主文 主 文
被告人を懲役2年6月に処する。未決勾留日数中350日をその刑に算入する。
押収してあるペットボトル1本(平成13年押第56号の1。2リットルサイズで,重質油が3分の1程度在中のもの)を没収する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は,金融機関から金員を強取しようと企て,平成13年9月14日午前10時35分ころ,新潟県新津市a所在のA信用金庫b支店において,同支店店員Bらに対し,所携のペットボトル(平成13年押第56号の1)に入れたエンジンオイル約1.2リットルを同支店カウンター上に撒き散らし,これに点火するかのように装って脅迫し,同人らの反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが,同支店店員Cに木刀を振り回されるなどして抵抗されたため同支店から逃走し,その目的を遂げなかったものである。
なお,被告人は,本件犯行当時,中等度精神遅滞及び自閉性障害に罹患していたため心神耗弱の状態にあったものである。
(証拠の標目)
略
(弁護人の主張に対する判断)
1 弁護人は,第1回公判において,被告人は,精神遅滞の状況にあり,かつ,幼少時から自閉症に罹患しており,他人とのコミュニケーションをとることが極めて困難な状況にあり,質問に対しても,その真意を理解しないままにいわば鸚鵡返し的に答えてしまい,真に理解して答えているのか判然としないなどの特徴があり,また,被告人の人定質問,被告事件に対する陳述の状況等に照らしても,真に言葉の意味を理解して返答しているとは思えない状況にあるから,被告人の訴訟能力には疑問があり,鑑定の上訴訟能力がないということであれば公訴を棄却すべきであると主張し,さらに,本件の審理を進めるとしても,前記の事情により,被告人の知能程度が極端に低く,正常な認識判断能力及びそれに従って行動を制御する能力がなく,あるいは,その能力が著しく減退していたから,本件犯行時には,心神喪失,あるいは,心神耗弱の状態にあったと主張した。その後の公判において,被告人の精神鑑定を実施した上で,訴訟能力の有無や被告人に対する取調状況などについての審理を行い,その後,再度,被告事件に対する陳述を求めたところ,被告人は公訴事実を認め,弁護人は,被告人の訴訟能力について前同様の主張をし,かつ,その回復の見込みがないから公訴棄却すべきであること,また,仮に訴訟能力があるとしても,前記障害により心神喪失,あるいは,心神耗弱の状態にある旨主張し,さらに,本件公訴事実記載の外形的事実は争わず,木刀を振り回されるなどして抵抗されたため逃走したことは争わないが,被告人の行為は恐喝未遂罪を構成するに過ぎない旨主張する。一方,検察官は,関係証拠を総合すれば,公訴事実記載の強盗未遂の事実が認められ,かつ,被告人には犯行当時の責任能力に欠けるところはなく,また,訴訟能力も認められる旨主張する。以下,争点に即して順次検討する。
2 被告人の訴訟能力について本件では,被告人の訴訟能力に争いがあり,被告人がこれが欠いているとなると,本件公判手続を停止するなどの措置が必要となるので,先ずこの点を検討する。
(1) 関係各証拠,とりわけ本件公判で被告人の精神鑑定に当たった鑑定人D(以下「D鑑定人」という。)の鑑定書及び当公判廷における供述,捜査段階で被告人に対する精神衛生診断に当たったE医師の精神衛生診断書及び当公判廷における供述によると,被告人の精神状態や意思疎通能力等について,以下の事実などを認めることができる。
① 被告人の成育歴等
(a) 被告人は,その幼少時から,発語や歩行などの発達に遅れが見られ,昭和57年11月4日(4歳9か月当時),F大学医学部附属病院精神神経科を受診し始めたが,同年12月16日以後は受診していなかったところ,平成10年6月3日(20歳3か月当時),G病院精神科を受診し,対人関係は極めて表面的,話し方も単調,思い通りにならないとパニックとなり,頭を叩くなどの自傷行為があるなどから「自閉症,中等度精神発達遅滞」との診断を受けた。
(b) また,被告人は,3歳のころ,東京都小金井市にある自閉症児を訓練する学校に入学し,それに並行して,病院や言語学校に通って訓練を受け,さらに,自閉症専門の家庭教師にもついて訓練をしていた。その後,東京都三鷹市内の市立小学校に入学したものの,同校には特殊学級がなく,学籍はそのままにして同市内の別の市立小学校の特殊学級に6年間通った。小学校卒業後は,平成3年4月同市立中学校の特殊学級に入学し,1年時に両親が離婚し,その後は父親と二人暮らしとなり,同校を卒業するに際し,同校教諭から被告人の進学先としてH養護学校を紹介されたが,入学手続の手違いで,結局,都立の定時制高校に入学したものの,学業に付いていけないなどの理由から同校を退学した。その後,平成7年10月ころ,父親が,被告人をIセンターに連れて行き,そこで精神薄弱4度(軽度精神遅滞に相当する。)との認定を受け,その後,平成8年,前記養護学校に入学し,平成10年3月,同校を卒業した。被告人は,同校入学当初から,国語と算数についてはハイグループ(通常小学校4年生程度の知的水準で話ができ,理解ができる程度で,精神年齢も小学校4年生程度に相当する。相手の気持ちが分かり,自分の気持ちを表現できるレベルを指す。)の下の方に属していた。しかし,被告人が卒業時において,漢字や言葉で自分を表現できるかについては疑問視されていた。この当時も既に自閉症の傾向が発現し,おとなしく,真面目ではあるものの,友達関係や人間関係が無く,興味があることには集中しても,気に入らないことは飽きやすいという傾向を示していた。
(c) そして,被告人は,平成10年3月,同養護学校を卒業し,翌平成11年4月,その養護学校の紹介により,東京都内の繊維関係会社に就職し,外部からの郵便物の振り分けや,掃除などの仕事に従事し,同社には平成12年4月ころまで勤めていた。この間,被告人は,2回ほど家出をしたが,2回目の家出をした平成12年4月,東京都昭島市内のJ信用金庫において,強盗未遂の犯行に及び,その結果,同年c月d日,e地方裁判所f支部で強盗未遂罪により執行猶予付きの有罪判決を受けて,同日釈放された。釈放された被告人は,神奈川県内の知的障害者福祉施設に入所したものの,1週間ほどで退所し,その後は,父親と2人で暮らし,家事や父親の仕事の手伝いをしながら生活していた。また,被告人は,電車を利用するなどして1人で外出することもでき,また,日常の出費についても,自分名義の銀行預金通帳やキャッシュカードを持ち,預金の出し入れなども自分で行うことができ,さらに,出費した金額等を帳面に付けておくことなども実行していた。
(d) 平成13年8月12日朝,被告人は,父親に衣服のことで叱られるなどした後,自己名義のキャッシュカードを持って家を出てしまい,その後,随時,銀行口座から現金を引き出しては,主にJRを使ってその興味の赴くままに,東京都内や千葉県内のテーマパーク等を巡り,あるいは,静岡県内のJRの駅などを見に行くなどし,さらに,新潟県内で鉄道車両を見たいなどと思い,かつ,地図で見付けたA信用金庫b支店(以下「本件信用金庫」という。)に強盗に入ろうと思って,同県内に赴き,ついに,同年9月14日,本件強盗未遂の犯行に及び,その直後,逃走したものの警察官に現行犯逮捕された。
② 被告人の精神鑑定及び精神衛生診断
(a) 第1回公判後に実施した精神鑑定においては,D鑑定人が,被告人の勾留場所である新潟刑務所に出向いて面接を行い,さらに,K大学病院に鑑定留置をした上で面接等を行った。その際の知能検査では,WAIS-R成人知能検査から,言語性知能指数52,動作性知能指数65,全検査知能指数50と判定され,被告人の知的水準は中等度精神遅滞(IQレベル35ないし40から50ないし55)の上限域に属していること,自閉性障害罹患者に特徴的なプロフィールであるいわゆる言語性IQと動作性IQの開きがあり,また,被告人は経験により習得された知識の量が乏しく,言語発達水準や論理的思考の程度も低いので,経験や考えを言語で表現することは不得手であり,言語によるコミュニケーションが困難であること,常識的行動の知識も不足し,社会的成熟度も低いこと,その場で起こっていることを認知し,結果を予測する力にも乏しいこと,その一方で,聴覚的な短期記憶力や模写構成能力は良いが,衝動の統制が困難であるとの特徴が見られ,知能は9歳7か月程度と推定されることなどが認められた。また,その人格的特徴としては,その場をやり過ごそうとする傾向がある一方,文章の作成等では漢字を正確に多用し,自分の興味のあるものなどには関心を示すが,外界への関わりが快不快に左右され,かつ,興味関心の対象が限定されていること,人とのつながりを求める気持ちや共感性が育っておらず,社会的常識にも乏しいことなどが認められた。なお,被告人には神経学的検査,脳波検査等では異常な所見は認められなかった。被告人は,D鑑定人との面接時間が長くなると,投げやりな態度に出る傾向があるが,面接時には一貫して妄想的言動は認められず,幻覚や錯覚などの知覚異常,思路障害,思考体験等の精神病性の症状は認められなかった。そして,被告人は,幼少期早期から自閉性障害及び知的障害(中等度精神遅滞)が認められるものの,それ以外の精神疾患,例えば統合失調症等の精神病性の精神障害や躁うつ病などの気分障害,あるいは,アルコール中毒等の精神疾患には罹患していなかった。また,D鑑定人が被告人と面接した際は,同鑑定人の発する質問の意味等は良く理解し,方法を説明すればそれに従うこともできたが,回答の際,言葉で上手く説明できなくなると「忘れちゃいました。」と言って,直ぐに思考を中断させ,一度それでやり過ごすことを覚えると,同じ言葉を使ってその場をやり過ごそうとする態度が認められた。また,D鑑定人は,被告人との言葉によるコミュニケーション(なお,D鑑定人は「コミュニケーション」について,事実を答えるということがコミュニケーションではなく,コミュニケーションは感情が入る複雑なものであると指摘し,自己の不利な点を隠すというような心の動きがないとコミュニケーションは成立しないと指摘し,事実を問われ,事実を答えるというだけでは不十分である旨指摘している。)が困難であると指摘し,被告人とは,鑑定留置期間中,話を続けていく中で信頼関係を築きながら話を進め,また,いわゆる自由形式の質問を取り入れつつ話をし,さらに,被告人に対する発問と回答について,適宜口頭によるものと筆談によるものとを織り交ぜながら実施したところ,被告人からは,口頭による場合には得られなかった事柄についても,筆談では回答が得られる異が増え,「裁判」「裁判官」「刑務所」などの刑事手続上の用語の抽象的な意味合いについての回答を得るところには至らなかった。そして,被告人による物事の理解の仕方の特色,あるいは,表現の特色として,問題の事項の一般的抽象的な意味合いを理解するというよりは,目に映った事象をあたかも写真を撮るかのように記憶し,それをそのままに再現するという傾向が認められたと指摘した(例えば,「裁判官」の場合「黒い服を着ている人物」という対応関係)。また,鑑定留置期間中の日常生活に基本的には支障はなく,病棟での生活でも,被告人の身勝手な振る舞いはあったにせよ,他の入院患者らとトラブルも特に生じず,職員の指示に従い,身の回りの事柄を処理でき,自分の要求も主張することができた。
そして,D鑑定人は,これらの点を総合考慮し,被告人は,中等度精神遅滞及び軽度ないし中等度の自閉性障害に罹患しており,この2つの精神疾患の程度は軽度から中等度であること,被告人の精神的能力は障害されており,その程度は就学期以前(幼稚園児)レベルと判断され,意思疎通能力についても重大な障害が存在すること,鑑定時において,狭義の精神障害(精神病)や意識障害はないことを指摘し,被告人には重大なコミュニケーション障害があり,相手方が求める道筋に被告人の回答が入ってこないという特徴が認められ,刑事訴訟のような場において自らを適切に防御する能力に欠けていると指摘した。
(b) そして,E医師は,主として,被告人の犯行当時の精神状態を診断したものであるが,同医師は,その作成に係る精神衛生診断書及び当公判廷において,被告人は,診断時及び本件犯行当時に,乳児期からの知的発達の遅れによる軽度精神遅滞,対人的相互反応の異常,言語能力の異常による自閉性障害に罹患していると診断している。同医師は,被告人には,自閉性障害があるために,その態度が極めて奇妙な印象を与えるから,一見すると3歳児程度のレベルに見えてしまい,精神遅滞の程度が重度から中等度の印象を与えるが,その知的能力を検討すると,買い物,銀行での現金の引き出し,交通機関の利用,食事などの基本的な生活能力がある程度あること,長期間の家出が可能であったこと,保護的環境下ではあったものの,就労していたこと,思考の論理構造に破綻がないこと,前記WAIS-RでIQ51と判定され,表面的である可能性はあるものの,「悪いこと」の認識があり,アパートでの独り暮らしという目的のために準備をし,顔まで隠して本件犯行に及んだことから,善悪の判断が保たれており,事柄についての表面的な理解が多く,全く正常ではないが,減弱はしてないこと,自閉性障害と精神遅滞は合併するケースが多いが,物事へのこだわりや常同性といった自閉性障害の一部により判断能力が低下することは一般的にはあり得るものの,被告人は常同性によって本件犯行に及んだものではなく,自閉性障害が本件犯行に影響を及ぼしているとはいえないこと,被告人には,明確で理解可能な目的があり,そのために準備して本件犯行に及んでいることから,自閉性障害だからこそ行った行動ではないこと,言語的コミュニケーションに問題はあるが,幻覚や被害妄想はなく,躁鬱状態等の気分の変動もないことなどを指摘している。
(c) このようにD鑑定人とE医師の各指摘は,被告人の精神遅滞の程度については,D鑑定人が中等度とし,E医師が軽度とする点は異なるものの,その余の点は概ね内容を同じくすると認められる。また,自閉性障害の特徴には言語発達の遅れがあり,たとえ話せるようになっても特有のイントネーションがあり,また,鸚鵡返しの言葉(反響言語)が多く含まれ,あるいは,紋切り型の言葉であることがあるなどが指摘されている。
③ 被告人の公判における供述等
(a) そして,第1回公判当初は,被告人は,被告事件に対する陳述を含めて「分かりません。」という供述を立て続けにしていたものの,上記鑑定後の審理に際しては,法廷で証言する証人の氏名や自分との関係などについて理解を示していること,被告人質問においては,基本的には口頭による発問と回答によるとしつつも,適宜,D鑑定人が鑑定のための面接等で採用した筆談方法を用いながらこれを実施し,その際,被告人は,発問に対して,時に「分かりません。」という回答を連発し,あるいは,筆談の場合には,これと意味を同じくする「×」印を立て続けに記入するなど,一見投げやりな行動に出ることもあり,また,時に発問者の意図したところは無関係の事項に興味を奪われ,ひたすらそれについて説明をするということも見られた。
(b) その一方,本件犯行に至るまでの経緯,行動内容,本件犯行を決意した理由,準備の方法などについて,関係証拠によれば,被告人は,過去にも本件と同様に日本国内を旅行したいとの思いから,金融機関を狙って強盗行為に及んで有罪判決を受けたこと,本件に先立ち,JRを利用して日本全国に旅行に行きたいとの思いを抱いたものの,当時の所持金がその目的のためには乏しく,かつ,当時同居していた父親と離れて独り暮らしがしたいなどと思ったが,十分な所持金もなく,かつ,働きたくもなかったところ,青森県内において,金融機関を狙った強盗事件が発生し,その犯人が店舗内に放火したという事件報道に接し,こうすれば自分も金融機関から現金を奪うことができると思うに至ったこと,そして,被告人は,新潟県新津市内のJR関連施設に鉄道車両を見に行きたいなどと思い,また,地図で見付けた本件信用金庫に強盗に入ろうと思って新潟に向かったが,以前にJ信用金庫に強盗に入った際には警察官に捕まったことから,今回は捕まりたくないと思い,顔を隠すためのカツラ,サングラス,帽子,覆面マスク等を準備し,さらに,ホームセンター等でエンジンオイル,ライター,バールなどを購入し,清涼飲料水入りペットボトルを2本購入し,また,JRの駅でペットボトル1本を拾い,それらに前記エンジンオイルを入れ,その後,新潟に到着してからは,一旦亀田町内に行き,本件信用金庫に押し入る際の道具としてスポーツ用品店で金属バットを購入し,その後,新津市内で宿泊しようとしたものの,ホテル従業員に断られたことから,一旦東京に戻り,翌日,本件犯行に及ぶべく再度新潟にやって来たこと,JR新津駅から本件信用金庫に赴く際には,自らの犯行であることが発覚しないようにと配慮し,カツラを被り,サングラスをかけ,覆面をするなどの周到な準備をしていること,上記新津駅から本件信用金庫までは道に迷うこともなく到着し,実際に本件信用金庫に押し入った際には,おもむろに職員が顧客と相対するカウンターに向かい,その上に前記ペットボトルからエンジンオイルを撒き散らしたこと,その際には所携の鞄の中に入れていた花火にライターで点火して「金出さんと火をつけるぞ」といって脅かすつもりであったこと,職員から木刀を振り回されるなどの抵抗に遭うと,直ぐさま逃走し,その途上で変装道具などを脱ぎ所携の鞄に入れたこと,逃走の経路を被告人なりに慎重に選んでいたこと,また,被告人自身は,本当は5000万円くらいは欲しかったが,それではバッグに詰め込むのに時間がかかってしまい,警察官に捕まってしまうかも知れないと思い,200万円を奪おうと考えていたことなどの諸事実が認められるところ,被告人も,その内容についてはたどたどしく,また,一部混乱している部分があるものの,概ねこれらに副う供述をして,それぞれの事柄の説明ができていると認められる。
(c) しかし,刑事裁判,裁判官,検察官,弁護人(あるいは弁護士),鑑定人,刑務所,懲役,執行猶予などの言葉の一般的抽象的な意味合いについては,「分かりません。」などと答えるのみであった。もっとも,捜査段階においては,被告人は,本件犯行直後に現行犯逮捕された後,警察官あるいは検察官による取調べには素直に応じ,同様の事柄についてより詳細に述べ,その供述内容は相当具体的な事項に及んでいた。
④ 加えて,被告人は,平成12年c月d日,e地方裁判所f支部で強盗未遂罪,銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により懲役3年,5年間執行猶予付きの有罪判決を受けたことがあり,その捜査段階及び公判段階での供述には,本件と同様の特徴が認められた。また,本件による新潟刑務所での未決勾留中の日常生活では,行動様式や言葉遣い等が通常の未決勾留中の者に比して特異な面があるものの,概ね刑務所内の規則を遵守し,特に問題行動に出たという事情は認められない。
(2) 以上の事実関係を基にして,被告人の訴訟能力を検討する。① 先ず,被告人のこれまでの病歴及び治療歴,捜査段階の精神衛生診断,公判段階の鑑定における諸検査の内容,精神鑑定の際のD鑑定人とのやり取り,あるいは,公判における供述態度とその内容,捜査段階における供述態度とその内容などに照らすと,被告人が,精神遅滞及び自閉性障害に罹患しており,その程度が軽度から中等度であり,また,被告人の精神的能力は障害されており,その程度が就学期以前(幼稚園児)レベルとし,意思疎通能力について重大なコミュニケーション障害があること,被告人の話し方,あるいは,文章の構成の仕方には独特の面があり,また,被告人による事象の理解の仕方として,当該事項の一般的抽象的な意味合いを理解するというよりは,目に映った事象をあたかも写真を撮るかのように記憶し,それをそのままに再現するということ,そして,質問に対しては,概して答えようとの意欲を示すが,その回答の際,言葉で上手く説明できなくなると,「忘れちゃいました。」「分かりません。」と言って,直ぐに思考を中断させ,一度それでやり過ごすことを覚えると,同様の事態が生じた場合には安易に同じ言葉を使ってその場をやり過ごそうとする特徴的な態度が認められることなどを指摘するD鑑定は基本的に信用に値し,また,この点については基本的に結論を同じくすると考えられるE医師の意見もまた同様に信用できると考えられる。すなわち,被告人には,このような障害があるということを前提として,訴訟能力の有無を検討する必要がある。
② そして,D鑑定人は,さらに進んで,被告人は刑事訴訟の場で自らを適切に防御する能力に欠けている旨指摘し,被告人の訴訟能力に疑問を呈している。
たしかに,訴訟においては言語による意思疎通能力に加えて,一般的,抽象的な認識,思考能力が重要であるところ,被告人の場合,その中等度精神遅滞と自閉性障害のため,他者との意思疎通の方法に工夫が必要であり,容易にはこれを実現し得ず,本件記録に照らして明らかなように,被告人との会話等には,発問方法等について工夫することも必要である。また,一般的,抽象的な認識及び思考能力が低いと考えられ,公判における供述や供述態度を見ると,刑事裁判,裁判官,検察官,弁護士(あるいは弁護人),鑑定人などについての理解や記憶を問われた際にはその一般的抽象的な意味や役割といった事柄を積極的に供述することはなく,まさに自分の目に映った印象(黒い服(法服)を着ているなど)の限度で理解しているに過ぎず,その抽象的な意味内容についての理解が希薄であること,自分が公判中であること,裁判により自らが裁かれること,弁護人が自分のために弁護していること,裁判官や検察官の役割等についての認識に欠けるところがあると考えられ,これらの点を指摘するD鑑定ないし証言は,正当な面を含むと解される。そして,自分の興味のある事柄については非常に関心を示し,時として質問者の意図するところでない,自らの興味の向いた事柄について回答し続けるということもあり(例えば,被告人質問における「L」等を巡るやり取りの部分等),その一方,その余の事柄については投げやりな態度に出ることもあることなどもD鑑定人が指摘するとおりである。そして,被告人の受け答えの状況等に照らすと,例えば,黙秘権及び供述拒否権の実質的な意味合いを理解していないとの疑問を抱くことも,あながち不合理とはいえない状況にある。したがって,被告人に対する黙秘権等の告知,公訴事実に対する認否などについてもより慎重な態度で臨む必要がある。このように,被告人は,単独で,被告人としての重要な利害を弁別し,それに従って相当な防御をなし得る能力を有しないだけでなく,防御のために弁護人等の協力を求めるにしても,その前提となる意思の疎通が困難な状態にあることは否定し得ない。また,被告人の精神遅滞の程度については,D鑑定人とE医師では見解を異にしているところ,被告人の行動にはたしかに了解可能な動機とそれに向けて合目的的な行動が認められるものの,余りにも短絡的で唐突な行動を繰り返して本件犯行に至っているという点や,D鑑定人が慎重な面接・診察を経て,被告人の本件犯行に至るまでの行動経過等も考慮して,その程度を中等度と判断したことを考慮すると,その社会性の欠如や常識的判断の欠如の程度は著しく,精神遅滞の程度は中等度であると認めるのが相当である。
このように,被告人は,黙秘権,あるいは,弁護人選任権などの訴訟上の言葉の意味,また,法廷における訴訟関係人の役割や訴訟手続の意味,各訴訟行為の内容,特に公訴事実に関する検察官の立証内容や訴訟の成り行き等について,その具体的・実質的な内容を,その抽象的な意味合いのレベルで大筋を理解することは困難であり,例えば,自分に有利な事実を弁護人に知らせ,弁護人と防御に関して相談することなどは困難であるといわざるを得ず,結局,被告人のコミュニケーション能力は相当程度障害されているというほかない。
③ そして,訴訟能力とは,公判手続を続行するにあたり,被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態をいうと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷平成10年3月12日判決
④(a) 被告人は,前記のとおり,検査知能指数50と判定され,中等度精神遅滞と軽度ないし中等度の自閉性障害が認められること,その精神的能力は障害されており,その程度が就学期以前(幼稚園児)レベルであり,意思疎通能力,重大なコミュニケーション障害があることが認められる。そして,被告人は,その義務教育年齢における全期間を通じて,コミュニケーション障害や知的障害により,一般教育機関での教育が困難であり,被告人には,コミュニケーション障害を主とした自閉性障害及び知的障害(中等度精神遅滞)が存在し,一般社会での適応性は必ずしも良好ではなかったとはいえ,これは重度障害ではなく,養護学校のような被告人の状況を理解し,受容し得る環境では,ある程度のコミュニケーションは可能であり,特段の問題行動にも発展していない。
そして,被告人は,これまでにも民間企業に就職し,その作業内容については,被告人の能力による限界はあるものの,それなりに稼働していたこと,電車等の一般公共交通機関,キャッシュカード等を自ら利用していたこと,本件に先立って自宅から家出をし,その後は,自らキャッシュカードを使用して預金を引き出し,旅費等に充て,自らの興味の赴くままに,主にJRを利用して各地を転々とし,新潟県新津市内に到達していること,その間,特段の不都合な事柄を惹起した事情はないことなど父親の庇護を離れても相当期間生活できるだけの能力は有しているから,全般的な生活能力の存在は認め得ること,日常生活に関連した直接的具体的事柄,自分の目的に従って実用的な行動や事柄などについては,相当程度自らこれを処し得る上,相手方の善意や努力に依存している面がないとはいえないものの,その意思疎通に大きな支障はないことが認められ,その日常生活における社会的な適応力は完全ではないが,これを欠いていたとは認められない。
(b) そして,被告人は,本件を含み2回にわたり金融機関に対する強盗未遂事件を起こし,本件により逮捕勾留され,現在は起訴されて新潟刑務所で勾留されていること自体は認識しているし,そのような強盗行為が「悪いこと」との認識も有していると認められる。そして,本件犯行に際して顔を隠したのは,顔がばれてしまえば,交番などに顔のポスターなどが張り出されて,警察に捕まってしまうから,それを避ける必要があったと説明していること,裁判を受けて有罪判決を受ければ,刑務所に入って働かされること,自分は未決勾留中であるから働く必要はないことなどを経験的に認識していること,内容の是非はともかく,自分は障害者であるから刑務所には行かずに済み,福祉関係施設で生活をするとの展望を述べるに及んでいることなども考慮すると,刑事裁判による効果,あるいは,裁判後の事柄の推移等を理解している面が認められる。たしかに,公判段階では,裁判の意味や,執行猶予の意味,あるいは,有罪判決を受けた場合の効果などについて,分からない旨答えることが多いが,後述する検察官調書においては,それらについて概ね相当な回答をしていたのであって,現時点において,その回答の字句通りにこれらの事柄を理解していないと認めるのは相当ではない。また,捜査段階では執行猶予,刑務所などの意味について相応の説明をしていたことが認められ,さらに,自己に不利益な事情の供述を回避したり,反対に有利な事情を積極的に供述するなどの供述態度までは認められず,その内容も唐突であるとの特徴があるものの,本件犯行に及んだ動機や,本件犯行現場,犯行方法,その際の身支度などを決定した理由についても,被告人なりの言葉で説明しているものであって,その様子からすると,質問者の意図するところを概ね正確に理解し,それに従った受け答えができることが推認される。また,その内容は,被告人なりの説明を加えたものと理解でき,内容自体も十分に自然かつ合理的である。
(c) そして,被告人の「分かりません。」という返答は,実際に分からない場合,返答すること自体が面倒になったことから安易にこれによっている場合などがあると考えられ,その区別自体必ずしも容易ではなく,また,被告人の自閉性障害を考慮すると誘導的な質問は極力避ける必要があるなどコミュニケーションの取り方に限界があるものの,このような返答があった場合でも,適宜質問内容や質問方法を変更し,あるいは,被告人による返答の方法を口頭に限らず,適宜筆談という手法を用いることによって,相当程度その意図するところを供述ができていること,公判が進行するに連れて,被告人の発言内容とその数自体が充実していき,本件強盗未遂の犯行における被告人の意図した計画や犯行の準備,あるいは,犯行当日の行動などについてもかなり詳細に説明ができていることなどが認められ,また,捜査段階においても,後記のとおり,検察官などが被告人の精神障害に配慮した取調べを行った結果,その大筋で公判段階と同様の供述をし,供述調書の作成にも応じていることが認められ,これらに照らすと,被告人は,たしかに中等度精神遅滞の状態にあり,かつ,自閉性障害にも罹患していて,意思疎通能力に障害を負っているが,口頭による会話,あるいは,適宜筆談を用いるなどして,刑事手続において自己の置かれている立場をある程度正確に理解し,自己の利益を防御するために相当な状況判断をすることができるし,それに必要な限りにおいて,各訴訟行為の内容についても概ね正確に理解しているということができる。さらに,個々の訴訟行為においても,その趣旨に従い,自己の意図するところに沿った供述ないし対応をしていることは明らかであること,黙秘権等についても,被告人にその意味するところを実質的に伝えることにより,その趣旨は相当程度伝わっていると認められ,その実質的な侵害もないと考えられる。
(d) 加えて,本件は,事実に関する争点は複雑なものではなく,被告人がその内容を理解していることは明らかであり,また,物事の抽象的な意味合い等についての理解は困難であることは前記のとおりであるけれども,本件審理における被告人質問の状況や方法,D鑑定人の行った面接等における工夫等に照らすと,弁護人からの適切な援助を受け,かつ,裁判所が後見的役割を果たすことにより,個々の訴訟手続において手続の趣旨に従い,被告人としての重要な利害を弁別し,それに従って相当な防御をすることのできる能力をなお保持していると認められる。
⑤ たしかに,弁護人が指摘するように,本件公判における被告人質問は,通常の場合とは相当異なる方式で行われたものである。そして,裁判所からの質問の中に,あるいは,その余の訴訟関係人の質問の中に,当該発問者の意図を暗示する類のものが含まれていたことは否定し得ない。また,被告人の答えの中には質問の仕方によって内容が変動する部分が相当数存在することも否定し得ない。そして,このような場合,被告人の答えが,一見するといわゆる自閉性障害に罹患している者に特有の鸚鵡返しのものとなっていたと考えられなくもない。しかし,被告人質問における被告人とのやり取り全体を通してみると,このような特徴的な反応ばかりを示しているわけではなく,被告人が自らの言葉で自己の意図などを説明し,あるいは,認識した事柄を説明した部分があり,その中には,発問者の目指す答えとは異質の答えに終始している部分があるとはいえ,本件犯行に関する部分等については,被告人質問の進展に従い,あるいは,質問や答えの方式の選択によって,徐々に答えが充実していると認めることができるのであって,弁護人が指摘する点を考慮しても,なお被告人の訴訟能力があるとの上記結論は左右されないと解される。
⑥ そうすると,被告人は,中等度精神遅滞及び自閉性障害に罹患しており,その程度は軽度から中等度であること,被告人の精神的能力は障害されており,その程度は就学期以前(幼稚園児)レベルと判断され,かつ,意思疎通能力についても重大な障害が存在することはD鑑定が指摘するとおりであり,この点で,被告人としての重要な利害を弁別し,それに従って相当な防御をする能力が著しく制限されてはいるが,これを欠いているとまでは認められず,弁護人からの適切な援助を受け,かつ,裁判所が後見的役割を果たすことにより,これらの能力をなお保持していると認められる。したがって,被告人は,刑事訴訟法
3 被告人の責任能力について被告人の訴訟能力については,前記のとおりに解されるが,なお被告人の責任能力は別途検討する必要がある。
(1) 先ず,被告人の精神状態に関しては,前記のとおり,E医師,あるいは,D鑑定人がそれぞれ指摘する特徴が認められ,被告人は,本件犯行当時において,中等度精神遅滞及び自閉性障害に罹患していたと認められる。
(2) そして,前記のとおりの被告人の一連の犯行や行動は,いずれも自己の設定した目的に非常に忠実であり,その動機として述べるところも十分に了解可能であること,被告人は,検察官の取調べに対しても,また,当公判廷においても,金融機関において油類を撒いて火を点ければ人が焼け死ぬこともあり,そのようなことまでは望んでいないという趣旨の供述をしているのであって,自己の行動が許されないこと自体は十分に認識していること,そして,本件後かなりの期間が経過しているにもかかわらず,自らの行動やその時の意思内容を相当程度具体的に記憶していることが認められる。たしかに,被告人が,本件強盗の犯行に及んだ動機は非常に短絡的であり,また,その行動一般についてみても思考形態が短絡的で情緒性に欠けているというほかないが,それには被告人の中等度精神遅滞と自閉性障害という精神疾患が影響していると考えられ,この事情が被告人の是非善悪の判断能力に影響を与えていること自体は否定し得ない。しかし,前記の被告人の了解可能な本件犯行動機とそのための合目的的な一連の行動に照らすと,被告人の是非善悪を弁別し,その弁別に従って行動する能力が欠如していたとは認められない。
(3) もっとも,被告人の一連の行動には,自己の目的を設定した後に何ら躊躇するところが認められない,すなわち,自己の行動が悪いこと,あるいは,許されないことは認識しつつも,金銭が欲しいと思った以上,もはやそれ以外の行動には及び得なかった,すなわち反対動機を形成し,それにより違法行為に及ぶ動機を退けることが著しく困難であったと考えられ,それは被告人の持つ中等度精神遅滞及び自閉性障害の故であると考えざるを得ないところである。たしかに,被告人の捜査段階の供述等には,本件信用金庫に火を点けると脅迫するとの認識はあっても,実際に火を点けることは回避しようと考えていたと理解できる部分があり,より重大な結果の発生を避けようとしたと考えることも可能ではあるが,なお,金融機関に対する強盗行為を選択するという1点においては,何ら躊躇がないことに変わりはなく,したがって,この点で,被告人の是非善悪を弁別することはできても,その弁別に従って行動を制御する能力が著しく減退していたというほかなく,これを完全責任能力であるとする検察官の証明は十分ではないといわざるを得ない。
(4) 以上のとおりであり,被告人には,本件犯行当時,中等度精神遅滞及び自閉性障害に罹患していたため,心神耗弱の状態にあったと認めるのが相当であり,この限度で弁護人の主張は理由がある。
4 本件強盗未遂の訴因について
(1) 弁護人は,前記のとおり,被告人の本件行為が強盗未遂罪を構成することを争い,被告人の精神能力に照らすと,強盗の犯意があったのか,また,強盗の実行行為が可能であったのかは疑問であるとして,被告人の行為は,せいぜい恐喝未遂罪を構成するに過ぎない旨主張する。たしかに,関係各証拠によれば,被告人が,エンジンオイルを本件信用金庫の店舗内のカウンター上に撒き散らした際,特段脅迫的な言葉を発したことはなく,また,実際に所携のライターを手にした事実も認められず,したがって,撒き散らしたエンジンオイルにライターを用いるなどして現実に点火しようとするなどの具体的な行動に出た事実は認められない。しかし,被告人は,サングラスを掛け,マスクをし,さらに帽子まで被って顔を隠すようにした上,無言のまま,いきなり所携のペットボトルに入れたエンジンオイルを本件信用金庫の店舗内のカウンター上に撒き散らしたというのであって,このような行為自体が,客観的にも金融機関を狙った強盗行為であり,しかもその後の点火という行為を予想させるものであって,これをもって点火することを装うと評価することができ,現に本件信用金庫職員らも油様のものが撒き散らされたことに気付き,恐怖を憶えて,避難行動に出ているのであって,これが被害者の反抗を抑圧するに足りる脅迫に該当すると解される。そして,被告人は,前記事件報道に接して,金融機関を狙い,店内に放火を装って油を撒き,「金出さんと火をつけるぞ。」と言うつもりであったというのであるから,金員強取の目的で上記脅迫行為を実行したと認められ,被告人の強盗の故意も十分認定できる。そして,検察官の本件強盗未遂の訴因は,このような趣旨によるものと解され,前記弁護人の主張を考慮しても,被告人の行為が強盗未遂罪の構成要件に該当すると認められる。
(2) なお,弁護人は,被告人の捜査段階の各供述調書について,被告人の前記精神障害の点を指摘し,その任意性を争うけれども,被告人に対する検察官の取調状況や検察官及び警察官に対する各供述調書の内容に照らすと,供述の任意性を疑わせる事情は認められない。すなわち,被告人の取調べに当たった検察官のM証人は,当公判廷において,被告人の精神障害の特質を考慮した上で質問方法を選択し,誘導的な質問を避け,前記自由形式の質問を多く取り入れて取調べに当たったこと,その旨関係警察署にも連絡して指示をしたこと,被告人に説明させる場合には,カレンダーを用いて日々の行動経過を記入させるなど,より多くの事柄を被告人自身に語らせるべく配慮したこと,また,警察官に対しても被告人の取調べに当たる際の留意点を具体的に指示し,その指示が為された後に,本件各警察官調書が作成されていること,被告人に対する読み聞かせの際には,一文一文区切って読み上げ,被告人の反応を確認しつつ,最終的に供述したとおりの内容が録取されているかを確認して,署名指印させていることなどを詳細に供述しており,その結果として,被告人の供述調書には,本件犯行を思い付いた動機から,本件信用金庫において強盗の犯行に及ぶまでの行動経過等について,被告人でしか語り得ない事柄を多く含んだ供述が展開されており,しかも,被告人がこの点を積極的に供述したと認められ,また,被告人の司法警察員に対する供述調書にもそのような工夫が認められること,被告人に対する検察官調書の読み聞かせの方法にも特段不合理なところは認められないのであって,その取調べの方法や被告人の供述内容に任意性を疑わせるところは認められない。
そして,その供述内容も,その精神障害の故に一見すると唐突で整合性のない行動を述べる部分もあり,事実の時間的先後関係等について混乱しているところが見られるものの,被告人の目的ないしは動機に即してみると,そのような行動にも合理性があると解され,その信用性は十分である。
5 結論以上のとおりであり,被告人には,公判時に訴訟能力があり,また,強盗未遂の訴因についても判示のとおりの事実を認定できるが,本件犯行当時は心神耗弱の状態にあったと認めるのが相当であるから,判示のとおり認定したものである。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法
(量刑の理由)
被告人が本件強盗未遂の犯行に及んだ動機は短絡的で身勝手というほかなく,酌量すべき余地は乏しい。本件犯行において,被告人は,金融機関から現金を奪おうと決意するや,自己の欲望に忠実に,地図で探して選んだ本件信用金庫に狙いを定め,自己の犯行の発覚を防ぐために様々な準備をした上で本件信用金庫に赴き,いきなり店内のカウンター上にエンジンオイルを撒き散らすという脅迫行為に及んだものであり,しかも,被告人はライターを携帯していたのであり,態様は用意周到かつ危険で悪質である。本件では,同信用金庫職員の機転によって,より重大な人身に対する,あるいは,経済的な被害の発生は阻止されたものの,その危険性は高かったものであり,また,本件犯行が金融機関に勤める同信用金庫職員らに対して与えた恐怖感等の精神的苦痛は大きく,犯情は誠に悪質である。また,被告人は,平成12年c月d日,e地方裁判所f支部で強盗未遂罪,銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により懲役3年,5年間執行猶予付きの有罪判決を受けたにもかかわらず,その執行猶予期間中に,またしても短絡的な動機から金融機関を狙った同様の強盗行為に及び,しかも,消費者金融会社に対する強盗事件の報道に接して,それを模倣して本件犯行方法を思い付き,そのまま実行に及んだのであって,誠に規範意識が低く,再犯の虞が高いといわざるを得ない。以上の諸事情に照らすと,本件犯情は誠に悪質であって,被告人の刑事責任は重い。
一方,被告人は,中等度精神遅滞及び自閉性障害に罹患しており,本件当時,心神耗弱の状態にあったこと,本件においては,本件信用金庫職員から反抗されるや,被告人は直ぐさま退散したため,エンジンオイルが店内に撒かれたに止まり,それ以上に重大な被害が発生せず,強盗自体が未遂に終わったこと,被告人は,その精神能力に障害があるとはいえ,本件犯行が悪いことであり,許されないものであるとの認識は抱いており,それなりに反省をしていること,父親が,当公判廷において,今後の被告人に対する指導と監督を誓うと共に,然るべき医療を受けさせるとの意向を示していること,被告人に対しては治療ないし保護的措置が是非必要であること,被告人が本来居住すべき東京都三鷹市の職員が,今後の被告人に対する保護の具体的な可能性,受け入れ態勢の存在を当公判廷で指摘していることなど被告人のために斟酌すべき諸事情も認められる。そこで,これらの諸事情を総合考慮の上,上記心神耗弱による減軽をした上で被告人を主文に掲げたとおりの刑に処することが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。(求刑-懲役5年)平成15年3月28日新潟地方裁判所刑事部裁 判 官 金子大 作