本日の日記

無駄に

2020年11月18日(水曜日)

「ムダにしたかなぁ」
こんなことを思うことってありませんか?
ムダにしたっていいじゃないですか。
ムダにしたことで学ぶことがきっとありますからね。

松原照子の印

本日の世見

奈良時代の伝染病

2020年11月18日(水曜日)

  • 古代文明・歴史
  • 宗教

現在はコロナ禍にあり伝染病の恐ろしさを実感出来ていますが、歴史を見ますと、今まで幾度となく人々は伝染病に苦しんで来ました。
八世紀の中頃も、飢饉や伝染病に加え貴族の勢力争いが激しくなり、聖武天皇は仏教の力によって国家を守ろうとしたあたりを見ますと、あの頃は今とは随分と違うのがわかります。
聖武天皇は、国ごとに国分寺と国分尼寺を造らせ、都には東大寺の大仏を造ることを命じたのです。
大仏造りにかかった歳月は9年。
多くの人々の労力が注がれたのです。
奈良時代には仏教との関係が深く、唐の影響をかなり受けた文化であったことが都を見ればわかります。
この時の文化を天平文化と言っています。
正倉院の宝庫には、聖武天皇や光明皇后が使用した道具が保存されています。
この正倉院というのは、中国と西アジアを結ぶ交通路、シルクロードの終着点といわれているのですってね。
あの頃大流行したのが天然痘でした。
飢饉も続いていました。
大宰府で藤原広嗣は、地方の民衆の苦しさを訴える反乱をおこしました。
この反乱の後、聖武天皇が国分寺や大仏の建立を命じたのです。
国分寺は正式には金光明四天王護国之寺。
国分尼寺は法華減罪之寺と名付けられました。
飢饉や伝染病は人の力を越えた難題でしたから、聖武天皇は仏教の力を借りたのです。
金光明経は崇められていましたので、この経典を読経すれば天皇と国土は四天王に守られ、災害はおさまり、病気からも逃れ、作物も豊かに実ると信じていたのです。
仏教は本来人の心を救うものですが、まじない的な力で国を守ろうとしたのを感じます。

松原照子の印