建築家の視点で明治村の魅力を探るツアーに参加してみた

今回のガイド役、小谷陽次郎さん(右)とアシスタント役の洞派(とうは)友香さん(左)今回のガイド役、小谷陽次郎さん(右)とアシスタント役の洞派(とうは)友香さん(左)

名古屋市を中心とする東海エリアの面白い「ヒト」「モノ」「コト」を個性的なガイドとめぐる、「大ナゴヤツアーズ」をご存知だろうか。
モノづくりやカルチャー、産業など東海エリアのディープな面白さを体験できるプログラムなのだが、今回は32ある春プログラムの中から2017年4月23日に開催された『建築家とじっくり巡る明治村』ツアーについて紹介してみようと思う。

「今回のツアーでは、僕の好みで選んだ建物を紹介します。建築の設計をしている僕らが建物のどういうところを見るのか、どんな面白さがあるのかを解説したいと思います」と、ガイドを務める建築家・小谷陽次郎さん。株式会社日建設計・設計部門設計部長であり、フランス新古典主義建築を中心に近代建築を研究する小谷さんならではの視点でめぐる明治村を堪能してきた。
村内には60を超える明治時代の建造物が移築されているが、今回のツアーで小谷さんがピックアップしたのは9ヶ所。その中でも印象的だったものを紹介したいと思う。

ハイカラな洋風の建物に瓦の大屋根をのせた”擬洋風建築”

まずは、明治時代の代表的な建築手法“擬洋風建築”。
擬洋風とは、簡単にいってしまえば西洋の建物を日本の大工が模倣した建物を指す。400年以上の鎖国を解き外国との門戸が開かれた明治時代、日本の文化は画期的な変化を見せ文明開化を迎えたわけだが、小谷さんによると
「近代化に対して経済力や技術力が追い付いていない部分があった時代。そこを無理やりなんとかしようとがんばった結果が、今振り返ると建築として面白い造りとなっている」のだという。

村内にある“擬洋風建築”の代表格は三重県庁舎と東山梨郡役所。
西洋化を推し進める政府によって外国人建築家の手で迎賓館や鹿鳴館が作られ、地方の官公庁もこれに倣って洋風建築を取り入れようという動きの中で作られた建物で、軒先から下は洋風だが屋根には立派な瓦が載っているという、ちぐはぐな造り。

「日本においては屋根に瓦が載っているのは権威の象徴。ですからこうした公共建築ではどうしても瓦を載せてしまうんですよね」と小谷さんは解説する。

柱はギリシャ神殿などに見られるふくらみを持たせたドリス式オーダーという建築様式を用いている。西洋の場合は石造りであるが、それを木材で模して作っているという。
さらに窓枠や扉に注目すると、木の上から木目を手描きで書いているのがわかる。

「ヒノキやマツなど日本の木を使いつつ、洋木の模様を書き加えてデザインしているんですよね。このあたりが明治時代の面白いところです。今はベニヤにプリントしたものがあって、簡単に洋風の木に見せかけることができますが、昔は一生懸命に木目を描く手段で洋風デザインを仕上げていったんです。大工さんは非常にがんばっていますよね(笑)」(小谷さん)。

東山梨郡役所では、柱の角に黒いコーナーストーンを補強として使い、デザインのアクセントに。
「ストーンと言っていますが石ではなく木を黒漆喰で塗ったものなんですよ」こうした石に見せかけたものを擬石というそうだ。
窓枠も城と黒の漆喰を使いわけでモダンなイメージに仕上げている。
「黒漆喰というのは左官の技術の中で最も難しいといわれているんですね。最高の職人だとツヤツヤの仕上がりで、本当の石のように見えたといいますが、今はこれを再現できる職人はもういないといわれています」(小谷さん)

どちらの建物も西洋の建築を真似てはいるものの、完全に表現できない箇所を木材と漆喰という日本ならではの素材を使って伝統技術で補おうとしているところに、和魂洋才が感じられる。

写真左上:擬洋風建築の代表格・三重県庁舎。右上:石造りの柱に見立てた木造の柱。土台だけは石を使っている。右下:日本の木材に木目を描いて洋風に仕立てた扉や窓枠。左下:小谷さんによると「当時は石と見紛うほどツヤがあったはず」という、黒漆喰で塗られた東山梨郡役所のコーナーストーン写真左上:擬洋風建築の代表格・三重県庁舎。右上:石造りの柱に見立てた木造の柱。土台だけは石を使っている。右下:日本の木材に木目を描いて洋風に仕立てた扉や窓枠。左下:小谷さんによると「当時は石と見紛うほどツヤがあったはず」という、黒漆喰で塗られた東山梨郡役所のコーナーストーン

赤レンガに白の花崗岩をアクセントにした"辰野式ルネッサンス"

"擬洋風建築"とともに注目したいのが"辰野式ルネッサンス"。
日本銀行本店や東京駅を手掛けた日本の名建築家・辰野金吾による建築様式のことだ。その特徴は、赤レンガに白い花崗岩を帯状に交互に配したデザイン。小谷さんによると「明治時代の様式建築で、明治村を象徴するもの」とのこと。

「昔のギリシャやローマの建築の根源を復興させようと起こったのがルネッサンスですが、この赤と白の縞々というのはルネッサンスにはなかったもの。辰野さんが独自に作ったものなんです。辰野さんのお弟子さんがこれを真似て各地でこうしたデザインを取り入れたため、これが明治の代表的な建築様式として広まっていきました」と小谷さん。

明治村では、村の正面入り口として使われている「第八高等学校正門」のほか「金沢監獄正門」、「東京駅警備巡査派出所」がこれにあたる。

上は明治村の正門として使用されている「第八高等学校正門」。“辰野式”の赤と白のコントラストがこれぞ明治といったモダンな雰囲気。下は同じく“辰野式”の「金沢監獄正門」。こちらは監獄とあって重厚な造りとなっている上は明治村の正門として使用されている「第八高等学校正門」。“辰野式”の赤と白のコントラストがこれぞ明治といったモダンな雰囲気。下は同じく“辰野式”の「金沢監獄正門」。こちらは監獄とあって重厚な造りとなっている

建築界の巨匠、フランク・ロイド・ライトの空間設計の巧妙さに感嘆!

数々の建造物をめぐってツアーの最後を飾ったのは、やはり明治村を語る上では欠かせない「帝国ホテル中央玄関」。20世紀建築界の巨匠、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトによって設計され4年間の大工事の末に完成したもので、
「西洋建築からモダンな様式に大きく方向転換した時期」の建物だと小谷さんは言う。

「ライトの建築は有機的建築とよばれています。植物や生物にデザインのヒントを得て、自然と融合するデザインとなっています。また、天井や床の高さに変化を加えたスペースによって空間を仕切りながらも、ひとつの大空間としてのつながりを保つという特徴ももっています」(小谷さん)。

階段を数段あがったところに大きな踊り場が設けてあり、そこからまた数段上がるとカフェスペースになっていたりと、今でいうスキップフロアのように壁で仕切らず床の一部に高低差を設けることで空間が仕切られている。

「現在の建築基準法ですと高さは1.1m必要になるのでアウトなんですけれども、この2階フロアの手すりは高さが60~70cmほどしかないんですね。人が腰かけられるくらいの高さです。これも空間をきっちり仕切らないために計算されたものなんです」と小谷さん。

大谷石やテラコッタの装飾が注目されがちなフランク・ロイド・ライトの建築だが、空間デザインの巧妙さにはツアー参加者も感嘆していた。


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明治維新、文明開化―。
“激動”といったイメージがある明治時代。建築の細部をこうして垣間見ると、一つ一つの建物が人間味を帯びたものに見えてくる。
この時代の人たちが文明開化の波の中でつくった建築について小谷さんは「可愛らしい」と表現していた。
洋風の建物なのに屋根には瓦を使っていたり、見様見真似で大工さんが一生懸命に作っている姿を想像すると、確かに可愛らしく思えてくるから不思議だ。
ガラス、鉄・セメントなど、今の建築にはあたり前のものがはじめて使われるようになった時代。近代建築の古き良き美しさにふれながら建築のルーツをたどってみるのも面白いと思った。

大谷石にほどこされた幾何学模様が印象的な「帝国ホテル玄関」。写真上:ロビーからは三層にわかれたフロアが見渡せる。写真下:膝ほどの高さしかない手すりから見ると対面のフロアや階下がより広く感じられ、開放的な空間を演出しているのがわかる
大谷石にほどこされた幾何学模様が印象的な「帝国ホテル玄関」。写真上:ロビーからは三層にわかれたフロアが見渡せる。写真下:膝ほどの高さしかない手すりから見ると対面のフロアや階下がより広く感じられ、開放的な空間を演出しているのがわかる

まちをディープに楽しむ大ナゴヤツアーズ

今回の「建築家とじっくり巡る明治村」ツアーを主催した大ナゴヤツアーズは、2009年に発足したNPO団体大ナゴヤ・ユニバーシティー・ネットワーク(大ナゴヤ大学)から派生したもの。名古屋をはじめ東海エリアを舞台に、学び、見学、まち歩きを通して大人の知的好奇心を満たすツアーを企画・開催している。大ナゴヤ大学の学長であり、ツアーズ実行委員会代表の加藤幹泰さんは

「座学ではなく外に出て”まちを楽しむ”というコンセプトでツアーを企画しています。近くに住んでいてもまだ知らないいいものがたくさんある思いますし、そういったものを紹介していきたい」と話していた。

ツアーといってもバスで行くわけではなく、現地集合現地解散で一人でも参加できる気軽さや、何より個性的なガイドさんがディープな面白さを伝授してくれるのが魅力だ。今回の参加者は13人だったが、約半数が一人での参加。中には徳島県からの参加者もいた。加藤さんによると関東圏からの参加者も増えているという。

「名古屋では国際会議が行われることも多いんですけれど、外国人に名古屋のどこを案内したらいいのかわからないという声も聞きます。今後はそういった外国から来た方に東海エリアの文化や歴史を伝えるツアーを組んでみても面白いかな」と語っていた。

まだ知られていないディープな面白さを発掘するツアー、今後も注目していきたい。


【取材協力・写真提供】
大ナゴヤツアーズ
http://dai-nagoyatours.jp/

名古屋黒紋付染の職人に教わる染めかえ(写真左上)、日常に潜む渋いビル“渋ビル”の魅力を探る“渋ビル”散歩(写真右上)、常務が案内する名古屋テレビ塔の裏と表(写真左下)地元猟師の元で射撃体験と獲ってさばいて食べるジビエ体験(写真右下)、など、「大ナゴヤツアーズ」の春のプログラムにはディープな面白さが詰まったツアーが盛りだくさんだ
名古屋黒紋付染の職人に教わる染めかえ(写真左上)、日常に潜む渋いビル“渋ビル”の魅力を探る“渋ビル”散歩(写真右上)、常務が案内する名古屋テレビ塔の裏と表(写真左下)地元猟師の元で射撃体験と獲ってさばいて食べるジビエ体験(写真右下)、など、「大ナゴヤツアーズ」の春のプログラムにはディープな面白さが詰まったツアーが盛りだくさんだ

2017年 05月22日 11時05分