朝比奈ミクルの冒険 Episode00

 彼女の名は朝比奈ミクルと言い、ごくつうけな可愛かわいらしい少女であるが実は未来人である。どこかで聞いたような名前を持つ朝比奈みくるという人物とは単なる他人の空似に過ぎず、そこに同一性はないことをあらかじめ断っておきたい。

 それはさておき、朝比奈ミクルの正体は未来から来た戦うウェイトレスである。なぜウェイトレスが未来から来るのか、なぜウェイトレスのふんそうをしなくてはならないのか、そのようなことはまつな問題に過ぎず、たんてきに言えば何の意味もない。ただそうなっているからであるとしかここでは説明不能であり、そこに有意性を持たせることの出来る人物は存在しないであろう。

 ……どこかからだまする天の声がそのように主張しているだけだからである。


 さっそくだが、そんな朝比奈ミクルのだんの日常をかいることにしてみよう。

 彼女のだんはバニーガールスタイルである。なぜならミクルの通常業務は、地元商店街における客寄せ用呼び子ということになっているからだ。彼女は夕方になるとバニーガールのしように身を包み、商店街の店先でプラカードをかかげつつ店ののきさききようせいを張り上げるという、いわゆるバイトによって生計を立たせているのだった。

 わざわざ未来から来るのであれば、もっと効率的なかせぎの手法を知っていそうなものだが、この物語においてそのような現実的なはいりよはまったくかいのまま進行をげることになるので、展開上、余計な期待感を生じさせる前に今のうちに説明しておいた方がより親切設計と言えるだろう。

 つまり彼女は、バニーガールに身をやつした戦う未来人のウェイトレスなのである。

 何の意味があってそんな扮装をしなければならないのか、という疑問は最後まで解消されないのでこれも先だって断言しておく。ようするに意味などないのであり、たとえあったとしても永遠に明かされないだろうから、それはないも同然であるわけで、結果からすれば同じ事だ。

 そんな朝比奈ミクルは、今日も今日とて、元気にバニールックに身を包み、商店街の軒先でプラカードを掲げて呼び子にまいしんしながらこうをしのいでいる。

「お急ぎのところすみませえん! 今日は生きのいい白菜が大量にゆうでーす! タイムサービス、タイムサービスなのでーす! 今から一時間ぽっきりで白菜一玉半額セールでっすー! そこの奥さーん、買ってあげてくださーい!」

 八百屋さんの前で引きつり気味の声を上げているミクルの姿を見ることができる。背の低いがら身体からだをぴょんぴょんねさせているせいでれているのはウサミミだけでなく、彼女の身体の一部もそうであったが、八百屋さんのこうばい層である主婦たちにそんないろけまがいの効果があるのかどうかと思われる部分でもあるものの、ミクルの必死な姿といちふんばんにん微笑ほほえみをさそう境地に達しており、通りがかった人々は思わず人の良い笑顔を生み出してさいひもをついついゆるめてしまうのであった。

「ミクルちゃん、今日も精が出るね」

 という台本じみた言葉を通行人たちに投げかけられつつ、ミクルはけいこうピンクのヒマワリのような笑顔で、

「は、はいっ! がんばってます!」

 がんばりすぎのコスチュームで明るく返答し、商店街になるりよくりまいている。

 そのりよくたるや予定していた今晩のメニューをへんこうし、白菜なべにさせてしまうぐらいのパワーをほこっているというからおどろきの一言だ。

「数に限りがありまーす。お急ぎくださーい」

 そのうち八百屋さんの前には黒山のような人だかりが生まれ、たちまちのうちに白菜は品切れをむかえることとなった。

 店主に呼ばれて奥に引っ込んだミクルは、青果店経営もりむらきよすみさん(46)に日当の入ったふうとうわたされた。

「いつもすまないねえ。少ないけど、これ、取っといて」

 苦労の数がしわとなって顔をおおう森村さんのゴツい手から茶封筒を受け取ったミクルは、

「そんな、ぜんぜんです。あたしこそいつもごめんなさいです。こんなことくらいしかできなくて……」

 ペコペコ頭を下げてどこまでもけんきよな姿勢をくずさない勤労少女であった。ミクルは封筒を大きく開いたむなもとにそっとねじ込みながら、

「それじゃ、次はお肉屋さんのところに行かないといけないので、これで失礼します。失礼しました!」

 プラカードをかかえ、ミクルは商店街をけ出し始める。今や彼女はこの商店街になくてはならないマスコットキャラとして地域住人に愛され、親しまれる存在であった。

 がんばれミクル。去年出来た大型デパートに取られた客数を商店街に取りもどすのだ。地域の活性化と個人てんの命運は、ひとえにミクルのそうけんにかかっている。

 そんなあおりの一つでも入れてあげたい気分になってきた。


 とは言うものの、ミクルは一地方都市のさびれかけた商店街を救うために未来からやってきたわけではない。あくまでバニースタイルは世をいつわるかりそめの姿であり、本職は戦うウェイトレスであることを忘れてはいけない。どっちでもいいような気もするが、ここではそうなっているのだから仕方がない。

 物語は天の声の絶えざる思いつきの産物によって、行き当たりばったりに進行することになっているからである。

 それでミクルの本当の目的だが、その重要な任務が何であるかと言うと、すなわち一人の少年をかげながら見守ることであった。

 その少年の名を古泉イツキと言い、ごく普通のどこにでもいそうな高校生であるが実はちようのうりよくしやである。どこかで聞いたような名前を持つ古泉いつという人物とは単なる他人の空似に過ぎず、そこに同一性がないことはあらためて言うまでもないだろう。

 超能力者とは言ったものの、古泉イツキ本人はその自覚がない。どうやら何かをきっかけにしてめたるスーパーナチュラルパワーがかくせいするらしいのだが、今のところそれは未然に防がれて主観的にも客観的にもいつぱん人と何ら変わらない高校生活を送っている。

 今日もまた、イツキは学生かばんをぶらさげ能天気スマイルをかべつつ帰宅のじようにあった。その彼の通学路は、まさにこの商店街のメインストリートにあるわけである。

「…………」

 イツキの後ろ姿を、物陰からひっそりとのぞかげがあった。その影には頭からびた長い耳が二つあり、ほとんどたいに近いシルエットをしていることから、それがミクルであるのはだれの目にもあきらかで、だいたいひっそりと覗きたいのであればそんな目立つようなしようはふさわしくないようにも思われるが、何と言っても彼女の通常モードはバニーガールなのであるからどうしようもない。

「ふう」

 と、ミクルは息をいた。イツキの無事な姿にあんしたようでもあり、あこがれの上級生になかなか声をかけることのできない下級生が思わずらしたためいきのごときもののようでもあるが、考えると腹が立つので後者の可能性は無視するものとする。

 イツキの後ろ姿が遠ざかるのを見送り、ミクルは『牛ハラミ肉百グラム98円(ハートマーク、牛のオリジナルイラスト入り)』とマジックで手書きされたプラカードをげ、どこかしようぜんとしたおもちで商店の間をイツキとは反対方向に歩き出した。

 店先から口々にかけられるろうの言葉にいちいちをしながら、辿たどり着いた先はうすぐらぶんぼう店である。ここの店主こそが商店街の組合長でもあり、今のミクルに居住スペースを提供しているすずゆうすけさん(65)であった。

「お帰りミクルちゃん。おつかれかい?」

 どことなく棒読みに近い節回しで言いながら、鈴木さんはこうこう然としたがおでミクルをむかえる。

「えーと、平気です。今日はお客さんも多くて……。えーと、その、大はんじようでした」

「それはいいことだなあ」

 鈴木さんにしやく一つをして、ミクルは店の内部にある急な階段を上っていく。短いろうの奥にあるじようはん一間のたたみきが、ミクルのこの時代の宿ということになっていた。

 鈴木さんはほかに自宅を構えているので、この部屋は元々空き部屋であったのだ。どういう過程があったのかはわからないが、未来から来たミクルはここに居を構えているのだ。

 ふすまを閉めたミクルは、のろのろとバニーガールのふんそうを解き始めた。残念ながらこのシーンはカットされ、次のシーンはぶかぶかのTシャツをまとったミクルがせんべいとんもぐり込むところで始まり、また終わった。


 一方で、古泉イツキをいわくありげな雰囲気で見つめるもう一つの影も存在した。

 その影の名は長門ユキと言い、ごくつうでもなければ一般的な少女にも見えないが、それもそのはず実は悪い宇宙人のほう使つかいである。はばひろのトンガリぼうにマント姿という、およそ時代の流行にも日常着のはんそのものにも外れた格好をしていることからもそのへんりんはうかがい知ることができるというものだ。ちなみにどこかで聞いたような名前を持つ長門有希という人物とは単なる他人の空似に過ぎず、そこに同一性は欠片かけらもないというこの説明もだんだんめんどうになってきた。

「…………」

 感情が一筋も刻まれていない無表情でユキが立っているのは、高校の屋上である。この高校こそイツキの通うそれであるわけで、なるほどこのユキもまたイツキに対して何やらおもわくがあるらしいと思わせるシーンのつもりなのだろうが、時間の流れからしてイツキはとっくに下校しているはずであり、ユキはイツキ不在の校舎に取り残されたように立っているわけだから、なんとも意味のつかみかねるカットインである。

 先ほどの商店街では夕方だったような気もするのだが、この時ユキの上空にある太陽はほぼ南天に位置して日差しも真っ昼間のような気がするのは、これはもう気がするというあいまいはんちゆういつだつして、はっきりと昼休みにさつえいされたからである。いかにかんとくが時間の流れを気にせずに撮影を強行し、編集の段階で大いなる苦労が降りかかったかが、こういうところからも知れわたるであろう。

 それはこの後の展開も同様である。


 時間の関係でそこに至るいきさつはまるっきりえがかれることはないのだが、とうとうミクルとユキは最初の対決を迎えることになった。

 なぜか場所は森林公園であり、意味もなくミクルはいったん神社ではとたわむれたのち、ここにやってきた。

 当然バニーガールの衣装ではなく、ミニスカートすぎるウェイトレスの衣装を着込んでいる。かみをツインテールにい、グラマー度を強調しまくって余りある格好のミクルは、いかにも重そうにオートマチックけんじゆうを両手ににぎりしめている。その表情には、ある意味であきらめにも似た決意がにじみ出ており、かえってあいしゆうただよわせていたがそれが演技指導によるものではなく自分の今のきようぐうについての感情の表れであるのも見ての通りである。

 かたや、暗黒の衣装に全身を固めた長門ユキのほうは、自分の境遇にさしたる感想もないようで、ただぽつんと直立して星マーク付きの魔法の棒を持っている。

 向かい合って立つ二人の少女は、視殺戦というにはあまりにもはくじやくなにらみ合いをり広げていたが、ミクルのほうが終始おどおどしているのは勝つ見込みが少ないと自覚しているからだろうか。

「えいっ!」

 ミクルはやみくもに拳銃を構え目を閉じながら続けざまに引き金を引きしぼる。銃口からほとばしる小さなだんがんが次々とユキをおそった。しかしその大半はユキの横をむなしく通り過ぎ、的に向かって飛んだものは五指で足りるだろう。

 もちろん的となっているユキもせまり来るきようを放置などしない。〈スターリングインフェルノ〉という大層な名前の付けられた魔法棒を左右にって、そのことごとくを打ち落とす。

「ううっ……」

 長くを待つまでもなく、拳銃はたまれをおこしてちんもくする。

「こ、こうなっては奥の手ですっ! とうりゃっ」

 奥の手にしては出すのが早すぎのような気もするが、ミクルは可愛かわいいかけ声を放って拳銃を投げ捨て、ぱっちりと目を見開いた。

 こんぺき色にかがやく左目を存分に見せつけて、Vサインにした左手の指を顔の横に当てる。

「みっみっ、ミクルビーム!」

 一声さけぶやウインクしたそのひとみから必殺の光線が放たれた。おそるべき殺人光線は光速でもって空間を横切り、その途上にあるいつさいの物質をかんつうする──はずであったが、それを快しとしない人物がいた。

 長門ユキである。

 コマ落としをしたわけでもないのにしゆんかん移動を果たしたユキは、右手を差し出しミクルビームをつかみ取る。かすかにジュッというナチュラルなサウンドエフェクトが届く前に、地をったユキはミクルににくはくしていた。

「ひえっ!?」

 迫り来る黒い影にこしを引かすミクル。ユキは黒いし姿ようがブレるほどの速度でミクルをはくげき、ミクルの顔を無造作につかんでそのまま地面に引きたおした。

「あぎゃっ……ななな長門さ……!」

 手足をバタバタするウェイトレス衣装、それにのしかかる長門ユキ。

 いったいこの後、事態はどのような急転直下をむかえるのか。果たしてミクルの運命は? イツキはいったい何のために出てきたのか?

 すべてのなぞふくみを見せたまま、しばらく主演女優二人によるおおもり電器店CMをお楽しみください。

 …………。



 そのCM開けは、ウェイトレスミクルがしょんぼりと歩いているところから始まる。

「ミクルビームが通用しないなんて……。なんとかしなくちゃ」

 というようなことをつぶやいているのは、例の商店街でのことである。とぼとぼ歩きのミクルは乱れた服装で文具店までもどり、家具もろくすっぽない小部屋へと引っ込むと、またえをするようだ。どうも変身ヒロインというわけでもないようで、衣装はいちいちいだり着たりする必要があるらしい。

 次に襖が開いたとき、ミクルは再びバニーガールとなって登場、うつむきかげんに階段を降りていく。

 どうやらたたかいの勝敗はともかく、今日もバイトに出かけなくてはならないらしい。なのかけているのか、いや単なる努力家なのか、なみださそうような境遇もあったものであり、このへんはミクルの実体に何となく近いような気もする。

 ところでそのころ、古泉イツキは相も変わらずの何も考えていないような顔でくうきよに道を歩いていた。

 その前に姿を現したのがしんしゆつぼつかいじん黒マント、長門ユキである。ユキはかたねこを乗せていて、猫はつめを出してユキの黒衣にしがみついている。ユキより猫のほうがバランスに気をつかっているような気配を感じるが、元々気配がないのがユキのとくちようなので、この時イツキの行く手をさえぎったのもとつぜんのことであった。

 さすがにおどろいたような顔をつくったイツキは、猫付き魔法使いの前で立ち止まり、

「何者です?」

 もっと適切なセリフがあってもよさそうなものだったが、とりあえずここではそう言うことになっていた。

「わたしは」

 ユキはタメを持たせてしやべった。

「魔法を使う宇宙人である」

 猫を見つめながらイツキはこたえた。

「そうなんですか」

「そう」

 ユキも猫を見つめている。

「僕に何の用です」

「あなたにはかくされた力があるので、わたしはそれをねらっている」

めいわくだと言ったらどうします?」

ごういんな手を使っても、わたしはあなたを手に入れるだろう」

「強引な手とはなんでしょうか」

「こうするのだ」

 ユキは〈スターリングインフェルノ〉をゆらーりと振った。たん、その星マークからいなずまのようなとう光が発射される。

「危ないっ!」

 横から飛び出してきたバニーガールがイツキにタックルを決めた。もつれ合って転がる二人の人間。稲妻は宙を飛んで電信柱にはじけて消えた。

 イツキにおおかぶさるバニーなミクルという実に腹立たしいじようきようが完成し、どういうおもわくがあるのかユキは追加こうげきをしかけなかった。

 転がったひように頭を打ったミクルが目を回しているからかもしれない。イツキに肩をさぶられて黒目に戻ったミクルは、

「いたたた……」

 側頭部をさすりながら立ち上がり、かんにも長門を指差しながら、

「あなたの思うとおりにはさせません……!」

 と叫んだ。

 ユキはじっとミクルを見つめていたが、やがて肩の三毛猫のひげに感情のない視線を向け、またミクルを見つめて呟いた。

「ここはひとまず退散しておく。けれど次はそうはいかないのだ。その時までに自分のかいみようを用意しておくことだ。今度こそわたしはようしやを失ってお前をほろぼすだろう」

 ミクルにそんな時間的ゆうあたえる意味が何一つわからないが、ともかくユキはそう言って背を向けた。てくてくと歩いていく黒い姿が小さくなっていく。

 イツキが言った。

「あなたはだれですか?」

「えっ?」

 ホッとした表情だったミクルは途端に顔色を変化させ、

「あっ、えー……。あたしは通りすがりのバニーガールです! それだけなんです! じゃあさようならっ」

 ユキの後ろ姿を追うようにけていく。

「あの人はいったい……」

 イツキがに遠い目をしながら言って、画面は意味もなく白い雲へとパンした。


 次のミクルvsユキ、そこははんきわでの事だった。

 言うまでもないことかもしれないが、ここに至る過程は省かざるを得ない。何かまあそれっぽいアレやコレやがあって、再戦のぶたが切られることになったんだろう多分。

「こここんなことではっあたしはめげないのですっ! わわっ悪い宇宙人のユキさん! しんみょうに地球から立ち去りなさいっ……。あの……すみません」

「あなたこそこの時代から消え去るがいい。彼は我々が手に入れるのだ。彼にはその価値があるのである。彼はまだ自分の持つチカラに気付いていないが、それはとてもきちょうなものなのだ。そのいっかんとしてまず地球をしんりやくさせていただく」

「そそそそんなことはさせないのですっ。この命にかえてもっ」

「ではその命も我々がいただこう」

 今回のユキは猫連れでない。代わりにほかのものを連れていた。どこかから連れてきたらしい高校制服姿の男女であり、活発そうな少女が一人、ほうに暮れた顔つきの少年が二人で計三名を数える通りすがりの人間だ。

 少なくともかみの長い少女だけはミクルの知り合いであったらしく、

「あっあっ、鶴屋さん……。ま、まさか、あなたまで……。しょしょ正気に戻ってください!」

「そんなカッコしてるみくるに正気に戻れとか言われてもなあっ!」

 いつしゆんで答えた鶴屋さんは、口元をわざとらしくゆがめて、

「みくるーっ。ごめんねえ。こんなことしたくないんだけど、あたしあやつられちゃってるからぁ。ほんと、ごめんよう」

「ひい」

「さあ、ミクル。かくごしろ~」

 まったくせまらない演技でミクルににじり寄る鶴屋さんと他二名。

 後ろの方でユキが棒をって指揮する感じを出している。その指示棒から出る念波か電磁波かは知らないが、とにかくそのような意味具合のシロモノによって、鶴屋さんと他二名は自意識をそうしつした木偶でく人形として操作されてしまっていた。

 おそるべし長門ユキ。なんてきような手を使うヤツなのであろう。これではミクルは手を出せない。どうするんだ、ミクル。

「ひええ、ひえええ」

 どうしようもなかった。

 あわれ、ミクルは両手りようあしを鶴屋さん他二名によって押さえ込まれ、そのまま緑色ににごった池へとほうり投げられた。何のちがいか、他二名のうちそうな少年も池のふちからダイブをかんこうしていたが、それはついでの出来事だ。放っておけば勝手にい上がるだろう。

「ひ、あぶぅっ……はわぁ……っ!」

 足が届かないほどの深みであったらしい。ミクルはきようにおののいた顔で必死に水しぶきを上げていて、あせりのあまりかまったく前進することはなかった。このままでは遠からず池の底で魚につつかれるという非常にマズい末路が待っている。しかしミクルは泳げないのか、泳げないことになっているのか、必死に水面をバシャバシャしているだけである。朝比奈ミクル最大のピンチだ。

 しかしそこはヒロイン、ちゃんと救いの手は差しべられることにはなっていた。

「どうしました?」

 横からさつそうと登場したのは古泉イツキだった。水面ギリギリにしゃがみこんだイツキは、マンガチックなまでに見事なおぼれ方をするミクルにうでを伸ばした。

「つかまってください。落ち着いて。僕まで引っ張り込まないようにね」

 ところで、イツキは今までどこに隠れていたのだろうか。池の周辺はへいたんな地面のみであって身を隠せそうな障害物はかいであり、出てきたタイミングから逆算すると、ミクルが池にたたき込まれるのをすぐそばながめていたとしか思えない。不思議な事はまだあって、先ほどまで棒を振っていた黒衣のユキとその手勢三名もいつしか姿を消している。トドメをす絶好の機会だというのに、いったいどこに消えたのか。

だいじようですか?」

「……うう……つめたかったあ……」

 イツキに池から上げられたミクルは、けほけほむせながら四つん這い。

「あんなところでいったい何をしていたのですか?」

 イツキが問うが、ミクルは答えずにぼんやりと見返すことしばし、やっとセリフが出てきたようで、

「えっあっ……その。悪い人に池にそのう……。えーと」

 ここでどこからかひびく声でも聞こえたのか、ミクルは「うっ」とうめいてたおした。そう、ここは気絶しなければならないことになっている。

「しっかりしてください」

 き起こそうとするイツキの腕の中で、ミクルはぐたりと身体からだかんさせた。

 つう、こういう場面に出くわせばイツキのような役回りとなった人間は救急車を呼ぶか周囲の民家まで助けを呼びにいくかすると思うのだが、不届きにもイツキはミクルを背負うと、いずこへかと歩き出した。意識のせた美少女を貴様どこへ連れて行く気だこのろうと言ってもイツキの足取りには迷いがない。

 きようれつな命令電波によってリモートコントロールされているかのようにいさぎよく、イツキはミクルをどこかへ連れ去ろうとしていた。

 どこへだ。


 彼の自宅ということになってる家へであった。

 細かい情景びようしやかつあいするが、でかくて優美な日本的ていたくであることは間違いなく、純和風な広々としたイツキの自室にミクルは運び込まれる始末となった。

 ここで注目すべきは、イツキがロングT一枚のミクルをおひめ様抱っこしているという暴挙もさることながら、どう見てもミクルが上がりとしか思えないぜいであることだ。

 ところで気絶している人間が一人で入浴することが可能とは想像できないことから、と言うことは、ミクルはこのイカサマスマイル野郎の手によって身体を洗われた以外に何かあるだろうかという疑問が生じ、疑問はいささかのていたいも見せずにげきに変化して場合によっては容易に殺意へとてんかんするものであるわけで、今がまさにその時である。

 イツキはユキにねらわれる心配よりも全校生徒の約半数から身を守ることを考えたほうがいい。

 溺れて失神した少女を、意識がないのをしめたものと自室に連れ込んだだけでも犯罪に近いというのに、そのまま風呂にまで入れたとなるとこれはもう犯罪をえて人間の根元的な罪悪の一種に数えられるに違いなく、そのようなこうを働いた人間いやイツキは一寸刻み生殺しのけいに処したところでどこからもクレームは付かないに違いない。誰かやって欲しいものだ。

 さて、イツキはなぜかいてあったとんにミクルをかせ、その側にじんってあぐらをかいた。腕組みをして何かを考えているようである。けてもいい。こいつは何も考えていない。

 それをしように、外なる声の指令に従い言いなりとなってミクルの顔ににじり寄っていくではないか。後一センチ接近したら登場する予定のないキャラがとつじよとしてフレームインし、古泉……イツキなる少年をり飛ばすところだったが、幸いにしてこの場に現れても不思議でない人物が制止をかけてくれた。

「待つがよい」

 そう言いながら窓から身を乗り出している出来そこないのしにがみ見習いみたいな少女は、長門ユキその人だった。言い忘れていたがここは二階である。それまでどこに待機していたのかと少々の疑問も残るが、そんなもんちやけの最後の一口のように飲み込んでしまうことを希望する。

 死神モドキと言いつつ今はふくの天使程度に見えなくもないユキは、転げ落ちるように部屋へとしんにゆうし、すっくと立ちはだかると、

「古泉イツキ。あなたは彼女を選ぶべきではない。あなたの力はわたしとともにあって初めて有効性を持つことになるのである」

 たんたんとした口調でそう言って、二十四時間平静けいぞく中の黒いひとみをイツキに向ける。

 イツキはイツキで、ユキが窓から現れたことにはおどろかないくせに、

「えっ。それはどういうことですか?」

 ことじりだけをとらえて、深刻な顔つきをしたりしている。

「今は説明できない。しかしいずれ理解を得ることもあるだろう。あなたのせんたくは二つある。わたしとともに宇宙をあるべき姿へと進行させるか、彼女に味方して未来の可能性をみ取ることである」

 おくによると、確か三割くらいはユキがアドリブで言っているセリフである。それは本当にイツキにのみ投げかけているセリフで合っているのか?

 その長門の……ユキの言葉にどれほどのがんちくがあるのかは判断保留するとして、イツキは難しい顔をして考え込む。

「なるほど。どっちにしても彼……いやこのシーンでは僕ですか、僕がかぎとなっているのですね。そして鍵そのものには本当の効力はない。鍵はあくまでとびらを開ける効果しかないものです。その扉を開けたとき、何かが変わるのでしょう。おそらく、変わるのは……」

 言いかけてイツキは言葉を句切り、なぜかカメラ目線で含みのある視線を送ってきた。こいつはだれに向かって何を言っているつもりなのだろうか。

「それはわかりましたよ、ユキさん。ですが今の僕には決定権はない。まだ結論を出すには早すぎると僕は考えます。保留って事で、今回は手を打ちませんか? 僕たちにはまだ考える時間が必要なんです。あなたたちがすべての真実を語ってくれるなら別かもしれませんが」

「その時は遠からず来るだろう。しかし今ではないことも確かだ。我々は情報の不足をなによりもとする習慣がある。可能性の段階では、明確な行動は取ることができないのだ」

 意味不明な会話であったが、イツキとユキの間には他人には理解不能な共通にんしきが芽生えたようだった。

 ユキはゆっくりとうなずくと、ミクルの赤い顔をした姿すがたいちべつあたえ、また窓によじのぼってポトリという感じで姿を消した。二階から落下したのではなく、ひさしに乗っただけなのであるがとりあえず姿は見えなくなった。

 そしてまた、イツキは思案に暮れるような顔をしてねむり続けるミクルを見つめ続けるのだった。

 果たして目覚めたミクルは自分が置かれたじようきようを正しく認識し、ろうばいしたり手近なものをイツキに投げつけたりするのだろうか。男と二人きりで、しかも自分は意識不明、着ているものはシャツ一枚、何かされたとかんちがいしてイツキに食ってかかる事態に発展しないとも限らない。ぜひそうなって欲しい。

 そんな人々の期待を大いに引っ張りながら、ここでCMだいだん、主演女優二人によるヤマツチモデルショップのてんプロモーションフィルムをごたんのうください。

 …………。



 そのCM開け、物語は起承転結で言うところの転部分に発展する。これまでのバトルチックな展開はかげひそめ、どんな意図が働いたのか一転してラブコメになってしまうのである。

 ミクルはイツキの家にそうろうすることに決定され、以降は思わずもんぜつしたくなるような二人のえ切らない同居ストーリーへと転落した。その有様たるや、見ているこっちがずかしさのあまりそつとうするくらいのあまあまなシロモノであった。

 イツキのためにいそいそと下手な料理を作るミクル、学校に出かけるイツキをげんかんで見送るミクル、ひょんなことで指がれ合いおおなアクション付きでほおを染めるミクル、そうせんたくはげむミクル、帰宅したイツキをうれしそうにむかえるミクル……。

 なんとかしてくれ、とさけびたくもなろうと言うものだが、そんな叫びは誰の耳にも届かなかったようで結果としてなんともならず、イツキとミクルの純情れんあい模様が延々とり広げられることになった。俺と代わってくれ、古泉。

 ちなみに古泉イツキは妹と二人暮らし、という設定がいつの間にか出来ていたらしく、きゆうきよどこからか引っ張ってこられた小学五年生十歳、いや先月誕生日だったから十一歳のむすめが意味なく画面上をフラフラしてはイツキとミクルにまとわりついていたりしており、物語そのものにまた一つなぞなシーンが刻まれた。妹を出す意味がどこにあったんだろう。

 そうこうしているうちに、イツキをめぐるミクルとユキのわけの解らないたたかいは、イツキの学校へと移り変わることとなった。


 なんと、ユキがイツキの高校に転校してきたのだ。どうしてこんなまどろっこしい話になるのかはさっぱり解らないが、黒衣をぎ捨てたユキはせいこうほうよりもからを使ってイツキをろうらくすることにしたらしく、ミクルそっちのけでイツキにせまるやり方もかなりさくろうしたものとなった。ばこにラブレターを入れることを手始めに、二人分の弁当持参で昼休みに押しかけたり、イツキが出てくるのを下校時間までじっと待っていたり、かくりしたイツキの写真をさいしのばせたりと、イツキに対する精神こうげきおこたらない。しかしそれらは奇策ではなく正道じゃないのか。

 無論のことだがミクルもまたユキへのたいこうを発動させた。早い話、彼女もまた転校生となってイツキの高校へ乗り込むことにしたのだ。だったら物語の最初からもぐり込んでいればいいじゃないか。ミクルの存在理由はイツキを守るためなのだから、はなっから同じ高校に通っていてもおかしくないというか、むしろそうしておくべきだろう。

 全然説明がないので不思議としか言いようがないことに、ミクルもユキも校内では裏付け不明のレーザー光線やビーム兵器などで戦うことはなかった。この時点になると、もはや二人の目的は「どちらが早くイツキの心をうばうことができるか」になっているとしか思えない。

 物語は自身の行く先を完全に見失い、単なる一人の少年をじくとした二人の少女によるこいのさや当て合戦の様相をていしていた。

 もちろんあつとう的に不利なのはユキのほうだ。何と言ってもミクルにはイツキと同じ屋根の下で暮らしているというアドバンテージがあり、どこで暮らしているのかもわからないユキには決してえることのできない高いかべきようしんこうはばむ長城のようにそこに存在する。

 このビハインドをばんかいすべく、ユキは秘策でもって打って出ることにした。

「…………」

「うわ、何ですか?」

 ところかまわずイツキにきつき始めたのである。スキンシップによるイツキの精神的どうようさそう作戦であると思われるが、当のユキはあくまで無表情に行動するため、そこにじようちよ的な感情があるのかどうかは計りがたく、なんとなく不気味ですらあった。

 なんつったって行動と表情にまるでいつかん性がないからな。

 ミクルはそんな二人の姿を目にしてはジェラシーに苦しむという演技を見せることになっていたものの、はたからはイツキがどうなってしまおうとどうでもいいような顔に見えなくもないのでイマイチ情感に欠けていた。

 実は本当にイツキのことなんかどうでもいいのかもしれない。

 実際問題、そろそろ全員そろってアップアップしているころいだったしさ。


 そんなかいな学園シーンにきたのだろう、学校内での不戦協定を結んでいるらしいミクルとユキは、間欠的に本来の職分を取りもどす習性でもあるのか、ちょくちょく戦うウェイトレスとエイリアンマジシャンのふんそうえると、り合いのようなショボいせんとうをそこかしこで繰り広げることになっていた。

 どうもめいそうの度合いは物語の進行とともに深く大きく拡大している模様である。

 団地の裏庭で戦うミクルとユキ、+ユキの使いねこシャミセン。

 学校裏の竹林で火花を散らし合うミクルとユキ、+シャミセン。

 どことも知れない民家のげんかんさきで取っ組み合うミクルとユキ、それを退たいくつそうにながめているシャミセン。

 イツキの家の居間をドタドタとけ回るミクルとユキ、それを見て笑っている妹と妹に抱かれたシャミセン。

 などの、まるでそうにゆうする必要のないシーンが割り込まれたかと思うと、また何事もなかったかのように学園三角関係が始まったりもしてだつりよくさそうのだった。

 そのようにしてミクルとユキの間を右往左往するイツキであったが、そんな姿に様々なところからえんの声が集中するのも当然である。それはもっぱら男子生徒の声をしているわけで、しかし物語をあやつる神のごときちようかんとくはそのような雑音などリング下にり落としてかたくななまでにおのれの信念をつらぬき続ける。

 よってストーリーはこのおよんですら、まるでブレーキの存在を知らないチンパンジーが運転するレーシングゲームのように曲がり角のたびにクラッシュし、また一から直線運動を開始するがごときデタラメな展開をばくそうするのであった。

 しかしながら、さしもの超監督も、ここまでごう主義と思いつきのみでやってきたのはいいとして、そろそろオチを付けなければいつまでっても終わりそうにないということにおそまきながら気付いたようだ。

 まさにいまさらであり、とっくにおくれになっている気がしてならない。

 ともかく、これではラチがあかないと思ったのであろう、物語は登場人物たちが何をやっているのかよく解らないまま細切れになりつつも終着地点めがけてのとつしんなくされた。

 やにわに当初の目的を思い出したユキは、ミクルに最終決戦を申し込むことにしたのである。


 ある朝、ミクルの下駄箱に投じられてたふうとうには、「ケリをつけよう」とプリンタがき出したようなみんちよう文字のおどる便せんが入っていた。

 だがしかし、何をどう考えてもユキが本気でミクルをほろぼそうとしていたら、こんな告知をするまでもなく今まで何度となくその機会があったはずである。にもかかわらず、ユキは手をこまねくまま何もせず、ただの無表情キャラとしていつぱん的な高校生を演じたり、小競り合いに終始していたのだから宇宙人の考えることは解らない。こいつはいったい何がしたいのか。

 何がしたいのか解らないのはミクルも同じで、ユキからの果たし状を受け取ったミクルは決意をめたそうな顔つきとなって手紙をにぎりしめ、どこか遠くを見る目をしては「うん」と力強くうなずくのだった。何を理解してうなずいたのかは、何度も言うようだがさっぱり解らない。解っているのは画面に最後になっても登場しないだれかさんだけだろう。

 ってる俺にだって理解不能だが、ありがたいことにこの世のあらゆる物事にはしゆうえんという宿命があらかじめ組み込まれており、人を永遠という名のけんごくから救い出してくれていた。

 そしてクライマックスがおとずれる。


 ここで再び友情出演となった鶴屋さんは、ミクルが暗い顔をしているのを見とがめた。

「どしたのミクル。そんなオッサンのストーカーに困ってるような顔しちゃって。水虫の告知でも受けたのっ?」

 教室のすみっこでうずくまるミクルは、

「いよいよこの時が来たのです。あたしは最後の闘いにおもむかないといけません」

「そいつはスゴイねっ。任せたよミクル! 地球をよろしくっ!」

 鶴屋さんはあっけらかんと言って、しばらく顔をぴくぴくさせていたが、ついにこらえきれずゲラゲラ笑い始めた。

「……がんばります……」

 ミクルはかろうじてマイクが拾えるくらいの小声でつぶやく。

 ところでこんな疑問だらけの話にあらためて疑問を呈してもだとは思うが、ミクルと鶴屋さんはいつからの知り合いなのだろうか。鶴屋さんの初登場は池での操られシーンだが、そのときミクルと鶴屋さんはたがいの名前を知っていたわけで、ということはミクルが転校してくる以前からの知り合いだった以外に考えられない。だとしたら、あの時のユキによる精神操作こうげきはもっと後に持ってくるべきだったのではないだろうか。少なくともミクルと鶴屋さんが友人であるという設定があってこそえる戦闘シーンだったろうし、それまでに二人が親しくしているような映像を入れていないのは、はっきり演出上のミスであると断言していい。

 もちろん、やかましくわめき立てる天の声は自身のびゆう性を何よりも確信しているので、そのようなてきに耳を貸すわけもなく、その都度脳内でフラッシュした映像をさつえいすることに最大の熱意をささげて、本能が命じるままの行動はとどまるところを知らず、俺のような通常人類は心身ともにへいしていくのだった。


 てなわけで、決戦場は校舎の屋上であった。

 黒いほう少女のしようで待ち受けるユキは、かたにシャミセンを乗せて昼休みの屋上にぽつんと立ちつくしている。

 待つこと数秒、屋上へずるとびらが開き、ウェイトレスコスチュームのミクルが姿を現した。

「ま、待たせましたか?」

「待った」

 ユキは正直に答えた。事実、この時のミクルの着替えは女子トイレの個室でおこない、そのためだか知らないがけっこうな時間をふいにして、撮影スタッフの俺も待たされていたのだ。

「では」

 正直なのはそこまでで、ユキは決められていたセリフを吐いた。

「これですべての決着をつけようではないか。我々にはあんまり時間が残されていないのだ。遅くとも、あと数分で終わりにしないといけない」

「それはあたしも同感ですが……。でもっ! イツキくんはきっとあたしを選ぶと言ってくれます! うう……ずかしいですけど、あたしはそう信じます!」

「あいにくだが、わたしは彼の自由意志を尊重する気などない。彼の力はわたしに必要なものである。ゆえにいただく。そのためには地球のせいふくいとわないのだ」

 ではさっさと地球征服に乗り出して、したおいた上でイツキのがらを押さえてしまえばいいだろう。そしたら誰もていこうしようもないし、ミクル一人ががんばったところで人類の多数決がイツキ引きわたしに動けば、いかな戦闘美少女でもその意見をくつがえすのは難しいだろうに。

 だいたい地球を征服する力があるのなら、イツキの一人くらい何とでもなったのではないだろうか。

「そうはさせません! そのためにあたしは未来から来たのです!」

 ああそうだった。ミクルは未来人ウェイトレスだっけ。しかしここまで未来から来たという設定がまるで生かされていないのもどうかと思うね。

 ここでまた一通り、ミクルとユキのとう光ぶつけ合いえんり広げられた。

「とりゃあ」とか「ほわらっ」とか言いながらビームやワイヤーやミサイルやマイクロブラックホールを目から出しているのがミクルで、いつかんして無言のままスター棒をっているのがユキである。

 CGでは出せない味もある、という命令電波により屋上ではドラゴン花火やばくちくしげもなく点火され、火花や爆音が申し分なく放出された。商店街のすたれた玩具おもちや店の倉庫からきよしゆつされたものであったが、ちゃんと火はついてチャチい火柱とうるさいだけのれつ音を立ちのぼらせたその結果、階下から教師が何人もけつけるだいとなって、俺たちはメッチャおこられた。

 学校内で火遊びしてたらそりゃ指導をらって当然だ。

 俺の内申書に変なマイナスがほどこされることになれば、その分は全部かんとくに回していただきたい。なんなら朝比奈さんや長門に古泉の分を加算しても、あいつなら楽勝でカバーできるだけの成績をしてのけることだろう。だまって座っているだけなら文句の付けようがないやつだからな。

 そんな撮影係の心の呟きを無視しつつせんとうは続行される。

 屋上からのてつしゆうを要求する教師たちに向かって、この重要なシーンの撮影をぼうがいするようなことは学内における生徒の自由意志をはくがいする学校側の横暴であり場合によってはこくも辞さない、と監督がきようこうに主張したためである。

 本当にやりそうでこわい。

 ともあれ、火を使うなという負け惜しみのような小言を残して数名の教師は屋上から引っ込み、入り口の扉口で観客化することとなった。見物人が増えたへいがいとして、ミクルはますます縮こまる。

 そんなこんなで、ミクルはいよいよきゆうに立たされることとなった。ミクルの放つ攻撃は何一つユキに通用せず、平気な顔で前進するユキからげるように後ずさったミクルはついに屋上のてつさくまで追いつめられた。

「安心するがいい。あなたのめいはわたしが刻んでやることにする。あの世ではせいぜい善行を積み、来世のかてとするがよいだろう」

 ユキは棒をきつけ、ミクルに別れの言葉を発した。

「では、さらばだ」

 そのたん、スターリングなんだっけからてつもない光源が生まれ、安っぽいフラッシュがいくかがやいた。

「ひーえーっ」

 頭を抱えて丸くなるミクル。

 どういう攻撃なのかは理解不能だが、とにかくスゴイわざということになっている。一見ただ画面がチカチカしているだけ、しかしその攻撃力はミクル一人くらいならあとかたもなく原子分解させるほどのきようの魔法なのだった。

 ここで盛り上がらないとほかに盛り上がるところがないので一つよろしくお願いしたい。

「うひーっ。きょわーっ」

 ひたすら悲鳴を上げ続けるミクルである。

 この最初から最後まで役立たずなヒロインぶり、本来ならあきれ果てるところだが、でも可愛かわいいから全部許す。

 しかしだれが許したところで、このままではミクルは物語から退場することになってしまう。正義が悪にほろぼされ、主義主張が勝敗を決める上での決定こうもくにはなったりしないという、権力があるもんの勝ち、みたいな現代社会をふうする一種の皮肉をテーマとしたストーリーで終わってしまうのだろうか。

「……!」

 当然そうはならないのである。正義側にくみして最後まで生き残るべき登場人物は物語のオチが付く前にあっけなく消え去ったりはしない。見えざる神の手は悪をちくするために降臨し、現実としてあり得ないほどのタイミングで主要キャラの窮地を救うことになっていた。監督の思いえがいたシナリオではそうなっている。

 この時ミクルを救うために飛び込んだ神の手は、言うまでもなく古泉イツキの姿をしていた。そりゃそうだ、他にいないもんな。何のふくせんもなく新キャラが出るには残り時間は少なすぎる。

 すんでのところでイツキはミクルを身体からだごと引っ張り、ユキの攻撃をかわさせることに成功した。えらくゆっくり飛んでたんだな、ユキの魔法光は。

「だいじょうぶですか、朝比奈さん」

 そう言いながらイツキはユキに相対して片手を差し出し、

「彼女を傷つけることは僕が許しません。ユキさん、どうかやめてください」

 へたりこんだミクルの前に立ちはだかり、かばう姿勢のイツキに対し、ユキはしばらく考えるような仕草で肩のねこを見た。どうせ手に入らないのならイツキもミクル共々滅殺してしまおうと計算しているのだろうか。

 が、答えを出したのは思わぬヤツであった。

「考えることはないだろう。この少年の意思をうばってしまえばいいのだ。そくぶんしたところ、キミにはそのような人間操作能力があるそうではないか。まず少年をあやつり人形としたうえで安全地帯にゆうどうしたのち、この敵なる少女を滅ぼしてしまえばいいのだ」

 シャミセンがしやべり、俺おおあわてである。あれほど喋るなと言っておいたのに、なんてことをしてくれたのか。今晩はエサきだ。

「わかった」

 一人冷静なユキが星マークの先でシャミセンの額をコツンとたたいて、猫はその口をざした。それからユキは誰に言うでもなく、

「今のは腹話術」

 と断ってから、スターなんとか棒を振り上げる。

「くらうがよい。古泉イツキ。あなたの意思はわたしの思うがままになるであろう」

 チープなSEを発して、星マークからいなずま光が放射された。



 語らなくてもバレバレだとは思うが、いちおうラストバトルのすうせいをお伝えしておこう。

 早い話が、ここでイツキのポテンシャルパワーが発揮されたのである。絶体絶命の局面におちいったイツキは、自分でも意識していなかった秘密の力をかくせいさせ、惜しみなくせんざい能力を解放させたのだ。その手の能力はしばしばコントロール不能なことが多いのでこの場合も同じであり、イツキの放ったおそらくエモーショナルな部分を源泉とするくつ不明の秘密の力は、ユキのこうげきね返し、最大ゲージで黒衣の宇宙人をおそった。

「…………無念」

「にゃあ」

 という感じのセリフを残し、ミステリアスなユキとシャミセンのコンビは、そのまま大宇宙の彼方かなたへとき飛ばされた。いやにあっけないだんまつであった。

 ユキとシャミセンのさいを見届けたイツキは、

「終わりましたよ、朝比奈さん」

 やさしげな声を投げかける。

 ミクルはおそる恐る顔を上げ、まぶしいものを見つめる目でイツキを見た。

 イツキはミクルの身体に手を回して立たせてやると、屋上の鉄柵に手をけて空を見上げた。つられたようにミクルも遠くの雲へ視線を注ぎ、カメラもまた青空に向けられた。

 どうもシーンのつながりに困ると空を映してごまかそうというのが見え見えだな。

 というわけでようやくラストシーンへと場面はてんかんする。

 秋なのに桜が満開となった並木道を、ミクルとイツキが寄りい合って歩いている。ウェイトレスしようと学生ブレザーのカップルで、お似合いなのがかえってムカつく。

 都合のいいことに、ここで不意なる強い風が吹きすさんでい散った桜の花びらがうずを巻いた。こればかりは天然の演出だった。

 ミクルのかみに降りた桜色の花弁を、イツキが微笑ほほえみながら取ってやる。ミクルは照れくさそうに目の下を赤く染めて、ゆっくりと目を閉じていく。

 カメラはそんな二人の姿からとうとつしようてんを外し、いきなり向きを変えると青い秋晴れの空を映し出した。しかしまた空か。

 適当にパクってきたエンディングテーマがイントロをかなで始め、スタッフロールが流れ出す。

 最後の最後にべつりした天の声のナレーションが入り、こうしてSOS団プレゼンツ、『朝比奈ミクルのぼうけんエピソード00』は物語をてつてい的にこんめいさせたままのエンディングをむかえた。

 こうも最初から最後までグダグダにしてしまった映画もそうそうあったもんではないだろうし、第一こんなもんを映画などと言ってしまってはに映画作りを志している人々に失礼だと思うのだが、どうしたことか興行的には成功したらしい。当初、映画研究部作品との二本立てで上映されていたこの映画は、やがて映研作品を押しのけて堂々とちようかく教室のプロジェクターをどくせんすることになってしまった。観衆の声がそう要求したからのようだが、そこに天の声も混じっていたというのも大きかったようだ。ほとんど朝比奈さん人気だろうが。

 気の毒な映研作品は、視聴覚準備室で細々と上映されることになったという話である。

 入場料を取っているわけではないので誰がもうかることもないのだが、この結果論的な成功に気をよくしたかんとくけんプロデューサーは、すっかり鼻高々となって続編の製作を立案し、さらに『朝比奈ミクルの冒険ディレクターズカットバージョン』を新たに編集した上で、DVDに焼き直して売りさばこう、などとも主張しており、現在俺となみだの朝比奈さんとで必死に止めようとしているところだ。

 今はただ、来年の文化祭までに我らが団長の興味が映画以外の何かにアンテナを向けていることを切にいのだいである。

 何をやろうと言い出そうが、どれだって同じような末路が待ちかまえているだけかもしれないし、まあ、それもこれもそん時までにSOS団がまだここにあったらの話だ。

 ……あるのだろうか?

 今度、未来人にいておこう。それが禁則こうがいとうしないことを願いつつ、俺はそう決意するのだった。

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