに受けているフリをしながら、俺はチャレンジャーかいえんに落ちていくちんぼつ船程度に深く考え込んでいた。

 さて、何を書く?

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