6.調査開始
エリザベスとすごした週末はオレの柔らかく繊細なハートにいくつもの風穴を開けたが、それでも収穫はあった。
エドワードの行動は不審だ、という確信である。
エリザベスおよびその周囲の令嬢たちに突撃しなかったということは、エドワードがまだ理性を残していることを示しているが、ユリシー嬢と並んだあいつは完全に理性を失っているように見えた。
ユリシー嬢の不幸を訴えたときだって、普段のエドワードならオレの意向を尋ねるはずだ。根っからの騎士は、上の人間の意に反することはしない。まずはその意向を確認してから動く。
それに、エドワード、ユリシー嬢に思いっきり触ってたしな。あの積極的すぎる振る舞いも超がつく真面目騎士道男からは想像がつかない。
というわけでエリザベスとの逢瀬の翌日、オレが呼びだしたのは――。
「やっほー☆ まさか君のほうから声がかかるなんて思ってもみなかったよ~」
「いいかげん不敬罪で首を跳ねますよラファエル殿」
「ごめんごめん、嬉しくてつい」
会うなりがばりと腕を広げてきたラファエルがオレに触れる前に、その身体はハロルドによって拘束されていた。解放しつつも辛辣な言葉を投げかけるハロルドに、眉を下げたラファエルが肩をすくめた。
いくら親しい間柄とはいえ王族に意味もなく接触することは禁じられている。
ラファエルのように、《魔法使い》の資格を持つ者なら、特に。
ラファエルの父はオレの魔法に関する家庭教師でもある。ラファエルはオレの一つ上で、小さい頃は家庭教師のついでだと一緒に王宮に連れてこられ、よくオレと競わされていた。当然練習の機会が多いラファエルはあっという間にオレを追い抜いていってしまったが。
そういった生い立ちから、エドワードと同じく主従関係にある家の子息にも関わらずラファエルはオレに対して不敬罪ギリギリのフランクさをもって接し、ハロルドには若干嫌われていた。
「もう近寄らないよ」
今度は大袈裟なほど距離を取り、わざわざ壁際まで下がってハロルドにウィンクすると、ラファエルは「それで」と話を切り出した。
「ボクを呼びだしたのは何の用?」
これはこれで話がしづらいのだが、こっちから近寄るのも癪なのでこのまま話すことにする。
どうせ知らないうちに結界でも張っているんだろう。ラファエルはとにかくそういったことに目端の利く人物だ。
「エドワードの様子がおかしい」
「はぁ、そりゃ心配だねぇ。彼はまともって言葉を煮詰めてホムンクルスにしたような人だからね」
「お前のたとえは相かわらずわかるようなわからんような……」
「で、原因を探れって?」
「さすが話が早い。お前、ユリシー嬢を知っているか? あの『乙星』の主人公にそっくりの」
「ユリシー・メリーフィールド嬢だろ? 知ってるよ!」
ぱぁっと顔を輝かせたラファエルは両手をあげて万歳する。
うーむ、さすがは希代の魔法使いにして希代の女好き。紫の長髪を肩のあたりで一つにまとめ魔力調整用のモノクルをかけたラファエルは、知的な風貌で女性人気が高いらしい。オレの前では腐れ縁の素をさらけだしているが、学園ではまともな受け答えをするから、この容姿を損なわない程度に猫を被っているんだろう。
ユリシー嬢を知っているならそれも話が早い。
「ぜひ一度お話したいと思ってたんだ! でも絶対に君が嫌がるだろ?」
「よくわかっているじゃないか」
本当に、ちゃらんぽらんな口調さえ直せばラファエルは将来の側近として申し分ない。
「君の許しが出るならユリシー嬢のどんなことでも探ってみせるよ……ふふふ、楽しみだなぁ」
「頼むからお前、エリザベスにだけは近づくなよ」
「それもわかってるよ。エリザベス様にも一度はお目にかかりたいけど、君との結婚祝賀会でになるかな。そこまでいけばさすがにいいだろ?」
「け、結婚……!」
予想もしない単語に昨日のエリザベスの笑顔がよみがえり、カァッと頬が熱くなる。ラファエルはそんなオレの変化を目ざとく見つけ、「おやおや♡」と含みのある笑みを浮かべた。
背後ではハロルドが主人への礼を欠いた大きなため息をついている。
「何か目星はついてるのかい? 何もない? じゃ、とりあえず本人を探ってみるよ☆」
首を横に振り、それから縦に振って、ラファエルがくるりとターンをして気障ったらしいお辞儀をするのを見届けてから、オレはようやく息をついた。
エリザベスのあのはにかんだ笑顔、昨夜のうちに一万回再生はしたと思うのにいまだに破壊力が高い。
ラファエルを見送ったハロルドは手にグラスを持って戻ってきた。黙って差しだされるそれを飲み干す。
熱くなった身体にキンと冷やされた水が染み渡る。うまい。
「そうだ、ハロルド。お前にも頼みたいことがあるんだ」
「何なりと」
「まずはこれの読破と――」
そう言って『乙星』を手渡す。ハロルドは両手で受けとり礼をした。こんなものでも王太子からの下賜だ。
「それと、昨日読み返して気づいたんだが、作者はおそらく貴族の縁者だ」
ハロルドにやる前にともう一度あらためて読み直してみて、わかったことだった。
この本が貴族に受けたのは、オレやエリザベスに似た登場人物がリアリティを感じさせるためだが、それ以外にも貴族でなければ知らない細かな描写がたくさんあった。
学園内の様子やヒロインと王太子が婚約者を断罪する成人パーティなどは、それこそ見てきたかのように詳しく書かれているのだ。ただの平民が想像だけでこれを書くのは無理だ。本人か、または近しい者が実際に王立アカデミアで生活をしたことがなければ。
「その線から作者の正体を探ってみてくれ。万が一これが貴族によって書かれたものだとしたら――」
「目をつむってはおけませんね。不敬罪、場合によっては国家内乱罪です」
もともとは、平民が小説を売るために突飛な設定をつけ足したのだろうと思っていた。しかし貴族によって、王族を貶める意図で書かれたのだとしたらそれは放置するわけにはいかない。
また、貶めるためだけでなく、わざとこの小説を流行させ、そのシナリオどおりにオレとエリザベスの仲を引き裂こうとする者がいるとしたら?
死んだほうがましだという目に遭わせて、他の誰もそんな気を起こさぬよう、見せしめになってもらわねば。
「骨は折れると思うが、頼んだ」
「御意」
そのときのオレは王者の風格を表していたと思う。王国に牙むく敵を冷酷に屠る、氷の炎を瞳に点していた。
ハロルドは膝を折って頭を垂れた。
――誰が予想したろう。
そこまで仰々しくやっておいて、翌週のうちにほんの偶然から作者を発見してしまうなど。
誤字報告ありがとうございました!修正しました。