生きものにはそれぞれ種名があります。種名のうち、日本でふだん使用されている呼び名を「和名」と言います。和名は、日本各地に存在した呼び名(地方名)のうちのひとつが全国的に広まったものや、図鑑などに掲載されて一般的になったものです。和名には特段決まりごとは無く、慣例により使用されている名称です。種類によっては複数の和名があるものもいます。
和名とは別に、世界共通の名称として「学名」があります。通常はラテン語により、属名と種小名の2つを組み合わせて表記されます。動物の場合は「国際動物命名規約」に従って、原記載論文等により学名が与えられます。
また、種類によっては英語による「英名」が存在することもあります。ただし、日本のようにひとつひとつの種に対して学名以外の名称を設けている国はほとんどないのが実情です。このため和名は、日本人がいかに小さな生きものへ昔から興味を注いできたかの表れと言えるでしょう。
ちなみにオオムラサキの種名については、次のとおりです。
和名:オオムラサキ
学名:Sasakia charonda (HEWITSON,1863)
英名:Great purple emperor
学名のうち、属名である「Sasakia」は、日本昆虫学の先進である佐々木忠次郎博士に、種小名である「charonda」は紀元前イタリアの学者カロンダスにそれぞれ献名されたものです。
オオムラサキは、イギリス人の園芸家フォーチュン(R.FORTUNE)により1861年に神奈川県横浜付近で採集された標本を基に、イギリスの昆虫学者ヒュイッツソン(W.C.HEWITSON)により、Diadema属の新種として1863年に記載されました。その後1896年、イギリスの昆虫学者ムーア(F.MOORE)により、オオムラサキを基準種としてオオムラサキ属Sasakiaが新設され、現在の学名となっています。
・成虫は、ハネを開くと幅が8~11センチメートル、タテハチョウ科の種の中では日本最大級の大きさです。オスに対しメスの方が、一般的に体が大きいようです。
・オス成虫のハネには青紫色に輝く部分があり、これが和名の由来です。ちなみにメス成虫のハネは濃いぶどう色をしています。ハネの裏側(ハネを閉じたとき、表に見える部分)は薄い黄色からベージュ色で、個体によっては青みがかった白色のものもいます。
・卵は、直径1.5ミリメートル程度で、殻の表面には縦に走るスジが多数あり、青みがかった緑色をしています。産卵数は、1度に1個の場合もあれば、まとめて数十個から百個以上も産む場合もあり、時と場合によりさまざまです。卵は産卵されてからおよそ1週間でふ化します。
・幼虫は、頭に1対の先端が二股に分かれたツノが、背中には4対の突起があります。体色は緑色で、越冬幼虫の時は枯葉と同じ茶褐色に変化します。通常は5回脱皮して6令幼虫にまでなり、6回目の脱皮が蛹化(ようか)で、サナギとなります。
・1933年(昭和8年)に蝶類同好会の席上で九州大学の江崎悌三博士により日本の国蝶を定める旨の提案がなされ、その24年後、戦後の1957年(昭和32年)に開催された日本昆虫学会40周年記念大会においてオオムラサキが国蝶に選定されました。国蝶は天然記念物のように保護上の規制等はありませんが、オオムラサキは環境省のレッドデータブックでは準絶滅危惧にランクされ、埼玉県の発行するレッドリスト(2007)では全県評価が絶滅危惧II類に位置づけられています。嵐山町でもオオムラサキの森や蝶の里公園などでの採集を禁止しています。
・成虫は雑木林等に生えるクヌギやコナラの幹から染み出る樹液を吸います。また、動物の糞や熟れた果実、人の汗などにも飛来します。花の蜜を吸うことはありません。
・幼虫は雑木林や河川林に多いエノキ類の葉っぱだけを食べます。
ですから、これらの植物がたくさんある雑木林でなければ、オオムラサキは生きてはゆけないのです。特に樹液が染み出る樹となると、森の中にそう何本もあるわけではありません。広い森を必要とするオオムラサキはまさに、雑木林を代表する存在といえるでしょう。
樹液に飛来したオオムラサキ♀
幼虫の食樹エノキ
落ち葉の中で越冬する幼虫
埼玉県 嵐山町役場環境課環境担当
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