現金支給の公約 「当選戦略」では困る

2020年11月16日 07時39分
 十月にあった愛知県岡崎市長選で「全市民に五万円支給」を主公約に掲げた新人、中根康浩さんが初当選した。市民が支持した結果だが、安易な現金支給の約束は有権者の判断を惑わさないか。
 中根さんは民主、民進党の衆院議員を四期務めた。先月十一日の市長選告示直前に、新型コロナウイルス禍の対策として「全市民への五万円支給」を打ち出した。自民や立憲民主、公明党などの推薦を得て三選を目指した現職を三万票強の大差で破った。
 喫緊のコロナ対策か、それともポピュリズム(大衆迎合主義)によるばらまき施策か。現職陣営は「五万円で票を買うのか」と批判し、激しい舌戦となるなど、五万円支給が有権者に少なからぬインパクトを与え、一定の投票行動に結び付いたことは間違いない。
 中根さんは就任会見で、五万円支給を実現できなければ、市民から「リコール(解職請求)を受けても当然」と述べた。二百億円とされる財源には、災害時などに備えるための財政調整基金など「貯金」を取り崩して充てる案を、今月五日に開会した市議会臨時会に提案したが、「オール野党」状態の議会は、反対する構え。
 奇抜とも言える公約を掲げ、有権者の支持を得た前例として、二〇〇九年に初当選した河村たかし名古屋市長の「市民税10%減税」がある。愛知県半田市や大阪府和泉市などの首長、議会選の候補が追随して減税公約を掲げ、一部は実現したが、名古屋市以外では過去のものとなっている。
 現金支給も飛び火した。新人、現職による三つどもえの戦いとなった今月上旬の愛知県豊山町長選は、元市議が「全町民に五万円支給」を訴え始め、現職も「若者への三万円支給」を公約に加えた。結局、「コロナ禍で税収減が見込まれる中、現金支給は無責任」と批判した元副町長が当選した。
 コロナ対策として、大半の自治体は既に貯金を一部取り崩し、税収減が確実な二一年度はより厳しい予算編成が待ち受ける。
 未曽有の危機にひんした市民生活を守るのは政治や行政の役目だ。一律の現金支給は効率、迅速性に鑑みて、評価すべき点もあろうが、その代わりに犠牲になる行政サービスが出てくるのは当然だ。得失をはっきり理解されぬままでは、将来、市民が不利益を強いられることにもなりかねない。合理性や実現性を熟慮せずに「受け」を狙うような公約を掲げることは厳に慎むべきである。

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