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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう

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3.ユリシーの接近・前

 エドワード・ノーデンは、オレたちより一つ年上。王家に匹敵する歴史を持つノーデン伯爵家の長男であり、すでに騎士としての資格を得ているほど武術に秀でている。

 それは当然で、ノーデン家は代々騎士団長を務める武闘派の家系だ。家風は質実剛健、文武両道を旨とす。父親も親類も真面目で裏表のない性格だ。そして当然それはエドワードにも受け継がれている。


 つまるところ彼は、超一本気で正義感に満ち溢れた体育会系男なのである。


「お前たちは……モンリーヴル公爵令嬢の取り巻きだな。何をしていた?」


 エドワードの雑だが的確な指摘に令嬢たちは黙ったままだ。まぁ、こう言われてわざわざ家名を名乗りなおしたいとは思わないだろう。中にはエドワードより格上の家もあるかもしれないが。

 オレだったらこう言うけどな、――エドワード、エリザベスはラ・モンリーヴル公爵家令嬢だ。正式には定冠詞である「ラ」が必要なんだよ。


「複数で一人をいびるなど貴族の名折れ。黙っているということは後ろめたいものがあるのだな。なら最初からせぬがよい」


 騎士風の気障な言い回しで正論中の正論を浴びせられて、令嬢たちはやはり口をつぐんだままだ。退散するタイミングを窺っているのだろう。

 ついで、エドワードはユリシー嬢を振り返ったらしい。

 はっと息を飲む音が聞こえる。


「君は……」

「ユリシー・メリーフィールドにございます。父はサウスウィンザー領を持つ男爵ですわ」


 格上の貴族に誰何されたユリシー嬢は、そつなく自己紹介をした。

 声が弾んでいるのは助けてもらった喜びからだろう。さっきまで泣いていたのにもう復活したらしい。

 そんなことなら最初から泣かぬがよい、とエドワード風に心の中で突っ込む。

 しかし当の本人はそうは思わなかったようだった。


「そうか、君が!!」


 ん?

 階下からユリシー嬢以上に弾んだ声が聞こえてきて首をひねる。


「あの有名な星の乙女が入学してきたとは聞いていた」


 ん??? ノーデン伯爵御子息、エドワード君? おーい、エドワード君?

 何よりも王家への忠義を重んじる君がまさか、王家の婚約者を盛大に侮辱しているあの小説の熱烈ファンだなんてことは、ないよね?


「いやぁ、挿絵で見るよりずっと可憐であられる。私はエドワード・ノーデンと申します」

「ノーデン様……あの、ご高名な伯爵家の」

「エドワードとお呼びください、ユリシー殿。本当に可愛らしい」


 明らかに鼻の下を伸ばしていそうなウキウキとした声色でエドワードは語る。

 現実と虚構の区別がついてねーぞ。大丈夫か。

 令嬢たちがこそこそと退場していく衣擦れの音がしたが、エドワードはそれを咎めなかった。降りかかる称賛にユリシー嬢が屈託のない相槌をうつのが聞こえてくる。


「実は『乙星』を、僕はもう何度も読み返していましてね」

「まぁ、私もあのお話が大好きですの!」


 あーあ、と窓に映る晴天を見上げるオレを、ハロルドが可哀想なものを見る目で眺めていた。


 

***


 

 翌週、エドワードとユリシー嬢は、逃げまわっていたオレをついに空き教室で捕まえた。

 ひきつりそうになる顔はハロルドの氷の視線でなんとか笑みを保った。王族にふさわしい、堂々としてかつ包容力を見せる柔らかな微笑み。


 あぁ、これを特訓したのはエリザベスに見せるためであってお前たちに向けてじゃない!


「殿下、ご無沙汰しております」

「久しぶりだね、エドワード君」


 踵を直角に合わせ敬礼のポーズを取るエドワードに頷く。彼のほうが年上だが王太子と直接の主従関係にある貴族の息子なので立場ははっきりしている。

 エドワードは手短に挨拶をすませたあと、背後に佇むユリシー嬢を手のひらで示してみせた。


「こちらは、ユリシー・メリーフィールド嬢です。殿下もご存知でしょう、あの『乙星』の主人公ですよ!」


 いや、まだ現実と虚構の区別がついてねーのか、エドワード君。

 というかむしろ悪化している?

 鼻息荒くユリシー嬢を見つめるエドワードに、心の中でうわぁ……と悲鳴をあげる。


「はじめまして、お目にかかれて光栄です、王太子殿下」


 ユリシー嬢はそんな内心に気づかず、オレへと頭を下げる。

 色々と角度が足りていない、エリザベスとは比べるべくもないお辞儀だった。


「よろしく、ユリシー嬢。だが申し訳ない、僕はあの本を読んでいないもので」


 ということにしておかないと作者を罰せざるをえなくなるからな。エリザベスもきっとそう答えるはずだ。

 なのにオレの思慮深い答えに、エドワードはあからさまにがっかりした顔になった。


「そんな! あの本は真の愛とは何かを教えてくれる名作です。ぜひお読みになってください」

「ははは、なかなか自由になる時間がとれなくてね」


 オレはその真の愛をエリザベスとともに育みたいんだよ。

 笑い声で冗談ぽい雰囲気にしつつ、断りを入れる。これでユリシー嬢にはオレが小説に興味のないことが伝わっただろう。もう近寄ってこないでくれると嬉しいが。

 先ほどこちらから自己紹介をしなかったのは遠回しにユリシー嬢にも興味がないことを表したのだ。

 本は読まない。星の乙女ともお近づきにならない。

 さてこれで終わり、と踵を返そうとすると、エドワードに止められた。


「お待ちください、殿下。この者はつらい目に遭っているのです。話を聞いてやってください」


 えぇー……。

 がっくりと落ちそうになる肩を持ちあげて笑顔を貼りつける。

 そう言われて出ていくわけにはいかない。

 ふたたびエドワードとユリシー嬢に向き直り、無言で話を促すと、ユリシー嬢は胸の前で手を組んでさも沈痛な面持ちを作った。


「実は、知らぬうちに私の教科書やノートがなくなるのです……」

「ほう?」


 思わず声が出てしまった。

 これは少し話が違ってくるな。


 この女、シナリオを進めようとしているらしい。

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