ナーベラルがちょっと勇気を出すだけ   作:モモナベ推進委員会

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5話

 見張りを襲撃も無く終え、俺達一行は再度出発を開始する為、既に起きているであろう漆黒の剣のメンバーに声を掛けに行く。

 ついつい話が込んでしまい、ナーベには少し悪いことをしてしまった。

 

 

「朝まで付き合わせて悪かったな、ナーベ」

 

「とんでもありません! 貴重なお話をたくさん聞かせていただきました!」

 

「はは、そう言ってくれると助かるよ」 

 

 

 誇張や誤魔化しをせずにするギルメンの思い出話、話に花が咲かないわけがない。

 ……二式炎雷さんの話をしてる時のナーベが可愛らしくて、ついつい長話をしてしまったというのも、まぁ、ある。

 

 ほんの少し歩くと、テントを片付けて俺達を待っている皆がいる。

 

 

「皆さん、おはようございます」

 

「モっ、モモンさん。おはようございます……」

 

 

 リーダーであるペテルが挨拶に応じるが、その挨拶はどこかぎこちない。

 見ればンフィーレアも含め、他の面々もどこか居心地悪そうにしている。

 何かあっただろうかとナーベを見るも、首をかしげて疑問符を浮かべている。

 

 

「? どうかされたんですか?」

 

「……モモン殿。昨日は、そのぉ……」

 

 

 昨日? 昨日……

 

 あっ、雰囲気悪くしてしまったままじゃないか! ナーベと話してて忘れてた! 

 

 

「……昨日は、本当に申し訳ないことを言いました。モモンさんの気持ちも考えず、本当にごめんなさい」

 

「おっ、俺からもごめんっ! そのさ、突っつかれたら嫌なことは誰にでもあるよな……」

 

 

 こちらから何か言う前に、ニニャ、ルクルットが立て続けに謝る。

 ……うん、確かに辛くはあったが、結果的にナーベとも深く話せたし、あまり気に病まれてもこの先困るよな。

 

 

「どうかお気になさらないでください。ただ、私の大切な仲間達は、そう替えがきく方々ではないということを、どうかお忘れなく」

 

「はい。……本当に、ごめんなさい」

 

 

 うん、このくらいでいいだろう。

 それに、すぐに非を認めて謝るのは大人として好感が持てる。

 

 

「分かってくれればいいんです。さぁ、出発しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元は草原で覆われ、微かに街道が見えるような道を歩み続け、どこか見覚えがあるような風景が見える。

 

 

「あと少しでカルネ村の筈です」

 

 

 道を知るンフィーレアが村の接近を告げる。

 危ない危ない、俺はこのあたりの地形を知ってちゃいけないんだ。

 アインズとして村のことを知っているが、モモンとしては初めてなんだから。

 

 一行の反応を見ようと軽く周りを見渡すが、その雰囲気はやや気まずい。

 フォローしたとはいえ、そう簡単に昨日の空気が変わるものでも無いからな、こればかりはしょうがない。

 

 隣を歩くナーベはすこぶる機嫌がよく、今にでも鼻歌でも歌いそうな……

 

 

「~♪」

 

 

 ……いや歌ってる!? 小さくてほとんど聞こえないが何かメロディのようなものを歌ってるぞ!? 

 なるほど、皆が困惑しているのはこのナーベを見てのことでもあるのか……

 

 仕方ない、雰囲気を明るくする一手、俺が打とうじゃないか。

 

 

「ナーベは歌が上手いな。初めて知ったぞ」

 

 

 そう、こういう時は何かしらを褒めるのだ! 

 会社でも上司が部下を大勢の前で褒めれば、自然と場の空気は明るくなるという物だ。

 まぁ俺はずっと部下だったが……

 

 

「……っんぅ!? き、聞こえていたのですか!?」

 

「お、おお。ナーベの声は聞き心地が良くてな、つい聴き入ってしまった」

 

 

 ナーベの声は高く、それでいて耳に優しい声だ。

 その声から紡がれる歌はとても聞き心地が良く、なんとも胸が温かくなる。

 

 

「思えば、ちゃんと歌を聞いたのはいつぶりくらいやら……。ナーベの歌は聞いてるだけで心が温まる。私は芸術には疎いが、ナーベの声が綺麗なことは分かる」

 

「えっ、はわっ、そんなっ、わっわたしは……」

 

 

 最後に歌を聞いたのはいつぶりだろうなぁ。

 いやユグドラシルプレイ中にBGMは流れていたが、ちゃんと意識して聞いたのは久々な気がするんだ。

 

 

「そうだ、良かったら後でまた歌ってほしい。もちろん、さっきと同じ歌を。ナーベの歌う歌ならいつまででも聞けそうだ。それくらい───」

 

「ちょっ、モモンさん、ストップです! ナーベさんが限界です! いったんそこまでで!」

 

「えっ」

 

 

 見ればナーベラルは顔を真っ赤にし、両手を頬に当てて狼狽えている。

 

 

「お、思ったことを言っただけだったんだが……ダメだったろうか……」

 

「ダメってんじゃねぇけど、もうちっと女心ってもんをだな!?」

 

 

 えっ、なんで今女心って単語が出てくるんだ? 

 最高難易度のダンジョンすらも超える、あの複雑怪奇にして千変万化と言われる女心が? 

 

 

「はわわわ、はわわわわわ……!」

 

「ナ、ナーベ殿、落ち着くのである!」

 

「これは、前途多難だな……」

 

 

 どうやら対応を間違えてしまったようだ、とほほ……

 

 

「あははは……さて、もうじきにカルネ村が……あれ?」

 

「どうしたんです? 何かありましたか?」

 

「いえ、あんな頑丈な柵、前は無かったんですが……」

 

 

 

 その後、村にいない筈のゴブリンの群れがこちらに武器を向け立ちふさがったり、それがアインズの時にエンリに渡したマジックアイテムで頭を痛めたりとひと悶着あったが、依頼は無事達成。

 

 事情を話したあたりでようやく、肩の荷が下りたと言ったところか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このナザリック大墳墓における支配者、アインズ様は現在外部の情報を得る為に外出しておられる。

 その間、ナザリックを管理するのは我々階層守護者、並びにアインズ様に任された我々の使命と言えるだろう。

 

 

「……しかし、アルベドにはどうにも、困ったものですね」

 

 

 思わず独り言ちるのは守護者統括、アルベドのあの痴態を思い出してのことだ。

 恐れ多くも立ち入りが許可されているとはいえ、アインズ様のベッドに忍び込んで匂いをつけるだのというのは少なからず面を喰らってしまう。

 アンデッドですしベッドで寝ないと思うよ、と言わなかったのは偏に私なりの優しさだ。

 

 

「言いたいことは分かるんですがね……」

 

 

 アルベドの守護者統括としての、ナザリックの管理能力は私を遥かに凌ぐ。

 その点において、これからナザリックに残るのがアルベドとコキュートスということに何の不満も無い。

 

 しかしあの姿を見ると、どうにも一抹の不安が残る。

 

 もちろん、至高の御方の後継の為ともあらば、我々にとっても一大事。

 諸手を上げて歓迎すべきことだろう。

 

「確かに極めて重要事項ではあるが、急務という訳ではないのも事実……」

 

 しかし、そもそも異形種である我々にとって、寿命という物はさして重要ではない。

 そう考えればアルベドやシャルティアのように、まるで肉食獣のように迫るのはあまり上等とは言えないだろう。

 

 アルベドのあのアインズ様への執着心は果たして淑女としていかがなものだろうか……

 

 

(そう言えば、アインズ様にはナーベラル・ガンマが同行しているが、無事役目を果たせているだろうか)

 

 

 プレアデスの一員であるナーベラル・ガンマ。

 アインズ様は彼女を選定し、同行を命じている。

 

 彼女はプレアデスにおいて、今回の動向に最も適した人材と言える。

 

 

 

「ふむ、ナーベラル・ガンマ……」

 

 

 彼女は少々抜けているところもあるが忠誠心に篤く、命令に忠実に従う。

 アインズ様の今回の目的に適役だろう。

 

 

「せめて彼女達がプレアデスくらいに、淑やかであればねぇ……」

 

 

 無いものねだり、か。

 

 考えても仕方がない、まずはアインズ様の命令を遂行するとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ンフィーレアの依頼の第一段階、村までの護衛を無事に終え、今はエンリが呼び出したゴブリン達による、村人達の訓練を見学しているところだ。

 

 

「ふーむ、中々どうして……」

 

 

 見れば武器こそ粗末ではあるがその狙いは正確であり、予め用意したわら束を見事に射抜いている

 ついこの間村を侵略され、同じ村の住人を殺されたにも関わらず、そこから立ち上がり自衛を学ぼうとする彼らは立派と称えられるべきだろう。

 

 

「彼らは、凄いな」

 

「……左様ですか? お言葉ですが、彼らの技術は拙いです。また人間の兵士が来れば、到底守り切れるものではありません」

 

「ナーベ、力量も容姿も……今だからこそ言えるが、種族だって些細な問題だ。大切なのは意志だ。あれほどの恐怖に晒されても、再び立ち上がろうとする意志だ」

 

「成程……」

 

「たとえそれが人の業であったとしても、明日を生きようとする人々を、俺は素晴らしいと思う。俺も見習わないとな……」

 

 

 例えそれが憎しみだとしても、悲しみを乗り越えて苦難を踏破しようとする意志を俺は尊重したい。

 人としての倫理観を失い、更にはこの想い、信念を失えば俺はきっと()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 俺はアンデッドだ。

 だからこそ、生者として抱いた『鈴木悟』としての意志を貫かなくてはならない。

 

 即ちナザリック、ひいてはアインズ・ウール・ゴウンを護るという意思を───

 

 

「……モモンさん、私は───」

 

「モモンさーん!!」

 

 

 ふと目をやると、向こうから汗をかきながらこちらに走ってくるンフィーレアが映る。

 なにやら焦っているようにも見えるが、何かあったのだろうか。

 

 

「まったく、この村はトラブルに事欠かないな……。ナーベ、何やら言いかけたようだが後でも大丈夫か?」

 

「……はい。後ほどお時間をいただけますでしょうか? できれば、ご内密の話を」

 

 

 ……む、普段なら『御心のままに』と言うはず。

 いや、そもそもンフィーレアが来た時点で舌打ちの一つでもしていただろうに、それすらもしなかった。

 一介のシモベであるナーベラルが、時間を取ってまで言いたいことは、彼女にとって極めて重要なことなのだろうと予測できる。

 

 

「分かった、必ず時間を取ろう。……ンフィーレアさん、どうしたんです?」

 

 

 ンフィーレアは肩で息をし、まっすぐにこちらを見つめ、冷静にこう告げた。

 

 

「モモンさんが、アインズ・ウール・ゴウンさんなのでしょうか?」

 

「───ッ」

 

「この村を救っていただき、エンリを助けていただきありがとうございました。きっと、身分を隠されているのは理由があると思われます。それでも、好きな人を助けてくれたことにお礼が言いたかったんです」

 

 

 頭を下げる彼を見て一瞬、口を封じるべきかと思い、やめた。

 彼の青春を俺の都合で閉ざすのは、どうにも気分が悪い。

 

 それに、俺自身証拠を残しすぎたという反省もある。

 この失敗は次に生かそう。

 

 

「頭を上げてくだ……上げたまえ」

 

 

 素で話すべきかとも思ったが、この村の住人にはアインズとして接している。

 ならばこちらの口調で話すのが適切だろう。

 

 

「それともう一つ、モモンさんには隠し事をしてしまっていたのです」

 

「……聞かせてくれ」

 

 

 顔を顰めたナーベラルを離すべきかと思ったが、今の彼女なら短気な行動はしないだろう。

 そのまま話を促す。

 

 

「ゴウンさんは、宿屋でポーションを渡していましたね。あのポーションなんですが───」

 

 

 話を聞けば、やはりユグドラシル産のアイテムは問題だったようだ。

 元々ただのデータの塊であった、それも最下級のアイテムが、なぜかこの世界では劣化しないオーバーテクノロジー扱いになってしまう。

 そしてンフィーレアはそれを利用し、俺達に接触したというわけだ。

 

 見ればナーベラルも気まずそうに俺を見ている。

 

 

「……分かったろう、ナーベ。私だって失敗するし、後先考えない行動だってすることはある。だから許せということではないが、皆にも気を付けて欲しいのだ」

 

「かしこまりました。肝に銘じさせていただきます」

 

「さて、ンフィーレア。それらの一連の行動に関して私から何か言うことは……特に無い」

 

「えぇっ!?」

 

 

 いやぁ、コネクション作りなんてそんなものじゃないか? 

 たまたま先方の好みの話とかが入ったら、そこを切り口に付き合いを深めて契約、なんて割と常套手段じゃないか? 

 ビジネスという概念が薄いこの世界だからこそ、こういった一期一会のチャンスをものにする素養は必要だろう。

 

 

「それに、ポーションを悪用するつもりも無いんだろう? なら私から言うことはない。強いて言うなら、素直に感謝と謝罪を口にするのは、私にとって好ましい」

 

 

 感謝はともかく、今回の謝罪は言わなければこちら側に『ポーションを利用して接触する』という意図が伝わるものではなかった。

 それをナンセンスだと言う者もいるかもしれないが、こちらとしては真相を知れて良かったと思える。

 

 

「……なんて心の広いお方なんだ。凄いや……流石だ……」

 

 

 本当に気にしていないだけなのだが、随分買ってくれているみたいだ。

 キラキラとした目で見られるのはどうにもむず痒く、それでいて精神抑制が働くくらいにはこちらを嬉しい気持ちにさせてくれる。

 それほどまでに憧憬の目で見られるのはユグドラシル以来なのもあり、どうにも照れくさい。

 

 

「君以外に私のことを知っている者はいるかね?」

 

「いいえ! 誰にも伝えていません」

 

「それは良かった。私はあくまで冒険者モモン。……それを忘れないでいてくれると、嬉しいな」

 

「分かりました。……モモンさんには、迷惑をかけてしまいました。ですが、僕の感謝を伝えたかったんです。この村を救ってくださって、ありがとうございました!」

 

 

 義憤に駆られて……と言えれば格好もつくのだろうけどな。

 俺がこの村を助けたのは、情報収集、それと……セバスを見て、たっちさんを思い出したから。

 

 

「たまたまだよ。偶然、助けようと思っただけだ」

 

 

 もしあの場にセバスがいなかったら、俺はこの村を見捨てていただろう。

 彼の感謝を受け取る資格なんて、本当はないのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 その後ンフィーレアから、一時間後に魔物の盗伐依頼を行うため、時間になったら集合して欲しいと告げられ彼は去っていった。

 ほんの僅かな苦さと、彼にはエンリと上手くいってほしいなという若干のおっさんくささが残り微妙な気持ちになるが、それよりナーベラルだ。

 

 

「すまない、随分話してしまった。今からなら少し時間が取れそうだ」

 

「お気遣いに感謝いたします、モモンさん」

 

 

 この辺りは村のはずれ、周囲もそれなりに開けているから盗み聞きの心配はいらないだろう。

 しかし、どんな話をするのだろうか……

 

 

「モモンさん、無礼を承知で申し上げさせていただきます」

 

 

 ナーベは俺の目をじっと見つめている。

 何故だろう、その眼を見ていると胸がざわざわする。

 例えるなら、何をしたかは思い出せないが、何故かこれから怒られることだけは確信している、あの感覚だ。

 

 

 

 

 

 

 

恐れながら……アインズ・ウール・ゴウンをモモンガ様の御名とすることに賛成できないのです

 

「……え?」

 

 

 無い心臓が止まり、立っている地面が消えて無くなったような感覚を覚えた。

 


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