白石隼也の映画コラム

『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』〜白石隼也・映画コラム〜

2012/11/28


白石 天のしずく1

今日もスープ教室が開かれる。
料理家、そして作家でもある辰巳芳子邸には、少し広いダイニングキッチンをいっぱいに埋める生徒が集まる。多くは熟年の主婦たちだ。部屋の両脇には立ち見をしている者もいる。彼女たちは来月で88歳を迎える辰巳さんが発する言葉の一切合切を熱心に聞き入り、沢山のメモをとっている。
料理、そしてその調理方法や調理道具には全てに物語があり、全てに意味を持つ。と辰巳さんは語る。当然、メモはいっぱいだ。

今回は初めて、ドキュメンタリー映画を紹介します。
11月3日から公開されている料理家、辰巳芳子に迫った映画『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』

僕は役者を始めてから比較的多くの映画を観てきたのだが、その中にはドキュメンタリー映画というジャンルのものもあった。もし、役者という職業に就いてなかったら間違いなく観ることのなかったであろうジャンルだが、僕はまんまとその魅力にはまった。もちろん監督や企画内容によっては例外もあるかもしれないが、基本的には普通の映画みたいな決まり切ったシナリオはこのジャンルには存在しない。長くカメラを回し、そこに写ったそのままの状態を切り貼りするだけだ。それ故、作品として起承転結みたいなものを作るのはとても難しいのだが、ドキュメンタリー映画にはお芝居では絶対に表現出来ない人間の本当の姿が映り込む瞬間があるのだ。

 

『海、山、畑の恵みを混然一体化し最も吸収しやすい状態に仕上げた食べ物』それが『おつゆ』。スープであるという辰巳芳子さん。彼女はスープを伝えている。

白石 天のしずく

昨年4月、東日本大震災後始めてのスープ教室が開かれた。
もう過ぎてしまったことにはならいない、いつ何時ということを考えなくてはならないと、その日は戦時中に非常食としてよく作られた鉄火味噌、名付けて辰巳流「根性鉄火みそ」の稽古もあった。そして、稽古の最後に辰巳さんは『食は生死を分かつ』という言葉を使った。
今度のような緊急事態には私たちにダイレクトに関わってくる食という問題。しかしそれは、何も緊急事態の時だけでなく普段の食生活も同じことであり、日々の食事が知らず知らずのうちに生死をも分けているということ。たったその一言にそんな重みを感じた。

 

僕は今、「仮面ライダーウィザード」という特撮のドラマをやらせてもらっている。僕が演じる主人公の操真晴人という役は、仮面ライダーに変身できるという特別な力を借りて絶望する人々を希望に変えるヒーロー。変身して悪と戦うことももちろんだけど、彼は言葉でも人々を救うことができる人なんですね。正直に言うと演じるのは物凄く難しい。何しろ今の僕にも何もないから。何か偉大なことを成し遂げたことも大変な苦労を乗り越えてきたことも何もないから。だから白石隼也がそのまま同じ言葉を言っても誰かに響くわけがないと思っていて。生きてきた年数は大して変わらないけど、人よりも沢山辛く苦しい経験をしてそれを乗り越えてきた操真晴人というフィルターを通した言葉だからようやく誰かに響く。と思うわけです。
どんな言葉を言うかではなく、誰が言うのかが問題なんだ。と

 

本作では辰巳さんの両親や亡き夫についてのエピソードにも触れられている。
それはインタビュアーから話を振られていることだと思うのだが、それ以外でも辰巳さんが発する言葉の端々にはよく“母”という言葉がキーワードかのように登場する。
『愛するとはどういうことか。どうしたらよりよく愛せるかというのが母の生涯の命題だった。』
その母のよりよく愛するための愛情表現のひとつが料理であり、その想いをくみ取った娘がそれを引き継いだのだとこの言葉で分かる気がする。そして、病に侵された父が半身不随になり寝たきりの状態になったときに、唯一父の喉を通ったのが母娘が作るとろみのあるスープだったのだ。
辰巳さんはわずか三週間ばかりの新婚生活の後、夫を戦争で亡くし子供はいない。だからこそ、今彼女はこうして自分の子供に伝えられなかったことを他の広く多くの人に母から引き継いだことを絶やすことなく次の世代に伝えようと奔走しているのではないかと感じた。

白石 天のしずく3

そしてその想いは、確実に伝承され息づいている。
辰巳さんは全国の医師や看護師、ボランティア団体を対象に特別スープ教室を開いている。そこに参加した人を中心に病院で“いのちのスープ”を提供する試みが四年前から始まっているのだ。実際に病院でこのスープを患者さんが飲んでいるシーンがあるんだけど、こういうのって何か明確な言葉がなくても伝わってくるものだよね。
僕もこの冬、仮面ライダーの現場にオフを使って辰巳さんの“いのちのスープ”を作って持って行こうと画策中。笑

辰巳さんの料理には、沢山のメッセージが込められている。素材に、手間に、愛情に。
僕はお芝居を始めてからまだまだたった数年しか経っていないけれども、役者と凄く共通する部分があるなぁと。それはきっと、同じ表現者っていうことなんじゃないかと。自分の持っている何かを表現してそれを誰かに感じてもらうには、こうすればいいのかと。
そこに至るには多くの時間と労力が必要になってくるわけだけど、こうすればいいのかと。

もうすでに公開は始まっていますが、是非とも沢山の方に観て頂きたい映画です。

 

追記

今、一人暮らし中なんだけど、結構自炊してるんですね。
別に母親から料理を教えてもらった覚えはないんだけど、結構自炊してるんですね。
で、この映画を観て思ったのが、料理は教えてもらってないけど、母親が料理をしている姿はずっと見ていたなって。それで勝手に覚えたんだなって。
これはこれで母親にひとつ感謝しなきゃいけないことだなって。ね。

  

『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』
東京都写真美術館ホールほか全国劇場ロードショー!!
詳細は天のしずく公式HP

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