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2020年11月10日(火)
なぜ今も多くの人が? 気づかれない大人の障害

なぜ今も多くの人が?
気づかれない大人の障害

仕事がうまくできない。人間関係でつまずく。長年生きづらさを抱えてきたその理由は、「障害」にあった-。
コロナ禍で生活支援や就労支援の現場を訪れる中高年の人たちが、相談する中で初めて自分に知的障害や発達障害があることに気づくケースが相次いでいる。障害への意識や支援が広がるようになった今も、なぜ障害に気づかず、周りからも気づかれず、苦しみ続けているのか。当事者たちの実情を取材し、支援のあり方について考える。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから ⇒https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/

出演者

  • 内山登紀夫さん (大正大学教授)
  • 武田真一 (キャスター) 、 栗原望 (アナウンサー)

“生きづらさ”抱え続ける中高年

長年、障害に気づかず、生きづらさを抱えてきた中高年の人たち。仙台市で1人暮らしをしている及川奈穂さん(56)です。料理などの家事は、すべて自分でこなしています。しかし、他人からは分かりにくい生きづらさを抱え続けてきました。

特に苦労するのが、買い物や仕事などで素早い計算を求められる場面です。

及川奈穂さん
「早さを求められると、どうしてもできないので、(時間が)かかるんですよ。」

及川さんが周囲との違いに最初に気づいたのは、小学生のとき。算数が苦手で、授業に追いつけなくなりました。そのため、障害がある子どもたちのクラスに入ることになった及川さん。しかし、周りに比べると学習に支障がなく、担任からは努力不足だと叱責されました。そのため、すぐに通常のクラスに戻されることになったというのです。

及川奈穂さん
「普通にできることもあって、怠けているからそういうふうになると見られがち。なんで怒られなきゃいけないのかなとか、悲しくなったこともあった。」

努力しても勉強が思うようにできないつらさを抱えながら、通常の教育を受けて進学していった及川さん。専門学校を卒業後、社会に出ると、さらに苦労することが増えました。パン屋で働いていたときのこと。何度教えられても、商品を決められた場所に並べることができません。カタカナの多いパンの名前を覚えられないことが原因でした。周囲からの冷たい視線に耐えられず、退職を余儀なくされました。

どの仕事も長続きせず、10回以上、転職を繰り返した及川さん。その後、うつ状態になり、働く気力も失われていきました。
生活が困窮する中、及川さんは働けない原因を知りたいと、病院や行政の窓口に通い続けました。そこで受けたアドバイスをきっかけに、ことし(2020年)、知能検査を受けることになったのです。結果は、IQ64。50代半ばにして初めて、軽度知的障害に該当することが分かりました。

及川奈穂さん
「なんでのけ者にされなきゃいけないのかなって思うこともあった。(障害がわかり、だから生きづらいというか、生活しにくさっていうのがあったんだとわかって、なるほどなと思って。」

コロナ禍の相談現場で次々と…

新型ウイルスの感染拡大の中で、今、中高年の人たちの間で、自分の障害に初めて気づくケースが相次いでいます。
東京・品川区にある、就労支援を行う事業所では、コロナの感染拡大後、テレワークの訓練などを始めたところ、問い合わせや相談の数が以前の3倍に増加しました。これまで、派遣やアルバイトで何とか生活を維持してきたものの、コロナによって困窮した人たち。相談に訪れる中で、障害が判明するケースがあるといいます。

ジョブサ品川区 福祉事業部 西河知子統括マネージャー
「倒産されたりというところで、離職という状況になってきて、(相談者の)情報を整理してあげることによって、自分自身の中で、もしかしてこれって私の性格とか癖ではなくて、障害なのかもしれないってお気づきになる方もいらっしゃいます。」

10年ひきこもり、ぎりぎりの生活を続けてきたという40代の男性です。相談の中で医療機関を受診したところ、発達障害の診断を初めて受けました。

40代男性
「初めて(診断を)受けた時は、軽いショックはありましたね。自分では少し人と違うと言われればそうでしょうけれど、という感じで、どうしても振り返ってしまうところではある。もっと早く、一日でも早く、診断というか、もっと早く動いていたらという思いはあります。」

中高年に多いのはなぜ?

生まれつき、脳の一部の機能に障害があると考えられている発達障害。日本では主に3つに分類され、重複することや知的障害を伴うこともあります。

こうした障害への支援が加速したのは、2004年の「発達障害者支援法」の成立でした。その後、障害の状態などに応じて必要な支援を行う「特別支援教育」も、本格的に実施されるようになりました。一方で、支援法が成立する以前に学校を卒業していた中高年の人たちは、障害に気づかれる機会が少なかったと考えられています。

若い世代にも…教育現場で何が

しかし、取材を進めると、支援法成立後に教育を受けてきた若い世代にも、障害が気づかれない実態があることが見えてきました。

去年(2019年)、軽度知的障害と発達障害があると診断された、大学3年生の女性です。

大学3年生の女性
「先週の(オンライン)授業もちゃんと読めました。最後まで理解できた。」

高校での真面目な授業態度を評価され、推薦で4年制の大学へ進学した女性。しかし、母親は娘の発達に不安を抱え続けてきました。幼いころから友達づきあいでつまずくことがたびたび起き、コミュニケーションに支障があると感じていたのです。
社会に発達障害の認識が広がっていた中で、その可能性を疑った母親は、何度も学校に相談しました。しかし、特に問題はないと言われたといいます。

母親
「プロの目が見て、何か成長の段階で問題があるよってご指摘があればと思ったんですけれど、どの先生にお伺いしても『一般的です、普通です』っておっしゃったので、単なるわがままな娘なのかなと思って、20年過ぎちゃったんです。」

なぜ、発達障害者支援法ができたあとも、障害に気づかれない若者がいるのか。特別支援教育の現場を調査研究している堤英俊准教授がまず指摘するのは、障害に対する教員の知識や経験の不足です。

都留文科大学 教養学部 堤英俊准教授
「先生方の中にも専門性であったり、理解のばらつきというのがあるので、もしかすると『お母さん考え過ぎですよ。それは怠惰であったり学力不振の問題ですよ』って受け取って、許容範囲内っていうか、適応の範囲内だと判断されてしまう例はあるかなと思います。」

もう一つの要因は、障害を伝えることへのためらいです。堤さんがおよそ700人の教員に行ったアンケート調査では、「親に話したいが伝えられない」など、保護者との関係や子どもの人生への影響を考え、踏み込んで話をすることに対する教員の迷いが見えてきました。

堤英俊准教授
「『この子は発達障害が疑われますよ』みたいな話をしたら、保護者との信頼関係がバシッと崩れてしまったりとか、実社会に出ても、一般就労の場と福祉的就労の場が分かれている現状がある中で、その発言自体が、その子のキャリアにどれだけ大きな意味合いを持つかを(教員が)考える。」

えん罪事件まで 失われた時間

長年、障害に気づかれないことで、当事者や家族の人生を大きく揺るがす事態も起きました。殺人罪で10年を越える服役を強いられた、西山美香さん(40)。ことし3月、再審で無罪判決が言い渡されました。

西山美香さん
「ここまで来られたのも、弁護団の皆さん、そして支援者の皆さんのおかげです。ありがとうございました。」

えん罪のきっかけとなったのは、西山さんの自白でした。長時間の取り調べが続く中、殺人を意味する証言をしたのです。その後、自白は誤りだったと主張するも認められず、懲役12年の判決を受けました。
ところが、自白の信用性が疑われる事態が起きました。精神科医の小出将則さんです。西山さんの書いた手紙の内容から、障害がある可能性に気づいたといいます。

精神科医 小出将則さん
「例えば『楽しい』という字ですね。真ん中が本来は『白』という字ですが、彼女の場合は一本余分に線が入っています。内容的にも、裁判で無実を闘っているのに、お母さんにイラストの絵を描いたり、全体を通した印象で(障害があることを)想像した。」

獄中で診察を受けた西山さん。37歳にして初めて、軽度知的障害と、発達障害であることが分かりました。診察に当たった小出医師は、裁判の中で「質問に対して誘導されやすい」「迎合的な供述をする傾向がある」と意見しました。西山さんの自白の背景に、障害が深く関わっていることが医学的見地から指摘されたのです。

西山美香さん
「これが一番最後の家族写真だと思う。」

西山さんの母・令子さんは、幼いころから、周囲に比べて美香さんの発達が遅いことに不安を感じていました。人間関係でトラブルが起き、学校や児童相談所に相談すると、母親の育て方が悪いと指摘されたといいます。

西山令子さん
「『母親の愛情が足りないんじゃないか』って言われたんです。『私の愛情ってどういうのが足りないんですか』と言ったら、『もっともっと大事にした方がいいんじゃないか』と言われたんです。」

障害と気づかなかったことで、えん罪事件に巻き込まれ、10年を越えて引き裂かれた家族。失われた時間の重みを感じています。

西山令子さん
「美香の(障害を)早くわかっていたら、あんじょう(適切に)育ててあげたらよかったのにな。それが一番の後悔ですね。」

なぜ今も多くの人が?どう支援する?

武田:障害に気づかず、周りからも気づかれず、多くの人が理由も分からないまま苦しみ、えん罪事件まで起きていることは、重く受け止めなければならないと思います。
長い間、なぜ障害に気づかれず支援につながらないのか。精神科医の内山さんは、このように指摘しています。「診断がつくかギリギリの境界にいる」「合併症もあり障害がわかりづらい」。これはどういうことでしょうか?


ゲスト内山登紀夫さん(大正大学 教授・精神科医)

内山さん:まず、発達障害や知的障害は、正常と障害の間がクリアに分かれているわけではなくて、境界域というのがいろいろあるわけですね。物事が全くできない障害ではなくて、頑張ればできる、でも頑張らないと逆にできない。スムーズにはできないけど、何とか時間をかければできると。状況によっては、できたりできなかったりすることがあるわけです。そうすると、頑張ってればできてるじゃないかと、それは障害じゃないよというふうに言われやすい。それで気づかれるのが遅くなるということはあると思いますね。

武田:それから「合併症もあり障害が分かりづらい」。これはどういうことでしょう?

内山さん:これは、知的障害や発達障害の人はいわゆる精神科的な合併症を非常に持ちやすいんですね。例えば、思春期以降になってくると、うつ、抑うつ状態や、不安状態を持ちやすい。このときに、実際にうつや不安はあるんですけれども、それと同時に小さいころから、いろいろ生きづらさを抱えているので、そういった発達障害の特性が、うつや不安に隠されて見えないことが結構あるんです。それで見逃されることがあると思います。

栗原:見逃されやすいというお話がありましたけれども、この大人の発達障害で診断を受けた方は、まず30代で6万人、40代では5万人近く、そして50代、60代、70代以上でもいらっしゃるんですね。若い人に比べると、中高年は少ないという特徴があります。

また、知的障害のある方の人数は、このおよそ20年の間に3倍近く増加して、110万人近くに上っているんです。

武田:この数字は、それぞれどう見たらいいでしょうか?

内山さん:これを見ると、30代以降が少なくなっていますよね。発達障害は、基本的には長期にわたって続く障害なので、年代が上になると少なくなるというわけではないです。こういうふうに少なくなっていくということは、中高年の方の診断が相対的にちゃんとついていないんじゃないかということが疑われますよね。自閉症だけでも、大体、人口の2%ぐらいいると言われているんです。ですから、これは全体としてはかなり少ない数字だと思います。かなり見逃しがあるんではないかなと思います。

武田:「知的障害のある方」のグラフでは、いかがでしょうか?

内山さん:過去には、なかなか診断されていなかったと思いますね。

武田:この裏に、もっと診断されてない中高年の方がいらっしゃると?

内山さん:そうです、隠れた中高年の人がいらっしゃると思います。いろいろな、公的なサポートを受けてないということを意味しているのかなと思いますね。

栗原:診断を受けることができずに苦しんでいる方も、今、本当に多いと思うんですけれども、もしかして自分の生きづらさは障害かもしれないと、そう思った方は、相談の機関があります。若い方でも、大人でも、都道府県と政令指定都市には、「発達障害者支援センター」や「精神保健福祉センター」、そして「市町村の保健センター」などの相談窓口があります。医師の診断がなくても利用できる相談や福祉サービスがあって、さらにそこから専門の医療機関を紹介してもらうことなどが考えられます。

武田:ただ、ご本人も自覚がないというケースもあるわけですよね。それはどうすればいいんでしょうか?

内山さん:本人が自分が知的障害とか発達障害と思ってない方も、たくさんいらっしゃいます。ただ、じゃあ生きづらさを感じてないかというと、皆さんそれぞれ困っていることが結構あるんですね。例えば、仕事がうまくいかない、そういった“困りごと”を抱えてない方はたぶんいらっしゃらないので、その困りごとに対してどうアプローチするか。そのアプローチの中で、発達障害とか知的障害が見つかってくると思います。
過去に診断がついてない人がたぶん多いので、例えば行政の生活保護の窓口とか、あるいは就労支援の窓口で、発達障害かもしれないと担当者が思うことが大事ですよね。困りごとがある人をちゃんと支援する、そういう体制を作って、その中で発達障害というのも出てくると思うんですね。まずサポートをすることを考えたほうがいいと思いますね。

武田:こうした人たちをどうやってその支援につなげていけばいいのか。生きづらさに注目することで就労につなげている地域があります。

支えるヒント“できること”を仕事に

仕事がなくなったり、生活に困ったりして生きづらさを感じている人をどう支援するのか。静岡県富士市の、就労支援の窓口です。ここでは、相談に来た人に独自の聞き取りを行っています。

窓口担当者
「自分からすすんであいさつができますか。」

相談者
「最近はするようにしている。」

窓口担当者
「人と共同して作業をしても、ストレスを感じることはないですか。」

相談者
「うーん。」

聞き取りで使うのが、30項目に及ぶチェックリスト。自分の意見が伝えられるか。相手の話を正しく理解できるか。できることとできないことを明らかにして、「できること」に注目し、就労の機会を見つけていきます。

それを受けて、市内におよそ130ある協力企業につないでいきます。協力する企業では、受け入れるため、新たな仕事を作り出しています。
この介護施設が行っているのは、業務分解という作業です。介護職員の1日の仕事を分析。専門知識が必要なものと、清掃や備品の管理などの仕事を分けて、新たな業務としたのです。

それらの業務は、長くひきこもっていた人など、新たに採用した10人に担ってもらっています。

富士市 生活支援課 松葉剛哲さん
「働きづらさがある方、どんな仕事が合うか、自分でもわかっていない方がいる。その方ができる能力にあった仕事を一緒に探していく、そこがポイントと思う。」

どのように?“生きづらさ”理解し支援

できないことがあっても働き続けられるポイントは、周囲の理解です。
市内のエアコン部品メーカーに勤める、青木創一朗さんです。

「どう?」

青木創一朗さん
「きょうは出荷終わりました。」

発達障害がある青木さんは、市の紹介で、2年前にこの会社に入社しました。記憶力がよく、60種類以上ある部品の名前を正確に覚える必要がある、組み立てラインの仕事を任されています。その一方で、青木さんは急な指示に対応することなどが苦手です。

社員
「とにかく青木さんがやりやすいようにしてくれれば、それでいいから。」

苦手な部分をサポートするために全社員で共有したのが、この資料です。青木さんが苦手なことを踏まえ、周りが理解すべきことがまとめられています。

楠見製作所 工場長 佐野祐一さん
「従業員の理解度。本人にしてみてもいい。それが企業側と合ったときには、非常に頑張ってくれるんじゃないか。」

青木創一朗さん
「皆さん理解して接してくださっていますし、周りの方も壁を作らないで接してくれるので、自分がいないとうまく回らないというふうに言われるぐらいまでやりたい。」

理解と支援に大切なことは?

栗原:取材した工場では、工場長が発達障害の本を読み込んで、みずから資料を作って、職場の同僚たちに障害の知識を広める取り組みをしていました。工場長がおっしゃった、「スローガンだけでは本当の理解にならない。隣の席の人の理解が大事」ということばが印象に残りました。

武田:内山さん、この富士市の取り組みからヒントにすべきこと、どんな点が心に残りましたか?

内山さん:まず、いいなと思ったのは、ご本人の得意なところをちゃんと評価してる。60種類も部品を覚えると、それはすごい使える能力だよねということになると思うんですよ。で、苦手なところはみんなで補っていく。そうすると、それぞれの方の個性・特性を把握することで、それぞれの方が自分の能力を発揮しやすくなる。そうすると、周りも楽になるわけですよね。

武田:支え合って、一つの仕事を成り立たせているっていうことですよね。

内山さん:そうですね。あと、「理解が大事」ってことをおっしゃっていましたよね。それもすごくいいことで、僕的に言うと、「努力よりも工夫」っていつも言ってるんですね。結局、先ほどの話でも、「努力が足りない」って、よくみんな言われてたじゃないですか。でも、それは努力が足りないんじゃなくて、周りの工夫が足りないんですね。少し工夫をすることによって、本人の能力が発揮できる。それが“理解”ということだと思います。工場長さんが、すごく本をたくさん読まれて、それでたくさん勉強されて、多分みんなに合った、障害のある方に合ったいい方法を思い付かれたということ、しかもみんなと共有したと。それがすごくいいと思いますね。

武田:障害に気づかない、あるいは気づかれずに生きづらさを抱えている人たちと共に生きていくために、こういった工場の在り方は、私たち社会全体の在り方にも通じるものがあると思うんですが。

内山さん:あの工場でやったことは、たぶん地域でも、あるいはもっと大きな国でも社会でも、十分に応用できると思うんですよ。隣の人を理解するってことは、実は自分を理解することでもあると思うんですよ。多分、多くの人はそれを、一生懸命頑張って、なるべく平均化して暮らしてると思うんだけどでも、自分にもそういう特性があったり、得手不得手がありますよね。不得手は放っといて、得手を生かして生きていくほうを考えると。そうすると、お互いに楽に生きていける社会になるんじゃないかなと僕は思っています。

武田:今、コロナ禍でいろんなライフスタイルを変えよう、変えなきゃいけないっていう動きが出てきていますよね。

内山さん:こういうコロナの社会になって、やっぱり発達障害の特定の方にとっては、人づきあい、特にアフターファイブみたいな曖昧なつきあいが苦手な方が多いので、それはよかったよという方もいらっしゃいます。あと、テレワークになって、ふだんお子さんを見ていないお父さんが子どもの様子を見て、自閉症の障害ってこうなんだと、初めて子どもが分かったし、お母さんの言っていることも分かったと。そういったいい面もあることはあるんですよ。
同質化を求めない。同質な社会じゃなくて、多様な社会を求めていく。そういう視点を持つことですよね。今の社会に無理に障害のある人を適合しようとしない。同質化しようとしないほうが、むしろお互いにハッピーで、お互いに力を発揮できると思います。

2020年11月5日(木)
どうなる?ハンコ社会ニッポン

どうなる?ハンコ社会ニッポン

急ピッチで進もうとする“脱ハンコ”。先月、国は婚姻届や確定申告などの行政手続きで押印を廃止する方針を発表。各地の自治体では無駄な手続きを見直し、電子化への動きが加速している。一方で、企業などでは“ハンコ文化”も根強く残る。契約書やりん議書に押印をすることで、取引先との信頼関係や社内のコミュニケーションを促す役割を担ってきた。脱ハンコはどこまで進むのか、社会はどう変わっていくのか考える。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから ⇒https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/

出演者

  • 宮田裕章さん (慶應義塾大学医学部 教授)
  • 渡部友一郎さん (弁護士・日本組織内弁護士協会 理事)
  • 厚切りジェイソンさん (タレント・IT企業役員)
  • 武田真一 (キャスター) 、 小山 径 (アナウンサー)

進む“ハンコレス”

今、全国の地方自治体でハンコの見直しが進んでいます。
国に先駆けてハンコレス化に踏み切った福岡市です。

小山
「福岡市の中央区役所です。こちらでは、保育所を利用するための申請書にかつては押印の欄がありましたが、いまはなくなっています。」

担当者
「これが今回、押印を見直した、押印不要な様式の一覧になります。」

小山
「え、こんなにあるんですか!?税金関係や、固定資産税に関する減額してもらうための申請書、申告書…。市民生活に身近なものがあがっています。」

児童手当や失業手当、介護サービスの利用申請など、およそ4,000の書類でハンコを不要にしました。

利用者
「今日は特にハンコを持ってきてません。先日も子どもの保育園の関係で来ましたけど、特にハンコ使わなかったです。楽だなと思います。」

「今日(ハンコが)なくなっているかと思って、ちょっとワクワクしてきました。結婚したとき、名字が変わったらハンコを変えないといけなかったり面倒くさい。ほとんどなくなってほしいです。」

ハンコレスの目的は、行政の無駄をなくすこと。窓口業務の効率化を進めようとしたところ、壁になったのが、ハンコの存在でした。そこで、ハンコをなくし、手続きを電子化。すでに200以上の手続きを、窓口に行かずパソコンやスマホからでもできるようにしました。

例えば、高齢者用無料バス券のオンライン申請では、これまで窓口対応に一件10~30分かかっていましたが、オンライン化によって手続き業務が数千時間削減できました。

ハンコレスを推進してきた、福岡市の高島市長です。

福岡市 高島宗一郎市長
「本人の証明としてハンコというものがあったのですが、実は実印以外のものは誰でも買えるものだから、安全性が低下するわけではありません。今までやってきたからという慣習、これまでの慣れというところに、その理由があったんです。」

行政手続きに必要なハンコは、「実印」と「認め印」の2種類があります。不動産登記や相続税の申告など、正確な本人証明が必要な手続きには、印鑑登録された実印が求められます。一方で、転入届や児童手当の申請などは認め印。どこでも買える簡易なハンコでも手続きができます。福岡市がなくしたのは、この認め印の手続き。実は、認め印は本人の証明になりづらく、ほとんどが慣習で押しているだけだといいます。

高島宗一郎市長
「ハンコレスというものが急にきて、なんとなく自分を証明できなくて、『適当なものでいいのかな』ということではなく、ハンコが必要なものは、実印としてハンコを押すということは今後も残ります。」

ハンコを見直す動きは、企業の間でも広がっています。大手飲料メーカーでは、ことし(2020年)6月、コロナ禍でのリモートワークを推進するため、ハンコの電子化を決めました。
総務部の課長・文野潤也さんは、これまで、請求書の支払いなど、ハンコを押すことがリモートワークの障害になっていました。

サントリー 総務部 文野潤也さん
「僕はハンコに毎日縛られている最たる人なので、週に5日、午前と午後2時間ずつ、なつ印の時間に充てていた。」

ハンコを電子化した今では、クリック1つで承認が完了。クラウド上でデータが管理され、セキュリティーも厳重です。ハンコは一切使いません。

文野潤也さん
「断然ラクですね。文章作ったり、プレゼンテーションの資料作ったり、集中して作業することが必要になるんですが、従来以上にできるようになったと思う。」

この会社では、ハンコレスなどで電子化を推進し、年間およそ6万時間の労働時間と3,000万円の経費の削減を見込んでいます。

ところが、総務部の文野さんは、新たな課題にも直面していました。

文野潤也さん
「きょうは会社に行かないといけない。ハンコを押す日なんですよ。」

ある書類にハンコを押すために、週に2回、出勤せざるを得ないといいます。

社員
「書類を取りにうかがいました。」

「何の書類ですか?」

社員
「契約書です。」

その書類とは、取引先との契約書。こうした重要な意思確認には、これまでどおりハンコを求められることが多いといいます。

文野潤也さん
「(取引先から)契約書が紙で来ている。相手先が(ハンコを)押していると、もう一回突き返すのは厳しくて。向こうが紙で押しているものに、おつきあいで押すしかない。」

実は、電子化が進んでいたのは、主に社内で使うハンコ。しかし、取引先は電子化されていない会社も多く、まだまだ書類での契約がほとんどだといいます。
取引先との契約もハンコレスにすることを目指して、会社では電子化の説明に力を入れています。この日は、営業部員が名古屋にある飲食チェーンを訪ねていました。

サントリー 営業部 高田温さん
「きょうは“電子なつ印”を。今後の契約のなつ印をクラウド上でやると。(紙で契約する)なつ印は2週間かかるという数字が出ているんですが、これなら1分で終了できる。」

エスワイフード 潟見正志さん
「早いですね。」

聞き慣れない「電子契約」。取引先の反応は?

潟見正志さん
「ステップが簡素化され、簡単すぎるので、『本当にいいの』って不安感がある。」

今回説明していた電子契約の仕組みは、まず、契約をお願いする企業がパソコンを通じてクラウド上に契約書をあげます。このとき、契約書は暗号化され、セキュリティーが保たれます。その後、取引先はクラウド上にあがった契約書を確認。合意するかどうかを判断します。お互いに合意した場合、クラウド上で契約を管理する会社が第三者として立ち会い、安全に成立させる仕組みです。

安全性を説明することで、前向きに電子契約を検討してもらえることになりました。

再び、総務部の文野さん。今後、どのように取引先と契約の電子化を進めていくのか、ほかの部署の担当者とも議論を続けています。

経理部 田中雄生樹さん
「窓口の担当同士は電子なつ印いいですよねと盛り上がるんですけど、社内ルール的に今はまだハンコという内規やルールになっているので、すぐに今変えることはできませんということがあるみたいなんです。」

グループ人総業務部 鈴木聡子さん
「私も実際、電子契約を先方にお願いしても、会社の規定が電子契約に沿ってませんと断られた会社もあって。」

総務部 文野潤也さん
「われわれ基本がメーカーですので、お願いベースなわけで、あんまり強くお願いできないというのはあります。」

“脱ハンコ”をどう位置づけるか

武田:確かに、便利になると思うんですよ。でも、僕ハンコがすごく好きなんですね。あれをきれいに押せたときの快感ってあるじゃないですか。だから、やっぱりハンコってちょっとは残ってたほうがいいんじゃないかと思うんですけれども…ジェイソンさんはどうですか?

ゲスト厚切りジェイソンさん(IT企業 役員)

厚切りジェイソンさん:僕はアメリカのときはハンコを持ってなかったし、ハンコの存在は知らないぐらいだったんですけど、日本に来て初めて自分のハンコを持つようになって、ちょっとうれしかったですね。

武田:こんな感じですか、ジェイソンの“慈永”。

厚切りジェイソンさん:そうそう。これで「日本の一員になりました」みたいな気持ちになりましたから、これが完全になくなるとちょっと寂しいところはありますけど、生産性を上げて効率よくなれば、それもいいことですので…。

武田:そもそも“WHY?”、なぜ私たちはハンコを使っているのか。大きくこの2つの意味があります。

いろんな手続きや申請時に必要な「本人確認」。それから契約や社内のりん議のときに使う「意思確認」。この2つの意味があるわけなんですが、やっぱり慣習として押している部分が多いということなんですよね。内閣府の脱ハンコの検討会に参加された、弁護士の渡部さん。どうして、こんなにハンコを押すことがそもそも広がったんでしょうか?

ゲスト渡部友一郎さん(日本組織内弁護士協会 理事)

渡部さん:かつては、ハンコが大変便利なツールだったんです。明治時代の初めには、成人男性でも識字率は40%程度といわれていました。自分の名前が書けなくても、本人を確認できる。しかしその後、技術が発展して認め印や三文判というものがどんどん生まれることによって、次第に確認が取れているからいいやということで、慣習として残ったと言われています。

武田:それがまさに今、電子手続きに置き換わるという動きが出ているわけですけれども、これはどう進んでいるんですか?

渡部さん:今、膨大な法律の中で実際、押印が求められていますが、政府の中では1つの法律で、この押印を廃止しようという動きの検討が進んでいます。そしてさらに民間対民間では、ことしの9月、政府が電子署名、これはまさにハンコと同じ効果を持つんですけれども、これが認められる場面を広く解釈するようになり、これから安心感を持って、電子署名というのがさらに普及していくと言われています。

武田:国はまさにそうやって制度をどんどん変えて、行政手続きの99%以上で押印の廃止を検討しているわけですけれども、宮田さんは、こうした動きをどうご覧になっていますか?

ゲスト宮田裕章さん(慶應義塾大学医学部 教授)

宮田さん:忘れてはいけないのは、脱ハンコというのは「手段」であって、「目的」ではないということですよね。デジタルという選択肢を手に入れた中で、われわれが新しい働き方、生き方をどう解放できるのかということだったり、あるいは労働生産性を上げるかということですね。まさに先ほどもありましたが、ハンコを押すためだけに出社しなくてはいけないと。これを例えばなくすことによって、育児をしながら家庭の生活と両立して働くという生き方、働き方を解放することができるかもしれない。こういった新しい働き方のデザインの中で、この脱ハンコをどう位置づけるかということが重要だと思います。

厚切りジェイソンさん:確かに「ハンコをなくす」で終わりではなくて、ハンコをなくしたことによってビジネスはどううまくいったのか。手続きがどう効率よくなったのか。今でもたまにテレビとかあちこちで見るんですけど、こんな分厚い書類を持っている日本人が、何かハンコをバンバンって(押す)…絶対に読んでないでしょう!と思うところがあって。もうちょっと内容を読んだほうがいいと思うところもありますし、それがより正確なビジネスのありさまにつながれば、それはいいと思います。

宮田さん:押すという習慣の中にわれわれは取り込まれてしまって、何を確認すべきなのかって、これがやっぱり見失われているところもあるので、まさにそれを確認する、すごくいい機会なんだと思いますね。

武田:こんなデータがあるんです。「ハンコの慣習をなくしたほうがいい?」という質問に対して、74%の企業が「なくすべき」と回答しているんです。しかし、「簡単になくせると思いますか」と質問したところ、「難しい」と答えた企業が50%以上に上ったんです。

なぜハンコをなくせないのか。取材を進めていきますと、日本独特のハンコ文化が浮かび上がってきました。

ハンコの電子化 企業の取り組みは

ハンコの電子化を検討している食品メーカー。創業120年以上、アイスや中華まんなどを製造している老舗企業です。数年前から、社内でハンコの電子化を検討していますが、難しさを感じているといいます。

井村屋 執行役員 岡田孝平さん
「バーチャル(電子上)では確認しづらい。難しいと思います、ハンコをゼロにするのは。」

どうしてゼロにできないのか、現状をのぞかせてもらいました。

井村屋 財務部 伊藤健司さん
「りん議の確認をお願いしたいんですが。」

入社21年目、財務部の課長・伊藤健司さん。自分が作成した書類に、直属の上司である部長からハンコをもらいます。部長だけではありません。今回の書類に必要なハンコは5つ。その1つ1つを、伊藤さん自身が書類を持って回ります。この会社では、重要な案件には、担当の管理職1人1人から、必ずハンコをもらうようにしています。中には社長や会長まで、全部で12個ものハンコを必要とするものも。

岡田孝平さん
「たくさん押してあると、りん議が回ったと、しっかり承認がとれた思いはあります。1つ1つ確認が何重にもとられるところが、やっぱりいいところですね。」

この会社では、管理職になると専用のハンコが手渡されます。上司1人1人がリスクを見極め、慎重に意思決定することを大事にしているといいます。

岡田孝平さん
「管理職になってもらえた印鑑ですので、非常にうれしいですし、重みがある。」

ほかにも、ハンコを大切にする理由がありました。

岡田孝平さん
「伊藤課長、どう仕事は?」

伊藤健司さん
「財務でシステム化を進めていかないとというところはありますので…。」

それは、ハンコを通したコミュニケーション。ふだん接することの少ない上司からハンコをもらうことで、社内のコミュニケーションが円滑になるといいます。

専務
「面と向かって話をする機会なので、プライベートのことも聞いたりする。」

伊藤健司さん
「ハンコをもらいに行く機会は、コミュニケーションをとるいい機会になっていたのかなと思います。ようやく苦労して許可をもらってハンコを押してもらうと、うれしいというのもあります。」

こうしたハンコ文化のよさを残しつつ、電子化を進める新たなサービスを開発した企業があります。名古屋市にある老舗ハンコメーカーです。作ったのは、本物そっくりにハンコの赤い印を残した電子印鑑。この半年間で、30万件以上の問い合わせがあったといいます。

シャチハタ システム法人営業部 小倉隆幸さん
「日本独特の習慣、決済の習慣がありますので、サービスやシステムに取り入れて、違和感なく使えるものを実現していきたい。」

セキュリティーのため、それぞれの電子印鑑は本人しか使えないシステム。パソコン上でも、実際のハンコを押している感覚になれるそうです。さらに、ハンコの横にメモを書き添えることもでき、コミュニケーションにも役立ててほしいと考えています。

先ほどの三重県の食品メーカーでは、この日、体験用で電子印鑑を試してみることになりました。初体験の財務部・伊藤さんは…。

井村屋 財務部 伊藤健司さん
「簡単ですね。本物の感覚に近い感じがする。手書きで日付も入れてハンコをもらっているので、今までの紙によるりん議書と遜色ない感覚で使える。」

検討の結果、この会社は電子印鑑のシステムを来年度にも導入しようと動き出しました。

井村屋 執行役員 岡田孝平さん
「デジタル化する中で、業務フローも変えないといけないところが出てくる。しっかり対応してデジタル化していく。できるだけ早い段階で必要なもの、デジタル化できるものに関しては導入していきたいと思っています。」

どうなる?ハンコ社会ニッポン

武田:やっぱりハンコって、文化なんですよね。だからやっぱり難しいんですよ。

厚切りジェイソンさん:これ、さっきから気になっているんですけど、「なくせると思うか」という質問で「難しい」と「簡単」と分かれているんですけれども、難しくても、それはまだ不可能ではないので、やったほうがいいところは、やったほうがいいと思います。と言いながらも、さっき出てたコミュニケーションとかの場面もありますし、僕も実体験で感じたこともあります。うちの会社の社長にハンコを押してもらいに行くときは、これはこういう書類でこういう背景で、こういうことでしたって話す機会にもなるから、それは完全になくすべきと言い切れないところもあると思うんですけど、難しくても、それも「やるんだ」と言いたいですよね。

武田:頑張ってやるんだと。ただ、ハンコをなくすということの本質ですよね。さきほどもお話がありましたけれども、ただなくすのではなくて、どうやって電子化、効率化していくのかということですよね。実はこういうデータもあって、「世界デジタル競争力ランキング」というのですが、日本は27位と決して高くないんですよね。こうした状況も踏まえて、これはどう考えていけばいいんでしょうか?

宮田さん:電子化だったり効率性というものは、あくまでも過程の1つで、その結果、国としての労働生産性をどう高めるかということですよね。OECD(経済協力開発機構)のランキングでも、今の日本の生産性って、37か国中21位なんですよ。先進国では最低であると。さらに、これからデジタルの競争力というのがさらに重要になるんですが、それがさらに下に来ているということは、やはりここをいかに改善するかというのはすごく大事なんですよね。そのときに、先ほどジェイソンさんがおっしゃっていた、慣例の中でハンコをいっぱい押すというのは本当にいいのかと。例えばデジタルでアプローチができれば、この人はどこを見て、何をチェックするのかという形で、意思決定の質を高めながら、新しいハンコに代わるプロセスというのを作れるんじゃないかというのも、考える必要があるんじゃないかと思います。

武田:取材した企業では、ハンコの電子化で意思決定のプロセスの改善をまさに検討しているということなんですけれども。渡部さん、先ほど宮田さんもおっしゃいましたけれども、意思決定のプロセスの改善は、アメリカ系のIT企業では、例えばこういうRASCI(ラスキー)モデルというような考え方でやっているそうなんですけど、これはどういうことなんでしょうか?

渡部さん:これは宮田先生がおっしゃっていた、意思決定の質を高める工夫です。「責任者」「承認者」「サポーター」、そしてその右に「相談役」。それから「共有すべき相手」という5つの役割に分けます。そして、ここが一番重要なところなんですけれども、意思決定ができるのは緑と赤の「責任者」と「承認者」だけなんです。実際に「サポーター」「相談役」。そして一番右側の「共有すべき相手」というのは、アドバイスはするけれども、意思決定はしない。このように、誰が意思決定をして、誰がサポートをするか。この2つを明確に区別してスピーディーな意思決定をするのが、この特徴です。

武田:意思決定をするのは要するに「責任者」「承認者」の2人ということなんですね。日本の企業というのは、これが今みんなハンコを押しているという状況になっているわけですか?

渡部さん:はい。日本の企業ではこれがこんがらがっていて、すべての方が「責任者」「承認者」としてりん議書にハンコを押している。これが意思決定の中で見直していかなければいけないポイントだと思います。

武田:誰がハンコを押すかというのは、意思決定の役割をきちんと分けていくということになるということなんですね。それももちろん必要なことだと思うんですけれども、ハンコをなくすことで日本の社会がどうなっていくのか。そして、ハンコレスにしていくために何が必要なのか、渡部さんはどういうふうにお考えですか?

渡部さん:2つあります。1つは、まず社会の多様性です。お年寄りなど、このデジタルの動きに慣れていらっしゃらない方もいます。この方たちと一緒にどう歩んでいくか、そこを見落としてはなりません。そして、2つ目がセキュリティーです。社会のインフラとして、どのように安全安心な利用を促進していくか。この視点も欠かさずに検討していくことが大切と思っています。

武田:うちの義理の母もタブレットをよく使うんですけれども、しょっちゅう電話をかけてくるんですよね。やっぱり、ちょっとお手伝いをしてあげるような体制というのは、作ったほうがいいかもしれないということですよね。ジェイソンさんはどうですか?

厚切りジェイソンさん:日本の会社のすばらしいところの1つは、仲間であることと僕はすごく思います。会社のために、みんなわいわい集まって頑張ろうという精神が、アメリカの会社よりは強くあると思うんですよ。それは一緒にいてコミュニケーションを取れるからこそ生まれることなので、何かハンコの文化も、それとつながっているところはあると思いますし、それをすべて効率だけで考えてしまうと、せっかくのいいものまでなくしてしまったら台なしじゃないかなと、ちょっと心配はありますよね。いいところを残しつつ、でも少し改善していけば、それが一番いいと思います。

武田:何か、ちょっと意外です。

厚切りジェイソンさん:えっ?WHY!?

武田:意外と日本に対して優しいなと(笑)。

厚切りジェイソンさん:いいところはいっぱいありますよ!(でなければ)こんなに10年いないよ、日本に。

武田:いいところも残すべきだということですね。

厚切りジェイソンさん:もちろん!

武田:宮田さんはどうですか?

宮田さん:最初に、政府が婚姻届をハンコレスにすると言ったときに、IT業界から総ツッコミが入ったと。それは、いわゆるサインレス先進国のエストニアでも、そこは残していると。つまり効率性だったり、あるいは働き方を邪魔しないところであれば、やっぱりハンコも使って、人生の1つの道しるべで、ハンコ文化をお互い楽しんでいくということはありなのかもしれない。ただ、やはりそこで言われたのはそうじゃなくて、99%を占める慣習的なもの、この働き方を阻害するものということだったり、あるいは労働生産性に対して障害になっているような部分こそ、考えなくてはいけないと。その結果、99%をなくすという政府の方針は、たぶん新しい日本に対しての1つの覚悟なんだと思うんですね。ただ、やはり大事なのは、それを経てわれわれが新しいライフスタイルをどう解放していくかということだったり、あるいは世界の中で日本のこの競争力をどう高めていくか。この中での意思決定を一緒に考えていくということが、すごく大事になってくるんじゃないかなというふうに思います。

武田:ハンコって、だからハンコだけが悪者じゃないということですよね。

厚切りジェイソンさん:脱ハンコと言っていますけど、それは何も考えずに脱ハンコじゃなくて、考えること自体は忘れてはいけないと思います。

武田:ハンコに頼らずにもっと社会をよくしていく、効率化していくということを考えると。

宮田さん:やはりデジタル化は待ったなしなので、ここはやっぱり考えなきゃいけない。でも、今までの文化をどう大切にするか。これは矛盾することじゃないと私は思います。

武田:やっぱりいいんですよ。僕のハンコって、真っ黒なんですよ。黒くてね、それで押すと真っ赤な「武田」という文字が出て…。

厚切りジェイソンさん:僕はまだうまく押せないのよね。

武田:修業してください(笑)。