避難所わたぐも氏暗いプールサイド

ある雑誌に2枚の写真がでかでかと取り上げられた。



1枚は誰もが知る天才中学生スイマー。


だがもう一枚には誰もが目を覆いたくなるほどの鮮やかなタトゥが全身に施された少女。



「水谷柚香 電撃引退の真相!!」



この雑誌は過去最高の売上を記録し、テレビ、ネット、様々な媒体を通して日本、更には世界へと
その情報は駆け巡った。

「ごめんなさいね。」


柚香はようやく戻り始めた意識の中、その乾いた謝罪の言葉を認識した。


そして気づく。


自らの全身の皮膚が恐ろしい痛みを持っていることに。
意識がはっきりしていくほどにその痛みはましていく。


痛い 痛い 痛い・・・!!!


しかしもがけばもがくほどその部分が床に擦れて痛みを供給する。



何とか目を開けた柚香の目に映ったのは



ぐったりとした、しかしどこか達成感を漂わせる彫刻刀を手に汗を拭う齢をくった老人が二人。


そして女が一人。


柚香はその女を知っていた。

自分が本格的に競泳を始めるきっかけとなったあこがれの選手。


1週間前、選考会で2位だった関下千鶴。


彼女は大学生のときに頭角を出しはじめ、その後日本のエース的存在として水泳界を引っ張った。
しかし怪我に悩まされ、そこに柚香が現れたことでその足元はどんどん崖へと追い込まれていた。


そこへ一週間前の結果。


マスコミは一斉に「世代交代」と書き立てた。

柚香のやり場を失った目は次に鏡を捉えた。
なんとか立ち上がると自らの姿を見た。

後ろの鏡を通して自らの後姿が映る。

赤い大きな朱雀が背中から尻へと。
その尾は太ももを突き抜け、ふくらはぎにまで達していた。

そして美しい背景が様々な色、模様でその朱雀を引き立たせるように肌に刻まれている。

正面に目を移す。
今度は朱雀の朱色に対するように碧と緑の龍が胸からへそ、太ももへと。
やはり背景はその龍を際立たせるようにしっかりと彫られていた。


彼女の美しい白い肌はもはやどこにも見当たらなかった。


埋め尽くす、色、色、色。

腕、首筋、手の甲まで渡るしっかりとした彫刻はとても水着で隠せるものではなかった。


この瞬間。


彼女の世界選手権への夢、水泳人生は終わりを告げた。



そして決まった。

千鶴の世界選手権への出場、しばらくの安泰。

唯一にして最大の問題である、柚香の告発も心配ないだろう。


目の前の精神が崩れ去った少女をみて千鶴はそう確信した。


そして確信するもう一つの理由が到着した音が聞こえた。



「かわいがってもらいなさいね。」


オンナと区別すべきであろうその邪悪な存在は冷たく笑うと、カネを彫師に渡し部屋を出ていった。

「お前また見てるのか」

男は笑う。


それでも女はその目を鏡から離さない。


――キレイ・・・。


恍惚とした表情で鮮やかな自らのカラダを愉しむ。


「ほら、早くしろ」


真夜中のプール。一糸まとわぬ姿で更衣室から出ると目の前に広がる。

電灯の光はない。
あるのは月の光だけ。


しかし少女はためらわずそのカラダを暗い水に預けた。


ゆっくり泳ぎだす。


1年ぶりの水泳。
カラダは思うように動かない。


どうでもよかった。


だってもうタイムなんてどうでもいいのだから。


水の抵抗が直接乳首、背中、尻の割れ目へと。



きもちいい。



それで十分。



柚香はプールから上がると濡れたまま一冊の雑誌を手に取った。



世界選手権での千鶴の惨敗が小さく取り上げられていた。


そして「水谷柚香 電撃引退の真相!!」。


彼女は狂ったように笑った後、ソレを暗い水に沈めた

―――完。

  • 最終更新:2014-03-18 05:09:23