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MICHIMARU劇評
【MICHIMARU劇評 第6回】ミュージカル『ファントム~もうひとつのオペラ座の怪人~』▷城田演出で浮かび上がる「愛と許しの物語」
2019/11/16
ファントム(エリック)/加藤和樹、クリスティーヌ/愛希れいか
城田演出で浮かび上がる「愛と許しの物語」
フランスの小説家、ガストン・ルルーの「オペラ座の怪人」を原作としたミュージカル『ファントム~もうひとつのオペラ座の怪人~』。宝塚歌劇団の上演でも知られるこの怪人ファントム(エリック)を中心としたミュージカルが、城田優の演出でよりリアルに、より立体的によみがえった。
アンドリュー・ロイド=ウェバーによる『オペラ座の怪人』と比べ、「人間エリック」を描くことに焦点を当てている本作。テーマはもちろん「愛」であり、唯一の愛を求めるエリックの純粋無垢な姿は観客の心を打つ。ところが、物語はその前提条件で、2つの矛盾をはらんでいるのである。
ひとつは、エリックが私生児であるということ。物語は後半で、エリックと父、ゲラール・キャリエールの父子の物語がつむがれるが、そもそもエリックは状況だけを見れば、キャリエールの唯一の愛の結晶ではなく、裏切りの結果である。エリックが闇の中でしか生きられなかったゆえんは、顔の醜さだけではあるまい。
もうひとつは、エリックが「唯一」愛する母、ベラドーヴァを重ね合わせたクリスティーヌ・ダーエという女性の造形。フィリップ・シャンドン伯爵に惹かれながら、同時にエリックに変わらぬ愛を誓うクリスティーヌという女性もまた、「唯一の愛」を体現する存在ではないように思える。特に、エリックの仮面の内側に驚き、叫び声をあげて逃げるシーンでは、クリスティーヌという女性がどうしても皮相的に見えがちだ。
城田演出は今回、この2つの根源的な問いに見事に応えた。まずはキャリエールを演じた岡田浩暉の、地に足が付いた深みのある演技力が大きい。父と子のシーンで彼が流す悔恨の涙は、この物語が「愛と許しの物語」であることを訴える。
そして、クリスティーヌがエリックの仮面の内を見たときの反応は今回、恐怖に加え大いなる葛藤を感じさせるものとなっている。死に瀕したエリックのもとに駆けつけるクリスティーヌの姿には強い意志も感じられ、人物の描き方にさらに奥行きが加わった。城田が自身の演じ手としての視点を演出に生かし、登場人物の感情をよりリアルに、無理のない形で表現しようとした結果だろう。エリックに焦点を当てた本作は、一方で、パリに憧れ、オペラ歌手に憧れた田舎の女の子が、恋を、愛を知り、自分の意志でひとり立ちしていく成長物語でもあるのだ。
ファントム(エリック)/加藤和樹
加藤和樹が演じるエリック(城田とのダブルキャスト)は、地下でしか生きられない影を背負いながらも、無垢な魂を繊細に表現しはまり役だ。長年の親交がある城田の演出プランを深く理解しているからこその表現だろう。愛されることに臆病で他者をはね除けてばかりのエリックが、父と心を通わせ、愛する女性の心を受け入れていくまでの変化を、長い息を吐き出すようにひとつの流れで演じきったのは見事だ。
クリスティーヌ/愛希れいか
愛希れいかのクリスティーヌ(木下晴香とのダブルキャスト)は、演技力に定評ある彼女らしく起伏に富んだ感情の波を余すことなく体現。母、ベラドーヴァを演じるときの鬼気迫るダンスにも心をつかまれる。
廣瀬友祐のシャンドン伯爵(木村達成とのダブルキャスト)は、まさに洗練された大人の男そのものだ。若い女性が憧れる全てを当たり前のように手にしている男の余裕と気品が感じられ、それだけに「唯一」欲した女性が別の男(エリック)に向かって行ってしまうシーンが切ない。
カルロッタ(エリアンナ)、アラン・ショレ(エハラマサヒロ)の夫婦コンビは、人間の俗っぽさの結晶ともいえる憎まれ役を軽やかに演じた。ジャン・クロード役の佐藤玲は、抑えた演技の中に光るものを感じさせる。
唯一の愛を探し求める物語は、エリックとクリスティーヌのデュエット「ビューティフルボーイ」で幕切れとなる。エリックの母が、息子へのあふれる愛を歌った歌のリプライズだ。
そこで我々は気づくのである。「唯一の愛」とは、許すことのできる愛ではないかと。醜さという業とともに生まれてきたエリックを、美しいわが子と信じてやまない母の強い愛。ベラドーヴァはとっくにキャリエールを許していたし、それゆえにわが子を愛した。エリックが母から与えられた音楽は、許し愛することと同義であり、それは光そのものであった。
エリックは、クリスティーヌへの愛を知り、その愛を純粋に求めるが故に罪を犯す。だが、彼は闇に生きる自分の存在こそが父の「人生の光」だったことを知り、父を許し、愛する女性を許し、音楽の中で息絶えていく。ただ愛するだけでは「音楽」は完成しない。愛し、許すことを知ってこそ、音楽は美しく輝くのである。
ラスト、死と生に分かたれた2人を包むひとすじの光。闇に満ちた人生にこそ、光は美しく降り注ぐ。そして苦しみに満ちた人生に差す光を、人は愛と呼ぶ。
ファントムは完璧な音楽を完成させ、舞台を去った。観客には彼と共有した美しい旋律が残されている。ミュージカルとは、なんて素晴らしい。
11月8日、加藤、愛希、廣瀬キャストによる公開ゲネを観劇。公演は12月1日まで、赤坂ACTシアター。大阪公演は12月7~16日、梅田芸術劇場メインホール。
ファントム(エリック)/城田優
■道丸摩耶(みちまる まや)■
プロフィール
産経新聞記者。文化部、SANKEI EXPRESSの演劇担当を経て、観劇がライフワークに。
幼少時代に劇団四季の「オペラ座の怪人」「CATS」を見て以来、ミュージカルを中心に観劇を続けてきたが、現在は社会派作品から2.5次元作品まで幅広く楽しむ。
舞台は総合芸術。「新たな才能」との出会いを求め、一度しかない瞬間を劇場で日々、体感中。
■□■BUTAKOME☆Information ■□■
ミュージカル『ファントム~もうひとつのオペラ座の怪人~』
脚本/アーサー・コピット
作詞・作曲/モーリー・イェストン
原作/ガストン・ルルー
演出/城田 優
出演/
【ファントム(エリック)】加藤和樹 / 城田優 (Wキャスト)
【クリスティーヌ・ダーエ】愛希れいか / 木下晴香 (Wキャスト)
【フィリップ・シャンドン伯爵】廣瀬友祐 / 木村達成 (Wキャスト)
【カルロッタ】エリアンナ
【アラン・ショレ】エハラマサヒロ
【ジャン・クロード】佐藤 玲
【ルドゥ警部】神尾 佑
【ゲラール・キャリエール】岡田浩暉
ほか
《東京公演》
会場:TBS赤坂ACTシアター
公演日時:2019年11月9日(土)~12月1日(日)
料金:S席 13,500円 A席 9,000円 (全席指定・税込)
お問い合わせ:梅田芸術劇場 0570-077-039
《大阪公演》
会場:梅田芸術劇場メインホール
公演日時:2019年12月7日(土)~16日(月)
料金:S席 13,500円 A席 9,000円 B席 5,000円 (全席指定・税込)
お問い合わせ:梅田芸術劇場 0570-077-039
※公演の詳細は公式サイトへ
※画像およびテキストの転載を禁止します。
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