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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

最強の宮廷魔法士と死に戻りの悪役令嬢~鉄壁の魔法結界で王国を守っていたのに役立たずと蔑まれ、追放されてしまいました。今更戻って来いと言われても、既に帝国と契約を交わしていますので……~

作者:月島 秀一


「魔法結界しか張れぬ無能な宮廷魔法士など、我がドラグノフ王国には必要ない。アルフィ・ロッド、お前はクビだ」


「そ、そんな……っ」


 玉座の間で開かれた御前(ごぜん)会議。

 王国の重鎮(じゅうちん)たちが一堂に会するその場で――僕は突然、国王陛下から『クビ』を宣告されてしまった。


「後任の宮廷魔法士には、我が不肖(ふしょう)(せがれ)――ベルナード・フォン・ドラグノフを任命する」


「はっ!」


 魔法学院に通っていた頃のクラスメイトであり、第三王子であるベルナード様が深々と頭を下げた。


「お、お待ちください、陛下! どうして僕が――」


 抗議の声をあげたその瞬間、横合いから嘲笑(ちょうしょう)が巻き起こる。

『第三王子派閥』の大貴族ダールトン公爵とその一派の人たちだ。


「くふふ、見苦しいですぞ、アルフィ殿? 自分の無能っぷりを棚に上げ、陛下の判断に異を唱えるなど無礼千万! ……おっと、そういえば……貴殿はいつもそう(・・)でしたな。口八丁手八丁で人を丸め込むペテン師。魔法学院の教師を(たぶら)かし、首席の座を(かす)め取った泥棒猫(どろぼうねこ)!」


 ダールトン公爵に追従して、ダールトン家の門弟(もんてい)が一斉に騒ぎ始める。


「魔法学院の首席であるアルフィ殿が、不正を働いていたとなれば……。本来首席で卒業するはずだったのは、次席であらせられるベルナード様ではないのか!?」


「な、なんと!? つまりアルフィ・ロッドは、ベルナード様から首席の座を奪い取ったということか!?」


「こやつは狂っておる! 王族を蹴落とし、宮廷魔法士の利権を(むさぼ)るなど、到底許されることではない!」


 彼らはニヤニヤといやらしい笑みを張り付けながら、口々に僕のことを(ののし)った。


「ち、違います! 自分は決して、不正など働いていませ――」


 僕が大きな声で反論を口にしたそのとき、


「――騒々しい、静かにせよ」


 陛下の厳粛(げんしゅく)な声が、玉座の間に響き渡った。


「アルフィ。お前を宮廷魔法士から罷免(ひめん)する理由は、先に述べた通りだ。我がドラグノフ王国に、魔法結界しか張れぬ無能な宮廷魔法士など不要。それに何より、ここにいるダールトンから密告を受けた。『宮廷魔法士アルフィ・ロッドの経歴に偽りあり』、とな」


「お、恐れながら陛下、自分の経歴に嘘偽りなどございません! それに僕は魔法結界しか張れないのではなく、『魔法結界だけに全神経を集中させろ』とダールトン様に厳命され――」


「――く、口を慎みなさい、アルフィ・ロッド! 平民生まれの分際で、陛下の決定に異を唱えるなど、不敬であろうが!」


 ダールトン様が大声を張り上げれば、それに同調する声が彼の門弟から噴出する。


「そうだそうだ! ダールトン様の(おっしゃ)る通りだ!」


「馬鹿が! 自分の立場というものをよく考えろ!」


「陛下、この愚か者へ厳罰をお願いします!」


 僕の反論は、数の暴力に押しつぶされてしまった。

 口汚い罵声(ばせい)が飛び交い、紛糾(ふんきゅう)する玉座の間。


 陛下はこの騒ぎを収めるため、ゴホンと大きな咳払いをする。


「――アルフィ、つまらぬ言い訳はよせ。これ以上、私を失望させてくれるな。もう既に『裏』は取れているのだ」


「裏、ですか……?」


「そうだ。魔法学院を調査した結果、お前の受けたテストには、いくつもの不審な点が見つかった。結果を偽るにしても、アレ(・・)は少々やり過ぎだ」


 彼は長い髭を揉みながら、小さく首を横へ振った。


 いったいなんのことを言っているのかわからないが、僕は誓って不正なんかしていない。


「史上最年少で魔法学院へ入学・首席で卒業を果たした天才魔法士アルフィ・ロッド。目を掛けてやろうと思っていたのだが……残念だ。――おい、この罪人(・・)を地下牢へ連れていけ」


「「はっ!」」


 陛下の傍に控えていた二人の近衛(このえ)が動き出し、僕の両腕にグルグルと荒縄(あらなわ)を巻き始めた。

『罪人』――その重たい響きが、頭の中を何度も巡る。


「こ、これは何かの間違いです! 陛下、僕の話を聞いてください……!」


「――()まみ出せ」


「へ、陛下……っ」


 絶望に染まる僕の顔を、ダールトン様がニヤニヤと見つめていた。


 すると突然、


「――お待ちください、父上!」


 第三王子ベルナード様が「待った」を掛けた。


「ここにいるアルフィは、確かに不正を働き、魔法学院の歴史と宮廷魔法士の地位に泥を塗りました……。しかし、彼の本質は決して『悪』ではありません! 魔法学院時代、私はアルフィと寝食を共にし、魔法の研鑽に励みました。そんな自分だからこそ、はっきりと断言できます。彼は本来、不正などを働くような男ではない! 今回の一件は、魔が差してしまっただけなのです! ですからどうか、どうか私の大切な級友に御慈悲を(たまわ)れないでしょうか……!?」


 どういうわけか、彼は大袈裟な身振り手振りをもって、僕の減刑を求めた。


「ベルナード……お前はいつも優し過ぎる。そのようなことでは、このドラグノフを治めることはできんぞ? 『第三王子』とはいえ、王位から最も遠い立場とはいえ――ベルナード・フォン・ドラグノフが次代の王となる可能性は、決してゼロではないのだ。この儂のように王たる『器』と『資質』を示さねば、民は付いて来ぬ」


「……はい、父上の仰る通りかもしれません……。ですが、私の目指す王は『心優しき王』! この身に溢れる慈愛(じあい)をもって、広大なドラグノフ全土を包み、全ての民を幸せにするつもりです!」


「……青臭い理想論だが、嫌いではない。……ドラグノフ王国に必要なのは、もしかするとお前のような王なのかもしれぬな……」


「……! 未熟なこの身に、もったいなきお言葉!」


 ベルナード様は芝居がかった所作(しょさ)で、その場に(ひざまず)き――玉座の間には、彼を称える拍手が響きわたる。


(……なんなんだ、これは……?)


 さっきから僕は、いったい何を見せられているんだ?


『ベルナード劇場』とも呼ぶべき『茶番』に目を白黒させていると、


「おら、とっとと歩け!」


 背後の近衛に背中を蹴飛ばされてしまった。


「あぐ……っ」


 両手を後ろ手に縛られているため、うまくバランスを取ることができず、無様にも顔を床に打ち付けてしまう。


「――大丈夫かい、アルフィ」


 床に()いつくばる僕へ、優しく声を掛けてきたのは――第三王子。


「ベルナード、様……?」


 ベルナード様に抱き起こされたそのとき、


「――ざまぁみやがれ」


 彼はこれまで見せたことのない醜悪な笑みを浮かべながら、僕の耳元でそう呟いた。


(……あぁ、そういうことだったのか……)


 ここに来て、ようやく全てがわかった。


 どうやら魔法学院を『次席』で卒業したベルナード様は、『首席』である僕のことが目障りで仕方がなかったらしい。


(……ベルナード様は『第三王子』だ)


 なんらかの(・・・・・)アクション(・・・・・)を起こさなければ、王位継承戦において第一王子と第二王子には勝てない。


 だから彼は、支持基盤であるダールトン公爵の力を借りて、『今回の一件』を仕組んだのだ。


 アルフィ・ロッドというお邪魔虫を蹴り落とし、栄誉ある宮廷魔法士の地位を獲得――さらには一芝居を打つことによって、陛下からの評価を高める。全ては、自分が王位を継ぐために。


 要するに僕は、第三王子と大貴族に()められてしまったのだ。


 こうしてまともな弁明の機会さえ与えられず、宮廷魔法士の任を解かれてしまった僕は、ありもしない不正の罪に問われて、王国を追放されたのだった。



 時刻は夜の七時、場所はドラグノフ王国近郊を流れるレーヌ川。

 河原の大きな石に腰掛けた僕は、重たいため息をこぼす。


「はぁ……。師匠……僕はこの先、いったいどうしたらいいんでしょうか……」


 小さい頃、魔法のいろはを叩き込んでくれた『師匠』のことを思い出しながら、がっくりと肩を落とす。


(あの自由奔放(ほんぽう)で快活な彼女は、きっと今も楽しくやっているんだろうなぁ……)


 どこにいるかさえわからない師匠のことを考えながら――ちょっとした現実逃避をしながら、目の前の川をぼんやりと眺める。


 水面に映る僕の姿は、見るからに元気がなかった。


 ほどほどの長さの真っ白い髪は、弱々しくしなびれており……紅の瞳は、(くら)(よど)んでいる。

 百六十五センチという十四歳の平均的な身長は、いつもより幾分か縮んで見えた。


 家・土地・現金――およそ『資産』と呼べるものは、ほぼ全て接収(せっしゅう)されてしまったため、今の服装はとてもシンプルだ。

 黒い肌着の上から、茶褐色の羽織一枚。下は薄手の黒いズボン。

 寒空の下では、かなり心許(こころもと)ない格好である。


(……いったいどうして、こんなことになってしまったんだろう)


 僕は小さい頃から、ずっと魔法の勉強をしてきた。

 みんなを癒す回復魔法・みんなの喜ぶ修復魔法・みんなを守る結界魔法――優しい『白魔法』を身に付けようと必死に努力してきた。


 魔法の勉強はとても大変だけど、凄くやりがいがある。


 近所のおじいさんやおばあさんは「アルフィちゃんの回復魔法のおかげで、体がとても楽になったわ」と笑顔になってくれたし、冒険者の人たちは「坊主が修復魔法で直してくれた武器、えらく調子がいいぜ!」と嬉しそうだったし、魔法学院の理事長は「アルフィ・ロッドの結界魔法があれば、この国の民は安心して夜を眠れるな」と誇らしげに語ってくれた。


 朝・昼・晩とひたすら魔法の勉強に打ち込む日々の中で、いつしか僕の夢はドラグノフ王国で一番の魔法士――宮廷魔法士になって、国のみんなを幸せにすることになっていた。


 最近の世の中は、これまでにないほど物騒だ。

 人間族・精霊族・魔族が各地で熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げ、邪悪な魔人たちが各地で大虐殺を行っている。

 ちょっと街中を歩くだけで、恐ろしいニュースが次々と耳に入ってきてしまう。


 王国の暗い日々を自分が少しでも明るくできたら――そんな思いを胸に秘めながら必死に努力を続け、ようやく夢の宮廷魔法士になれたところで……無慈悲なクビ宣告。

 そこへとどめを刺すようにして、国外追放処分。


 僕の十年以上の努力は、『権力』という理不尽な力によって、いとも容易く押し潰されてしまった。


「もっと政治のこととか、いろいろ勉強した方がよかったのかなぁ……」


 これまでの頑張りが水泡に()したショックは、思いのほか大きく、中々すぐに立ち直ることができない。


「はぁ……」


 そうして今日何度目になるかもわからないため息をつくと――何もない空間から、突如として巨大なモンスターが姿を現した。


(うわぁ、大きいなぁ……)


 見上げるほどの巨躯(きょく)、だいたい五メートルぐらいはあるだろうか。

 雄々しい二本の黒角(こっかく)・自信に満ちた(いか)めしい相貌(そうぼう)・発達した(いわお)のような筋肉――鬼系統のモンスターだ。


「――宮廷魔法士アルフィ・ロッドだな?」


 彼はこちらに金棒を向けながら、そう問い掛けてきた。


 人の言葉を話せるなんて、かなり高度な知能を持っているようだ。


「はい、そうですけれど……あなたは?」


「俺は魔王軍四天王が一人『暴虐のギルガザック』! 魔王様の命を受け、貴様を抹殺しにきた!」


「えっと、どうしてでしょうか?」


 魔王に命を狙われるようなことをした覚えはない。


「ありとあらゆる攻撃を防ぐ『難攻不落の魔法結界』、アレがあるうちは王国に手を出せんからな! 『将を射んと欲すれば()ず馬を射よ』、結界の術者から仕留めることにしたのだ!」


「あぁ、そうだったんですね」


 僕の張った結界は、ちゃんと王国のみんなを守れていたようだ。


「ぬぅ……しかし貴様、本当にあの結界の術者なのか? なんの魔力も感じぬのだが……まぁいい。俺はただ、魔王様の命に従うまでよ! ――さぁ構えろ、アルフィ・ロッド! いざ尋常に勝負だ!」


 ギルガザックさんは好戦的な笑みを浮かべ、右手の金棒をブンブンと振り回した。


「……すみません。今はそんな気分じゃないので、また今度にしてくれませんか……?」


 そもそもの話、僕は戦いが嫌いだ。

 こんな気分の落ち込んでいるときに、わざわざ嫌なことをしたくない。


「ふははっ、貴様の気分など知ったことか――行くぞッ!」


 ギルガザックさんはこちらの事情に構わず、いきなり襲い掛かってきた。


「――死ねぇい!」


 凄まじい速度で振り下ろされる金棒。

 僕は仕方なく、そこへ反撃の魔法を重ねる。


「はぁ……おいで<聖槍(グングニル)>」


 それは不浄なる者を浄化する神の槍。

 白魔法では珍しい攻撃性の魔法だ。


「んなっ!? が、はぁ……ッ」


 何もない空間から飛び出した聖なる槍は、ギルガザックさんの首から下を一撃で吹き飛ばす。


「……馬鹿、な……っ」


 そこそこのダメージを受けた彼は――そのままピクリとも動かなくなった。


「え、えー……」


 たかだか首から下を吹き飛ばされただけで、こうもあっさり死んでしまうなんて……師匠の使役(しえき)するモンスターたちとは、比較にならないほど弱い。


(それなのに、どうしてあんなに自信満々だったんだろう?)


 まぁどうでもいいか。


「……これから先、何を目標に生きていけばいいのかなぁ……」


 そうして僕が不透明な将来のことを案じていると、


「ん?」


 目の前の大地に、突如として青白い魔法陣が浮かび上がった。

 この術式は、空間系統の魔法だ。


(騒がしい夜だなぁ。今度はいったい何が出てくるんだろう……?)


 ぼんやり魔法陣を見つめていると――そこから一人の女性が現れた。


 背まで伸びた(つや)やかな髪は、まるで黄金と見紛うようなプラチナブロンド。

 身長は百六十センチほど、年齢はおそらく十五歳前後だろう。

 優しく凛々しい顔・非の打ちどころのない完璧な体型・純白と臙脂(えんじ)の美しい衣装、まるでおとぎ話に出てくるお姫様みたいだ。


 というか、正真正銘のお姫様である。


「しゃ、シャルロット様!?」


 彼女の名前は、シャルロット・ディ・アレスティア。

 数か月ほど前、『ドラグノフ王国』に(とつ)いできた『アレスティア帝国』の第二皇女だ。

『帝国の俊英』と評されるほどの頭脳を持つ、絶世の美少女である。


 王国の第一王子との結婚が予定されていたのだけれど、結婚式の当日に突然婚約を破棄されてしまった。

 傷心のシャルロット様は、後宮(こうきゅう)に引き籠り、毎日毎日メイドたちをいびっているらしい。


 僕も遠目にその光景を見たことがあるけれど、なんだか『チグハグ』な印象を受けた。


 シャルロット様はとても怖い顔で、キツイことを言っているのだが……その体を流れる魔力は、誰よりも優しくて温かい。

 そして何より、意地悪を言った後は、決まっていつもつらそうな顔をしているのだ。


「シャルロット様、どうしてこんな河原へ飛んできたのですか? 護衛の姿も見えないのですが……」


 高貴な身分の人が空間転移を行う場合、飛び先の安全を確保するため、先んじて護衛を送るのが通例である。


「……失敗、した」


「え?」


「失敗した、失敗した、失敗した……っ。何度も何度も『死に戻り』を繰り返して、世界の滅亡を防ごうとしてきたけれど……駄目なの。何度やり直しても、どれだけ頑張っても、世界は滅びてしまう。私は(むご)たらしく殺されてしまうのよ……ッ」


 彼女は憔悴(しょうすい)しきった表情で、溢れんばかりの思いを吐き出した。


「平和で幸せな世界を願って、これまでたくさんの『泥』をかぶってきたわ。下劣な第一王子に尽くしたり、憎らしい皇帝に頭を下げたり、嫌味な悪役を(よそお)ったり……っ。だけど、世界の滅亡は止められない。魔王が、魔人が、そして何より――私利私欲に駆られた欲深い人間たちが、いつもいつも邪魔をしてくるの……!」


 シャルロット様のお話はとても難しく、僕なんかにはほとんど理解できなかった。

 だけど、この人がいっぱい頑張って、たくさん努力して、それでも失敗して……とても傷付いていることはよくわかった。 


 だから僕は、ただひたすらその話に耳を傾け、心の器から溢れてしまった気持ちを受け止め続けた。


 それからしばらくして、彼女は少しだけ落ち着きを取り戻す。


「……ごめんなさい。いきなりこんなわけのわからないことを言われて、困っちゃったわよね……」

「いえ、お気になさらないでください」


『女が悲しんでいるときは、男は黙って死ぬまで話を聞け』――師匠から授かった、ありがたい教えの一つだ。


「ありがとう、優しいのね。……そういえば、あなたのお名前は?」


「僕は王国のアルフィ・ロッドで……あっ、もう追放されちゃったんでした……。今は国を追い出された、ただのアルフィですね」


 僕が冗談めかしてそう言えば、


「ふふっ、変な人。これまで百回ぐらい死に戻りをしてきたけれど、あなたに出会ったのは今回が初めてよ」


 シャルロット様は、クスリと笑ってくださった。


「ところでシャルロット様、先ほどから(おっしゃ)られている『死に戻り』とは、いったいなんなのでしょうか?」


「……多分、信じてもらえないと思うけれど……。私が死んだ瞬間、世界の時間が巻き戻るの」


「せ、世界の時間が巻き戻る……?」


「えぇ、そうよ。私の死を含めた全ての事象が、一瞬にしてリセットされるの。どれくらい過去へ戻されるかは、その時々によって完全にランダム。一日だったり一か月だったり一年だったり、十年以上のときも何度かあったかしら……。まぁでも最近は、自分の意思である程度、巻き戻す時間をコントロールできるようなったわ。何度も暗殺されたり処刑されたり謀殺(ぼうさつ)されたり、死に戻りを経験し過ぎたせいで、この力に慣れてきたのかもしれないわね……」


「なる、ほど……」


 あまりにとんでもない話だったので、すぐに呑み込むことができなかった。


「――アルフィ、私の話を信じてくれるのなら、今すぐにでも王国を離れてちょうだい」


 離れるも何も、僕は既に『国外追放処分』を受けてしまっているのだけれど……。

 どうやらさっきの自己紹介は、軽い『冗談』として受け取られたみたいだ。


「破滅の序章は一週間後。魔王軍四天王『暴虐のギルガザック』が、ドラグノフ王国を強襲するの」


「暴虐のギルガザック……」


 その名前には、とても聞き覚えがあった。

 というか、さっき倒した。


「ギルガザックは驚異的なほど屈強な肉体を誇り、魔法の絨毯(じゅうたん)爆撃を受けてもピンピンとしているような鬼の化物。王国はこの強力なモンスターに蹂躙(じゅうりん)され、わずか一夜にして攻め落とされてしまうの……」


「えっと、さすがにそれはあり得ないと思うのですが……」


 あんな弱いモンスターは、王国の黒魔法士によって、すぐに討伐されてしまうだろう。

 というか、もう倒した。


「……やっぱりこんな話、信じられないわよね」


「あっ、いえ! シャルロット様の『死に戻りの力』を信用していないわけではなくてですね! なんというかその……暴虐のギルガザックというモンスターは、つい先ほど倒してしまったので……」


「……え?」


「ほら、あそこ。……もう首だけになっちゃっていますけど……」


「う、そ……っ」


 ギルガザックの生首を見て、シャルロット様は固まってしまった。


(あれ、ちょっとマズかったかな……)


 師匠のもとで文字通りの『地獄』を過ごした僕にとっては、モンスターの生首なんかへっちゃら――というか『日常』そのものなんだけれど……。

 シャルロット様のように高貴なお人からすれば、少しショッキングな光景だったのかもしれない。


「い、今まで何度も目にしてきたから間違いない……こいつは正真正銘本物のギルガザック……っ。アルフィ、あなたがこれをやったの!?」


「はい。何故か急に襲い掛かって来たので、魔法でやっつけました」


「『魔法でやっつけました』って……っ」


 彼女は唖然(あぜん)とした表情を浮かべた後、何故か黙りこくってしまった。


(常識的に考えて……あり得ない……ッ。魔法は本来、時間と研鑽の積み重ねによって、ゆっくりと鍛え上げられていくもの。アルフィのような子どもが、魔王軍四天王を、あの無敵の肉体を誇る『暴虐のギルガザック』を倒せるわけがない。それに何より――彼の体からは、ほんのわずかな魔力さえも感じられない)


 シャルロット様の鋭い視線が、頭の天辺から爪先まで突き刺さり、なんだか気が落ち着かない。


(……だけど、『アルフィ・ロッド』という人間を観測できたのは、百度の死に戻りの中で、今いるこの世界だけ……。もしかしたら、もしかするかもしれない……っ)


 彼女は真剣な表情で、ジッとこちらを見つめた。


「ねぇ、アルフィ。もしよかったら、暴虐のギルガザックをやっつけたという魔法を見せてもらえないかしら?」


「はい、もちろん構いませんが……。どこへ撃てばいいですか?」


「そう、ね……。ちょうど目の前にレーヌ川があることだし、あのあたりを目掛けて魔法を発動してちょうだい」


 シャルロット様はそう言って、川の中央部分を指さした。


「えっと、よろしいのですか……?」


 確かに<聖槍(グングニル)>は、威力の控えめな魔法だけれど……。

 あんなところへ放てば、それなりに騒がしくなってしまう。


「……? 別に構わないわよ」


「わ、わかりました。では――<聖槍(グングニル)>」


 僕が言われた通りに魔法を発動した次の瞬間――何もない空間から極大の槍が射出され、巨大な河川が文字通りに吹き(・・)飛んだ(・・・)


「な、ぁ……っ!?」


 刹那(せつな)のうちに水は干上がり、川底には深く巨大な穴が空く。

『河川』という地形は、『底なしの大穴』へ変貌(へんぼう)()げた。


「この魔法を使ってギルガザックを……って、シャルロット様?」


 彼女は口をぽっかりと開きながら、目を白黒とさせている。


「えっと……さすがにこの状態のまま放置するわけにはいかないので、元に戻してしまいますね――<修復(リペア)>」


 魔法が正常に機能し、淡い光がレーヌ川を優しく包み込む。

 すると、大きく(えぐ)られた河原がみるみるうちに修復されていき――あっという間に元通りになった。


 その光景を目にしたシャルロット様は、瞳の奥を揺らしながらスッと顔を伏せた。


(さっきの大魔法は、間違いなく『魔王』や『魔人』クラスの一撃だった……っ。そのうえ、まるで時を巻き戻したかのような究極の<修復(リペア)>……本物だわ……ッ。アルフィ・ロッドという魔法士は、本当に単騎であのギルガザックを倒したのよ。それも、かすり傷一つ負わずに……!)


 彼女は突然バッと顔を上げ、僕の両肩をがっしりと掴む。


「アルフィ!」


「は、はい、なんでしょうか!?」


 女の人特有の甘いかおりが鼻腔(びこう)をくすぐり、頭がクラリとした。


「あなたの魔法の力、私に貸してもらえないかしら!?」


「えっと、どういう意味でしょうか……?」


 突然「力を貸してほしい」と言われても、ちょっとよくわからない。


「この世界は魔王・精霊・魔人――そして何より、欲深い人間たちの手によって、滅ぼされてしまうの。私はそれを阻止し、平和な世界を作るため、これまで何度も死に戻りを繰り返してきた」


 シャルロット様は、真っ直ぐこちらの目を見つめながら話を続ける。


「だから、私は『未来』を知っている。王国の裏切り者を、帝国のクーデターを、誰が誰を裏切っているのか、誰がどこの派閥に付いているのか、魔王が次に打つ一手、皇帝の計画、魔人の出現地点――この先に起こる悲劇とその原因を知っているの! もちろん多少のランダム性はあるけれど、それでもこの情報はとても大きな武器になるわ!」


「なる、ほど……」


 彼女の言うことが真実だとしたら――本当に未来の悲劇を知っているのだとしたら、確かにそれはとても凄いことだ。


「ただ……この世界を破滅の運命から救うには、『情報』だけじゃ足りない。どれだけたくさんのことを知っていても、そこに『力』がなければ、簡単に上から抑え込まれてしまう。あの偉そうな兄を――アレスティア帝国の皇帝を交渉の舞台に引きずり出すことすらできない……っ。愚かなドラグノフ国王に鼻で(わら)われてしまうし、あのムカつく第一王子に『婚約破棄』なんて舐めた真似をされてしまう……ッ」


 過去の屈辱的な記憶を思い出したのか、シャルロット様は拳をギュッと握った。


 おしとやかそうに見えて、中々に感情表現の豊かな人だ。


「私の頭脳と情報は、それを支えてくれる『圧倒的な武力』があってこそ、初めて真価を発揮する。だから――お願いアルフィ。世界の破滅を防ぐために、あなたの魔法の力を貸してちょうだい……!」


 シャルロット様はそう言って、僕の両手をギュッと握った。

 そこから伝わってくる魔力は、どこまでも真っ直ぐで温かい。


(――魔力は口ほどにモノを語る、という)


 きっとここまでの話に嘘はない。

 全て本当のことを言っていると思う。


 つまり彼女は、とても心の優しい人だ。


「――わかりました。僕なんかの力が、平和の役に立つのであれば、喜んで協力させていただきます」


「……! ありがとう、アルフィ!」


 シャルロット様は、まるで大輪の花のような笑顔を浮かべた。


「さてそれじゃまずは、私の母国アレスティア帝国へ行きましょう! あそこは完全な『実力主義社会』。あなたのその力があれば、すぐにでも皇帝との謁見(えっけん)が可能になるわ。――何を置いてもまずは帝国を押さえること、それが平和への第一歩よ!」


「はい!」


 こうして僕は、帝国の第二皇女シャルロット・ディ・アレスティア様と一緒に、アレスティア帝国へ向かうことになったのだった。



 それからわずか数日後――アルフィ・ロッドの魔法結界を失った王国は、いとも容易く魔王軍の侵攻を許し、甚大(じんだい)な被害を負っていた。


「緊急連絡! 西部ダリオス郡が陥落したとの情報が入ってきました!」


「北方から魔王軍の軍勢を確認! 早急に指示をお願いします!」


「南部の駐屯(ちゅうとん)兵団より、援軍要請が来ております! いかがいたしましょうか!?」


 作戦本部の置かれた玉座の間は、蜂の巣を(つつ)いたような大騒ぎが起きている。


「くっ、前線へ兵を送れ! このままでは、王国が落とされてしまうぞ!」


「お言葉ですが、前線とはいったいどこを指すのでしょうか!? 敵は東西南北――全方位からやってきているのですよ!?」


「くそ、何故だ!? 何故ベルナード様の練り上げた魔法結界が、こうも簡単に破られてしまうのだ!?」


 王国を半球状に守護する魔法結界は、まさに『守りの(かなめ)』。

 それが破られたことで、王国側は三百六十度全方位からの攻撃を受けてしまい、戦線の維持すらままならないという悲惨な有様であった。


「そ、そんな……こんなはずでは……っ」


『宮廷魔法士』ベルナード・フォン・ドラグノフは、半べそをかきながら必死に魔法結界を張り直す。

 しかし、修復した矢先からすぐに破られてしまい、結界が結界としての役割を果たしていない。


 そんな我が子の醜態を目にした国王は、国中へ轟くほどの怒声を張り上げる。


「ベルナードォオオオオ! 貴様、いったい何をやっておるのだ!? 宮廷魔法士でありながら、結界すらも満足に張れぬとは……恥を知れぃ! これではアルフィ・ロッドの方が、何百倍も優れておったではないかッ!」


「ち、違うのです、陛下! これは何かの間違いでして……!」


「くだらぬ言い訳など聞きたくもないわ!」


「も、申し訳ございません……っ」


 ベルナードは悔しさに奥歯を噛み締めながらも、ただただ平伏することしかできなかった。


「――ダールトン、貴様もだぞ! 今朝方、魔法学校の理事長が直々に、アルフィ・ロッドの処分取消を訴えてきたぞ!? これはいったいどういうことだ! 奴は不正を働いていたのではなかったのか!?」


「へ、陛下……それは、その……っ」


 ダールトンは泡を吹きながら、必死にこの場を乗り切る策を考えるが――(ろく)な案は浮かんでこない。


 結局この日、第三王子ベルナードは王位継承権を剥奪され、大貴族ダールトン公爵は爵位と領地を没収され――二人の明るい未来は、完全に閉ざされてしまった。


 今更になって『宮廷魔法士アルフィ・ロッド』の価値に気付いた国王は、すぐさまアルフィと連絡を取り、再び宮廷魔法士の任に就くよう命じるのだが……。


「す、すみません、僕はもう帝国と契約を結んでしまったので……」


 これは最強の魔法士が、圧倒的な力で世界にその名を轟かせ、心優しき悪役令嬢が、死に戻りで得た知識を活用して幸せを掴み取る物語――。

【大切なお知らせ】

こちらは連載候補のお話の序章です。

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