第四章
休みの日に朝九時集合だと、ふざけんな。
とか思いながらも自転車こぎこぎ駅前に向かっている自分が我ながら情けない。
北口駅はこの市内の中心部に位置する私鉄のターミナルジャンクションということもあって、休みになると駅前はヒマな若者たちでごった返す。そのほとんどは市内からもっと大きな都市部に出て行くお出かけ組で、駅周辺には大きなデパート以外に遊ぶ所なんかない。それでもどこから
シャッターの閉まった銀行の前に不法
「
顔をあわせるやハルヒは言った。
「九時には間に合ってるだろ」
「たとえ遅れなくとも一番最後に来た
「初耳だが」
「今決めたからね」
「だから全員にお茶おごること」
カジュアルな格好で両手を
白いノースリーブワンピースに水色のカーディガンを羽織った朝比奈さんはバレッタで後ろの
古泉はピンクのワイシャツにブラウンのジャケットスーツ、えんじ色のネクタイまでしめているというカッチリしたスタイルで俺の横に並んでいる。うっとうしいことだが様になっている。俺より背が高いし。
一同の
ロータリーに面した喫茶店の奥まった席に腰を下ろす
「アプリコット」と告げる。
どうせ俺のおごりさ。
ハルヒの提案はこうだった。
これから二手に分かれて市内をうろつく。不思議な現状を発見したら
以上。
「じゃあクジ引きね」
ハルヒは
「ふむ、この組み合わせね……」
なぜかハルヒは俺と朝比奈さんを
「キョン、解ってる? これデートじゃないのよ。
「わあってるよ」
我ながらやに下がった顔になっていたんじゃないだろうか。ラッキー。朝比奈さんは赤い
「具体的に何を探せばいいんでしょうか」
能天気に言ったのは古泉である。その横で長門は定期的にカップを口に運んでいた。
ハルヒはチュゴゴゴとアイスコーヒーの最後の
「とにかく不可解なもの、疑問に思えること、謎っぽい人間、そうね、時空が
思わず口の中のミントティーを
「なるほど」と古泉。
本当に
「ようするに宇宙人とか未来人とか
古泉の顔は
「そう! 古泉くん、あんた見所がある
あまりこいつを増長させるな。
「ではそろそろ出発しましょ」
何度言ったか解らないが、もう一度言ってみる。
「やれやれ」
マジ、デートじゃないのよ、遊んでたら後で殺すわよ、と言い残してハルヒは古泉と長門を従えて立ち去った。駅を中心にしてハルヒチームは東、俺と朝比奈さんが西を
「どうします?」
両手でポーチを持って三人の後ろ姿を見送っていた朝比奈さんが俺を見上げた。このまま持って帰りたい。俺は考えるフリをして、
「うーん。まあここに立っててもしょうがないから、どっかブラブラしてましょうか」
「はい」
素直についてくる。ためらいがちに俺と並び、なにかの
俺たちは近くを流れている川の
散策にうってつけの川沿いなので、家族連れやカップルとところどころですれ
「わたし、こんなふうに出歩くの初めてなんです」
護岸工事された浅い川のせせらぎを眺めながら朝比奈さんが
「こんなふうにとは?」
「……男の人と、二人で……」
「はなはだしく意外ですね。今まで
「ないんです」
ふわふわの
「えー、でも朝比奈さんなら付き合ってくれとか、しょっちゅう言われるでしょ」
「うん……」
「ダメなんです。わたし、誰とも付き合うわけにはいかないの。少なくともこの……」
言いかけて
「キョンくん」
朝比奈さんが思い
「お話ししたいことがあります」
桜の下のベンチに俺たちは並んで座る。しかし朝比奈さんはなかなか話し出そうとはしなかった。「どこから話せばいいのか」とか「わたし話ヘタだから」とか「信じてもらえないかもしれませんけど」とか、顔を
手始めにこう言われた。
「わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました」
「いつ、どの時間平面からここに来たのかは言えません。言いたくても言えないんです。過去人に未来のことを伝えるのは厳重に制限されていて、航時機に乗る前に精神操作を受けて強制暗示にかからなくてはなりませんから。だから必要上のことを言おうとしても自動的にブロックがかかります。そのつもりで聞いて下さい」
朝比奈さんは語った。
「時間というものは連続性のある流れのようなものでなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです」
最初から
「ええと、そうね。アニメーションを想像してみて。あれってまるで動いているように見えるけど、本体は一枚一枚
「時間と時間との間には断絶があるの。それは限りなくゼロに近い断絶だけど。だから時間と時間には本質的に連続性がない」
「時間移動は積み重なった時間平面を三次元方向に移動すること。未来から来たわたしは、この時代の時間平面上では、パラパラマンガの
「時間は連続してないから、仮にわたしがこの時代で歴史を改変しようとしても、未来にそれは反映されません。この時間平面上のことだけで終わってしまう。何百ページもあるパラパラマンガの一部に余計な落書きをしても、ストーリーは変わらないでしょう?」
「時間はあの川みたいにアナログじゃないの。その
俺はこめかみを押さえるべきかどうか迷ってから、やっぱり押さえることにした。
時間平面。デジタル。そんなことはわりかしどうでもいい。けど未来人って?
朝比奈さんはサンダル
「わたしがこの時間平面に来た理由はね……」
二人の子供を連れた夫婦が俺たちの前に
「三年前。大きな時間
また三年前か。
「大きな時間の断層が時間平面と時間平面の間にあるんだろうってのが結論。でもどうしてその時代に限ってそれがあるのかは解らなかった。どうやらこれが原因らしいってことが解ったのはつい最近。……んん、これはわたしのいた未来での最近のことだけど」
「……何だったんです?」
まさかアレが原因なんじゃないだろうな、という俺の願いは聞き届けられなかった。
「涼宮さん」
朝比奈さんは、一番俺が聞きたくなかった言葉を言った。
「時間の
「……ハルヒにそんなことが出来るとは思えないんですが……」
「わたしたちだって思わなかったし、本当のこと言えば、一人の人間が時間平面に
「…………」と俺。
「信じてもらえないでしょうね。こんなこと」
「いや……でも何で俺にそんなことを言うんです?」
「あなたが涼宮さんに選ばれた人だから」
朝比奈さんは上半身ごと俺のほうへと向き直って、
「
「長門や古泉は……」
「あの人たちはわたしと極めて近い存在です。まさか涼宮さんがこれだけ的確に我々を集めてしまうとは思わなかったけど」
「朝比奈さんはあいつらが何者か知ってるんですか?」
「禁則事項です」
「ハルヒのすることを放っておいたらどうなるんですか」
「禁則事項です」
「て言うか、未来から来たんだったらこれからどうなるか解りそうなもんなんですけど」
「禁則事項です」
「ハルヒに直接言ったらどうなんです」
「禁則事項です」
「…………」
「ごめんなさい。言えないんです。特に今のわたしにはそんな権限がないの」
申し訳なさそうに朝比奈さんは顔を
「信じなくてもいいの。ただ知っておいて欲しかったんです。あなたには」
似たようなセリフを先日も聞いたな。人の気配がしない静かなマンションの一室で。
「ごめんね」
「急にこんなこと言って」
「それは別にいいんですが……」
自分が宇宙人に作られた人造人間だとか言い出す
ベンチに手をついた
俺たちは黙って
どれだけの時間が経過したことか。
「朝比奈さん」
「はい……?」
「全部、保留でいいですか。信じるとか信じないとかは全部
「はい」
朝比奈さんは
「それでいいです。今は。今後もわたしとは
朝比奈さんはベンチに三つ指をついて深々と頭を下げた。大げさな。
「一個だけ訊いていいですか?」
「何でしょう」
「あなたの本当の
「禁則事項です」
彼女はイタズラっぽく笑った。
その後、俺たちはひたすらに街をブラついて過ごした。ハルヒにはデートじゃないんだからと
これで手でも
『十二時にいったん集合。さっきの駅前のとこ』
切れた。
「涼宮さん? 何って?」
「また集まれだそうです。急いで
俺たちが腕でも組んで現れたらハルヒはどんな顔をするだろう。
カーディガンの前を合わせながら朝比奈さんは不思議そうに俺を見上げた。
「
十分ほど
「何かあった?」
「何も」
「本当に探してた? ふらふらしてたんじゃないでしょうね。みくるちゃん?」
朝比奈さんはふるふると首を
「そっちこそ何か見つけたのかよ」
ハルヒは
「昼ご飯にして、それから午後の部ね」
まだやるつもりかよ。
ハンバーガーショップで昼飯を食っている
無造作に手を
「また無印ですね」
白すぎる歯。こいつは笑ってばかりいるような気がするな。
「わたしも」
朝比奈さんがつまんだ
「キョンくんは?」
「残念ですが、印入りです」
ますます不機嫌な顔で、ハルヒは長門にも引くようにうながした。
クジの結果、今度は俺と長門有希の二人とその他三人という組み合わせになった。
「……」
印の付いていない
何が言いたい。
「四時に駅前で落ち合いましょう。今度こそ何かを見つけてきてよね」
シェイクをチュゴゴゴと飲み干した。
今度は北と南に別れることになり、俺たちは南担当。去り
そして今、俺は昼下がりの駅前で、
「どうする」
「……」
長門は無言。
「……行くか」
歩き出すとついてくる。だんだんとこいつの
「長門、この前の話だがな」
「なに」
「なんとなく、少しは信じてもいいような気分になってきたよ」
「そう」
「ああ」
「…………」
「お前、私服持ってないのか」
「……」
「休みの日はいつも何してんのさ」
「……」
「今、楽しいか」
「……」
ま、こんな感じか。
いい加減に
ソファでもあったら座って休もうと思っていたのだが、あるにはあるものの全部ふさがっていた。ヒマ人どもめ。
俺が
本は昔よく読んだ。小学生の低学年の
いつからかな。本を読まなくなったのは。読んでも面白いと思わなくなったのは。
俺は本棚から目に付いた本を
長門の姿を探すと、
スポーツ紙を広げてふんぞり返っていたオッサンがソファを
読む気もない本を読むのはさすがにノレず、
「おわ?」
飛び起きる。周囲の客が
バイブレータ機能をいかんなく発揮していた
『何やってんのこのバカ!』
金切り声が
『今何時だと思ってんのよ!』
「すまん、今起きたとこなんだ」
『はあ? このアホンダラゲ!』
お前だけにはアホとは言われたくないな。
『とっとと戻りなさいよ! 三十秒以内にね!』
無茶言うな。
乱暴に切られた携帯電話をポケットに戻して図書館に戻る。長門は簡単に見つかった。最初に見かけた棚の前を動かずに百科事典みたいな本を読みふけっていたからである。
そこからが一苦労だった。
何だか難しい名前の外国人が著者の
朝比奈さんは
「
またおごりかよ。
結局のところ、成果もへったくれもあるはずがなく、いたずらに時間と金を
「疲れました。涼宮さん、ものすごい早足でどんどん歩いていくんだもの。ついて行くのがやっと」
別れ際に朝比奈さんが言って息をついた。それから
「今日は話を聞いてくれてありがとう」
すぐに後ろに下がって照れて笑う。未来人ってのは
じゃ、と
「なかなか楽しかったですよ。いや、期待にたがわず面白い人ですね、涼宮さんは。あなたと
いやになるほど
一人残ったハルヒが俺を
「あんた今日、いったい何をしてたの?」
「さあ。いったい何をしてたんだろうな」
「そんなことじゃダメじゃない!」
本気で
「そう言うお前はどうなんだよ。何か面白いもんでも発見出来たのか?」
うぐ、と
「ま、一日やそこらで発見出来るほど、相手も無防備じゃないだろ」
フォローを入れる俺をジロリという感じで見て、ハルヒはつんと横を向いた。
「
きびすを返し、それっきり
俺も帰らせてもらおうかと銀行の前まで行けば、自転車がなかった。かわりに「不法