第三章

 土曜。その日。

 俺たちは駅前に集合した。家にあった一番でかいリュックにあらゆるものをめ込んで駅まで歩いていった俺を、他の四人がせいぞろいして待ち受けていた。

 ハルヒがカジュアル、朝比奈さんがフェミニンスタイルで並んでいる姿は遠くからでも目を引く。全然似ていないまいみたいな感じ。上級生のはずなのに妹みたいに見える朝比奈さんは、服装だけが少し年上のよそおいだ。

 変人三人に囲まれていた朝比奈さんは、俺を見つけると、いくぶんホッとしたようにしやくして小さく手をってくれた。うむ。

「おっそいわよ!」

 さけんでいるがハルヒは今日もじようげんだった。こいつが手ぶらなのはメガホンとかんとく用折りたたみが俺の荷物にふくまれているからである。

「まだ九時前だぜ」

 俺はぶつちようづらで言って、りようわきを見る。長門のとう顔と、古泉のさわやかスマイル。それにしても学校でもないのに長門が制服なのはだんと同じだが、古泉までもが制服姿なのはどうしたことだ。

「これが僕の撮影しようなんだそうですよ」

 と、古泉は答えた。

「昨日そのように言われましてね。役の上では、僕はいつかいの高校生に身をやつしたちようのうりよく者ということになっていますから」

 そのまんまじゃねえか。

 俺がカメラやら小道具やらでかさばるバッグを降ろして額をぬぐっていると、ハルヒが遠足前の小学生みたいながおで、

「キョン、あんた一番後に来たからばつきんね。でもまだいいわ。これからバスに乗るから。バス代くらいはあたしが出したげる。必要経費ってやつよ。あんたは全員に昼ご飯をおごりなさい」

 勝手に決めつけ、片手を振りながら、

「さあみんな! バス停はこっちよ! さっさとついてきなさい!」

 そのうでわんしようが「超かんとく」になっているのを俺はのがさなかった。ついにハルヒの中では大監督すらもちようえつしてしまったらしい。よほどすごい映画にするつもりなんだろう。重ねて言うが、俺は朝比奈さんのPVを撮っていたほうがよっぽど楽しいのだが。



 バスにられて三十分、山の中にある停留所で降りて、それからさらに三十分。俺たちはハイキングコースをえっちらおっちら登っていた。

 どこにでもありそうな森林公園だった。生まれも育ちもこの辺で暮らしている俺には昔からみの場所だ。小学生のころは毎年のように遠足と言えば近場の山登りだったからな。

 公園とは名ばかりで、山の中腹にムリヤリ開けた空間を作り適当なふんすいがあるような、何を好きこのんでこんな所まで登らねばならんのだと苦言の一つでもていしたくなるほどの、何にも無いところである。喜んでいるのは、まだらくのなんたるかを知るすべもないガキどもくらい、そのガキどもを連れてきたとおぼしき家族連れの姿を何組も見かけることが出来る。

 俺たちは噴水を中心とする広場のかたすみじんって、そこをさつえい基地とすることにした。手ぶらのハルヒは元気を有り余らせていたが、俺はすっかりへばっていた。山道のちゆうで古泉に半分くらいの重量を押しつけなければ、マジで行きだおれていたかもしれん。俺がワンゲルの装備みたいなバッグにもたれてゼイゼイ言ってると、

「あの、飲みます?」

 目の前に小さなペットボトルが差し出され、そのボトルは朝比奈さんの手ににぎられている。

「あたしの飲みかけでよければ……」

 神のウーロン茶だ。おそらく天上の味がするにちがいないね。良いも悪いもない。飲まないとてんばつが下ると言うものだ。俺がえんりよなく受け取ろうとしたとき、じやあくあくの手が天使の腕をはらいのけた。朝比奈さんからウーロン茶をひったくったハルヒが、

「後にしなさい、後に。みくるちゃん、今はこんな雑用係に水分補給させてる場合じゃないの。急がないと、絶好の天気がかげってくるかもしれないんだからね。さっさと撮影を始めるわよ」

 朝比奈さんは、おっとりと目を丸めた。

「え……? ここでるんですか?」

「当たり前じゃないの。何しに来たと思ってるのよ」

「じゃあ、あたしえなくていいんですね? ここ、着替える場所ないし……」

「場所ならあるわよ。ほら、周り一面がそうよ」

 ハルヒが指でぐるりと示した場所には、緑の木々に囲まれた山並みが整列していた。

「ちょっと奥に行けばだれも来やしないわ。天然のこう室よ。さ、行きましょ」

「ひひ、ひゃあーっ。た、助け」

 助けるヒマもなく、ハルヒは森の奥に朝比奈さんを引きずって消えた。



 再登場した朝比奈さんは、撮影コスチュームであるところのピチピチウェイトレス服を身体からだりつけ、何だか毛先があちこち飛びねたややこしいかみがたをしてうるみきったひとみを道ばたに生えている秋の花に向けていた。

 その片方の目の色がではなく違っている。左目だけが青い。なんだこりゃ。

「カラーコンタクトよ」

 ハルヒが解説する。

「左右の目の色が違うっていうのもけっこう重要なのね。ほら、たったこれだけのことでググっと神秘性が増すでしょ。これさえしてれば間違いはないの。記号よ、記号」

 背後から朝比奈さんのあごをつかんで、小さな顔をかたむけさせる。されるがままの朝比奈さんはぼうようたる目つきである。

「この青い目には秘密があるわけ」とハルヒ。

「そりゃまあ、意味もなく色が違っていても話にならんからな」

 今にもたおれそうな朝比奈さんのつかれた顔だけでもググっとくるけどね。

「それで、どんな秘密があるんだ、そのカラーコンタクトに」

「まだ秘密」

 ハルヒはにんまりしながら答え、

「ほら、みくるちゃん。いつまでグンニャリしてんの。しっかりしなさい。あなたは主演なのよ。プロデューサーとかんとくの次にえらいのよ。しゃんとするのしゃんと!」

「ふぇー」

 悲しい声を出して、朝比奈さんはハルヒの命ずるままにポーズを取る。ハルヒは朝比奈さんにけんじゆう(モデルガンだよ)を握らせ、

「女暗殺者みたいな感じを出しなさい。いかにも未来からきた感じで」

 などと無理な注文をつけている。朝比奈さんはおずおずとグロックを構えて、せいいつぱいの流し目を俺──カメラだな──にくれた。このいかにも無理してる感がたまらなくいいんだ、これが、いやマジで。



 それにしても意味もなくアクティビティあふれるやつだ。た映画がつまらんと思うことは俺だってよくあるが、なら自分がやったほうがマシだとばかりに映画を撮ろうなんてことは思いもしないしやり方だってわからん。仮に撮ったとして、それが本当にマシなものになるとも思っていない。しかしハルヒはしんけんに自分に監督の才があると思い込んでいるらしい。少なくとも深夜にやってたマイナー映画よりはらしいものを作る気でいることは確かだ。その自信は何に裏打ちされているのだろう。

 ハルヒは黄色いメガホンをり回しながらさけんでいる。

「みくるちゃん! もっと照れをなくしなさい! 自分を捨てるのよ! 役にハマってなりきればいいのよっ! 今のあなたは朝比奈みくるじゃなくて朝比奈ミクルなのっ!」

 ……もちろん、ハルヒの自信が何の裏付けもないのは知れたことだ。こんきよもなく自信満々で周囲のちつじよをカオス化するのが、こいつ、涼宮ハルヒの持って生まれた機能なのだ。でなければ大それたわんしようなんかつけて偉そばるわけがない。

 監督ハルヒの指示のもと、記念すべきシーン1のさつえいが始まった。

 つっても、広場をひたすら走っている朝比奈さんを横から撮っているだけだ。これがオープニングなのだという。せめてきやくほんでも書いてくるのかと思ったが、ハルヒはそんなもんはないと断言しやがった。

「ヘタに文書にして内容がれるとマズいじゃない」

 というのがその理由である。どうやらこの映画は香港形式で進められるようだった。なんかもう、すげーぐったりして来た俺だったがカメラレンズの向こうで二丁拳銃をにぎりしめ、女走りで息を切らしている朝比奈さんよりはまだマシかもな。

 俺たちが見守る中、朝比奈さんは右に左にふらふらしながら走り続け、テイク5でようやく監督のオッケーが出たたんにへたり込んだ。

「ひい……ひい……」

 両手を地面について背中を上下させるウェイトレスをかえりみず、ハルヒはわきひかえる長門に指示を送った。

「じゃ、次は有希とみくるちゃんのせんとうシーンね」

 長門はお気に入りの黒装で、つつつとカメラの前まで移動する。制服の上から暗幕みたいなマントをかぶりトンガリ黒ぼうを頭にせるだけだから、朝比奈さんのようにしげみに連れ込まれることがなかったのは幸いなことだった。もっとも長門ならどこでも平気な顔でえの一つぐらいしそうではある。配役をこうかんしてみてはどうかな。長門がウェイトレスで、朝比奈さんがほう使つかい。どっちも不思議と似合いそうだぞ。

 ハルヒは朝比奈さんと長門を三メートルくらいはなれて向かい合わせに立たせ、

「みくるちゃん、有希を思うさまちなさい」

「えっ」と朝比奈さん。走ったおかげで乱れたおくれ毛をらしながら、「でも、これ人を撃っちゃダメなんじゃ……」

「だいじょうぶよ。みくるちゃんのうでじゃどうせ当たるわけないし、仮に当たりそうでも有希ならけるわ」

 長門はだまったまま、星付きアンテナをじっと持って立っていた。

 それはまあ、俺だってそう思う。長門ならじゆうこうを額に押し当てられた状態で引き金を引いてもで避けそうだ。

「あの……」

 こわい料理長に割った皿の報告をする新米メイドのような顔で、朝比奈さんは長門をこわごわと見上げる。

「いい」と長門はこたえた。そしてアンテナをくるりと回し、「撃って」

「ほら、いいって。じゃんじゃか撃ちなさい。言っとくけど同時に撃つんじゃなくてこうに撃つのよ。それが二丁けんじゆうの基本だから」



 古泉がレフ板を頭上に構えている。ハルヒがどこからかは知らないが持ってきたのだ。いまごろ写真部あたりがとうなん届を出しているかもしれない。しかし古泉、お前主役じゃなかったのか?

かんきようには臨機応変に適合しませんとね。僕は撮影される側にいるより、こっちのほうがしようぶんに合っているんですよ。このまま裏方になれないものかと、昨日から考えているんですが……」

「えいっ」

 朝比奈さんは重そうにモデルガンを構え、目をつむって連射した。その様子を俺が横から撮影する。BBだんせきはよく見えなかったが、長門が表情一つ変えずにっ立っているところを見ると、本当にまったく命中していないようだった。魔法で避けているからか……と思い始めた頃に、長門はゆっくりと指し棒をあげ、顔の前でちょろりと振った。こつんと音がして地面にたまが転がり落ちる。眼鏡めがねなしになったのにすごい視力も相変わらずだな。

 長門はまばたきしないで銃口を見ている。いつもだってあんまりしないが、それだって「たまには瞬かないと不自然だから」と言いたげな瞬きで、そっちのほうがよほど不自然である。どうこう開きっぱなしで歩こうが天井をぶち破ろうがしゆんかん移動しようが、もう俺はちっともおどろきやしないだろう。だから今も驚いていない。

 長門はこわれたワイパーみたいな動きで、たまに指し棒を振り、そのたびにBB弾がパラ……パラ……と落っこちた。

 それにしても単調な戦闘シーンだ。長門は棒しか動かさないし、朝比奈さんは二丁のグロックだかベレッタだかをぷしゅぷしゅ撃っているだけだし、しかも当たってないし、だいたいハルヒは「思うさま撃て」と言っただけでセリフを教えていない。聞こえてくるセリフは朝比奈さんの「ひっ、ほわっ、こわっ」という小さなきようせいだけである。

 なんだか、たたかいの前におたがめいしようけようぜと打ち合わせておいたハブとマングースのようなやる気のないバトルシーンだった。

「うん、まあこんなもんかしら」

 朝比奈さんの拳銃が弾切れになったところで、ハルヒがメガホンでかたたたき。俺はハンディビデオを降ろして、ディレクターズチェアの上に胡座あぐらをかいているハルヒに近寄った。

「おいハルヒ。これのどこが映画だ。何の話なんだかさっぱりわからねえぞ」

 涼宮ちようかんとくはチラリと俺を見上げ、

「いいの。どうせ編集段階で切ったりつなげたりするつもりだし」

 だれがするんだ、その切ったり繋げたりをさ。俺の役職の所に「編集」とか書いてあったような気もするが。

「せめてセリフだけでも入れろよ」

「いざとなれば音声は消してアフレコするわ。効果音とかBGMも入れないといけないしね。今は深く考えなくていいのっ!」

 考えようにも、ストーリーがお前の頭の中にしかないんだから俺たちが考えることなど何もない。せめて俺は朝比奈さんに対するハルヒのセクハラを最小限にするべく注意するくらいだった。俺以外の男のボディタッチ厳禁。それが俺の基準である。文句はないよな?

「それじゃ次のシーンね! 今度は有希のはんげきよ。有希、魔法を使ってみくるちゃんをいてこましちゃいなさい!」

 長門は黒帽子のひさしのかげの中から、しようより黒いひとみを俺に向けた。俺にしか解らないような角度で首をかたむける。なんとなく伝わった。長門は「いいの?」といているようだ。

 もちろん答えは「ノー!」だ。魔法はともかく、朝比奈さんを痛めつけるようなことは許可できないね。ほら、朝比奈さんが青くなってぶるぶるふるえているじゃないか。

 当然ハルヒは長門が不可解なタネ無しマジックを使えるとは知らない。こいつが言ってるのは、あたかも魔法を使っているような演技をしろということだろう。

 長門もちゃんとわきまえてくれたようで、「…………」と無言をセリフとしながら、アンテナ棒を持ち上げてユラーリユラリと、まるでコンサートで観客がサイリウムを振るみたいな動作をおこなう。

「まあ、いいわ」とハルヒ。「このシーンにはVFXを使うから。キョン、あとで有希の棒から光線が出てる感じでお願いね」

 どうやったらそんなビジュアルエフェクトがかませるのか、俺にそんな技術はないぞ。ILMから社員と機材を借りてくる予定があるなら別だが。

「みくるちゃんはそこで悲鳴! そして苦しそうにぶったおれなさい」

 しばらくオロオロしていた朝比奈さんは、「……きゃ」とつぶやくように言ってパタリコと前向きに倒れた。両手を投げ出して倒れす朝比奈さんのかたわらで、そのたましいを入手したばかりの死神のような長門が立っている光景。それをさつえいする俺に、俺の横でいつまでもレフ板上げっぱなしの古泉。

 そろそろ周りの家族連れの視線が痛くなってきた。



 深くも、しばしのきゆうけい時間をハルヒがあたえてくれたため、俺たちは車座で地面に座り込んでいた。

 ハルヒは俺がった映像をり返し再生しては、もっともらしい顔でうーんとかうなっている。

 朝比奈さんと長門の間には、ちょこちょこと寄ってきた子供が数名いて、「これ何のテレビ?」とか訊いていた。朝比奈さんは弱々しく微笑ほほえむだけで首を振り、長門は完全に無視して大地と一体化していた。

 いったい自分の撮っている映像が何のシーンなのかハルヒが明かさないものだから全然解らんのだが、次に超監督は近くの神社に行こうと言い出した。もう休憩終わりか。

はとがいるの」

 なのだそうだ。

「鳩がバサバサ飛び立つのを背景に歩いているみくるちゃんを撮るのよ! できれば全部白い鳩にしたいんだけど、この際どんな色でも目をつむるわ」

 ばとしかいないと思うけどな。すでにヨレヨレになっている朝比奈さんのうでに自分の腕をからめ(げないようにだろう)、ハルヒは森林公園内を横断して県道に向かうようだ。俺は古泉と機材を分け合い、ジャングルの取材におとずれた撮影スタッフの現地人シェルパみたいなおもちで後をつけて、着いたところが山の中のでっかい神社だった。久しぶりに来たなあ。それこそ小学生時の遠足以来だ。

 けいだいの「エサやり禁止」という看板の前で、ハルヒはれ木に花をかそうとするがごとく堂々とパンくずをまいていた。日本語が読めないとしか思えない。

 たちまち地面をくす勢いで鳩の群れが押し寄せ、後を絶つことなく空からい降りてくる。鳩色になった神社の境内は、よく見るまでもなくかなり不気味だ。その鳩のカーペットの中に朝比奈さんが一人で立たされている。足元をつつき回されてくちびるを震わせるウェイトレス。その姿を俺が正面から撮っていた。何やってんだ、俺。

 画面の外ではハルヒが朝比奈さんから取り上げたイーグルだかトカレフだかのけんじゆうたずさえ、すちゃっとセイフティを解除した。何をするのかと思っていたら、いきなり朝比奈さんの足元に向かってしやげき

「ひえええっ!」

 鳩にまめでつぽうらわすづらがリアルで拝めるとは思わなかった。動物愛護協会がすっ飛んできそうなばんこうに、平和のしようちようたちはいつせいにクルッポとか鳴きながら舞い上がる。

「これよ! この絵が欲しかったのよね。キョン、ちゃんと撮ってなさいよ!」

 一応カメラは回っているから撮れているだろ。右往左往して飛び回る鳩のうずの中央で、朝比奈さんは頭をかかえてしゃがみ込んでいる。

「みくるちゃんコラーっ! 何座ってんの!? あなたは飛んでる鳩をバックにゆっくりとこっちに歩いてくるのよ! 立ちなさあい!」

 そんなシーンをゆうちように撮っている場合ではなさそうだ。俺がのぞいているファインダーのさいおうから、動物愛護協会の代わりに神社のかんぬしらしきジーサンがすっ飛んできたからである。はかま姿だから神主の関係者で合ってると思う。俺が説教の一つでもかくしていると、ハルヒは躊躇ためらうことなく最終手段に出た。

 手にしていたCZだかSIGだかいうモデルガンを、そのジーサンに向けてち始めたのである。けた鉄板に立たされたようなおどりを見せる神主(多分)。シルバーサービスしんこう会からこうが来そうなる舞いだった。

てつしゆうーっ!」

 やおらさけんだハルヒは、身をひるがえして走り出した。いつ移動したのか、長門はとっくに遠くはなれた鳥居の下で俺たちを待っている。ほうっておけば逃げおくれそうな朝比奈さんを、俺と古泉がりようわきから抱えて荷物といつしよに持ち上げた。

 かんとくが逃げ出したんだ。主演女優をスケープゴートにするわけにはいかんだろ。



 十分後、俺たちは道沿いにあったドライブインみたいな食事どころの一角にいた。俺がなぜかおごることになっている昼飯である。

しいことをしたかもしんないわね。あの老神主を敵役にしてボコったほうがアドリブとしてはよかったんじゃないかしら」

 ハルヒが犯罪ギリギリなことをほざいている。

 朝比奈さんはざる蕎麦そばを三本ほどすすった後、テーブルにしていた。

「みくるちゃん。あなた小食ねえ。そんなんじゃ大きくなれないわよ。胸ばっかり育ってもコアなマニアに喜ばれるだけよ。ちゃんと背もばさないと」

 言いつつ、ハルヒは朝比奈さんの蕎麦を横取りしてずるずると喰っていた。

 俺は知っている。あと何年後かは知らないが、朝比奈さんは顔もボディもミス太陽系代表に選出されるくらいの成長をげるのだ。本人も知らないみたいだけどね。

 古泉はずっとしようしていた。長門はもくもくとミックスサンドを口に運んでほおふくらませている。俺は喰い終えたミートソースの皿をわきに押しやって、二人前の昼食を平らげているハルヒに言った。

「あの神主が学校に苦情でも入れたらどうするつもりだ。古泉の制服で、俺たちの正体はバレバレだぞ」

「だいじょうぶじゃないかしら」

 ハルヒはどこまでも楽観的である。

きよあったし、よくあるブレザーだし、何か言われてもトボケときゃいいのよ。他人の空似よ。BBだんだけじゃしようになんないわ」

 俺は証拠のまっているビデオカメラを見た。この映像を上映なんかしたら一発でネタバレすると思うのだが。神社まで来て鳩に囲まれているウェイトレスがこのきんりんに二人以上もいるとは思えない。

「それで、次はどこに行くんだ?」

「もう一度公園の広場にもどりましょ。よく考えたらあれだけじゃせんとうになってないわ。観客のハートをわしづかみにするには、もっと激しいアクションが必要ね。うん、イメージがいてきたわ。森の中を必死にげるみくるちゃんと、それを追う有希。そしてみくるちゃんはがけから落ちてしまうの。そこにたまたま通りがかった古泉くんが助けるっていう展開はどうかしら」

 行き当たりばったりの展開だな。こんな山の中をたまたま通りかかる制服姿の男子高校生ってのは何者だ。それだけであやしすぎるぞ。それにハルヒのことだから本当に朝比奈さんを崖から突き落とすかもしれない。つーかハルヒ、お前が落ちろ。朝比奈さんのスタントとしてこのしようを着込め。まあ、少し胸が足りないかもしれないが……。

 そんなことを考えている俺を、ハルヒはまゆり上げて流し目でのひとにらみ。

「あんたなんか想像してる? まさかあたしのウェイトレス姿をもうそうしてるんじゃないでしょうね」

 実に的確に言い当てて、

「あたしは監督なんだからね。そんなうれしがって表に出たりはしないのよ。二ひきのウサギを追いかけていたら切り株につまずいてコケるだけなの」

 おまえはプロデューサーもねてるんじゃなかったっけ。

「裏方スタッフは何役兼ねてもいいのよ。でもまあ、カメオ出演みたいにいつしゆんだけチラッと映るのはいいかもね。お遊びも入れといたほうがマニア心をくすぐるから」

 どこのマニアが対象になっているんだろう。朝比奈さんマニアか? 今までのところ朝比奈みくるコスチュームプレイ集にしかなってねえぞ。……考えてみれば、それでじゆうぶんだが。

 古泉はホットオーレをゆうな仕草でテーブルに戻し、

「登場人物は僕たち三人だけなのですか?」

 ばか、余計なことをくな。

「そうねえ……」

 ハルヒは口をアヒルにして考え込むふうである。それくらいあらかじめ考えておけ。

「やっぱり三人だけじゃ少ないかしら。うん、少ないわね。脇が光ってこそ主役も生きるというものだわ。古泉くん、いいことを気付かせてくれたわ。お礼に出番を増やしてあげる」

「それは……どうも」

 古泉はみをかべたまま、しまった、と言いたげな顔になった。ざまを見るがいい。俺なんかやぶをつつけばマムシが出てくると知ってるから何も言わないのだ。

 しかしどこから新たな登場人物を連れて来るつもりだろう。こいつがアトランダムに連れて来る人間は、七十五%の確率で変態的な裏設定を持っていることになっている。順番から言えば今度は異世界人が来そうだ。そして俺はそんなやつにこの世に来て欲しくないと考えてもいる。

「ボスをたおす前にはザコをたくさんとっちめないといけないのよね。ザコ、ザコ……」

 くちびるの下に指を当てるハルヒは俺をチラリ見する。

「あいつらでいいだろ」

 俺もハルヒの考えを読み取った。谷口と国木田。連れて来てももうまったくどうでもいい奴と言えば、あの二人くらいだ。完全なわきやく以下、ザコ中のザコキャラである。単独で出現したホイミスライムより無害であるのはちがいない。

「それでいいわ」

 もう一人くらい欲しそうなかんとくの顔から目をらし、俺はテーブルにほっぺたをつけて目を閉じる朝比奈さんをぬすみ見た。やっぱりがお可愛かわいいね。寝たフリもな。

 俺はソーダ水をちゅうちゅう吸っている長門の死神衣装に目をって、その無感動ぶりを心ゆくまでかんしようしてから、

「で、次は? 何をるんだ?」

 ハルヒは蕎麦そばをどぼどぼぎ、それをすっかり飲み干すまでの時間をかせいだ。それから、

「とにかくみくるちゃんにはヒドイ目にあってもらうとするわ。可哀かわいそうな少女がとことんひどいコトされて、最後に逆転ハッピーになるってのが、この映画のテーマだから。みくるちゃんが不幸になればなるほどラストのカタルシスもバーンとはじけるってものよ。安心して、みくるちゃん。これはハッピーエンドだからね」

 ハッピーなのは最後だけだろうな。その間、朝比奈さんはひたすらハルヒ監督のぼうぎやくにさらされるというわけだ。さて、どんなシナリオをハルヒは用意してるんだろう。ブレーキ役は俺だけみたいだし、ここは一つ注意して見守らないとな。ところでカタルシスって何だ?

 朝比奈さんは、閉じていたぶたを半分だけ開けて、俺のほうを救いを求めるような目で見つめてくれた。左目だけがへきがんのヘテロクロミア。が、すぐにうすいきをして、ゆるゆると閉じる。なんですか、俺がたよりになりそうにないっていう意思表示ですか。

 古泉と長門が何のぼうていにもなりそうにない現在、俺だけですよ、あなたの味方は。

 もっとも、俺が何かしようとしてもハルヒを押しとどめることのできたためしもまた、この半年間かいだったけどさ。俺のどう精神的意気込みだけでもくみ取って欲しいね。風車にやりを投げてるようなむなしさを感じないでもないけど。



 正直言うと、別に止めることはないと思っていた。半年前、俺はハルヒをめにしてでもSOS団創設を断念させるべきだったと考えたのだが、そんなもんは結果論で、俺がボヤボヤしているうちにハルヒは部室と団員を用意してしまい、なしくずし的に俺も団員その一にされていた……ってのが現実的な結果だ。

 しかし、もし俺がこの女の後頭部を背後からこんぼうなぐるなりやみちするなり不意打ちするなりして制止できていたら、朝比奈さんや長門や古泉たちと出会わずにすんだかもしれない。あるいは、もっと別の形で出会えたかもしれない。つまり宇宙人だとか未来人だとかいうような信じがたい設定を知らされることなく、つうの同級生とか上級生とか赤の他人とかでろうをすれ違うだけだったかもしれない。

 どっちがよかった?などと訊くなよ。俺はすでに団員三人の自己PRを聞いちまったし、長門の変な力やもう一人の朝比奈さんや赤玉になる古泉をもくげきしているんだからな。たぶんどっかのパラレルワールドに行けば、ハルヒや以下の三人と会話一つしたことのない俺がいるだろうから、そいつに訊けばいいことさ。俺は知らねえ。

 知らねえと言っていられないのは、この俺の今の状態だ。映画作り。うむ。適度に文化祭っぽい展開だ。何もおかしくはないだろう。おかしいのはハルヒの頭の中くらいだが、それはとっくにわかりきったことなのでいまさらだれおどろかない。いきなり映画を作ると言い出したところで、こいつがアホなことを言い出すのも今更なので俺にしてみれば定期的なルーチンワークだ。適当にやってりゃ何とかなるだろ──。

 と、そう考えた。だから映画さつえいを止めることもしなかった。監督でも何でも好きなことをやれ。好きなだけ周囲をり回してくれ。それでお前の気が晴れるなら、俺も内心のため息を押し殺して付き合ってやるさ。お前と二人っきりで得体の知れん空間に閉じこめられるのはこんりんざい願い下げだからな。

 張り切るハルヒとヨレた朝比奈さんと微笑ほほえみ古泉と仮面みたいな長門の無表情をながめながら、俺はそう思っていたのだ。


 止めときゃよかったとこうかいする時が来るとも知らずに。



 俺たちはまた森林公園広場にもどった。なんとかならないのか、この段取りの悪さは。神社に行く前にまとめて撮っておけよ。きやくほんがハルヒの頭にしかないのがそもそもの問題だ。やっぱり文書化は大切だよな。文字情報だいなり。

「やっぱじゆうはやめにするわ。もっとすごたまが出ると思ってたのに、ハデなほのおも音もないし臨場感がないもの。あんまり効いてる気がしないのよ。レプリカだとダメね」

 ヤマツチモデルショップの赤字経営を後押しするようなことを言いつつ、ハルヒはうんどうぐつつまさきで地面に二つのペケマークを書いていた。朝比奈さんと長門の立ち位置をバミっているらしい。

「みくるちゃんはこっち、有希はここ」

「ふみゅう」

 朝からハルヒに引っ張り回されている朝比奈さんは、すでに一日分のカロリーを全消費したようなおぼつかないあしの動きでていこうの余地もなく、エロいウェイトレス姿でウロツキまわる精神的ろう度がよほどキているらしい。しゆうの思いをえて幼児退行化しているのかと思うくらいのお人形さんぶりだった。

 長門は元からの人形ぶりで、もくもくとバミり位置に移動して黙々と立ちつくす。黒マントがき下ろしの山風にそよそよとなびいている。

 ハルヒは朝比奈さんからもぎ取ったモデルガンを指先でくるくる回しながら、

「この位置を動かないでね。向かい合ってにらみ合っているシーンをりたいから。古泉くん、レフ板用意して」

 それからディレクターズチェアに戻ってきたハルヒは、銃を天に向けてぷしゅんとぶっぱなして、

「アクション!」

 とさけんだ。

 俺はあわててカメラを構えたが、もっと慌てたのは朝比奈さんだろう。アクションて。ハルヒは立ってろとしか言っていないぞ。どんなアクションをせよと言うのか。

「…………」

 長門と朝比奈さんは無言で相手の顔色をうかがい合っている。

「あの……」

 先に朝比奈さんが視線をらす。

「…………」

 長門はじっと朝比奈さんを見つめ続けている。

「…………」

 朝比奈さんもちんもくする。

 そのまま、そよそよと風が吹いているだけのお見合い場面が延々と続けられた。

「もう!」

 ハルヒがなぜかキレた。

「そんなんじゃバトルにならないでしょ!」

 立ってるだけだからな。

 けんじゆうからメガホンに持ちかえたハルヒは、つかつかと朝比奈さんに近寄ると、自分がったやわらかそうなくりいろかみをぽこんとたたいた。

「みくるちゃん、いい? あのね、いくら可愛かわいいからってそんだけで安心してちゃダメよ。可愛いだけの女の子なんてほかにもくさるほどいるのよ? あんのんとしてたらすぐに下から若いのがどんどん出てきて追いされちゃうの」

 何が言いたいんだ?

 頭を押さえる朝比奈さんに、ハルヒは言い聞かせるように言った。

「だからね、みくるちゃん。目からビームくらい出しなさい!」

「ふえっ!?」

 朝比奈さんは驚きに目を見開いて、

「無理ですっ!」

「そのいろちがいの左目はこのためのものなのよ。無意味に青くしてるんじゃないのよ。凄い力をめているっていう設定なの。つまりそれがビームなの。ミクルビームよ。それを出すの」

「で、出ませんっ!」

「気合いで出せ!」

 およごしになる朝比奈さんにヘッドロックをかまし、ハルヒは黄色メガホンで旋毛つむじをぽこぽこ叩いている。

 いたいいたいと泣き声を上げる朝比奈さんがあんまりにもあんまりだ。俺は、レフ板を置いておもしろそうにその光景をながめている古泉にカメラをわたし、ハルヒの首根っこをつかんだ。

「やめろ、バカ」

 がらなウェイトレスからぼうぎやくちようかんとくを引きはがす。

「まともな人間が目からビームなんか出すかい。アホか」

 両手で頭を押さえている朝比奈さんを見ろ、可哀かわいそうなみだぐんでいるじゃないか。その通り、つぶらなひとみから出るものと言えばしんじゆの涙くらいなのだ。

「ふん」

 えりくびをつかまれたまま、ハルヒは横を向いて鼻を鳴らす。

わかってるわよ、それくらい」

 俺は手をはなす。ハルヒはメガホンで首筋を叩きながら、

「ビーム出すくらいの気合いを入れろって言いたかっただけよ。主演とは思えないのなさだったから。あんたもじようだんの解らないやつね」

 お前の冗談は冗談にならないから困るんだ。朝比奈さんに本当にビーム発射機能があったらどうするんだ。

 ……ありませんよね?

 不安になって朝比奈さんに流し目を向ける。朝比奈さんはオッドアイみないな涙目で、きょとんと俺を見上げた。パチパチまばたきして小首をかしげる。どうも俺のアイコンタクトは朝比奈さんには通用しないみたいだな。と思っていると、古泉がしゃしゃり出てきてハルヒにかんげんした。

「そのへんは撮った後でCG処理するなりして何とかできるでしょう」

 ティッシュの箱を手にした古泉は親切めかしたみをかべ、それを朝比奈さんにわたして、

「涼宮さんも最初からそのつもりだったのではないですか?」

「そのつもりだったわ」とハルヒ。

 あやしいもんだ、と思う俺。

 朝比奈さんはティッシュペーパーで涙をぬぐい、ちんと鼻をかんでから、挙動しんな仕草でハルヒを見たり俺を見たり。

 長門は目立ちすぎのくろみたいなかつこうだまったまま風にそよがれている。早くが暮れないもんかな。光量不足につきさつえい続行不可になる時間が待ち遠しいね。

「今のはNG、もっぺんり直し」

 ハルヒが言って、朝比奈さんと決めポーズの打ち合わせを始めた。

「ミクルビームっ!ってさけびながら手をこうするの」

「ここ、こうですか……?」

「違う、こうよ! それから右目は閉じといて」

 左手で作ったVサインを左目の横に置いてウインクすると目からビームが出る仕組みらしい。

「みくるちゃん、言ってみて」

「……ミミミ、ミクルビームっ」

「もっと大きな声で!」

「ミクルビームっ!」

「照れずに大声でっ!」

「ひ……ミクルビー……ムっ!」

「腹から声を出せっ!」

 何のコントだ。

 真っ赤になってぜつきようする朝比奈さんに腹式発声をいるハルヒ。広場をちょろついていたヒマなガキどもや家族連れたちの目が痛い。見せ物ではないと言いたいところだが、俺たちのっているのは映画らしいのでまさしく見せ物だ。このメイキングシーンを撮っておくだけでいいんじゃないかね。ハルヒ式ハッピーストーリーがどれほどのものかは知らんが、朝比奈みくるプロモとしてはもうじゆうぶんすぎるほどだぞ。

 やがて朝比奈さんと長門はさっきのバッテンマークの上に立ち、古泉はわきでレフ板を持ってバンザイ続行、その横でハルヒがふんぞり返り、俺は長門の背後に回って黒い背中から二メートルくらい離れ、そのかたしに朝比奈さんを撮ることになった。これもハルヒ指示によるカメラアングルだ。

 とつぜんの変化はこの直後に起こった。

「はい、そこでビーム!」

 ハルヒのかけ声に、朝比奈さんは自信なさそうにポーズを取った。

「みっ……ミクルビーム!」

 ムリヤリなカメラ目線でヤケ気味のファルセット、可愛かわいく叫んでへたっぴなウインク。

 そのしゆんかん、俺ののぞいているカメラのファインダーが突然真っ暗になった。

「あ?」

 何が起こったのか理解が追いつかなかった。カメラの故障かと思ったほどだ。俺はハンディビデオを目から外して、目の前に立つきつしようのトンガリぼうを見た。

「…………」

 長門が俺の目前でにぎこぶしを作っている。レンズをおおって暗くしたのは長門の右手だ。

「え?」とハルヒも口を開け放している。

 ハルヒのいた×マークは俺の二メートルほど前方にある。ついさっきまで確かに長門はそこに立っていた。ハルヒのアクションコールで朝比奈さんが声を上げた時、ビデオカメラには長門の黒い後ろ姿もちゃんと写っていた。それから一秒もしないうちになぜか長門は、俺の顔の前で何かを握るようにかたうでを上げて静止している。ワープしたとしか説明できない。

「あれっ」とハルヒも言った。「有希、いつの間にそんな所にいるの?」

 長門は答えず、ビー玉みたいなひとみを朝比奈さんに向けていた。その朝比奈さんも目を見開いてきようがくの表情、そしてゆっくりと瞬きを──。

 再び長門の手が光速くらいのスピードで動いた。まるで飛んでいるつかまえるように空中をつかむ。持っていたはずの星付きアンテナ棒はどこだ?

 ん? 今なんかかすかに変な音がしたぞ。火のいたマッチをどぶ川に落としたような、そんな音だ。

「えっ……?」

 まどっているような声を出したのは朝比奈さんだ。じようきようわからないのだろう。俺だって解らない。長門はいったい何をしているんだ?

 朝比奈さんは救いを求めるように、視線を横に向け──不自然な音が古泉のほうからひびいた。聞きちがいを疑いようのない、パンクしたタイヤから空気のけるような……。

 古泉が頭の上で持っていたレフ板──はつぽうスチロールの板に白い厚紙を張っただけのチープなシロモノだ──が、ななめに切断されていた。めずらしく絶句する古泉が、ぽろりと落下するレフ板の上辺をながめてぼうぜんとしている。だが、そんな貴重な光景をゆっくり眺めているゆうは、俺にもなかった。

 長門が動いていた。長門だけが。

 黒いかげが地をって、ふわりとい降りた先は朝比奈さんのすぐ前だ。長門はマントの下からばした右手で、朝比奈さんの顔面をわしづかみにした。細っこい指が朝比奈さんの目を覆うように、こめかみに指をめり込ませている。

「あぎゃっ……ななな長門さ……!」

 構わず長門は大外がりをかけて主演ウェイトレスを地面に押したおした。豊かな胸の上に馬乗りになる死神装束。朝比奈さんは悲鳴を上げて、アイアンクローをかけている長門の細腕を握りかえした。

「ひえええっ!」

 やっと俺は我に返った。なんだなんだ? 長門が瞬間移動してさつえいぼうがいしたかと思うと、古泉のレフ板が二つに割れ、宇宙人が未来人におそいかかっている。ハルヒはいつの間にこんな演出を二人に伝えた──わけでもなさそうだ。かんとくも俺と古泉といつしよになってぜんとしていたからだ。それは二人の演技があまりに真にせまっていたからではないだろう。

「……カットカット!」

 ハルヒはこしかしてメガホンをたたきつけた。

「ちょっと、有希、何してんの? そんなの予定にないわよ」

 白い太ももの大半をあらわにしてバタついている朝比奈さんの上で、長門はもくもくとして乗っかって顔をつかんだままだ。

 小声でつぶやくような声を聞いて俺がそっちを向くと、古泉がレフ板の切り口を見つめてくちびるゆがめていた。その目が俺に気付いて、みような目配せをしやがった。何の真似まねだ、それは。

 いや、古泉の意味ありげな目線などどうでもいい。今はなぜか総合かくとうを始めた長門をなんとかしないと。俺はカメラをたずさえて組んずほぐれつしているウェイトレスと黒ずくめのほう使つかいにけ寄った。

「何をやってるんだ、おい長門」

 つばびろ帽子がゆっくりとこちらを向いた。長門のブラックホールみたいに黒い瞳が俺を見上げ、小さな唇が開きかけ、

「…………」

 何か言うのかという俺の期待はふうじられた。長門は話す内容にふさわしい言語がないとでも言うような顔で無言のままに唇をざし、ゆるゆるとマウントポジションを解いて立ち上がった。黒マントのみぎかたが動き、しようの下に手が引っ込む。

「ひぃ……ひぇぇ……」

 ひたすらおびえているのはあおけに転がっている朝比奈さんだ。そりゃこわいと思うね。長門が例の無表情で迫ってきて、地面に引き倒されたら俺だってビビる。なんせ長門の今のかつこうはあまり夜道の曲がり角とかではちわせしたくない黒魔道士だ。気の弱いようえんなら失禁はまぬかれそうにない。

「…………」

 ぶかぶかのトンガリぼうぶかにかぶった長門はどうだにせず、ぐ俺を見つめていた。

 俺はがくがくする朝比奈さんの肩を支えて起きあがるのに力を貸した。泣き虫が目に止まったと見えて、朝比奈さんは嗚咽おえつらしながらポロポロとなみだをこぼしていた。長いまつふちられたひとみれたおかげでさらなるりよく度アップに……あれ?

「もう、何やってんのよ二人とも。台本にないことしないでちょうだい」

 台本も書いていない監督がやって来て、俺と同じく「あれっ?」と怪訝けげんな声を上げた。

「みくるちゃん、コンタクトどうしたの?」

「えっ……」

 俺のうでにしがみついて泣いていた朝比奈さんは、指を左目の下に当てて、

「あれっ?」

 三人で不思議がっていてもしかたがない。こういうときは事態をあくしていそうなやつくに限る。

「長門、朝比奈さんのカラーコンタクト知らないか?」

「しらない」

 長門は平然と答えた。うそだと思う。

「さっきのかくとうで落っこちたのかしら」

 ハルヒは見当違いのことを言って地面を見回している。

「キョン、あんたも探しなさいよ。安いもんじゃないのよ。けっこうしたんだから」

 いまわるハルヒに付き合って、俺も四つん這いになった。だとさとってもいたがな。朝比奈さんの上から退いた長門の右手が、そっと何かをつかんで引っ込められたのを俺は見たように思っていた。そして、組みいていた長門がつかんでいたのは朝比奈さんの顔面だ。

「なんでどこにもないのよ」

 口をとがらせているハルヒには悪いが、俺はに探していなかった。り返って見ると、古泉はぶんしたレフ板の切り口を合わせたりはなしたりして遊んでいる。お前も探すフリをしろよ。

 古泉は微笑ほほえんで、

「風で飛んでいったのかもしれませんね。軽いものですから」

 いい加減なことを言い、俺にレフ板のざんがいを見せつけた。起きあがったハルヒがそれをうばい取る。

「どうしたの? 割れちゃったの? ふーん、安物だったのね。ま、うちの写真部だからそんなもんよね。古泉くん、裏からガムテープでもっといてちょうだい」

 こともなげに言って、ぽかんとした表情をして涙を止めた朝比奈さんに、ワニみたいな目を向けた。

「カラーコンタクトがないと映像がつながんないなあ。どうしようかな」

 考えているらしい。やがて頭に豆電球くらいの光が走ったのか、ハルヒは指を鳴らした。

「そだ。目の色が変わるのは変身後にしましょう!」

「へ、へんしん?」と朝比奈さん。

「そうよ! ふだんからそんなコスチューム着てるのはどうやってもリアリティがないもんね。その衣装は変身後のふんそうで、いつもはもっとまともな恰好をしてるのよ」

 フィクションにリアリティを求める奴のほうがどうかしていると思うが、ハルヒの意見をその通りに聞くと、コスプレウェイトレスがマトモでないことを自らていしたも同じである。朝比奈さんも大きくうんうんと首を前後に振った。

「い、いいですね、それ。まともな恰好をしたいです、すごく」

「というわけで、みくるちゃんのだんはバニーガール!」

「ええっ!? ななななんでっ?」

「だってそれしか持ってきてないもん。本当の普段着じゃあ画面がちっともはなやかでないわ。待って! 設定なら今考えたから。つまりね、みくるちゃんの通常形態は商店街の客引きバニーガールなのよ。危機を感知するとすかさず変身! 戦うウェイトレスになるってわけ。どう、かんぺきでしょ」

 さっきリアリティがどうとか言ってなかったか?

「じゃあ、さっそく」

 ハルヒは口を三日月の形にして危険なしよう、朝比奈さんの腕を背中に回して手首を固定すると、「あの、ちょっと、いたたた」と小さな悲鳴を上げ続けるウェイトレスを森の中に連れ込んでいった。

 うーん。

 ……まあ、それはいいんだ。朝比奈さんにはがつしようするしかないが、ハルヒが消えてくれたのは好都合だ。あなたのせいは無駄にしません。バニーも楽しみです。

 ……まあ、それもいいんだ。俺は長門に問いたださねばならないことがある。

「それで、あれは何のアドリブだったんだ」

 無感動に長門はちょんとトンガリ帽子のつばを左手で押さえた。顔の大部分をかげの中にい込みながら、ゆるりと右手を出してくる。制服の上からすっぽりかぶっているだけなので、そではセーラー服のものだ。長門は右手の人差し指だけを上向けていた。その指に青いコンタクトレンズがっている。

 やっぱりお前がスっていたか。

「これ」

 長門はそうつぶやき、

「レーザー」

 と言って、口をつぐんだ。

 …………。

 なあ、いつも思うんだがな、お前の説明は必要最小限にも達していないんだよ。せめて十秒くらいは話してくれ。

 長門は自分の指先を見つめて、

「高い指向性を持つ不可視帯域のコヒーレント光」

 非常にゆっくりしやべってくれた。なるほど、高いシコウセイを持つフカシタイ……。

 すまないが、もっとわからなくなった。

「レーザー?」と俺。

「そう」と長門。

「それはおどろきですね」と古泉。

 古泉はコンタクトを指でつまみ上げ、光にかすように観察して、

つうのレンズにしか見えませんが」

 いかにも感心したみたいなことを言っている。俺は何を驚いていいのかが解らないから、当然感心もできない。

「どういうこったよ」

 古泉はふっと微笑ほほえんで言った。

「右のてのひらを見せてくれませんか。いえ、あなたではなく、長門さんですよ」

 黒衣の少女は俺に視線を送り込み、まるで許可を待っているように見えたから俺はうなずいた。それをかくにんしてから、長門は人差し指以外にぎりこんでいたほか四本も広げ、そして俺は息を飲んだ。

「…………」

 俺たちの三人の間にちんもくの風がいちじんほどった。俺は寒気を覚えて、やっとさとった。そういうことか。

 長門の簡単な手相の右掌、そこに黒くげた小さな穴が何個か開いている。赤くけたばししたならこんな感じの穴が開くんじゃないだろうか。五つほどあった。

「シールドしそこねた」

 そんなたんたんと言うなよ。見るからに痛そうだぞ。

「とても強力。とっさのこと」

「レーザー光線が朝比奈さんの左目から放出されたんですね?」と古泉。

「そう」

 そう、じゃねえだろ。古泉もだ。じようきようあく以外にすることがあるだろうが。

「すぐに修正する」

 その言葉通り、俺たちがのぞき込んでいる間に、長門の手に開いた穴はきわめてじんそくふさがれて元の白いはだもどった。

「なんてことだ」

 俺はうめくしかない。

「朝比奈さんは、マジで目からビームを出したのか」

りゆう加速ほうではない。ぎようしゆうこう

 どっちでもいい。レーザーでもメーサーでもマーカライトファープでも素人しろうとには似たようなもんだ。荷電粒子砲と反陽子砲のちがいだって知るものか。かいじゆうに効果があれば裏付けなんかいらん。

 ここで問題とすべきは、怪獣も出てきてないのに朝比奈さんが熱線を出しちまったということだろう。

「熱線ではない。フォトンレーザー」

 だからどっちでもいいんだよ、そんな科学考証は。

 長門はだまり込み、右手をった。俺は頭をかかえ、古泉はコンタクトを指ではじきつつ、

「これは朝比奈さんに元から備わっていた機能なのでしょうか?」

「ない」長門はあっさり否定、「現在の朝比奈みくるは通常人類であり、それ単体ではいつぱんじんと何ら変化はない」

「このカラーコンタクトに何かけがあるのでは?」古泉が食い下がるが、

「ない。ただのそうしよく品」

 そうだろうな。コンタクトを持ってきたのはハルヒなわけだしな。と言うか、それが最大の問題なんだよな。だれでもない、あいつが持ってきた、というこの事実が。

 極めつけなこともある。もし長門が防いでくれなかったら、朝比奈さんの目から出たレーザー光線はビデオカメラのレンズを通過して、俺の目玉もかんつうし、その他色んなものを焼いたあげく後頭部から出て行ったことだろう。特にのうが焦げくさくなったであろうことは間違いない。やばいだろそれは。

 にしても俺は長門に命を救われてばかりだな。立つがない。

「となると」

 古泉はあごでながらみを苦み走らせる。

「これは涼宮さんのわざですね。彼女がミクルビームがあって欲しいと思ったから、現実がそのように変化したと、そういうことです」

「そう」

 保証する長門はあくまで感情無しだ。俺はそう落ち着いてはいられない。

「待てって。そのコンタクトには何のほうもかかっていないんだろ? ハルヒがそう願ったとして、なんで殺人光線が出るんだよ」

「魔法や未知の科学技術などを涼宮さんは必要としませんよ。彼女が『在る』と思えば、それは『在る』ことになるのですから」

 そんなクソくつで俺がなつとくすると思うなよ。

「ハルヒは本気でビームてとか言ってるわけじゃねえだろ。それはやつの映画の中での設定だ。あいつだって言ったじゃねえか、じようだんだってさ」

「そうですね」

 古泉もうなずいた。そんな簡単に反論を受け入れるな。俺の言葉が続かんだろ。

「涼宮さんが常識人なのは我々も知るところです。ですが彼女にこの世の常識が通用しないのもまた事実です。今回も何か特異な現象が働いているのでしょう。それは……おっと、戻って来られましたよ。この話はまた後ほどに」

 さり気なく、古泉はコンタクトをシャツの胸ポケットにすべり込ませた。



 困ったもんだった。

 世界のめつを何かと戦ってトンチと機転で防ぐとか、問答無用でとにかく悪い奴をたたきのめすとか、こぢんまりした世界観の中で制限付きちようのうりよく合戦をにするとか、その合間に適当な感情ドラマがそうにゆうされるとか──。

 実のところ、そんなののほうが俺は好みなのだ。どうせならそういうハナっからうそくさい設定の物語に巻き込まれていたい。現実からかいしていればいるほどいい。

 なのに今の俺といったらどうだ。一人の同級生に声をかけてしまったことがわざわいし、なんだか全然設定のわからない奴らに囲まれて、なんだか全然意味の解らないことばかりをやっている。目からビーム? なんだそりゃ、何の意味がある?

 考えてみれば、だいたい朝比奈長門古泉のなぞ設定トリオからして今一つ正体が明らかでない。全員が全員、好き勝手な自己しようかいをしてくれたが、あんなものを信じるには俺の頭はまともすぎる。いくら信じざるを得ないような体験をともなっていたとしてもだ。物事には程度ってものがあり、俺はちゃんと自分の物差しを持っている。目盛りは少々あやしくなってきたが。

 本人たちの主張によれば、まず朝比奈さんは未来から来た未来人である。西せいれき何年から来たのか教えてもらっていないが、来た理由だけは知ってる。涼宮ハルヒの観察だ。

 長門は地球外生命体に作られたヒューマノイド・インターフェースである。「何それ?」と言われても困る。俺だってそう思うのだからフィフティフィフティだろ。何でまたそんなのが地球にいるのかというと、情報統合思念体とかいう長門の親玉がどうも涼宮ハルヒに興味があるからのようだ。

 そんで古泉は『機関』という謎組織からけんされた超能力者である。こいつが転校してきたのはその任務の一つであって、役割は涼宮ハルヒのかんである。

 そしてかんじんのハルヒだが、これだけ異様なプロフィールを持つ三人がかりでも、いまだに存在自体がなんだかよく解らない奴なのである。朝比奈さんによると『時空のゆがみの原因』で、長門は『自律進化の可能性』と言い、古泉はシンプルかつおおぎようにも『神』と呼んでいた。

 ホントもう、みんなご苦労さんと言いたい。

 苦労ついでに早くハルヒをどうにかしてやってくれ。でないとこの女団長はいつまでっても謎のまま、中性子星みたいな引力で俺を重力けんからったままだろうからな。今はまだいいさ、でもな、十年後くらいを考えてみろよ。その時になってもハルヒがこのハルヒのままだったらどうするんだ? かなりイタイことになるぜ。部室を不法せんきよしたり、街中をの目たかの目で練り歩いたり、無意味にさわいだりおこったりじようちよ不安定になったりが許されるのはギリギリ十代までだ。いいとしこいてまでやるもんじゃない。そんなのただの社会不適合者だ。そうなっても朝比奈さんや古泉や長門はハルヒに付き合って何かしてやるつもりなのか?

 俺なら先に謝っておこう。すまん、そんなつもりは毛頭ない。なぜなら時間が許さないからさ。人生のリセットボタンは手軽に落ちてたりはしないし、セーブポイントがどこかの路地裏にマーキングされているわけもないんだぜ。

 ハルヒが時間を歪めてたり情報をばくはつさせていたり世界をこわしたりつくったりしているのかどうかなんて関係ない。俺は俺で、こいつはこいつだ。いつまでも子供のママゴト遊びに付き合ってはいられない。たとえそうしていたくても帰宅時間は確実に来るんだ。それが何年、何十年先のことだろうと、確実にな。

「いつまでゴネてるのよ! もうとっくに見られ慣れしてるでしょ?」

 木々の間から、ハルヒが朝比奈さんを運んでくるのが見えた。

「女優らしくしなさい。いさぎよぎっぷりはブルーリボン新人賞への早道なのよ! 今回のさつえいでは脱いでもらうことはないけどね。出ししみはしとかないと」

 仕留めたウサギを持ってくるりようけんみたいな勢いだ。ハルヒは土の地面を歩きにくそうにしているハイヒールのバニー朝比奈さんを伴って、くしゃみが出そうなくらいに明るいがおもどってくる。

「この映画が成功を収めたら、その収益でみんなを温泉に連れて行ってあげるわ。あん旅行よ、慰安旅行。みくるちゃんも行きたいでしょ」

 だが……、まあ、そうだな。それまでは俺も付き合っていてやるよ。俺が混ざりたかったのは、お前がっている映画の設定みたいな話の中だったんだけどな。古泉イツキ的ポジションだったらなおばんぜんなのだが、俺にはどうやらめられた力はないみたいだしさ。

 ここでおとなしく、お前のツッコミ役をやらせてもらうさ。

 あと何年かしたら「そう言えばあんときはそんなこともあったなあ」なんて、笑ってだれかに話したり出来るようになるだろう。


 たぶん。



 バニーガール朝比奈さんは、ウェイトレス以上にずかしそうに歩いていた。ハルヒだけが得意満面だ。お前が得意がってどうするんだ。

 俺はビデオカメラのピントを調整するふりをして、朝比奈さんのむなもとをアップにした。ほらアレだ、一応かくにんしとかないと。

 朝比奈さんの白い左の胸元には、小さなホクロがあって、それはよーく見ると星の形をしている。確認しゆうりよう、この人は確かに俺の朝比奈さんだ。ニセモノじゃない。

「何してんの?」

 レンズの前に、ぬっと現れたのはハルヒの顔だ。

「あたしの指示以外のものは撮っちゃだめよ。これはあんたのホームビデオじゃないんだからねっ」

 わかってるさ。それをしように録画ボタンは押していない。ながめてただけだ。

「はいはいはいみんな注目! そして用意して! これからみくるちゃんの日常風景を撮るからね。みくるちゃんは自然な感じでそこらを歩いてて。それをカメラが追うわけ」

 日常でバニーガールやっててこんな森林公園にしゆつぼつする少女ってのはいったい何なんだ。

「いいのよ、そんなの。この映画の中ではそれがつうなの。フィクションに現実の尺度を当てはめるほうがおかしいの!」

 それは俺がお前にこそ言いたいセリフだぞ。お前の場合は現実にフィクションの尺度を持ち込んでいるから逆ではあるが。

 その後、朝比奈さんは自分が目から殺人レーザーを放ったとは知らず、ハルヒの演技指導のもと、公園の花をんだり、かれをつまんでいきで飛ばしたり、芝生しばふの上でんだりねたりをり返しては、どんどんヘロヘロになっていった。

 トドメはハルヒの、

「うーん。山を背景にするとどうしてもいちゃうわね。バニーガールで山歩きしたりは、さすがにしないわよね。街に行きましょう!」

 自分がせんだって言ったセリフをあっさりくつがえした一言で、これで再びのバス移動が決定した。



 今のところ照明係しかしていない主演男優古泉は、ガムテ補強したレフ板と俺が押しつけた荷物半分をわきかかえてつりかわにつかまっていた。

 俺もその横に立っていて、さらにその横に長門が黒いかげとなっている。ガラすきの座席に座っているのはハルヒと朝比奈さんだけだ。俺からカメラをうばい取ったハルヒは、二人けのこしけて真横から朝比奈さんを撮っていた。

 朝比奈さんはずっとうつむいて、ハルヒの問いかけにボソボソと何か答えている。どうやらかんとくによる主演女優インタビューのていらしかった。

 バスは山道をうねくりながら住宅地へと降りていき、俺は運転手がルームミラーばかりを見ていることがないように心の中で手を合わせる。ちゃんと前を向いて運転しててくれよな。

 そのいのりが通じたか、バスは無事に終点の駅前まで辿たどり着いた。そのころには車内にも乗客がわんさといて、ほぼ全員の視線がハルヒと朝比奈さんと長門に向いていた。ぴょこぴょこするウサ耳と、背後からは白いかたしか見えないお姿がきようあくだ。どうも朝比奈バニーバージョンは北高のみならず全市内にそのうわさを広めそうな気配だった。

 ハルヒのねらいがそれかもな。「昨日、バスにべつぴんのバニーガールが乗っててさ」「あ、俺も見たよ」「なんだい、あれ?」「なんか北高にあるSOS団とかにいるらしい」「SOS団?」「そうSOS団」「SOS団ね、覚えておこう」とか、そんな展開になることを期待しているんじゃなかろうな。朝比奈さんはSOS団のこうこくとうじゃないんだぜ。では何かと言えば決まってる、お茶くみおよび俺の精神安定担当だ。本人だってそう望んでいると思う。きっと。

 無論、ハルヒにとっては誰かの望みなんか馬耳東風以前に届きもしないのである。自分に不都合な他人の言葉は、ハルヒきようのメカニズムによってまくの外ではじかれるからだ。しんとうあつの関係かもしれないな。この仕組みを解明できたらノーベル賞しん委員会が生物学賞の審査対象くらいにはしてくれるかもしれん。誰かやってみないか?(なげやりに言うのがコツだ)



 この日はが落ちるまで、朝比奈さんはバニーガールであり続けた。やったことと言えば、そこら中をこの姿で歩き回っただけである。これではいつもの不思議たんさくパトロールと変わりがないが、人目を気にするぶん余計につかれるし、いつ警察を呼ばれるかとヒヤヒヤもんだ。ハルヒにさつえい許可とかいうがいねんはないようで、どこで何をろうがそれはハルヒの自由であり、その自由はインノケンティウス三世時代のローマ教皇権のようにおかしがたいものなのである──のだそうだ。自由の意味をはきちがえている。

「今日はこんなもんね」

 ようやくハルヒが仕事を終えた顔をしてくれて、長門を除く俺たちはあんの表情を作った。長い一日だった。日曜の明日はゆっくり休みたいね。

「じゃあ、また明日ね。集合時間と場所は今日と同じでいいわ」

 あっけらと言うやつだ。え休日を用意してくれるんだろうな。

「何それ。撮影が押しているのよ? ゆうちように休んでいるヒマはないの! 文化祭が終わってから思う存分休めばいいじゃないの。それまではカレンダーに赤い日付はないと思いなさい!」

 撮影二日目で早くも時間配分を間違えているのも何とかならないのか。押しだって? つーことは、今日俺が撮った何時間もの映像はほとんど使われないのか? それともハルヒは大河ドラマを撮ってるつもりででもいるのか? 帯番組じゃないんだぜ。一発ネタの文化祭自主映画なのによ。

 しかしハルヒは何一つ気にむことはないようであった。俺にすべての荷物を押しつけると、自分はわんしようけいたいするだけのごくじようみを振りまき、

「それじゃあ明日ね! この映画は絶対成功させるのよ。いいえ、あたしが監督やってる以上、成功はもう約束されてるの。後はあなたたちのがんばりにかかってるのね。時間通りに来るのよ。来ない人はけいの上にけいだからねっ!」

 そんなことを宣告し、マリリン・マンソンの『ロック・イズ・デッド』を口ずさみながら歩き去った。

「朝比奈さんには僕から伝えておきますよ」

 帰りぎわ、古泉が耳元でささやいた。朝比奈さんは古泉のブレザーを頭からかぶっている。これが冬ならコートでも持参していたのに、残念ながら季節は晩夏あたりでていたいしていた。俺は足元に積まれた荷物の数々をうんざりとながめて、

「何を伝えるって?」

「例のレーザーのことをですよ。目の色さえ変えなければ変な光線も出ません。涼宮さんの法則ではそうなっているようですから、カラーコンタクトを入れなければいいのです」

 レフ板持ちの主役ろうは、俺に保険の外交員みたいな業務用スマイルを見せた。

「念のため、一つ保険を作っておくとしましょうか。彼女なら協力してくれるでしょう。何にせよ、ビームは危険ですので」

 古泉が歩み寄ったのは、カラスをじん化したような黒衣姿の長門へだった。



 大荷物をかかえて自宅にもどった俺を、妹が変な生き物を見る目でむかえてくれた。キョンとかいうマヌケな俺のニックネームを周囲に広めるげんきようとなったこの小学生は、「それビデオカメラ? わあ撮って撮って」などとほざいたが、俺は「ドアホ」と答えて自室に引っ込んだ。

 何にせよ、俺は疲れ果てていて、これ以上似合わないカメラマンこうをする意欲はとっくに蒸散している。朝比奈さんならともかく、何が悲しくて妹なんぞをビデオ映像として記録に残さねばならんのだ。ちっとも楽しかねえ。

 俺は部屋にバッグやらリュックやらかみぶくろを置くと、ベッドにたおれ込み、晩飯を食わせようとするオフクロの使命を受けた妹がエルボースマッシュで起こしに来るまで、つかの間の安らぎを得た。

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