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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう

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プロローグ2 シナリオ

 《その小説》が流行りはじめたのは、ヴィンセント殿下やわたくし、そしてあのユリシー嬢が王立アカデミアに入学した頃のことだった。

 一定の身分以上の者しか本の読めぬこの国で、増版に増版を重ね、版木がすり減って彫りなおしたという話まであるほどだ。

 知らぬ者はない、読んでいないと言えば読めと薦める者がどこからか現れる、そんな空前絶後の大ヒットだった。


 タイトルを『聖なる乙女は夜空に星を降らせる』、略して『乙星オトホシ』という。


 貧しい平民の主人公は星の加護を受け、自分が男爵令嬢であったことを知る。

 男爵家に引きとられ王立アカデミアへ通うことになった彼女は、形式ばった貴族たちの生活に新たな風を吹かせる。

 謙虚で清貧な振る舞いをする主人公を面白がって近づいてきた貴族子息たちはその心根の美しさに虜となり、やがて王太子も彼女の魅力に心を奪われてしまう――。


 ここまでならまぁ、よくあるシンデレラ・ストーリー。不敬だと目くじら立てるほどのものでもない。

 人々にとって身分は絶対。だからこそそれが打ち破られる物語にカタルシスを覚える。その気持ちはすごーくわかるし、貴族内でも流行して芝居にすらなったのも頷ける。


 しかし物語には、悪役が必要というもので。

 王太子の婚約者である公爵令嬢は、平民出身の主人公を毛嫌いし、ことあるごとに嫌がらせを仕掛けてくるのだ。小説の前半は、公爵令嬢や取り巻きたちのいびりにもめげず正義を貫いた主人公が、アカデミアで仲間を獲得していく過程を描く。


 王太子の婚約者である公爵令嬢――それ、わたくしのことよね。

 作者としてはリアルな政情をちょっと物語に拝借、くらいの気持ちなんでしょうけど……自分のことを悪く書かれて、その物語を喜んで読む人がこの世にいるのかしら。

 それと序盤の王太子がボンクラに書かれているのも許せない。彼は主人公に恋をして彼女にふさわしい王になるために勉学に励んだことになっている。でもヴィンセント殿下はアカデミア入学前から真摯に未来のための研鑽に励んでいたわ。

 お互いに学園に通う年齢のわたくしたちは、人前に姿を現したことは少ない。けれども、いるということだけは知られている。

 そんな微妙にリアルな距離感が大ヒットの一因であると、お友達の令嬢は分析していた。


 そういった事情から、わたくしはこの小説が純粋に楽しめない数少ない人間のうちの一人だった。


 いえ、まずは話を先に進めましょう。


 主人公は苦しくも麗しい初年度を耐え、十六歳の成人を祝うパーティの前日、王太子から告白を受ける。

 そして王太子はパーティの場で嫌がらせをつづけていた公爵令嬢を断罪し、婚約破棄を言い渡すのよ。

 それまでの悪行が明るみに出た公爵令嬢は実家からも見放され、追放同然に王国を出奔する……。

 一方で、貴族たちや民にも祝福され、主人公と王太子は愛の誓いを結ぶ。


 ここまで話せばおわかりでしょう。

 ヴィンセント殿下やわたくしが実際にその地位であるように、ユリシー嬢は地方の男爵令嬢。

 わたくしたちの入学からややあって、生徒たちはそのことに気づいた。妄想と現実を混同したりはしないけれど、ひそかな期待の目が向けられていたのはわかっている。


 ヴィンセント殿下とわたくしは、それはもう細心の注意を払って学園生活を送った。

 馴れ馴れしく話しかけてくるユリシー嬢を、ヴィンセント殿下は、邪険にもせず、しかし特別扱いもせず、適度な距離を保ってとても優雅に他人扱いした。

 わたくしはわたくしで、ヴィンセント殿下にもユリシー嬢にも関わらず、またお友達の令嬢たちがユリシー嬢に対して苦言を呈すればそれとなく庇ってやったりもしたものだ。


 そうしてようやく訪れた成人パーティで、ラスト直前のクライマックスシーンをぶちあげられたのだから、わたくしの混乱がいかほどのものであったか。

 ……どうやらあれは、殿下の策略のようですけれど。


 

 これまでの出来事が走馬灯のように脳裏を駆け抜けていって、パーティまで戻ってきたところで、わたくしははっとして足に力を込めた。


「殿下、申し訳ありません。ありがとうございました」


 身を起こすとヴィンセント殿下の腕をそっと押し、離れてもらう。

 いくら婚約者とはいえ人前でがっつりと距離を縮めるのは紳士淑女のたしなみに反するし、その婚約もいまのところ破棄されている。

 しかし、ヴィンセント殿下は離れてくれたものの、しっかりとわたくしの手を握って逃がさない。


 なんだかやっぱり、いつもの殿下と違う。

 本当の本当に夢ではないのかしら。


 念のため、スカートに隠してもう一度、今度は逆の足をヒールで踏んでみる。

 痛い。

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