白石隼也の映画コラム

追悼・森田芳光監督 ~「僕達急行 A列車で行こう」~白石隼也・映画コラム~

2012/04/05


これまでに数え切れない人の重みを支え続けてきたせいか、
お尻の形に窪み少し硬くなった柔らかい椅子に座り、
純白とは言えないほんのり日焼けしたような横長のスクリーンに齧り付く。

左右のサラウンドスピーカーから本編の音声が聞こえる他にも、
ガタンガタンと定期的に電車が通る音、
そして、ガハハハハというまるでラム酒を喰らい酒焼けした海賊のように
しゃがれた大きな笑い声があちこちから聞こえてくる。

ん?何か匂うなぁと辺りを見回すと、大笑いしている一人である杖を持ったオジサンが
汗でふやけた臭い臭い足を靴から出してこちらに向けているではないか。

ははーん、そういうことか。

ただ、人間ってやつは臭いに慣れるようになってるんだよ。
と自分に言い聞かせたが、後にきつい臭いは慣れるのに時間が必要なんだと思い知らされることになる。
いきなり話が逸れたがこれは銀座シネパトスで3月いっぱい開催されていた
『時を掴み、人を見つめ続けた天才監督 追悼 森田芳光』での一幕である。

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今月紹介するのは、今作が遺作となった
森田芳光監督
『僕達急行 A列車で行こう』

今回の為というわけではないが、
前述した銀座シネパトスで今月の頭からやっている森田監督の過去14作品が
一挙に公開される上映会に週二のペースでそこに通っている。
本当は14作品全て観た上でコラムを書きたかったのだが、
そうすると公開に間に合わないのでギリギリのこのタイミングで。

小町圭(松山ケンイチ)小玉健太(瑛太)はともに
鉄道を愛する者同士。」
とだけ映画のチラシには書いてあり、今や世界共通語となりつつあるあの言葉は使われていないのだが
ここは分かりやすくお伝えしたいので敢えて言わせて頂きたい。

二人の主人公は、要するに「鉄道オタク」(鉄道ファンの方々はこの呼び方を好まないと
後から聞いたのですが、決して蔑称しているわけではありません)である。
映画を観ているうちに森田監督もその一人だったんだろうなと確信する理由の一つに、
一口にオタクと言っても色んなオタクがいて、
対象の物事に人それぞれ違った愛し方をすることを
「受け入れる」という点が描かれていたこと。

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僕自身も「サッカーオタク」(今作にサッカーに関する台詞やキャラクターが出てくるから
森田監督もきっとそうだ)で暇さえあればスタジアムに行っているのだが、
例えばサッカー観戦にしても楽しみ方は色々だ。

いわゆるゴール裏と呼ばれる所で大声を出して歌いながら観戦する人もいれば、
メインスタンドで静かに集中して観戦する人もいる。

またその中に各々見ている所が違ったりするから人の数だけ楽しみ方がある。
で、そうなってくると声を出して応援している人達がそうでない人達に
『お 前らも声出して応援しようぜ』ってなりそうだが、そうはならない。

不思議な案配だが、ならないのである。

僕がサッカーオタクであるように
誰しもオタクと言わないまでも精通している物事はあると思うので、
鉄道の知識、または興味がなくても当事者である森田監督が描いた
小町や小玉のキャラクターに共感し笑えるはずだ

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物語はこの愛すべき二人が仕事に恋愛に紆余曲折しながら成長していく様が描かれているのだけど、
見所の一つに挙げたいのがそこで出会う魅力的な登場人物の数々。
過去の森田監督作品を観ていても必ずと言っていいほど、共通して言えることがある。

それは、全ての登場人物が魅力的なキャラクターであること。

たとえワンシーンだけの出演だとしても必ず印象に残るような役設定、撮り方をされている。
役者目線として嬉しい有り難いというのもあるんだけど、
それよりも何よりも単純に終始にワクワクさせられてしまう。

これは映画やドラマや小説やら何でも当てはまる僕の中でのちょっとした法則なんだけど、
魅力的なキャラクターが描かれている作品はその他の要素関係なしにおもしろい。
もちろん森田監督作品はストーリーも監督のメッセージが含まれた素晴らしいものばかりだ。

そして、僕が一番注目してほしいのは、
やはり森田監督にしか表現出来ないユーモラスな世界観
例えて言うならば、今にも死にそうな危機的状況の中でもギャグをかますような大人の余裕みたいな。

遊び心みたいな。

そういうやつ。

自分が映画に出る立場になってからいつも痛感させられることがあって、
それは、直接的に本筋のストーリーに関係ないシーンは尺の問題や色々な諸事情などで
格好のカット対象になるということ。
ただ、今作にも遺憾なく発揮されているけど、
森田監督作品には「今の何だったの?」っていうような

最高に無駄なシーンが沢山散りばめられている。

それも斬新に。

今作だって還暦を迎えた人が撮っているなんてとてもじゃないけど思えない。
スタンリー・キューブリックやオーソン・ウェルズなんかの作品っていうのは
間違いなく彼らにしか出来ないものだったから
いつ観ても新鮮に映るのと同じことが
森田監督にも当てはまると言っても過言じゃない気がする。

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ここでようやく最初のシネパトスでの話に戻るのだが、
僕が思うにあの足の臭いオジサンを含めガハハハハと笑っていた人達は
リアルタイムでもそうだし何度もあの映画を観ていたと思う。

ガハハハハと笑ってなかった人達の中にもそういう人は何人もいただろう。

エンターテイメントを知り尽くしたオジサンたちの心をも掴んで離さない、
こんなことそうあるもんじゃない。

きっと俺も言っちゃうんだろうな、ガハハハハって。

シネパトスを後にする度にブルーになる。

足の臭さにやられたわけじゃない、
森田監督の作品に携わりたかったなぁとね。

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と、ついつい本編より森田監督についての熱く語ってしまったが、
僕が言いたいのはつまりそういうことで。

まさにこの『僕達急行 A列車で行こう』
監督にしか描けない世界観が展開されている。

それはやはり実際に観て感じるものだから
今回は敢えてストーリーにはあんまり触れないでみました。

とにかく。

世界観ってなんぞやと思っている人たち、
森田監督を知らない若い人たち、

凄い日本人映画監督の作品をリアルタイムで観る最後のチャンスだということです。

追記

松山ケンイチさん演じる小町の台詞で印象に残っている言葉がある。
「女の人の気持ちは考えたって分からないから、考えない」
と、そんな台詞。
女心を掴むという男の永遠のテーマのようなものをあっさりと放棄。
僕は「いいの?」と呆気にとられたのだったが、
映画を見終わる頃にはすっかり小町に同意していた自分がいたのに驚いた。
なんだろう。たぶん、重みだろうなぁ。

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『僕達急行 A列車で行こう』

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©2012「僕達急行」製作委員会

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