白石隼也の映画コラム

「おとなのけんか」~白石隼也・映画コラム~

2012/02/17


 

BUTAKOME
 

大学に入って一ヶ月が経とうとしていた頃の話。
数学の授業中、僕が必死に黒板の計算式かなんかを書き写していたらセンセーがやってきた。
「なんやこの落書きは」
反対側のページに前の日にお芝居のワークショップで使った文字やら絵が描いてあったのだ。
「なんでもないです」
「なんでもないことないやろが」
「これは昨日書いたやつですので、大丈夫です、なんでもないです」

それとなく流していたら、センセーはノートに書いてある文字を大きい声で読み始めた。
「『おはようございます、私の名前は白石しゅんやと申し…』」
「ちょっとやめてくださいよ」
かまわずさらに大きな声で読むセンセー。
「ちょっと本当にやめてください」
「お前が授業中にこんなこと書いてるからだろ」
「だからこれは授業中に書いたわけじゃありませんよ、ちゃんと授業受けてるじゃないですか」
「あ?お前センセーに向かってなんだその口の利き方は!」
「勘弁してくださいよ」
「その口の利き方はなんだって言ってんだよ!」
「勘弁してくださいよ」
「その口の利き方はなんだって言ってんだよ!」

        …中略…
「こんな授業もう受けねぇよ」バタン!

 
今日紹介する映画は、ロマン・ポランスキー監督の最新作
『おとなのけんか』
 
いわゆるケンカをしなくなったのはいつの頃からだろうか。
小、中学校までは取っ組み合いのケンカをして教室の窓ガラスを割ったとかそういう類いの記憶が鮮明にあるからちょうど高校生くらいからだろう。瞬間的な感情を理性で抑えることが出来るようになったのは。
それからというのは確かに突発的なケンカはしなくなったように思う。
が、それは突発的なケンカをしなくなっただけであって、ネチネチとした意地の張り合いからケンカに発展することは今でも多々ある。
いや、むしろ、歳を重ねるにつれて己の自尊心や虚栄心を保とうとするために増えていってる気さえする。
そう、それは「大人の喧嘩」なんて言うようなちょっと悪そうなお兄さんが出てきそうなやつじゃなくて、僕と大学教授のような特に重大な理由など何もないしょうもない「おとなのけんか」だ。

 
ニューヨーク、ブルックリン。11歳の子供同士の喧嘩の後、話し合いのため集まった2組の夫婦、リベラルな知識層であるロングストリート夫妻(ジョン・C・ライリージョディ・フォスター)とカウワン夫妻(クリストフ・ヴァルツケイト・ウィンスレット)。冷静に平和的に始まったはずの話し合いは、次第に強烈なテンションで不協和音を響かせ、お互いの本性がむき出しになっていき、やがては夫婦間の問題までもが露わになっていく。(公式HPから引用)

 
舞台はロングストリート邸。粛々と始まった大人の話し合いだったが、両夫婦の子供への意識のズレから次第に雲行きは怪しくなっていく中で最大の悲劇が起こる。客人であるカウワン婦人が体調不良を訴えた末に、ロングストリート婦人が大切にしていた画集の上にげろをぶちまけたのだった。(失礼、嘔吐したのだった。)
 
BUTAKOME
 
この決定的な出来事を機に二組の夫婦は今まで必死に保っていた理性がついに崩壊する。
 
BUTAKOME
 

要するに普段必死に体裁を整えている我々大人という生き物もブチ切れる沸点が子供よりちょっと高くなっただけであって本質的なところでは何も変わっていないのだ。
もちろん、ガンジーとかナイチンゲールのような特殊な人達も中にはいるだろうが、僕や両夫妻のような凡人は残念なことにこの事実を否定できないだろう。
僕はもう間違いなくそうだ。幼稚園のお遊戯会で隣の子と髪の毛の引っ張り合いをしていた頃と大学の教授と言い争いになって教室を飛び出した昨今の自分とを比べるとお恥ずかしいことに何ら変わっちゃいない。
唯一言い訳できることと言ったら、昔ならもっと早く喧嘩になってた。くらいのことだろう。
 
故にこの映画はおもしろい。

 
それこそガンジーやナイチンゲールには共感できないかもしれないが、
「ここで描かれているのは、言葉や国、環境に関係なく誰もが経験することよ。」ケイト・ウィンスレットが言っているように
普通の人なら誰もが一度は直面したことのある小さな問題が次々に降りかかる
 
この実にリアルな問題の数々を4人の役者陣が抜群のテンポで笑いに変えていく。
 
BUTAKOME
 
おっと、言い忘れていたがこの映画をジャンル分けするならば、
ワンシチュエーションコメディだ。
あんまりお芝居のことでどうこう言いたくはないのだが、僕自身このジャンルが演じ手にとって一番力量を試されるお芝居だと(身をもって)感じていて、結果がどうであれこういう企画の作品を製作するという事実だけでも僕は賞賛したいと思うのだが、この映画はそんな僕の心配など軽々しく超越していて。ちょっと情けなくなった。
 
さすがは、ロマン・ポランスキー監督本当に凄い人だと思う。
 
こういう人がガンジーやナイチンゲール側じゃなくて良かったよ。と、ちょっと安心した。

 

追記
ちなみに個人的にワンシチュエーションもので好きな映画は『12人の怒れる男』で、僕の実質的なデビュー作でありワンシチュエーションコメディの難しさを身をもって感じた映画『大洗にも星はふるなり』も個人的に大好きな映画です。(笑)
よろしければこちらも合わせて是非。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『おとなのけんか』

2月18日(土)TOHOシネマズシャンテほか全国順次ロードショー!

※公式HPはコチラから


【プロフィール】白石隼也

※画像およびテキストの転載を禁止します。

バックナンバー