第72話
一方、高嶺。さすがの彼女も耳に入ってきた単語は想定外だったようで、
(今の声……夏川か⁉ まさかあの女、宣告通り私から小森を
高嶺繭香にとって小森翔太は平凡な少年であった。
しかし、彼と過ごすうちに――とりわけアウトレットモールでの一件は彼を異性として意識するのに十分な出来事であった。
故に高嶺繭香は
小森への架電は想いを伝えるべく、会う約束をするためだったのだ。
そんな思惑など知る由もない夏川。暴走が止まらない。
「小森くんが構ってくれないから退屈だわ。テレビでも付けようかしら」
(ええっ⁉ 通話させたくせに構ってもらえず拗ねるって鬼畜過ぎません⁉ まっ、まぁ……テレビなら音声が漏れても怪しまれないし、夏川さんが退屈しないで済みますけど……)
夏川の行動を制止することもなく、容認する小森。
しかし彼が後悔するのに一秒としてかからなかった。
なぜならテレビの電源を入れるや否や、
『あんっ、あん、ダメッ!』
――
室内に響き渡る喘ぎ声。それも大音量ときた。
『「まさか本当にラブホテルなの⁉ というか何見てるの翔ちゃん⁉」』
「こっ、これはその、違うんだよ繭姉! お願いだから弁明させてもらえる⁉ そもそもラブホテルにいるのには深いわけが――って、あれ? もしもし? もしもし繭姉⁉」
電話の先に人の気配が無くなった小森はすぐに携帯の異変に気が付いた。
ディスプレイに何も写し出されていないのである。まるで小森翔太の未来を現わしているかのように真っ黒。一時的に復活したバッテリーが切れたのだ。
「ええええっー、嘘でしょ⁉ ここで⁉ このタイミングで切れるの⁉ ちょっ、最悪だよ! これもう絶対言い逃れできないやつじゃん⁉」
頭を垂れて、ため息をこぼす小森。不運に落ち込んでいる様子。
それを見た夏川は、
「えっと……ごめんなさい?」
「どうして疑問形なんですか……誤解はちゃんと解いてくださいよ?」
「嫌よ」
「なんでですか⁉」
「ふんっ。嫌なものは嫌だからよ」
そっぽを向く夏川。
しかし、ふるまいとは対照的に自己嫌悪もしていたようで、
(とはいえ、恋人と電話しているときに悪戯なんて――嫌な女よね。翔太くんが私より高嶺さんを好きになるのも当然かしら。あーもうっ、小森くんを好きになってからどうしていいか分からないのよ!)
気が付けば彼女の目は潤み始めていた。しょんぼり、という擬音がぴったりである。
(さすがに文句の一つでも言おうと思ってたのに今度は落ち込んでいる⁉ ちょっ、感情の起伏が激し過ぎるよ! それだけ大橋くんのことで思い悩んでいるってことだよね? だったら僕が不機嫌になっても仕方ないか。ここですべきことは怒ることじゃなくて励ますことなんだから)
「……はぁ。それでさっきの話に戻りますけど」
小森の言葉に肩を落としていた夏川の身体が震える。
(『それじゃあ――』の続きよね。告白かもしれないと思い込んでいたけれど、たぶん絶交を告げられる……のよね? ダメだ。翔太くんの顔を見れない。泣いてしまいそうだわ)
「僕と――」
夏川は下唇を噛み、なんとか涙を堪える。身体は小刻みに震えていた。
終わりを告げられることを覚悟したであろう、そのとき、
「――友達になりませんか?」
「えっ?」
思わず顔を上げる夏川。何を言われたのか分からない、そんな表情だ。
「……実は僕、見てしまったんです。夏川さんがその……大橋くんに振られて泣き叫んでいるところを。あっ、覗き見なんて気持ち悪いですよね。それに関しては申し開きもないです。ただ、今の夏川さんは混乱して感情の整理が追い付いていないと思うんです。だから『小森でいいや』みたいな自暴自棄にならないで欲しいんです。何ができるかは分かりませんけど、友達として相談に乗りますから」
(健吾に振られて泣いているところを目撃した? 一体何を言って…………ハッ、そういうこと! ちっ、違うのよ! あの日泣いていたのは小森くん、あなたと別れるのが嫌だったからで……いや、今さらそんなことはどうでもいいわ。だって――)
「……やっぱり嫌だわ」
「嫌? 嫌って僕と友達になることがですか?」
「いいえ。小森くんが高嶺さんと話しているところを見るのがよ」
「はい?」
(僕と友達になりませんか、ね。私が恋人と上手く行っていないことを心配してそんな申請をしてくれたのだろうけれど……とんだ殺し文句だわ。だって私のことを大切に想ってくれているからこそ出る言葉じゃない。おかげで自分の想いを再認識させられたじゃない。私は――私は小森君のことが――)
「だから小森くんの友達だなんてまっぴらごめんだわ」
「……そうですか」
夏川の拒絶にがっくりと肩を落とす小森。よもや次の瞬間、
「――だってこんなにもあなたのことが好きなんだから」
告白されることなんて誰が想像できただろうか。