No.023 特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

No.023

特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

連載01

実用化が間近に迫る究極のバッテリー、全固体電池

Series Report

自動車産業の強化に向けて、全固体電池に取り組む日本

自動車産業が製造業の中核となっている日本では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、企業23社が参加する100億円規模の開発プロジェクトを発足させて、全固体電池の技術開発に取り組んでいる。2022年度までに全固体電池の基盤技術を確立し、2030年ごろには電池パックの体積エネルギー密度を現在の3倍に当たる600Wh/Lに、コストを同1/3に当たる1万円/kWhに、さらにEVの急速充電時間を1/3の10分にする目標を掲げている。

そして、世界中の自動車メーカーの中で、全固体電池の開発とその実用化に最も積極的に取り組んでいるのがトヨタ自動車である。同社では、EV向けに硫化物系の全固体電池の開発を進めており、2020年代前半の実用化を目指している。既に、2019年に比較的低出力の一人乗り小型EV「COMS」に全固体電池を搭載し、実験走行に成功(図5)。そして2020年には、全固体電池を搭載した車両を披露することを明言している。

[図5]トヨタ自動車が試作した全固体電池(左)と実験走行に利用した小型EV(右)
出典:自動車技術専門展「人とくるまのテクノロジー展」でのトヨタ自動車の展示、トヨタ車体
トヨタ自動車が試作した全固体電池(左)と実験走行に利用した小型EV(右)

現在の液体電解質を用いるリチウムイオン二次電池の体積エネルギー密度は約200Wh/Lである。トヨタは、現状のリチウムイオン二次電池を改良するだけでは、300~400Wh/Lの間にある技術的な壁を越えることは困難であり、1回の充電で500km以上走れる小型EVは実現できないと考えているようだ。ただし、全固体電池ならば、800Wh/L前後のエネルギー密度を実現できるとする。

同社は、まず硫化物系の固体電解質と、実績のある現場のリチウムイオン二次電池の正負極材料を使って全固体電池を開発している。将来的には、より安全性の高い酸化物系の固体電解質の活用も見据えているとする。東京工業大学とトヨタ自動車は、リチウム、ゲルマニウム、リン、硫黄による酸化物系の固体電解質「LGPS」を2011年に発見した(図6)。従来の液体電解質に比べて、イオン伝導率が2倍で、出力特性を3倍に高めることが可能だという。さらに-30℃という低温から100℃という高温まで安定して充放電ができる。

[図6]東京工業大学とトヨタ自動車が発見した酸化物系固体電解質「LGPS」(左)、結晶構造中をリチウムイオンが移動していることを示す模式図(右)
出典:東京工業大学
東京工業大学とトヨタ自動車が発見した酸化物系固体電解質「LGPS」(左)、結晶構造中をリチウムイオンが移動していることを示す模式図(右)

実用化に向けて、徐々に階段を登りつつある

ただし、硫化物系にしても、酸化物系にしても、実用化に向けてクリアすべき課題はまだ残されているようだ。特に、固体電解質のセルを何層にも重ねて大容量化・大出力化するところに大きな課題がある。

大容量化・大出力化の実現には、電解質を薄くする技術が必要になる。しかし、従来手法であるプレス圧縮では固体電解質を300μm~500μmにまで薄くするのがせいぜいだった。トヨタ自動車では、電解質の粉に液体とのりを混ぜる湿式コーティング技術によって、20μ~50μmまで薄くし、イオン伝導度を10倍以上に高めることに成功したという。ただし、高性能化するためには、電極と固体電解質の接触面積を大きくし、密着した状態を維持しなければならない。トヨタ自動車は、パナソニックとプライム プラネット エナジー&ソリューションズと呼ぶ合弁会社を設立し、こうした課題を解決すべく、全固体電池の開発に取り組んでいる。

海外でもEV向け全固体電池を開発する動きが活発化している。中でも、米国では、特定のベンチャー企業に日本を含む世界中の企業から数十億円から100億円超の資金が集まっているという。さらに、EV開発に積極的な中国企業も、全固体電池の開発に参入してきている。

欧州では、エンジン車の廃止を見据えて、EVの普及を促す「EVシフト」と呼ばれる動きが、各国や地域の政府と自動車産業により共同で進められている。EVが自動車産業の主役になる過程で、全固体電池のような付加価値の高い技術の有無は、将来の産業競争力を強化するうえで欠かせない。次回は、ウェアラブル機器やIoTデバイスなど、新たな情報機器の進化を後押しする全固体電池の開発動向について解説する。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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