あなたの一部がわたしの全て・改   作:凪K

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23・解呪 (最終話)

 

天鵞絨(ビロード)のクッションが並べられたソファに、なるべく堂々と見えるよう腰を落ち着ける。

足もとに跪いたデミウルゴスに見せつけるようにchange Avatar00を使ったが、その表情は真面目に強張ったままで何の変化も見られなかった。

 

「失礼いたします」

「…ああ」

 

いったん膝立ちになったデミウルゴスが、少しためらってから立ち上がった。

ソファの痤面に膝をつき、心なしかぎこちない動きでローブの襟元に手をかけてくる。身を任せるしかない自分の姿が、デミウルゴスにはどう見えているものか──そんな考えを追い出すように視覚を閉じた。

 

血肉をそなえた体であれば、首すじということになるだろうか。頸椎(けいつい)をひとつひとつ確かめるように撫でる指先の動き。レイスの姿をしていてもアインズでいなければならないと意識しているせいか、いつもよりはっきりとそれを感じた。

 

(これは、呪いを解くためだ)

 

黒皮の手袋ごしにでも、指先の温度が伝わってくる。

鎖骨を羽毛のようにかすめたそれが、肋骨へとおりていく。

 

一秒、一秒がおそろしく長く感じられた。

 

「すみません、お体を──」

 

軽く尺骨と橈骨(うで)を引かれて、その意味に気づく。

いつの間にか、のけぞるように背もたれに押しつけていた体を起こしかければ、背もたれと肩甲骨の間に、するりとデミウルゴスの手が差し込まれる。

優しく抱きよせられる間にも、胸郭の隙間で指がうごめいていた。肋骨の内側に、黒皮がこすれてぞわりとする。

 

(──……っ!)

 

思わずまた後ろへ引きかけたが、肩甲骨を抱き込んでいる腕に阻まれてそれもできない。

腰椎をやんわりと包む手の動きが止まり、デミウルゴスが肩口に顔を寄せてきた。

 

今少し、ご辛抱を。

 

かすれた囁きが妙に色っぽく聞こえて、涙も出ないのに泣きそうになる。

声に余裕がないのはタイムリミットが迫っているからだろう。

 

曲げた両腕ごと抱き込まれて、胸に密着した橈骨(うで)から筋肉の感触が伝わってくる。そこに側頭骨(みみ)をあてて少し早くなった鼓動を聞くのが好きだったけれど、それは『完全に』レイスでいられたからこそ、だ。

 

ずっと閉ざしたままの視覚。

何も見えない中にデミウルゴスの冷静な表情がちらつくかのようだった。

 

(これは、呪いを解くためだ……)

 

熱いほどの体温に包まれているのを感じながら、必死で感覚を閉ざそうとする。

──自分はひどい主だ、と感じた。

 

3%の魔力消失は、かけている術が途切れる程度の眩暈とモモンガ玉の亀裂。

だが魔力量の比較で考えれば、デミウルゴスが受けた影響はどの程度にまでなっていただろうか。

 

それが想像できないわけじゃないのに。

 

体は悦びにわなないて、少しずつ熱を帯びていくかのようだ。

必死になって探してくれていた。文字通り命懸けで自分を引きとめ、なりふり構わず要求してきたこれだって、結局は自分を守るためのものだ。

それなのに──物足りないと感じている。

どれだけ心を注がれても、寂しさが肋骨の間をすり抜けていくかのようで。空っぽの胸郭を意識するとまた悲しくなった。

 

こんなだから、駄目だったのかもしれない。

 

「終わりました」

(……?)

 

視覚を開こうとして、デミウルゴスの手に眼窩を覆われる。

なんだ? と思ったら手が離れて、わずかに視線を逸らすデミウルゴスが見えた。肩から落とされていたローブを引き上げ、かいがいしく整えてくれている。

 

どこにも変わったところのないようなその姿を、アインズはじっと見つめていた。

夜明けが訪れれば、デミウルゴスはまたアイテムの呪いを受けることになる。牢で見た時、デミウルゴスの最大魔力量がどれだけ減っていたかを思い起こした。

 

「お前は……大丈夫なのか?」

 

デミウルゴスの腕を掴む手に、知らず力がこもる。

一瞬驚いたような顔をして、デミウルゴスはうすく微笑んだ。やんわりとアインズの手を外し、そのまま胸元におしいただくようにして床に膝をつく。

自分を見上げてくるその微笑みが、朝の光にあすむように見えた。

 

「私などにそのようなご厚情、もったいなきことです」

 

何かが、心に引っ掛かった。

あたたかな朝日の中で微笑んでいるデミウルゴスは悪魔というより天使のようで……

──朝日? この地下深い部屋の中に?

 

「……っ!! デミウルゴス!!」

「ああ、やはり幻影も、上手く維持できなかったようですね」

 

困ったように笑うデミウルゴスの頬に、肩口に、胸元に。自分(アインズ)の手をとっている腕に。

血の流れない傷口のように、いくつもの亀裂がはしっている。

朝の光が外から差し込むわけがない。デミウルゴス自身の姿が、亀裂から漏れる光に溶かされるかのように薄れているのだ。

 

消滅、という言葉が脳裏をよぎった。

 

「デミウルゴス!! デミウルゴス……!!」

恐怖心につき動かされ、透けていく姿に縋ろうとした骨の手がすり抜ける。

 

「──!!」

「どうかお嘆きになりませんよう。……これは尊き御身に呪いを及ぼした報いですから」

「お前はたった今呪いから私を守ってくれたではないか!!

何故、こんな── 」

 

肩代わりを許してしまったことを、アインズは激しく後悔した。

自身はいつもこうなんだ、と思う。

 

気遣っているつもりで、上手くやっているつもりで、何もわかっていなかった。

相手が 何を抱えているのか、きっとたくさんのことを見落としてきた。

 

──だから失ってしまうのか?

 

「間に合って良かった」

「デミウルゴス……!!」

 

頬骨を包む両手の感触も感じられない。

薄くなっていくデミウルゴスの姿はすでに幽鬼のようで、涙すら流れないことがこんなにも苦しい。

 

ほとんど空気のようになった悪魔の顔が近づいてきて、唇が触れた──ような気がした。

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 

顔を離して、デミウルゴスが制止する。

薄く、薄く、透けてしまった姿でもその瞳がいぶかしむように驚いているのがわかった。

 

そのまま光の粒子になって、消滅してしまうと思った。

だけどぎりぎりで助かったんだろうか? 本当に安心していいのか、気を緩めたとたん残酷な現実に襲われはしないかと、戸惑うように、アインスは固唾を飲んでデミウルゴスを見つめる。

はっとしたように、デミウルゴスの表情が変わった。

 

「アインズ様……!! もしや、昨日以前にも呪いを受けられたことが?」

「……あ、ああ。そういえば──」

 

言いながらアインズはもとの姿に戻ってみる。

見おろせばモモンガ玉に入った亀裂はひとつではない。人間の爪で引っ掻いたようなそれは、三吉君に指摘されて気づいた程度のささやかなものだ。

 

「気づいたのは一昨日のことだったが」

 

これがきっかけでリスクが現実味を帯びた、とアインズは思う。

薄く透けたままの姿でも、デミウルゴスがさっと青ざめるのがわかった。手のひらでがっと顔を掴み、苦悶の声を漏らしてよろめく。

 

「私は……ッ、なんという失態を……!!」

 

1%の最大魔力消失は、デミウルゴスも知らないことだったらしい。

消滅を覚悟していた彼の存在を、そのわずかな誤差が繋ぎ止めたのだと気づく。

首の皮一枚……奇跡だな、と安堵の息をつくようにそう思った。

 

「アインズ様、どうか私に厳重なる処罰を──!!」

「馬鹿を言うな」

 

何故、3%ではなく1%だったのか?

残り2%はデミウルゴスがかぶってくれていたからだ。つまり、一度だけ彼は呪いを『取りこぼして』いたのだろう。

 

体感ではその差が微量すぎて気づかなかったのか? そうではないような気がした。

デミウルゴスにとってはそれなりに大きな差だったはずだ。

 

(奇跡なんかじゃない)

 

「お前は存在を危うくするほど尽くしてくれた。それにそもそも──すべては私が始めたことだ」

 

 

何事にも完璧を持する彼が、自分でもきづかないようなミスをする。己の状態も正確に把握しきれなくなる……どれだけ消耗していたのかが偲ばれるようで、そうでなくとも責める気になどなれなかった。

 

「罰せられなければならないのは私のほうだろう」

「いいえ、すべては私の思い上がりが招いたこと。シモベにあるまじき傲慢さはセバスに指摘されるまでもなくわかっていたというのに……!!」

「セバス?」

 

あいつが指摘したのは状態異常についてではなかったのか? と思う。

次にデミウルゴスがセバスに会ったのは……と、竜人化した執事の姿を思い描いた。

 

「どれほど悔やんでも悔やみきれません。どうかッ……!!」

「待て、デミウルゴス」

「──……」

「ひとつ質問に答えてくれないか」

「は……っ、私にお答えできることであれば、何なりと──」

 

従容として跪くデミウルゴスに、純粋な疑問を投げかける。

 

「お前は、レイスが私だとわかっていたと言ったな? 初めから──ならば何故、セバスが現れた時にそう言わなかった?」

「……っ!」

「私たちを取り囲んだ時、セバスはまだレイス(わたし)を敵対者だとみなしていた。だがあの場でお前が知っていることを口にしていれば、交戦は避けられたのではなかったか?」

 

自分も、あのとき咄嗟に変身を解こうとしたのだ。

しかしデミウルゴスに突き飛ばされて、結局助けられなかった……。

 

痛ましい思いで見おろせば、床についたデミウルゴスの拳が小刻みに震えている。

 

「これは叱責ではない。ただ、解せないというだけだ」

「私が──どうしても隠しておきたかったからでござちます。たとえアインズ様にとっては仮初の姿、その偉大なる存在の、ほんの一部にしかすぎないのだとしても」

(…………)

 

「ほかのシモベたちになど知られたくありませんでした。たとえわずかなひとときでも、レイスとしての貴方様は完全に己のものだと思っていたかったのです」

 

これは都合のいい夢か?

 

「私はシモベとしての分を忘れ、レイスとの時間に溺れていきました。呪いの存在を知れば、慈悲深き御身はこの夢を終わらせてしまわれるだろうと恐れ、本来であれば進言すべきところをも秘匿しました。解呪のためと己を誤魔化し、絡め取った貴方様が快楽に戸惑われるご様子に酔いしれ──」

 

(うわ……っ)

 

羞恥に思わず耳を覆ってしまいたくなる。

瞬間、鎮静化が作用して『そういえばさっきのはだいぶ短かったような……?』などと間の抜けたことを考えた。

 

「あまつさえ呪いを受け続けることで、傲慢にも御身を所有しているつもりにすらなっていたかと愚考します。そこまでの思い上がりを己に許しておきながら、一度ならず二度までも御身に呪いを……!」

 

ほとんど嗚咽混じりの懺悔に、すぐには言葉も出なかった。

これは──シモベの執着の延長に過ぎないんじゃないのか? と用心深い思考が浮かんでも、胸の奥でうずくものをおしこめきれない。

 

シモベだから、至高の御方だから愛してくれるんだろう?

いつも本当に心から慕ってくれるとは限らない、と冷めた思考が言い募る。接待なのか本心なのか、わからないから怖い──と臆病な声がこだまする。

 

(だけど)

 

「……っ、お前は──私の一部に過ぎないもののために、命まで懸けていたというのか」

 

ここに心があって見えるものなら、と言った。

だけど心そのものが見えなくても、その行動から、言葉からにじみ出るものではないのか?

 

「私にとっては、すべてでした」

 

顔を上げたデミウルゴスは、笑っているのに泣いているかのようで。

この期に及んでもまだ、自分の感覚を信じていいものかと疑う心こそ呪いのようだ、と思った。

 

「私はやはり罪深いのだな……」

「アインズ様……」

「お前にそこまで言わせておいて、存在を危うくするところまで追いやっておいて──これほど嬉しい、などと」

「──!!」

 

硬直するデミウルゴスの顔を見て、うっすらと笑う。

眼窩の炎を細めながら、赤面したまま狼狽えているシモベにすい、と手をさしのべた。

自分が至高の存在だから? こいつがシモベだから? もうそんなことに迷いたくない。

 

 

「──取るがいい。お前のものだ、全部」

 

 

デミウルゴスがこの手を取るなら。

きっと『呪い』は解ける──。

 

 

 

END

 

 


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