OVERLORD -the gold in the darkness-   作:裁縫箱

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 最近こんなことを思いました。
 
 あらすじに「異形×人間」って書いてあるけど、「人間」いたっけ(今更)。


6、人の扱い

暗い。ただひたすらに暗い。

 人間種のように、夜目の利かない種族では、到底生活できないであろう暗闇が、洞窟を包んでいる。

 ここはトロールの食糧庫兼居住区。日の光を浴びて健康に育った家畜を、出荷の時まで大切に保管しておくための施設だ。従って、ここを利用するトロールにとって十分な程度の設備しか、備えられていない。

 照明機能というのも、闇を見抜く目を持つトロールにとっては、不要ということだ。

 

 

 だが、そんな暗闇を照らす光が、現在、洞窟の奥を目指して進んでいる。発光源は、緑色の光の球。暗闇の中で神秘的に輝いて、ゴツゴツとした遮蔽物に長い影を作っていた。

 そして、それら影に囲まれて、二人の人物が(?)が、ゆったりとした足取りで歩いている。

 言わずもがな、黒フードと、その配下の黒鎧だ。

 緑色の光に照らされて歩く二人の姿は、黒鎧が持っている凶器も相まって、さながら犠牲者の魂を刈り取る死神のようで、また、あながちそのイメージも間違っていなかった。 実際に黒フードは、手にかけたトロールたちの魂を吸い取りながら、ここまで進んできたのだから。

 だが、彼は死神ではない。いや、正確に言うと、ユグドラシルというゲームに、死神という種族が存在しなかった。似たようなものであれば、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)などがあるにはあったが、彼の種族はそういうものでもなかった。

 

 ただ、戦いの中で、一片の容赦もなく、

 慈悲もなく、

 愉悦もなく、

 ひたすら無機質に、

 機械的に、

 命を狩るものを「死神」というのならば、確かに彼は「死神」だろう。

 

 彼は戦いという行為に興奮を覚えない。

 命あるものならば当然備わっているはずの、生存本能からくる昂揚が、彼には存在しない。

 あるのは決して満ちることのない、知識欲という名の渇き。

 つまり戦いの中で彼が興味を示すものは、戦った相手の情報。それに尽きる。

 

 名前。

 性別。

 種族。

 年齢。

 装備。

 能力。

 戦術。

 動作。

 言葉。

 

 最後に、それら全てを含め、相手は何を考え自分に挑むのかという、

  

 戦う意味。

 

 

 彼は、そういった観点で相手を見ている。

 

 今まで見たことのない方法を使ってくる相手と対峙すれば、喜ぶし、

 

 逆にもう見飽きた相手であれば、興味をなくし、それ以上の観察をやめる。

 

 

 

 

 

 そして現在彼は、洞窟の中で、トロールたちの相手をするのに、

 

 飽きていた。

 

 最初こそ、見たことがないほど愚鈍で、原始的で、野蛮なトロールたちの戦いぶりに、驚きと強い関心を持ってはいた。もともと、転移して初めて接する知的生命体との戦闘だということも拍車をかけ、随分と手間をかけて相手をしてはいた。

 しかし、それも最初だけ。

 今では、打合せでもしてきたかのように、正面から殴ってくるしかしないトロールたちを、見込みなしと判定し、出会い頭に瞬殺を続ける。

 一応、クロスボウ、いやサイズ的にはバリスタを抱えてくるトロール数名を見かけはしたが、前衛もなしに棒立ちという悲劇的な立ち回りは、彼の神経を逆なでし、同様に瞬殺。

 

 

(どういうこと。仮にトロールの脳組織が人間のそれと同等であれば、サイズが大きい分トロールのほうが頭が良くてもおかしくないはずなんだけど。ハア~。モンスターとの戦いも、一部を除いてそんなに楽しいものではなかったけど、あれでも最低限のセオリーは押さえていたのかな~。同じスペックでもここまで酷いと、ちょっと馬鹿らしくなってる。・・・あとでデミウルゴスかニューロ二ストあたりにトロールの死体の解剖お願いして調べよ。この世界で科学知識がどこまで役に立つかは分からないけど、生物であれば多少は通じるはず・・・だよね?)

 

 

 下を向いて、考え事をしながら歩き続ける黒フード。そこへ声がかかった。

 

「■■■■様。どうやら目的地へと着いたようです。」

「・・・うん?」

 

 配下の声に従って顔を上げる。見ると進行方向上に、先ほどトロールたちが集団で待ち構えていた場所に匹敵するほどの大きさの空間が見える。

 そして、その最奥には、みすぼらしい両開きの扉が据え付けられていた。

 記憶にあるものと一致するし、扉の奥に大量の魂が視えることからも、まず間違いなくあれが目的地である食糧庫だろう。

 ただ少し疑問がある。

 

 それは、

 

「ねえ、アルベド。君ならさ、自分の大事なものをあんな粗雑な守りしかない場所に置いておくかな?」

 

 彼の基準で言う『大事なもの』がどの程度なのかは割愛するが、目の前の扉がセキュリティーとして貧弱極まりないことだ。

 そう、例えばナザリック地下大墳墓内の宝物殿のような、そういった場所と比べると。

 

 黒鎧も、同意とばかりに頷く。

「絶対にありえません。ですが、下賤なトロールたちではあの程度のものしか作れなかったのではないでしょうか。」

「そうなるのかな~。」

 そんな風に話している間に、二人は扉の前にまで近づいた。

 

 黒フードは念のため特殊技術を発動させ、何か裏がないかどうか調べる。

 フードの下で、瞳が怪しく輝いた。

 

「フ~ム。やっぱり大したことのないデータ量。・・・大したことないっていうか、カスだね、これ。材料はただの木で、腐りかけ。魔法も何もかかっていないし、こんなものを防御目的で設置したとは思えないな~。さてーーー」

(なーんかトラウマを刺激されるなー。)

 何も起こらないと断言して行ったダンジョン攻略で全滅し、ギルド中から白い眼で見られたなどのイヤーな記憶が蘇る。

 

 だが扉の前で立ち尽くしてもしょうがないと、視線を斜め隣りの黒鎧へと移す。

「これは一体どういうことなんだろう。僕が想像していた以上にこの世界の文明レベルが低いのか。それともトロールたちのレベルが低いのか。はたまた、実はあれが僕の目では分からないほど高度な魔法で守られているのか。・・・アルベドはどれだと思う?」

「まずないかと。あったならば、トロールたちが全滅した今になってようやく発動することになりますが、それでは防衛設備として意味がありませんし。」

「そう。トロールたちが防御目的で何かを仕掛けていたら、そんな間抜けなことは起こらないだろうね。」

 

 しかし、かつて『ユグドラシル』というふざけたゲームをやっていた身からすると、そう簡単に、大したことのないものと決めつけることが出来ない。

 出現するモンスターのレベルに反して、恐ろしく凶悪なトラップが仕掛けられているダンジョンなどが、平然と用意されていた『限度の知らない世界』を知っているからだ。

 

 無論ここまで観察してきて、ここがゲームではないことはハッキリと分かっている。それでも、ここが『ユグドラシル』と全く関係のない世界だとは到底思えない。それは魔法や特殊技術といったゲームの産物が、ほぼシステム通りに機能しているのを見れば明らかだろう。だが、それは絶対ではない。同士討ちが解禁されているなどといった小さな変化が何処かにあるのだ。

 そういった変化がある以上、何が危険になるかは分からない。もしかしたら、軽い気持ちで発動させた魔法が、大災害を引き起こすかもしれない。

 故に、行動の一つ一つに注意を払うのは当然の備えだ。そして、もし何か予期せぬことが起こった場合の用意も、どれだけしても足りないだろう。

 

 また、その警戒はゲームだけではなく、この世界独自の法則にも向けられるべきだ。

 確かに、自分たちほどのレベルに達している個人の存在はいないと考えられる。しかし、自分がかつて存在した世界の例から見ても分かる通り、知性ある者たちの長所は、単体での肉体能力などではない。彼らの長所は、自分には足りない部位を、道具として外付けで拵えることができるところにあるのだ。であれば、多少なりとも会話する脳があったトロールたちにも、ある程度の技術があるのではと警戒したわけだが、これまでのところそんなものはなかった。

 高価な食料(人間)の飼育場であるというここは、それなりにトロールたちにとって重要な場所らしいが、その最深部に来てもまだ大した技術が見当たらないのだから、トロール全体を見ても、技術レベルは極めて低いと考えていいだろう。

 ただ、それはあくまでも可能性の話であり、どこまでが本当かなどまるで分らない。

 つまり、ゲームシステム同様に、此方にも十分な警戒を必要とするのだ。

 

 ・・・・それが分かっていても、抑えられない感情というのは、当然あるのだが。

 

(まあ、やってみないと答えなんて分からないわけだし。仕方ないか。)

 

 心の中で言い訳じみたことを言った後、彼はニヤリと笑った。

 好奇心は足取りを軽くするものだ。

「アルベド、この扉を開けて。何が起きるか分からないから、一応スキルを使っておくように。」

「承知いたしました。」

 彼が数歩下がるのと同時に、黒鎧が扉の前に進み出る。

 そのままバルディッシュを振りかぶり、一息で閂を両断。続いてその場で横蹴りを扉に向けて放ち、丁度扉の真ん中にクリーンヒット。

 バーンッと音を立てて、扉は綺麗に開いた。恐るべきことに、どちらの扉も開いた角度が同じであり、黒鎧の蹴りのコントロールを窺わせる。

 

 足を下ろして構えをとり、周囲を警戒する黒鎧。同じく、黒フードも辺りの変化に目を光らせる。・・・自分の部下が意外にも脳筋だったことに、少し突っ込みを入れたかったが、それは我慢。

(閂を壊す必要はあったのかな?いや、両手にずっと武器を構えていたかったってこと?う~ん、合理的なんだか、力任せなのか、判断に困る。)

 

 

 待つことしばし。

 結果的に何も起こらない。

 更に、扉の奥に眷族を突っ込ませてみたものの、問題なく飛行していることが確認される。

 

「よし、何もないみたいだから、中に入ろうか。」

 同意する黒鎧と共に、歩を進める。緑の光球がふわふわと二人の後をついていった。

 

 空間に入って、まず目についたのは、天井がそれほど高くないということ。大量の人間を収容していると聞いていたので、何となくナザリックの玉座の間ほどに高い天井があるのかと思っていたがそうではない。

 天井は、精々前の空間と同じか少し高いくらいで、およそ6メートルほど。トロールの身長の、大体二倍だ。これは、二十一世紀の家屋が2.5メートルほどの天井を持っているところから考えて、住居としては別に問題ない。だが、ここは住居ではなく、格納庫だ。その程度の高さでは、面積を多く用意する必要が出てしまい、効率に欠く。(トロールが効率を理解するだけの脳を持っているかは疑問だが)

 では、一体どのような設計なのか。記憶を探り、答えらしきものを見つけた。

 彼は視線を上ではなく、下に向けることにした。

 前へと進み、止まる。彼が足を止めたところから先には、地面が続いていない。

 

 地面を見下ろすとそこには、巨大な空間が繰りぬかれ、とても深いプールのようになっていた。無論、ここには水ではなく、人間が詰まっている。正確には、空間いっぱいに棚が設置され、その中に人間が収められているのだ。

 棚は無数に地面から直立しており、棚同士には足場のようなものが渡されて、その間を歩けるようになっている。大分脆そうな足場だが、トロールたちは普通に歩いている様子が記憶にあったので、何らかの工夫がなされているのだろう。 

 また、棚には梯子も備えられていて、上下するために使っている形跡がある。

 一瞬それを使って下に降りてみようかとは思ったが、そんなことをしなくとも移動方法はあると思いなおし、止めることにした。

 

 羽織っているマントを翼へと変形し、飛行手段を用意。朧げに輪郭がブレる黒い翼が、波のような跡を残して、彼を下へと下ろす。

 羽ばたくことはせず、ゆっくりと落下速度を減少させ、着地の衝撃を和らげた。用が済んだといわんばかりに、翼は再び変形し、またマントになって彼を包んだ。

 少し遅れて黒鎧も同じように降りてきた。彼女の場合は、種族的に備わっている実体のある翼だ。背中からではなく、腰から生やしていることも違いだと言える。

 

 

 

「結構高いんだね。いや、上の方が微妙に狭く削ってあるのかな。イノシシ用の柵に似たようなことをしていたってどっかで聞いていたけれど、錯覚でも高く見えると越えられないように思うんだね。越えられないと思うから高く見えてしまうっていう心理を突いた、いい設計だよ。」 

 上を見上げながらそんなことを彼は言った。

 ただ、別に大した興味を覚えたわけではないらしく、すぐに視線を下ろす。

 そして、周りの棚を眺めて、不思議そうな顔をした。

「しかし、この棚もそうだけど、どう考えてもトロールが作れるようなものじゃないんだよね。何か他の種族とかに協力を求めたのかな。」

「御方の把握している魂には、そういったことは記憶されていないのですか。」

「実際に見るからいいかなーって思って、そんなにそっちの記憶を厳重には保管しておかなかったんだよね。容量の問題もあるし、肉体から抜き取った魂の記憶を見るのは大変なのさ。」

「なるほど。ご説明していただき、ありがとうございます。」

 

 

 とりあえずこの問題は後で調べようと考えて、置いておく。

 そして、一番下の段に収まっていた人間の状態を調べようと、棚へ歩み寄った。

 

 棚の一番下ということで、身長がトロールに比べて遥かに低い彼でも問題ない高さにその人間たちはいた。

 体を木で挟まれて固定され、棚からは頭だけが出ている。異常なことに、人間たちはこれだけ近づいているのに、黒フードたちに何の反応を示していない。

 その理由の一端は、顔の状態を観察すると、ある程度推察できる。

 

 

「眼と耳を焼いて潰され、舌も切られています。おそらくですが、流動食、或いは魔法的手段で栄養を与えられていたのでしょう。」

「・・・効率的なことだね。万が一にも脱出など考えさせないように、感覚器官を喪失させる、か。」

 

 緑色の光に照らされれば、眩しいと思い、瞼を閉じるなどしてもおかしくないが、彼女らにその気配はない。本当に、目が見えていないのだ。

 

「いかがいたしますか。この状態では、外に連れ出したとしてもまともに生きていけるとは思えません。手間を考えると、ここで殺してしまってもよいかと。」

 配下の意見に、彼は少しの間考え込んだ。

 確かに、このままトロールたちの手から逃れたとしても、彼女らが本当に助かったとは言えない。むしろ、この様子を見た人間たちからは、恨まれる恐れすらある。

 しかし、彼女たちの損傷を治すのもまた、面倒だ。ナザリックにいる信仰系魔法詠唱者ならば、造作もなく治せる怪我ではあるが、それは相手が少数の場合。正確な数は分からないが、この場にいる人間は数千単位であり、大勢を動員することになってしまう。当然のことながら、未だ安全の確認できていないこの地にそれらの人員を連れてくるには、魔法詠唱者たちの他にも、彼らを守る者たちが必要となる。

 余りにも大っぴらに活動すれば、自分たちの存在を積極的にばらすという馬鹿をやることになってしまい、危険が大きい。

 つまり、彼女たちを全て、一瞬で治すことのできる存在がいればーーー。

 

 

「なんだ。簡単なことじゃないか。」

「■■■■様?」

 

 

 

 

「僕が治せばいいじゃん。」

 

 

 






 多分次回あたりに過去編は一旦終了します。
 そのあとの百年間もいろいろあるんですが、それは追々。
 

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