雪山症候群 2

 冬休みに合宿することはほとんど決定された未来に等しく、そんな未来があらかじめ見通せていたなら実際にその通りのことが起こってもおどろきはない。

 なんせ夏休み初日に出発した殺人とうツアー(台風付き)がしゆうりようしたと思ったら、すでにその帰りのフェリーの船上において高らかに宣言されちまい、だれが宣言したかというとそれはハルヒ以外の誰でもなく、その決意表明をうやむやのまままされたのはハルヒ以外の俺たちでありツアーコンダクターにじよにんされたのは古泉である。

 冬になったら別のことに興味が向いているかと少しは期待していたのだが、我らの団長はこういうところだけはやけに物覚えがいいらしく、

「年越しカウントダウンinブリザード」

 俺たちにホチキスで留められたペラが回ってきた。配り終えたハルヒはゆうかいはんが子供に向けるようながおで、

「予定通り、この冬は雪の山荘に行くわよ。ミステリアスツアー第二だん!」

 場所は部室で、時間は終業式が終わったばかりの二十四日のことである。長テーブルの上ではカセットコンロにかけられたなべがグツグツ言っており、俺たちは雑多な食材が適当にえているだけのその鍋を囲んで昼飯代わりにしていた。

 ハルヒがデタラメな順番で投入する肉や魚や野菜類を、きんをかぶったメイドバージョンの朝比奈さんがさいばしでより分けたりこまめにアクをすくったりしているかたわらで、ただっているだけの俺と長門と古泉のSOS団五人組に加え、今日はスペシャルゲストを招いていた。

「うわっ、めちゃウマいっ。何これっ? はぐはぐ……ひょっとしてハルにゃん天才料理人? ぱくぱく……うひょー。ダシがいいよ、ダシがっ。がつがつ」

 鶴屋さんである。この元気な声の主はもくもくと食い続ける長門と張り合うように、いちいちたけびを上げながら箸を高速移動させて鍋の中身を自分の取り皿に運び込み、

「やっぱ冬は鍋だねっ! さっきのキョンくんトナカイ芸も大笑いだったし、いやーっ今日は楽しいなあっ」

 ウケてくれたのはあなただけでしたよ鶴屋さん。ハルヒと古泉は終始ニヤニヤ笑い、朝比奈さんなんかちゆうで顔をせてかたふるわせ始めたし、長門に至ってはそれのどこがおもしろいのかとロジカルに考えているような表情で、まったくいたたまれない気分を最大限に実感しながら俺はたきのようなヒヤあせをかいていた。人を笑わせる才能に欠けていることをハッキリとさとったね。芸人の道だけは志すまいと心に決めたところであるが、まあ、それはいい。

 鶴屋さんは単なる鍋仲間や朝比奈さんの付きいとしてここにいるのではなかった。それがゆえのスペシャルゲストなのである。ではいったいどんなスペシャルなのかと言うと……。

「その吹雪ふぶきの山荘なんだけどね」

 ハルヒは山荘のまくらことばを雪から吹雪へとグレードアップさせて、

「喜びなさい、キョン。なんと! 鶴屋さんの別荘を無料で利用させてもらえることになったわ。なんかスゴくいい所らしいわよ。今から楽しみだわ! さ、じゃんじゃん食べてちょうだい」

 ハルヒはぶたにくかたまりを鶴屋さんの皿に投下させ、ついでに自分の皿にも食べごろになったアンコウの切り身を確保した。

「いっつも家族で行くんだけどねっ」

 鶴屋さんは口にほうり込んだ豚肉を丸飲みして、

「今年はおやっさんがヨーロッパ出張でいないんだよね。どうせだから三が日が終わったら家族でスイス行ってスキーしようってことになっちゃったっ。だから別荘のほうはキミたちと行くよ! なんか面白そうだしさっ」

 朝比奈さんがポツリとらした合宿の件を聞きつけた鶴屋さんが、ならばと言って申し出てくれたということらしい。古泉もわたりに船だとばかりにホイホイと賛同し、冬の合宿旅行書をハルヒにプレゼンテーションしたところ、ハルヒはさしをまるごとあたえられたねこのように大喜びし、

「鶴屋さんにはこれをしんていするわ!」

 机の中から取り出した無地のわんしように『めいもん』と書きなぐって渡した──そうだ。

 その古泉はにこやかな顔で、ハルヒと長門と鶴屋さんによる大食い選手権みたいな食べっぷりをながめていたが、俺の表情に気づいたか、

「ご安心を。今度はドッキリではありませんから。あらかじめ断っておいた上での推理ゲームですよ。実はメンバーも前回と同じです」

 荒川しつと森メイドさん、多丸兄弟の計四人が今回も寸劇を演じてくれるという予定だと言う。そりゃいいんだが、その四人はだんいったい何をしている人たちなんだ? 『機関』とやらの事務職員か何かか。

「いずれも僕の知り合いで小劇団の役者さんたちです……ってところでどうでしょうか」

 ハルヒがなつとくするんだったらそれでもいいさ。

「涼宮さんは面白かったら何だって気にはしませんよ。それが最大の問題でもあるんですが……。シナリオに満足してくれるかどうか、今から胃が痛みます」

 古泉は胃の上を押さえるジェスチャーをしたが、微笑ほほえみくんのままなので下手なしばにすら見えないね。

 俺はハルヒよりも人間ができているつもりなので、脳天気に面白がって後のことをさっぱり考えないという楽天気分にはなれそうもない。安心材料がどこかにないかと見渡して最初に目が止まったのは長門の無表情顔である。いつもの調子の長門だった。俺がずっと知っていた普段通りの長門有希は、まるで何事もなかったかのように鍋料理をもりもりと食っている。

「…………」

 何にせよ、と俺は思う。

 今度だけでも長門に負担がかかるような事態にはさせないようにしよう。いや、せにゃならん。順番から言えば今回はだいじょうぶな回のはずだ。夏合宿では長門がみようかつやくをするシーンはなかった。冬の合宿でもそうなってもらいたい。苦労するのは古泉とその仲間たちだけでいい。

 俺はそう考えながら手元のペラ紙に視線を落とした。

 この紙切れに書かれているスケジュールによると、出発は十二月三十日。おお晦日みそかの前日だ。雪山と言ってもそう遠い所ではなく、列車で何時間かられていればその日のうちにとうちやくする。

 とりあえず着いたその日はスキーざんまいで、晩は全員でえんかい(アルコール厳禁)、料理は夏の島に引き続き荒川執事氏(ニセ執事なんだが本物以上に執事っぽかったのでほかに言いようがない)と森園生さん(ニセメイドだが以下同)が担当してくれるのだそうだ。多丸氏二人は翌日の朝におくれてきた客として登場、そこから推理ゲームの前フリが開始されることになっている。

 そうやって大晦日を事件発生とトリックの解明にあてて午前0時前に全員集合、おのおの持ち寄った推理を『毒入りチョコレート事件』的に順番にろうし、最終推理者に内定している古泉がかろやかに解答を激白する。そして胸のつかえがスッキリ解消したところで終わりゆく一年に別れを告げつつ、きたる新しい年にあいさつを送る。ようこそ!

 という計画になっていた。

 顔を上げるとハルヒの大得意顔が俺に向けられている。何もやっていないうちからどうしてそんなに得意げでいられるのかが不思議でならないね。

「新年をせいだいに祝ってあげるのよ」

 ハルヒは長ネギをはしでつまみながら、

「そしたら新年のほうも感謝して、すっごくいい年になってくれるわ。あたしはそう確信しているの。来年はSOS団の転機となる年になりそうな気がするのよね」

 年月を勝手にじん化するのはいいが、お前にとってのいい年が俺たち全員にとってのいい年になるとは思えん。

「そう? あたしは今年がすっごいおもしろかったし来年もそうなったらいいなと思ってるけど、あんたはちがうの? あ、みくるちゃん、なべまってきたからお湯足して」

「あっはいはいっ」

 朝比奈さんはヤカンのもとへパタパタとけ寄り、

「うんしょ」

 重そうに持ってきたヤカンを鍋の上で注意深くかたむけた。

 そのれいなるお姿を見つめながら、俺は今年一年のうちに出くわした様々なあれやこれやを思い出し、少しばかり感情が揺れ動いた。ハルヒはすっごい面白かったと言う。では俺が面白かったかどうかと問われれば、決まってる。

 だいたいガキのころに何か不思議なことがないかと、あればいいだろうなと考えていたのが俺の初心だったのだ。それこそ宇宙人でも何でもいい、その手のものが出てきて何かやってるような話に一枚加わりたかったんだからな。もうそうが実現してるんだから大喜びしていないと本来ならおかしいんだ。だがなあ、いくらなんでもこう続けざまに加わりっぱなしになるとは想定外だったぜ。

 しかし、そんなことを内心で思いつつも本音はこうだ。

 ああ、楽しかったさ。

 今ならハッキリ声高らかに言える。この境地まで辿たどり着くには相当な時間がかかったよ。ただし、もう一つ本音を言わせてもらえば、もうちょっとだけへいおんでもよかったとも思うんだ。俺的にはつうに部室で遊んでいるぬるいインターバルが、あとほんの少し欲しかった。

「変なこと言うわね」

 ハルヒはアンきもほおりながら、

「ずっと遊んでばかりいたじゃん。ひょっとしてあんた、まだまだ遊び足りなかったって言うの? だったら年が終わる前にラストスパートをかけようか」

「いらんことはせんでいい」

 こいつは知らないのだ。これまで俺がどんな事態にそうぐうし、どうやって切りけてきたのかを。野球に勝ったり、夏休みを終わらせたり、映画でおかしくなりかけた現実を回復させたり、過去に行ってもどって来てまた行って、さらにもう一度行くことが決定しているんだぞ。自分で決めたことだからだれうらもうとも思わないが、将来教職を取る予定もないのにこの時期、俺大いそがしだ。

 まあ、そんなこともハルヒには言えないんだが。

「スパートするのはそのさんそうに行ってからでも間に合うだろ」

 俺はハルヒがばしかけていた箸をはらうようにして鍋から白菜を引き上げた。せっかくのハルヒ特製鍋だ。食欲おうせいな女性じん(朝比奈さんは除く)に食いくされないうちに腹に収めとこう。次にいつえるかわからない。

「まあね」

 ハルヒはげん良く牛モツをおのれの皿に移しえる。

「スパートついでにスパークもするわよ。いい? おお晦日みそかは実は年に一回じゃないの。考えてみなさい。その年のその日は一生に一度しかないわけ。今日だってそうよ。今日って日は過ぎちゃえばもう二度と来ないのよ。だからね、いを残さないように過ごさないと今日に申しわけないわよね。あたしは一生おくに残るような毎日を過ごしたいと思うわ」

 ハルヒの夢見るような口調に、横で生煮えのとりにくにかぶりついていた鶴屋さんが、

「わお。ハルにゃん、三百六十五日にあったこと全部覚えてんのっ? すっげー。あ、みくるーっ、お茶ちょうだいっ」

「あっはいはいっ」

 きゆうを手にした朝比奈さんは鶴屋さんがかかげる客用湯飲みに注意深くせんちやを注ぐ。すっかり小間使いにされているが、そうしている朝比奈さんは何だかうれしそうだった。ハルヒはとんちやくなべぎようを大いに楽しんでいるし、古泉は湯気を立てる鍋を背景にしてまで優美な印象を受けるしようをたくわえ、長門はもくもくモグモグと聞こえないしたつづみを打ち続けている。めいもんとなった鶴屋さんが臨時の準団員として加わっているが、おしなべていつものSOS団的ふんだった。

 今の俺はよく解っている。こういう時間こそが貴重なのだ。こっちを選んじまった以上、これからもハルヒを中心とするみようみような出来事が何だかんだと発生するのは高確率で間違いない。すべてのオチがつくその日まで、あと一つや二つくらいは何かあるだろう。

 とりあえず異世界人がまだ来てないってのもあるしさ。

「来るなら来てみやがれってんだ」

 思わずつぶやきがれてしまったが、ハルヒと鶴屋さんがしいたけうばい合いをするかんせいにまぎれて誰の耳にも届いていないようだった。

 ただ、長門だけがほんの少しまつを動かしたような気はした。

 ふと窓が目にとまる。空が出ししみしているような景気の悪さでポツポツと雪が降っていた。俺の視線を読んだ古泉が、

「旅行先の山に行けばイヤと言うほど雪遊びができますよ。ところでスキーとスノボ、どちらがいいですか? 用具の手配も僕の仕事なのでね」

「スノボはやったことないな」

 生返事をして冬空から目をはなした。古泉は無難なスマイルをかべたまま、だがはしかせていたようで、

「あなたが見ていたのはどちらのユキでしょう。空から降るほうですか? それとも、」

 これ以上古泉と見つめ合っていても益はない。俺はかたをすくめ、椎茸だつしゆ合戦に参加することにした。



 しゆよく教師にも教師にチクろうとする誰かにも見つからず、あるいは気づきつつスルーしてくれただけかもしれないが、ともかく満腹となった俺たちは鍋やら食器やらゴミやらを片づけて部室を後にして、学校を出た時には小雪も収まっていた。

 実家でかいさいされるパーティにどうしても出席しなければならないという鶴屋さんと別れ、SOS団の面々はケーキ屋に向かった。ハルヒが予約していた特大のクリスマスケーキを受け取ってから目指した場所は長門のマンションである。

 一人さびしく聖夜を過ごす長門をおもんぱかったわけではなく、一人暮らしの長門の部屋ならケーキ食いながらバカさわぎを楽しめるという条件のよさがものを言った。ツイスターゲームをかついでいる古泉とケーキの箱をかかえる俺のどちらが幸せか解らないが、先頭を切ってねるように歩いているハルヒはじゆうぶんにハッピーステイタスに見え、それは時折ハルヒに両手を持ってり回されてる朝比奈さんや、無言でてくてく歩を刻む長門にも伝染しているようにも思える。

 このぶんだと雪の代わりにサンタの大群が降ってくることもなさそうだ。ハルヒはつうじんレベルのクリスマスイブをまんきつして、それだけではらいつぱいのようだった。俺の妹とどっこいの精神構造だな。今日だけかもしれんが。

 理由をわざわざ言うこともないと思うが、この時期の俺はかんだいな気分を持続させていた。たとえハルヒがサンタりに行こうと言い出して夜の街をはいかいすることになったとしても、俺は苦笑混じりで付き合ってやったかもしれない。

 防音処理の行き届いた長門の部屋で古泉の用意した各種ゲームに興じている間、俺たちのだれもが楽しそうに見えたのは真実だ。ノートパソコン二台をつないでプレイした《The Day of Sagittarius 3》トーナメントは長門のどくだんじようで、ツイスターゲームではハルヒと押し合いへし合いするハメになったが、そこらを歩いているカップルも引き込んでお前らも参加しろと言ってやりたいほどの大騒ぎな夜──。


 俺たちのクリスマスイブはそんなふうだった。



 そのクリスマスイブから大晦日イブまでは、まるでハルヒが時間の背中をぐいぐい押しているのではないかと思えるほどいつしゆんで過ぎた。その間に部室のおおそうをしたり、中学の級友から頭を疑いそうな電話がかかってきたり、そのからみでアメフトの試合を見に行ったりというようなことをしていたものの、総じて順当に年のは押しせまっていく。

 新しい年か。本当にどうなっちまうんだろうね。俺個人的なことを言えば、そろそろ成績のほうを何とかしないとけっこうヤバイな。

 母親は俺を予備校にほうり込みたくてうずうずしている様子を言外に見せており、これが健全な運動部でバリバリかつやくしていたり健全でないにしても得体の知れている部活に参加しているならまだイイワケのしようもあるが、健全でもなければ得体も知れないこうにん団体でひたすらブラブラしている──ように周囲には見えるだろう──成績しんの進学志望者がいたら俺だってちったあ高校で学ぶことがあるだろうよと言いたくなる。

 どういうくつかハルヒはじんなまでに学業ゆうしゆう、古泉だってこの前の期末の結果だけ見りゃ秀才のはんちゆうに入り、考古学的なしゆからかもしれないが朝比奈さんは割と努力して授業を聞いているようだし、長門の成績なんかあえて語るまでもないだろう。

「ま、後回しにしておくか」

 まずは冬合宿をせいこうに終わらせないとな。今考えるべきはそれだけでいい。勉強なら新年になってからでもできる。とししカウントダウン合宿は年内にスタートを切らねばならない。

 と、そんなわけで──。

「出発っ!」

 と、ハルヒがさけび、

「やっぽーっ」

 と、鶴屋さんが同調し、

「現場は絶好のスキー日和びよりだそうです。今のところは」

 古泉が天候情報を伝え、

「スキーですかぁ。雪の上をすべるスキーですよね?」

 朝比奈さんがマフラーにくるまったあごを上げ、

「…………」

 長門は片手に小さなカバンをげたままピクリともせず、

「わぁい」

 と、俺の妹が飛び跳ねた。

 早朝の駅前である。これから列車に乗って、さらにいろいろと乗りぎ、目的地である雪山とうちやく予定時刻は昼過ぎとなっている。それはいいんだが、どうしてここに予定せざる人員として俺の妹がいるのかというと……。

「いいじゃん、ついて来ちゃったのはしかたがないわ。ついでよ、いつしよに連れていってあげたら一瞬で話はすむわ。じやにはならないでしょ」

 ハルヒはまえかがみになって妹に笑いかけ、

「どうでもいいやつなら追い返してたところだけど、このあんたとちがってなおな妹さんなら全然オッケー。映画にも出てくれたしさ。シャミセンの遊び相手にちょうどいいじゃない」

 そう、この旅行には俺んねこまでが付属しているのだ。これに関してはSOS団の合宿計画担当者のセリフを聞こう。

「推理劇のトリックに猫が必要だったんですよ」

 猫は知っていたとか、そういうのか。

 自分の荷物の上に座っていた古泉は、

「適当な猫でもよかったのですが、映画ではけっこうな役者ぶりを見せてくれましたしね。その名演をもう一度というわけです」

 今のシャミセンはただのしやべらない家猫だぜ。演技のほうは期待しないほうがいい。俺は妹とはなづらを付き合わせているハルヒをながめて、

「おかげで出がけに見つかっちまった」

 なにぶん朝も早かったし、母親には固く口止めしておいたから安心しきっていた。妹も俺がハルヒたちと旅行に行くなんてまったく気づいていなかったろう。だが意外な落とし穴は最後に口を開いた。俺が自分の部屋で、まだ夢見ごこのシャミセンを猫用キャリーに収納しているところに、なぜか妹が入ってきたのだ。どうやらトイレに起きて帰ってきたはいいがぼけて部屋を間違えたらしい。

 その後の展開は一本道だ。とつぜん、妹はパッチリと目を見開き、

「シャミをつれてどこに行くの? その格好は? 荷物は?」

 うるさいのなんの。そして小学五年生十一歳の我が妹は夏よりもパワーアップした暴れぶりをひとしきり見せた後、両手両足で俺のカバンにしがみつき、岩場にり付いた変な色した貝のようにはなれようとしなかった。

「一人増えるくらいならゆうですよ」と古泉は微笑ほほえむ。「ましてや子供料金、さして予定はくるいません。僕も涼宮さんに同感ですね。ここまで来て追い返すのはしのびませんから」

 ハルヒとじゃれ終えた妹は、今度は朝比奈さんに飛びついて豊かなふくらみに顔をうずめた後、じっとだまって立っている長門のひざきついてよろめかせ、最終的に大笑いをする鶴屋さんにり回されてきゃいきゃい言っている。

 妹でよかった。これが弟ならそつこく裏通りに連れ込んでいるところだ。



 雪山行きの特急でも妹の勢いはおとろえず、俺たちの間を飛び回ってはに元気を振りまいていた。今からこんなに飛ばしていてはしゆうばんに息切れすることそうなく、また俺がねむりこける妹を背負って歩くハメになりかねないが注意してもそれこそ無駄だ。妹と同等くらいにハルヒと鶴屋さんも高レベルなテンションをしているし、少しひかえ目に朝比奈さんも何だかぽわぽわとこうようしているらしい。長門ですら、読もうと開いていた文庫本をあきらめたようにカバンにしまい、妹にせいじやくな視線を注いでいた。

 俺はまどぎわほおづえをつき、高速で流れていく風景をぼんやりと眺めている。横の通路側に古泉が座っていて、ハルヒたち女グループは俺たちの前の席にいた。向かい合う形に座席の方向を変え、今は五人でUNOウノをやってる。あまりさわぐなよ。他の乗客にめいわくだからな。

 つまはじきにされた俺と古泉は列車が走り出して十分ほどババきをしてみたが、むなしくなってすぐにやめた。何が悲しくて男二人でどうの押し付け合いをしなくてはならんのか。

 ならばこれから俺の目をきようらくうたげさそってくれるであろう、まだ見ぬ朝比奈さんのスキーウェア姿でももうそうしていたほうがまだしも建設的である。そう思った俺が二人きりのゲレンデで仲よく滑り降りるというじようきようにどうしたら持っていけるかと考えていたら、

「にゃ」

 足元のキャリーバッグがごそごそと音を立て、そのすきからヒゲを出した。

 例の映画そうどうしゆうりようしてから、シャミセンは元ノラ猫とは思えないほどおとなしく手のかからない猫に変わり果てている。エサの時間が来るまでぼうっと待っているし、やみにじゃれついてくることもなく、どうやらこいつの欲求の中で最大の地位をほこるのはすいみんよくらしい。今朝方にキャリーに入れて以来ずっと眠り続けていたのだが、いくらたいな猫でもきがくるということはあるようだ。退たいくつそうにふたの辺りをいている。もちろん車内で出すわけにはいかない。

「もうちょっとまんしてろ」

 俺は足元に言い聞かせた。

「着いたら新品のカリカリをやる」

「にゃ」

 それだけでわかったようにシャミセンは再びおとなしくなった。古泉が感心したように、

「最初、喋り出したときはどうなることかと思いましたが、その猫はアタリでしたね。いえ、オスの三毛猫というラッキー性だけではなくて。ちゃんと物の解った、いい猫です」

 群れていたノラ猫たちの中からこいつをランダムに取り上げたのはハルヒだった。それが数万分の一の確率でしか発生しない染色体異常だったのだから、いっそハルヒに宝くじでも買わせてみたらどうだ。少しは活動費のたしになるかもしれんぞ。いつまでも文芸部の部費を横流ししているのは、そろそろ俺もどうかと思うぜ。

「宝くじですか? それはそれで涼宮さんのことですから、ややこしいことになりそうな気もしますね。もし彼女が億単位の金を手に入れたら何を始めると思います?」

 あまり考えたくはないが、米軍はらい下げのセコハンせんとうくらいは買い付けてきそうだ。単座ならまだいい、もしそれが複座だったりしたら、後部シートに座ることになるのがだれかなんて考えるまでもない。

 あるいは気前よく宣伝費に使っちまうかだな。ゴールデンタイムのバラエティを見ていたらとつじよとして『この番組はSOS団の一団提供でお送りしています』なんていうテロップが流れ出し、俺たちが出演するコマーシャルフィルムが全国のお茶の間に届けられている光景を想像して背筋が寒くなった。ハルヒにプロデューサー的ポジションをあたえるとロクなことをしでかさないのは、ようえん児に株の運用を任せて失敗する確率よりも解りきったことだ。

「もしかしたら人類にとって非常にタメになることを考え出してくれるかもしれませんよ。何かの発明資金にあてるとか、研究所でも作るとかね」

 古泉は希望的観測球を打ち上げるが、ヘタな博打ばくちはしないほうがいいものだ。なんたってこっちのけるものがデカすぎる。リスク計算できるヤツなら躊躇ためらうに決まっているさ。それこそよほどのことがない限りな。

「コンビニで当たり付きアイスでも買わせよう。それでじゆうぶんだ」

 俺は再び風景を楽しみ始め、古泉は背もたれに深く身をしずめて目を閉じた。向こうに着いたら大いそがしだろうから、今のうちに体力の温存をはかるのは正しきせんたくだ。

 列車の外の様子はどんどん田舎いなか度を増していき、トンネルをくぐり抜けるたびに雪景色度もレベルアップする。それをながめているうちに、俺もここよい眠りにいていた。



 そうやって列車の旅を終え、荷物をかかえて駅からまろび出た俺たちをむかえてくれたのは、快晴の青と積もりまくった雪の白のツートンカラー、それからいつか見た覚えのある二人組のバカていねいあいさつだった。

「ようこそ。お待ちしておりました」

 深々とこしを折るザ・ベスト・オブ・しつやくと、

「長旅おつかれ様です。いらっしゃいませ」

 ねんれいしようのあやしい美人メイドさんである。

「どうも、ご苦労様です」

 しゃしゃり出た古泉がその二人に並んで、

「鶴屋さんは初めてですね。こちらが僕のちょっとした知り合いで、旅行中身の回りの世話をお願いすることになる荒川さんと森園生さんです」

 夏のとうとまるでちがっていない。三つぞろいを着こなしたロマンスグレーな荒川氏と、質素ながらメイド以外の何でもないエプロンドレスがハマっている森さんは、

「荒川です」

「森です」

 ぴったりのタイミングで頭を下げた。

 このすような寒さの中でコートも羽織っていないのは演出のいつかんか、それとも演技といえども役に成りきっている職業意識から来るものか。

 鶴屋さんは重そうなカバンを軽々とり回しながら、

「やあ! こんちはっ。古泉くんのすいせんなら疑いようがないよっ。こっちこそよろしくねっ。べつそうも好きに使っちゃっていいよ!」

おそれ入ります」

 荒川氏はいんぎんにまた一礼し、やっと顔を上げて俺たちにしぶみを見せた。

みなさまも、お元気そうで何よりです」

「夏には失礼しました」

 森さんがゆるやかな微笑ほほえみをかべながら言って、俺の妹を見てさらに微笑みをやわらかくする。

「まあ。可愛かわいいお客さんですね」

 招かれざる客、俺の妹は熱湯に落としたかんそうワカメよりも早くもどり、「わぁい」とか言いながら森さんのスカートに飛びついた。

 ハルヒは満面の笑みをたたえながら一歩進んで雪をみしめ、

「久しぶり。この冬合宿も期待してるわ。夏は台風のおかげで少し遊び足りなかったけど、そのぶんは冬で収支を合わせるつもりだから」

 それから俺たちへと振り返り、飛車がてきじんりゆうに成ったような元気さで、

「さ、みんな。こっから気合い入れて全速力で遊ぶわよ! この一年のあかを全部落として、新しい年をむかえるころにはまっさらになるくらいのつもりで行くわ。いのひと欠片かけらだって翌年には持ち込んだりしちゃダメ。いいわね!」

 それぞれのやり方で俺たちは返答した。鶴屋さんは「ゆえーいっ!」と片手を突き上げ、朝比奈さんはちょっと腰を引かせながらオズオズとうなずき、古泉はあくまでにこやかに、長門はそのまま無言で、妹はまだ森さんにまとわりついている。

 そして俺は、見つめていると目を痛めそうなくらいにかがやくハルヒの笑顔から目をらして遠くへと視線を飛ばした。

 あらしが来るなんて予想もつかないほど、雲一つない青い空だ。

 この時までは。



 鶴屋家の別荘へは二台のよんに分乗して行った。ドライバーは荒川さんと森さんであり、と言うことは、森さんは少なくとも四輪のめんきよ取得者に足りる年齢だということだけは推理できる。ひょっとしたら同年代じゃないかと疑っていたから、それだけでも俺にはけっこうなしゆうかくだ。いや別に深い意味はないんだ。働き者のメイドなら朝比奈さん一人で間に合っているから森さんに格別の思いが発生しているわけではない。ここ重要。

 どこを見ても真っ白な風景の中、車の旅はさほど長くは続かなかった。十五分も走っただろうか、俺たちの乗るゴツい車はペンション風の建物の前でまった。

「いいふんのとこじゃないの」

 真っ先に飛び降りたハルヒが雪を踏みしめながら満足感をただよわす感想を述べた。

「ウチの別荘の中じゃ一番こぢんまりしてるんだけどねっ」と鶴屋さん。「でも気に入ってんだっ。これくらいのが一番ごこいいのさ」

 駅からそんなにはなれておらず、近くのスキー場には歩いて行けるきよにあるという立地条件だけでもけっこうな値段になりそうだし、おまけに鶴屋さんはこぢんまりなどと本気で言ってるらしいが、それは彼女の自宅である日本家屋と比べてのこぢんまり具合なのでいつぱん的な感性を代表して言わせてもらえば、夏におとずれた孤島の別荘とそんしよくないデカさだった。いったい鶴屋家はどんな悪いことをしてここまで羽振りのいい建物を建てることができたのだろう。

「どうぞ、皆様」

 先導してくれるのは荒川しつ氏である。彼と森さんの二人は、鶴屋さんから許可とかぎを得て俺たちに先行すること一日、昨日にはここにとうちやくし準備を整えていてくれたのだという。古泉のしゆうとうな根回しによるところ大であり、細かいことを気にしない鶴屋さんと鶴屋家の人々のおおらかな性格も何となくうかがえる話だった。

 全面木造、本気でペンションとしてオープンしたら毎シーズン満員おんれいになりそうな鶴屋家冬の別荘にありがたく入りながら、俺はちょっとした予感をいだいていた。

 何だかよくわからない。しかし、そのばくぜんとした予感は確かに俺の頭の中を通り過ぎて行ったのだ。

「ん……?」

 別荘の内装に感心しつつ俺は周囲を見回した。

 ハルヒは鶴屋さんをたたえる言葉を口にしながら笑いまくり、鶴屋さんもほがらかに笑い返している。古泉は荒川さんと森さんの三人で何かを話し合っていた。俺の妹はさっそくシャミセンをキャリーバッグから取り出してきしめ、朝比奈さんは持っていた荷物をゆかに下ろしてホッとしたような息をき、長門はどこを見ているのか解りにくい視線を空中に固定している。

 どこにも変なところはない。

 俺たちはこれから合宿とは名ばかりの単なる遊興に数日をついやし、また再び元の位置に戻って日常の続きをエンジョイすることになる……。

 はずだった。

 発生することが決まっている殺人事件劇はまさしく劇であってしんけんなものではなく、あらかじめ解っているんだからそれでハルヒの情動がれ動くこともない。長門と朝比奈さんの出番もないだろう。古泉が異能の力を発揮する場も生じない──。

 言い方にもよるが、これから起こるのはデキレースだ。先の見えないあやしい殺人事件ではないのである。部屋をこじ開けて入ったらカマドウマが出てきたりするような予想をえる事態になるとも思えない。

 しかし何だろう。感としか言いようのないものが定例句のようせいのように通り過ぎた感覚がした。そうだな、夏休み後半が延々とループしていたのに気づかないまま、だがみような感じだけは覚えていたあの雰囲気に似ている。ただしデジャブというわけでもなく……。

「ダメだ」

 ねんえきにまみれた魚をつかんだみたいに、その感覚はするりと手の内から消え去った。

「気のせいか」

 俺は首をり、カバンをかついでべつそうの階段を上り始めた。割り振りされた自分の部屋に向かうためである。ごうと言うほどではないが、それは俺に金目のモノを見る目がないからだろう。シンプルに見えてこの階段の手すりも聞いたらぎようてんするくらいの材料費と人件費がかかっているにちがいない。

 しんしつの並ぶ二階ろうで、

「キョンくんさ」

 鶴屋さんががおで近寄ってきた。

「妹ちゃんと同じ部屋でいいかい? ホント言うと用意してた部屋数がギリなんだよねっ。あたしが子供のころに使ってた屋根裏部屋を開けてもいいけど、それじゃさびしいでっしょ?」

「別にあたしの部屋でもいいわよ」

 ハルヒが首をっ込んで来て、

「さっき部屋を見てきたけど、広いベッドだったわ。三人川の字でても平気なくらいよ。やっぱここは女同士で相部屋になるのが健全でしょ?」

 健全も何も、妹と同じ部屋でも俺は別にどうだっていいことだ。朝比奈さんと同室になったらかなりの精神的きゆうこうばいが発生するだろうが、妹とシャミセンの違いなんか俺にはまったく感じない。

「ね、どう?」

 ハルヒがいたのはシャミセンをかたにしがみつかせている妹へだ。妹はケラリとした笑みで、まるでふんを無視した発言をした。

「みくるちゃんとこがいい」



 というわけで妹は朝比奈さんの部屋にまんまともぐり込み、俺の部屋にはシャミセンが残されることとなった。せっかくなのでこのねこだれかにたいしたかったのだが、

えんりよしておきますよ。あなたと違って僕は猫がしやべり出すことにたいせいがありませんから」

 古泉はやんわりきよし、長門は三十秒ほど三毛猫のけんを見つめていたが、

「いい」

 短く言って背を向けた。

 まあ、この別荘の中を適当にウロウロさせておけばいいだろう。知らない家に連れてこられたというのにシャミセンは我が家と変わりない顔をしてベッドに飛び乗り、列車の中でさんざん寝ただろうにまたねむりを始めている。ついでに俺も横になってしまいたかったが、そんなきゆうけい時間はスケジュールに組まれておらず、ハルヒの号令に従って俺たちは着いたそうそうに階下へ集合することになった。

「さあ、行くわよ。スキーしに!」

 さっそくすぎるような気もしたが、ハルヒ的ラストスパートけんスパークのためにはに使える時間は一秒たりともないのだ。おまけに根っから元気なのは鶴屋さんもであり、ひょっとしたらハルヒ以上にハイな彼女との相乗効果で行動力までダブルになっている気もするね。

 スキーウェアと板は古泉がどこからかレンタルしてきていた。いつのまに俺たちの採寸をしたのかが不思議だ。急な参加となった妹のぶんまであって、それまたピッタリなのである。『機関』とやらのエージェント(想像するに黒服黒サングラス)が北高や妹の小学校にしのび込み、保健室のたなから生徒の身体情報をあさっている光景をげんしてみる。うむ、後で朝比奈さんのスリーサイズをたずねておこう。知ったところでどうするわけでもない情報ではあるが、これも知的こうしんというやつだ。

「スキーも久しぶりだわ。小学校の時に子供会で行ったきりかしら。地元じゃ全然降らないもんね。やっぱり冬は雪だわ」

 そりゃ降雪地方でないやつ特有の言い分だな。雪なんざ降らなきゃいいと思っている人々だって中にはいるぜ。特に戦国時代のうえすぎけんしんなんかはそうだったと俺はぶんせきしている。

 スキー板を担ぎ、歩きにくいブーツで行軍する俺たちは、やがて見事なゲレンデに辿たどり着いた。ハルヒと同じく俺もスキーは久々だ。中学以来じゃないかな。妹は初めてのはずで、どうやら朝比奈さんもそうらしい。長門も未経験者に違いないがプロスキーヤー以上のうでまえを見せることを俺は半ばしんこうしていた。

 リフトで登っていく色とりどりのスキーウェアがポツリポツリと目に入る。思っていたより人は少ないなと思っていると鶴屋解説が入った。

「割と穴場なとこなんだよっ。知る人ぞ知る静かなスキー場さ。だってここ、十年前まであたしんとこのプライベートゲレンデだったからねっ」

 今は開放してるけど、と補足する鶴屋さんの言葉にはまるでいやみなところがない。世の中にはこういう人も実際にいるのである。えもよければ性格も金回りもいえがらもいいという、もうどうしようもないようなお人がね。

 リフト乗り場付近でスキーをいたハルヒが言った。

「どうする、キョン。あたしはこのまま最上級コースに出ちゃいたいけど、みんなちゃんとすべれるの? あんたは?」

「少し練習させてくれ」

 俺は板をブーツに装着したはいいが、三十センチおきにコケている妹と朝比奈さんを見ながら言葉を返した。

「まずは基本を教えとかないと、最上級どころかリフトに乗るのも一苦労しそうだ」

 早くも雪まみれの朝比奈さんは、まるでスキーウェアを着るために生まれてきたような似合いぶり。いったいこの人が着て感を発生させるような衣服がこの世に果たしてあるのだろうかとたまに思う。

「じゃさっ。あたしがみくるをきたえるから、ハルにゃんは妹ちゃんをたのむよ! キョンくんたちは適当にそのへん滑っといてっ」

 願ってもない提案だ。俺もスキーかんを取りもどすにはしばらくかかりそうである。ふと横を見ると、

「…………」

 無表情にストックをにぎりしめた長門が、つい~っと滑り出していた。



 結局、妹はてんでモノにならなかった。ハルヒの教え方に難があるんじゃないか?

「足をそろえて思いっきりストックをガーンてやるとピューンて行くから、そのままドワーって気合いで行って、止まるときも気合いで止まるの、オリャーっ。これで何とかなるわ」

 何ともならなかった。気合いでどうにかできるんならこの上なくエコな自動車が開発できるだろうが、あいにく妹程度の気合いではコケるかんかくが三十センチから三メートルになったくらいのちがいだ。それでも妹はしように楽しげで、きゃらきゃらとコケまくって雪をむしゃむしゃ食べていたから結果はどうあれらくとしては正しいのかもしれない。腹こわすからやめとけ。

 一方の朝比奈さんは元々才能があったのか、鶴屋さんがハイレベルなインストラクター的しゆわんを備えていたのか、ものの三十分でスキースキルをとくしていた。

「わっわっ。楽しい。わぁ、すごい」

 真っ白な背景の中、がおで滑っている朝比奈さんの姿は、長くなるので中略するが短くまとめると、ハイカラな雪女のまつえいがおっかなびっくり現世に現れたくらいの画面えする芸術性を帯びていた。これだけでもそくにUターンして帰路についてもオッケーてなもんだ。その前に写真をっておく必要はあるだろうが。

 スキーの自主練をする俺や古泉を横目に、ハルヒはいつまでっても上達しない妹を考え込むような顔で見ていた。自分は一刻も早く山の高いところにいってちよつかつこうためしたいが、この小学五年生を連れて行くわけにはいかない、みたいな顔つきだ。

 たぶん鶴屋さんも同じことを思ったのだろう、

「ハルにゃんたちはリフト乗ってっちゃっていいよ!」

 鶴屋さんはコケたままうれしそうに手をジタバタさせている妹を救い起こしながら、

「この子はあたしが手ほどきしとっから! なんだったらここで雪ダルマでも作って遊んどくよっ。ソリでもいいかなっ。どっかそのへんで貸してくれると思うしっ」

「いいの?」

 ハルヒは妹と鶴屋さんを見ながら、

「ありがと。ごめんね」

「いいっていいって! さ、妹くんっ。スキー教室と雪ダルマとソリ滑りのどれがいい?」

「雪ダルマくん!」

 と、妹は大声で答え、鶴屋さんは笑いながらスキーを外した。

「じゃ、ダルマくんだっ。でっかいの作ろう、でっかいのっ」

 さっそく雪玉を作り始めた二人に、朝比奈さんも混じりたそうな表情で、

「雪ダルマですかあ。あぁ、あたしもそっちのほうがいいような……」

「だーめ」

 すかさずハルヒが朝比奈さんのうでをロックしてニッコリと、

「あたしたちは頂上まで行くわよ。みんなで競争するの。最初にふもとまで降りてきた者に冬将軍の地位をさずけるわ。がんばりましょ」

 たぶん自分が勝つまでやめないつもりだ。それは別にいいが、いきなりの頂上行きは俺もちょいとビビリが入る。段階的に上げてこうぜ。

 ハルヒはふんと小鼻を鳴らして、

「なっさけないわねえ。こんなの、ぶっつけでやるのが一番おもしろいのに」

 とか言いつつもめずらしく俺の案を採用した。とりあえず中級コースから行って、メインイベントの最上級最難関はオーラスに取っておくことにする。

「リフト乗りましょ。有希ーっ、行くわよっ! 戻ってきなさぁい」

 周囲をぐるぐる回るようにえがいていた長門は、その声を合図にターンすると雪をけずるようにしてピタリと俺の横に止まった。

「競争よ、競争。リフトは人数分のフリーパスをもらったから日が暮れるまで……いいえ! 日が暮れても何度でも乗れるわ。ささ、みんなついてきて」

 言われなくともそうするさ。たとえ俺が雪ダルマ制作班に参加希望を表明したところで許可されはしないだろうし、古泉はともかく長門や朝比奈さんをハルヒの好き勝手に付き合わせてそのままほうっておいた日には、ブリザードを通りして氷河期がまえだおしされかねない。ちゃんと客観性を持った人徳者がついていないといかん。俺にほこれるほど立派な客観性があるかどうかは、まあイマイチわかったもんでもないし古泉あたりがたちどころにいくつものくつで反論しそうだが、俺は気にすることをほうした。なぜなら、そんなのとっくの昔にどうだっていいことになっていたからだ。

 メンバー全員が元気な姿でここにいるし、雪は申し分のないパウダースノーだし、んだ空はどこまでも青い。その空と同じくらいの晴れやかな顔で我らの団長が手を差しべた。

「このリフト二人乗りなのね。公平にグッパーで決めましょ」



 さて。

 その後の展開で特筆すべきことはあまりない。別行動の鶴屋さんと妹を残し、SOS団正規メンバーはリフトに乗ってなだらかなこうばいを上がっていき、ごくつうにスキーを楽しんだ。麓まですべり降りるたびに雪ダルマは形をなすようになっていき、鶴屋さんと妹はまるで同年代の友人のように明るく笑いあいながらダルマにバケツをかぶせたり目鼻をつけたりとエンジョイしている。早くも二体目の雪ダルマに取りかかろうとしていたのが俺の見た二人の最新のおくだ。


 そして、最後の記憶になるかもしれなかった。


 何度目のスキー大回転競争だっただろう。

 順調に滑り降りていた俺たちは、いつのまにやら……これが本当にいつのだったのか全然解らないんだ。いつしか、とつぜんとつじよとして、吹雪ふぶきのまっただ中にいた。視界はすべてホワイアウト、一メートル先に何があるかもかくにんできない。

 びょうびょうとき付ける強風が雪の欠片かけらを乗せて身体からだにバンバンぶち当たっている。冷たさよりも痛みが先に来るほどだ。き出しの顔がたちまちこおり付き、息をするのも下を向かねばならないような、とんでもないブリザードだった。

 何の予兆もなかった。

 先頭を切って滑り降りていたハルヒがスキーをめ、競い合っていた長門も急停止して、朝比奈さんといつしよにゆっくり滑っていた俺とさいこうの古泉が追いついたとき──。

 すでに吹雪はここにあった。

 まるでだれかが呼び寄せたように。

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