彼女の名は朝比奈ミクルと言い、ごく普通(の健(気(で可愛(らしい少女であるが実は未来人である。どこかで聞いたような名前を持つ朝比奈みくるという人物とは単なる他人の空似に過ぎず、そこに同一性はないことをあらかじめ断っておきたい。
それはさておき、朝比奈ミクルの正体は未来から来た戦うウェイトレスである。なぜウェイトレスが未来から来るのか、なぜウェイトレスの扮(装(をしなくてはならないのか、そのようなことは些(末(な問題に過ぎず、端(的(に言えば何の意味もない。ただそうなっているからであるとしかここでは説明不能であり、そこに有意性を持たせることの出来る人物は存在しないであろう。
……どこかから木(霊(する天の声がそのように主張しているだけだからである。
さっそくだが、そんな朝比奈ミクルの普(段(の日常を垣(間(見(ることにしてみよう。
彼女の普(段(着(はバニーガールスタイルである。なぜならミクルの通常業務は、地元商店街における客寄せ用呼び子ということになっているからだ。彼女は夕方になるとバニーガールの衣(装(に身を包み、商店街の店先でプラカードを掲(げつつ店の軒(先(で嬌(声(を張り上げるという、いわゆるバイトによって生計を立たせているのだった。
わざわざ未来から来るのであれば、もっと効率的な稼(ぎの手法を知っていそうなものだが、この物語においてそのような現実的な配(慮(はまったく皆(無(のまま進行を遂(げることになるので、展開上、余計な期待感を生じさせる前に今のうちに説明しておいた方がより親切設計と言えるだろう。
つまり彼女は、バニーガールに身をやつした戦う未来人のウェイトレスなのである。
何の意味があってそんな扮装をしなければならないのか、という疑問は最後まで解消されないのでこれも先だって断言しておく。ようするに意味などないのであり、たとえあったとしても永遠に明かされないだろうから、それはないも同然であるわけで、結果からすれば同じ事だ。
そんな朝比奈ミクルは、今日も今日とて、元気にバニールックに身を包み、商店街の軒先でプラカードを掲げて呼び子に邁(進(しながら糊(口(をしのいでいる。
「お急ぎのところすみませえん! 今日は生きのいい白菜が大量入(荷(でーす! タイムサービス、タイムサービスなのでーす! 今から一時間ぽっきりで白菜一玉半額セールでっすー! そこの奥さーん、買ってあげてくださーい!」
八百屋さんの前で引きつり気味の声を上げているミクルの姿を見ることができる。背の低い小(柄(な身体(をぴょんぴょん跳(ねさせているせいで揺(れているのはウサミミだけでなく、彼女の身体の一部もそうであったが、八百屋さんの購(買(層である主婦たちにそんな色(仕(掛(けまがいの効果があるのかどうかと思われる部分でもあるものの、ミクルの必死な姿と一(途(な雰(囲(気(は万(人(の微笑(みを誘(う境地に達しており、通りがかった人々は思わず人の良い笑顔を生み出して財(布(の紐(をついつい緩(めてしまうのであった。
「ミクルちゃん、今日も精が出るね」
という台本じみた言葉を通行人たちに投げかけられつつ、ミクルは蛍(光(ピンクのヒマワリのような笑顔で、
「は、はいっ! がんばってます!」
がんばりすぎのコスチュームで明るく返答し、商店街に無(垢(なる魅(力(を振(りまいている。
その魔(力(たるや予定していた今晩のメニューを変(更(し、白菜鍋(にさせてしまうぐらいのパワーを誇(っているというから驚(きの一言だ。
「数に限りがありまーす。お急ぎくださーい」
そのうち八百屋さんの前には黒山のような人だかりが生まれ、たちまちのうちに白菜は品切れを迎(えることとなった。
店主に呼ばれて奥に引っ込んだミクルは、青果店経営森(村(清(純(さん(46)に日当の入った封(筒(を手(渡(された。
「いつもすまないねえ。少ないけど、これ、取っといて」
苦労の数が皺(となって顔を覆(う森村さんのゴツい手から茶封筒を受け取ったミクルは、
「そんな、ぜんぜんです。あたしこそいつもごめんなさいです。こんなことくらいしかできなくて……」
ペコペコ頭を下げてどこまでも謙(虚(な姿勢を崩(さない勤労少女であった。ミクルは封筒を大きく開いた胸(元(にそっとねじ込みながら、
「それじゃ、次はお肉屋さんのところに行かないといけないので、これで失礼します。失礼しました!」
プラカードを抱(え、ミクルは商店街を駆(け出し始める。今や彼女はこの商店街になくてはならないマスコットキャラとして地域住人に愛され、親しまれる存在であった。
がんばれミクル。去年出来た大型デパートに取られた客数を商店街に取り戻(すのだ。地域の活性化と個人店(舗(の命運は、ひとえにミクルの双(肩(にかかっている。
そんな煽(りの一つでも入れてあげたい気分になってきた。
とは言うものの、ミクルは一地方都市の寂(れかけた商店街を救うために未来からやってきたわけではない。あくまでバニースタイルは世を偽(るかりそめの姿であり、本職は戦うウェイトレスであることを忘れてはいけない。どっちでもいいような気もするが、ここではそうなっているのだから仕方がない。
物語は天の声の絶えざる思いつきの産物によって、行き当たりばったりに進行することになっているからである。
それでミクルの本当の目的だが、その重要な任務が何であるかと言うと、すなわち一人の少年を陰(ながら見守ることであった。
その少年の名を古泉イツキと言い、ごく普通のどこにでもいそうな高校生であるが実は超(能(力(者(である。どこかで聞いたような名前を持つ古泉一(樹(という人物とは単なる他人の空似に過ぎず、そこに同一性がないことはあらためて言うまでもないだろう。
超能力者とは言ったものの、古泉イツキ本人はその自覚がない。どうやら何かをきっかけにして秘(めたるスーパーナチュラルパワーが覚(醒(するらしいのだが、今のところそれは未然に防がれて主観的にも客観的にも一(般(人と何ら変わらない高校生活を送っている。
今日もまた、イツキは学生鞄(をぶらさげ能天気スマイルを浮(かべつつ帰宅の途(上(にあった。その彼の通学路は、まさにこの商店街のメインストリートにあるわけである。
「…………」
イツキの後ろ姿を、物陰からひっそりと覗(く影(があった。その影には頭から伸(びた長い耳が二つあり、ほとんど裸(体(に近いシルエットをしていることから、それがミクルであるのは誰(の目にもあきらかで、だいたいひっそりと覗きたいのであればそんな目立つような衣(装(はふさわしくないようにも思われるが、何と言っても彼女の通常モードはバニーガールなのであるからどうしようもない。
「ふう」
と、ミクルは息を吐(いた。イツキの無事な姿に安(堵(したようでもあり、憧(れの上級生になかなか声をかけることのできない下級生が思わず漏(らした溜(息(のごときもののようでもあるが、考えると腹が立つので後者の可能性は無視するものとする。
イツキの後ろ姿が遠ざかるのを見送り、ミクルは『牛ハラミ肉百グラム98円(ハートマーク、牛のオリジナルイラスト入り)』とマジックで手書きされたプラカードを提(げ、どこか悄(然(とした面(持(ちで商店の間をイツキとは反対方向に歩き出した。
店先から口々にかけられる慰(労(の言葉にいちいち御(辞(儀(をしながら、辿(り着いた先は薄(暗(い文(房(具(店である。ここの店主こそが商店街の組合長でもあり、今のミクルに居住スペースを提供している鈴(木(雄(輔(さん(65)であった。
「お帰りミクルちゃん。お疲(れかい?」
どことなく棒読みに近い節回しで言いながら、鈴木さんは好(々(爺(然とした笑(顔(でミクルを出(迎(える。
「えーと、平気です。今日はお客さんも多くて……。えーと、その、大繁(盛(でした」
「それはいいことだなあ」
鈴木さんに会(釈(一つをして、ミクルは店の内部にある急な階段を上っていく。短い廊(下(の奥にある四(畳(半(一間の畳(敷(きが、ミクルのこの時代の宿ということになっていた。
鈴木さんは他(に自宅を構えているので、この部屋は元々空き部屋であったのだ。どういう過程があったのかは解(らないが、未来から来たミクルはここに居を構えているのだ。
襖(を閉めたミクルは、のろのろとバニーガールの扮(装(を解き始めた。残念ながらこのシーンはカットされ、次のシーンはぶかぶかのTシャツをまとったミクルがせんべい布(団(に潜(り込むところで始まり、また終わった。
一方で、古泉イツキを曰(くありげな雰囲気で見つめるもう一つの影も存在した。
その影の名は長門ユキと言い、ごく普(通(でもなければ一般的な少女にも見えないが、それもそのはず実は悪い宇宙人の魔(法(使(いである。幅(広(のトンガリ帽(子(にマント姿という、およそ時代の流行にも日常着の範(囲(そのものにも外れた格好をしていることからもその片(鱗(はうかがい知ることができるというものだ。ちなみにどこかで聞いたような名前を持つ長門有希という人物とは単なる他人の空似に過ぎず、そこに同一性は欠片(もないというこの説明もだんだん面(倒(になってきた。
「…………」
感情が一筋も刻まれていない無表情でユキが立っているのは、高校の屋上である。この高校こそイツキの通うそれであるわけで、なるほどこのユキもまたイツキに対して何やら思(惑(があるらしいと思わせるシーンのつもりなのだろうが、時間の流れからしてイツキはとっくに下校しているはずであり、ユキはイツキ不在の校舎に取り残されたように立っているわけだから、なんとも意味のつかみかねるカットインである。
先ほどの商店街では夕方だったような気もするのだが、この時ユキの上空にある太陽はほぼ南天に位置して日差しも真っ昼間のような気がするのは、これはもう気がするという曖(昧(な範(疇(を逸(脱(して、はっきりと昼休みに撮(影(されたからである。いかに監(督(が時間の流れを気にせずに撮影を強行し、編集の段階で大いなる苦労が降りかかったかが、こういうところからも知れ渡(るであろう。
それはこの後の展開も同様である。
時間の関係でそこに至るいきさつはまるっきり描(かれることはないのだが、とうとうミクルとユキは最初の対決を迎えることになった。
なぜか場所は森林公園であり、意味もなくミクルはいったん神社で鳩(と戯(れたのち、ここにやってきた。
当然バニーガールの衣装ではなく、ミニスカートすぎるウェイトレスの衣装を着込んでいる。髪(をツインテールに結(い、グラマー度を強調しまくって余りある格好のミクルは、いかにも重そうにオートマチック拳(銃(を両手に握(りしめている。その表情には、ある意味であきらめにも似た決意が滲(み出ており、かえって哀(愁(を漂(わせていたがそれが演技指導によるものではなく自分の今の境(遇(についての感情の表れであるのも見ての通りである。
かたや、暗黒の衣装に全身を固めた長門ユキのほうは、自分の境遇にさしたる感想もないようで、ただぽつんと直立して星マーク付きの魔法の棒を持っている。
向かい合って立つ二人の少女は、視殺戦というにはあまりにも薄(弱(なにらみ合いを繰(り広げていたが、ミクルのほうが終始おどおどしているのは勝つ見込みが少ないと自覚しているからだろうか。
「えいっ!」
ミクルは闇(雲(に拳銃を構え目を閉じながら続けざまに引き金を引き絞(る。銃口から迸(る小さな弾(丸(が次々とユキを襲(った。しかしその大半はユキの横を虚(しく通り過ぎ、的に向かって飛んだものは五指で足りるだろう。
もちろん的となっているユキも迫(り来る脅(威(を放置などしない。〈スターリングインフェルノ〉という大層な名前の付けられた魔法棒を左右に振(って、そのことごとくを打ち落とす。
「ううっ……」
長くを待つまでもなく、拳銃は弾(切(れをおこして沈(黙(する。
「こ、こうなっては奥の手ですっ! とうりゃっ」
奥の手にしては出すのが早すぎのような気もするが、ミクルは可愛(いかけ声を放って拳銃を投げ捨て、ぱっちりと目を見開いた。
紺(碧(色に輝(く左目を存分に見せつけて、Vサインにした左手の指を顔の横に当てる。
「みっみっ、ミクルビーム!」
一声叫(ぶやウインクしたその瞳(から必殺の光線が放たれた。恐(るべき殺人光線は光速でもって空間を横切り、その途上にある一(切(の物質を貫(通(する──はずであったが、それを快しとしない人物がいた。
長門ユキである。
コマ落としをしたわけでもないのに瞬(間(移動を果たしたユキは、右手を差し出しミクルビームをつかみ取る。微(かにジュッというナチュラルなサウンドエフェクトが届く前に、地を蹴(ったユキはミクルに肉(薄(していた。
「ひえっ!?」
迫り来る黒い影に腰(を引かすミクル。ユキは黒衣(姿(がブレるほどの速度でミクルを迫(撃(、ミクルの顔を無造作につかんでそのまま地面に引き倒(した。
「あぎゃっ……ななな長門さ……!」
手足をバタバタするウェイトレス衣装、それにのしかかる長門ユキ。
いったいこの後、事態はどのような急転直下を迎(えるのか。果たしてミクルの運命は? イツキはいったい何のために出てきたのか?
すべての謎(に含(みを見せたまま、しばらく主演女優二人による大(森(電器店CMをお楽しみください。
…………。
そのCM開けは、ウェイトレスミクルがしょんぼりと歩いているところから始まる。
「ミクルビームが通用しないなんて……。なんとかしなくちゃ」
というようなことを呟(いているのは、例の商店街でのことである。とぼとぼ歩きのミクルは乱れた服装で文具店まで戻(り、家具もろくすっぽない小部屋へと引っ込むと、また着(替(えをするようだ。どうも変身ヒロインというわけでもないようで、衣装はいちいち脱(いだり着たりする必要があるらしい。
次に襖が開いたとき、ミクルは再びバニーガールとなって登場、うつむきかげんに階段を降りていく。
どうやら闘(いの勝敗はともかく、今日もバイトに出かけなくてはならないらしい。真(面(目(なのか抜(けているのか、いや単なる努力家なのか、涙(を誘(うような境遇もあったものであり、このへんはミクルの実体に何となく近いような気もする。
ところでその頃(、古泉イツキは相も変わらずの何も考えていないような顔で空(虚(に道を歩いていた。
その前に姿を現したのが神(出(鬼(没(の怪(人(黒マント、長門ユキである。ユキは肩(に三(毛(猫(を乗せていて、猫は爪(を出してユキの黒衣にしがみついている。ユキより猫のほうがバランスに気を遣(っているような気配を感じるが、元々気配がないのがユキの特(徴(なので、この時イツキの行く手を遮(ったのも突(然(のことであった。
さすがに驚(いたような顔をつくったイツキは、猫付き魔法使いの前で立ち止まり、
「何者です?」
もっと適切なセリフがあってもよさそうなものだったが、とりあえずここではそう言うことになっていた。
「わたしは」
ユキはタメを持たせて喋(った。
「魔法を使う宇宙人である」
猫を見つめながらイツキは応(えた。
「そうなんですか」
「そう」
ユキも猫を見つめている。
「僕に何の用です」
「あなたには隠(された力があるので、わたしはそれを狙(っている」
「迷(惑(だと言ったらどうします?」
「強(引(な手を使っても、わたしはあなたを手に入れるだろう」
「強引な手とはなんでしょうか」
「こうするのだ」
ユキは〈スターリングインフェルノ〉をゆらーりと振った。途(端(、その星マークから稲(妻(のような透(過(光が発射される。
「危ないっ!」
横から飛び出してきたバニーガールがイツキにタックルを決めた。もつれ合って転がる二人の人間。稲妻は宙を飛んで電信柱に弾(けて消えた。
イツキに覆(い被(さるバニーなミクルという実に腹立たしい状(況(が完成し、どういう思(惑(があるのかユキは追加攻(撃(をしかけなかった。
転がった拍(子(に頭を打ったミクルが目を回しているからかもしれない。イツキに肩を揺(さぶられて黒目に戻ったミクルは、
「いたたた……」
側頭部をさすりながら立ち上がり、果(敢(にも長門を指差しながら、
「あなたの思うとおりにはさせません……!」
と叫んだ。
ユキはじっとミクルを見つめていたが、やがて肩の三毛猫の髭(に感情のない視線を向け、またミクルを見つめて呟いた。
「ここはひとまず退散しておく。けれど次はそうはいかないのだ。その時までに自分の戒(名(を用意しておくことだ。今度こそわたしは容(赦(を失ってお前を討(ち滅(ぼすだろう」
ミクルにそんな時間的余(裕(を与(える意味が何一つ解(らないが、ともかくユキはそう言って背を向けた。てくてくと歩いていく黒い姿が小さくなっていく。
イツキが言った。
「あなたは誰(ですか?」
「えっ?」
ホッとした表情だったミクルは途端に顔色を変化させ、
「あっ、えー……。あたしは通りすがりのバニーガールです! それだけなんです! じゃあさようならっ」
ユキの後ろ姿を追うように駆(けていく。
「あの人はいったい……」
イツキが無(駄(に遠い目をしながら言って、画面は意味もなく白い雲へとパンした。
次のミクルvsユキ、そこは湖(畔(の際(での事だった。
言うまでもないことかもしれないが、ここに至る過程は省かざるを得ない。何かまあそれっぽいアレやコレやがあって、再戦の火(蓋(が切られることになったんだろう多分。
「こここんなことではっあたしはめげないのですっ! わわっ悪い宇宙人のユキさん! しんみょうに地球から立ち去りなさいっ……。あの……すみません」
「あなたこそこの時代から消え去るがいい。彼は我々が手に入れるのだ。彼にはその価値があるのである。彼はまだ自分の持つチカラに気付いていないが、それはとてもきちょうなものなのだ。そのいっかんとしてまず地球を侵(略(させていただく」
「そそそそんなことはさせないのですっ。この命にかえてもっ」
「ではその命も我々がいただこう」
今回のユキは猫連れでない。代わりに他(のものを連れていた。どこかから連れてきたらしい高校制服姿の男女であり、活発そうな少女が一人、途(方(に暮れた顔つきの少年が二人で計三名を数える通りすがりの人間だ。
少なくとも髪(の長い少女だけはミクルの知り合いであったらしく、
「あっあっ、鶴屋さん……。ま、まさか、あなたまで……。しょしょ正気に戻ってください!」
「そんなカッコしてるみくるに正気に戻れとか言われてもなあっ!」
一(瞬(、素(で答えた鶴屋さんは、口元をわざとらしく歪(めて、
「みくるーっ。ごめんねえ。こんなことしたくないんだけど、あたし操(られちゃってるからぁ。ほんと、ごめんよう」
「ひい」
「さあ、ミクル。かくごしろ~」
まったく鬼(気(の迫(らない演技でミクルににじり寄る鶴屋さんと他二名。
後ろの方でユキが棒を振(って指揮する感じを出している。その指示棒から出る念波か電磁波かは知らないが、とにかくそのような意味具合のシロモノによって、鶴屋さんと他二名は自意識を喪(失(した木偶(人形として操作されてしまっていた。
恐(るべし長門ユキ。なんて卑(怯(な手を使うヤツなのであろう。これではミクルは手を出せない。どうするんだ、ミクル。
「ひええ、ひえええ」
どうしようもなかった。
哀(れ、ミクルは両手両(脚(を鶴屋さん他二名によって押さえ込まれ、そのまま緑色に濁(った池へと放(り投げられた。何の手(違(いか、他二名のうち不(真(面(目(そうな少年も池の縁(からダイブを敢(行(していたが、それはついでの出来事だ。放っておけば勝手に這(い上がるだろう。
「ひ、あぶぅっ……はわぁ……っ!」
足が届かないほどの深みであったらしい。ミクルは恐(怖(におののいた顔で必死に水しぶきを上げていて、焦(りのあまりかまったく前進することはなかった。このままでは遠からず池の底で魚につつかれるという非常にマズい末路が待っている。しかしミクルは泳げないのか、泳げないことになっているのか、必死に水面をバシャバシャしているだけである。朝比奈ミクル最大のピンチだ。
しかしそこはヒロイン、ちゃんと救いの手は差し伸(べられることにはなっていた。
「どうしました?」
横から颯(爽(と登場したのは古泉イツキだった。水面ギリギリにしゃがみこんだイツキは、マンガチックなまでに見事な溺(れ方をするミクルに腕(を伸ばした。
「つかまってください。落ち着いて。僕まで引っ張り込まないようにね」
ところで、イツキは今までどこに隠れていたのだろうか。池の周辺は平(坦(な地面のみであって身を隠せそうな障害物は皆(無(であり、出てきたタイミングから逆算すると、ミクルが池に叩(き込まれるのをすぐ側(で眺(めていたとしか思えない。不思議な事はまだあって、先ほどまで棒を振っていた黒衣のユキとその手勢三名もいつしか姿を消している。トドメを刺(す絶好の機会だというのに、いったいどこに消えたのか。
「大(丈(夫(ですか?」
「……うう……つめたかったあ……」
イツキに池から上げられたミクルは、けほけほむせながら四つん這い。
「あんなところでいったい何をしていたのですか?」
イツキが問うが、ミクルは答えずにぼんやりと見返すことしばし、やっとセリフが出てきたようで、
「えっあっ……その。悪い人に池にそのう……。えーと」
ここでどこからか響(く声でも聞こえたのか、ミクルは「うっ」と呻(いて倒(れ伏(した。そう、ここは気絶しなければならないことになっている。
「しっかりしてください」
抱(き起こそうとするイツキの腕の中で、ミクルはぐたりと身体(を弛(緩(させた。
普(通(、こういう場面に出くわせばイツキのような役回りとなった人間は救急車を呼ぶか周囲の民家まで助けを呼びにいくかすると思うのだが、不届きにもイツキはミクルを背負うと、いずこへかと歩き出した。意識の失(せた美少女を貴様どこへ連れて行く気だこの野(郎(と言ってもイツキの足取りには迷いがない。
強(烈(な命令電波によってリモートコントロールされているかのように潔(く、イツキはミクルをどこかへ連れ去ろうとしていた。
どこへだ。
彼の自宅ということになってる家へであった。
細かい情景描(写(は割(愛(するが、でかくて優美な日本的邸(宅(であることは間違いなく、純和風な広々としたイツキの自室にミクルは運び込まれる始末となった。
ここで注目すべきは、イツキがロングT一枚のミクルをお姫(様抱っこしているという暴挙もさることながら、どう見てもミクルが風(呂(上がりとしか思えない風(情(であることだ。
ところで気絶している人間が一人で入浴することが可能とは想像できないことから、と言うことは、ミクルはこのイカサマスマイル野郎の手によって身体を洗われた以外に何かあるだろうかという疑問が生じ、疑問はいささかの停(滞(も見せずに激(怒(に変化して場合によっては容易に殺意へと転(換(するものであるわけで、今がまさにその時である。
イツキはユキに狙(われる心配よりも全校生徒の約半数から身を守ることを考えたほうがいい。
溺れて失神した少女を、意識がないのをしめたものと自室に連れ込んだだけでも犯罪に近いというのに、そのまま風呂にまで入れたとなるとこれはもう犯罪を超(えて人間の根元的な罪悪の一種に数えられるに違いなく、そのような行(為(を働いた人間いやイツキは一寸刻み生殺しの刑(に処したところでどこからもクレームは付かないに違いない。誰かやって欲しいものだ。
さて、イツキはなぜか敷(いてあった布(団(にミクルを寝(かせ、その側に陣(取(ってあぐらをかいた。腕組みをして何かを考えているようである。賭(けてもいい。こいつは何も考えていない。
それを証(拠(に、外なる声の指令に従い言いなりとなってミクルの顔ににじり寄っていくではないか。後一センチ接近したら登場する予定のないキャラが突(如(としてフレームインし、古泉……イツキなる少年を蹴(り飛ばすところだったが、幸いにしてこの場に現れても不思議でない人物が制止をかけてくれた。
「待つがよい」
そう言いながら窓から身を乗り出している出来損(ないの死(神(見習いみたいな少女は、長門ユキその人だった。言い忘れていたがここは二階である。それまでどこに待機していたのかと少々の疑問も残るが、そんなもん茶(漬(けの最後の一口のように飲み込んでしまうことを希望する。
死神モドキと言いつつ今は喪(服(の天使程度に見えなくもないユキは、転げ落ちるように部屋へと侵(入(し、すっくと立ちはだかると、
「古泉イツキ。あなたは彼女を選ぶべきではない。あなたの力はわたしとともにあって初めて有効性を持つことになるのである」
淡(々(とした口調でそう言って、二十四時間平静継(続(中の黒い瞳(をイツキに向ける。
イツキはイツキで、ユキが窓から現れたことには驚(かないくせに、
「えっ。それはどういうことですか?」
言(葉(尻(だけを捉(えて、深刻な顔つきをしたりしている。
「今は説明できない。しかしいずれ理解を得ることもあるだろう。あなたの選(択(肢(は二つある。わたしとともに宇宙をあるべき姿へと進行させるか、彼女に味方して未来の可能性を摘(み取ることである」
記(憶(によると、確か三割くらいはユキがアドリブで言っているセリフである。それは本当にイツキにのみ投げかけているセリフで合っているのか?
その長門の……ユキの言葉にどれほどの含(蓄(があるのかは判断保留するとして、イツキは難しい顔をして考え込む。
「なるほど。どっちにしても彼……いやこのシーンでは僕ですか、僕が鍵(となっているのですね。そして鍵そのものには本当の効力はない。鍵はあくまで扉(を開ける効果しかないものです。その扉を開けたとき、何かが変わるのでしょう。おそらく、変わるのは……」
言いかけてイツキは言葉を句切り、なぜかカメラ目線で含みのある視線を送ってきた。こいつは誰(に向かって何を言っているつもりなのだろうか。
「それは解(りましたよ、ユキさん。ですが今の僕には決定権はない。まだ結論を出すには早すぎると僕は考えます。保留って事で、今回は手を打ちませんか? 僕たちにはまだ考える時間が必要なんです。あなたたちがすべての真実を語ってくれるなら別かもしれませんが」
「その時は遠からず来るだろう。しかし今ではないことも確かだ。我々は情報の不足をなによりも瑕(疵(とする習慣がある。可能性の段階では、明確な行動は取ることができないのだ」
意味不明な会話であったが、イツキとユキの間には他人には理解不能な共通認(識(が芽生えたようだった。
ユキはゆっくりとうなずくと、ミクルの赤い顔をした寝(姿(に一(瞥(を与(え、また窓によじのぼってポトリという感じで姿を消した。二階から落下したのではなく、ひさしに乗っただけなのであるがとりあえず姿は見えなくなった。
そしてまた、イツキは思案に暮れるような顔をして眠(り続けるミクルを見つめ続けるのだった。
果たして目覚めたミクルは自分が置かれた状(況(を正しく認識し、狼(狽(したり手近なものをイツキに投げつけたりするのだろうか。男と二人きりで、しかも自分は意識不明、着ているものはシャツ一枚、何かされたと勘(違(いしてイツキに食ってかかる事態に発展しないとも限らない。ぜひそうなって欲しい。
そんな人々の期待を大いに引っ張りながら、ここでCM第(二(弾(、主演女優二人によるヤマツチモデルショップの店(舗(プロモーションフィルムをご堪(能(ください。
…………。
そのCM開け、物語は起承転結で言うところの転部分に発展する。これまでのバトルチックな展開は影(を潜(め、どんな意図が働いたのか一転してラブコメになってしまうのである。
ミクルはイツキの家に居(候(することに決定され、以降は思わず悶(絶(したくなるような二人の煮(え切らない同居ストーリーへと転落した。その有様たるや、見ているこっちが恥(ずかしさのあまり卒(倒(するくらいの甘(甘(なシロモノであった。
イツキのためにいそいそと下手な料理を作るミクル、学校に出かけるイツキを玄(関(で見送るミクル、ひょんなことで指が触(れ合い大(袈(裟(なアクション付きで頰(を染めるミクル、掃(除(や洗(濯(に励(むミクル、帰宅したイツキを嬉(しそうに出(迎(えるミクル……。
なんとかしてくれ、と叫(びたくもなろうと言うものだが、そんな叫びは誰の耳にも届かなかったようで結果としてなんともならず、イツキとミクルの純情恋(愛(模様が延々と繰(り広げられることになった。俺と代わってくれ、古泉。
ちなみに古泉イツキは妹と二人暮らし、という設定がいつの間にか出来ていたらしく、急(遽(どこからか引っ張ってこられた小学五年生十歳、いや先月誕生日だったから十一歳の小(娘(が意味なく画面上をフラフラしてはイツキとミクルにまとわりついていたりしており、物語そのものにまた一つ謎(なシーンが刻まれた。妹を出す意味がどこにあったんだろう。
そうこうしているうちに、イツキを巡(るミクルとユキのわけの解らない闘(いは、イツキの学校へと移り変わることとなった。
なんと、ユキがイツキの高校に転校してきたのだ。どうしてこんなまどろっこしい話になるのかはさっぱり解らないが、黒衣を脱(ぎ捨てたユキは正(攻(法(よりも搦(め手(を使ってイツキを籠(絡(することにしたらしく、ミクルそっちのけでイツキに迫(るやり方もかなり奇(策(を弄(したものとなった。下(駄(箱(にラブレターを入れることを手始めに、二人分の弁当持参で昼休みに押しかけたり、イツキが出てくるのを下校時間までじっと待っていたり、隠(し撮(りしたイツキの写真を財(布(に忍(ばせたりと、イツキに対する精神攻(撃(を怠(らない。しかしそれらは奇策ではなく正道じゃないのか。
無論のことだがミクルもまたユキへの対(抗(措(置(を発動させた。早い話、彼女もまた転校生となってイツキの高校へ乗り込むことにしたのだ。だったら物語の最初から潜(り込んでいればいいじゃないか。ミクルの存在理由はイツキを守るためなのだから、はなっから同じ高校に通っていてもおかしくないというか、むしろそうしておくべきだろう。
全然説明がないので不思議としか言いようがないことに、ミクルもユキも校内では裏付け不明のレーザー光線やビーム兵器などで戦うことはなかった。この時点になると、もはや二人の目的は「どちらが早くイツキの心を奪(うことができるか」になっているとしか思えない。
物語は自身の行く先を完全に見失い、単なる一人の少年を軸(とした二人の少女による恋(のさや当て合戦の様相を呈(していた。
もちろん圧(倒(的に不利なのはユキのほうだ。何と言ってもミクルにはイツキと同じ屋根の下で暮らしているというアドバンテージがあり、どこで暮らしているのかも解(らないユキには決して踏(み越(えることのできない高い壁(が匈(奴(の侵(攻(を阻(む長城のようにそこに存在する。
このビハインドを挽(回(すべく、ユキは秘策でもって打って出ることにした。
「…………」
「うわ、何ですか?」
ところかまわずイツキに抱(きつき始めたのである。スキンシップによるイツキの精神的動(揺(を誘(う作戦であると思われるが、当のユキはあくまで無表情に行動するため、そこに情(緒(的な感情があるのかどうかは計りがたく、なんとなく不気味ですらあった。
なんつったって行動と表情にまるで一(貫(性がないからな。
ミクルはそんな二人の姿を目にしてはジェラシーに苦しむという演技を見せることになっていたものの、傍(目(からはイツキがどうなってしまおうとどうでもいいような顔に見えなくもないのでイマイチ情感に欠けていた。
実は本当にイツキのことなんかどうでもいいのかもしれない。
実際問題、そろそろ全員揃(ってアップアップしている頃(合(いだったしさ。
そんな愉(快(な学園シーンに飽(きたのだろう、学校内での不戦協定を結んでいるらしいミクルとユキは、間欠的に本来の職分を取り戻(す習性でもあるのか、ちょくちょく戦うウェイトレスとエイリアンマジシャンの扮(装(に着(替(えると、小(競(り合いのようなショボい戦(闘(をそこかしこで繰り広げることになっていた。
どうも迷(走(の度合いは物語の進行とともに深く大きく拡大している模様である。
団地の裏庭で戦うミクルとユキ、+ユキの使い魔(猫(シャミセン。
学校裏の竹林で火花を散らし合うミクルとユキ、+シャミセン。
どことも知れない民家の玄(関(先(で取っ組み合うミクルとユキ、それを退(屈(そうに眺(めているシャミセン。
イツキの家の居間をドタドタと駆(け回るミクルとユキ、それを見て笑っている妹と妹に抱かれたシャミセン。
などの、まるで挿(入(する必要のないシーンが割り込まれたかと思うと、また何事もなかったかのように学園三角関係が始まったりもして脱(力(を誘(うのだった。
そのようにしてミクルとユキの間を右往左往するイツキであったが、そんな姿に様々なところから怨(嗟(の声が集中するのも当然である。それはもっぱら男子生徒の声をしているわけで、しかし物語を操(る神のごとき超(監(督(はそのような雑音などリング下に蹴(り落として頑(ななまでに己(の信念を貫(き続ける。
よってストーリーはこの期(に及(んですら、まるでブレーキの存在を知らないチンパンジーが運転するレーシングゲームのように曲がり角のたびにクラッシュし、また一から直線運動を開始するがごときデタラメな展開を爆(走(するのであった。
しかしながら、さしもの超監督も、ここまで御(都(合(主義と思いつきのみでやってきたのはいいとして、そろそろオチを付けなければいつまで経(っても終わりそうにないということに遅(まきながら気付いたようだ。
まさに今(更(であり、とっくに手(遅(れになっている気がしてならない。
ともかく、これではラチがあかないと思ったのであろう、物語は登場人物たちが何をやっているのかよく解らないまま細切れになりつつも終着地点めがけての突(進(を余(儀(なくされた。
やにわに当初の目的を思い出したユキは、ミクルに最終決戦を申し込むことにしたのである。
ある朝、ミクルの下駄箱に投じられてた封(筒(には、「ケリをつけよう」とプリンタが吐(き出したような明(朝(文字の躍(る便せんが入っていた。
だがしかし、何をどう考えてもユキが本気でミクルを討(ち滅(ぼそうとしていたら、こんな告知をするまでもなく今まで何度となくその機会があったはずである。にもかかわらず、ユキは手をこまねくまま何もせず、ただの無表情キャラとして一(般(的な高校生を演じたり、小競り合いに終始していたのだから宇宙人の考えることは解らない。こいつはいったい何がしたいのか。
何がしたいのか解らないのはミクルも同じで、ユキからの果たし状を受け取ったミクルは決意を秘(めた悲(壮(な顔つきとなって手紙を握(りしめ、どこか遠くを見る目をしては「うん」と力強くうなずくのだった。何を理解してうなずいたのかは、何度も言うようだがさっぱり解らない。解っているのは画面に最後になっても登場しない誰(かさんだけだろう。
撮(ってる俺にだって理解不能だが、ありがたいことにこの世のあらゆる物事には終(焉(という宿命があらかじめ組み込まれており、人を永遠という名の無(間(地(獄(から救い出してくれていた。
そしてクライマックスが訪(れる。
ここで再び友情出演となった鶴屋さんは、ミクルが暗い顔をしているのを見咎(めた。
「どしたのミクル。そんなオッサンのストーカーに困ってるような顔しちゃって。水虫の告知でも受けたのっ?」
教室の隅(っこでうずくまるミクルは、
「いよいよこの時が来たのです。あたしは最後の闘いに赴(かないといけません」
「そいつはスゴイねっ。任せたよミクル! 地球をよろしくっ!」
鶴屋さんはあっけらかんと言って、しばらく顔をぴくぴくさせていたが、ついに堪(えきれずゲラゲラ笑い始めた。
「……がんばります……」
ミクルはかろうじてマイクが拾えるくらいの小声で呟(く。
ところでこんな疑問だらけの話にあらためて疑問を呈しても無(駄(だとは思うが、ミクルと鶴屋さんはいつからの知り合いなのだろうか。鶴屋さんの初登場は池での操られシーンだが、そのときミクルと鶴屋さんは互(いの名前を知っていたわけで、ということはミクルが転校してくる以前からの知り合いだった以外に考えられない。だとしたら、あの時のユキによる精神操作攻(撃(はもっと後に持ってくるべきだったのではないだろうか。少なくともミクルと鶴屋さんが友人であるという設定があってこそ映(える戦闘シーンだったろうし、それまでに二人が親しくしているような映像を入れていないのは、はっきり演出上のミスであると断言していい。
もちろん、やかましく喚(き立てる天の声は自身の無(謬(性を何よりも確信しているので、そのような指(摘(に耳を貸すわけもなく、その都度脳内でフラッシュした映像を撮(影(することに最大の熱意を捧(げて、本能が命じるままの行動はとどまるところを知らず、俺のような通常人類は心身ともに疲(弊(していくのだった。
てなわけで、決戦場は校舎の屋上であった。
黒い魔(法(少女の衣(装(で待ち受けるユキは、肩(にシャミセンを乗せて昼休みの屋上にぽつんと立ちつくしている。
待つこと数秒、屋上へ出(ずる扉(が開き、ウェイトレスコスチュームのミクルが姿を現した。
「ま、待たせましたか?」
「待った」
ユキは正直に答えた。事実、この時のミクルの着替えは女子トイレの個室でおこない、そのためだか知らないがけっこうな時間をふいにして、撮影スタッフの俺も待たされていたのだ。
「では」
正直なのはそこまでで、ユキは決められていたセリフを吐いた。
「これですべての決着をつけようではないか。我々にはあんまり時間が残されていないのだ。遅くとも、あと数分で終わりにしないといけない」
「それはあたしも同感ですが……。でもっ! イツキくんはきっとあたしを選ぶと言ってくれます! うう……恥(ずかしいですけど、あたしはそう信じます!」
「あいにくだが、わたしは彼の自由意志を尊重する気などない。彼の力はわたしに必要なものである。ゆえにいただく。そのためには地球の征(服(も厭(わないのだ」
ではさっさと地球征服に乗り出して、したおいた上でイツキの身(柄(を押さえてしまえばいいだろう。そしたら誰も抵(抗(しようもないし、ミクル一人ががんばったところで人類の多数決がイツキ引き渡(しに動けば、いかな戦闘美少女でもその意見を覆(すのは難しいだろうに。
だいたい地球を征服する力があるのなら、イツキの一人くらい何とでもなったのではないだろうか。
「そうはさせません! そのためにあたしは未来から来たのです!」
ああそうだった。ミクルは未来人ウェイトレスだっけ。しかしここまで未来から来たという設定がまるで生かされていないのもどうかと思うね。
ここでまた一通り、ミクルとユキの透(過(光ぶつけ合い演(舞(が繰(り広げられた。
「とりゃあ」とか「ほわらっ」とか言いながらビームやワイヤーやミサイルやマイクロブラックホールを目から出しているのがミクルで、一(貫(して無言のままスター棒を振(っているのがユキである。
CGでは出せない味もある、という命令電波により屋上ではドラゴン花火や爆(竹(が惜(しげもなく点火され、火花や爆音が申し分なく放出された。商店街の廃(れた玩具(店の倉庫から拠(出(されたものであったが、ちゃんと火はついてチャチい火柱とうるさいだけの破(裂(音を立ち昇(らせたその結果、階下から教師が何人も駆(けつける次(第(となって、俺たちはメッチャ怒(られた。
学校内で火遊びしてたらそりゃ指導を喰(らって当然だ。
俺の内申書に変なマイナスが施(されることになれば、その分は全部監(督(に回していただきたい。なんなら朝比奈さんや長門に古泉の分を加算しても、あいつなら楽勝でカバーできるだけの成績を維(持(してのけることだろう。黙(って座っているだけなら文句の付けようがない奴(だからな。
そんな撮影係の心の呟きを無視しつつ戦(闘(は続行される。
屋上からの撤(収(を要求する教師たちに向かって、この重要なシーンの撮影を妨(害(するようなことは学内における生徒の自由意志を迫(害(する学校側の横暴であり場合によっては告(訴(も辞さない、と監督が強(硬(に主張したためである。
本当にやりそうで恐(い。
ともあれ、火を使うなという負け惜しみのような小言を残して数名の教師は屋上から引っ込み、入り口の扉口で観客化することとなった。見物人が増えた弊(害(として、ミクルはますます縮こまる。
そんなこんなで、ミクルはいよいよ窮(地(に立たされることとなった。ミクルの放つ攻撃は何一つユキに通用せず、平気な顔で前進するユキから逃(げるように後ずさったミクルはついに屋上の鉄(柵(まで追いつめられた。
「安心するがいい。あなたの墓(碑(銘(はわたしが刻んでやることにする。あの世ではせいぜい善行を積み、来世の糧(とするがよいだろう」
ユキは棒を突(きつけ、ミクルに別れの言葉を発した。
「では、さらばだ」
その途(端(、スターリングなんだっけから途(轍(もない光源が生まれ、安っぽいフラッシュが幾(度(か輝(いた。
「ひーえーっ」
頭を抱えて丸くなるミクル。
どういう攻撃なのかは理解不能だが、とにかくスゴイ技(ということになっている。一見ただ画面がチカチカしているだけ、しかしその攻撃力はミクル一人くらいなら跡(形(もなく原子分解させるほどの恐(怖(の魔法なのだった。
ここで盛り上がらないと他(に盛り上がるところがないので一つよろしくお願いしたい。
「うひーっ。きょわーっ」
ひたすら悲鳴を上げ続けるミクルである。
この最初から最後まで役立たずなヒロインぶり、本来なら呆(れ果てるところだが、でも可愛(いから全部許す。
しかし誰(が許したところで、このままではミクルは物語から退場することになってしまう。正義が悪に滅(ぼされ、主義主張が勝敗を決める上での決定項(目(にはなったりしないという、権力があるもんの勝ち、みたいな現代社会を諷(刺(する一種の皮肉をテーマとしたストーリーで終わってしまうのだろうか。
「……!」
当然そうはならないのである。正義側に与(して最後まで生き残るべき登場人物は物語のオチが付く前にあっけなく消え去ったりはしない。見えざる神の手は悪を駆(逐(するために降臨し、現実としてあり得ないほどのタイミングで主要キャラの窮地を救うことになっていた。監督の思い描(いたシナリオではそうなっている。
この時ミクルを救うために飛び込んだ神の手は、言うまでもなく古泉イツキの姿をしていた。そりゃそうだ、他にいないもんな。何の伏(線(もなく新キャラが出るには残り時間は少なすぎる。
すんでのところでイツキはミクルを身体(ごと引っ張り、ユキの攻撃をかわさせることに成功した。えらくゆっくり飛んでたんだな、ユキの魔法光は。
「だいじょうぶですか、朝比奈さん」
そう言いながらイツキはユキに相対して片手を差し出し、
「彼女を傷つけることは僕が許しません。ユキさん、どうかやめてください」
へたりこんだミクルの前に立ちはだかり、かばう姿勢のイツキに対し、ユキはしばらく考えるような仕草で肩の猫(を見た。どうせ手に入らないのならイツキもミクル共々滅殺してしまおうと計算しているのだろうか。
が、答えを出したのは思わぬヤツであった。
「考えることはないだろう。この少年の意思を奪(ってしまえばいいのだ。仄(聞(したところ、キミにはそのような人間操作能力があるそうではないか。まず少年を操(り人形としたうえで安全地帯に誘(導(したのち、この敵なる少女を滅ぼしてしまえばいいのだ」
シャミセンが喋(り、俺大(慌(てである。あれほど喋るなと言っておいたのに、なんてことをしてくれたのか。今晩はエサ抜(きだ。
「わかった」
一人冷静なユキが星マークの先でシャミセンの額をコツンと叩(いて、猫はその口を閉(ざした。それからユキは誰に言うでもなく、
「今のは腹話術」
と断ってから、スターなんとか棒を振り上げる。
「くらうがよい。古泉イツキ。あなたの意思はわたしの思うがままになるであろう」
チープなSEを発して、星マークから稲(妻(光が放射された。
語らなくてもバレバレだとは思うが、いちおうラストバトルの趨(勢(をお伝えしておこう。
早い話が、ここでイツキのポテンシャルパワーが発揮されたのである。絶体絶命の局面に陥(ったイツキは、自分でも意識していなかった秘密の力を覚(醒(させ、惜しみなく潜(在(能力を解放させたのだ。その手の能力はしばしばコントロール不能なことが多いのでこの場合も同じであり、イツキの放ったおそらくエモーショナルな部分を源泉とする理(屈(不明の秘密の力は、ユキの攻(撃(を跳(ね返し、最大ゲージで黒衣の宇宙人を襲(った。
「…………無念」
「にゃあ」
という感じのセリフを残し、ミステリアスなユキとシャミセンのコンビは、そのまま大宇宙の彼方(へと吹(き飛ばされた。いやにあっけない断(末(魔(であった。
ユキとシャミセンの最(期(を見届けたイツキは、
「終わりましたよ、朝比奈さん」
優(しげな声を投げかける。
ミクルは恐(る恐る顔を上げ、まぶしいものを見つめる目でイツキを見た。
イツキはミクルの身体に手を回して立たせてやると、屋上の鉄柵に手を掛(けて空を見上げた。つられたようにミクルも遠くの雲へ視線を注ぎ、カメラもまた青空に向けられた。
どうもシーンの繫(がりに困ると空を映してごまかそうというのが見え見えだな。
というわけでようやくラストシーンへと場面は転(換(する。
秋なのに桜が満開となった並木道を、ミクルとイツキが寄り添(い合って歩いている。ウェイトレス衣(装(と学生ブレザーのカップルで、お似合いなのがかえってムカつく。
都合のいいことに、ここで不意なる強い風が吹きすさんで舞(い散った桜の花びらが渦(を巻いた。こればかりは天然の演出だった。
ミクルの髪(に降りた桜色の花弁を、イツキが微笑(みながら取ってやる。ミクルは照れくさそうに目の下を赤く染めて、ゆっくりと目を閉じていく。
カメラはそんな二人の姿から唐(突(に焦(点(を外し、いきなり向きを変えると青い秋晴れの空を映し出した。しかしまた空か。
適当にパクってきたエンディングテーマがイントロを奏(で始め、スタッフロールが流れ出す。
最後の最後に別(撮(りした天の声のナレーションが入り、こうしてSOS団プレゼンツ、『朝比奈ミクルの冒(険(エピソード00』は物語を徹(底(的に混(迷(させたままのエンディングを迎(えた。
こうも最初から最後までグダグダにしてしまった映画もそうそうあったもんではないだろうし、第一こんなもんを映画などと言ってしまっては真(面(目(に映画作りを志している人々に失礼だと思うのだが、どうしたことか興行的には成功したらしい。当初、映画研究部作品との二本立てで上映されていたこの映画は、やがて映研作品を押しのけて堂々と視(聴(覚(教室のプロジェクターを独(占(することになってしまった。観衆の声がそう要求したからのようだが、そこに天の声も混じっていたというのも大きかったようだ。ほとんど朝比奈さん人気だろうが。
気の毒な映研作品は、視聴覚準備室で細々と上映されることになったという話である。
入場料を取っているわけではないので誰が儲(かることもないのだが、この結果論的な成功に気をよくした監(督(兼(プロデューサーは、すっかり鼻高々となって続編の製作を立案し、さらに『朝比奈ミクルの冒険ディレクターズカットバージョン』を新たに編集した上で、DVDに焼き直して売りさばこう、などとも主張しており、現在俺と涙(目(の朝比奈さんとで必死に止めようとしているところだ。
今はただ、来年の文化祭までに我らが団長の興味が映画以外の何かにアンテナを向けていることを切に祈(る次(第(である。
何をやろうと言い出そうが、どれだって同じような末路が待ちかまえているだけかもしれないし、まあ、それもこれもそん時までにSOS団がまだここにあったらの話だ。
……あるのだろうか?
今度、未来人に訊(いておこう。それが禁則事(項(に該(当(しないことを願いつつ、俺はそう決意するのだった。