[ロンドン発]米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬ベンチャー、ビオンテックは18日、開発中の新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のワクチンについて発症を防ぐ有効性が95%にのぼったとの第3相試験の最終結果を発表して世界を改めて驚愕させました。
数日中に米食品医薬品局(FDA)へ緊急使用許可を申請します。
第3相試験は7月27日に開始され、4万3661人が参加。うち4万1135人が11月13日時点で2回目の接種を受け、その1週間後には170人が発症。ワクチン接種組は8人でプラセボ(偽薬)組は162人。重症化した10人のうちワクチン接種組は1人でした。
65歳以上の高齢者でも有効性は94%。グレード3(重症または医学的に重大だが、直ちに生命を脅かすものではない)で頻度が2%を超えたのは倦怠感3.8%と頭痛2%のみで、安全性の問題も見られませんでした。
米バイオテクノロジー企業モデルナも16日、第3相試験中のワクチンについて、発症を防ぐ有効性が94.5%になったとの暫定結果を発表していました。ファイザーとビオンテック、モデルナのワクチンはいずれもメッセンジャーRNA(mRNA)テクノロジーを使っています。
タンパク質に翻訳される塩基配列情報を持ったmRNAを使ったワクチンが承認されると史上初めてのことです。世界中で注目を集めるmRNA医薬に詳しい東京医科歯科大学生体材料工学研究所の位高(いたか)啓史教授におうかがいしました。
――なぜ判で押したように異なる2社が同じように高い有効性を達成できたのでしょう
位高教授「今回はコロナの話になっていますが、両社とも昨年秋までの段階でかなり多くの、がんや感染症のmRNAワクチンのパイプラインが進んでおり、技術的には開発が十分進んでいました。また両社とも中身はかなり似ているというのは間違いないと思います。mRNAは物質としてはモディフィケーションの違いはあっても基本的には同じということもあり、同じような高い有効性を達成できたものと思います」
「mRNAを包み込んで人間の体内に運ぶ脂質ナノ粒子(LNP)についても、両社で細かい工夫はあるにしても少なくとも効き方としては基本的には同じです。数字がここまで近い理由は分かりませんが、効いておかしくありません」
「先週、mRNAヘルスカンファレンスというmRNA医薬最大の国際学会が今年で第8回ですが、オンラインで開かれました。私も毎年、参加していますが、そこでは、サイエンスとしては、mRNAワクチンの効果には疑問の余地はない、十分効くことは期待できるという議論でした」
「他の感染症に対する効果から見ても効くことに疑いを差し挟む余地は全くありません。ただ最大の問題はmRNAの大量生産です。がんワクチンは1人ひとりの患者さんなので使うmRNAの量はたかが知れています。1人ひとり作り変える必要はありますが、ある程度絞られた人数です」
「ところが今回の新型コロナウイルス・パンデミックでは何千万人、何億人、いや何十億人分のワクチンが必要になってきます。生産能力が課題であるという議論が主でした」
――新型コロナウイルスと同じスパイクタンパク質を出現させるmRNAをどのように生成するのですか
「新型コロナウイルスのゲノム解析は1月中にされました。配列の情報を取得し、スパイクタンパク質に翻訳される塩基配列情報のどの部分をコードするかというのはいくつかサンプルを作って横並びで実験します。鋳型のDNAベクターを作ってmRNAに転写をしたものを使うわけです」
「ベクターとしていろいろな配列のものを作るというのは技術的には簡単なことです。いくらでも作れます。配列を変えたmRNAを用意するというのは技術的には問題ありません。鋳型のDNAベクターを作った上で試験管の中で転写をさせてmRNAにするというのが今の作り方です」
「科学的に核酸を一からつないで合成するということは短いRNAならできるのですが、mRNAぐらいの長さになると現時点では無理です。特定のベクターを作るということ自体は新しい技術ではなく、すでに商業的にも行われています」
――mRNAワクチンは従来の不活化ワクチンや生ワクチンに比べて安全と言われますが、どれぐらい安全なのでしょう
「逆に従来のワクチンをどれだけ危険というかにもよるのですが、本質的にはウイルスそのものは弱めているけれども、やはりウイルスの端くれです。ところがmRNAは遺伝子をコードしている物質であって、物質そのものは安全と言って良いと思います」
「要するにmRNAは生き物ではありません。今回のコロナ危機でこんな話になりましたが、mRNA医薬はもともと注目され始めていました。数年前から欧米では脚光を浴び始めていたものが、日本国内ではまだ認知度は低い状態でした。先の国際学会も、一昨年ぐらいまでは日本からの発表者は私だけでした。安全性、開発のスピードというのがmRNA医薬の最大の特長です」
――ワクチンによって作られた抗体がウイルスと結びついた時に逆に感染や増殖を促して重症化させてしまう抗体依存性感染増強(ADE)の心配はありませんか
「これはmRNAテクノロジーではなく、むしろCovid-19そのものの問題です。例えばジカウイルスではこのADEが強く出てワクチン開発が中止になったものがあったと思います。ジカウイルスがそもそもそういうウイルスだからです」
「コロナもADEを起こしやすいタイプのウイルスかもしれないという心配はあります。その場合、一般のワクチンでも同じことは起きます。そうなるとコロナを制圧するためにワクチンが使えないという方向に行ってしまいます。これはmRNAワクチンだけの問題ではありません」
「ただmRNAワクチンは細胞性免疫を比較的強く誘導しうると言われています。ADEを起こしにくい細胞性免疫に比重を置いた方が有利です。mRNAワクチンは比較的ADEを起こしにくいと期待できると考えて良いと思います」
筆者注)細胞性免疫はヘルパーT細胞やキラーT細胞が主に働く免疫の仕組み。体液性免疫とは抗体の産生に関わるB細胞が主に働く免疫。
「mRNAワクチンが細胞性免疫を誘導しやすいというのは、コロナに限ってではなくて他の感染症やがんでも共通する話ですが、mRNAワクチンが2つのルートで免疫を誘導するからと考えられます。すなわち、まずmRNAが細胞に取り込まれると抗原タンパクが産生・分泌されて、これが抗体の産生を誘導する、これは普通のワクチンと同じメカニズムです」
「一方、細胞性免疫とはウイルスが感染してしまった細胞自体を直接攻撃する免疫の仕組みですが、mRNAを取り込んだ細胞では、mRNAから産生されたウイルスタンパク質の一部が細胞表面に顔を出して、擬似的にウイルス感染細胞と同じ状態を作り出す、これをT細胞が認識することによって、細胞性免疫が誘導されるというメカニズムが考えられています。言わば、2つのルートで免疫を誘導するということになり、mRNAワクチンは期待されるということになります」
「どこに投与するとか、どういう抗原かということによってケースバイケースの話はありますが、複線で効果を示します。動物実験の結果では細胞性免疫を特に強力に誘導しうるというデータはこれまでにもたくさん出ています」
――人体に注射するとmRNAはどれぐらいの期間残るのですか。免疫反応が落ちるとまた接種しても大丈夫なのでしょうか
「mRNA自身が物質として人体に特別、毒性を示すということはほとんど心配がありません。もともと体の中にあるものですから。何度か接種するというのはもちろん問題がないと思います」
「ただmRNAが体内に残る期間は非常に短いのです。実験でやると通常長くて数日単位です。本来、体の中で日常的にゲノムDNAからmRNAは作られていますが、その1分子のmRNAからどれぐらい細胞の中でタンパク質の翻訳が続くかと言えば科学的にはまだ正確には分かっていません」
「おそらく1分子のイメージングができないと現実には証明はできません。ただ研究はいろいろありまして、その大まかな結論としては、長いもので半日程度、短いものだと数分、せいぜい1時間とかその程度じゃないかと言われています」
「遺伝子が持続的に発現するというのはどういうことかと言えば、mRNAではなくてまずゲノムDNAからの転写が持続的に起きます。そしてどんどんmRNAが供給される、一つ一つのmRNAは短い時間でどんどん消費されていきます。これが体の中で自然に起きていることです」
「今回の場合は薬としてmRNAを外から入れますが、同じぐらいの時間で消えてなくなると想定して良いと思います。キャリアのLNPに包んで体内に入れます。キャリアで細胞の中に入った時にそこからmRNAが出てくるタイムラグの期間が数日なり1週間なりというようにコントロールできているものはあります」
「今回のコロナのmRNAワクチンがそれをどのぐらいの期間に設定しているのかについての情報は、モデルナやファイザーなどからもあまりはっきり開示されていません。ただ決して長くないと思います」
――mRNAからスパイクタンパク質を作る時に翻訳エラーは出るのでしょうか
「翻訳のエラーというのは一定の確率で当然あります。異常なタンパク質を検出するシステムが動物にも人間にもあります。少なくとも翻訳の段階で天然のmRNAから翻訳エラーが起きる確率以上に外から入れたmRNAの方が危ないかと言えば、そういうことはないと思います」
「天然のmRNAと同じメカニズムで翻訳されます。天然mRNAでも翻訳エラーが出る確率はゼロではありません。外から入れたmRNAからの翻訳エラーが、臨床的、医学的に現実的な問題になるかどうかは、現時点ではまだ分からないというのが実情と思います」
――LNPはどれぐらいの大きさですか
「だいたい直径数十ナノメートルから数百ナノメートルです。いろいろな成分が入っていて細胞とくっつきやすくなっています。新型コロナウイルスが脂肪の膜で包まれているのをまねして、人間の細胞に入り込みやすいように同じような構造にするというのは、DDS(薬物送達システム)の研究では一般的な考え方です」
「各社ともいろいろ工夫して混ぜものをしています。今回のコロナワクチンでは、それまでコロナ以外で使っていたフォーマットを応用して使っていると思います。ただ、今後も工夫の余地はあると思います」
――バイオテクノロジーのブレイクスルーが起きたと考えて良いのでしょうか
「まさにその通りだと思います。mRNAが薬として非常に有効に使えるんだと。これが図らずもCovid-19ワクチンとして最初に実証されつつあると希望的には言っていいと思います」
「コロナだからではなくて、mRNA医薬はもともと有望視されていたバイオテクノロジーです。ここ1、2年で実用化されるだろうと世界中が注目していました。コロナがこのタイミングで勃発しましたが、今年初めの段階で感染症、がんで臨床試験が進んでいました」
「そのフォーマットが今回一気にコロナに切り替わりましたが、そもそもは配列を入れ替えるだけで他のことにすぐ応用できるというmRNAの特長が活かされたとも言えます」
「良い意味で機は熟していました。コロナがなければがんなど他の疾患に対して、近い将来mRNAワクチン第1号ができていたと思います。ただ現在は各社とも他のパイプラインはすべてストップしてコロナに集中しています。国からもおカネがたくさん入って、プレッシャーもものすごくかかっていたと思います」
――アメリカやドイツでmRNA医薬のベンチャーが活躍している理由は何でしょう
「特定の国が突出していたというよりアメリカのモデルナとドイツのビオンテックとキュアバックの3社が突出していたというべきです。もともと創業者はみんな研究者です。mRNAが本気で薬になるぞと思い始めたのは少なくとも2000年代の後半。2010年とか、せいぜいその時期なんです」
「そこからのスピード感で日本と欧米の差はあるなというのは正直、実感します。欧州の中でもドイツです。mRNAというのは遺伝子情報をつかさどる物質です。そういうものを薬として使うというのは遺伝子治療であるという議論が当然あります」
「欧州は、mRNAはもちろん遺伝子治療だが、ワクチンとして使う場合、遺伝子治療の規制は適用しないという法規制が早い段階で欧州連合(EU)では定められていました。国レベルでもいち早く着目して法規制上の後押しは相当有利なものがありました」
「アメリカのFDAは逆に、mRNAは遺伝子とは別であり、遺伝子治療の規制には含めないという方向性になっていました。ただ、まだ個別の案件があるだけの段階で、大枠の方向性は議論の途中であったというのが実情と思います」
「その中で、日本は比較的ユニークな立場にあります。医薬品とは別のカテゴリーとして、再生医療等製品という分野が2016年に新設され、早期の実用化、臨床応用に向けた制度設計がなされています」
「これはもともとiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究などとも関係した細胞治療製品で広く適用されることが想定された法律で、すでにいくつかの製品の臨床試験が始まっています。法律ができたのが2016年。そんな法律を持っている国は当時、世界中で日本だけでした。その中で、遺伝子治療製品というカテゴリーも設定されており、mRNA医薬もそこで承認を目指すことができそうなのです。この枠組みで日本はやっていきましょうと、現在議論をしているところです」
「いずれにせよ薬として初めてのものなので、誰にも分からないというのが現状です。とにかくやってみようという動きをどこまで国家とか、社会とかが後押ししてくれるかということで決まります」
「欧米は少なくともワクチンに関しては非常に足が速かったです。それが今の状況の大きな背景になっていると思います」
――日本の医薬ベンチャーの課題は
「mRNA医薬への取り組みが全体として遅れたのは事実と思います。しかし、それ以前からDNAデリバリーの研究は盛んで技術的な蓄積はありますし、これから十分巻き返しは可能ではないかと思っています」
「私自身はmRNAに関する最初の論文を出したのは2013年です。もともと整形外科医ということもあり、ワクチンではなく、骨軟骨の再生医療など、疾患治療用のmRNA医薬が研究の中心ですが、mRNAが高い可能性を持つことは確信していますし、近い将来に日本発のmRNA医薬が実現できるように、頑張っていきたいと思っています」
(おわり)