孤島症候群 2

 ところで集合時間に俺はおくれて来てしまっていた。朝、自宅から出ようとしたところ、持ち上げたスポーツバッグがやけに重い。しんを覚えて開けてみたら、えや洗面用具の代わりに俺の妹が入っていたのである。昨夜うっかり口をすべらせたおかげで俺がハルヒたちと旅行に出かけることに感づいた妹は「あたしも行く」とわめき散らしており、おとなしくさせるまで二時間くらいかかったのだが、ついに密入国を計画したらしい。俺はバッグから妹をたたき出すと、中身をどこにかくしたかを問いつめ、もくけんを行使する妹をなだめたりすかしたりめたりしているうちに時間をったのだった。お前には土産みやげを買ってやらん。そのための金は、ほかのSOS団が喰っているフェリー内売店の弁当代に化けたからな。

 二等客室、フラットルームの一角をじんとしたSOS団の面々は、俺が買わされた幕の内弁当を食べながらかんだんをおこなっていた。しやべっているのはもっぱらハルヒと古泉だけだったが。

「あとどれくらいで着くの?」

「このフェリーで約六時間ほどの旅になります。とうちやくした港で知り合いが待っていてくれるはずになっていまして、そこから専用クルーザーに乗りえて三十分ほどの航海ですね。そこにとうとそびえ立つやかたが待っているというわけです。僕も行ったことがないので、どのような立地なのかはよく知りませんが」

「きっと変な建物なんでしょうね。設計した人の名前はわかる?」とハルヒはワクワクというおんを背景にしてたずねた。

「そこまでは聞いていませんね。それなりに有名な建築家にたのんだというようなことは言っていたような」

「楽しみだわ。すっごく」

たいえることができればいいのですが、僕も下見をしたわけではないのではっきりとは解りかねます。しかし、無人島に個人所有のべつそうを建てようなどと考える人間の建てた代物しろものですし、どこかとくしゆなのではないですかねえ。だといいですねえ」

 古泉はそう言うが、俺は別にそうであって欲しくない。もしハルヒの望み通りに図面を引いたとする。それは多分、三日くらいてつ続きの上にアル中でもうろうとしたガウディがねむりしながら設計したような建築物になるだろう。俺はそんなかいしき宿しゆくはくしたいとは思わない。つうの旅館がいい。朝飯に焼き海苔のりと生卵が出てくるような純和風のやつがさ。ナントカ館なんて名前が付いていたら、それこそハルヒは自分が殺人犯になってでも事件を起こそうとするかもしれないだろ?

「島! 館! SOS団の夏期合宿にふさわしいったらないわね。これでこの夏休みの第一歩はかんぺきな出だしだわ」

 かれているハルヒを中心にして、俺たち団員はただただ無言を押し通すしかなかった。



 波にられる以外することもないので、俺たちは古泉発案によるババきをひとしきり楽しんで、全敗した古泉が買ってきた人数分のかんジュースを受け取り、ひたすらにもくもくと飲んでいた。

 なんだか行く手に待ち受ける孤島だとか館だとかに、正体不明なきつひびきを感じずにはいられず、それは朝比奈さんとも共有すべき予感であるようだ。

 二口くらいで飲み干したハルヒは、

「みくるちゃん、顔色悪いわね。ふない?」

「いえ……その……。あ、そうかも」

 答える朝比奈さんに、ハルヒは、

「それはよくないわね。外に出たほうがいいわ。デッキに上がって潮風を浴びてればすぐ直るわよ。ほら、行きましょ」

 そう言って朝比奈さんの手を取った。ニヤリと微笑ほほえみながら、

「心配しなくていいわよ。海にき落としたりしないから。んん……それもいいかしら。船上からこつぜんと消えせる女の乗船客」

「ひ」

 固まる朝比奈さんのかたをどやしつけ、

うそよ、うそうそ。そんなのちっともおもしろくないもんね。せめて船ごと流氷にげきとつするとか、きよだいイカにおそわれるとかしなきゃね。事件なんて言えないわ」

 後で救命ボートの位置をかくにんしに行こう。この真夏に氷山がこんな日本近海まで出張して来るとは思えないが、未知のすいせいかいじゆうがどこからかじようするくらいはやりそうだ。出てきたら退治してくれよ、というメッセージのもった俺の視線をどう受け取ったのか、古泉は微笑み返して長門はかべを見つめたままだった。

 ハルヒは一人でまくしたてている。

「やっぱ事件は孤島で起きるものよね! 古泉くん、このあたしの期待は裏切られないわよね!?」

「どのような出来事を事件と言うのかは定かではありませんが」

 古泉はにゆうに答えた。

かいな旅行になることを僕も願っていますよ」

 心にもないことを言っているやつ特有の、あやふやなしようを古泉は浮かべていた。いつもの表情と言えばそうなのだが、俺はスマイル仮面の真の顔をきわめようとちよう能力者ろうをじろじろながめ、すぐにあきらめた。こいつのがおは長門の無表情と同じで、何の情報も持たないのだ。まったく、少しはあいらくをはっきりさせて欲しい。ただしハルヒほどはっきりしなくてもいい。

 でたらめなハミングを歌いながら、ハルヒは朝比奈さんをせっついて船底から出て行った。朝比奈さんが何度もり返りつつ、俺について来て欲しそうな顔をしていたが、俺のさつかくかもしれないし調子に乗って後をつけるとハルヒが気分を害しそうな気もするのでやめておいた。

 いくらハルヒでも朝比奈さんが海に落っこちようとする前には助けるだろう。俺はてんじようを見上げてそう願い、かばんまくらにして横たわった。朝も早かったことだし、少しねむらせてもらうことにする。



 夢の中では何かファンタジーなことをしていたような気がするのだが、おくに定着させる前に俺はたたき起こされ、ハルヒからの命令電波を受信した。

「何てんのよバカ。さっさと起きなさいよ。あんたはに合宿するつもりあんの? 行きの船の中でそんなことじゃこれからどうするつもり?」

 寝ているうちに乗りぎの島にとうちやくしたようで、俺は何か取り返しのつかない損をしてしまったような気になった。

「初めの一歩が重要なのよ。あんたは物事を楽しもうっていう心意気に欠けているの。見なさい、みんなを。合宿に向ける気持ちがひとみかがやきとなってあふれているじゃない」

 ハルヒが指差す先には、下船に向けて荷物をかかえ始めている三名のぼくたちがいた。

 そのうちの一人、スマイル少年が、

「まあまあ涼宮さん。彼は合宿のためのえいをやしなっておいでだったのですよ。おそらく今日はてつで我々を楽しませてくれるようなことを考えているのではないでしょうか」

 古泉のしなくてもいいフォローを聞きながら、俺はどこに瞳の輝きがあるのかと自動人形のような長門の顔を観察し、朝比奈さんの小動物のような瞳を拝見し、

「もう着いたのか」とつぶやいた。

 何時間もの船旅。ここにいるのはSOS団のメンツたち。いや、ほかの連中はどうでもいいが、朝比奈さんとゆうな船底での何かをおこなうまたとない機会を、俺はみすみす欲求におもむくままのすいみんによって消し去ってしまったわけだ。

 うお。いきなりケチがついた。俺の夏休みはこんなんでいいのか。本日現時点での思い出はババきくらいしかないぞ。船上ではもっとなにがしかのイベントが発生すべきなんじゃないだろうか。潮風に冷やかされつつ二人して語らういこいの時間は?

 いぎたなく眠ってしまった数時間前の俺の胸ぐらつかんでりを入れたい気分だよ。

 俺が半分寝ぼけながら自己批判を脳内でり広げていると、

 ぱしゃん。

 フラッシュの光に目がくらんだ。

 音がした方向に視線をやれば、そこには朝比奈さんがいてカメラを構えている。れん微笑ほほえむ童顔の天使は、

「ふふー。きの顔っちゃいました」

 悪戯いたずらを成功させたおしゃまなようえんのような顔で、

「寝顔も撮っておきました。よく寝てましたよ?」

 たんに俺は元気になった。朝比奈さんが俺をかくし撮りする理由とはなんだろう。ひょっとしたらどうしても俺の写真が欲しかったからではないか。可愛かわいらしい写真立てに入った俺の写真をまくらもとに置いて夜ごと「おやすみなさい」を言うためではなかろうか。それがいい。そうしよう。

 いやだなあ、言ってくれたら写真なんかいくらでも差し上げるのに。何なら自宅のどこかにわれているアルバムごとしんていしても何ら差しつかえない。

 しかし、俺がそう申し出ようとした時だ。朝比奈さんは持っていたインスタントカメラをハルヒにわたした。

「キョン、何あんたニヤニヤしてんの? バカみたいだからよしたほうがいいわ」

 ハルヒは事故現場のスクープ写真をどこの新聞社に売りつけようか考えているような顔をして、カメラを自分の荷物にしまい込んだ。

「みくるちゃんには今回、SOS団臨時カメラマンになってもらうことにしたの。遊びの写真じゃないのよ。我がSOS団の活動記録を後世に残すための貴重な資料とするわけ。でもこのに好きなように撮らせたらしょうもないものばっかり撮りそうだから、あたしが指示するってわけよ」

 それで、俺の寝顔と寝起き顔のどこに資料的価値があるってんだ?

「合宿のきんちようかんを持たずにマヌケづらで寝てるあんたの写真をさらすことによって後の世のいましめとすんの! いい? 団長が起きてんのに下っがぐうぐう寝てるなんて、モラルと規律と団則にはんするんだからね!」

 ハルヒはおこってるのか笑ってるのかどっちかにしろと言いたくなる表情で俺をにらみつけていて、どうやら団則なんかいつ作ったんだという俺の疑問をぶつけてものようであった。どうせ明文法ではないだろうし、ここは小川の水のように流されておこう。

「わかったよ。寝顔にイタズラきされたくなかったら、お前より早く寝るなってことだろ? その代わり、俺がお前よりおそく起きてたらお前の顔にひげくらい描いてもいいんだろうな」

「なにそれ。あんたそんな子供みたいなことするつもりなの? 言っとくけど、あたしは気配にするどいほうだから眠っててもはんげきするわよ。それから団長にそんなアホなことをする団員はけいだから」

 なあハルヒ、今どき先進国じゃあ死刑制度を採用している国のほうが少ないみたいだぞ。その点に関してはどう思う?

「なんであたしがよその国の刑法なんかを論評しないといけないのよ。問題は外国で起こってるんじゃないの。これから行く不思議な島で起こるのよ!」

 起こす、のちがいでないことをいのりながら、俺は自分のかばんを引き寄せた。

 船がぐらりとれる。波止場にまる準備段階に入ったようだ。他の乗船客たちもぞろぞろと通路を出口付近に向かいつつある。

「不思議な島ね……」

 俺たちが向かうのはパノラマ島か何かか? せめてとつぜんき上がったり泳ぎ出したりする島じゃなければいいのだが。

「だいじょうぶですよ」

 古泉が俺の心中を察したような顔でうなずいた。

「何のへんてつもない、単なるはなれ小島です。そこにはかいじゆうきようにおかされた博士もいません。僕が保証します」

 こいつの保証はいまいちアテにならない。俺は長門の白い顔に無言をして問いかけた。

「…………」

 長門も無言で返してくれた。いざとなれば怪獣退治くらいならこいつがしてくれるだろう。たのむぞ、宇宙人。

 船がもう一度大きく揺れ、

「きゃ」

 朝比奈さんがバランスをくずしてよろけるのを、長門は静かに支えてやっていた。



 フェリーを降りた俺たちを、しつとメイドが待ち受けていた。



「やあ、新川さん。お久しぶりです」

 と言って、ほがらかに片手を上げたのは古泉だった。

「森さんも。むかえごくろうさまです。わざわざすみませんね」

 そして古泉はあっけに取られている俺たちをり返り、たい俳優が二階席の客まで届かせんとするばかりのおおな動作で両手を広げて、いつもの微笑ほほえみを四倍に広げた。

「ごしようかいします。これから我々がおじやすることになるやかたでお世話になるだろうお二人が、こちらの新川さんと森さんです。職業はそれぞれ執事と家政婦さん、ああ、まあそれは見ればわかりますか」

 解ろうとも言うものだ。俺は改めてしたまま固まっている二つの異形の主を見た。ここは、まじまじ、というおんとともにえがかれるじようきようだろう。

「お待ちしておりました。執事の新川と申します」

 三つぞろいの黒スーツを着たはくはつはくはくの老しんあいさつして再びの一礼。

「森そのです。家政婦をやっております。よろしくお願いします」

 その横の女性もぴったり同じ角度で頭を下げ、何度も練習していたのかと疑いたくなるほどぴったり同じタイミングで顔を上げた。

 新川氏は、としをとっておられるのは解るがじつねんれいしようようぼうで、森園生なるメイドさんはこっちはこっちで年齢不詳なかたである。俺たちと同年代に見えるのは若作りのなせるわざか、単なるファニーフェイスなのか。

「執事とメイド?」

 ハルヒがきよをつかれたようにつぶやいているが、俺も同じような心境だ。よもやそんな職業がマジで日本に現存していたとは知らなかった。てっきりとっくにがいねん上の存在になって化石化しているものだとばかり。

 なるほど、古泉の後ろでこしを低くしているお二人さんは、確実に執事とメイドに見えた。少なくとも、そう紹介されて「ああ……そうっすね。確かに」とうなずかされてしまう程度にはハマっている。特にメイドさんのほう、森さんとか言ったか。その女性はどこから見てもメイドだった。なぜならメイドのしようを着込んでいるからである。毎日のように文芸部室でメイドな朝比奈さんを見ている俺が言うのだからここは信用しといてくれ。しかも新川氏と森さんの衣装はハルヒの意味のないプレイのたまものではなく、どうもじゆんすいに職業的な必要性からそのようなかつこうをしているらしい。

「ふぁ……」

 気のけた声を出したのは朝比奈さんで、彼女はビックリまなこで二人──どちらかと言えば森さん──を見つめていた。おどろき半分、まどい三十%といったところだ。残りの二十%は、さて何だろうね。どことなくせんぼうのような気がしたが、ハルヒの強制に従っているうちに本物のメイドに対するあこがれでも生じているのかもしれないな。

 そのころ長門は、何一つ感想を言うこともなければ顔色一つ変えずに、旧石器時代の黒曜石製やじりのようなひとみを大時代的な職業にいているらしい出迎えの二人に注いでいた。

「それではみな様」

 新川氏がオペラ歌手みたいな豊かなテノールで俺たちをさそった。

「こちらに船を用意してございます。我があるじの待つ島までは半時ほどの船旅になりますでしょう。なにぶんとうでございますもので、不便かと存じますがごようしやのほどを」

 また森さんともども御辞儀をする。俺は何かムズがゆい。こんなていねいな応対をされるほど俺たちはえらい人間ではないと教えてあげたいくらいだ。それとも古泉はどっかのおんぞう息子むすこか何かなのか? こいつの特技は不定期エスパーだけだと思っていたが、まさか自宅に帰れば「ぼつちゃん」とか呼ばれているようないえがらなのだろうか。

「全然かまわないわっ!」

 俺の頭の中を回り出したクエスチョンマークの数々を一気にさんさせるような声でハルヒがごうしている。見れば、ハルヒはトンマなスポンサーからばくだいな資金をしぼり取ることに成功したインチキ映画プロデューサーのようながおになっていた。むむ。

「それでこそ孤島よね! 半時と言わず、何時間でも行っちゃっていいわ。絶海の孤島があたしの求める状況だもの。キョン、みくるちゃん、あんたたちももっと喜びなさい。孤島には館があって、あやしい執事とメイドさんまでいるのよ。そんな島は日本中を探してもあと二つくらいしかないにちがいないわ!」

 二つもねえよ。

「わ、わあ。すごいですね……楽しみだなあ」

 棒読みで口ごもる朝比奈さんはいいとして、本人を目の前にして「怪しい」という形容詞をつけるハルヒの口は無礼きわまる。しかし言われたほうもニコヤカに微笑ほほえんでいるので、もしや本当に怪しいのかもしれない。

 まあ、怪しいのはこのシチュエーション全体であるし、怪しさにかけてはこちらのSOS団も人後に落ちないのでお前が言うなの世界かもしれないが、何もこうまでハルヒをちようてんにさせるような筋書きにならなくてもよさそうなものだ。

 俺は新川しつと何事かだんしようしている古泉をながめ、両手を揃えてひかえめに立つ森メイドさんを見つめ、それから何となく気になって彼方かなたの海へと目をやった。なみおだやかにして無事快晴。今のところ台風は来ていないようである。

 果たして俺たちはもう一度本土の地を無事むことができるだろうか。

 長門のひんやりした無表情が、とてもたのもしく見えた。情けないことに。



 新川氏と森さんが俺たちを案内したのは、フェリー発着場からほど近いさんばしの一つだった。てっきりポンポン船あたりを想像していたのだが、俺たちが足を止めた所で波にられているのは、地中海にでもいているのが絵になりそうな自家用クルーザーである。値段を聞く気にならないくらいのごうそうなシロモノで、乗ったからにはカジキマグロの一本でもり上げないといけないような気分におそわれる。

 ぼやぼやしているのが悪かった。ひょいと飛び乗ったハルヒはほうっておくとして、おっかなびっくりの朝比奈さんと、たんたんとぼーっとしている長門は古泉のエスコートで船に乗り込み、その役は俺がやりたかったのにとうめいても失われた時間はもどったりはしなかった。

 キャビンに通された俺たちだが、なぜ船の中にこんな洋式応接間があるのかと感じる前に、クルーザーがゆるやかに動き出した。近年の執事はせんぱくめんきよも持っているようで、操縦しているのは新川さんだ。

 ちなみに森園生さんは俺の真向かいに座って、やわらかな微笑みで船内の調度品のようになっていた。シックでクリティカルなメイドスタイルである。ハルヒが部室で朝比奈さんに着せているのよりもじやつかんじようさがうすいような気もするのだが、あいにくメイドしよう業界にくわしくないのでよくわからない。

 落ち着かないのは俺だけでなく朝比奈さんものようで、さっきからメイドの衣装をチラチラ眺めつつそわそわしている。メイドさんのなんたるかを実地に見聞して、部室でのおこないの参考にしようとでもしているのだろうか。変なところでな人だからな。

 長門は真正面を向いたままじっと固まっているし、古泉はゆうぜんたるおもちでゆうの笑顔を保ったままで、

「いい船ですね。魚りもスケジュールに組み込んだほうがいいでしょうか?」とかいうことをだれに言っているのか提案していた。

 それで、ハルヒは──。

「それで、その建物は何て呼ばれているの?」

「と言いますと?」

「黒死館とかななしきとかリラそうとかこうけつ城とか、そんな感じの名前がついてるんでしょ?」

「いえ、特に」

「おかしなけがいっぱいかくされてたりとか、設計した人がごうの死をげたとか、まると絶対死んでしまう部屋があるとか、おどろおどろしい言い伝えがあるとか」

「ございません」

「じゃあ、やかたの主人が仮面かぶってるとか、頭の中がちょっとさわやかな三姉妹がいるとか、そして誰もいなくなったり」

「しませんな」

 執事氏の声が付け加えた。

「今のところは、まだ」

「じゃあこれから起こる可能性はかなり高いわね」

「そうであるのかもしれません」

 適当に返事してないか、この執事さん。

 出発と同時にハルヒは操縦席へとよじ登り、上記のような会話を新川氏とり広げているというあんばいである。エンジンと波切音にまじって聞こえてくる話を小耳にはさんだところ、どうもハルヒは過剰な期待をとうの館に持っているようだ。それにしても、なんでまたたかだかはなれ小島にいちいちかい性を求めるやつなんだ、あいつは。泳いで飯食ってダラダラして仲間内の友愛をひとしきり深めたところで気持ちよくにつく、ってな感じでじゆうぶんだろうに。俺はそう思い、切実に願った。

 おくれだったかもしれない。

 まさか執事とメイドが出てくるとは市民プールでヨシキリザメにまれる以上に思わなかったから、仮面の主人やみようあやしい言動を取るほかの客がいたりしても、とっくにおどろけない境地に近付こうとしている。古泉め、次はどんなびっくり箱をろうするつもりなのか。

「わっ! 見えてきた! あれが館?」

べつそうでございます」

 ひときわデカいハルヒのきようせいとどろき、俺の心にらいめいとなってさるのであった。



 その別荘とやらは、見た目、実につうであった。

 太陽はそろそろ斜めにかしいでいるものの夕方になるにはまだ時間がある。日中の日差しを浴びて、どこか光りかがやいているように思えた。なんせ別荘なんざ俺とはしようがいえんの存在だと思っていたことだし。

 切り立つがけの上にちんしているその建築物は、金持ちがしよあたりに建てそうないかにもな造りで別段しんなところもなく、ヨーロッパの古城を移築してきたわけでもなく、つたからまるレンガ色の洋館でもなく、変なとうがにょきにょき付属しているわけでもなく、ましてやにんじやしきのようなギミックが隠されているわけでもなさそうである。

 案の定、ハルヒはトンカツだと思って食べたらタマネギフライであったような顔つきとなって、その別荘(ハルヒ的には館)を遠望していた。

「うーん。思ってたのとかなりちがうわね。見かけも重要な要素だと思うんだけど、この屋敷を設計した人はちゃんと資料を参考にしたのかしら」

 俺はハルヒと並んでデッキにて島の風景を観賞していた。ハルヒによってキャビンから引きずり出されたのである。

「どう思う? キョン、あれ。孤島なのに普通に建ってるわよ。もったいないと思わない?」

 思うさ。何もこんな所に別荘を持たなくてもいいだろう。コンビニに行くまで自家用船に乗って往復一時間もかかるんじゃあ、夜中に腹減ったときどこに行けばいいんだ? ジュースの自動はんばいもなさそうだしさ。

「あたしが言ってるのはふんの問題よ。もっとオドロオドロした館だと信じてたのに、これじゃまるっきりのかんせいな行楽地じゃないの。あたしたちはお金持ちの友達の別宅に遊びに来たわけじゃないのよ」

 俺は風になびいてほおをちくちく刺しているハルヒのかみの毛をはらいのけ、

「そういや合宿だったな。何の特訓をするんだよ。ぼうけん家の真似まねごとか? 無人島にひようりゆうしたときのシミュレーションでもするつもりか」

「あ、それいいわね。島の探検を日程に入れておくわ。ひょっとしたら新種の動物の第一発見者になれるかもよ」

 いかん、ハルヒの目のかがやきを増すようなことを言ってしまった。たのむからいらんものが出てくるなよ、島。

 俺が緑におおわれた小島に向けて念を送っていると、

「ここいらの島々は、大昔の海底火山ばくはつによるりゆうによって出来たものらしいですね」

 言いながら古泉がのっそりと出てきた。

「新種の動物はさておき、古代人の残した土器のかけらくらいは出てくるかもしれません。原日本人が航海のじようで立ち寄ったけいせきがあるやもです。ロマンを感じますね」

 古代のロマンと、真新しそうな別荘にはどうも連続性がないような気もするが、俺はツチノコ探しもあなりもごめんだぜ。二手に分かれようじゃないか。ハルヒと古泉は島で冒険家、俺と朝比奈さんと長門とで海辺でたわむれる。ナイス・アイディーア。

「あれ、だれかいるわ」

 ハルヒが指差したのは、これも新造されたばかりとおぼしき小さな波止場だった。どうもこのクルーザー専用のハーバーらしく、他の船の姿はない。そのぼうていみたいな場所のせんたんに、一つのひとかげがこっちに向かって手をっていた。男性のように見える。

 反射的に振り返しているハルヒが、

「古泉くん、あの人が館のご主人? ずいぶん若いけど」

 古泉も手を振りつつ、

「いえ、ちがいます。僕たち以外の招待客ですよ。館の持ち主の弟さんでしょう。前に一度だけ会ったことがあります」

「古泉」と俺は口を挟んだ。「そういうことは先に言っておけよ。俺たち以外に呼ばれてる人がいるなんて初耳だぞ」

「僕も今知りましたから」

 しれっと古泉はかわして、

「でも心配することはありません。とてもいかたですよ。もちろん、館の持ち主の多丸圭一さんもふくめてね」

 その多丸圭一氏というのがこんなへきべつそうを建て、夏の仮住まいとしているすいきような人物であるとは聞かされていた。古泉のとおえんしんせき筋で、こいつの母親の従兄弟いとこくらいに相当するとかなんとかだった。何だかよく知らないが、バイオ関係の分野で一山当てて、今はゆうゆう自適の生活なんだとか。きっとどう使っていいのかわからないくらい金を持っているに違いない。でなければこんなもん建てるとは思いがたいからな。

 専用ハーバーに向けてクルーザーが減速している。人影の表情がつかめるまでに近付いてくる。若い感じのかつこうをしていた。二十歳はたち過ぎくらいだろうか。これが多丸圭一氏の弟であるらしい。

 しつが新川氏で、メイドが森園生さん。

 残すは、真打ちのやかたの主人、多丸圭一氏その人だけだ。

 登場人物はこれで打ち止めってことでいいか?



 思えば朝から何時間も船にられっぱなしだった。おかげで今も地面が揺れているような気がする。

 クルーザーから大地に一時かんげた俺たちを、その青年が快活なみとともにむかえた。

「やあ、一樹くん。しばらくぶりだったね」

「裕さんも。わざわざご苦労様です」

 しやくする古泉は、続いて俺たちのしようかいに入った。

「こちらのみなさんは僕が学校でとてもお世話になっているかたがたです」

 お前の世話なんかした覚えはないが、古泉は横一列となった俺たちを一人一人指さしかくにんしながら、

「このれんなかたが涼宮ハルヒさん。僕のがたい友人の一人です。いつも自由かつたつとしていて、その行動力を僕も見習いたいくらいですよ」

 なんて紹介文だ。背筋にあせいてくる。ハルヒも、おいお前。何ねこかぶってじよさいなくしゆしようしているんだ。ふないで脳組織が欠落でもしたのか?

 しかしハルヒは目もくらみそうなよそ行きの笑みで、

「涼宮です。古泉くんはあたしの団……いえ、同好会に欠かせない人材です。島にさそってくれたのも古泉くんだし、たよりになる副団……いえ、副会長なんです。えへん」

 俺の寒気を無視し、古泉は続いて他メンツの紹介を続行する。いわく、

「こちらが朝比奈みくるさん。見ての通りのかたでして、愛らしく美しい学園のアイドルなせんぱいです。彼女の微笑ほほえみはもはや世界平和を実現するレベルですね」

 とか、

「長門有希さんです。学業にすぐれ、僕の知らないような知識の宝庫と言えるでしょう。やや無口ですが、そこがまた彼女のりよくであるとも言えます」

 という歯の浮きそうなプロフィールを並べ立て、もちろん俺もまた古泉のけつこん相談所に登録するようなちよう文句のじきとなったがここではかつあいさせていただく。

 さすが古泉の親類と思いたくなる良くできたしようで聞いていた裕さんとやらは、

「どうぞいらっしゃい。僕は多丸裕。兄貴の会社を手伝っているしがないやとわれ者だ。キミたちのことは一樹くんから何度か聞かされたよ。急な転校で心配していたんだが、いい友達ができたようで何よりだ」

みな様」

 新川氏の朗々たるしぶい声が背後で発せられた。

 振り向くと大きな荷物をかかえた執事氏と、森園生さんが船から降り立っていた。

「ここでは日差しがきつうございます。まずは別荘のほうに足を運ばれてはいかがでしょう」

 新川氏の言葉に、裕さんがうなずいた。

「そうだね。兄貴も待ってるし、荷物を運び込もうか。僕も手伝おう」

「僕たちならだいじようです。裕さんは新川さんと森さんを手伝ってください。本島で買い込んだ食材がたんまりあるそうですよ」

 古泉の笑みに裕さんも笑みで返した。

「それは楽しみだね」

 そのような当たりもさわりもしやしない一幕の後、俺たちは古泉の先導のもとにがけの上の別荘へと向かった。

 思えばこの時から、何か変な気分がしていた。

 とまあ、これはアトヅケのイイワケだが。



 富士山八合目の登頂路みたいな階段を登り切った所に別荘はあった。ハルヒには悪いが館とかしきと言うよりはまさに別荘と言いたいたたずまいである。

 三階建ての白っぽい建築物だが平べったい印象を受けるのは、とにかくよこはばがあるせいだろう。どんだけ部屋数があるのか数えてみたい気もする。おそらくサッカーチームが二つ同時に宿舎にできるくらいはありそうだ。しげる木々を切り開いて土地を確保したようだが、どうやってこんなところまで建築資材を運び込んだのだろう。ちょっとした規模のヘリンボーン作戦が必要なんじゃないだろうか。金持ちのすることはわからん。

「どうぞこちらへ」

 古泉がしつ見習いのように俺たちをげんかんへと招く。ここで一同、整列。いよいよやかたの主人との対面が果たされようとしているのだ。きんぱくいつしゆんである。

 ハルヒは折り合いのつかない差し馬みたいに前がかりになっていた。胸の内では形容しがたい期待がトグロをまいて舌をしゅるしゅる出しているのが解る。朝比奈さんは可愛かわいらしくかみの毛をでつけて第一印象を良くするはいりよに余念がなく、長門はだん通りとう製の招きねこのように汗一つかかずぼんやりと立っていた。

 古泉は一度俺たちをり返り、せんぱくみを浮かべつつドア付近のインターフォンを無造作に押した。

 応答があり、古泉があいさつの文句を述べている。

 待つこと数十秒、とびらがゆっくりと開かれた。



 言うまでもなく、そこに立っていた人物は鉄仮面をかぶっているわけでもなければ目出しぼうにサングラスをけているわけでもなく、とつぜん俺たちをしゆうげきすることもなければめんよううんちくをいきなりいてまどわせることもなく、ごく普通のオッサンに見えた。

「いらっしゃい」

 多丸圭一さんと言うらしい何成金か何長者かは知らないが、その普通のオッサンはゴルフシャツにカーゴパンツというさばけたかつこうで、俺たちをむかえ入れるように片手を広げた。

「待ってたよ、一樹くん。と、その友人のみなさん。まったく正直なところ、ここはひど退たいくつな場所でね。三日目となればすぐきる。さそって来てくれたのは裕以外では、一樹くんだけなんだよね。おおっ」

 圭一さんの視線は俺の顔をうわすべりして朝比奈さん、ハルヒ、長門の順に固定され、

「これはこれは。何とも可愛らしい友達もいたものだね、一樹くん。なるほどうわさには聞いていたが噂にたがわぬ美人ぞろいだ。この殺風景な島も、さぞはなやかになるな。らしいよ」

 ハルヒはにっこりと、朝比奈さんはぺこりと、長門はじっと、おのおの三者三様の反応をして、心底かんげいしているようなジェスチャーを交えて笑う圭一さんを、世界史の時間なのに教室に現れた音楽教師を見るような目でみていたが、やがてハルヒが一歩進み出て、

「今日はお招きいただき、まことにアリガトウございます。こんな立派なお屋敷にまれるなんて、ものすごくありがたいと思います。全員を代表し、ここにお礼申し上げます」

 まるで作文を読み上げるような口調、かつ通常より一オクターブ高い声で言った。こいつはこの猫かぶりを合宿中ずっと続けるつもりなのか? ボロががれてきばき出しになる前に頭上のとうめいねこを捨てたほうがいいと思うのだが。

 多丸圭一さんもそう思ったのか、

「キミが涼宮さんかい? あれま、聞いていた噂とはずいぶんちがうね。一樹くんによるとキミももっと……。ええ、何と言ったかな? 一樹くん」

 話をいきなり振られても古泉はあわてず狼狽うろたえず、

「フランクな人、でしょう。そう伝えた覚えがありますから」

「そういうことにしておこう。そう、そのフランクな少女だとばかり」

「あっそう?」

 ハルヒは見えない猫の仮面をあっさり剥いだ。部室以外の教室ではめつに見せないとびきり笑顔で、

「初めまして館のご主人! さっそくですけど、この館、何か事件が起こったことある? それにこの島、現地の人たちからナントカ島とか呼ばれておそれられている言い伝えとかない? あたしはそういうのがしゆなのよ」

 初対面の人間にきような趣味をろうするな。と言うか、家の持ち主をつかまえて事件があったほうがいいようなことを言うな。追い返されたりしたらどうするんだ。

 だが、多丸圭一氏はどうにも太っ腹なことにおかしそうに笑っただけで、

「キミの趣味には大いに同調するけど、事件はまだ起こったことがないよ。つい先日完成したばかりの建物だからね。島の来歴については私も知らないな。特にきつとも聞いていないが。無人島だったしね」

 大らかに人間味を見せつけて、「さあ」と奥へと手を差しべた。

「立ち話もなんだからどうぞ中へ。洋風だから土足のままでかまわないよ。まずは部屋へ案内したほうがいいかな。本当なら新川にガイドを申しつけるところだが、まだ荷物運びのちゆうのようだ。やむを得まい。私が自分をもってその役を任じよう」

 そう言って、圭一氏は自ら俺たちを導いてくれた。



 さて、ここいらでこのべつそう内の見取り図や部屋割り表を提供したいところだが俺に絵心がないのは小学校低学年時代に判明しているのでえんりよしておく。簡単に説明すると、俺たちが宿しゆくはくする部屋はすべて二階にあり、多丸圭一さんのしんしつと裕さんがきする客間は三階である。それだけ等親が近いという表れかもしれない。しつの新川さんと家政婦森さんは一階に小部屋を構えている……。

 ということになっていた。

「この家、何か名前はついてるの?」

 ハルヒの問いに圭一さんは苦笑い。

「とりたてて考えてないな。いいのがあるんであればしゆうするよ」

「そうね。さんげき館とかきよう館ってのはどうかしら。それでもって部屋の一つ一つにもコジャレた名前を付けるのがいいわ。血吸いの間とか、じゆばくの部屋とか」

「お、それはいいね。次回までにネームプレートを用意しておこう」

 そんなうなされそうな名前の部屋でねむりたくないんだが。

 俺たち一行はロビーを通りけ、高級木材製の階段を上って二階にとうたつする。ホテルかと思うような造りでとびらがズラズラ並んでいた。

「部屋の大きさはさほど変わらないがシングルとツインがある。どの部屋でも好きに使ってくれたらいいよ」

 さてどうするか。俺はだれと相部屋になってもいいが、メンバーは五人なので二つに分けると一人余りが出てしまい、どう考えても長門がひっそりと取り残されそうだった。かと言って俺がルームメイトに名乗りを上げたところで、長門は気にしないだろうがハルヒの逆きパンチによってしゆんさつされるのがオチだ。

「まあ、一人一部屋ということでいいではないですか」

 古泉が最終結論を出した。

「どうせ部屋にいるのはるときだけでしょう。部屋間の移動は各自の自由意思ということで。ちなみに、かぎはかかりますよね?」

「もちろんだ」

 多丸圭一さんは微笑ほほえましくうなずいた。

「部屋のサイドボードに置いてある。オートロックじゃないから鍵を忘れて出ても閉め出されることはないだろうけど、なくさないようにしてくれたらありがたい」

 俺なら鍵なんか不要だ。しゆうしん時にだって開け放しておくさ。みなが寝静まってから朝比奈さんが何らかの理由でしのび込んでくれるかもしれないからな。それにられて困るようなもんは持ってきてないし、わざわざこんな犯人特定のしやすいじようきようせつとうを試みるやつなんかいないだろう。いたとしたらそのコソどろはハルヒで間違いない。

「では私は新川たちの様子を見てくるよ。今のうちにていないを自在に散策してくれたらいい。非常口のかくにんおこたらないようにね。それでは」

 それだけ言って圭一さんは階下へ向かった。



 多丸圭一氏の印象を、ハルヒはこう語った。

あやしくないのが逆に怪しいわ」

「じゃあ見るからに怪しかったらどうなんだよ?」

「見たままよ。怪しいに決まっているじゃないの」

 つまりこいつの主観では、この世に怪しくないものなどなくなるのである。ISOもびっくりの判断基準だ。将来JAROに勤めるといい。仕事しまくりの生活を送れることだろう。

 適当に部屋割りして荷物を置いた俺たちは、ハルヒが自室に選んだツインルームに集合していた。一人でツインをどくせんしようとするのは非常にハルヒ的ないで、つまりこいつは遠慮とか奥ゆかしさとはえんの性格をしているのだ。

 ベッドにこしける女性じん三人組と、しようだいに座る俺、古泉はたいぜんうでを組みかべにもたれて立っていた。

わかったわ!」

 やおらハルヒがたけびを上げ、俺はいつものようにせきずい反射のツッコミを入れた。

「何がだ」

「犯人」

 そう断言するハルヒの顔は、なんか知らんがミステリアスな確信に満ちあふれている。

 しぶしぶ、俺はほかの三人の意見を代表して言った。

「何の犯人だ。まだ何も始まってなどいないぞ。とうちやくしたばかりだろうが」

「あたしのかんでは犯人はここの主人なのだわ。たぶん、一番最初にねらわれるのはみくるちゃんね」

「ひいっ」

 朝比奈さんはマジでビビっているようだった。たかの羽音を聞いたウサギのように、ビクビクとしてとなりにいた長門のスカートをつまんでいる。長門は何もコメントせず、

「…………」

 音もなく視線を空中にえているのみだ。

「だから何の犯人なんだ」俺は重ねてたずねる。「というか、お前はあの多丸圭一さんを何の犯人にしたてあげるつもりだ」

「そんなの知るわけないじゃないの。あれは何かをたくらんでいる目つきだわ。あたしの勘は良く当たるのよ。きっとそのうち、あたしたちをサプライズな出来事に巻き込んでくれるにちがいないわ」

 単なるサプライズパーティーならいいんだが、ハルヒの期待するものはチャラけたオチの付く誕生会のごときごこの悪くなるような寒い演出ではなさそうだ。

 想像してみる。とつじよとして人好きのするがおぎ取り、きように目をギラつかせながら肉切り包丁片手に宿しゆくはくきやくたちを切り刻まんとする圭一氏。おそらく島の森林奥にあった古代人のドルメンをうっかりかたむけたかなんかしてふうじられた太古のあくりように取りかれてしまい命じられるままに俺たちをもつにせんとドアをたたくオッサンの姿。

「んなアホな」

 俺は差し上げた片手を水平移動して、何もない空中にセルフツッコミを入れた。

 いくらなんでもこの古泉の知り合いがそんなことにはなりそうにないな。『機関』とやらもそうそうバカぞろいではあるまい。事前に現場検分くらいはしているはずだ。古泉もいつもの無害スマイルを絶やさないし、新川しつや森園生さん、多丸裕さんもホラーの住人とはほど遠い印象だ。だいたい今回のハルヒの願望はスプラッタでなくて推理物ではなかったか。

 起こるのだとしたら連続殺人の一つや二つくらいだろう。それだって、こうも都合よく発生するとは思えない。外は快晴だしろう注意報も出ていない。別にこの島は閉ざされた空間になっているわけでもないしさ。

 それにいくらハルヒでも、心底人死にがでることを望んでいるわけではないだろう。もしハルヒがそんなやつなら、たいていのことには付き合ってきた俺でも、そろそろ満タンになりつつある容量の小さなかんにんぶくろがパンクするぜ。

 俺のささやかな心配を、まったく読み取ることなくハルヒはじやな声を上げた。

「まずは泳ぎね。海に来たら泳ぐ以外の何もすることはないと言っても過言ではないわ。みんなでぱーっとおきをどこまでも泳いでいきましょ。だれが一番最初に潮にさらわれるか、勝負よ!」

 やってもいいけどな。海難救助隊がすぐ横でスタンバイしてくれているのならさ。

 しかし到着したばかりだと言うのに、もう行動するのか。少しは船旅のつかれをいやそうとは考えないのだろうかね。もっともハルヒは疲れていないかもしれないが、自分を基準にして物事を進行するのは少しでいいからえんりよしてくれい。

「なーに言ってんのさ。たとえアポロンしん殿でんみつぎ物をささげたとしても太陽は立ち止まってくれたりはしないのよ。水平線にしずむ前に行動を起こさなきゃ時間がもったいないじゃん」

 ハルヒはりよううでばして朝比奈さんと長門の首をかかえ込んだ。

「あわふ」と目を白黒させる朝比奈さんと、「…………」と無反応の長門。

「水着よ水着。えてロビーに集合ね。うふふふひひひ。このたちの水着はあたしが選んであげたのよ。キョン、楽しみでしょ?」

 あんたの考えてる事なんてまるっきりお見通しよ、みたいな顔でハルヒはうす悪く白い歯を見せる。

「その通りだとも」

 開き直って胸を張った。半分以上、それが目的で来たからな。誰にも異議を唱えさせたりはしないぞ。

「古泉くん、ここのプライベートビーチは貸し切りなんだったよね!」

「ええ、そうです。見物人ははまかいがらくらいのものでしょう。じんせきとうすなはまですよ。ただし潮の流れは速いので、あまりおきあいには出ないほうがいいと言っておきましょう。先ほどの勝負が本気なのだと仮定しての話ですけど」

「まっさか。じようだんよ冗談。みくるちゃんなんかあっと言う間に黒潮に乗ってカツオのエサになっちゃいそうだもんね。みんな、いい? 調子に乗って遠くまでいっちゃったらダメよ。あたしの目の届くはんで遊びなさい」

 一番調子に乗っているハルヒに保護者役を任せていいものかね。ここは俺がひとはだいでしかるべきだろう。少なくとも朝比奈さんから二秒以上視線を外すことのないように気をつけるとしよう。

「そこ! キョン!」

 ハルヒの人差し指が俺の鼻先にきつけられ、

「ニマニマ顔は気持ち悪いからやめなさい。あんたはせいぜい半分口開けたぶつちようづらがお似合いよ。あんたにカメラはわたさないからね!」

 あくまでハイテンション、ぼうじやくじんエクスプレスなハルヒは笑いながら宣言した。

「さあ、行くわよ!」



 ということで、やって来た。

 海岸であり、砂浜だった。日差しは傾きかけているが熱光量は確実に夏のそれである。押し寄せる波が砂を洗い、綿わたみたいな白い雲が彼方かなたこんぺきの背景をゆっくりと移動していた。むうっと鼻をつく潮風が俺たちのかみをなびかせ、おいでおいでをせんばかりに海面上をゆるやかにき進む。

 プライベートビーチと言えばみみざわりがいいが、要するにわざわざ貸し切るまでもない人里はなれた単なる島の浜辺であり、海水浴にこんなところまで来ようなどという人間がいるとしたらインチキ旅行雑誌にだまされた外国人観光客くらいのものだろう。言うまでもなく、見渡す限り俺たち五人以外のひとかげかいであり、水鳥の一羽も飛んでいない。

 そのようなわけなので、ハルヒたち女性組の水着姿を目に入れるえいひたれるのは、岩場にり付いているフジツボくらいのものであった。俺と古泉を除けば。

 ビーチパラソルの影にゴザいて、俺が朝比奈さんの照れくさそうな仕草に目を細めていると、ハルヒが横から朝比奈さんを素早くかすめ取り、

「みくるちゃん、海では泳いでこそナンボの世界よ。さあ行きましょう。光を浴びないと健康にも悪いからね!」

「いやあのあたしあんまり日焼けはその、」

 しりみする朝比奈さんに構わず、ハルヒは白くがらな上級生とともに波打ちぎわとつしんし、ダイブ。

「わっ、からい」

 そんな当たり前のことにおどろく朝比奈さんにバシャバシャ海水を浴びせるのだった。

 そのとき長門は。

「…………」

 ゴザの上に正座して、水着姿のまま広げた文庫本をもくもくと読んでいた。

「楽しみかたは人それぞれですよ」

 ビーチボールに息を吹き込んでいた古泉が口をはなして俺に微笑ほほえみかけた。

の時間は自分の好きなように過ごすべきです。でないとリフレッシュの意味がないでしょう。三ぱく四日、せめてゆっくりのどかな合宿生活を楽しもうではありませんか」

 好きなように過ごしているのはハルヒだけではないだろうか。一方的にじゃれつかれている朝比奈さんがのどかな気分を味わっているとはとうてい思えないが。

「こらキョン! 古泉くん! あんたらも来なさい!」

 ハルヒのサイレンみたいな声が俺たちに投げかけられ俺は立ち上がった。告白すると、決していやいやではない。ハルヒはともかく、朝比奈さんのそばに近づけるのは俺のほんもうである。ふくらませたビーチボールをポンとはじいた古泉からパスを受け、俺はけた砂の上を歩き始めた。



 適度な肉体的ろうを覚えながらべつそうもどり、ひと浴びて部屋で休んでいたら空は星空が支配する時間となって、森さんが我々を食堂に案内した。

 ばんさんの時間である。

 その日の夕食はそりゃもうごうなもんだった。別に朝比奈さんが特に望んだというわけでもないだろうが、さし盛り合わせが一人につき一ふねあるだけでもびんぼうしようの俺は思わず居住まいを正してしまう。これで食費宿泊料無料? 本当にいいのだろうか。

「全然けっこう」

 と多丸圭一氏はがおけ負ってくれる。

「こんな所まで足を運んでくれたねぎらいだと思って欲しいね。なんたって私は退たいくつだからね。いや私だって人を選ぶよ。だが一樹くんの友人なら大いにかんげいだ」

 むかえてくれたときとちがい、圭一氏はなぜか正装をしていた。ダークスーツに身を包み、ネクタイをウィンザーノットに結んでいる。出てくる料理は和洋せつちゆう、何かのカルパッチョだかムニエルだかナントカしだかがじゃかすか出てくるが、器用にナイフとフォークで口に運んでいるのは圭一氏ただ一人だ。俺たちは最初からはしを使わせてもらっている。

「すんごく美味おいしい。だれが作ってるの?」

 ハルヒが大食い選手権にすいせんしたくなるほどの食欲を見せながらいた。

しつの新川が料理長もねている。なかなかのものだろう?」と圭一氏。

「ぜひお礼を言いたいわね。後で呼んでちょうだい」

 すっかり高級料理店に出向いた食通気取りになっているハルヒである。

 一口食べるたびに目を丸くしたりする朝比奈さんや、小食に見えて意外と食い続ける長門、さわやかに裕さんたちとだんしようする古泉をながめていると、

「お飲物はいかがですか?」

 給仕係にてつしていたメイド姿の森さんが、細長いびんを手にして微笑みかけていた。どうやらワインらしい。未成年者に酒をすすめるのもどうかとは思うが、俺はためしにいつぱい所望することにした。ワインなんか飲んだことないが、人間、多少のぼうけんしんは必要だ。それに森さんのわく的なしようを見ていると断るのは気分的に悪いような気になったし。

「あ、キョン一人で何もらってんの? あたしも欲しいわよ、それ」

 ハルヒの要求により、葡萄ぶどうしゆに満たされたグラスが全員に行きわたった。

 何となく、それが悪夢の始まりだったような気がする。

 この日、俺が発見したのは、朝比奈さんがまったくアルコールにたいせいがないということと、長門がおそろしいばかりのウワバミであるということと、ハルヒがどうしようもない酒乱であるということだった。

 調子に乗ってさかずきかたむけた俺のおくもけっこうあやふやだったが、最後の方でハルヒは瓶をつかんで放さずラッパ飲みしながら圭一氏の頭をバンバンたたきつつ、

「いやーあんた最高! 呼んでくれたお礼にみくるちゃんを置いていくわ! もっとちゃんとしたメイドに教育してやってよ。もう、てんでダメなのこの

 というようなことをさけんでいたような覚えがあるようなないような。

 本物メイドの森園生さんは、たくじように酒瓶をボーリングのピンのように並べると、フルーツかごのリンゴやなしを器用にいてデザートをってくれていて、部室オンリーのにせメイド、朝比奈さんはすでに真っ赤な顔をしてテーブルにしていた。

 長門は森さんが持ってきた酒類をパッカパッカと空けているが、体内でいったいどんなアルコール分解処理がなされているのか、長門の顔色は何一つ変化せず、くじらが海水を飲むように次々と瓶の中身を空にしていた。

 興味深そうな顔をした裕さんが、

「本当にだいじょうぶなのかい?」

 そう心配して長門に話しかけていたことは記憶のはじっこに引っかかっている。

 その夜、すっかり前後不覚になった俺は古泉に付きわれてベッドに辿たどり着くことができたようだ。後で古泉が苦笑混じりに言っていた。ほかにも俺はハルヒとともに何かずかしいしゆうたいを演じていたようなのだが、なんせ記憶にはないし、聞かなかったことにして記憶することもきよした。古泉得意のじようだんだったということにしておこう。

 それどころではないことが翌日にあったからな。


 二日目の朝。天気はいきなりあらしになった。



 よこなぐりの雨が建物のかべを叩き、強風のきすさぶ音が耳にきつな音となって聞こえている。べつそうの周囲の森が、ようでもんでいそうな具合に鳴動していた。

「ついてないわねえ。こんな時に台風が来るなんて」

 窓の外を見ながらハルヒがこぼすように言っている。ハルヒの部屋だ。全員で集まり今日は何をして過ごそうかと密談のさいちゆうだった。

 朝食後のことである。朝の食卓に圭一さんはいなかった。なんでも、氏は特に朝に弱く、きが最悪のため午前中にベッドから起きあがるのはほとんど不可能である、というのが新川さんの説明だ。

 ハルヒは俺たちを振り返り、

「でもさ。これで本当に嵐のとうになったわ。一生もんのじようきようよ。やっぱり起こるかもしれないわね、事件」

 ぴくんとする朝比奈さんは不安そうに目を泳がせるが、古泉と長門の顔は平常営業だ。

 昨日あれほどいでいた海はろう警報状態で、とても船を出せる許容はんえている。明後日あさつてもこのままだと、俺たちは不本意にもハルヒの本意によってこの島に閉じこめられる。クローズドサークル。まさか。

 古泉は安心させるようなみで、

「足の速い台風のようですし明後日までには何とかなるでしょう。とつぜんやって来たように、去ってしまうのも突然ですよ」

 天気予報ではそうらしいな。だが、昨日の時点で台風が来るなんて情報はどこからも入っていなかったぞ。この嵐はどいつの頭からいて出てきたものなんだ?

ぐうぜんですよ」

 古泉はゆうをかましている。

いつぱん的な自然現象です。夏の風物詩と言えるでしょう。大型台風の一つくらい、毎年やってくるものですよ」

「今日は島の探検をしようと思ってたのに、これじゃ中止ね」

 ハルヒはうらめしそうに言った。

「仕方ないわ。屋内でできるようなことして遊びましょ」

 どうやら合宿のことはハルヒののうから吹っ飛んで行っているようで、すっかり遊び方面にシフトしているらしかった。そのほうがありがたい。島の反対側に行ったらがんぺききよだい生物の死体が打ち上げられているのを見つけたくはないからな。

 古泉が意思表明をしだした。

「確かゆうしつがあったはずです。圭一さんに言って使わせてもらいましょう。麻雀マージヤンとビリヤードと、どちらがいいですか? たつきゆうだいも言えば出してくれるでしょう」

 ハルヒも同意して、

「じゃあピンポン大会。リーグ戦総当たりでSOS団初代ピンポンチャンピオンを決めましょう。ビリの人は帰りのフェリーでジュースおごりだからね。きは許さないわよ」

 遊戯室は地下一階にあった。広々としたホールに雀卓とビリヤード台、ルーレットやバカラの台まである。古泉の親類は裏でカジノでもやってんのか。ここはそのになってるんじゃないだろうな。

「さて?」と古泉はとぼけた笑みで答え、かべぎわで折りたたまれていた卓球台をスライドさせてきた。

 ちなみに俺との激戦のすえハルヒが優勝をかざったピンポン大会の後は、麻雀大会がかいさいの運びとなった。古泉以外のSOS団メンバーはやり方を知らなかったので教わりながらのプレイである。ちゆうで二人の多丸氏も参加して、なんともにぎやかな麻雀となったことは確かだ。ルールを曲解したハルヒは自分で勝手な役を考案し、『二色絶一門』『チャンタモドキ』『イーシャンテンかなしばり』などのなぞの役で次々と俺たちからアガり続けた。まあ笑えたから許してやる。ノーレートだったしさ。

「ロン! たぶん一万点くらい!」

「涼宮さん、それ役満ですよ」

 俺はひそかに息をいた。前向きに考えるとこのほうがよかったかもしれん。つうに旅行を楽しむのが一番だ。この展開ではろんだいかいじゆうが出てくることも森の奥から原住民が出てくることもないだろう。何と言っても絶海の孤島だ。外から変なもんがやってくることはない。

 そう思い、俺はあんすることにした。多丸圭一氏も裕さんも、新川・森の使用人さんコンビも古泉の知り合いにしては普通の人間に見える。みような事件が発生するには、ちょっと登場人物が足りないだろう。

 そういうことにしておきたい、と俺は思ったのだ。

 しかし、そうは問屋がおろさなかった。この場合の問屋がどんな業種で何を取り次いでいるのかはわからないが、もしどこの問屋かが解っていたら俺はそこに一年くらいの業務停止命令をくだしたい。


 事件は三日目の朝に起こった。

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