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秦野版 掲載号:2014年3月8日号
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「戸川砥」後世に伝えて 菩提の藤本節男さん

砥石展示の前に立つ藤本さん(左)と桐山さん
砥石展示の前に立つ藤本さん(左)と桐山さん
 「戸川砥(とかわと)」という砥石がある。水無川上流で採れる刃物などを研ぐ石で、かつて秦野でも使われていた。時代と共に埋もれていたその戸川砥を、秦野の文化として保存、後世に伝えようと活動しているのが「戸川砥(秦野産砥石)保存・普及チーム」代表の藤本節男さん(菩提在住・66)だ。

 「戸川砥は650年代からありました。南地区の住居跡からも、鉄の刃物などと一緒に発掘されています」と藤本さんは話す。相模国の地誌である『新編相模国風土記稿』によると、「戸川」の地名は砥石が多く流出した地域という意味の「砥川」からきた、と伝えられている。同地区に伝わる昔話にも、水無川の砥石を採掘していた村人を崩落から救った「山の神様」の話があり、現在も戸川八幡神社の裏手に、その山の神様を祀った「山之神社」があるという。

 水無川上流の木ノ又大日沢という場所で採れるこの戸川砥は、火山性の流紋岩が変質して出来たもの。粘土質の中に石英などを含み、薄い青灰色が特徴だ。秦野をはじめ二宮、山北などの農家で砥石として明治頃まで使われてきた。しかし1960年代に入り、人造砥石が普及するようになると、次第に採掘者も減少し、現在は戸川砥の採掘・製造に従事する人もいなくなった。

「子どもたちに伝えたい」

 もともと地学関係が好きだったという藤本さん。長年勤めた警察を退職し、趣味で地元の地質などを調べていくうちに、県立生命の星・地球博物館(小田原市)の外来研究員である門田真人さんと知り合った。同館が戸川砥を調査する際に「一緒に調べて欲しい」と頼まれて協力。その中で、消えかかっていた戸川砥の文化を「秦野住民として保存しなければ」と決意した。

 藤本さんは県立秦野戸川公園のパークセンターに展示されている戸川砥などの展示に協力。身近な素材を教育にも生かそうと、戸川・三屋生産森林組合から採掘許可を得て、戸川砥に柄を付けた「刃みがきくん」も考案した。3年前からは、市内の小学校や老人会などで、砥石の説明と共に無償配布を行っている。

 今後は、戸川地区の文化を伝承しようと活動する「戸川三屋鎮守の里を育む会(桐山清会長)」と協力しての活動も予定している。藤本さんは「秦野の戸川に伝わる文化があることを知って貰えれば。『刃みがきくん』の製作講座などを通じて、子どもたちに『戸川砥』を伝えていきたい」と話した。

戸川砥がついた刃みがきくん
戸川砥がついた刃みがきくん

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