1章 41話 想い(2)
よくわからなかった。
ファルネ様達の前で、変な場所に閉じ込められた。
よくわからない光が私の大事な大事なファルネ様との記憶を持っていこうとするから、嫌だ嫌だ嫌だって一生懸命逃げた。
逃げても逃げても追ってきて。
私の大事な大事なファルネ様との思い出を奪おうとする。
初めて声を聞いたとき。
天使様だと思った。
抱っこしてもらってふわふわして。
起きた時も怒られなくて。
あまーい美味しいお水をもらったの。
コップで飲んだらむせちゃって。
こぼしても怒られなかった。
美味しいお水をファルネ様がスプーンで飲ませてくれたんだ。
それまでは泥の入ったお水か自分の血しか飲んでこなかったから。
甘いお水はとっても美味しくて。
ファルネ様がママみたいにスプーンでお水をくれたの。
嬉しかった。
ファルネ様は天使様なの。
それから毎日私のお世話をしてくれて。
まるでママが生きている時みたいだった。
ママはご飯をあーんしてくれて。
お着替えも手伝ってくれて。
寂しかったら抱っこしてくれて。
あったかいお湯で身体を洗ってくれた。
それも全部全部、ファルネ様がやってくれたんだ。
嬉しくて。楽しくて。
毎日が幸せだった。
ベッドの上で動くことすらできなかったけど。
暗い石畳の部屋にいたときよりもずっとずっとずっとずっとずっと幸せで。
ファルネ様がご飯を作る姿も。
お掃除をしている姿も。
難しそうに聖樹の植木鉢とにらめっこしてる姿も。
見ているだけで嬉しくて。
私は幸せなの。
それに今はファルネ様だけじゃない。シリル達やお友達も増えて。
シリルも面倒みが良くて優しくて。
リベルも無邪気に遊んでくれて。
聖樹の精霊さんたちももう私の大事な友達だよ?
ファルネ様がいなくてさみしいと、お外を眺めていれば寄ってきてくれて慰めてくれてたの。
大事な人がいっぱい増えたよ?
もう身体も自由に動けるようになって、歩けるだけじゃなくて走れるし、言葉もしゃべれるようになった。
お勉強もして、少しだけだけど字も書けるようになったんだよ?
ファルネ様に褒めてほしくて、一生懸命練習してやっと書けるようになったの。
頑張ったから、出来るようになったんだよ?
お願いお願いお願い。
私の全てを否定しないで。
私は不幸じゃないから。
痛いのも辛いのも苦しいのも眠いのもみんなみんな我慢したから。
今こうしてファルネ様に会えたんだ。
ママのいい付けを守って頑張ったから手にいれた幸せなの。
ファルネ様と、出会えたから。
もう私は不幸じゃない。
記憶をなくすなんて言わないで。
私の頑張りを否定しないで。
痛いのを我慢して生きることを諦めなかったからファルネ様に会えたのに。
どうしてファルネ様もシリルもリベルも私を否定するの?
お願いお願いファルネ様。迎えにきて。抱きしめて。
声を聞かせて。絵本を読んで。
記憶がなくなっちゃったらもうそれはリーゼじゃなくなっちゃう。
パパとママも思い出せなくて、もうソニアはいなくなっちゃった。
リーゼまでいなくなったら、私は一体誰になるの?
私は私じゃなくなっちゃう。
だから私の大事な記憶をもっていかないで。
ファルネ様との大事な大事な大事な思い出。
お願いお願いお願い!!!!ファルネ様!!!!
■□■
リーゼの叫びで、ファルネは意識を取り戻した。
カルディアナより伝わってきたリーゼの記憶に我にかえる。
涙をながしたまま顔をあげれば目の前でカルディアナが微笑んでいた。
どうして自分はリーゼ本人の意見を聞いてやらなかったのだろう。
何故自分の気持ちばかり押し付けていたのだろう。
自分が辛いから。彼女も辛いと思い込んでいた。
けれど――それは自分の勝手な判断だ。
自分はリーゼを可哀相と決めつけ、彼女を否定していただけだ。
あれほど生きる事に前向きで。
素直で。
どんなときでも笑っていて……自分を信じてくれていたのに。
ファルネはその信頼を裏切った。
『まだ間に合うでしょう?行っておあげなさい』
言いながらカルディアナがファルネの聖樹の指輪を外す。
身体と魂を繋いでいる指輪。
精神体ならリーゼの攻撃をくらうこともないだろう。
「……はい」
言ってファルネは涙を拭うと駆け出す――リーゼの元へと。