週のはじめに考える 民主主義のある風景
2020年11月15日 07時16分
四年に一度の米大統領選は、これまでにない緊張感に包まれました。過半数の選挙人を獲得した民主党のバイデン前副大統領が勝利宣言する一方で、現職共和党のトランプ大統領は敗北を認めず、異例の法廷闘争に突入しています。
いくらトランプ氏が居座ろうとも、米国民をはじめ、ほかの民主主義国家がそれを許しません。
バイデン氏はすでに政権移行に向けて始動し、各国首脳との電話会談を始めました。
トランプ政権との蜜月関係を築いた日本の首相官邸ですら、菅義偉首相がトランプ氏の敗北宣言を待たずに、バイデン氏に当選のお祝いを伝え、十二日には電話で会談しました。世界の民主主義国家はバイデン米大統領誕生を前提に動きだしているのが実情です。
◆面倒で忍耐要する制度
米国史上まれに見る激戦に、双方の陣営から「民主主義」という言葉が飛び交いました。他国の選挙ですが、民主主義とは何か、について、これほど思いを巡らせる選挙戦はありませんでした。
平等な一票を持つ有権者が選挙を通じて代表を選び、その委託に基づいて権力を行使する民主主義は、バイデン氏が言うように、面倒で忍耐を必要とする制度です。
立候補表明から一年以上、有権者との対話や政党内の手続き、全国での投票を経て大統領が決まる米国の制度は膨大な時間と資金、エネルギーも要します。
新型コロナウイルス対策では、非民主国家の方が、個人の私権より公衆衛生優先の強硬策を採ることができ、感染拡大防止に有効だった面は否めません。
中国の習近平国家主席は九月、新型コロナ対策の功労者を顕彰する式典で演説し、感染症との闘いは「共産党の指導と、わが国の社会主義制度の明らかな優越性を示した」と強調しました。感染防止と経済回復についても中国は「世界の前列」にいる、とも。
◆人々に政権代える権利
お互いの支持者が譲らず、首都ワシントンをはじめ、全米各地で一触即発の混沌(こんとん)とした情勢は、民主主義の脆弱(ぜいじゃく)性を露呈しているようにも映ります。
しかし、これは非民主的な政治モデルが民主主義体制よりも優れていることを意味しません。米国の状況は、新しい代表の選出に至る途中経過でしかないからです。
「意見がはっきりと異なることは、民主主義では避けられないことです。意見の違いは、正常なことなのです」。バイデン氏は開票を待つ演説でこう訴えました。
米国は一七七六年、英国からの独立を宣言しました。米国大使館がウェブサイトに掲載している宣言文の邦訳から引用します。
「すべての人間は生まれながらにして平等であり」「生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」
「こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る」「政府がこれらの目的に反するようになったときには、人民には政府を改造または廃止し、新たな政府を樹立し」「人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有する」
政府は基本的人権を保障するためにあり、その権力は人々の合意に由来するという建国の理念を示しています。権利を侵す政府は代えることができる。当時は「革命権」を指しましたが、今風に解釈すれば、政権交代でしょうか。政府や指導者を選挙で代えられるのは、民主主義の優れた側面です。
米国だけでなく世界に分断をもたらしたトランプ大統領を生んだのは民主主義ですが、退場させるのも民主主義です。
共産党支配が続く中国では、自由選挙による指導者交代など思いも至りません。表現の自由が制限され、民主化運動が弾圧され、人権や尊厳が蔑(ないがし)ろにされる社会は、とても健全とはいえません。
「民主主義とは最悪の政治といえる。ただし民主主義以外のすべての政治体制を除けばだが」
かつて英首相を務めたチャーチルが残した至言です。
◆一滴の水が海をつくる
民主主義は人類史に登場したどんな政治体制よりましですが、完璧ではありません。だからこそ、一人一人が投票行動で意思を表明し、改善することが必要です。
今回の米大統領選で、若い有権者が語った言葉が耳に残ります。「投票用紙こそが民主主義。大海に落ちる一滴の水のようだけど、その一滴が海をつくる。この一票が民主主義をつくる」(NHKのドキュメンタリー番組より)
混沌の中に未来への希望が見いだすことができるのは、政権交代の可能性があるからです。それが民主主義の健全性を担保します。
私たちの住む日本に、本物の民主主義は根付いているだろうか。しばし沈思黙考してみます。
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