何かおかしい。
そう気付き始めたのは、お盆を過ぎた夏の盛(りの日のことだ。
その時、俺は家の居間でダラダラしながら別に見たくもない高校野球をテレビで眺(めていた。うっかり午前中なんかに起きてしまったせいで、ヒマではあるが山と積まれた夏休みの課題に立ち向かうほど気力に満ちあふれているわけでもない、という程度には時間を持て余していたのである。
テレビに映る試合は俺とはまったく縁(もゆかりも行ったこともない県同士の闘(いだが、判(官(贔屓(的精神により7対0で負けているほうをなんとなく応(援(していると、何故(だか解(らないがそろそろハルヒが騒(ぎ出すような気が、これもなんとなくした。
ここしばらくハルヒとは顔を合わせていない。俺は妹を連れて母親の実家がある田舎まで避(暑(と先祖供(養(を兼(ねて遠出しており、昨日帰ってきたばかりだ。それは毎年の行事だからであったわけなのだが、そもそも夏休みなんだからそうそうSOS団の連中とも会う機会はなく、当たり前と言えばその通りである。それに休みに入るや否(や変な島に行って変な目に遭(うというSOS団夏期合宿はとっくにすんでいる。いくらハルヒでも小旅行第二弾(を言い出したりはしないだろう。それなりに満足している頃合いだ。
「それにしても」
俺は呟(き、どういうわけだか俺は鳴ってもいない携(帯(電話を、ふと──本当にふと、ストラップに指を引っかけて手元に引き寄せた時、部屋のどこかに隠(しカメラでも仕込んであるのかと疑うべき事態が発生した。
まさにベストタイミングとしか言いようのない無(駄(のなさ、電話が着信音をがなり立て始めやがったのだ。予知能力に目覚めてしまったのかと一(瞬(考え、頭を振(って放(棄(する。バカらしい。
「何だってんだ」
表示されている電話の主は、まさしく涼(宮(ハルヒに相(違(ない
俺はスリーコールほどの間を持たせた後、これまたなんとなくゆっくりと通話ボタンを押した。ハルヒが何を言い出すのか、すでに解っているような気分がして俺は自分を訝(る。
『今日あんたヒマでしょ』
というのが第一ハルヒ声だった。
『二時ジャストに駅前に全員集合だから。ちゃんと来なさいよ』
と、言ったきり、あっさり切っちまいやがった。時候の挨(拶(も抜(きならハローもなしだ。ついでに出たのが俺かどうかの確(認(すらしやがらねえ。さらに言えば、俺が今日がヒマだと何で解るんだ。これでも俺は……まあ、まったく何の予定もないわけだが。
再び電話が鳴り出す。
「なんだ」
『持参物を言い忘れてたわ』
早口な声が持ってくるべきものを告げて、
『それとあんたは自転車で来ること。それから充(分(なお金ね。おーばー♪』
切れた。
俺は電話を放(り出して首を傾(げた。何だろう、この夢の続きみたいな変な感覚は。
涼しげな音がテレビから響(いて目を遣(ると、心情的敵チームの得点はとうとう二桁(に達しているところだった。金属バットに硬(球(が当たる音が容(赦(なく俺に告げる。
夏も終わりが近い。
クーラーをガンガンに効かせた閉めきった部屋に、アブラゼミの大合唱が壁(からしみ出すように漏(れ届いていた。
「しょうがねえな」
しかしハルヒの奴(、夏休みが始まるや否や合宿と称(して俺たちを変な島に連れて行っただけでは不十分だったのか。このクソ暑いのにいったい何をしようと言うんだ? 俺は冷(房(の効いている場所から動く気は全然しないぜ。
そう思いつつ、俺は言われた通りのブツを出すために洋服箪(笥(へと向かった。
「遅(いわよ、キョン。もっとやる気を見せなさい!」
涼宮ハルヒがビニールバッグを振り回して、ご機(嫌(さんな顔で俺に人差し指を突(きつけた。こいつは何も変わっちゃいない。
「みくるちゃんも有(希(も古(泉(くんも、あたしが来る前にはしっかり到(着(してたわよ。団長を待たせるなんて、あんた、何様のつもり? ペナルティよ、ペナルティ」
集合場所に現れた最後の人物は俺だった。ちゃんと十五分前に来たってのに、他(のメンツは急なハルヒの呼び出しをあらかじめ解っていたような速度で集合したらしい。おかげで毎回俺が奢(るハメになるんだが、もう慣れたしあきらめたね。しょせん一(介(の一(般(人(たる俺が、この特(殊(な背後関係を持つ三人を出し抜くことなどできはしないのさ。
俺はハルヒを無視して、生(真(面(目(な団員たちに向けて片手を上げた。
「待たせてすみませんね」
他の二人はともかく、この人にだけは言っておかないといけない。上品なリボン付き帽(子(の下で、朝(比(奈(みくるさんはまろやかに微笑(んで俺にぺこりと頭を下げた。
「だいじょうぶです。あたしも今来たとこ」
朝比奈さんは両手でバスケットを持っていた。何か期待していいようなモノが入っていそうな気配を感じ、俺はなんとなく楽しい気分になる。いつまでもそんな気分に浸(っていたかったのだが、横から邪(魔(者(が声を割り込ませてきた。
「お久しぶりですね。あれからまた旅行にでも出かけていたのですか?」
古泉一(樹(が輝(かんばかりに白い歯を見せつつ俺に向かって指を立てた。胡(散(臭(い笑(顔(は夏休み半ばになってもそのまま代わり映(えしないようだ。お前こそどこぞに旅行へ行っていればいいものを、なんでまたホイホイとハルヒの呼び出しに素(早(く応じるのか疑問は尽(きない。たまには断れ。
俺は古泉の明るい偽(善(者(面(を経由して、視線をその横に転進させた。まるで古泉の影(みたいに立っているのは、長(門(有希の無情に無機質な姿である。高校の夏服を着て、汗(一つかかずに直立しているのも最(早(お馴(染(みの光景だ。汗(腺(があるのかどうかも疑わしい。
「…………」
動かないネズミのオモチャを見るような目つきで長門は俺を見上げ、ゆるりと首を傾(けた。会(釈(のつもりだろうか。
「それじゃあ、全員も揃(ったことだし、出発しましょ」
ハルヒが声を張り上げる。俺は一応の義務感にかられて訊(いた。
「どこに?」
「市民プールに決まっているじゃないの」
俺は自分の右手がつかんでいるタオルと海パン入りのスポーツバッグを見下ろした。まあ、どこかのプールが行き先だとは思っていたさ。
「夏は夏らしく、夏じみたことをしないといけないの。真っ冬に水浴びして喜べるのは白鳥とかペンギンくらいなのよね」
奴らなら年中水浴びしてるだろうし、それも別に喜んでやってるわけじゃないだろう。そんな比(較(対象として相応(しくない動物を挙げられてまんまと言いくるめられる俺ではないぞ。
「失った時間は決して取り戻(すことは出来ないのよ。だから今やるの。このたった一度きりの高一の夏休みに!」
いつもの調子で、ハルヒは誰(の意見にも耳を貸すつもりがないようだった。基本的に俺以外の三人はハルヒに意見するなどという無(駄(な行(為(をしないので、毎度耳を貸されないのは俺の意見だけということになる。常識的に考えて理(不(尽(そのものなのだが、確かに常識的な人間なのは俺だけだからそうなる運命なのかもしれん。いやな運命だな。
俺が運命と宿命の違(いについて考えていると、
「プールまでは自転車で行くわよ」
ハルヒ宣言が発せられ、誰も賛同していないのに勝手に実行されることになった。
聞けば古泉も自転車で来させられたのだと言う。女三人組は徒歩でここまでやって来たのだそうだ。ちなみに自転車は合計二台。SOS団のメンツは五人。さてどうするつもりなのか。
ハルヒは明るく言い放った。
「二人乗りと三人乗りでちょうどじゃない。古泉くん、あなたはみくるちゃんを乗せてあげなさい。あたしと有希はキョンの後ろに乗るから」
そんなわけで、俺は必死にペダルを踏(みしめている。暑くて汗ダラダラであるのはまだしも、俺の頭の後ろでさっきから音量調整機能が故障したスピーカーみたいな声がずっと響(いているのはどうにかして欲しい。
「ほらキョン! 古泉くんに置いてかれるわよ! しっかり漕(ぎなさい! もっと速く、追い抜(くのっ!」
俺の霞(みつつある視界に、古泉の自転車の荷台にて横座りしている朝比奈さんが控(えめに片手を振(っているお姿が映った。どうして古泉はアレで、俺がコレなんだ。不公平という言葉の語源は今の俺の状(況(なのではないかと思えてくるくらいだ。
俺の自転車と両(脚(は、襲(い来る負(荷(に耐(え難(きを堪(え忍(んでいるところである。荷台にちょこんと座っているのが長門で、後輪のステップに足を乗せて俺の両(肩(をつかんでいるのがハルヒという、曲芸じみた三人乗りだ。いつからSOS団は雑(伎(団(を目指すようになったのか。
ちなみに走り出す前、ハルヒはこう言った。
「有希はちっこいし、体重なんてあってなきがごとしだわ」
確かにその通りだった。まるで自重をゼロにしているのか、反重力でも使っているかは不明だが、漕いでいる感覚ではハルヒ分の重みしか感じられない。まあ、長門が重力制(御(してくれているのだとしてももはや驚(きはない。こいつに出来ないことが何なのか、逆に知りたい。
ハルヒの体重もどうにかしてくれたら言うことないのだが、俺の背中と肩はしっかりと重みを感じているようだった。
朝比奈さんの頭越(しにチラリと振り返る古泉の腹立たしい微(笑(が見え隠(れして、俺はこの世のさらなる無常さを感じ、バルザック的に自らを嘆(いた。くそ、帰りは絶対、朝比奈さんとの二人乗りを満(喫(してやりたい。この俺のママチャリだってきっとそう思っているはずさ。
市民プールはいっそのこと庶(民(プールと看板を書き換(えたほうがいいのではないかというくらいのチャチな所で、なんせ五十メートルプールが一つと、お子様用の水深十五センチくらいのでっかい水たまりしかない。
こんなプールに泳ぎに来ようという高校生はよほど行く場所に困った奴(だけであり、すなわち我々だけであった。見事にジャリどもとその親──特に母親──しか存在していない。俺はプールを埋(め尽(くすかのように浮(いている浮き袋(付きの年(齢(一(桁(台(たちを一見し、すぐさまげんなりとした。どうも俺の視神経を楽しませてくれるのは朝比奈さんだけのようである。
「うん、この消毒液の匂(い。いかにもって気がするわ」
太陽光の下、深(紅(のタンキニを身体(に貼(り付かせたハルヒが目を閉じて鼻をくんくん鳴らしている。朝比奈さんの手を引くようにして更(衣(室(から出てきた。バスケット片手の朝比奈さんは、まるで子供用みたいなヒラヒラつきワンピースで、長門は地味で飾(り気のない競泳用みたいな水着である。この二人の水着もハルヒが選んだものだろう。自分の衣(装(には無(頓(着(なくせに、他人の(特に朝比奈さんの)衣装にはうるさい奴だからな。
「とりあえず荷物置く場所を確保して。それから泳ぎましょ。競争よ、競争。プールの端(から端まで誰が一番速く泳げるか」
実に子供っぽいことを言い出して、準備運動もせずにざぶんとプールに飛び込んだ。あちこちに書いてある「飛び込み禁止」という言葉が読めないのか、こいつは。
「早くきなさーい! 水が温(くて気持ちいいわよ!」
俺は肩をすくめて朝比奈さんと目を合わせ、手近な日(陰(に敷(布(やバッグを置くために歩き出した。
ガキどもが異常発生したアメンボみたいに水面を覆(っているため、真っ直(ぐ泳ぐことは不可能であった。そのような劣(悪(な状況の中で実(施(された団員対(抗(五十メートル自由形競争だが、意外と思うべきかそうでないのか、どちらにしても一着になったのは長門である。
どうやらこいつは息(継(ぎすることなくずっと潜(水(でプールの底ぎりぎりを泳いでいたらしい。顔に貼り付いたままのショートヘアから水(滴(を落としつつ、ゴール地点で俺たちの到(着(を黙(って見守っていた。言うまでもないがビリは朝比奈さんである。彼女は息継ぎのたびに立ち止まり、近くに飛んできたビーチボールを投げ返してやったりしていて、長門の十倍くらいの時間をかけてようやく対岸までたどり着き、着いたときにはすでにフウフウ言っていた。
「スポーツで悩(み事が発散されるなんて大(嘘(よね。身体と頭は別物なのだわ。だって身体は考えなくても動くけど、頭は考えないと回らないもの」
ハルヒは、いかにも良(いこと言ってるでしょ? 的な表情で、
「だから、もう一勝負よ。有希、今度は負けないからね!」
『だから』という接続詞はそういう場合に使うのではないということを誰(かこいつに教えてやる大人はいなかったのか。何が、だから、だ。単なる負けず嫌(いだろ。それも勝つまで挑(戦(し続けるつもりの持久力勝負だ。
だから、俺は長門が空気を読んでくれることを期待して、プールから身体を上げた。勝負ならサシでやってくれ。俺はプールサイドで外馬をやらせてもらう。俺は長門に賭(けるが、誰かハルヒにベットする奴はいないかい?
五十メートルプールを五往復したハルヒと長門だったが、そのうちSOS団の女子ユニット三人は、たまたま居合わせた小学生グループと一(緒(になって水球ごっこを始めていた。すっかり手持ちぶさたとなった俺と古泉は、プールサイドに座り込んで水と戯(れる彼女たちの様子を、他(にすることもないので眺(めている。
「楽しそうですね」
古泉はハルヒたちを見つめて、
「微笑(ましい光景です。それに平和を感じます。涼宮さんも、けっこう常識的な楽しみ方を身につけてきたと思いませんか?」
俺に言っているらしいので、答えてやることにする。
「いきなり電話かけてきて一方的に用件だけ言って切っちまうような誘(い方はあまり常識的とは言えないだろ」
「思い立ったが吉(日(という言葉もあることですし」
「あいつが何かを思い立って、それで俺たちが凶(以外のクジを引いたことなんてあったか?」
俺の脳(裏(には、アホみたいな草野球とかバカみたいに巨(大(なカマドウマの姿が去来していた。
古泉はスマイリーな口調で、
「それでも、僕から言わせてもらえばこんなのは充(分(以上に平和ですよ。ああやって楽しげに笑っている涼宮さんは、この世を揺(るがすようなことはしないでしょうからね」
だといいのだが。
俺がわざとらしく溜(息(をついたのをどう取ったか、軽く鼻を鳴らすように笑い……、
──その時、古泉は奇(妙(な表情を見せた。見慣れない表情である。つまり、薄(ら笑い以外の顔つきになったのだ。
「ん?」
と、古泉は眉(を寄せるような仕草を取る。
「どうした」と俺は訊(いた。
「いえ……」
珍(しくも歯切れ悪く、古泉は言いよどむ態度を作ったが、すぐに微(笑(を取り戻(した。
「たぶん僕の気のせいです。春先から色々あったせいで、ちょっと神経質になっているだけでしょう。あ、上がってこられましたよ」
古泉が指した方向から、雛(の元にエサを運ぶ皇(帝(ペンギンのような勢いでハルヒが歩いてくるのが見えた。満面の笑(顔(。その後から、城から出(奔(した姫(君(に付き従うような雰(囲(気(で、朝比奈さんと長門がついてくる。
「そろそろゴハンにしましょう。なんと! みくるちゃんの手作りサンドイッチよ。時価にしたら五千円くらい、オークションに出せば五十万くらいで売れるわね。それをあんたにタダで喰(わせてあげるんだから、あたしに感謝なさい」
「ありがとうございます」
と俺は言った。朝比奈さんに。
古泉も俺に倣(って頭を下げていた。
「恐(縮(です」
「いえ、いえ」
朝比奈さんは照れ気味にうつむき、指先をもじもじさせながら、
「うまくできたかどうか解(らないけど……。美味(しくなかったらごめんなさい」
そんなことがあり得るはずもないね。朝比奈さんのたおやかな指先がしめやかに調理した飲食物はいつどこで何をどうしようと美味なのさ。この際、5W1Hで最も重要なのはフーダニットの部分だからな。
そういうわけで朝比奈さんハンドメイドのミックスサンドは感動的な味で、おかげで美味(いのかどうかも解らないくらいだ。もう何でもいい。手ずから注(いでくれたポットの熱い日本茶も、サンドイッチには全然合っていなかったがまるっきりのノープロブレム、吹(き出す汗(も心なしか清(々(しくすらあった。
自分の分をあっと言う間にたいらげたハルヒは、身体(中にたぎる熱量を発散させようかという勢いで、
「もう一泳ぎしてくるわ。みんなも食べ終わったら来るのよ」
と言葉を残して、再びプールにダイブした。
よくもまあこんな障害物だらけの所でスイスイ泳げるものだ。人類海中進化説もあながち誤りではないかもしれない。もっともハルヒの遠い祖先となったような人類なら、着の身着のままで月面に飛ばされてもそこに順応しそうだが。
それからややあって、ゆっくりゆっくり黙(々(と喰い続ける長門を残し、俺たち三人は求愛中のオットセイのように水中を踊(るハルヒを目指した。その頃(には、ハルヒは今度は女子小学生の集団とたちどころに仲良くなっていて、水中ドッジボールに参加していた。
「みくるちゃんも、ほらこっちこっち!」
「はぁい」
のんびりうなずいたばっかりに、直後、朝比奈さんはハルヒの放った剛(速(ビーチボールに顔面を直(撃(されて水面下に沈(んだ。
それから一時間ほど後、水から上がった俺と古泉は、陽気な幼児たちの金切り声に押し出されるようにプールサイドで腰(掛(けている。
どうにも場(違(いだ。ハルヒは何を思ってこんな何もない市民プールを選んだのだろう。ウォータースライダーくらい増設してろとは言わないが、もっと快活な高校生グループが出かけそうな場所がありそうなものだが。
じりじりと焼き付く陽光に、肌(が大急ぎでメラニン色素を増強しようとしているのが解る。そういや長門も日に焼けたりするのかなと思って姿を探すと、小(柄(な短(髪(無言娘(はさっきの日(陰(にぺたんと座り込んだまま、怜(悧(な瞳(を宙に固定させていた。
いつもの姿だ。どこに行っても変わりなく、土(偶(のように静止している長門の姿である──のだが、
「うん?」
不可解な風が俺の心を上(滑(りして消えた。また、あの妙(な感じだ。何だか長門が退(屈(そうにしているような感覚が一(瞬(流れる。そして既視感(。次に何が起こるのか、俺はどっかで経験した。そうだ、ハルヒがこんなことを言い出すのだ──。
「この二人があたしの団員よ。何でも言うこと聞くから、何でも言っちゃいなさい」
目をプールに戻した俺は、女子児童の群れを引き連れて俺たちの足元までやってきたハルヒを発見した。
元気溌(剌(な小学生たちの相手に疲(れたのか、朝比奈さんは顎(まで水面に付けて軽く目を閉じている。小学生以上に悩(みなく絶好調なハルヒはキラキラ輝(く瞳を俺と古泉に向けて、
「さあ、遊ぶわよ。水中サッカーをするの。男二人はキーパーやってちょうだい」
それはどんなルールのどんなスポーツだ、と聞き返す前に俺の感じたデジャブは消え失(せた。
「……ああ」
おざなりに答えながら、俺は立ち上がる。古泉も微(笑(を振(りまきつつ子供たちの輪に加わっている。
さっきの違(和(感は、今はもうない。
ふむ。ま、よくあることさ。日常のある一瞬を夢で見ていたような感覚なんてのはな。それにこのプールは俺も子供時代に来たことがある。その記(憶(が不意に浮(上(したのかもしれない。あるいは脳の情報伝達に小難しいプロセスの齟(齬(があったのかもしれん。
俺は近くに浮(いていたイルカ型浮き輪を押し返しつつ、ハルヒがオーバーヘッドキックの要領で蹴(り飛ばしたビーチボールを追いかけた。
ふんだんに遊び果て、ようやく俺たちは市民プールを後にした。帰りも俺は曲芸三人乗り、古泉は青春タンデムである。こうやって人の心って荒(むんだな。
荷台に女座りする朝比奈さんは、もともと色白だったためか、顔の部分部分が上気した感じに赤くなっている。その片手がサドルに跨(る運転手の腰(に回されているのを見て、俺の心はますます荒みゆく。耳を傾(ければびょうびょうという荒(野(を吹き抜(ける空っ風のまく音さえ聞こえそうな気配だよ。
ハルヒが気ままに示す方角に自転車を漕(いでいたら、集合場所の駅前に舞(い戻(ることになった。
ああ、そうだったな。俺は全員に奢(らなければならないのだったな。
喫(茶(店(に落ち着いた俺は冷たいおしぼりを頭に載(せて椅(子(にもたれ込んだ。すかさず、
「これからの活動計画を考えてみたんだけど、どうかしら」
テーブルに一枚の紙切れが厳(かに降臨し、俺たちに見ろとばかりに人差し指が突(きつけられる。破いたノートのA4紙切れ。
「何の真似(だ」
俺の質問に、ハルヒは自(慢(たらしい表情で、
「残り少ない夏休みをどうやって過ごすかの予定表よ」
「誰(の予定表だ」
「あたしたちの。SOS団サマースペシャルシリーズよ」
ハルヒはお冷やを飲み干して、おかわりを店員に要求してから、
「ふと気付いたのよ。夏休みはもうあと二週間しかないのよね。愕(然(たる気分になったわ。ヤバイ! やり残したことがたくさんあるような気がするのに、それだけしか時間が残ってないわけ。ここからは巻きでいくわよ」
ハルヒの手書き計画書には、次のような日本語が書いてある。
○『夏休み中にしなきゃダメなこと』
・夏期合宿。
・プール。
・盆(踊(り。
・花火大会。
・バイト。
・天体観測。
・バッティング練習。
・昆(虫(採集。
・肝(試(し。
・その他。
夏休み熱。
たぶん、そんな熱病がどっかの密林からチョロチョロ出てきたんじゃないだろうか。蚊(だか何だかを媒(介(にしてウツるんだきっと。ハルヒの血を吸ったその蚊に同情するね。食あたりで落下してるだろうからな。
上記のうち、夏期合宿とプールには大きなバッテンマークが重なっていた。どうやら終(了(済みという印らしい。
するとだ、あと以下これだけのメニューを二週間足らずでこなさないといけないわけか。しかも「その他」って何だ。まだ何かするというのか。
「何か思いついたらするけどね。今んとこはこれくらいよ。あんたは何かしたいことある? みくるちゃんは?」
「えーと……」
真(面(目(に考え始める朝比奈さんに、俺は横目を使ってメッセージを送る。あまり突(飛(なことは言わないほうが……。
「あたしは金魚すくいがいいです」
「オッケー」
ハルヒの持つボールペンがリストに新たな一項(目(を付け加えた。
さらにハルヒは長門と古泉の要望も聞こうとしたが、長門は黙(って首を振り、古泉も微笑(みながら固辞した。正しい選(択(だな。
「ちょっと失礼」
はやばやとアイスオーレを空にした古泉が、用紙をつまみ上げてしげしげ見つめ始めた。考えているような、何かを追い出そうとしているような風(情(だが、こんなイベント列挙に思い当たるフシでもあるのか。
長門が音もなくソーダ水をストローで吸っているだけの光景がしばし続き、
「どうも」
古泉はハルヒ称(するところの計画表を卓(上(に戻して、かすかに首をひねった。何のつもりだ。
「明日から決行よ。明日もこの駅前に集まること! この近くで明日に盆踊りやってるとこってある? 花火大会でもいいけど」
せめて調べてから決行してくれ。
「僕が調べておきましょう」
古泉が買って出た。
「おって涼宮さんに連(絡(します。とりあえずは盆踊り、または花火大会の開(催(場所ですね」
「金魚すくいも忘れないでね、古泉くん。みくるちゃんのたっての希望なんだから」
「盆踊りと縁(日(がセットになっているところを探したほうがよいでしょうね」
「うん、おねがい。任せたわよ古泉くん」
上(機(嫌(にハルヒはコーヒーフロートのアイスを一口で飲み込み、宝島の在処(を示す地図でも仕(舞(うような手つきでノートの紙を畳(んだ。
俺に支(払(いさせている間に、ハルヒは大会間近のジョガーのように走り去っていた。明日に備えてたぎる思いを溜(め込んでおくつもりなのかもしれない。どうせ爆(発(するならじわじわじゃなくて一発ドカンといってもらいたいね。破(片(を回収する手間がはぶけていい。
団員四人もそれぞれにばらけて解散し、ほどよく離(れたところを見計らって俺は一人の背中を呼び止めた。
「長門」
俺の声に、夏用セーラー服を着た有機ヒューマノイドが振り返る。
「…………」
無言の無表情が俺を見つめ返す。拒(絶(することも受け入れることも知らない、無機の双(眸(が白い顔の上で開かれていた。
変な感じに気になった。長門がノーエモーショナルなのはいつでもどこでもだが、具体的に指(摘(はできないものの今日の長門は何かおかしいものがあるように思ったのだ。
「いや……」
呼び止めたのはいいが、よく考えたら言うべき言葉がないのに気付いて俺は少しばかり狼(狽(した。
「何でもないんだけどな。最近どうだ? 元気でやってるか?」
なんてバカなことを訊(いてるんだ俺は。
長門はパチリと瞬(きをして、分度器で測らないと解(らないくらいのうなずきを返した。
「元気」
「そりゃよかった」
「そう」
ほんの少ししか動かないほぼ凝(固(顔(が、ことさらに固まっているような……いや逆か、変に緩(んでいるような……。なんでそんな矛(盾(する意見が出てくるのか俺にも解らん。人間の認(識(力(なんかそんなものじゃないか? と言って逃(げておこう。
結局それきり言葉は続かず、俺は適当な別れの言葉を漏(らすように言って、なぜか逃げるように長門から背を向けた。
なんだか解らないが、そうしたほうがいいように思えたからだった。そして自転車に乗って家まで戻(り、晩飯喰(って風(呂(入ってテレビを観(ているうちに寝(た。
翌朝、俺から惰(眠(を奪(い去ったのはまたしてもハルヒからの電話である。
盆(踊(り会場が見つかった。時間は今夜。場所は市内の市民運動場。
だそうだ。
よくもそうタイミング良く見つかったものだ。俺が感心半ばでいるとハルヒがまず言い出したのは、
「みんなで浴衣(を買いに行くの」
スケジュールの手始めはそうなっているらしい。
「ホントは七夕の時に着せたかったんだけどウッカリ忘れてたのよ。あの時のあたしはどうかしてたわ。日本に二ヶ月連続で浴衣着る風習があって大助かり」
誰(が助かったんだろう。
ちなみに今はまだ真っ昼間である。夜に集まればいいのに早すぎだろうと思っていたらそういうことだったらしい。昨日に引き続き、ハルヒは威(勢(良く、朝比奈さんはふわふわと、長門は無言で古泉はニヘラ笑いで、言わずと知れた駅前大集合である。
「みくるちゃんも有希も浴衣持ってないんだって。あたしも持ってない。この前商店街を通りかかったら下(駄(とセットで安いやつが売ってたわ。それにしましょう」
朝比奈さんと長門の立ち姿を眺(めつつ、俺は女連中の浴衣姿を夢想する。
まあ、夏だしな。
俺と古泉は普(段(着(で行かせてもらうことになった。浴衣を着るのは旅館くらいで充(分(だ。男の浴衣姿なんか見ても楽しいもんじゃない。
「そうね。古泉くんなら似合いそうだけど、あんたはね」
ふふんとハルヒは笑って俺の上から下までを見回し、
「さ、行きましょ」
持参していた団扇(を振(り回しつつ号令をかけた。
「いざ、浴衣売り場に!」
婦人物衣料の量(販(店(に飛び込んだハルヒは、朝比奈さんと長門のぶんも勝手に選んでずかずか試着室へと向かった。
長門以外の二人は着付けの仕方を知らなかったため、女の店員に着せてもらうことになったのだが、これがやけに時間がかかる。俺と古泉はただあてどもなく女物の洋服が立ち並ぶ棚(の周囲をウロウロとしてようやくのこと、三人が鏡の前に出そろった。
ハルヒは派手なハイビスカス柄(で、朝比奈さんは色とりどりの金魚柄、長門はそっけなく地味な幾(何(学(模様柄であった。それぞれの浴衣姿はそれぞれに趣(があって、俺はなぜだか視線を向ける先に困った。
女店員は「どっちがどの娘(の彼氏なのかしら」と言いたげな表情で俺と古泉をちらりちらーりと眺めているが、おあいにく様と言っておきたい。古泉はともかく、俺は単なる付き添(いさ。ここは残念だと思うべきところなのかね。
まあ俺は朝比奈さん浴衣バージョンを拝見できただけでもういいや。ハルヒも長門も似合ってて、それはそれで風(情(があったけどな。別に言葉に出して言うべきものでもないさ。
「みくるちゃん、あなた……」
ハルヒは朝比奈さんを見て我がごとのように喜んでいるようだった。
「可愛(いわ! さすがはあたしね。あたしのやることに目の狂(いはないのよね! あなたの浴衣姿にこの世の九十五%の男はメロメロね!」
残りの五%は何なのかと訊(いてみた。
「この可愛さはガチなゲイの男には通用しないの。男が百人くらいいたら五人はゲイなのよ。よおく覚えておきなさい」
覚える必要性があるとも思えない。
朝比奈さんもまんざらではないらしく、フィッティングルームの鏡の前でくるりと回りながら自分の衣(装(を確(認(している。
「これがこの国の古典的な民族衣装なんですね。ちょっと胸が苦しいけど、でも素(敵(……」
ハルヒ押しつけのコスチュームの中ではトップクラスにマシな代(物(だ。バニーほど露(出(しているわけでもなければメイドほど普(遍(性がないわけでもないから、この季節に限っては町中を歩いていても別段問題視される衣装でもない。夏の風物詩みたいなものだ。おまけに激似合ってるし。まるで俺の妹が浴衣着ているような雰(囲(気(すら漂(っていて、それにしては帯の上部分がアンバランスに膨(らみすぎているが可愛ければ何でもアリだ。すべてを許してしまえる神(々(しさが朝比奈さんの体(躯(から放出されている。たとえ彼女が銀行強(盗(の主犯となったとしても、俺は弁護側の席に座るね。ハルヒだとどうかは解らないが。
時間配分能力皆(無(のハルヒが早(速(と招集をかけたおかげで、盆踊り大会までえらく時間が余った。仕方なく駅前公園で暇(つぶしのためにたむろして、その間にハルヒは朝比奈さんと長門の髪(を結(ってやっていた。人形のようにおとなしくベンチに座ってる二人と、刻々と形を変える彼女たちの髪型は、そのまま連続写真で撮(っておきたいくらい絵になっていたことを申し添えつつ、夕暮れ時を迎(えた俺たちは市民グラウンドへと隊列を組む。
日(没(前なのにすでに賑(わっている盆(踊(り会場には、どこからともなく市民たちが湧(き溢(れ蠢(きあっていた。よくもまあこれだけ集まれるものだ。
「わあ」
素直に感(嘆(しているのが朝比奈さんで、
「…………」
どうやったって無反応なのが長門である。
盆踊りで本当に踊っている奴(をあんまり見たことがないのだが、今回もそうだった。しかし盆踊りね。なんだかすごく久しぶりに見るな──。
「ん?」
まただ。デジャブっぽい感覚が偏(頭(痛(のように登場した。ここに来るのは久しぶりのはずなのに、つい最近来たような気もする。グラウンド中央に組まれた櫓(や、周囲に連なる縁(日(の出店の数々を見たことがあるようなないような……。
しかし、千切れて空を舞(う蜘蛛(の糸をつかもうとしたように、そんな感覚もするりと消えた。
ハルヒの声が聞こえる。
「みくるちゃん、あなたがやりたがってた金魚すくいもあるわよ。じゃんじゃんすくいなさい。黒い出目金はプラス二百ポイントだからね」
勝手なルールを決めて、ハルヒは朝比奈さんの手を引いて金魚すくいの水(槽(へとダッシュしていく。
「僕たちもやりましょうか。何(匹(すくえるか、一勝負いかがです?」
ゲーム好き古泉が提案し、俺は首を振(った。金魚なんか連れ帰っても入れる鉢(がない。それよりも、そこかしこで食欲増進を後押しする芳(香(漂(う屋台のほうに興味があるね。
「長門はどうだ? 何か喰(うか?」
笑わない目が俺を見つめ、ゆるやかに視線が移動。そこにあったのはお面売り場である。そんなもんに興味があるのか。こいつの趣(味(も解(らないな。
「まあいいか。とりあえず一周してみようぜ」
スピーカーが唸(るように響(かせているイージーリスニングみたいな祭(囃(子(。それに誘(われるように、俺は長門をお面の屋台へと連れて行くことにした。少しばかり古泉が邪(魔(だと感じつつ。
「大漁だったけど、たくさんもいらないって言うから一匹だけ貰(ってきたわ。みくるちゃんは全然すくえなかったんだけどね。あたしの分をあげたの」
朝比奈さんの指にぶら下がっている小さなビニール袋(では、何の変(哲(もないオレンジ色の小魚が何も考えていないような顔で泳いでいた。紐(をしっかり握(りしめている朝比奈さんの仕草がいちいち可愛らしい。もう片手に握りしめているのはリンゴ飴(で、俺は妹にも買って帰ってやろうかと考えた。たまには妹のご機(嫌(取りもいいだろう。
一方ハルヒは、左手で水風船をボンボンさせながら右手にタコヤキのトレイを捧(げ持ち、「一個だけなら食べてもいいわよ」
と言って差し出してくる。俺がソースでベタベタのタコヤキを味わっていると、
「あれ、有希。そのお面どうしたの?」
「買った」
長門はタコヤキから生えている爪(楊(枝(をじっと見つめながらそう呟(く。長門が頭に横(掛(けしているのは光の国出身の銀色宇宙人のものだ。何代目なのかは俺も知らないが、宇宙人だけに何か波長の重なるものがあったんだろ。浴衣(の袂(からガマ口を出して所(望(したのがそれだった。
なんとなく長門には世話になっているような気がしたのでそれくらい買ってやってもよかったのだが、無言のうちに長門は拒(絶(して自分の金を出していた。そういや、こいつの収入事情はどうなっているんだろう。
櫓の周りでは炭(坑(節(にあわせて浴衣婦人と子供たちがユラユラと踊っている。どこかの老人会と婦人会と子供会のメンツばかりのように見えた。単に遊びに来た奴は盆踊りで生(真(面(目(に踊るなんてことはしないだろうからな。もちろん、俺たちもしない。
朝比奈さんは、どこか未開のジャングルに行って現地人から歓(迎(の踊りを披(露(されたような顔で踊る人間たちを見つめ、
「へぇー。はぁー」
感心するような小声を出していた。未来には盆に踊る風習はないのかね?
ハルヒを先頭とする俺たち一団は、それから縁日のひやかしを専(らとし、後はハルヒの「あれ食べよう」とか「これやってみましょう」という言葉にただ付き従う従(僕(となった。ハルヒはやたらに楽しそうで、朝比奈さんもそのようだったから俺も楽しいことではあった。長門が楽しがっているかどうかは俺には解らず、古泉が楽しかろうがどうだろうが知ったことではない。
古泉は時折、妙(に押し黙(ったり、かと思えばやにわに微笑(んだりして、こいつはこいつで最近情(緒(不安定なんじゃなかろうか。SOS団なんぞに入った人間は誰(でもそうなってしまう運命なのかもしれないが。
夏で、夏休みだった。
浴衣の三人娘(を眺(める俺は、それだけですべてを許してしまえる気がしていた。
だからハルヒが、
「花火しましょう花火。せっかくこんな恰(好(してるんだし、まとめて今日やっちゃいましょ」
そう言い出したときも、ほとんど全面的に賛同したくらいだ。露(店(で売っていた子供向けのチャチな花火セットを購(入(した我々は、月と火星くらいしか見えない淀(んだ夏の夜空の下を近くの河原へと移動を開始し、途(中(で百円ライターとインスタントカメラも買い求め、水風船と団扇(を振り回して歩くハルヒについていく。いつも以上にハルヒはハイになっているようだ。なぜか馬(子(にも衣(装(なんていう言葉が俺の脳(裏(を通り過ぎた。
ハルヒの跳(ねる後ろ髪(を見ていると、浴衣姿での大(股(歩きを注意しようという気にもならない。丈(夫(で頑(丈(なのがハルヒの取り柄(なのだ。
それから一時間後、線(香(花火に目を丸くする朝比奈さんや、ドラゴン花火を両手に持って走り回るハルヒ、にょろにょろとのたくるヘビ玉をいつまでも見つめ続ける長門などなどの写真をカメラで撮(りまくって、今日のSOS団的サマーイベントは終(了(した。
川の水を浴びせかけた花火の残(骸(をコンビニ袋へ片付けている古泉を横目に、ハルヒは指で唇(の端(を押さえるようにしていたが、
「じゃあ、明日は昆(虫(採集ね」
何が何でもリストに挙げた項(目(は消化するつもりらしい。
「ハルヒよ。遊ぶのもいいんだが、夏休みの宿題は終わってるのか?」
まるっきり終わっていない俺が言うのも何だがな。ハルヒは一(瞬(ぽかんとした表情を浮(かべて、
「なにあんた。あれくらいの宿題なんて、三日もあればぜんぶできるじゃん。あたしは七月に片づけちゃったわよ。いつもそうしてるの。あんな面(倒(なものは先にちゃっちゃと終わらせて、後(顧(の憂(いなく遊び倒(すのが夏休みの正しい楽しみ方」
ハルヒにとっては真(剣(にその程度のものでしかないらしい。なんでこんな奴(の頭がいいのか、人に対する天のパラメータ配分はずいぶん適当なんだな。
ハルヒは俺たちをキッと睨(みつつ、
「虫(網(と虫カゴ持って全員集合のこと。いいわね。そうね、全員で採った数を競(うの。一番多く虫を捕(まえた人は一日団長の権利を譲(ってあげる」
まったく欲しくない称(号(だな。それで、虫ならなんでもいいのか?
「うーんと……、セミ限定! そう、これはSOS団内セミ採り合戦なのよ。ルールは……種類はなんでもいいから、一匹(でも多かった人の勝ち!」
一人で言い出してやる気になっているハルヒは、団扇を捕(虫(網(に見立てて虫を追うモーションをシャドープレイしている。網とカゴか。家の物置にあったかな。昔使ってたやつ。
そうしてやっと自宅に帰り着いたとき、俺はリンゴ飴(のテイクアウトを忘れていたことに気付いた。