そんなこんなで翌日の放課後から、隣室(の連中を仮想敵とした俺たちの特訓が始まった。特訓と言ってもゲームに興じるだけなのだが、そのコンピュータ研作製によるオリジナルゲームを取り急ぎ概(略(だけでも紹(介(しておくべきだろう。
《The( Day( of( Sagittarius( 3》
というのがゲームタイトルである。なんとかイイ感じにキメようとしてかえって意味不明になってる感が否(めないが、問題視すべきなのは中身なので気にしないことにする。それを言い出せばSOS団なんていうグループ名の下(にいる俺たちの立場がなくなってしまうしな。名(称(と活動内容の無意味さ及(び無関係さにかけては、視点をグローバルに広げたところでこの団を下回るものが幾(つもあるとは思えない。しかし3ってことは1と2もあったのか。
それはともかく、まず《The Day of Sagittarius 3》なるゲームの背景となる世界観の説明からおこなうと──。
時はいつの時代か解らん。途(方(もなく未来であることは確かなようだ。人類は外宇宙へと飛び出し、そこそこの版図を築き上げている。そんな宇宙的スケールでの、とある恒(星(系での領地争いであるようだった。そこには二つの星間国家が樹立しており、互(いに国境線の位置取りに関して果ても見えない闘(争(を繰り広げている。便(宜(的に片方を〈コンピ研連合〉、もう一方を〈SOS帝(国(〉と並び称することにしよう。おのおのの国家は戦場が宇宙空間であるゆえに宇宙軍(艦(隊(を常備しており、風雲急を告げる事態となると惜(しげもなく持てるばかりの戦力を前線に投入、相手を殲(滅(するまで無益な戦争をエンドタイトルまで繰り広げるという筋書きになっている。そこには外交や謀(略(といった純(粋(な戦(闘(行動を妨(げる余計なコマンドなど存在しない。ただ撃(滅(あるのみなのだ。ハルヒ好みかもな。
スタート時点では画面はほぼ真っ暗である。モニタの下部で青く輝(いているのが我々の操作する艦隊ユニットだ。底辺が短めの二等辺三角形の形をしており、それが合計五つ、横に並んでいるのが解る。これこそハルヒが全軍を統(括(する〈SOS帝国〉軍の戦力のすべてだ。一ユニットあたりに宇宙戦艦が一万五千隻(ほど内包されているから総数七万五千、それプラス各艦隊に少数くっついている補給艦部隊。それらの戦艦を操(って、同数の敵〈コンピ研連合〉の艦隊を撃破すれば勝利条件クリアだが、今回のルールでは互いの大将艦隊、我々なら〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉の旗艦、相手は部長氏艦隊の旗艦を撃破されたら全軍のダメージや撃(沈(数いかんに関(わらずその時点で負けとなる。
艦隊は一人につき一個艦隊が与(えられ、自分のパソコンからは自分の艦隊ユニットしか操作できない。いくらハルヒが独走しようとも、俺の使っているノートパソコンからはどうしようもないというわけだ。
妙(なこだわりを感じさせるのは、徹(底(的に索(敵(しないと敵の位置はおろかこの宙域にどんな障害物が浮いているのかも解(らないってところである。とにかく艦隊を移動させようとしたら、その方角に何がいてどんな物体が転がっているか、まず索(敵(艇(を派(遣(して走査しなければならず、さらにその索敵艇が戻(ってきて初めてその範(囲(の状(況(が解るというまわりくどさ。
艦隊そのものの視界は半径にして数センチ(画面上の距(離(で)しかないため、索敵行動をおろそかにして直進していると思わぬ角度から敵の攻(撃(を喰(らったりして、しかもその敵の位置も解らないといういただけないことに成り果てるのだ。
ただ、味方の艦隊同士はデータリンクで結ばれており(という設定らしい)、たとえば長門の艦隊の視界や索敵艇が持ち帰った情報はそのまま我々全員のものとして共有することができる。俺が何をしなくても真っ暗な画面の中でその範囲だけは明るく表示され、惑(星(やアステロイドベルト、索敵した時点での敵艦の位置が解るといった仕組みである。
それでも全体マップはやけにだだっ広く、よって、すみやかな敵の位置特定と行動予測が明暗を分けそうだ。
使用できる武器は二種類、ビームとミサイルのみである。敵が射程内にいさえすればビームは発射したその瞬(間(に命中し、ミサイルのほうはノロノロ飛んでいく代わりにホーミング機能を付けることができる。向かってくるミサイルが誘(導(モードに設定されていると避(けようがないので、いちいち撃(墜(しなければならない。
大まかに言ってそんな感じの、宇宙を舞(台(にした2D艦隊シミュレーションゲームである。ちなみにターン制ではなくリアルタイム制で行われるから、悠(長(に星系を探索しているとたちどころに敵側から袋(だたきにされる。このあたりも変にシビアであった。
来(るべき試合に向け、さっそく我々はゲーム週間に入った。ハルヒだけは机でデスクトップ、それ以外の四人は長テーブルに並んで着いてノートパソコンを見つめながらマウスをカチカチやっているという、なかなかにシュールな光景がここしばらくのSOS団的活動内容になっている。練習は対戦モードでなくCPU戦だが、難易度をベリーイージーにしても一勝をあげるまで三日かかったというのだから、こちら側のゲームスキルランクはほとんどマントル層の下を手動ドリルで這(っているレベルだ。
「あーっ! またやられたっ! キョン、なんか腹立つわよ、このゲーム」
CPU相手にこの成績じゃあな。ハルヒでなくても頭に来るだろうが、別にゲームバランスが狂(っているわけではなくて、お前の旗艦が前方不(如(意(のまま突(進(して相手の集中砲(火(を一方的に受けているからだ。
「戦術を変えないといけないってのもあるが」
俺はゲームオーバーをもの悲しげなBGMとともに告げている液(晶(モニタから目を離(した。
「艦隊のパラメータをいじり直したほうがいいな。特にお前の旗艦艦隊をだ」
個々の艦隊ユニットにおける戦力振(り分けパラメータは三つあった。『速度』『防(御(』『攻撃』である。プレイヤーは最初にポイントを100与えられ、それを三つのパラメータに配分するのが初期設定画面だ。『速度・30』『防御・40』『攻撃・30』といった感じだな。これをハルヒは『速度・50』『防御・0』『攻撃・50』でプレイしてるんだから、奴(の艦隊装(甲(は段ボール製も同然だ。宇宙をなめるなと言いたい。とにかく素(早(く動いて敵艦を叩(きのめすことしか考えていないらしく、俺や古泉がどうこうする前に旗艦が沈(んでいれば、これじゃ世話を焼くヒマもねえよ。
「もうっ! めんどいったらないわね。こんなの作って何が楽しいのかしら。あたしはもっと解りやすいのが好きなのにっ」
不平たらたらだが、ハルヒはそれでも飽(きずにリプレイを始めた。俺のノートパソコン画面に《The Day of Sagittarius 3》のロゴが再表示される。
ハルヒは楽しそうにマウスをクリックしながら、
「RPGにすればよかったのにさ。あいつらが魔(王(とか邪(神(の役で、あたしが勇者。オープニング直後にラスボス戦が始まるやつがいいわ。いつも思うのよ、ダンジョンの奥でぼんやり待ってるんじゃなくて最初から親玉が登場しちゃえばいいのに。あたしが魔王ならそうする。そしたら勇者たちも長ったらしい迷(宮(をうろうろしないですむし、簡単に話が終わるし」
むちゃくちゃを言うハルヒを無視し、俺は横にいるその他メンツを順番に見ていった。最もハルヒに近い所に座っているのが古泉幕(僚(総長、次が俺で、その隣(に朝比奈さん、一番隅(っこに長門がいる。
「これは難しいですね。まあ僕がこの手のゲームに不慣れなせいかもしれませんが。シンプルですがマニアックな操作性です」
適当な感想を述べている古泉は、オセロやってる時と同様ほがらかに微(笑(しており、必要もないのにメイド衣(装(を着込んだ朝比奈さんは、
「わわ、ぜんぜん思い通りに動いてくれないんですけどぉ。でもどうして宇宙って設定なのに行動範(囲(が二次元限定になってるんですか?」
基本的な疑問を放ちつつ、慣れない手つきでマウスをカチカチ言わせている。
この二人はいいとしよう。残る一人こそが俺にとっての最大懸(案(項(目(だ。
「…………」
高度な数学的難問に立ち向かっている数理学者のような目でディスプレイを見つめている長門有希。最も早くこのゲームに順応したのはこいつであり、ハルヒの猪(突(猛(進(一直線戦法にもかかわらず唯(一(の勝利をもぎ取れたのは、彼女の的確な艦(隊(運用能力がたまたまウマいこと作用したからである。
もちろん釘(を刺(してある。魔術だか情報操作だかの超(裏(技(は決して使わないように。昼休みにそう言っておいた。数秒間、俺の目をじっと見つめていた長門は、無言でこっくりとうなずいて同意を示し、俺の肩(の荷物も少しだけ軽くなったものである。おかげで気(兼(ねなく対戦ゲームに挑(める。仮にこれで俺たちが勝ってしまったとしてもそれは何かの間(違(いであり、間違ってしまったんだったら仕方がない。うむ、責任回(避(のイイワケも準備万(端(だ。
あとはせいぜい善戦できるだけの戦術を練り直し、奮戦むなしく敗れ去るという演出を考えることにしよう。朝比奈画像フォルダをCDか何かに焼いておくのも忘れずに。
まつろわぬ秋の空にふさわしく一週間がめまぐるしく経過して、いよいよ開戦の時を迎(えた。
ハルヒに率いられた俺たちは文芸部室で定位置につき、コンピュータ研は連中の部室で画面上のカウントダウンを眺(めているという状(況(だ。
プレイ前のモニタが表示しているのはお互(いの艦隊紹(介(一覧である。とは言え、解(るのは名(称(とどこの隊に旗艦が配置されているかくらいで、パラメータや艦隊位置は隠(されている。
コンピュータ研のユニットは旗艦部隊を筆頭に〈ディエス・イラエ〉〈イクイノックス〉〈ルペルカリア〉〈ブラインドネス〉〈ムスペルヘイム〉なるパーソナルネームが付いていた。
なにやらこしゃくなネーミングセンスであり、何をがんばっているのかは知らんが間違ったがんばりかたのように思えてならない。そんな彼らの考え出した愛称の由来を、さして知りたくもないのは俺だけではなかったようで、
「めんどいから右から順番に敵A・B・C・D・Eでいいわ。旗艦部隊がAね」
ハルヒはあっさり敵艦隊のコードネームを変(更(し、そのまま連中の独りよがりな呼称は忘れ去る構えである。どうせなら俺が指揮することになる〈キョン艦隊〉のことも忘れて欲しいが。
「そろそろね。みんな、いい? 勝ち馬に乗っていくわよ。これは始まりにすぎないの。敵はコンピ研だけじゃないわ。あらゆる邪(魔(者(たちを蹴(散(らして、SOS団は宇宙の彼方(までその名を轟(かせなきゃダメなの。そのうち教育委員会に掛(け合ってすべての公立校にSOS団支部を作るつもりよ。野望は広く持たないと」
ハルヒの誇(大(妄(想(狂(みたいな檄(をどう感じたか、古泉は親指で緩(んだ唇(をはじき、朝比奈さんはメイド衣(装(の袖(を引っ張り、俺は深呼吸のふりをしてため息をつき、長門はぴくりと眉(毛(を動かした。
「まあ、あたしたちが負けるわけはないけどね。勝って当然とは言え、手(抜(きは絶対に禁止! 中(途(半(端(な勝ち方は相手に悪いもん。叩(きのめすのよ」
いつも思うのだが、この自信の原材料は何なのだろう。二ミリグラムでいいから俺にも分けて欲しいね。
「そう? ちょっぴり注入してあげようか?」
なんだか知らないがハルヒは突(然(俺をにらみ始めた。まじめな顔でこっちを見るなよ。俺の顔をそんなに注目したところで大(吉(のオミクジを吐(き出したりはしないぞ。
そのまま十秒ほど経過したあたりで耐(えられなくなった俺は目を逸(らし、その途端、
「どう、少しは効いたでしょう」
ハルヒは勝ち誇(った笑(顔(を作る。そのニラメッコにどんな効能があったと言うのか。
「エネルギーを視線に込(めて送ってあげたじゃないの。身体(がポカポカしてくるとか、発(汗(作用が促(進(されるとか、そんなのをあんたも感じたでしょ? そうね、今度から元気のない人を見かけるたびにこうしてあげようかしら」
頼(むから人通りの多いところでガン飛ばしするのはやめてくれよな。ハルヒの元気エネルギー注入行(為(を因(縁(付けと勘(違(いして迫(ってくる不良軍団から逃(げる方法をシミュレートしていると、
「まもなくスタートですよ」
古泉の面(白(がっている声が届き、俺の視線はパソコン画面へと舞(い戻(る。一人だけ緊(張(感を漂(わせる朝比奈さんが、とても不安そうな声で呟(いた。
「……どうしよ。自信ないなあ」
そんな真(剣(にならなくてもゲームで死傷者は出ませんよ。出たとしてもそれは八つ当たりされたディスプレイくらいです。
敗北に怒(ったハルヒがパソコンを窓から投げ捨てないことを一(緒(に祈(りましょう。
十六時〇〇分。
開戦のファンファーレが鳴り響(き、パソコンの所有権を争う戦いが幕を開けた。
当初、〈SOS帝(国(〉軍が予定していた作戦はこうである。
先(鋒(に〈ユキ艦(隊(〉、その後ろに〈古泉くん艦隊〉と〈キョン艦隊〉を配置し、さらにその後ろから〈みくる艦隊〉と〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉がついてくる。
──以上であり、以下でもない。
索(敵(艇(の派(遣(を「めんどい」の一言で却(下(したハルヒは敵艦隊をデストロイすることしか考えていないため、実際に敵と遭(遇(するまで何の役にも立たないことは歴然としていた。
もっと何の役にも立たないであろう朝比奈さんには、各艦隊から引き抜いた補給艦をまとめてあてがっており、よって〈みくる艦隊〉を表すユニットは他(よりも若(干(大きめの三角形を形成している。そのぶん動きも鈍(重(になっていて、俺が彼女に指示したのは「戦(闘(に巻き込まれそうになったら逃げてください」というまことに理路整然とした行動指針である。当然だろう。
ついでにハルヒ艦隊のパラメータは『速度・20』『防(御(・60』『攻(撃(・20』に設定してある。ようはこいつの部隊が壊(滅(したら即(座(に敗北なのだから、防御力重視になるのも仕方のない決断だ。戦争すんのは『33』『33』『34』という平均的な能力配分をなした長門、古泉、俺に任せて後方でじっとしていれば格好の時間稼(ぎにもなっていいだろうと立案したわけだが、ちょっと目を離(すと前に出たがるのは冒(頭(のシーン通りでもある。
そして今、最初にチラリと述べたようにコンピュータ研とSOS団のシミュレーションゲーム対決、いよいよ決戦の火(蓋(が切って落とされようとしているのだった。
「しょうがないわね。じゃ、あたしはしばらく引っ込んでるから、あんたたちで敵をコテンパにしちゃいなさい。みくるちゃん、一緒にちょっと見物してましょ」
「あ、そ……そうですね」
俺の右(隣(で、朝比奈さんは従順にうなずき、小声を甘やかな吐(息(に取り混ぜながら、
「がんばってくださいね、キョンくん」
思わず百種類くらいのガンバリでもって応(えたいくらいの声(援(をくれるのだった。旗艦部隊が〈みくる艦隊〉だったら喜んで弾(避(け係を仰(せつかるところだが、あいにく守るべきは俺がもし封(建(時代の実力派諸(侯(だったならイの一番に叛(乱(を起こすであろう横暴なる主君である。しかし残念ながらこのゲームに『反旗を翻(す』というコマンドはないようだ。ないんだったらしょうがない。とにかく目前の敵を何とかするだけの話さ。
十六時十五分。
長門が猛(然(とキーボードを叩(いている。目にもとまらぬスピードというのが比(喩(ではなくそこにあった。マウスなどという迂(遠(な物を使う気にもなれなかったらしいのだが、それだけではない。いつの間にやら長門は《The Day of Sagittarius 3》を操作するために独自のマクロを組み上げ、自在に艦隊を運用するより直接的な入力方法を構築したらしいのである。そのおかげで〈ユキ艦隊〉の奮戦ぶりは、ビザンチン帝国ユスチニアヌス帝(位(時代の名将ベリサリウスにも匹(敵(するのではないかと瞠(目(する獅(子(奮(迅(さ加減だが、いかんせん多勢に無勢と言ったところだ。
こちらでまともに戦闘参加しているのは〈ユキ艦隊〉〈古泉くん艦隊〉〈キョン艦隊〉の三個艦隊であり、敵側は姿を見せるつもりのなさそうな〈ディエス・イラエ〉(敵A)を除いた四個艦隊だ。過去の戦史をひもといて学べることが一つある。基本的に戦争は数で決まる。三対四では、ただでさえ劣(勢(が決定づけられている俺たちに勝利後のシャンパンファイトをする機会が訪(れる確率は低く、かといってハルヒや朝比奈さんを引っ張り込むこともままならない。いともあっさりと全軍そろってなぶり殺しアワーをタイムサービスするのは確定的だろう。
「敵は鶴(翼(陣(形(で我々を誘(い込むつもりのようですよ」
古泉幕(僚(総長が俺に囁(きかけた。
「このまま追撃して行けば相手の形成した包(囲(網(に自ら飛び込むようなものです。ここは一時停止して、専守防衛につとめるのが得策ではないかと」
そうは言ってもな。俺はいいけどハルヒがどう言うものだろうか。
それに、だ。
俺は朝比奈さんの頭越(しに、情報参(謀(長門の横顔を盗(み見た。
なぜだかは知らん。だが、奇(妙(なことに長門が意表をつくような積極性を見せている。開始早々のこのゲームでも見た目は通常通りの無表情だが、ディスプレイ上の〈ユキ艦隊〉は他のどのユニットよりも能動的に動き回って作戦行動に従事していた。いったい《The Day of Sagittarius 3》のどこに長門の琴(線(に触(れるものがあったというのか。
解(析(する、という長門の言葉に嘘(はなかった。いつもは無感動を擬(人(化したような宇宙的人造人間は、コンピュータ研作製のオリジナルゲームを隅(から隅まで熟知するまでになっている。ひょっとしたら作った連中より詳(しくなっているかもしれない。こいつにかかれば現代地球文明圏(のパソコンなど産業革命以前の工場生産ライン並にオールドタイマーなのだろうし、赤子の手を捻(るも同然とはこのことだ。
それにしても長門の目の輝(きがツヤ消しブラックからシルバーメタリック処理くらいに変容しているのは、ちょっとばかし気がかりなんだが……。
かつてないやる気を見せ、長門はタイピングゲームよろしく目まぐるしい動きでキーをパンチし続けていた。視線は一(瞬(たりとも固定されず、GUIの恩(恵(を放(棄(して画面隅に開いた小さなウインドウに、ひたすら指のつりそうなスピードでコマンドを打ち込んでいる。
「…………」
〈ユキ艦(隊(〉は機(敏(に位置を変えながらしきりと索(敵(艇(を放ち、迫(り来る敵艦隊の捕(捉(に全力を傾(けていた。それでも現時点で判明している敵の居所は、我が帝(国(軍(の前方にいる〈敵B〉と〈敵C〉の二個艦隊のみだ。長門はその二つの艦隊と互(角(に戦いながら一人で前線を支えている。こりゃ俺もぼやぼやできねえな。加勢しないと。
そう思って移動し始めた〈キョン艦隊〉の側面に、突(如(としてビームの雨が浴びせかけられた。
「なぬ?」と俺。
「おっと、と」と古泉。
見ると〈古泉くん艦隊〉も左(舷(方向から来る砲(撃(を浴びている。どこから現れやがったのか、いつの間にか接近していた〈敵D〉と〈敵E〉がそれぞれ左右から俺と古泉のユニットへ側面攻(撃(を仕(掛(けていた。たちまち〈キョン艦隊〉の保有艦数が目減りしていく。
「何やってんのよ!」
ハルヒが黄色メガホンで俺に叫(んだ。
「ちゃっちゃと反撃しなさい! 返り討(ちよ!」
言われんでもそうするさ。こいつら、長門の索(敵(網(をくぐり抜(けてここまで来るとはなかなかの手練(れだが、こっちだってハイそうですかとやられるままにはなりはしないぜ。
俺は〈キョン艦隊〉に方向転(換(を命じ、全艦首を右舷へ九十度回頭させる。そして射程範(囲(内に敵艦を捕捉、いざ全力射撃──しようと思った瞬間に、〈敵E〉もまた素(早(くUターンして深遠なる闇(の中に消えてしまった。腹が立ったので追撃しようとアタリをつけて索敵艇を出してみたが、艦(影(を一つも捉(えることができない。
「くそ、逃(げやがった」
どうやら『速度』に特化した艦隊での一撃離(脱(作戦か。〈古泉くん艦隊〉の左舷を襲(っていた〈敵D〉もぴったしなタイミングで姿をくらませている。なるほど、〈ユキ艦隊〉と小(競(り合いしている〈B〉〈C〉が囮(で、〈D〉〈E〉が主戦力なのか。そいで旗艦部隊〈敵A〉は参加せずにどっかでどっしり構えてるという、そういう算段らしいな。
「ひえ、こわいっ」
つたない動きながら、朝比奈さんは着実に自分の艦隊をどんどん画面の隅のほうへと追いやっていた。あまり遠くに行きすぎると俺たちの艦隊は補給先を失ってそのうち武装ゼロとなってしまうが、このままではエネルギーやミサイルの在庫を気にするまでもなく勝敗が決しそうな気配だ。主導権はしょっぱなから〈コンピ研連合〉側にある。
その後も、側面攻撃部隊である〈敵D〉と〈敵E〉は、一回残り物をやったら味をしめて夕食時に必ず現れるようになった近所のノラ犬のようにフラリとやって来ては〈キョン艦隊〉と〈古泉くん艦隊〉にヒットアンドアウェイを敢(行(し、追いすがろうとするとホーミングミサイルを撃(ちまくりながら遁(走(するという非常にイライラする戦法で俺たちを苦しめてくれた。一気に決着を付けるのは避(け、じわじわとこちらの戦力を削(っていく腹づもりだな。ハルヒの最も嫌(がるパターンだぜ。
一方で、孤(軍(でもってじりじり前進を続ける〈ユキ艦隊〉は、何とか頭を押さえ込もうとする〈敵B〉と〈敵C〉の波状攻撃を巧(みに受け流しながら効果的な反撃を試みたりしていて、もしこいつの艦隊がなければ俺たちは今(頃(宇宙空間を流れる星間物質の欠片(になっていたかもしれない。負けても敢(闘(賞(くらいならやってもいいんじゃないか。
「…………」
長門は呼吸をしていないような顔で両目をモニタに据(え付け、キーボードの酷(使(を一時たりとも止(めることがない。これにはコンピュータ研の連中も意外だったろう。俺ですら意外に思っているのだ。
ハルヒの負けず嫌(いがいつの間に長門にまで伝染してしまったのか、とね。
十六時三十分。
事態はいよいよ膠(着(の泥(沼(にずっぽりとハマっているようだった。
先頭の〈ユキ艦隊〉が手(強(いと悟(ったコンピュータ研は、〈敵B〉一部隊を対長門専門に残し、未(だ行方(の知れない旗艦艦隊〈敵A〉を除いた三個艦隊が交(互(に俺たちの左右を攻(めるという時間差波状攻撃を仕掛け始めていた。まったく感心することに〈敵C〉〈D〉〈E〉の連(携(は熟練の腕(前(だ。〈C〉に対処しようとするとすかさず〈D〉が反対側から攻撃を加え、〈D〉を追って進撃すれば〈E〉がさらに側面からビームを放つといった神(出(鬼(没(ぶり、なんかもう手加減を知らない上級者と対戦ゲームやったってちっとも楽しかねえという気分を満(喫(できる。少しは遠(慮(しろと言いたいが、パソコン数台がかかっているからそうもいかないか。
しかし、これはかなりよろしくない状(況(である。負けるつもりが九割を占(めていたのは前述の通りだが、いくら負けるにしてももっとハデな展開を予測していたのだ。じゃんじゃん撃ち合ったあげくの豪(快(な撃(沈(とか、負けたけどいい汗(かいたし、まあいっか、お互(いよく頑(張(ったよ──みたいなやつをだ。
しかるに何だ、このチマチマとした体力削り作戦は。
「もう我(慢(できないわ」
予想通りと言うか、ついにハルヒが麾(下(の旗艦艦隊に単純明快な指令を伝えた。
「全(艦(全速前進よ! キョン、そこ邪(魔(だからどいて! 敵の親玉を見つけ出して、タコ殴(りにしてくるわ!」
〈キョン艦隊〉と〈古泉くん艦隊〉の間に割って入ろうとする〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉を、俺と古泉は小魚の群れ並みに瞬(時(の連携で押し留(めようとした。
「何すんのよ! 古泉くんまであたしの華(麗(な戦いを妨(害(するつもり? いいからどきなさい。幕(僚(総長を解任するわよ」
「それは困りますね」
と言いながらも、古泉は自分の艦隊をハルヒ艦隊の進路上から移動させようとはしない。
「閣下、ここは我々にお任せください。不(肖(この古泉、一命を賭(けて閣下を最後の最後までお守りする所存です。僕の進退に関しましては、戦(闘(終(了(後に好きなようにしてください」
「そうだ」
俺も古泉の肩(を持つ。
「少しでも勝率を上げたいのなら、お前はすっこんでろ。こっちはまだ敵の旗艦も発見できてねえんだぞ」
「だからあたしが発見してやるわよ。たぶんここらへんに──」と俺たちから見えないモニタの端(っこを指差し、「──いると思うから、そこまで一直線に向かうの。それから偉(い者同士、サシでドンパチしてやるわっ!」
どこに行く気かは知らんが、辿(り着く前に〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉は冬(眠(前の熊(に襲われたミツバチの巣のようになるんじゃなかろうか。
ハルヒは下からぐいぐいと艦隊を突(き上げつつ、マウスを握(った拳(も突き上げていた。
「だからってじっとしてても同じことでしょ。さっきから見てたら何よ、この〈キョン艦隊〉、敵に逃(げられてばかりじゃないのよ。それにどんどん戦力も減らされてるしさ。やっぱあたしが出て行かないとダメね」
「だからやめろって」
俺は自艦隊を操(って旗艦艦隊の進路を塞(ぎにかかり、さりげなく古泉も反対側から同じ動き、そんなことは知ったことかと〈コンピ研連合〉の三艦隊は一(撃(離(脱(攻(撃(を延々と繰(り返し、朝比奈さんの〈みくる艦隊〉はとうの昔に宇宙空間の迷(子(となっていた。
「ここどこですかぁ? ああん、なんだかどっちが右なのかも解(らなくなってきましたよう」
右(隣(の朝比奈さんは、俺のノートパソコンと自分のモニタを代わる代わる見て、半分ベソをかいた表情で、
「みなさん、どこに行っちゃったんですかぁ」
いやもう、ごめんなさい。朝比奈さんにおかれましては、どこでも好きな所を好きなように彷徨(っていてくださいとしか。
〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉がギリギリと〈キョン艦隊〉の尻(に食いついてくるおかげで、俺まで身動きが取れなくなってきた。ハルヒの盾(代わりになってるようなもんだから、ひきもきらない敵(襲(によって俺のユニットを示す三角形はどんどん小さくなっていく。
「どきなさい!」
どきたくても動けねえ。薄(情(者(の〈古泉くん艦隊〉は、ハルヒに追(突(される前にちょこざいにも離脱しており、そ知らぬ顔で〈敵D〉と砲(火(を交えていた。ハルヒの足止め役を俺だけに押しつける気か。
「くそ」
俺は〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉と合体中の自軍戦力をなんとか自由にすべく、マウスの左ボタンを押しまくりながらポインタを適当な場所へと移動させる。〈キョン艦隊〉のだいぶ収縮した三角形はナメクジの散歩みたいにのろのろと方向転(換(するが、いかんせんナメクジだ。その間も敵側からロックオンされた俺の部隊にビームとミサイルがばんばん飛んでくる。
こりゃ、負けたな。
俺が白旗を揚(げたくなったのも仕方ないと納(得(してもらいたい。こっちの大将がこんなんでは、万に一つの勝機がこっちに舞(い降りようとしてたとしても心変わりして逃げ出すってもんさ。なんでもそうなんだが、やはりトップは冷静でないと組織は円(滑(に動かない。よく知らんけど、そんなもんじゃないのか?
俺とハルヒが現実でも電脳空間内でもモメているこの時、SOS団内で大局的な視野の広さと冷静さを持ってゲームを進行させていたのは一人だけであった。
──と、思っていたのだが。
実はそうでもなかったらしいと俺が気付いたのは、テーブルの端(にいる団員の指の動きがさらに加速して、ついには高感度カメラで撮(影(してからスロー再生しなければ見えないんじゃないかというレベルにまで到(達(してからだった。
イライラが高じるあまり爆(発(するのはハルヒの役目であり専売特許でもあるはずだ。だが今回、それは必ずしも正解とは言えないようである。
今この場で誰(よりも激(昂(しているらしい人物、それは我がSOS団の誇(る物知り情報参(謀(にして読書マニアの文芸部員──。
「…………」
長門有希だった。
十六時三十五分。
「うおう?」
信じがたい光景がモニタに忽(然(と登場し、俺はうっかりマヌケな声を上げてしまう。
「なんだこりゃ」
〈SOS帝(国(〉全軍の索(敵(終(了(範(囲(が一気に三倍になっていた。出現と消失を繰り返していた敵〈C〉〈D〉〈E〉の現在位置もばっちりだ。一つは左(翼(方向から古泉部隊へ向けて射線を微(調(整(中で、一つは離脱直後の反転を今まさに終えようとしているところで、一つはもつれ合っている〈キョン艦(隊(〉と〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉目がけて進軍中である。でまあ、なぜ敵の動きがそこまで解るようになってしまったのかと言うと……。
〈ユキ艦隊〉が二十個に分(裂(していた。
「これはこれは」
古泉の賞賛の声が俺には虚(ろに聞こえる。
「さすがは長門さん。よくこんなことをする気になりましたね。僕も一時は考えたのですが、あまりに煩(雑(になるもんですから、立案時に放(棄(したんですよ」
「待てよ古泉」と俺。「こんなの、説明書に書いてあったのか?」
「ありましたよ。最後のほうにですが。やり方を教えましょうか。まずコントロールキーとF4キーを同時押ししてからテンキーで分散する艦隊の数を決定し──」
「いや、いい。俺はやる気がない」
もう一度、モニタをよく見てみる。
さっきまで〈ユキ艦隊〉だった三角ユニットが、不思議光線を当てられたみたいに縮小している。その代わりと言うと何だが、他(に同じ物が二十個もある。試(しにそのうちの一つを選んでマウスポインタを当ててやると〈ユキ分艦隊12〉と表示された。
分艦隊?
01から20までにナンバリングされたその小三角形たちは、あるものは今まで通り〈敵B〉相手に砲(撃(戦(を続行し、またあるものは敵艦の合間を縫(ってまだ見ぬ宇宙へ飛び出し、他のあるものは左右に散開し、それからまた別のあるものは大きくターンして苦戦する〈キョン艦隊〉に加勢してくれるようだった。
古泉、解説しろ。
「ええとですね。一応ですが、艦隊ユニットを二つ以上に分け、個別に操作することができるようになっているのです。上限は確か二十でしたっけ。取説にそう書いてありました」
「何のメリットがあるんだ?」
「御(覧(の通り索敵範囲が格段に向上します。それだけ目が増えるみたいなもんですからね。他にもありますよ。たとえば艦隊を二つに分けた場合ですと、一個を囮(にしてもう片方を敵の後背に回らせるとかですね。でもデメリットのほうが大きいのでコンピュータ研側も作戦に取り入れてないようです」
古泉は俺に顔を近づけ、ハルヒには届かないように声を潜(めて、
「複数の艦隊操作を一人でしなければならないわけですよ? 一つを動かしている間は残りを動かすことができず、単なる木偶(の坊(になってしまいます。ましてや二十個もの分艦隊を同時操作するなど、人間技(では不可能ですね」
隣(の部屋で肝(を抜(かれているであろう面々の表情を想像しながら、俺は横へ視線を滑(らせた。
「おい、長──」
黙(々(とキーボードを叩(き続ける長門の両指が生み出すスタッカートは、どんなに耳を凝(らしてもカタカタカタ……ではなく、ガガガガとしか聞こえないまでになっていた。
「あ、あの……。そんなに力入れると壊(れるんじゃあ……」
おっかなびっくりと朝比奈さんが注進するが、長門は目もくれない。その目がどこを見ているかと辿(れば、長門のパソコンが映しているのはゲームの画面ではなく、黒い背景に白い英数字及(び記号しかないという、なんか大昔のコンピュータのBIOS設定画面のようなものだ。それがまた凄(いスピードでスクロールしている。
「なに?」
と、長門は俺を見ずに訊(いた。
「……えーとだな」
あのー、長門さん? あなたは一体何をしておいでなのでしょうか。
心で呟(く俺の独り言も思わず丁(寧(調になってしまうくらい、長門のキーを打ち込む姿からは無形のプレッシャーが感じられた。
ふと自分のモニタで確(認(すると、二十個に分散した〈ユキ艦隊〉はまるで命を吹(き込まれた茶柱のように生き生きと動き回って敵を翻(弄(していた。すっかり画像の有(無(など問題にしなくなっているらしい……って、ちょっと待てよ。俺はインチキはすんなって言っておいたぞ。
「していない」
と長門は呟いた。ここで初めて俺のほうを向き、しかし手の動きはそのままに、
「特別な情報操作をおこなっているわけではない。課せられたルールを遵(守(している」
長門の視線上から離(れるように、朝比奈さんが小さな身体(を仰(け反らせている。長門は俺と目を合わせながら、
「わたしはこのシミュレーションプログラムに含(まれていない行動を取っていない」
「そ、そうなのか。そりゃすまなかった」
なんか恐(いオーラがショートカットの頭の上から立ち昇(っているようでもあった。
しかし長門の表情も目の色も普(段(と変わりなく無機質で、にもかかわらずいつもなら「そう」とか言って再び黙(り込むはずが、この時ばかりは次のように言葉を続けた。
それは告発の言葉だ。
「インチキと呼ばれる行(為(をしているのはわたしではなく、コンピュータ研のほう」
間のいいことに、ハルヒは自分のユニットを〈キョン艦(隊(〉から引き剥(がすことに成功し、
「遅(! どうしてこんな遅いの? パソコンに栄養ドリンク振(りかけたら速くなるかしら」
とか言いながら喜々として前線へと移動させるのに夢中のようだった。
俺は朝比奈さんの前に身体を乗り出して、長門に小声で質問した。
「奴(らがインチキしてるってのは、どういうことだ?」
超(高(速(ブラインドタッチを寸時も停(滞(させることなく、長門は無表情に応(える。
「彼らは我々のコンピュータ内に存在しないコマンドを使用し、この擬(似(宇宙戦(闘(を有利なものとしている」
「どういうこった?」
長門は一(瞬(沈(黙(し、考えをまとめるように瞬(きをして、
「索(敵(モード・オフ」
と呟いてから、続いて静かな口調で語ってくれた。
その説明によれば、コンピュータ研側が使っているゲームは最初からその「索敵モード・オフ」とやらの状態に設定されていたらしい。そんな切り替(えスイッチはもちろん俺たちのほうにはなく、だいたいオンとオフでどう違(うのかも解(らん。何だそれは。
「オンにすれば索敵行動が義務づけられる。オフの場合はしなくていい。彼らは索敵システムを形(骸(化し、また必要としていない」
えーとだな、それはいったいどういうことか。
「索敵モードをオフにすれば、マップのすべてがライトアップ表示される」
つまり……、
「マップ全域のすべてが我々の艦隊位置を含めて最初から丸見え」
長門にしては解りやすい説明だ。
「それだけではない」
笑わない宇宙人製人工生命体は淡(々(と言いつのった。
それによると〈コンピ研連合〉側の艦隊にはワープ機能までついてるそうだ。道理でやけにタイミング良く姿をくらましていたと得心する。〈SOS帝(国(〉とは技術レベルで五百年くらいの差がありそうだ。戦国時代の歩兵に自衛隊の機(甲(部隊が襲(いかかっているようなものである。それでは勝てるはずがないじゃないか。
「そう」
長門も保証してくれる。
「我々には敗北以外の選(択(肢(がなかった」
なかった──か。過去形だな。それで? 今はどうなんだ。現在形で言い換(えて欲しいところだったが、長門の黒い瞳(に見たことのない感情の揺(らぎを感じて俺はちょっと頭を引きつつ、
「でもな、長門。やっぱり宇宙的なパワーはなしにしたいと思うんだ。連中がズルしてるのはよく解ったよ。しかしさ、だからと言ってこっちがさらにインチキな魔(法(を使って対(抗(しちまったら、結局は連中と同じことになっちまうぜ。いやそれ以上だ。お前の手品は地球上の法則にあんまり則してやいないからな」
「あなたの指示に違(反(することはない」
長門は即(答(した。
「地球の現代技術レベルに則(ってプログラムに修正を施(したいと思う。既(知(空間の情報結合状態には手を付けないと約束する。人類レベルの能力にあわせ、コンピュータ研究部への対抗措(置(をとる。許可を」
俺に言ってんのか。
「わたしの情報操作能力に枷(をはめたのはあなた」
…………。
こいつと出会って半年以上が経(つ。その間で、俺は長門の無表情の奥に隠(された微(妙(な感情的変化──こいつにまともな感情があったらの話だが──を、曲がりなりにも多少は感じ取れるとそれなりの自負を覚えるようになっていた。このとき俺が長門の白い顔にピコ単位で見いだしたのは、紛(れもない決意の色だ。
朝比奈さんが驚(いた顔で俺を見ている。古泉も見ているが、ただしこいつは半笑いだ。ハルヒだけが何事かわめきながらビームとミサイルを景気よくまき散らしていて、ほどなく弾(切(れで敵(陣(の真ん中で立ち往生することだろう。決断するに残された時間はあまりない。
何と答えよう……そう悩(んだのは数秒間程度だった。長門はやる気になっている。こんな長門は初めて見た。思うに、これはいい兆(候(だという気がしてならないのだ。情報統合思念体に製造された人間そっくりの有機アンドロイド。案外こいつもベタなロボットにありがちな、人間になりたいという欲求が芽生えつつあるのかもしれない。
そして俺は、それがよくないことだなんて全然思わないのである。
「よし、長門。やっちまえ」
俺は励(ますような笑(みを浮(かべて太(鼓(判(を押した。
「この世の人間にできる範(囲(内で、何でも好きなようにやれ。コンピ研に一(泡(吹(かせてやるんだな。二度と俺たちにクレームをつけることのないように、ハルヒが望むとおりの結末を見せてやるがいいさ」
長門は長い間、俺の主観では途(方(もなく長く感じられた時間の間、俺を見つめていた。
「そう」
発したリアクションははなはだ短く、それから長門は実行キーをパチンと押して、たったそれだけで形勢はいきなり逆転した。
十六時四十七分。
狡(猾(な罠(はすでに仕組まれていたのである。
あまりの唐(突(さに唖(然(とするほどだが、俺の驚(愕(ゲージなどまだまだ修(行(の足りない門前の小(坊(主(並くらいであろう。対戦相手のコンピュータ研連中は、今(頃(世界恐(慌(二日目のウォール街程度にパニック状態に陥(っているに違いない。
すべては長門がさっきからやっていた分身の指術の結果だ。つくづく味方でよかった。お供え物の一つ二つ自腹を切って進(呈(してもいい気分である。今度面(白(そうな本を買ってきてプレゼントしてやるよ。そういやこいつの誕生日はいつってことになっているんだろうね。
まあ、それは後々考えることにして、状(況(説明に戻(らせてもらおう。
敵(艦(隊(の数々はプレイヤーの茫(然(さを体現するように動きを止めていた。
長門は自分のノートからコンピュータ研のパソコン五台に侵(入(を果たすと、稼(働(している《The Day of Sagittarius 3》のプログラムを直接いじくったらしい。どうやったらそんなことができるのかは訊(くな。俺に解(るわけがない。ないのだが目的はただ一つ、相手側の索(敵(モードをすべてオンにするためである。これにより〈コンピ研連合〉の可視範囲は大きく削(り取られた。さぞ画面の暗(闇(部分が増えたことだろう。連中は索(敵(艇(を飛ばす必要がなく、また実際にまったく飛ばしていなかったとの情報参(謀(の報告だ。
長門はさらに相手側の『索敵モード』をオン状態のままで固定されるよう奴(ら側のソースを書き換えてしまい、かつ自分以外の誰(にも修復できないようにロックした。ただしワープ機能は削(除(するのではなく、ちょっぴり変(更(を加えてそのままにしておく。長門考案によるちょっとした謀(略(さ。
これらを全部、ゲーム中の二十個分艦隊を器用に動かしながら例の宇宙人的能力なしにやってのけたのだから、普(通(の人間シバリを付けたとしてもこいつはやはり尋(常(ではないよな。
「さて、ようやくチャンス到(来(ですよ」
古泉が愉(快(げな微笑(み混じりに画面上の状況をナレーションしてくれた。
「ご覧ください。〈敵C〉と〈敵D〉は無数の〈ユキ分艦隊〉に阻(まれて我々の位置を見失っています。〈敵E〉は僕と交戦中で、それから〈敵B〉ですが、このままですと間もなく〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉の射程に入ります」
「敵みっけ!」
ハルヒの喜びに溢(れた声が響(いて、古泉のセリフを証明した。
「撃(て撃て撃て撃てー!」
モニタに額をつけんばかりにして、ハルヒは雄(叫(びをあげている。
鎖(から解き放たれた〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉はビームとミサイルを八方に撃ちまくりながら敵艦隊へと突(入(していた。泡を食った〈敵B〉は慌(てて急速回頭、逃(げだそうとするその先には俺の〈キョン艦隊〉が待ち受けている。
「そらよっと」
俺は人差し指をわずかに動かして、持てるビームのありったけを〈敵B〉の鼻先に撃ち込んでやった。
「こらキョン、それはあたしの獲(物(よ! よこしなさい!」
挟(み撃ちにされた〈敵B〉は瞬(く間に形を崩(していく。ぷるぷる身をよじっていた〈敵B〉ユニットは、やがて小さなビープ音とともに爆(散(した。一丁上がり。
さらなる獲物を求め、ハルヒは移動式打ち上げ花火装置と化した艦隊を今度は〈敵E〉の横腹へと転進させる。古泉と押し合いへし合いをしている〈敵E〉もまた、二正面作戦を強いられた結果としてざくざく艦数を減らしていった。
苦しげな挙動を見せていた〈敵E〉だが、ついに万(策(尽(きたと覚(悟(を決めたのだろう。それまで決して〈SOS帝(国(〉軍の目の前でだけは使わなかった隠(しコマンドを強行した。
「あ、消えた! え? 何で?」
ハルヒが叫(び、俺はついにこの時が来たことを知った。それまで十字砲(火(のただ中にいた空間から〈敵E〉が消(滅(している。
ワープってやつだ。もうちょっと凝(った名前を付けたらいいのに、今どきワープもないだろうよ。
だが、これこそ長門の仕(掛(けた狡猾な罠の真(髄(だった。
「あれっ。何か違(うのが出てきたわよ」
ハルヒの声を聞きながら、俺はすでに手を休めていた。
「きゃっ?」
朝比奈さんも可愛(く驚(き、しきりに瞬(きしながらモニタを見つめる。
「キョンくん、なんかあたしが動かしてたやつ、どっかいっちゃっいましたけど……」
ワープしたのは〈敵E〉だけではない。〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉だけをそのままに、敵味方合わせてすべての艦隊が空間転移していた。
長門が変更したプログラム、それは『コンピュータ研のいずれかの艦隊がワープ機能を起動させれば、敵味方の区別なく〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉を除いたすべての艦隊も同時刻に、及(び強制的にワープする。各艦隊におけるワープ後の出現座標は指定したコードに従う』、というものだった。
目には目を、インチキにはインチキを。ただしインチキすぎないように。
隣(室(の驚(愕(は索敵モードんときとは比べものにならんだろうな。俺は初めて目にしたコンピ研旗艦艦隊〈敵A〉(ディエスなんとか)を画面上に発見し、その出現位置を確(認(して肩(をすくめた。
「因果応報ってやつさ」
部長氏の〈敵A〉は〈ハルヒ☆閣下☆艦隊〉のド真ん前に登場させられていた。
その真後ろには同じように飛ばされてきた無傷の〈みくる艦隊〉がほとんど触(れあうような距(離(にいて、さらにショートワープした〈古泉くん艦(隊(〉によって右(舷(に狙(いを定められ、反対側の左舷攻(撃(を担当するのは再び合体した〈ユキ艦隊〉であり、斜(め横には添(え物程度に小さくなった〈キョン艦隊〉が控(えている。コンピュータ研の他の連中がどこにいるかと探せば、広いマップの遥(か片(隅(に四艦隊揃(って瞬(間(移動を遂(げていた。そこまで行ってたらもうどうやっても間に合うまい。
〈SOS帝国〉軍全艦隊による包(囲(網(の中で、〈敵A〉一個艦隊のみが立ち往生していた。
「なんかよく解(んないけど」
ハルヒは舌なめずりせんばかりの溌(剌(とした表情となって、大きく片手を振(り上げた。
「全艦全力射撃! 敵の大将を地(獄(の業(火(で焼いてあげなさい!」
その合図とともに、ハルヒ、古泉、俺、長門の艦隊が一(斉(に武装の限りを放出した。あわあわしていた朝比奈さんも、長門の「撃って」という冷たい声にビクッとなりながら、この日初めての攻撃を四(面(楚(歌(の〈敵A〉にたっぷりとお見(舞(いする。
「ごめんなさい……」と朝比奈さん。
何が何だか解っていないのはコンピュータ研部長だろうな。奥のほうで高みの見物を決め込んでいたらいきなりインチキ索(敵(が解除され、何もしてないのに突(然(ワープしたあげく敵(陣(の真ん中に出現してしまったのだから。
「や、……」
れやれ、と続けそうになって言葉を飲み込んだ。古泉がニヤリと微笑(みかけてくる。無視だ、無視。
画面に注意を戻(すと、部長氏の〈敵A〉艦隊は、前後左右の至近距離からビームのシャワーとミサイルの雨をくらい、ひっくり返った草ガメのようにのたうちまわっていた。うーん、自業自得と言っても今回ばかりはいいんじゃないかなあ。アンフェアなことを企(てたのはそっちが先だしさ。でもまあ、存在している段階ですでにアンフェアな長門有希を持っていたこっちもあまり偉(そうな顔はできないか。
長門の速(射(砲(的キータイピングが、とうとう最後まで休(憩(なしでいっちまった。〈敵A〉艦隊はバルカン砲の残(弾(カウンターのように見る見る数を減らしていき、最後に残った一隻(を〈ユキ艦隊〉のドット単位で精密照準されたビームに狙(撃(され、それが敵旗艦の最(期(の見納めとなった。
ちょろいファンファーレが鳴り響(き、五台のモニタに輝(かしい文字が表示されてゲームは終わる。
『You Win!』
十七時十一分。
決着がついてから約十分後、部室のドアをノックする者がいた。
よろよろと入ってきたのはコンピュータ研の連中であり、中でも部長氏はやけっぱちのような口調で、
「負けたよ。完全にウチの負けだ。潔(く認める。すまない。謝る。勘(弁(して欲しい。この通りだ。キミたちを甘く見ていた。間(違(っていた。完敗もいいところだった」
頭を下げる部長氏の前で、ハルヒは日時計のように鼻高々と立っていた。睥(睨(するハルヒ閣下の視線を浴びて、コンピュータ研の部員たちは体調のよくなさそうな顔色でうなだれる。
「あんなに見事にスッパリとすべてを見(透(かされていたなんてね……。僕たちが姑(息(な手を使っていたことは申し開きしようもない事実だ。でもまさか……。プレイの最中にゲームの中身を書き換(えられるとは……。信じられないけど……これも事実か……」
虚(構(の別世界にイってしまったような目で部屋を見回す部長氏に、ハルヒは眉(毛(を片方だけ吊(り上げて、
「何ブツブツ言ってんの? 負けたイイワケなんか聞きたくないわよ。でさ、約束は覚えているわよねえ?」
楽しそうに指をちっちと振っている。勝った嬉(しさに浸(るあまり、とんでもなく不自然な勝ち方をしたことに対する疑問は頭のどこを探しても見つかりそうにない。こいつにしてみれば、ようするに勝ったもん勝ちなのである。
「もう文句はないでしょ? このパソコンはあたしの物で、それからノートパソコンもあたしたちの物よね。忘れたとは言わせないし、言ったらかなりキッツい目にあわせるわよ。そうねえ、手始めに『緑色のコビトが追いかけてくる』と叫(びながら素(っ裸(で校庭を十周するの刑(に処すわ」
無体な言葉にコンピュータ研部員たちはさらに首を前(倒(し。それを気の毒に思ったのか気(詰(まりだったのか、
「あ……、そだ。お茶でもいかがですか?」
気ぃ遣(いの朝比奈さんが立ち上がって湯(沸(かしポットへ向かい、苦(笑(を浮(かべた古泉がガラクタ入れの中から紙コップのパックを取り出していた。長門はパイプ椅(子(に座ったまま、ハルヒの前に整列して頭を垂れる男子生徒たちを冗(談(の通用しそうにない目で見つめている。
ハルヒはなおも上(機(嫌(に演説をしているが、その部員たちの列から一人、部長氏がゆらりと離(れて俺のもとに近寄ってきた。
「なあ、キミ」と彼はか細い声で、「あれをやったのは誰(なんだい? 世界でも通用しそうな凄(腕(ハッカーは。……いや、だいたい想像はつくんだが……」
長門がゆっくりと俺を見上げ、部長氏は長門を見ていた。
まあな。どうやら部外者から見ても、こんな頭良さげなことをしそうなのは長門が最有力候補に見えるようだ。
「ものは相談だが」
部長氏は長門に向かって、
「キミがヒマなときでいい。たまにでいいのでコンピュータ研の部活に参加してみないか? いや、してくれないか?」
なんか勧(誘(し始めた。さっきまで炎(天(下(に三日間放置された冷(凍(サンマみたいだった目の色が活気づいている。人間心底参ってしまうと開き直るしか手だてがないのかもな。
長門はモーター内蔵のような動作で顔の向きを部長氏へ移動させ、その動作を逆回転させるようにして俺に向き直った。何を言うでもなく、闇(ガラスのような瞳(に物問いたげな光だけを反射させて、じいっと俺を見つめている。
「…………」
なんだろう。念波でも送っているつもりなのか。それとも判断の是(非(を俺にゆだねる意思の現れなのか。そんな顔されても(と言っても無表情だが)困るぜ。お前への問いかけなんだ、そんなもん自分で判断すればいい。むしろ、そうするべきだ。
俺が長門をならって無言の光線を返答として送っていると、
「ちょっとちょっと、そこで何やってんのよ」
ハルヒが俺たちの間に割って入った。
「勝手に有希をレンタルしちゃだめよ。そういう話はまずあたしを通しなさい」
やはりデビルイアー、聞こえていたらしい。ハルヒは腰(に両手を当て、いっそ誉(めたいくらいの偉(そうなポーズで、
「いい? この娘(はSOS団に不可欠な無口キャラなの。あたしが最初に目を付けたんだからね、後から来たって遅(いわよ。どこにもやったりしないんだから!」
お前が目を付けたのは部室であって長門ではなかったはずだが。
「いいの! 有希込(みでこの部室をもらったんだから。あたしはこの部屋にあるものは、たとえ泡(の抜(けたコーラでも誰かにあげたりしないわよ」
それはあたしのだから、と誰にはばかることなくセーラー服の胸(元(を威(勢(良く反らすハルヒだった。
「まあ、待て」
俺は言った。そして考えた。
これでも俺は長門の表情を読むことにかけては誰よりも自信を持っているつもりだ。何たって三年前の長門有希に出会ったことのある男なのだ。感情の顔面的表現をほぼ完(璧(に抑(えている長門だが、まったく無感情でもないらしいと俺は感づいていて、ループモードの夏休み事件でもそうだったし、今回のゲーム対決でも何となく解(った。そう、いつだったか、市立図書館に誘(ったときにも感じたことだ。
長門にだって興味を惹(かれるものが少なからずある。
コンピュータ研との《The Day of Sagittarius 3》対戦で誰よりもムキになっていたのはハルヒではなく長門だ。読書以上の熱意を傾(けていたキーパンチ。それがインチキトリックの封(印(を申し伝えた俺の言葉に由来するのかどうかは解らん。しかし俺にはキーボードを叩(くその姿がなぜか楽しそうに見えたのだ。小難しい本を読む以外の新しい趣(味(がこいつに芽生えたのだとしたら、別に否定するものではないんじゃないか? このSOS団アジトで部屋の付属品になっているよりも、他者と接することで学校生活にわずかでも溶(け込むほうがこいつにとっても喜ばしいのではないだろうか。
いつまでも涼宮ハルヒの監(視(だけでは、長門だって疲(れるに違(いない。宇宙人製有機ヒューマノイドインターフェースだって、たまには気晴らしが必要だ。
「お前の好きにしろ」
今日ばかりは部長氏の肩(を持つことにした。
「パソコンいじりは楽しかったか? なら、お前の気の向いたときでいい、お隣(さんに行ってコンピュータをいじらせてもらえ。自主制作ゲームのバグ取りでもしてやったら感謝されるぞ。きっとこれよりも高性能な遊び道具が揃(ってるだろうし」
長門は無言で、だが微(細(に表情を揺(れ動かしながら俺を見ている。それでいいのかと訊(いているようでもあり、どうすればいいのかと尋(ねているようでもあった。揺らめく影(めいたものが長門の黒飴(みたいな瞳を通り過ぎたような気がした。
ずいぶん長い刻(が流れたように感じたが、実際は瞬(き三回分くらいだったろう。
「……そう」
何がそうなのかと問いただす前に、長門はかくりとうなずき、部長氏を見上げてオクターブの変わらない声でこう言った。
「たまになら」
当然ながらハルヒはゴネた。
「勝ったのはあたしたちなのに、どうして大切な団員をレンタルしないといけないのよ。レンタル料は高いわよ。そうね、一分につき千円が最低ライン!」
分給千円なら俺が買って出たいね。
「涼宮閣下」
お茶をすすっていた古泉が得意の笑(顔(を振(りまきながら近づいた。
「閣下たるもの、時には敗軍の健(闘(を讃(えることも必要かと存じます。ただ強いだけでなく度量の広さを見せつけるのもトップに立つ者の条件の一つですよ」
「え、そうなの?」
ハルヒは口をアヒルのクチバシ状にしながら、
「まあ、有希がいいんならいいけど……。でも! ノートパソコンは返さないわよ。あ、それからね、」
話してる最中に名案を思いついたらしい。ハルヒは部長氏をにらみつけながらニンマリと笑顔を作る。いそがしい顔面だな。
「いい? あんたたちは敗残兵、勝者の言うことは何でも素(直(に聞かないといけないの。それが戦争ってもんよ」
お盆(をしずしずと持ってきた朝比奈さんからお茶(雁(音(だったか?)をひったくってガブガブ飲みつつ、
「あんたたち全員、今後あたしに絶対的な忠誠を誓(いなさい。うん、悪いようにはしないわ。あたしは実力主義だからね、がんばりようによっては正式な団員にしてあげてもいいわよ。たとえば……そうね、生徒会と全面戦争するときはあたしの手足となって働くの。それまでは準団員ね」
この調子で全校生徒SOS団団員化を企(てているのではないだろうな、という俺の危(惧(も知らずにハルヒは意気揚(々(と、
「古泉くん、さっそく調印書を作ってちょうだい」
「かしこまりました、閣下」
幼少の皇(帝(を意のままに操(る外(戚(宰(相(のような笑みで返答し、古泉はさっそく自分の物になったばかりのノートパソコンに何やら打ち込み始めた。
翌日以降も部室の風景が格別に変化するということはなかった。猫(に小判状態のノートパソコンが無(駄(に増えただけである。朝比奈さんはメイドルックであちこちハタキがけしてからヤカンをカセットコンロにかけ、古泉は一人バックギャモンをやってて、長門はテーブルの隅(で黙(然(と読書にふけりつつ、次にハルヒが何かを言い出すまでのつかの間の平(穏(を楽しんでいた。
そんな変(哲(のないSOS団的日々の放課後で、ごくまれに読書好き宇宙人の姿を見失うときがある。いないなと気づいた数分後には、またふらりと現れて読書を開始するから、俺の認(識(上ではやはり長門はこの部屋の真の主のようなものだった。
「…………」
海外ミステリ小説を原書で読む長門の見た目は、ぱっと見、何も変わっていない。中身が変わりつつあるのかどうかは……さて。俺にも解(りようはないな。
長門は相変わらず、ここにこうしてちゃんといる。気まぐれな微(風(のようにお隣(にも顔を出しているらしい。それで充(分(さ。
「キョンくん、どうぞ。今回は中国のお茶に挑(戦(してみました。ふふ……どう?」
控(え目に微笑(む朝比奈さんからマイ湯飲みを受け取り、ゆっくり味わいながら飲んでみても今までの茶葉とどう違(っているのか俺の舌はとりたてて感激したりはしなかった。あなたのくれるものなら雑草ジュースだって美味に思えるに決まってますよ。
俺は感想を心待ちにしている顔の朝比奈さんに何と返答したものかとボキャブラリーを探(りながら、当分は変な事件に巻き込まれることもないだろうと考えていた。
その予想が大間違いだったと判明したのは、それから一ヶ月後、冬休みとクリスマスの押し迫(った師走(の半ばのことである。
涼宮ハルヒの存在を見失ったとき、俺はそれを悟(ることになった。