雪山症候群 1

「まいったわね」

 俺の前を歩いているハルヒが本心をするように言った。

「全然前が見えないわ」

 ここはどこかとくかい? 夏休みはとうに行った。では冬休みにはどこに行くかをハルヒの頭になって考えてみればいい。

「おかしいですね」

 古泉の声はさいこうから聞こえる。

きよ感から言って、とっくにふもとに着いているはずですが」

 ヒントは、寒くて白い所だ。

「冷たいです……うう」

 き付ける風のせいで朝比奈さんの声は切れ切れだ。俺はり返り、カルガモのヒナのようにおたおたと歩いているスキーウェアをかくにんした。はげますようにうなずきかけてあげてから目を先頭にもどす。

「…………」

 俺たちを先導している長門の足取りも心なしか重い。みしめる白いけつしようねんちやくするかのようにスキーぐつにまとわりつき、一歩ごとに体積を増している感じだ。そんな感じになるような場所と言えばどこだ?

 めんどうだ。答えを言っちまおう。

 わたす限りの白景色で、行けども行けども冷たい雪しか目に入らない。

 そうとも、ここは雪山以外のどこでもない。

 それも吹雪ふぶきがオプションされたやつである。

 吹雪のさんそうにやってきたあげく、その雪山で絶賛遭難中──。それがいま俺たちの置かれている限りなく正確な状況だった。

 さあてと。これはだれが予定した筋書きなんだろうな。この時ばかりは結末のあるシナリオの存在を信じたい。でないと、俺たちはここで五人そろってとうき目に直面し、春ごろになってけた雪の下からチルド状態で発見されかねん。

 古泉、なんとかしろ。

「そう言われましてもね」

 コンパスに目を落とした古泉は、

「方角はあっているはずです。長門さんのナビゲーションもかんぺきでした。にもかかわらず僕たちはもう何時間も山を下りることができません。普通に考えて、これは普通の状況ではありませんね」

 じゃあどういうことなんだ。俺たちは永遠にこのスキー場から出られないのか?

「異常であることはちがいないようです。まるっきり予測不能でした。長門さんにも原因がわからないのですから、何にしろ不測の事態が発生したということだけは解ります」

 そんなん俺にも解ってる。先頭を歩く長門が帰り道を発見できずにいるのだから、これは相当おかしなことだ。

 またか。またハルヒが何かロクでもないことを考えついてしまったからか。

いちがいには言えませんね。これは僕の感覚が教えてくれるかんですが、涼宮さんは決してこのような現象を望んだわけではないと思います」

 どうして言い切れる。

「なぜならば、涼宮さんは宿の山荘で発生する不思議な密室殺人事件劇を楽しみにしていたはずだからです。そのために僕もいろいろ考えたのですから」

 夏に続いて冬の合宿先でもマーダーゲームが予定されていた。前回は失敗気味のドッキリだったが、今度は最初から自演であること明かしての推理大会である。実は登場人物も同じで、孤島で俺たちを待っていたあらかわしつもりそのメイド、まる兄弟がまたもや同じ役名とあいだがらしばしてくれることになっていた。

「確かにな……」

 実際、ハルヒは犯人と犯人特定に至るトリックの解明を楽しく待ちわびていたから、まさか今夜にも事件が起こると解っている山荘に帰り着くのを無意識にだってきよしたりはしないだろう。

 付け加えれば、そこには臨時エキストラとして鶴屋さんと俺の妹、それからシャミセンまでいて、俺たちの帰りを待っているのだ。

 実を言うと俺たちが宿にしている山荘は鶴屋家が所有する別荘だった。あの明るく調子のいいお方は自分もついて行くことを条件に合宿所提供をかいだくし、シャミセンは古泉が考案したトリックの小道具として使用するためで、妹は勝手に俺の荷物に付着していた。その二人と一ぴきは遭難仲間には入っていない。シャミセンは山荘のマントルピースの前で丸まってるだろうし、鶴屋さんはスキーのできない俺の妹につきあって雪ダルマを作って遊んでいた。それが俺の覚えている最後の光景だった。

 三者ともハルヒ的にはほぼSOS団準団員であり、再会をこばむ理由は誰にも、特にハルヒにはありはしない。

 だったらなぜだ。なぜ俺たちはだんぼうの効いたSOS団冬合宿の場へとかんを果たせないんだ。

 長門の力をもってしても行き先が見通せないとは、いったいこれはどうしたことだ?

「夏冬連続であらしとはね……」

 学校が長期きゆうに入るたび、俺たちは人知をえた現象にそうぐうしなければならないという法則でもできたのか?

 疑問と不安のブレンドをげん的に味わいつつ、俺は過去のおくを呼び出していた。

「なんでこんなことになっちまったんだ?」

 では回想モード、スタート。

 ………

 ……

 …

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