「中華民族」という虚構|石平

「中華民族」という虚構|石平

この地球上に「中華民族」という「民族」はどこにも存在しない。単に、人工的に作り出された一つの虚構の概念である。この本質を見なければ「中国」を見誤る。


民族の言語を抹殺する

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2020年8月、中国政府は内モンゴル自治区の学校教育からモンゴル語を排除したうえ、子供たちに中国語の教科書で勉強することを強制した。民族の言語を葬り去ろうとするこの暴挙は当然、モンゴル人たちの猛反発を受け、国際社会からも激しく批判されている。

中国の現行憲法においては、「中華人民共和国の各民族は一律平等である。……各民族には自らの言語・文字を使用し発展させる自由がある」と書いてあるはずだが、共産党政権は構わず、モンゴル人などの少数民族から自民族の言葉を学ぶ自由を平気で奪っている。

中国の憲法はそもそも共産党政権の手で作られたものである。自分たちの作った憲法を自分たちで破るとはいかにも荒唐無稽な話だが、そのことは端的に、中国共産党という政党の横暴さと中国憲法自体の無意味さを露呈している。

中国政府のお馴染みの台詞

前述の暴挙がモンゴル人から反発されると、あるいは外部世界から批判されると、中国政府の口から返ってくるのは、「モンゴル族はそもそも中華民族の一員であるから、子供たちが中華民族の共通語である中国語を学ぶのが何か悪いのか」というお馴染みの台詞である。

もしモンゴル人が中国政府の言うように「中華民族の一員」であるなら、モンゴルの子供たちが中国語を勉強するのは当然のことかもしれないが、一つの民族としてのモンゴル人が一体なぜ、「中華民族の一員」にならなければならないのか。モンゴル人と「中華」に一体何の関係があると言うのか。
「中華」あるいは「中華文明」というものはもともと、黄河流域や揚子江流域の農耕地帯で誕生し発達してきた農耕民の文明である。大草原で生きる遊牧民族のモンゴル人は、最初から「中華」とは何の関係もない。モンゴル人は一時期「中華」を征服したことはあるが、「中華」そのものではない。なのに中国政府は無理矢理にモンゴル人を「中華民族」の枠組みに入れる。

こんな理不尽な扱いを強いられたのはモンゴル人だけではない。中国国内にはいま、漢民族以外に55の民族が住んでいるが、中国政府の言い分からすると、歴史も文化も生活習慣もそれぞれ違っているはずの彼らは全員、「中華民族」なのである。

「中華民族」という「民族」はどこにも存在しない

しかしよく考えてみれば、この地球上に、「中華民族」という「民族」はどこにも存在しない。漢民族やチベット人やウイグル人やモンゴル人などの様々な民族はあっても、「中華民族」という民族は実在しない。それは単に、人工的に作り出された一つの虚構の概念である。

実は中国共産党政権にとって、この虚構の概念こそ、諸民族を支配し弾圧するための非常に便利な道具となっている。前述の「モンゴル人も中華民族だから中国語を勉強するのは当然だ」という彼らの言い分はまさにその典型例の一つであるが、たとえば中国共産党がチベット人やウイグル人を弾圧する際、彼らの言い分からすればそれは決して「民族弾圧」ではない。弾圧する側の中国共産党と弾圧される側のチベット人やウイグル人は同じ「中華民族」だから、中共の弾圧は「民族弾圧」にならないのである。

漢民族と共産党の軍事力によって、55の民族は大変不本意ながらも、一方的に「中華民族の一員」とさせられ、共産党と漢民族の支配と圧迫にあえいでいる。

民族征服のための「サラダボウル」

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さらに理不尽なことに、無理矢理「中華民族の一員」にさせられた諸民族が、自分たちの意思でそれをやめることもできない。「中華民族をやめよう」と言った途端、「民族分裂」の罪名を着せられて共産党政権の軍事力・警察力によって鎮圧されてしまうからだ。そして、このような55の民族の悲運は中国周辺の諸民族にとっては決して他人事ではない。

「中華民族」という虚構には、実は中国にとってのもう一つの妙用がある。それはすなわち、民族征服のための「サラダボウル」としての機能である。どんな野菜でもサラダボウルに入れられればサラダとなるのと同様、中国共産党からすれば、どんな民族でもそれを征服して「中華民族」の枠に入れさえすれば、その民族はその瞬間からめでたく「中華民族」になってしまう。

結局、チベット人もウイグル人もモンゴル人も皆、無理矢理にサラダボウルに入れられ、「中華民族」にさせられたわけだが、逆に中国からすれば、「中華民族」というサラダボウルを常に用意し、あとは圧倒的な軍事力さえあれば、いつでもどこでも、他民族を「中華民族の一員」にして支配できるのである。

このままいけば、日本民族もいずれ中華民族のサラダボウルの標的になりかねない。今後、いかにして日本国民の国防意識と国家の国防体制を高めていくのかが、我らにとっての死活問題である。(初出:月刊『Hanada』2020年11月号)

石平

https://hanada-plus.jp/articles/195

評論家。1962年、四川省生まれ。北京大学哲学部を卒業後、四川大学哲学部講師を経て、88年に来日。95年、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。2002年『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)刊行以来、日中・中国問題を中心とした評論活動に入る。07年に日本国籍を取得。08年拓殖大学客員教授に就任。14年『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞を受賞。著書に『韓民族こそ歴史の加害者である』(飛鳥新社)など多数。

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