“世界一の軽さ”をCyclist編集長が体感超軽量4.65kgが変える自転車の未来 トレック「エモンダ SLR10」試乗レポート<前編>

by 上野嘉之 / Yoshiyuki KOZUKE

 トレックが今年7月に発表した軽量ロードバイク「Émonda」(エモンダ)シリーズ。その頂点に立つSLR10は、完成車重量わずか4.65kgと、常識を覆す軽さで登場した。Cyclistではこれまで、レース向けの実戦的パーツ構成であるエモンダSLR9をインプレッション担当記者が2度にわたって試乗したが、今回は編集長である筆者が、どうしても乗ってみたかったSLR10を試乗。この軽さを実現した意義を考察するとともに、<後編>ではヒルクライムレースへ出場し、その性能を体感した。

完成車重量がわずか4.65kgの「トレック エモンダSLR10」完成車重量がわずか4.65kgの「トレック エモンダSLR10」

スカイプで知ったエモンダの衝撃

 Cyclist編集部には日ごろ、インプレッション取材用にさまざまなバイクが届けられる。しかし、試乗取材はもっぱら元レーサーの記者らに任せ、編集長としてはバイクを眺めるだけで満足してきた。筆者もかつてはトライアスロンやホビーレースに出場していたが、45歳を迎えた今では、愛車のクロモリロードでサイクリングを楽しむことに満足しているからだ。

 しかしエモンダSLR10が登場してからは、心がざわついた。初めてその存在を知ったのは、7月1日にツール・ド・フランスの開幕国・イギリスで開かれたワールドプレミアへ出席したCyclist記者からの、スカイプによる通話だった。

2014年7月1日にイギリスで開かれたエモンダのワールドプレミアで、現地の記者から送られてきた写真。はかりの目盛りは4.65kgを示していた (柄沢亜希撮影)2014年7月1日にイギリスで開かれたエモンダのワールドプレミアで、現地の記者から送られてきた写真。はかりの目盛りは4.65kgを示していた (柄沢亜希撮影)

 「編集長、新型は『エモンダ』と言って、超軽量なんですよ。一番軽いのは…4.65kgです」

 筆者はその言葉が信じられず、スカイプ越しに記者を叱った。

 「4.65kg? そんな訳ないだろう。6.65kgか5.65kgの間違いじゃないか? よく確認しろ!」

 しばらくして、再び現地の記者からスカイプで「いえ、やっぱり4.65kgです」と連絡があり、重量を示す証拠写真が送られてきた。その衝撃的な事実に、筆者は愕然としたのだった。

20年先を走っていた「トレック5500」の再来

 レース仕様のバイクに縁遠くなっていた筆者が、なぜエモンダSLR10には乗りたいと思ったのか? それは、今から20年以上前のある記憶がよみがえったからだ。

 筆者が初めて競技用のロードレーサーを購入したのは1989年。ショップでオーダーしたクロモリフレームに、リア7段変速のWレバー仕様で、重量は10kgほどだった。当時はこれが標準的なスペック。一方、軽量クロモリチューブ&軽量パーツでそろえれば9kg前後、フレーム素材として実用化され始めたばかりのアルミやカーボンチューブを用いれば8kg台も可能だった。

1992年に発表された「トレック5500」。その後のロードバイクに多大な影響を及ぼした名車だ  	©TREK1992年に発表された「トレック5500」。その後のロードバイクに多大な影響を及ぼした名車だ  ©TREK

 しかし、トレックが1992年に発表したロードレーサー「5500」は、カーボンモノコックフレームの超軽量仕様で、なんと7kg台半ばを達成した。パイプを継ぐのではなく型枠で一体成型するモノコック構造ならではのヌメヌメしたデザインが、いかにも未来的で、筆者はショップの店頭でため息をついて眺めたものだった。

 このトレック5500と後継モデルは、やがて次々に勝利を積み重ね、世界のロードレースシーンを席巻した。そして20年以上を経た現在、「カーボンモノコックフレーム」「7kg台半ば」という初期のトレック5500のアウトラインは、市販のレース向けロードバイクの標準的なスペックになっている。そう、トレック5500は、20年後の未来をいち早く実現したバイクだったのだ。

歴史の扉を開こうとするトレックの意思

 今年発表されたエモンダSLR10は、UCI(国際自転車競技連合)の公認ロードレースにおける最低重量規定の6.8kgを軽々と下回るばかりか、5kg台を飛び越えて一気に4kg台半ばを実現した。現時点では突出した軽さだが、トレック5500の時と同じように、もしかすると20年後には標準的なスペックになるのではないか?

今年8月に来日し、メディアのインタビューに応じるトレック米本社のジョン・バーク社長 (米山一輝撮影)今年8月に来日し、メディアのインタビューに応じるトレック米本社のジョン・バーク社長 (米山一輝撮影)

 実際、トレック社は、エモンダSLR10が歴史を変える存在になることを企図しているようだ。今年8月に来日した米トレック本社のジョン・バーク社長は、メディア向けインタビューの中で、UCIの最低重量規定によって「新しい製品の開発が妨げられ、自転車好きの人たちの楽しみを奪うことにもなってしまう」と指摘。その上で「UCIには安全性を一番に考えた上で、新しい技術も取り入れていってほしい」と述べ、暗に最低重量規定の撤廃または緩和を求めた。

 エモンダSLR10が具現化した4.65kgというイノベーションは、ロードレース界の新しい扉を開こうとするトレックの意思表示にほかならない。Cyclist編集長としては、いますぐ試乗しておくべきだと確信した。それが、ロードバイクの未来を体験することなのだから。

スキのない軽量化

 編集部に届いたSLR10を組み立て、持ち上げてみた。その印象を例えて言うなら、「荷物が入った箱を持ち上げたつもりが、空箱だった」というところか。あっけにとられるくらい軽い。

ステム一体型ハンドルバー「ボントレガー XXX インテグレーテッド バー/ステムシステム」ステム一体型ハンドルバー「ボントレガー XXX インテグレーテッド バー/ステムシステム」

 そして意外だったのは、デザインの押し出しが非常に抑制されていることだ。重量増を避けるため、塗装は特殊な薄いコーティングを施しているだけ。ダウンチューブの「TREK」のロゴですら、文字の“枠”だけで描かれ、遠目には見えないくらい肉抜きされている。ホイールのリムにも派手なロゴなどなく、ただカーボンの生地が黒光りしている。トップチューブや、フロントフォークの内側をわずかに飾る差し色の赤が、ブレーキレバー、クイックレリースなどパーツの赤と呼応し、レーシーな雰囲気を醸し出している。

 世界最軽量の市販車、あるいは150万円を超える高級車であることをアピールしたいオーナーならば、控え目な外観にガッカリするかも知れない。しかし筆者は、誰にも媚びないような凛としたたたずまいのSLR10に、乗る前から武者震いしそうな興奮を覚えた。

エモンダのために開発された「ボントレガー Speed Stop ブレーキ」は単体で116gと超軽量エモンダのために開発された「ボントレガー Speed Stop ブレーキ」は単体で116gと超軽量

 じっくり眺めると、どこもかしこも軽量化のオンパレード。トレックがエモンダのために開発したパーツであるステム一体型ハンドルバー「ボントレガー XXX インテグレーテッド バー/ステムシステム」は、わずか224g。また「ボントレガー Speed Stop ブレーキ」は単体で116g。このブレーキはダイレクトマウント化の恩恵を生かし、いかにも小ぶりに設計されており、軽量化と剛性確保を両立している。

 カーボンサドルやホイールセットは超軽量パーツで有名なTUNE(チューン)社製を採用。ほかにもクイックレバーやヘッドパーツ、さらにはアウターケーブルまで軽さを突き詰めたパーツをチョイスしている。タイヤはヴィットリアのクロノCSで、1本180g。タイムトライアルを想定した軽量スペシャルタイヤだ。

チューン社製のカーボンサドルはわずか83g!チューン社製のカーボンサドルはわずか83g!
チューン社製のホイールセットは前後合わせて886g。外観は控え目で、ハブにロゴが記されているだけチューン社製のホイールセットは前後合わせて886g。外観は控え目で、ハブにロゴが記されているだけ

高剛性かつマイルド 光るバランスのよさ

 実際に試乗してみて、まず最初にお伝えしたいのは、超軽量マシンだからといって神経質な印象はなく、特殊な乗り方は不要だということだ。

エモンダSLR10を試乗する筆者。最初は軽すぎてふらつく感じがしたが、慣れれば加速と反応の良さよさが際立ったエモンダSLR10を試乗する筆者。最初は軽すぎてふらつく感じがしたが、慣れれば加速と反応の良さよさが際立った

 フレームそのものは、UCIプロチーム「トレック ファクトリーレーシング」が実戦で使用し、あの別府史之選手も愛用している。軽量パーツのアッセンブルもバランスよくまとめ上げられ、違和感や不都合はなかった。

 最初はバイク全体が軽すぎるように感じ、例えば加速でダンシングしたり、上り坂でシッティングのまま踏み込んだりすると、微妙にふらついてしまった。しかしこれは慣れの問題に過ぎず、時間が経てば体が順応。すると加速と反応の良さが際立ってきた。

 コーナーでの取り回しもナチュラルで乗りやすい。また、フレームはプロのレースに実戦投入する高剛性が確保されているが、柔らかいチューブラータイヤや、軽量化を突き詰めたホイールのせいもあって、乗り心地にとがった印象は皆無。全体的なフィーリングはマイルドな印象だった。

 エモンダのために新設計されたブレーキは、効き始めから制動感がきっちり伝わり、制動力のコントロールも容易だ。

軽量レーシングバイクだからといって神経質な性格ではなく、全体的にマイルドな印象だった軽量レーシングバイクだからといって神経質な性格ではなく、全体的にマイルドな印象だった

 タイヤは、軽量化によって加速抵抗や登坂抵抗の軽減を狙った仕様だが、走りはしなやかでグリップ力も十分。やや細めであるため、コーナーなどでグリップ限界が早めに訪れることは意識しておくべきだろう。

 ハンドルは、バーテープの薄さを含めてグリップ部が細いのだが、これは筆者の好みなので問題なし。ドロップバーに薄い木綿のバーテープを巻いていた時代を思い出し、ちょっと懐かしく感じてしまった。

<後編>に続く  

「TREK ÉMONDA SLR10」(トレック エモンダ SLR10)

トレック「エモンダ SLR10」

価格:1,590,000円(完成車、税込)
サイズ:50、52、54、56、58、60、62cm
カラー:Carbon Vapor Coat / Viper Red
フレーム:ウルトラライト700シリーズ OCLV カーボン
フォーク:エモンダフルカーボン
変速機:スラム レッド 22(F)&(R)
ギヤ:スラム レッド 50×34T、11-25T(11S)
重量:4.65kg(完成車、56cm)

【取材協力 トレック・ジャパン】 

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