306.冬祭りと寄付
始業間もなくというのに、商業ギルドは人の出入りが多かった。
この時期になると、入り口だけではなく、二階へ上がる階段手前にも、警備の者が立つ。ダリヤはその横を会釈して通り、商会部屋がある二階へ向かった。
二階も慌ただしい。書類を持って廊下を足早に進む者、カウンターと書類部屋を行き来するギルド員、防音のない会議室からは少々声の大きい打ち合わせが聞こえてくる。
流石、年末である。
商会部屋に入ると、イヴァーノと商業ギルド員が机をはさんで向き合っていた。
イヴァーノはいくつかの書類を左右に分けつつ、説明している。
「こっちはこのまま進めて、こっちは納期の日付を確認して責任者のサインを、あと、これは数量不備かもしれませんので、相手方に確認してください」
「ありがとうございました、イヴァーノ先輩! 本当に助かりました」
年若いギルド員はイヴァーノに深く頭を下げて礼を述べると、ダリヤにも会釈して、部屋を出て行った。
「おはようございます、会長」
「おはようございます、イヴァーノ。前のお仕事ですか?」
「はい、仕事時間中にすみません。初めての年末処理なので、書類の確認が不安だったらしいです」
夏までは商業ギルド員だったイヴァーノである。
ロセッティ商会に来てくれたおかげでダリヤは大変助けられているが、有能な彼が抜けたギルド側は大変に違いない。
それを申し訳なく思っていると、ノックの音がした。
「おはようございます、今朝届いた手紙を持って来ました」
明るく入って来たのはメーナである。
手にした手紙は二束。一束は、片面しか書かれていない大きなハガキのような手紙だ。
「年末は増えますね……」
「ええ、年内最後の売り込み時期ですから」
「でも、ロセッティ商会に魔導ランタンを紹介する意味はあるんですか?」
「片っ端から出してるんでしょうね、なにせ年末です」
一枚だけの手紙は、宣伝のちらしである。
家族や友人のプレゼントに、仕事先のご挨拶に、年末の経理の帳尻合わせに――商会で浮いた予算で何かしら買ってもらいたい者達が、こぞってちらし形式の手紙を送ってくるのだ。
「うわ、この魔導ランタン、高いですね!」
「貴族向けですよ。純金使用って書いてあるじゃないですか」
メーナが一番上のちらしに驚いている。
確かに、二度見したくなる金額のものがあった。
純金に宝石で飾られた魔導ランタン――デザインは幻想的でとても美しいが、部屋に置いておく気にはなれなそうだ。
「これ、税金高そうですね」
「二割五分ですね。高級品ですから」
メーナの言葉に、イヴァーノが即答した。税率のほとんどを頭に入れているのかもしれない。
オルディネの税は、物によって大きく違う。
食料品や魔石など生活に必須なものは安いが、それ以外の物と高級品は税率が上がる。
宝石や貴金属などは税率が高い。
通常の家具や服、靴はそれなりだが、金貨一枚以上のものは税金の割合がいきなり高くなる。
一見、合理的に思えるが、魔導具に関しては生活関連品でもそれなりに税がかかる。なくても済んでいたものを便利にした、という扱いだからだ。
ダリヤ的にはそれがちょっと納得いかない。
給湯器や冷暖房関連の魔導具は、生活必需品にしてもらいたいのが本音である。
「さて、税金計算はもうちょっと先ですが、冬祭りが近いので、『寄付』の書類をまとめたいと思いまして」
「はい、よろしくお願いします」
ダリヤはイヴァーノの向かいに座り、メーナはイヴァーノの隣に座った。
全員、寄付の単語が出て以降、真剣な顔である。
『ゆとりある者が手を伸ばせ』――それがオルディネ王国の建国以来の方針だ。
それを理由に、毎年末、オルディネ王国で大々的に行われるのが『寄付』である。
これに関しては、『オルディネの善行』『王国の悪習』と、両極端の評価がある。
冬祭り前、個人、店、商会など、それぞれが自己判断でお金や物を寄付する。
その行く先は様々だ。
税金とは違い、ある程度、分野や部門を指定して贈れるのが大きく違う。
最も寄付が多いのは神殿だ。
ひどい怪我をしても手が届く金額で治してもらえたり、分割払いが利くのは寄付があるからである。
運送ギルドやその関係者は、道の拡張や修繕を願い、毎年、王国の土木部門に多く寄付をすることが多い。
商業ギルドでは、土木部門の他、河路・海路の安定を願い、河海部門に寄付をするという。
より一層の治安を願う者は衛兵隊へ、困っている者の助けになりたいと思うなら救護院へと、それぞれに選ぶのだ。
受け取る側はどこからいくらの寄付があったかを公表する。
希望によって匿名も可能だ。
寄付は、ある意味、年末の最大のイベントである。
大商人や高位貴族であれば、ここで多めに出さないと、ケチ扱いを受けるのだ。
各種商会や裕福な家とて例外ではない。
商売や一族がうまくいっているかの指針にされることもあり、過去には借金をしてまで出したところもあるという。
寄付の金額公表の書き換えは詐欺罪で、刑はかなり重いそうだ。
そして、商会開始一年未満とはいえ、それなりに繁盛しているロセッティ商会。
来年、男爵授与が決まっているダリヤ。
ここでは少々気合いを入れて寄付をするべきだろう。
「ダリヤさん、昨年までだと、オルランド商会名義で土木部門に出してましたよね?」
「はい、街道整備の応援でした。あとは、家からは神殿へ出していました」
「うちも同じで神殿に出してました。今年、寄付の先に希望はありますか?」
「その、神殿と――魔物討伐部隊に寄付したらだめでしょうか?」
少しでも防具が、武器が、食べ物がよくなればいい。そうは思うが、自分が魔物討伐部隊相談役なのに出していいものか、それを気にしつつ尋ねた。
「大丈夫ですよ。ただ、魔物討伐部隊の寄付金は、半分は退職者に回りますが」
「引退した騎士様へ回るんですか?」
メーナが不思議そうに尋ねる。
「ええ、亡くなった隊員のご家族、あとは治らない怪我で脱隊した方々へ送られるそうです。一昔前は、もしものことがあっても、確実に家族を養えると考えて、魔物討伐部隊を希望する方もいたそうですよ」
ずきり、胸が痛む。
魔物討伐という任務、その危なさはそれなりに意識しているつもりだった。
だが、退職者のことを聞くと、それがまだ甘いと思い知らされる。
「若葉の商会ですが、気合いを入れて、純利一割五分、いきますか?」
「はい、それで神殿と魔物討伐部隊にお願いします」
「じゃあ、その金額で書類を作りますね」
「はい、それと、私の個人口座から魔物討伐部隊に二割、こちらは匿名でお願いします」
イヴァーノがインク壺の蓋にかけた手を止めた。そして、紺藍の目でじっと自分を見る。
「会長、商会分だけでも、うちとしては十二分な金額だと思いますが?」
「商会の方はそれでかまいません。私は個人で、ロセッティ家として出したいので」
幸い、ここのところ分不相応なほどの収入を得た。
身体のどこも悪くはないし、魔導具制作の仕事も途切れることはなさそうだ。
それであれば、ゆとりのある自分が手を伸ばすべきだろう。
父カルロが生きている頃も、貯金から一割は神殿に寄付していたのだ。
今年は商会もうまくいき、自分も魔導具師として一人前――ちょっといろいろと足りていないのはわかっているが、その感謝もこめて、少し頑張ってもいいではないか。
「――わかりました。ただ、匿名とはいっても、それなりの金の動きとして、魔物討伐部隊の上の方はわかってしまうかと。経理部にジルド様もいらっしゃるわけですし。なるべく内緒にできるようにお願いしてきますね」
「お願いします……」
忙しい年末に、イヴァーノの仕事を増やしてしまった。
だが、遠征の状況改善と、退職した方々に少しでも回ればと思う。
「あの、すみません、横から。ご相談があるんですが……」
思いを巡らせていると、メーナが申し訳なさそうに右手を挙げた。
「なんでしょう、メーナ?」
「できましたら、救護院に少しでいいのでお願いできませんか? 僕のいた救護院は、屋根の修繕が必要で」
「わかりました。その修繕費って、いくらくらいかかるものですか?」
「金貨二十枚ぐらいだそうです。自分達でも修理してたんですが、限界がありまして。来年には予算が下りるらしいんですが、今、食堂のテーブルにバケツが載っている状態なので、そこだけでも修理できればと」
冬祭り前後は天気が崩れることが多い。
新しい年を祝うのに、バケツが載ったテーブルで食事をしてほしくはない。
「それなら、私が――」
「メーナの実家みたいなもんですからね、商会から出しましょう、会長。ああ、直接、大工に向かわせてもいいですか? メーナの使い道を疑っているわけじゃなく、俺の友人の大工なら、事情を話せば早くしてくれると思うので」
言いかけた声は、イヴァーノが引き継いでくれた。
そして、その人脈の広さにはいつも驚かされる。
「本当にすみません。多くかかるようでしたら、僕の給与から必ずお返ししますので」
「メーナ、一言余計です」
「え?」
「こういうときは『ありがとうございます』、サービスで笑顔を付ければ充分です」
イヴァーノの言葉に、ダリヤが先に笑ってしまう。
メーナは水色の目を丸くした後、少年のように笑って言った。
「ありがとうございます! 会長、副会長!」
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